Thursday, June 20, 2024

駿台ミシガン国際学院 さくら幼稚園 夏祭り 

8月17日(土)恒例となった駿台ミシガン国際学院さくら幼稚園主催の夏祭りが開催され、たくさんの人にお越しいただき、大いににぎわいました。

夏祭りの目玉の子どもたちによる”おみこしワッショイ”と盆踊りには、たくさんの子どもたちが参加してくれ、愛らしい姿で会場を盛り上げてくれました。焼きそばや焼き鳥、焼きとうもろこし、ラムネなど、FUMIレストランの屋台が出てお祭りの雰囲気がいっそう高まりました。

ヨーヨーつり、スーパーボールすくい、あてくじ、お面くじ引きなどの遊びのコーナーでは、長蛇の列ができるほど大盛況。また、さくら幼稚園園舎にはサマースクールに参加した幼児の墨絵、習字、ちょうちん、親子制作のうちわや小学生の作品も所狭しと展示され、見物客の目を楽しませてくれました。夏祭りが滞りなく開催できたのはひとえに生徒さん、保護者の方などボランティアの皆さんのお力のおかげだと感謝しています。開催中は、子どもたちや参加してくださった方、ボランティアの方々の笑顔が会場いっぱいにひろがりました。

文責/写真の提供:駿台ミシガン国際学院さくら幼稚園

第7回 領事団サッカートーナメント第7回 領事団サッカートーナメント

<!--:en-->第7回 領事団サッカートーナメント<!--:--><!--:ja-->第7回 領事団サッカートーナメント<!--:--> 1

  10月4日と5日の2日間にわたり、ミシガン在住の外国人コミュニティをつなぐイベント、第7回領事団サッカートーナメントがポンティアックのインドアサッカーアリーナで開催された。このイベントはメキシコ領事館の発案で始まり、その後も同領事館の運営で継続され、年々参加チームが増えてきた。それぞれ国の名前を背負っての試合が展開された。領事団サッカートーナメントと称しているが、選手は当地でチームに入ってプレーをしている人々が結集し、どのチームも技術レベルは驚くほど高く、熱戦が繰り広げられた。試合は20分ハーフと、正式なゲームの半分以下で行われるため、見た目のゲーム展開と結果が必ずしも繋がらず、観戦者たちをヤキモキさせた。

  日本チームは第2回トーナメントから毎年出場しており、今年もデトロイト郊外で活動する「ブリリアント」を中心とする当日本コミュニティ選り抜きの選手らが代表として参加した。

   大会は16のチームが4つのグループに分かれ、上位2チームが決勝リーグに進む方式で、初日はグループ内での総当たり戦が繰り広げられた。日本は初戦イタリアに2-0で勝利し、メキシコ相手の2回戦も2-1。3回戦は相手のブラジルチームが全試合での負傷のためにメンバー不足となり試合放棄したため不戦勝となり、Dグループトップの成績で次の日の決勝トーナメントに進んだ。ルーマニアに勝って駒を進めた準決勝で、アメリカ相手に互角に戦ったもののPKにて2-3となり、惜しくも敗れた。そのアメリカが決勝でイタリアを抑えて優勝。日本は3位決定戦でパキスタンを下して勝利を収めた。

  「日本の代表としてプレーができ、選手にとって大変やり甲斐のあるトーナメントです」「強いメンバーを選び練習も重ねました。優勝を目指しています。」と意気込みを語っていた高橋監督が率いる日本チームにとっては無念な結果ではあろうが、来年も当地のインターナショナル交流への貢献も兼ね、心意気と技を発揮することを期待したい。

  10月4日と5日の2日間にわたり、ミシガン在住の外国人コミュニティをつなぐイベント、第7回領事団サッカートーナメントがポンティアックのインドアサッカーアリーナで開催された。このイベントはメキシコ領事館の発案で始まり、その後も同領事館の運営で継続され、年々参加チームが増えてきた。それぞれ国の名前を背負っての試合が展開された。領事団サッカートーナメントと称しているが、選手は当地でチームに入ってプレーをしている人々が結集し、どのチームも技術レベルは驚くほど高く、熱戦が繰り広げられた。試合は20分ハーフと、正式なゲームの半分以下で行われるため、見た目のゲーム展開と結果が必ずしも繋がらず、観戦者たちをヤキモキさせた。

  日本チームは第2回トーナメントから毎年出場しており、今年もデトロイト郊外で活動する「ブリリアント」を中心とする当日本コミュニティ選り抜きの選手らが代表として参加した。

   大会は16のチームが4つのグループに分かれ、上位2チームが決勝リーグに進む方式で、初日はグループ内での総当たり戦が繰り広げられた。日本は初戦イタリアに2-0で勝利し、メキシコ相手の2回戦も2-1。3回戦は相手のブラジルチームが全試合での負傷のためにメンバー不足となり試合放棄したため不戦勝となり、Dグループトップの成績で次の日の決勝トーナメントに進んだ。ルーマニアに勝って駒を進めた準決勝で、アメリカ相手に互角に戦ったもののPKにて2-3となり、惜しくも敗れた。そのアメリカが決勝でイタリアを抑えて優勝。日本は3位決定戦でパキスタンを下して勝利を収めた。

  「日本の代表としてプレーができ、選手にとって大変やり甲斐のあるトーナメントです」「強いメンバーを選び練習も重ねました。優勝を目指しています。」と意気込みを語っていた高橋監督が率いる日本チームにとっては無念な結果ではあろうが、来年も当地のインターナショナル交流への貢献も兼ね、心意気と技を発揮することを期待したい。

写生大会 at the DETROIT ZOO

写生大会 at the DETROIT ZOO 13

IMG_9489 去る6月5日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)主催による恒例の写生大会が、昨年同様にデトロイト動物園で開催された。あいにく、当日朝の天気予報で「雷を伴う雨」。入場時には雨は降らず関係者一同安堵したものの、入場ゲートの外の受付テープルを撤収してまもなく、いきなり土砂降りに見舞われた。すでに広げた画材やチェアを慌てて片づける姿、傘を出す余裕もなく屋根の下に駆け込む姿、そして、雨脚が衰えるのを待つ姿が見られた。半時間ほどで一旦小降りになり、鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえる爽やかな園内となったが、その後も大降りになったり止んだりの繰り返し。野外で写生をする姿は稀であった。爬虫類館や北極エリアの屋内で写生をしたり、下描きを済ませた後は休憩所やテントの中で仕上げたり、場所に工夫していた。携帯で撮った写真を利用するなど、上手に工夫して対処する姿も見られた。昨年同様、親が差す傘の下で描く微笑ましい姿、自分で差しながら描く涙ぐましい姿もあった。

IMG_4957主催者であるJBSDによれば、申し込み者数750名ほどの内450名が来場し、朝から雨が降った昨年と比べるとほぼ倍の参加者が集まった。雨の御蔭で、生き生きとした動きを見せている動物もいたが、例年被写体として人気のキリンは飼育舎に籠りがち。他にも姿を現さない動物が少なくなかった。作品の題材も偏りがあり爬虫類やペンギンが多い傾向となった。

IMG_4959描かれた作品は例年通りレベルの高い作品が多く、当日、JBSD担当者と共に受付や見回りにあたったデトロイトりんご会補習校講師たちの入念な審査に加えて、今年も昨年同様にデトロイト美術館の職員も立ち会い最終審査を行なった。力作が並ぶ中、次ベージに記載の参加者が入賞を飾った。

IMG_4951雨が続き湿気が籠るテント内での表彰式。その冒頭、在デトロイト領事館の野田首席領事の挨拶があり、デトロイト美術館(DIA)職員の紹介に合わせて、DIAの美術品内容の紹介も伝えた。また、ミシガンと日本の経済関係や姉妹都市提携についての短い講釈に続けて、淡路市の図書館と姉妹図書館関係にあるウェストブルームフィールド・ライブラリーに本写生大会の入賞作品が夏中、展示される旨、そして関係者と参加者への慰労の言葉が述べられた。

今回は例年の賞の他に、DIA賞が加えられた。児童生徒の入賞者計12名はDIAのスタジオでのアート活動に招待される好機を得た。大人の1位から3位にはDIAシアターのチケット、また努力賞にはJBSD企画のツアーへの参加がプレゼントされた。

IMG_4973IMG_4939賞状とメダル、副賞の授与の後、宮本校長は「どの作品もとても力強くりっぱ」

「絵で表現することは大事。説得力がある」など評した。これからも楽しんで欲しいとの願いに加え、DIAなど美術館の鑑賞も勧めた。

IMG_4934今年4月に当地赴任となり、JBSD主催の写生大会に初めての参加となった宮本校長は、「親子で絵を楽しむ機会になって良いですね」「補習授業校では図画工作が無いので、こういう機会を通して絵画表現に興味を持つきっかけにしていただきたい」と、感想を寄せてくださった。

表彰式後、入賞者の記念写真の直前から雲が切れて晴れ始め、明るい日差しの下での撮影となった。入賞者はもとより、帰路に着く人びとの晴れ晴れとした表情が印象に残った。

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【未就学・幼稚園の部】

金賞   纐纈 彩華

銀賞   プーセンプ ラウラ

銅賞   飯田 琉輝

努力賞  桂 香穂

努力賞  ジゲルバウワー 敬子

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【小学校1-3年の部】

金賞   小林 美柑子

銀賞   戸塚 柚莉奈

銅賞   野崎 莉瑚

努力賞  岩瀬 泰澄

努力賞  武藤 怜生

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【小学校4-6年の部】

金賞   千葉 八雲

銀賞   岩瀬 絢香

銅賞   内藤 結菜

努力賞 メイ 貴愛奈

努力賞  浅井 乃我

努力賞  丹羽 木実璃

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【中学生・高校生の部】

金賞   斉藤 彰太

銀賞   鈴木 瑞生

銅賞   梅村 夕由那

努力賞  リリアン ハウエル

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【一般の部】

金賞   戸塚 結

銀賞   モーゼス 桂子

銅賞   青木 京介

努力賞  モーゼス デニス

努力賞  米山 多津子

写生大会 入賞者

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デトロイトりんご会補習授業校2015年度 運動会デトロイトりんご会補習授業校2015年度 運動会

<!--:en-->デトロイトりんご会補習授業校2015年度 運動会<!--:--><!--:ja-->デトロイトりんご会補習授業校2015年度 運動会<!--:--> 6

  6月14日(土)、デトロイトりんご会補習授業校恒例の運動会が開催された。中学生はクラス対抗の球技大会を午前中に行い午後から運動会に合流、高校生は運動会の競技の手伝いや模擬店・ゲームコーナーを担当しながら競技に出場するなど、学年によって参加形式の違いはあるものの、年齢差を越えた一大行事である。また多数の企業で構成されている運動会実行委員が会場設営や当日の用具準備などを担当して行われる当地日本人コミュニティーぐるみの重要イベントでもある。

 今年の運動会は朝から曇り空で肌寒い程であったが、溌剌とした演技や競技が繰り広げられた。

  開会宣言に続く日米両国の国旗掲揚そして同校校歌斉唱の後、村井学校長の開会の挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館の河西領事により総領事のメッセージの代読があり、「苦手なことも一生懸命にやれば達成感を得られる」など奨励の言葉が伝えられた。植田JBSD事務局長、柴田JSDウィメンズクラブ会長も来賓として出席し児童生徒の奮闘を温かく見守った。

   力強い選手宣誓の後、演技は日本の「ラジオ体操」でスタートした。保護者や来賓の方々も加わり、世代を超えて親しまれている日本の定番曲に合わせて体を解した。その後の競技中には運動会の定番バックグランド音楽も流れ、会場はさながら日本と化していた。高校生が準備した模擬店、射的やヨーヨーすくいなどの縁日ゲームが日本ムードを高めていた。

 徒競走などの個人競技が行われた後、日本の伝統種目である「綱引き」「玉入れ」「騎馬戦」などの団体競技が続き、紅白対抗とあり、他学年の応援も白熱していた。徒競走などでの転倒や「棒取り合戦」で引き摺られている姿が見られたが、芝生が広がるグランドでは大きな怪我をした児童生徒が出ることなく、元気あふれる競技が繰り広げられた。

 幼稚園児と保護者による親子ダンスは毎年演目を替えているが、今年は「ようかい体操」が選ばれた。この曲はアニメ『妖怪ウォッチ』のエンディングテーマで、日本の子供たちの間で大人気となった。可愛らしい幼稚園児と保護者たちが練習の成果を生き生きと披露した。

 最終競技。勝負の行方を決める紅白対抗リレーに移った。選手達の颯爽とした走りに感嘆の声が上がり、会場の盛り上がりは最高潮に達した。

  全体結果は白組の勝利。万歳と祝福の拍手で幕を閉じた。

  6月14日(土)、デトロイトりんご会補習授業校恒例の運動会が開催された。中学生はクラス対抗の球技大会を午前中に行い午後から運動会に合流、高校生は運動会の競技の手伝いや模擬店・ゲームコーナーを担当しながら競技に出場するなど、学年によって参加形式の違いはあるものの、年齢差を越えた一大行事である。また多数の企業で構成されている運動会実行委員が会場設営や当日の用具準備などを担当して行われる当地日本人コミュニティーぐるみの重要イベントでもある。

 今年の運動会は朝から曇り空で肌寒い程であったが、溌剌とした演技や競技が繰り広げられた。

  開会宣言に続く日米両国の国旗掲揚そして同校校歌斉唱の後、村井学校長の開会の挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館の河西領事により総領事のメッセージの代読があり、「苦手なことも一生懸命にやれば達成感を得られる」など奨励の言葉が伝えられた。植田JBSD事務局長、柴田JSDウィメンズクラブ会長も来賓として出席し児童生徒の奮闘を温かく見守った。

   力強い選手宣誓の後、演技は日本の「ラジオ体操」でスタートした。保護者や来賓の方々も加わり、世代を超えて親しまれている日本の定番曲に合わせて体を解した。その後の競技中には運動会の定番バックグランド音楽も流れ、会場はさながら日本と化していた。高校生が準備した模擬店、射的やヨーヨーすくいなどの縁日ゲームが日本ムードを高めていた。

 徒競走などの個人競技が行われた後、日本の伝統種目である「綱引き」「玉入れ」「騎馬戦」などの団体競技が続き、紅白対抗とあり、他学年の応援も白熱していた。徒競走などでの転倒や「棒取り合戦」で引き摺られている姿が見られたが、芝生が広がるグランドでは大きな怪我をした児童生徒が出ることなく、元気あふれる競技が繰り広げられた。

 幼稚園児と保護者による親子ダンスは毎年演目を替えているが、今年は「ようかい体操」が選ばれた。この曲はアニメ『妖怪ウォッチ』のエンディングテーマで、日本の子供たちの間で大人気となった。可愛らしい幼稚園児と保護者たちが練習の成果を生き生きと披露した。

 最終競技。勝負の行方を決める紅白対抗リレーに移った。選手達の颯爽とした走りに感嘆の声が上がり、会場の盛り上がりは最高潮に達した。

  全体結果は白組の勝利。万歳と祝福の拍手で幕を閉じた。

日本留学を支援するJBSD基金スカラシップ

2019年度のJBSD基金スカラシップ(奨学金)授賞式が去る6月7日(金)に、受賞者の家族を招いて開催された。

同奨学金制度は、1998年にJBSDの25周年記念事業の一環として発足し、高校生ならびに大学生向けの日本留学プログラムを支援してきている。大学生の部は、JCMU(Japan Center for Michigan Universities:ミシガン州立大学連合日本センター)プログラムに対する支援で、ミシガンの州立大学15校に在籍する学生等を対象に、滋賀県にあるJCMU日本センターに滞在しての1年あるいは半年の留学を提供。高校生の部は、YFU(Youth For Understanding)プログラムへの支援。高校生の海外ホームステイ留学をオーガナイズしているこのプログラムは、1951年にドイツの高校生をミシガンに留学させるプログラムとして発足したもので、1957年にミシガンー日本間の高校生交換留学プログラムが立ち上がった。今回選考された高校生たちは6月下旬から6週間にわたり、様々な地域に散らばりホームステイをしながら体験留学をする。

留学体験による日本の理解者を1人でも増やするために、JBSD基金では、会員からの寄付などから奨学金を拠出して支援に充てている。

情報交換や歓談を交えた軽食のあと、JBSD事務局長である植田氏より受賞者へのお祝いと合わせて、新しい機会と生活を有意義に過ごして欲しいとのメッセージ、そして異なる文化や日本での体験についてエッセイを書いて欲しいと伝えた。また、保護者たちに向けて、外国で学ぶことの意義を認識し、送り出すことを理解してくれたことに対して感謝の言葉を届けた。

在デトロイト総領事館の酒井領事からも祝辞が述べられ、関係者に向けての謝意も伝えられた。「人生のかけがえのない思い出になることでしょう」と贐の言葉を贈り、帰国後には地元のコミュニティーに語り伝えて欲しいと願いを伝えた。

受賞者たちのスピーチでは、各自、受賞し日本を訪問できる喜びに加えて、「言葉も文化もできる限り学びたい」「英語の教師になるのが夢。語学教育のレベルをあげることに尽力したい」などの抱負を示した。高校生の「制服が楽しみ」との言葉に会場から温かい笑いが上がった。同席していた同プログラムの経験者やJBSD基金の役員たちは大きな拍手で彼らの受賞と意気込みを称えた。

過去に同奨学金を得てYFUプログラムに経験した高校生からは、「今も自分の生き方に影響している」「独立する力も付いた」と語った。他の留学経験者からも経験談や日本事情が告げられ、貴重な体験に感謝する言葉が伝えられた。ホストファミリーや友人との関係が続いている参加者が多く、短期留学ではあるが、絆や影響が長く及び続けるであろうことが窺われた。

貴重な素晴らしい経験であったと語る経験者同様に、またそれ以上に、今年度の参加者が日本の文化や人々に対して良い印象を得て戻り、異文化を理解する豊かな人として、その後の人生に経験を生かしていくことを心から期待したい。

デトロイト日本商工会 会員総会・JBSD基金総会・新年会開催

新年会に 歌手 杉山清貴さんを迎え、盛大に

1月27日、JBSD(デトロイト日本商工会)の新年会がノバイ市にあるバンケット会場Suburban Collection Showplaceで催された。恒例の特別余興イベントには多数のヒット曲を生み出している杉山清貴さんを迎え、JBSD会員や地元団体の代表者などアメリカの招待ゲストを含めて580名が一堂に会する盛大な集まりとなった。

午前中に行われたJBSD総会で任期満了となった藤田佳幸氏に代わって2019 年度の会長に選任された Toyota Motor North America, Incの安井慎一氏が挨拶にあがり、展望を述べ協力を仰いだ。続いて、来賓である中川総領事よりJBSDの発展を期する言葉が述べられた。また、Michigan Economic Development CorporationのPresident & CEOのメイソン氏より、JBSDと日本企業の当地における貢献に対する謝意と、ミシガン/米国と日本との友好がさらに深まるようにとの祈念の言葉が述べられた。

食事後には余興イベントとして、杉山清貴さんが約1時間にわたってギターを奏でながら歌の数々を届けた。選曲はJBSD側の希望に合わせたとのことで、「サイレンスがいっぱい」でスタートし、トークを交えながら、JALのキャンペーンソングおよびミノルタのCMソングにも起用された「最後のHoly Night」などのヒット曲を素晴らしい歌声と華麗なギターさばきで次々に披露した。会場からは「杉山さ~~ん!」の黄色い声がかかり、「嬉しいですね」と杉山さんが笑顔で応じるシーンもあった。今年還暦を迎えるという杉山さんは「40代、50代の人々にはぴったりな世代なのでしょうね」、「このような機会をいただいて嬉しい」と話し、ラストにソロ歌手としてのデビュー曲「さよならのオーシャン」を会場の人々の手拍子と共に熱唱した。熱いアンコールに応えて再登場し、「ふたりの夏物語」で幕を閉じた。演奏を楽しんだ人々からは、「あの曲の頃は自分は高校生で、大ファンでした」「私はアメリカ・・・」「あの頃に戻って若返った気分」との述懐や喜びの言葉が飛び交い、声やメロディーへの称賛がアメリカ人からも多数届いた。

新年を祝う催しに相応しい穏やかさと華やかさに溢れたイベントであった。

新年会の前にはJBSD通常会員総会とJBSD基金総会が開催され、前年度の活動報告、収支報告に続き、2019年度の常任委員が選任され、各担当者より活動方針や予算が報告された。JBSDは商工会であるが、会員企業の事業発展のみならず、日米両国間の相互理解・親睦の促進、地域貢献に繋がる幅広い事業活動を行っている。2018年度には、商工部会による「自動車セミナー」「税務セミナー」など計14のセミナー、文化部会と他団体との共催による「雛祭り、Japan Cultural Development日本文化紹介(於: デトロイト美術館)」「写生大会」や「日本祭り、スポーツ部会によるボウリングやマラソン、ゴルフ、ソフトボール大会など多数の企画、さらに、青年委員会は「蚤の市」や各種バスツアーをはじめとする8件のイベントを提供した。

2 0 1 8 年度の会長を務めた藤田氏より、JBSDの活動に対する会員そして常任委員、ボランティアの方々の支援に対するお礼が述べられたが、多く人々の貢献によって様々な催しが実施されている。

J B S D の活動やイベントの詳細はhttp://www.jbsd.orgで。JBSDには法人や事業者でなくとも、日本人コミュニティに寄与または援助する人は個人会員として入会が可能。

海外巡回展 『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』海外巡回展 『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』

<!--:en-->海外巡回展 『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』<!--:--><!--:ja-->海外巡回展 『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』<!--:--> 3

   ウェイン州立大学の図書館にて、国際交流基金の企画による海外巡回展『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』が3月(3/7~3/21)に一般公開された。この展覧会は、東日本大震災直後から1年の間に復興に向けて展開してきた約50人の建築家やグループ(建築団体、大学研究所、など)の活動を世界に向けて紹介することを目的に企画されたもので、2年間に世界の20以上の都市を巡回してきた。取り上げられたプロジェクトは、被災者が体育館などに避難する第一段階の「緊急対応」、第二段階「仮設住宅」、そして第三段階「復興計画」という3つのフェイズに分類して紹介されている。またこれらに加え、「海外からの提案」のセクションも設けられた。

   第一段階での内容としては、簡易間仕切りをつくるなどの実践活動と、今後に向けての課題のスタディなど。第二段階では、被災者に期間限定の住居を大量に供給することが求められる。東日本大震災では、5万戸以上の応急仮設住宅が建設されたが、既存のプレハブ供給だけでは追いつかず、建築家が関与しながら、木造や輸送用コンテナを改装したものも登場した。

  プロジェクトを2011月11月の時点で締め切ったために、第二段階の仮設住宅は実現した事例が中心だが、第三段階の復興計画はほとんどが(その時点では)構想段階のものになった。

  展示品は、各プロジェクトの概要、図面、写真をパネルにまとめたもの、さらに関連資料として映像や模型、実際に避難所で使用された家具やダンボール・シェルター等により構成され、海外の人たちにはピンとこないであろうリアス式海岸を視覚的に理解してもらうために、津波の被害を受けた女川や気仙沼の地形模型も展示された。災害対策プロジェクトの在り様を知ることができる点で意義があるが、ディテールに凝った模型に感嘆の声を上げる訪問者も多かった。

  展示は終了してしまったが、国際交流基金のホームページhttp://www.jpf.go.jp/で、『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』を入力検索すると、プロジェクトの概要詳細や各地展覧会の写真、監修者である五十嵐太郎氏(東北大学大学院教授)の寄稿文など閲覧することができる。

以下、リーフレット(英語版)より抜粋

【A】第1フェーズ:緊急対応

まず、家を失った避難者を早急に収容できる体育館や施設を早急にシェルターに転換し、保護することが目的とされる支援。この時点では建築士は考える時間は無く、ダンボールやあるもので最善をつくした。

「issue+design project」は支援者の背中に担当業務(ヘアカット、トイレ掃除、手話など)を貼付けることでコミュニケーションを図るアイデア。

「Kids’ Smile Project」は子供たちが協力し合いダンボールハウスを政策するプロジェクト。

【B】第2フェーズ:仮設住宅

避難者が一時的に住む場所が必要となり、東日本大震災では公園や空閑地に5万以上の仮設住宅が設置された。標準化されたパーツが必要とされ、資源不足を考慮したデザインが多く採用された。

「Tohoku University of Art and Design」は木材を中心としたコンパクトな仮設住宅デザイン。

「VOLUNTARY ARCHITECTS’ NETWORK (VAN)」は大人数を収容できるアパート型2階層仮設住宅。

【C】第3フェーズ:復興計画

震災で広範囲な地域が影響を受けたため、各地域の事情に合ったそれぞれの再建手段が必要となった。検討可能な画期的な再建プロジェクトの多くは即始動した。地震、津波に耐えられる都市計画なども含まれている。

【D】第4フェーズ:海外からの提案

震災のニュースは瞬時に世界中に広がった。その大きな理由は、地震と津波に加えて、原発事故が発生したこと。グローバルな時代を反映して世界中が反応し、海外の多数の建築家や研究者が被災地にフォーカスした。世界の建築界の中心で活躍している建築家・伊藤豊雄氏が率いる「Home for All」プロジェクトにはFrank Gehry氏やZaha Hadid氏など著名な建築士が参加している。

   ウェイン州立大学の図書館にて、国際交流基金の企画による海外巡回展『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』が3月(3/7~3/21)に一般公開された。この展覧会は、東日本大震災直後から1年の間に復興に向けて展開してきた約50人の建築家やグループ(建築団体、大学研究所、など)の活動を世界に向けて紹介することを目的に企画されたもので、2年間に世界の20以上の都市を巡回してきた。取り上げられたプロジェクトは、被災者が体育館などに避難する第一段階の「緊急対応」、第二段階「仮設住宅」、そして第三段階「復興計画」という3つのフェイズに分類して紹介されている。またこれらに加え、「海外からの提案」のセクションも設けられた。

   第一段階での内容としては、簡易間仕切りをつくるなどの実践活動と、今後に向けての課題のスタディなど。第二段階では、被災者に期間限定の住居を大量に供給することが求められる。東日本大震災では、5万戸以上の応急仮設住宅が建設されたが、既存のプレハブ供給だけでは追いつかず、建築家が関与しながら、木造や輸送用コンテナを改装したものも登場した。

  プロジェクトを2011月11月の時点で締め切ったために、第二段階の仮設住宅は実現した事例が中心だが、第三段階の復興計画はほとんどが(その時点では)構想段階のものになった。

  展示品は、各プロジェクトの概要、図面、写真をパネルにまとめたもの、さらに関連資料として映像や模型、実際に避難所で使用された家具やダンボール・シェルター等により構成され、海外の人たちにはピンとこないであろうリアス式海岸を視覚的に理解してもらうために、津波の被害を受けた女川や気仙沼の地形模型も展示された。災害対策プロジェクトの在り様を知ることができる点で意義があるが、ディテールに凝った模型に感嘆の声を上げる訪問者も多かった。

  展示は終了してしまったが、国際交流基金のホームページhttp://www.jpf.go.jp/で、『3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか』を入力検索すると、プロジェクトの概要詳細や各地展覧会の写真、監修者である五十嵐太郎氏(東北大学大学院教授)の寄稿文など閲覧することができる。

以下、リーフレット(英語版)より抜粋

【A】第1フェーズ:緊急対応

まず、家を失った避難者を早急に収容できる体育館や施設を早急にシェルターに転換し、保護することが目的とされる支援。この時点では建築士は考える時間は無く、ダンボールやあるもので最善をつくした。

「issue+design project」は支援者の背中に担当業務(ヘアカット、トイレ掃除、手話など)を貼付けることでコミュニケーションを図るアイデア。

「Kids’ Smile Project」は子供たちが協力し合いダンボールハウスを政策するプロジェクト。

【B】第2フェーズ:仮設住宅

避難者が一時的に住む場所が必要となり、東日本大震災では公園や空閑地に5万以上の仮設住宅が設置された。標準化されたパーツが必要とされ、資源不足を考慮したデザインが多く採用された。

「Tohoku University of Art and Design」は木材を中心としたコンパクトな仮設住宅デザイン。

「VOLUNTARY ARCHITECTS’ NETWORK (VAN)」は大人数を収容できるアパート型2階層仮設住宅。

【C】第3フェーズ:復興計画

震災で広範囲な地域が影響を受けたため、各地域の事情に合ったそれぞれの再建手段が必要となった。検討可能な画期的な再建プロジェクトの多くは即始動した。地震、津波に耐えられる都市計画なども含まれている。

【D】第4フェーズ:海外からの提案

震災のニュースは瞬時に世界中に広がった。その大きな理由は、地震と津波に加えて、原発事故が発生したこと。グローバルな時代を反映して世界中が反応し、海外の多数の建築家や研究者が被災地にフォーカスした。世界の建築界の中心で活躍している建築家・伊藤豊雄氏が率いる「Home for All」プロジェクトにはFrank Gehry氏やZaha Hadid氏など著名な建築士が参加している。

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2016年度 日本祭り開催

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2016年度 日本祭り開催 14

img_5296秋晴れに恵まれた10月2日(日)、JSDウィメンズクラブとJBSD(デトロイト日本商工会)文化部会の共催による日本祭りが昨年同様にノバイ市のハイスクールを会場に開催された。1時から4時までの開催時間を通して大勢の人で賑わった。

「盛りだくさんで、親子で楽しめた」「こんなに大勢の日本人が居て、しかも日本文化を紹介してくれる人が多くて、驚きでした」と喜びや称賛の声が集まった。

img_5375この日本祭りは、アメリカ人や他の文化背景を持つ人たちへの文化紹介と交流を主目的に日本文化紹介の様々な展示や実演などが行なわれている。同時に、周辺に滞在する日本人が楽しむ場にもなっており、秋の行事として定着している。

在デトロイト日本国総領事館、日米協会、滋賀県の協力、そして会場のあるノ バイ市ならびにノバイ教育委員会のサポートを得て毎年開催しており、今年も多数の団体や個人ボランティアなどが協力してこの一大イベントを支えた。JSDウィメンズクラブ運営委員がパフォーマンスや書道コーナーの事前のアレンジや当日の進行などを執り行なったほか、近隣の日本人女性がボランティアに応募し陰に表に活躍。また、ノバイハイスクールの生徒を始め、日本語を学習する現地のハイスクール生や大学生、そして日本人高校生もボランティアとして参加し、来訪者との懸け橋として若いパワーでイベントを支え、盛り上げた。

img_1595_womensオープニングのセレモニーでは、デトロイト日本商工会の文化部副会長を務める稲葉氏の挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館の和田充広総領事、ノバイ市の代表(ロベル議員)と教育委員長(ドクター・マシュー)による開会の辞が述べられた。それぞれから、このイベントの開催と日米の文化交流と友好親善を祝福する言葉が伝えられた。

img_5384また、この日は、ミシガン州と姉妹州県にある滋賀県の代表視察団も来訪しており、日本の名品のひとつである滋賀県の信楽焼の茶器をJBSDに贈呈した。JBSD会員企業からの寄付により来年秋にデトロイト美術館に常設日本ギャラリーが開設される予定となっており、展示品には日本美術の代表格である茶器も含まれることが司会者より伝えられた。

img_5531アトリウムと呼ばれる広々としたオープンスペースには茶の湯実演や、書道体験のコーナーが設けられ、手馴れた日本人女性たちを中心に実演や体験ワークショップが提供された。

茶の湯実演は、当地で活動する裏千家・表千家・石州流、3つの流派が手を携え、合わせて6回の実演が行なわれ、活気に満ちる会場の中、凛とした空間を作り出していた。お点前に合わせて英語での丁寧な解説も添えられ、多くの人が引き込まれたように見入っていた。

img_5272生け花インターナショナルによる展示が文字通り華を添えていた。身近な花や枝の見事な変貌ぶりに、米人のご婦人たちから高い賛辞が集まっていた。

img_5250また、在デトロイト総領事館や、滋賀県による文化紹介ブースを始め、デトロイトりんご会補習授業校、JCMU(Japan Center for Michigan University)など、日本に関連した団体のブースも並んだ。日本生まれの商標デザインを元にタオル帽子を作製しミシガン内の病院などの患者さんに寄贈する活動をしている「ミシガン・タオル帽子の会」も昨年に続きブースを出した。

日本まつりの場で様々な活動や当地と日本との繋がりを知ることができる意義も大きい。

img_5370自作の割りばし鉄砲での的当てゲームや、金魚すくいや輪投げなどの日本の縁日遊びの体験コーナーには例年に劣らない長い行列ができた。特にの割りばし鉄砲づくりのコーナーでは、子供も大人も熱中する姿が見られた。書道のワークショップも終始盛況で、ボランティア女性らの手ほどきで書き上げた書を受け取る嬉しそうな顔が印象的であった。聞くと、漢字の意味や自分の名前のカタカナ表記を知っている米人も多く、日本語学習者にとっての成果確認や交流の場ともなっていることが分かる。

体育館には櫓(やぐら)が組まれ、子どもとお母さんなどが集まるサークル“カンガルークラブ”による愛くるしさ一杯の『アンパンマン音頭』、有志盆踊りメンバーによる『炭坑節』や『花笠音頭』などの盆踊りが繰り広げられた。どちらも飛び入り参加を募り、振付をバージョンアップしたという

img_5523花笠音頭では、用意した花笠が足りないほどの参加者を交えて大きな輪ができた。

ジムでのパフォーマンスや実演に、5つのグループが順次出演。

kyokopapa「五大湖太鼓センター」による和太鼓演奏では篠笛を加えた祭囃子風な曲の他、日本のお祭りで見聞きするものとは違ったパフォーマンス太鼓のダイナミックな魅力を披露。古来戦場で数キロ先の味方との連絡手段にも使ったという太鼓の音はアトリウムまで届き、大勢の観客を呼び込んだ。

ミシガン沖縄県人会「ちむぐぐる」の演奏では、観客からのリクエストにより急遽

1曲追加して観客も加わって踊る場面もあり、会場は沖縄ムードに溢れた。生粋の日本人でも「生で見聞きするのは初めて」という観客も少なくなく、貴重な文化紹介の機会になっていた。

img_5454ミシガン大学の日本学生会、そして、中高の女子生徒有志による「ソーランガールズ」は、いずれも南中ソーラン節の演奏が重なったが、それぞれにアレンジを加えて持ち味を出していた。「ソーランガールズ」は流行のアップテンポな曲も軽快かつキュートに踊り、楽しそうに踊る姿につられて、観客にも微笑みが広がった。

img_5430音楽や踊りのパフォーマンスが続く中、空気を一変させたのはデトロイト剣道道場によるデモンストレーション。通常の稽古通りに“礼”から始まり、田川八段と高段者による形の実演や模範演技、子どもたちの打ち込みなどが、観客に気を散らすこともなく真剣そのものに行なわれた。熱心に見ていた米人の兄弟は他のマーシャルアートの経験があるそうだが、「ぜひ、やってみたい」と感想を寄せた。

先着50名の幸運な人々が得られたプログラムは、“いちご大福づくり”体験。

総領事公邸の料理人である中野楓さんの和菓子についてのプレゼンテーションと、彼女の手ほどきによる“いちご大福づくり”は今回の特別プログラムで、事前に用意された大量の大福生地の触り心地に感嘆が漏れたり、まとめるのに苦戦するつぶやきや、不格好な出来に笑いが上がるなど、和やかな雰囲気に溢れた。見ていて、ワクワク感が伝わってきた。

賑わいをみせた日本まつりはJSDウィメンズクラブ会長によるクロージングの挨拶で幕を閉じた。準備から当日の運営に動き回った運営委員から、「協力団体とたくさんのボランティアの方々のサポートがあってのこと、感謝しております」との感謝と合わせて、「改めて日本文化の素晴らしさを実感した一日でもありました」との言葉があった。この言葉は、多くの運営関係者、出演者、訪問者に共通する思いでもあろう。

Japanese School of Detroit Supports Children’s Challengeもっと学びたい、挑戦したい~そんな子供たちを補習校がサポート

<!--:en-->Japanese School of Detroit Supports Children's Challenge<!--:--><!--:ja-->もっと学びたい、挑戦したい~そんな子供たちを補習校がサポート<!--:--> 2

 「リコーダー教室」については、フルート奏者である小西さんが自ら企画して2007年度から毎年2回指導してきたが、昨年度より補講として位置づけられた。日本では一般的にリコーダーの学習は小学3年からスタートするため、同校での補講も小学3年以上が対象。今年度は音楽への門戸を広げるために、持ち方から始める初心者クラスを追加、従来の小学3年生のみのクラスと小学4~6年のクラスと合わせ計3回実施。3年生には呼吸方法から演奏テクニックなどの基礎を中心に、上級生には合奏テクニックに重点を置いて、ハーモニーの大切さについても指導がなされた。

 りんご会補習授業校は、昨年度(2012年度)より、放課後に“補講”を始めている。今年度は「書道教室」と「リコーダー教室」が開講された。児童生徒の総合力アップと魅力ある補習校を目指して、日本国内の義務教育で学ぶ教科および保護者からニーズが高い教科かつ実施可能と判断したもので、指導者は全員がボランティアで成り立っている。

 今年、2年目となる「書道教室」は年3回、3クラス体制で開催。講師には経験のある保護者3名と6名のサポーターがボランティアで参加した。2月15日(土)は第3期の最終日、総仕上げとして見事な作品を作り上げ、2月22日から3月1日の間、平日の現地校授業時間も含め、補習校が校舎を借用しているNovi Meadows校内に展示され、多くの保護者が写真撮影をしていた。

 レポーターが見学に入った小学4~6年のリコーダー教室では、笛の構造や人体の図を含めた何枚ものスライドを使って、呼吸の仕方、息の強さ、指のポジション、座り方など具体的な指示が与えられた。短時間とはいえ的確な指導による集中練習でレベルアップした成果を保護者に発表した後、小西さんによるフルートの演奏が披露され、リコーダーとの違いやそれぞれの魅力に触れる機会にもなった。

 「リコーダー教室」については、フルート奏者である小西さんが自ら企画して2007年度から毎年2回指導してきたが、昨年度より補講として位置づけられた。日本では一般的にリコーダーの学習は小学3年からスタートするため、同校での補講も小学3年以上が対象。今年度は音楽への門戸を広げるために、持ち方から始める初心者クラスを追加、従来の小学3年生のみのクラスと小学4~6年のクラスと合わせ計3回実施。3年生には呼吸方法から演奏テクニックなどの基礎を中心に、上級生には合奏テクニックに重点を置いて、ハーモニーの大切さについても指導がなされた。

 りんご会補習授業校は、昨年度(2012年度)より、放課後に“補講”を始めている。今年度は「書道教室」と「リコーダー教室」が開講された。児童生徒の総合力アップと魅力ある補習校を目指して、日本国内の義務教育で学ぶ教科および保護者からニーズが高い教科かつ実施可能と判断したもので、指導者は全員がボランティアで成り立っている。

 今年、2年目となる「書道教室」は年3回、3クラス体制で開催。講師には経験のある保護者3名と6名のサポーターがボランティアで参加した。2月15日(土)は第3期の最終日、総仕上げとして見事な作品を作り上げ、2月22日から3月1日の間、平日の現地校授業時間も含め、補習校が校舎を借用しているNovi Meadows校内に展示され、多くの保護者が写真撮影をしていた。

 レポーターが見学に入った小学4~6年のリコーダー教室では、笛の構造や人体の図を含めた何枚ものスライドを使って、呼吸の仕方、息の強さ、指のポジション、座り方など具体的な指示が与えられた。短時間とはいえ的確な指導による集中練習でレベルアップした成果を保護者に発表した後、小西さんによるフルートの演奏が披露され、リコーダーとの違いやそれぞれの魅力に触れる機会にもなった。

ミシガン州コロナ感染の現状について この冬に気を付けたいこと

新型コロナ感染拡大を受けて、ミシガン州知事が、11月18日付で再びロックダウンを命令されたのは、ご存じの方も多いと思います。マスクをすることで感染が予防できると考えられている職種(美容院やスポーツジム等)は営業が許可されていますが、屋内での飲食業は3週間禁止となりました。(https://www.michigan.gov/coronavirus/0,9753,7-406-98163-545138–,00.html

 本当に、そんなに増えているのかしら、検査しているから症例が多いように見えるだけなのではないか、と感じている方もいるかもしれません。グラフは3月からの新しい新型コロナ診断数(表1)と死亡数(表2)です。新たな患者数は11月に入り、うなぎ上りに増えており、少し遅れて死亡者数も増加してきています。

 ここ3か月のミシガンのデータ(表3)を見ると、検査数よりも陽性例の増え方が多く、入院者数も死亡者数も急激に増えていることがわかります。デトロイト近郊では、4月に多くの入院、死者が出て、病院は医療崩壊直前に至ったところも数多くありました。多くの病院では、一般業務をほぼ停止してコロナ患者の対処にあたりました。現在は、その状態にはまだなっていませんが、死者や入院患者の増加率は3月後半と同様の速い速度ですから、また、4月同様、またはそれ以上の危機が訪れる可能性が高く、必要に応じて同様の対処ができるように準備をしています。

 世界中で11月に入ってから感染がの急激に増加していますが、アメリカでは、感謝祭やクリスマスなどで家族や友人が集まる季節を迎えるため、感染の爆発的な増加が起こる可能性が危惧されます。

表3.過去90日間のミシガン州の(左から)検査数・新規感染数・入院者数・志望者数 (11/23/2020時点)出典:CovidTracking.com by The Atlantic Monthly Group. (CC BY 4.0)

 ミシガンでは、レストランの屋内での飲食は禁止されていますが、個人の家での集まりのリスクもきちんと理解する必要があります。屋内では、2家族以内で10人までの集まりのみが許されます。集まる人数が増えれば増えるほど、感染の危険は高まります。普段一緒に住んでいない人は、家族でも、別世帯とみなされ、家に滞在する場合、家の中でもマスクをして、食事も離れたところですることが推奨されます。たとえば、普段アパートに住んでいる大学生のお子さんは、別世帯ですから、お子さんが2人帰省すると、3世帯が集まるという計算になりますので、こういう状況を避けるか、マスクをし、別の場所で食事をするなどの、最新の注意が必要です。

 うんざりする、と感じる方も多いかもしれませんが、今、気持ちを引き締めて、それぞれが、感染を予防するように責任ある行動をすることで、4月のような状況をぜひ防ぎたいものです。

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筆者プロフィール

医師 リトル(平野)早秀子 | ミシガン大学家庭医療科助教授

1988年慶応義塾医学部卒業、1996年形成外科研修終了。2008年Oakwood Annapolis Family Medicine Residency 終了後、2008年より、ミシガン大学家庭医療科でミシガン家庭健康プログラムで日本人の患者さんを診察しています。産科を含む女性の医療、小児医療、皮膚手術、創傷のケアに、特にちからを入れています。

ミシガン大学についての情報は、ウェブサイトで確認できます。 
https://medicine.umich.edu/dept/japanese-family-health-program

第15代 ‘歌のお姉さん’ Miyuki Mori コンサート 2017

第15代 ‘歌のお姉さん’ Miyuki Mori コンサート 2017 2

 DSC_5581『 おかあさんといっしょ』第15代 ‘歌のお姉さん’ Miyuki Mori コンサート 2017 ドリームシンガーズ 第10期生とともに

デイライト・セービングタイムが始まった3 月1 2 日の午後、森みゆきさんによる恒例のコンサートがノバイ・ミドルスクールにおいて催された。春まだ遠いミシガンに、明るい歌声とエネルギッシュなパフォーマンスを届けてくれた。

DSC_5692みゆきさんはNHK子供番組『おかあさんといっしょ』の第15代‘歌のお姉さん’ として1983年にデビュー。結婚を機に1999年よりミシガン州に在住し、日本とアメリカで、音楽活動のほか、豊かな経験や見聞をもとに講演や執筆など幅広く活躍を続けている。2007年、ライフワークの一つとして「日本の歌を通して美しい日本語や日本文化を習得し、チームワークの貴さを学べるように」と、ユースを対象としたミュージックパフォーマンスグループ‘Dream Singers(以下D.S.)’を当地で発足した。毎年メンバーを募集し、自ら指導にあたっている。D.S.は、コミュニティーイベント、インターナショナル子供フェスティバルなどに参加し、国際交流、文化紹介の担い手としても活躍している。技術習得だけでなく、パフォーマーとしての意識、仲間との協調を大切にしている。今年のメンバーは第10期生。5歳から14歳までの仲間と歌うことがが大好きな17人の少女たちだ。

D.S.の活動のなかでも大きなゴールである、年に一度の“Miyuki Mori Concert” は今年で9 回目を迎えた。第1 期生は2007年の12月に活動をスタートし、JBSD 青年委員会の主催によって2008年4月に実施された「森みゆき ドリームコンサートVol 3」にゲストとして出演。その翌年より、みゆきさんの主催による定期コンサートが行われてきた。

今年は大きな節目といえるD.Sの10周年記念。プログラム紙面には第1期生から第10期生までの写真が添えられ、プログラムにも特別企画が織り込まれた。

Miyuki_concert_2017-1284今回のコンサートは、「Love Your Life」がテーマ。ミシガンでの生活に感謝し、ふるさと日本を誇りに感じながら生きていく気持ちを表現する、愛とパワーに溢れるコンサートとなった。

Miyuki_concert_2017-718プログラムは、みゆきさんのソロによる『夢のパレード』で開幕。みゆきさんと同時期に‘歌のおにいさん’を務めた坂田修氏の作詞作曲で、「Dream Dream 夢のパレードがはじまるぞ」との歌詞で始まる明るい歌である。続いては、みゆきさん自身の作詞による『お母さんっていいね』を慈愛にみちた歌声と表情で歌い上げた。「忙しい日常の中で余裕がなくなってしまった時に、この曲を思い出し、初心に返る」というみゆきさん。歌のきっかけになったみゆきさんのご長女もD.S.メンバーとして活動し、卒業して、今は、今回のコンサートのスタッフとしてサポ―トに回るほど成長したが、今子育てに奮闘しているお母さんたちへの先輩からの温かいメッセージとなったことであろう。

Miyuki_concert_2017-1351日本童話の代表『おもちゃのチャチャチャ』、そして、30年近く続いている長寿テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』のオープニングソング『アンパンマンのマーチ」、アメリカでもポピュラーな『大きな古時計』など、長く人々に愛されている曲が続いた後、アニメ『となりのトトロ』のオープニングテーマ曲『さんぽ』の音楽にのって、D.S.が行進しながら登場した。お揃いの赤いTシャツに合わせたチェックのスカートとハイソックスが溌剌さを強調。元気いっぱいに「歌えバンバン」を合唱した後、柔らかな声で「みかんの花咲く丘」を歌った。みゆきさんが「75年前の曲を平成の子たちが歌ってくれるのは嬉しいですね」と語ったが、日本の心の歌ともいえる曲の数々を生で聴けることが観客にとって嬉しい。例年、子連れではない大人の観客も多い所以であろう。

DSC_6779その後も名曲やポピュラーソングが続き、『ドレミの歌』では、恒例になりつつある‘今日だけのオリジナル歌詞’を観客のアイデアを集めて創った。観客も一緒に歌い、会場に明るい声が響いた。

D.S.第10期生の紹介に続いて、それぞれがD.S.への想いを朗読。その間、大きなスクリーンに代々のD.Sメンバーの写真が映し出されていた。

DSC_5617今回のテーマにもなっている「Love Your Life」は、みゆきさんが20年以上前に作詞作曲した曲の名。いじめや差別が減り、互いを尊重できるように、子どもたちが強く幸せになるようにとの願いをこめ、「もっともっともっと強く生きて」と呼びかけている曲である。D.S.の子どもたちと毎年一緒に歌ってきたこの曲を、今回は動画上の元メンバーと共に手話をつけて熱唱した。スクリーン上のメンバーも含めて総勢何十人もの合同パフォーマンスの後は、第1期から6期までメンバーだったデルフィア湖月(みづき)さんがゲストとして独唱。学校のミュージカルで主役や主要キャストに多数抜擢されたほど才能を現し、現在は歌とダンス、演技の勉強を専門とする高校のプログラムでスキルを磨き、シンガーを目指しているという。湖月さんはミュージカルの劇中歌を堂々と見事な声量と表現力で歌い上げた。

先輩のはちきれんばかりのパワーに触発されたのか、D.S.が湖月さん、みゆきさんと一緒に「花は咲く」をのびやかに表情豊かに届けた。心をこめて歌っていることが伝わってきた。

緩急と静と動のメリハリのある演奏の数々に、幼い子供も引き込まれるように聴き入っていた。

インターミッションの間は、観客が和やかに談話。演奏中に映し出された元メンバーや、現メンバーの幼少の姿を懐かしむ声や成長に感動したという感想が交わされていた。

DSC_1076後半は、過去にも共演した五大湖太鼓センターのメンバー3人による、会場を揺るがすかのような太鼓の音で突如スタート。曲名『雷群』のごとく雷がとどろくような和太鼓の現代創作曲を大中小3台の和太鼓で披露した。祭りのお囃子とは異なる演奏と太鼓の歴史や造りについての解説について、日本人からも新鮮で良い機会になったという声が届いた。

太鼓の音色をバックに、ミニのゆかたにスパッツというフレッシュないで立ちでみゆきさんとD.S.が登場すると、会場のあちこちで「かわいい!」の声が上がった。

人気アイドルグループ嵐の『心の空』を初々しく歌った後、プログラムでは曲名を伏せてあった曲が披露された。それは『ペンパイナッポーアッポーペン』。動画の再生回数が4億回を超えるともいわれ、世界各国で大ブレークした「ピコ太郎」の曲である。サングラスと金ぴかの衣装がトレードマークである「ピコ太郎」にあやかって、D.S.も太鼓メンバーもサングラスをかけて、この日、最高といえるであろうノリノリの演奏を繰り広げた。観客にも大うけであった。

そして、D.S.による「南中ソーラン節」の元気いっぱいな踊りと生の太鼓の音色で会場は祭りムードに盛り上がった後、プログラムの最後となって、穏やかなムードに一転。「この地が第二の故郷。ここで日本の歌を歌える喜びを感じています」「それぞれの故郷を思いながら聴いてください」との、みゆきさんの前置きに、『ふるさと』を語りかけるように熱唱。豊かな声は会場を満たし、人々の心をも満たしたことであろう。

 

Miyuki_concert_2017-1491ドリームシンガーズ(DS)10周年を迎えて

〜森みゆきさんより

アメリカに移住してきて、私の子供の頃からのもう1つの夢であった「自ら結成する子供たちの合唱団」を現実とし始めたのが2007年晩秋。最初は私のこのコンセプトで子供たちが集まるかどうか未知でしたが、お陰様でこの10年間、常に20人前後のメンバーがどの期にも存在し、10期までで総勢100名となったことは本当に有難く幸せに感じています。最初の頃は駐在ご家庭のお子さんが多く、日本人学校補習校に通い日本で合唱をやっていたという子も多かったのですが、今では永住の生徒が大半となり、日本語の維持、日本的マナーの習得、社会性や協調性を持てる人間を育てるグループとしてのニーズをより強く求められていると実感しています。つまり日本文化の素晴らしさも知っている親御さんたちは、日常主に英語で話す環境のお子さんに是非とも日本的なモラルもしっかり身につけ、日米どちらの文化も学んで欲しいと願っておられることを感じ取り、その期待に応えるべく、保護者の方々のご協力を得ながら指導させて頂いております。

世代は変わっていきますが、世の中の流れに沿って変わって良いことと変わらずに伝えていきたいことの両方が存在することを子供たちに丁寧に教えていきたいと考えています。そのためには、子どもたちに対し、上からの目線で見ていくのではなく、その時々で、一人の人間として尊重すること、未熟と感じたら親同然の気持ちで愛情を持って厳しく接していくその両面が大事ではないだろうかと常々感じながら子供たちと接しています。10年という節目まで来ましたので、歌手としての私自身ももっと成長していけるように、両方の活動の様子をみながら今後の道を切り開いていけたらと思います。沢山の皆様に今日まで支えてきて頂けましたことに感謝の気持ちを申し上げたく、この場をお借りして心より御礼申し上げます。ご支援ありがとうございました。そして今後共よろしくお願い致します。

Japanese School of Detroit Sports Tournament 2013デトロイトりんご会補習授業校 2013年度 大運動会

<!--:en-->Japanese School of Detroit Sports Tournament 2013<!--:--><!--:ja-->デトロイトりんご会補習授業校 2013年度 大運動会<!--:--> 10

 6月15日(土)、デトロイトりんご会補習授業校の恒例行事である運動会が開催された。中学生はクラス対抗の球技大会を午前中に行い、午後から運動会に合流。高校生は競技の手伝いや放送を担当しながら競技に出場するなど、学年によって参加形式の違いはあるものの、年齢差を越えた一大学校行事であり、また多数の企業で構成されている運動会実行委員が会場設営や当日の用具準備などを担当して行われる当地日本人コミュニティーぐるみの重要イベントでもある。今年は高校生の運営によって例年設けられる模擬店と水ヨーヨー釣りに加えて射的コーナーも生まれ、楽しみと賑わいを増していた。

 当日は曇り空の下での開会となったが、体力の消耗は少ない好条件の日和となり、力いっぱいの演技や競技が繰り広げられた。

 開会宣言に続く日米両国の国旗掲揚そして同校校歌斉唱の後、村井校長より挨拶があり、父母会・運営委員・各企業の尽力に触れ、児童生徒に感謝の気持ちを喚起した。日本では梅雨にも関わらず暑い中で運動会を行う学校がある例を比較として挙げ、爽やかな風が吹く中で、素晴らしい演技や記録が出ることを期待していると伝えた。

 同校が所在しているノバイ市の教育関係者としてノバイ学校区教育長とノバイ教育委員会委員長、ノバイコミュティーエデュケーションのディレクターが開会式に列席。同補習校との絆を大切にしていることが窺えた。デトロイト総領事館より松田総領事並びに河西領事、植田JBSD事務局長、菅間JSDウィメンズクラブ会長も来賓として駆けつけ、児童生徒の奮闘を温かく見守った。

 生徒会長が挨拶の中で「運動会を楽しみにしていた人、手を上げて~!」と呼びかけたところ、大半の児童生徒が挙手し、心待ちにしていることが示された。続いて小学部6年生と中学生代表による力強い選手宣誓が行われた。中学生の宣誓の言葉には、当地で色々な経験をしていることや、補習校で出会ったことなどが織り込められ、この運動会が単にスポーツイベントとしてだけではなく、集団学習活動が少ない当地において学友と力を合わせる貴重な機会であることが伝わった。

 演技は「ラジオ体操」でスタート。保護者や教職員、そして来賓の方々も加わって日本の定番曲に合わせて体を解した。徒競走や「山あり谷あり」と名付けられた障害物競走などの個人競技が行われた後、日本の伝統的な種目である「綱引き」「玉入れ」「騎馬戦」などの団体競技が続いた。

 幼稚園児と保護者による微笑ましい親子ダンスは毎年演目を替えているが、今年は「勇気100%」が選ばれた。20年程前に放映が開始されたアニメ『忍たま乱太郎』の主題歌で、世代を超えて親しまれている曲である。「・・がんばるしかないさ」「ぼくたちが持てる輝き 忘れないでね」という歌詞が付いている。歌詞通りの輝くばかりの演技が繰り広げられ、和やかなムードが会場一杯に溢れた。

 同校の運動会は紅白対抗戦で行われるため、団体種目の判定が発表されるごとに大歓声が上がった。小学部高学年の騎馬戦では、昨年の40周年記念スペシャルとして追加された男女混合戦が今年も行われ、男女の区別の無い果敢な熱戦ぶりに、会場は大いに沸いていた。

 最後の団体戦である騎馬戦が終わった時点では40点程の差で紅組が優勢。中学部・高等部の各クラス全員でチャレンジする「学級対抗大縄跳び」で結束力と若者の跳躍力とが披露された後、勝負の行方を決める代表選手による紅白対抗リレーに移った。選手達の颯爽とした走りに感嘆の声が上がり、会場の盛り上がりは最高潮に達した。

 最終結果は閉会式で発表され、60点以上の差をつけた赤組の勝利となった。今年度より赴任し、今回初めて同校の運動会を目にした村井校長は、各学齢に合わせた好評に続けて、「自分の力の限りを出し、力を合わせることの大切さを知ったことでしょう。本当に素晴らしい運動会でした。」と感想を述べ、関係者への謝意と今後の協力を依頼する言葉で締めくくった。

 6月15日(土)、デトロイトりんご会補習授業校の恒例行事である運動会が開催された。中学生はクラス対抗の球技大会を午前中に行い、午後から運動会に合流。高校生は競技の手伝いや放送を担当しながら競技に出場するなど、学年によって参加形式の違いはあるものの、年齢差を越えた一大学校行事であり、また多数の企業で構成されている運動会実行委員が会場設営や当日の用具準備などを担当して行われる当地日本人コミュニティーぐるみの重要イベントでもある。今年は高校生の運営によって例年設けられる模擬店と水ヨーヨー釣りに加えて射的コーナーも生まれ、楽しみと賑わいを増していた。

 当日は曇り空の下での開会となったが、体力の消耗は少ない好条件の日和となり、力いっぱいの演技や競技が繰り広げられた。

 開会宣言に続く日米両国の国旗掲揚そして同校校歌斉唱の後、村井校長より挨拶があり、父母会・運営委員・各企業の尽力に触れ、児童生徒に感謝の気持ちを喚起した。日本では梅雨にも関わらず暑い中で運動会を行う学校がある例を比較として挙げ、爽やかな風が吹く中で、素晴らしい演技や記録が出ることを期待していると伝えた。

 同校が所在しているノバイ市の教育関係者としてノバイ学校区教育長とノバイ教育委員会委員長、ノバイコミュティーエデュケーションのディレクターが開会式に列席。同補習校との絆を大切にしていることが窺えた。デトロイト総領事館より松田総領事並びに河西領事、植田JBSD事務局長、菅間JSDウィメンズクラブ会長も来賓として駆けつけ、児童生徒の奮闘を温かく見守った。

 生徒会長が挨拶の中で「運動会を楽しみにしていた人、手を上げて~!」と呼びかけたところ、大半の児童生徒が挙手し、心待ちにしていることが示された。続いて小学部6年生と中学生代表による力強い選手宣誓が行われた。中学生の宣誓の言葉には、当地で色々な経験をしていることや、補習校で出会ったことなどが織り込められ、この運動会が単にスポーツイベントとしてだけではなく、集団学習活動が少ない当地において学友と力を合わせる貴重な機会であることが伝わった。

 演技は「ラジオ体操」でスタート。保護者や教職員、そして来賓の方々も加わって日本の定番曲に合わせて体を解した。徒競走や「山あり谷あり」と名付けられた障害物競走などの個人競技が行われた後、日本の伝統的な種目である「綱引き」「玉入れ」「騎馬戦」などの団体競技が続いた。

 幼稚園児と保護者による微笑ましい親子ダンスは毎年演目を替えているが、今年は「勇気100%」が選ばれた。20年程前に放映が開始されたアニメ『忍たま乱太郎』の主題歌で、世代を超えて親しまれている曲である。「・・がんばるしかないさ」「ぼくたちが持てる輝き 忘れないでね」という歌詞が付いている。歌詞通りの輝くばかりの演技が繰り広げられ、和やかなムードが会場一杯に溢れた。

 同校の運動会は紅白対抗戦で行われるため、団体種目の判定が発表されるごとに大歓声が上がった。小学部高学年の騎馬戦では、昨年の40周年記念スペシャルとして追加された男女混合戦が今年も行われ、男女の区別の無い果敢な熱戦ぶりに、会場は大いに沸いていた。

 最後の団体戦である騎馬戦が終わった時点では40点程の差で紅組が優勢。中学部・高等部の各クラス全員でチャレンジする「学級対抗大縄跳び」で結束力と若者の跳躍力とが披露された後、勝負の行方を決める代表選手による紅白対抗リレーに移った。選手達の颯爽とした走りに感嘆の声が上がり、会場の盛り上がりは最高潮に達した。

 最終結果は閉会式で発表され、60点以上の差をつけた赤組の勝利となった。今年度より赴任し、今回初めて同校の運動会を目にした村井校長は、各学齢に合わせた好評に続けて、「自分の力の限りを出し、力を合わせることの大切さを知ったことでしょう。本当に素晴らしい運動会でした。」と感想を述べ、関係者への謝意と今後の協力を依頼する言葉で締めくくった。

 

日本へ帰国した折に、出来る範囲の復興支援・応援日本へ帰国した折に、出来る範囲の復興支援・応援

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復興応援ツアー ~ 名勝観光と防潮堤見学

  大震災後の東北復興のために募金だけでは無く、自ら動いて何かしたいと思っている方は少なくないのではないだろうか。日本に一時帰国する機会があっても、遠く離れて不義理をしていた親兄弟や友人に会う、家族と旅行するなど、するべき用事やしたい事が山積み。そこで1つのアイデア。親孝行旅行や家族旅行の行き先に被災地を入れてみては?

  「東北観光に出かけることが復興支援になる」という旅行会社の謳い文句に疑問や違和感を感じたり、観光がてら行くのは不謹慎だと思っている人もいることだろう。弊紙レポーターは、昨年初夏に盛岡駅出発の 被災地応援ツアーに参加したミシガン在住のランカー弘子さんに話を伺わせていただいた。彼女が選んだのは盛岡駅出発の(*弘子さんは宮古駅から参加)一日ツアーで、浄土ヶ浜、田老、龍泉洞を巡り、途中、復旧したローカル線三陸鉄道にも乗るコース。

   浄土ヶ浜は三陸海岸を代表する景勝地の1つで国の名勝に指定されている。また、龍泉洞(岩手県)は秋芳洞(山口県)・龍河洞(高知県)と共に「日本三大鍾乳洞」の一つに数えられている。

  そして田老。ここには世界最大級といえる総延長2433m、高い場所では海面高十数メートルに及ぶ巨大な防潮堤があった。1960年に襲来したチリ地震津波では堤防が役目を果たしたため、世界の津波研究者から注目を集めるほどであった。しかし2011年3月の東日本大震災による津波は海側の防潮堤を500mにわたって一瞬で破壊、他の全ての防潮堤を乗り越え、町を飲み込んだ。人を護るための防潮堤によって、逆に海の様子が見えず迫ってきた危機に気づかず、安心感もあったがゆえに避難が遅れた。また、高い防潮堤は潮が引くのを妨げた面もあったという。

   被災地応援ツアー中、田老では防災語り部ガイドの案内が織り込まれていたが、そのボランティアガイドの女性が「観光として行くのは不謹慎だと思わないで来て欲しい。一番怖いのは、忘れ去れること」「観光にお金が落ちれば、復興に役立つ」と話したそうだ。弘子さんは、ガイドの女性が口にした「悲しい思いをしたけれど、それによって他の土地から来た大勢の人に会うことが出きて良かったと思う」という感想を耳にして「来て良かった」と嬉しさを感じた。

  弘子さんはこのツアーの他に気仙沼や塩釜なども回ったが、「行ってみて良かった」「行った後、そこが出てくるテレビ番組を見ると身近に感じます。」と話す。

被災地支援ボランティア ~家族でも寝泊まりしつつ参加が可能

  柳田國男の遠野物語のもととなった地域であり、河童などが登場する「遠野民話」で知られる岩手県遠野。この地に、東日本大震災で被災した岩手県沿岸部の被災者を支援するべく、遠野市民を中心とした支援ネットワーク『遠野まごころネット(遠野被災地支援ボランティア)』が結成され、今も活動している。

  岩手県沿岸部の三陸地方が想像をはるかに超えた甚大な被害を受けた直後に、「困難を分かち合い、復興・再建に向けて三陸地方の人々と共に行動しよう」という趣旨の下、沿岸地域への移動時間が1時間という遠野市の地の利を活かして、全国各地からのボランティアや支援物資等を受付ける拠点としての役割を担ってきた。対応が遅れがちになった行政支援を、臨機応変にカバーしてきた功績は大きい。

  震災直後には瓦礫撤去や物資配布、炊き出しといった緊急支援を行なってきたが、その段階が過ぎてからは状況に応じ各種のプロジェクトを立ち上げている。

遠野の地理的条件

  岩手県遠野市は、「盛岡・花巻・北上・一関などの東北自動車道や東北新幹線沿いの内陸地域」と「宮古・山田・大槌・釜石・大船渡・陸前高田などの沿岸地域」との中間地点に位置している。その地理的状況を生かし、内陸と沿岸を結ぶ、物や人や情報が集まって行き交うHUB(ハブ)としての役割を担っている。内陸地域から沿岸地域は片道約100kmあり、日帰りでのボランティア活動は時間的にも身体的にも余裕がなくなるが、遠野から沿岸地域は片道約40kmとあり、遠野を朝出発して沿岸地域でボランティア活動を行い、暗くなる前に遠野に帰ってきても十分に余裕がある。また遠野市内は地震の被害が少なく、直後からライフラインや商店なども通常営業しており、ボランティア生活をする上でも不自由なく過ごすことができた。まごころネット内に宿泊場所があるため、多くの人が活用してきたそうだ。

  レポーターは2013年秋、前述のランカー弘子さんの情報を得て、本拠地であるセンターの訪問取材をさせていただいた。この日は農業復興を支援するためのカボチャの仕分けが行われていた。

活動内容

  3年以上が経過した取材当時、岩手県沿岸被災地ではコミュニティの再生、そして産業の再生/雇用の創出が復興のための大きな課題となっていた。同年5月には、新たなコミュニティと「なりわい」の場をつくるために遠野まごころネットが前年からJTI財団の協力を得て進めてきた「大槌たすけあいセンター」の建設工事が完了し、運営を開始した。大槌たすけあいセンターでは、雇用創出のためのレストラン営業、海鮮餃子やハーブスティックを生産する第六次産業事業、内職の場の提供、コミュニティづくりのためのカフェやイベント開催、総合相談支援等、多様な事業を執り行っていく予定だということ。

  遠野まごころネットの良さは、個人での参加も可能である点。復興地各地域の特性、ニーズ等に合わせて活動は移り変わっており、近頃の活動は、大槌町や陸前高田市のコミュニティ農園での農作業、建築補助・修繕、イベントの開催・サポート等。力仕事もあるが、非力な女性や少年にもできることが色々あるそうだ。

  施設には数十人が泊まる(雑魚寝する)ことができるほど広い畳敷きの空間があり、ポータブルトイレや洗濯機、自炊用の台所も備えられている。壁やホワイトボードには、その日のスケジュールや伝達事項、そしてこれまでの活動の写真などの掲示が並び、活発さが窺われた。

ボランティア活動の参加に際して

  7日前の18:00までにウェブで事前登録及びボランティア保険の加入が必要。

  2013年9月より、活動協力費¥1000を徴収(高校生以下は無料。大学生は半額)。

  http://tonomagokoro.net/

☆ ☆ ☆

  随時報道で伝えられているように、津波被害による瓦礫撤去はかなり進んだ。岩手県の中で最大の(人口2万強のうち7割以上)被害を受けた陸前高田の平地部は、そこに町があった跡形がないほど、砂漠のような更地になっていた(昨年秋の時点)。プレハブ造りの『陸前高田物産センター』に置かれていた(被災前後の姿を伝える)写真集を手にして初めて、どれ程の家屋やビルがあり、活気ある営みがあったのか、そして津波の爪痕がいかに大きかったかを垣間見ることができた。丘陵地帯に住宅を新築するための整地工事が進められていた。三陸沿岸の復興支援道路の工事もあちこちで見かけ、工事用の大型車両が行きかっていた。

  『遠野まごころネット』の職員いわく、復興が進んでいる所とそうでない所があるとのこと。一時通るだけでは分からない問題がまだまだある。忘れないこと、息長く応援することの大切さを心に留めたい。

(NM記者)

復興応援ツアー ~ 名勝観光と防潮堤見学

  大震災後の東北復興のために募金だけでは無く、自ら動いて何かしたいと思っている方は少なくないのではないだろうか。日本に一時帰国する機会があっても、遠く離れて不義理をしていた親兄弟や友人に会う、家族と旅行するなど、するべき用事やしたい事が山積み。そこで1つのアイデア。親孝行旅行や家族旅行の行き先に被災地を入れてみては?

  「東北観光に出かけることが復興支援になる」という旅行会社の謳い文句に疑問や違和感を感じたり、観光がてら行くのは不謹慎だと思っている人もいることだろう。弊紙レポーターは、昨年初夏に盛岡駅出発の 被災地応援ツアーに参加したミシガン在住のランカー弘子さんに話を伺わせていただいた。彼女が選んだのは盛岡駅出発の(*弘子さんは宮古駅から参加)一日ツアーで、浄土ヶ浜、田老、龍泉洞を巡り、途中、復旧したローカル線三陸鉄道にも乗るコース。

   浄土ヶ浜は三陸海岸を代表する景勝地の1つで国の名勝に指定されている。また、龍泉洞(岩手県)は秋芳洞(山口県)・龍河洞(高知県)と共に「日本三大鍾乳洞」の一つに数えられている。

  そして田老。ここには世界最大級といえる総延長2433m、高い場所では海面高十数メートルに及ぶ巨大な防潮堤があった。1960年に襲来したチリ地震津波では堤防が役目を果たしたため、世界の津波研究者から注目を集めるほどであった。しかし2011年3月の東日本大震災による津波は海側の防潮堤を500mにわたって一瞬で破壊、他の全ての防潮堤を乗り越え、町を飲み込んだ。人を護るための防潮堤によって、逆に海の様子が見えず迫ってきた危機に気づかず、安心感もあったがゆえに避難が遅れた。また、高い防潮堤は潮が引くのを妨げた面もあったという。

   被災地応援ツアー中、田老では防災語り部ガイドの案内が織り込まれていたが、そのボランティアガイドの女性が「観光として行くのは不謹慎だと思わないで来て欲しい。一番怖いのは、忘れ去れること」「観光にお金が落ちれば、復興に役立つ」と話したそうだ。弘子さんは、ガイドの女性が口にした「悲しい思いをしたけれど、それによって他の土地から来た大勢の人に会うことが出きて良かったと思う」という感想を耳にして「来て良かった」と嬉しさを感じた。

  弘子さんはこのツアーの他に気仙沼や塩釜なども回ったが、「行ってみて良かった」「行った後、そこが出てくるテレビ番組を見ると身近に感じます。」と話す。

被災地支援ボランティア ~家族でも寝泊まりしつつ参加が可能

  柳田國男の遠野物語のもととなった地域であり、河童などが登場する「遠野民話」で知られる岩手県遠野。この地に、東日本大震災で被災した岩手県沿岸部の被災者を支援するべく、遠野市民を中心とした支援ネットワーク『遠野まごころネット(遠野被災地支援ボランティア)』が結成され、今も活動している。

  岩手県沿岸部の三陸地方が想像をはるかに超えた甚大な被害を受けた直後に、「困難を分かち合い、復興・再建に向けて三陸地方の人々と共に行動しよう」という趣旨の下、沿岸地域への移動時間が1時間という遠野市の地の利を活かして、全国各地からのボランティアや支援物資等を受付ける拠点としての役割を担ってきた。対応が遅れがちになった行政支援を、臨機応変にカバーしてきた功績は大きい。

  震災直後には瓦礫撤去や物資配布、炊き出しといった緊急支援を行なってきたが、その段階が過ぎてからは状況に応じ各種のプロジェクトを立ち上げている。

遠野の地理的条件

  岩手県遠野市は、「盛岡・花巻・北上・一関などの東北自動車道や東北新幹線沿いの内陸地域」と「宮古・山田・大槌・釜石・大船渡・陸前高田などの沿岸地域」との中間地点に位置している。その地理的状況を生かし、内陸と沿岸を結ぶ、物や人や情報が集まって行き交うHUB(ハブ)としての役割を担っている。内陸地域から沿岸地域は片道約100kmあり、日帰りでのボランティア活動は時間的にも身体的にも余裕がなくなるが、遠野から沿岸地域は片道約40kmとあり、遠野を朝出発して沿岸地域でボランティア活動を行い、暗くなる前に遠野に帰ってきても十分に余裕がある。また遠野市内は地震の被害が少なく、直後からライフラインや商店なども通常営業しており、ボランティア生活をする上でも不自由なく過ごすことができた。まごころネット内に宿泊場所があるため、多くの人が活用してきたそうだ。

  レポーターは2013年秋、前述のランカー弘子さんの情報を得て、本拠地であるセンターの訪問取材をさせていただいた。この日は農業復興を支援するためのカボチャの仕分けが行われていた。

活動内容

  3年以上が経過した取材当時、岩手県沿岸被災地ではコミュニティの再生、そして産業の再生/雇用の創出が復興のための大きな課題となっていた。同年5月には、新たなコミュニティと「なりわい」の場をつくるために遠野まごころネットが前年からJTI財団の協力を得て進めてきた「大槌たすけあいセンター」の建設工事が完了し、運営を開始した。大槌たすけあいセンターでは、雇用創出のためのレストラン営業、海鮮餃子やハーブスティックを生産する第六次産業事業、内職の場の提供、コミュニティづくりのためのカフェやイベント開催、総合相談支援等、多様な事業を執り行っていく予定だということ。

  遠野まごころネットの良さは、個人での参加も可能である点。復興地各地域の特性、ニーズ等に合わせて活動は移り変わっており、近頃の活動は、大槌町や陸前高田市のコミュニティ農園での農作業、建築補助・修繕、イベントの開催・サポート等。力仕事もあるが、非力な女性や少年にもできることが色々あるそうだ。

  施設には数十人が泊まる(雑魚寝する)ことができるほど広い畳敷きの空間があり、ポータブルトイレや洗濯機、自炊用の台所も備えられている。壁やホワイトボードには、その日のスケジュールや伝達事項、そしてこれまでの活動の写真などの掲示が並び、活発さが窺われた。

ボランティア活動の参加に際して

  7日前の18:00までにウェブで事前登録及びボランティア保険の加入が必要。

  2013年9月より、活動協力費¥1000を徴収(高校生以下は無料。大学生は半額)。

  http://tonomagokoro.net/

☆ ☆ ☆

  随時報道で伝えられているように、津波被害による瓦礫撤去はかなり進んだ。岩手県の中で最大の(人口2万強のうち7割以上)被害を受けた陸前高田の平地部は、そこに町があった跡形がないほど、砂漠のような更地になっていた(昨年秋の時点)。プレハブ造りの『陸前高田物産センター』に置かれていた(被災前後の姿を伝える)写真集を手にして初めて、どれ程の家屋やビルがあり、活気ある営みがあったのか、そして津波の爪痕がいかに大きかったかを垣間見ることができた。丘陵地帯に住宅を新築するための整地工事が進められていた。三陸沿岸の復興支援道路の工事もあちこちで見かけ、工事用の大型車両が行きかっていた。

  『遠野まごころネット』の職員いわく、復興が進んでいる所とそうでない所があるとのこと。一時通るだけでは分からない問題がまだまだある。忘れないこと、息長く応援することの大切さを心に留めたい。

(NM記者)

サギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭サギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭

<!--:en-->サギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭<!--:--><!--:ja-->サギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭<!--:--> 6

 サギノー市にある本格的茶室と日本庭園を擁する日本文化センター『阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)』で9月21日(日)に日本祭が催された。

  サギノー市は徳島市と姉妹都市であり、1986年に両市の友好のシンボルとして阿波鷺能庵が造られた。両市が建設費を出し合い敷地を共有し、共同で管理を続けている。

  両市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。茶室の設立にあたっては、同市の住人モスナー陽子さんが資金集めに乗り出し、奔走した末、茶室の着工に漕ぎつけた。その後も陽子さんはセンターの管理と運営に携わり、支えてきた。

  例年秋に開催される同センター主催の日本祭には、サギノー市や近隣に在住している日本人・日系人、交換留学生やビジネス関係者たちが協力して日本文化や食べ物を紹介している。今年は生け花や書道、折り紙の実演や体験のほか、手づくりのどら焼きの販売ブースなどが設けられた。

  茶室ではJSDウィメンズのサポートによる実演が3回行われた。お点前中には在デトロイト日本国総領事館の文化担当者による解説が添えられ、茶室の建築的な説明や茶道の歴史、そして所作の理由などが分かりやすく伝えられた。

  特設野外ステージにはメトロデトロイト地区から和太鼓グループ『雷音』、男性コーラス『ホワイトパイン』が出演。ミシガン西部を拠点にしている沖縄県人会『ちむぐくる(楽しみたい)会』も駆けつけ沖縄舞踊と音楽を披露した。

   今回のスペシャルは阿波踊り。同センターのオープニング式典に日本より阿波踊り団が来訪したものの、その後、徳島と繋がりがある阿波鷺能庵での日本祭でありながら、このイベントで阿波踊りが演じられることがなかったが、今年はそれが実現した。サギノーバレー州立大学に今期(8月から12月)限定で、徳島市にある四国大学より派遣交換教授として派遣されているマーク・フェネリー氏と奥様ひとみさんが中心になって、サギノー市や近隣に在住している日系人が加わり、総勢20人近いメンバーによる披露を行なった。中には徳島出身者が3人おり、ひとみさんを始め、子どものころから阿波踊りに親しんできた女性達の本格的で美しい舞いのような動きやメンバーたちの軽快な踊り、子ども達の可愛らしいハッピ姿が観客の称賛を集めた。イギリス人であるマークさんも日本で阿波踊りに何回も参加した経験があり、メンバーによる披露の後、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なりゃ踊らにゃ損損」という言葉を観客に伝え、踊り方を教示し、参加を呼びかけた。奥は深いがシンプルな踊りとあって、大勢の観客が見よう見まねで加わり和やかな場になった。

  さらに武道の紹介も行われ、デトロイト剣道道場、同日本文化センターで練習をしているタイチー(太極拳)ならびに柔術グループが、それぞれの特徴や練習方法を披露した。

  途中から天候が崩れ、テント内にも雨が吹き込む大雨に見舞われたが、3時間の開催中、途切れなく続くプログラムやワークショップを興味深げに注視する多くの姿があった。活発な姉妹都市交流、そして地元住人並びに当地日系団体とのコネクションが実を結んでいる貴重なイベントである。

  同センターは一般公開しており、様々なプログラムを組んでおり、他州からの観光客も多い。ちなみに近隣には観光名所フランケンムースやアウトレットモールBurch Runがある。

【ウェブサイト】www.japaneseculturalcenter.org

 サギノー市にある本格的茶室と日本庭園を擁する日本文化センター『阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)』で9月21日(日)に日本祭が催された。

  サギノー市は徳島市と姉妹都市であり、1986年に両市の友好のシンボルとして阿波鷺能庵が造られた。両市が建設費を出し合い敷地を共有し、共同で管理を続けている。

  両市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。茶室の設立にあたっては、同市の住人モスナー陽子さんが資金集めに乗り出し、奔走した末、茶室の着工に漕ぎつけた。その後も陽子さんはセンターの管理と運営に携わり、支えてきた。

  例年秋に開催される同センター主催の日本祭には、サギノー市や近隣に在住している日本人・日系人、交換留学生やビジネス関係者たちが協力して日本文化や食べ物を紹介している。今年は生け花や書道、折り紙の実演や体験のほか、手づくりのどら焼きの販売ブースなどが設けられた。

  茶室ではJSDウィメンズのサポートによる実演が3回行われた。お点前中には在デトロイト日本国総領事館の文化担当者による解説が添えられ、茶室の建築的な説明や茶道の歴史、そして所作の理由などが分かりやすく伝えられた。

  特設野外ステージにはメトロデトロイト地区から和太鼓グループ『雷音』、男性コーラス『ホワイトパイン』が出演。ミシガン西部を拠点にしている沖縄県人会『ちむぐくる(楽しみたい)会』も駆けつけ沖縄舞踊と音楽を披露した。

   今回のスペシャルは阿波踊り。同センターのオープニング式典に日本より阿波踊り団が来訪したものの、その後、徳島と繋がりがある阿波鷺能庵での日本祭でありながら、このイベントで阿波踊りが演じられることがなかったが、今年はそれが実現した。サギノーバレー州立大学に今期(8月から12月)限定で、徳島市にある四国大学より派遣交換教授として派遣されているマーク・フェネリー氏と奥様ひとみさんが中心になって、サギノー市や近隣に在住している日系人が加わり、総勢20人近いメンバーによる披露を行なった。中には徳島出身者が3人おり、ひとみさんを始め、子どものころから阿波踊りに親しんできた女性達の本格的で美しい舞いのような動きやメンバーたちの軽快な踊り、子ども達の可愛らしいハッピ姿が観客の称賛を集めた。イギリス人であるマークさんも日本で阿波踊りに何回も参加した経験があり、メンバーによる披露の後、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なりゃ踊らにゃ損損」という言葉を観客に伝え、踊り方を教示し、参加を呼びかけた。奥は深いがシンプルな踊りとあって、大勢の観客が見よう見まねで加わり和やかな場になった。

  さらに武道の紹介も行われ、デトロイト剣道道場、同日本文化センターで練習をしているタイチー(太極拳)ならびに柔術グループが、それぞれの特徴や練習方法を披露した。

  途中から天候が崩れ、テント内にも雨が吹き込む大雨に見舞われたが、3時間の開催中、途切れなく続くプログラムやワークショップを興味深げに注視する多くの姿があった。活発な姉妹都市交流、そして地元住人並びに当地日系団体とのコネクションが実を結んでいる貴重なイベントである。

  同センターは一般公開しており、様々なプログラムを組んでおり、他州からの観光客も多い。ちなみに近隣には観光名所フランケンムースやアウトレットモールBurch Runがある。

【ウェブサイト】www.japaneseculturalcenter.org

ミシガン州ーJapan News Club 2023年
9月号ー

Japan News Club 9月号です!

9月に入りました🍎 新学期も始まり、ミシガンの夏を謳歌した後ですが、まだまだ良い気候が続くこの時期、りんご狩りやコーンメイズ、ドーナッツ&アップルサイダーと、まだまだアクティブにお楽しみください。
今月号のJNCもぜひお時間許すときにゆっくりお読みいただけましたら幸いです。

03・・・ コミュニティニュースつづき
04・・・ 喧喧諤諤
06・・・ 心臓病医療の最前線
07・・・ アメリカ生活の豆知識  / ゴルフのススメ
09・・・ 言葉の架け橋
11・・・ ミシガン会月例会結果 / スタンダードゴルフ            
12・・・ Dr.Kのミシガン育児相談室
13・・・ クラシファイド広告
14・・・ ブリューワリー
15・・・ コミュニティインフォメーション         

JBSDスポーツ部会主催 第25回 親善ソフトボール大会

JBSDスポーツ部会主催 第25回 親善ソフトボール大会 9

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JBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催親善ソフトボール大会が9月11日と9月18日の日曜、ノバイ市のレクリェーションパークで開催された。両日とも好天に恵まれ、活気溢れるスポーツイベントとなった。今年は第25回大会。駐在員は数年で帰任することが多く毎年出場者の入れ替わりは激しいが、一方で永住者や再赴任者などを含め、第1回大会を知る人も存在する。あちこちで再会を喜ぶ声や挨拶が飛び、和やかな親睦の場となった。

img_0175初秋の青空の下、早い時間から肩慣らしをする出場者たちの姿が見られた9月11日、色づき始めた木々が日の光に輝きを放った朝8時半過ぎ、開会式が始まった。JBSDスポーツ部の河本部会長の開会の挨拶、続いて昨年の優勝チームによるトロフィー返還とルールの説明が行なわれた後、第1戦は開始された。試合は10人制のトーナメントで、5イニングス又は規定の時間終了までの勝負。チームに女性または40歳以上を必ず含める条件がある。俗に“助っ人”と呼ばれる非日本人または非JBSD会員の参加も認められているが、人数制限が設けられており、バランスよく皆がこの大会を楽しめるよう工夫がなされている。

第一週目では、投手がスローピッチでのストライクゾーンをつかめずフォアボールが続いてしまう場面も見られ、5イニング制という試合の短さもあり、チームが本調子を出せないまま勝敗が決まってしまうゲームも見られた。しかし昨年の1位から4位までのチームはいずれも第1週目を勝ち抜き順調な滑り出し。昨年と一昨年の覇者、桜組(ソフトボールクラブ)は第1、

dsc_6839第2戦とも20点という大量得点を重ねた一方、相手にほとんど得点を許さぬ余裕で駒を進めた。今回は36チームが出場登録したが、試合直前に出場選手をかき集めた即席組から日頃リーグで活躍する選手を抱える組まで、歴然とした力の差は悲喜こもごも。当日人数が揃わず不戦敗に終わったところもあり、2試合が不戦勝、また6試合が20点以上の得点差となった。

昨年3位のSEWS Curbs(Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.)は第2回戦で固い守備力を発揮し無失点の勝利を収めた。昨年4位のNISCO(Nishikawa of America)は“Nishikawa らば~ず“のチーム名のもと第1戦で27点、第2戦で26点という高得点を獲得した上、両試合いずれも1失点 のみという攻守の良さを見せつけ、ベスト8入りを決めた。

img_0154昨年2位の TG Tigers (Toyoda Gosei North America)は21対5という快調な滑り出しをを見せたが、第2戦で5対6の僅差でYazaki Arrows(Yazaki North America, Inc.)にベスト8進出を阻まれた。

第2週目。朝9時から残りのベスト8進出決定戦が4つのフィールドで進行され、以下のチームがベスト8に進出した。

ベスト8(登録番号順)

桜組;Sakura-Gumi Softball Club

BOMBERS;Japan Auto Business Consulting, LLC, デルタ航空他

SEWS Curbs;Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.

TBA (TOYOTA BOSHOKU AMERICA);トヨタ紡織アメリカ

Yazaki Arrows;Yazaki North America, Inc.

日産自動車;日産自動車

Nishikawa らば~ず;NOA & NISCO

AISIN ALLSTARS;FT Techno of America, LLC. Aisin Technical Center of America, Inc.

準々決勝。時折練習試合も行なってきたという、例年ベスト8に食い込むBOMBERSと二連覇中の桜組が息をのむ好試合を繰り広げた。どちらもかなり鋭い伸びのある当たりを出すも、両者とも確固たる守り。結局、チャンスを上手く点に繋げたBOMBERSが1点差で駒を進めた。

第1戦で本大会の最高得点となった28点を記録し、2回戦も大差で勝ち進んできたTBA(TOYOTA BOSHOKU AMERICA)はSEWS Curbs相手になかなか点が取れず敗退。また昨年同点の末にコイントスで敗れ準決勝進出を逃したYazaki Arrowsは得点を重ね、運命のいたずらに阻まれることなく準決勝入りを果たした。連続高得点を重ねてきたNishikawaらば~ずは、こちらも攻守に優れたAISIN ALLSTARSとの戦いで確実に打者を繋げ勝ち進んだ。

準決勝、BOMBERSは日光でボールを見失いフライを取り損ねる場面もあったが、相手SEWS Curbsの満塁のチャンスにも落ち着いた好守備で切り抜け、決勝の舞台に上がった。Yazaki ArrowsとNishikawaらば~ずの準決勝戦は、快打が出るものの互いに容易には点が取れず、応援席も大きく盛り上がった。Yazaki Arrows応援団の子供たちの声援とそれに応える粘り、高校生選手のシャープなプレーとそれに刺激されるNishikawaらば~ずの勢いとの競い合いが続いた結果、Yazaki Arrowsが決勝戦へ躍り出た。

昨年の上位シード4チームがすべて消えてしまった決勝戦。昨年優勝の桜組を破ったBOMBERSが有利、との予想を口にする観客が多かったが、応援団と共に決勝まで快進撃した喜びを両手を挙げて表し活気に溢れ勢いに乗るYazaki A r r o wsの上向きパワーが炸裂。1回の表、Yazaki Arrowsがまずボールを辛抱強く慎重に見極めフォアボールで塁に出た後、大きな当たりを飛ばし2点を入れスタート。BOMBERSものっけから果敢に攻め、快打を連発し4点を返した。Yazaki Arrowsの子供たちの“You can do it!”の声援に選手たちも互いに声を送り合い、“Yes, I can!” とばかりに2回表で5点を奪取し、すかさず逆転。勢いに乗るYazaki Arrowsに対し、BOMBERSは、この日早朝からの4試合目となりさすがに疲れが出たのか、粘り強く攻め続けるも得点には繋がらず。最終回でYazaki Arrowsがさらに4点を追加し、待望の優勝を掴み取った。

3位決定戦はNishikawaらば~ずが1回表で5点の先取で快調なスタートを切り、その勢いで快打を続出。そして好守備による無失点をキープし、結果12対0で勝利を収めた。

Yazaki Arrowsの前回の優勝は2000年との話。16年ぶりの好成績についてチーム代表は「“One for all, all for one”の気持ちでプレーしました。選手以外の応援も力になり、良いプレッシャーでした」との感想を述べた。7月の始めからこの大会の為に毎週練習してきており、投手の木村氏は5年連続出場で今年が駐在任期最後の年とのこと。「勝てて良かった」と殊更の喜びの思いを語った。閉会式では「勝因は、人数の多さと、子供も含む応援団」と応援の存在の大きさに再度触れた。また、3位となったNishikawa らば~ずに加わった高校生たちからは、「楽しかった」「チームの人たちが優しくしてくれた」など、スポーツを通しての年齢差を超えた親睦イベントに相応しい、心温まるコメントも寄せられた。

数あるJBSD主催のイベントの中でも、歴史ある同大会の意義は格別で大きい。次の四半世紀も、多くの参加者と関係者らの感動と思い出が歴史に残されてゆくことを祈りたい。

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ホワイトパイン・グリークラブ第17回 スプリング・ファミリー・コンサートホワイトパイン・グリークラブ第17回 スプリング・ファミリー・コンサート

<!--:en-->ホワイトパイン・グリークラブ第17回 スプリング・ファミリー・コンサート<!--:--><!--:ja-->ホワイトパイン・グリークラブ第17回 スプリング・ファミリー・コンサート<!--:--> 2

  5月31日(日)、ホワイトパイン・グリークラブ(以下WPGC)の第17回“スプリング・ファミリー・コンサート”が、昨年に引き続き Faith Covenant Church で催された。朝から雨模様の肌寒い日となったが、「ゴルフコンペが中止になったので、妻に付き合って聴きに来た」と言う観客もいたせいか、盛大に行われた10周年記念コンサート以来の入場者数、256名を記録した。

  デトロイト地区で活動するWPGCは主に日本人ビジネスマンで構成される男声合唱団で、毎週金曜日の夜に練習を行い、コミュニティやビジネス関連のイベントに出演するなど、歌を通して文化紹介や日米交流も行なっている。例年、春と冬に定期コンサートを開き、歌声を届けている。

  今回のオープニングに歌われた『ホワイトパイン  グリークラブ讃歌』は、日本に帰任したOBの一人がミシガンでのWPGC活動を詩にしたものに作曲家が曲をつけて2年前に生まれたオリジナル曲。WPGCのメンバーは駐在員が多いため日本に帰任する人が毎年いて、日本のOBの数は増え続けている。歌詞には声を合わせる素晴らしさや、家族ぐるみで集う喜びが織り込まれている。

 出張などのために全員が練習に揃うことがまずなく、1/3のメンバーが欠席になることもあるというWPGCだが、合唱組国『水のいのち』より『雨』の曲が描写している、慈愛の雨が降り注ぐ繊細な情景を見事なハーモニーで歌い上げた。続けて、山田耕作の作品から『帰ろ帰ろ』など3曲、そしてアメリカのポピュラーソング『リパブリック讃歌』を重厚な渋い声で披露した。

  第二ステージは、女声合唱団トリリアムによる女性らしい包容力を感じさせる歌声が届けられた。サイモン&ガーファンクルの大ヒット曲『明日に架ける橋』や日本の愛唱歌『椰子の実』の他、なじみの薄い難しい曲も織り交ぜた選曲となっていた。たゆまぬチェレンジ精神とレパートリーの広さが窺えた。

   インターミッションの後は、WPGCのコンサートに何度も友情出演をしている邦楽グループ『雅』による琴の演奏で、シャンソン曲『シバの女王』と、箏曲の代表的な古典である『千鳥の曲』が美しく奏でられた。司会者によって、日本語と英語で、曲が描写している風景や、琴のテクニックについての解説が添えられ、より関心を高めていた。

   続いて、混声合唱グループ「音もだち(otomodachi)」が登場。より難しいことに挑戦したい歌える人が集まっているというだけあり、聞くからに難易度の高そうな日米の曲を繊細かつ豊かな響きで歌い上げた。

  最終ステージは再びWPGCが壇上に上がり、日米両方の人々にポピュラーな『Home! Sweet Home!/埴生の宿』と、男声合唱とピアノのための組曲『くちびるに歌を』からの一曲を熱唱して締めくくった。『くちびるに歌を』はドイツの詩に日本人が曲を付けて誕生した曲で、WPGCにとって新しいレパートリー。「音もだち」の指揮者でもあり、このステージで指揮をした河田氏いわく、「大曲なのでチャレンジでした」とのこと。歌声と姿から気合が伝わってきた。

  いずれのステージも、新旧、日本語英語を織り交ぜており、選曲に配慮していることが窺えた。客席を見回すと、日本人ではない観客も多く、常連も少なくない。常連の米人客は、日本語の歌詞は分からなくても、メロディーや歌声に浸れるのだと話す。幕開けのステージの指揮を務めた柳田氏は、「アメリカ人にも楽しめる曲を考えていますが、今回の山田耕作の曲は、日本から離れて生活している人々に日本の良いメロディーと叙情をお届したくて選びました」と語った。時や場所を越えて思い出や想像を広げることができるのが歌の大きな力と言える。

  WPGCのメンバーや交流活動も国際色があり、天国でコンサートを楽しんでいるに違いない元団員マイヤー氏の繋がりによって、当地のドイツ人合唱団との交流が続いている。以前にはドイツ系の祭“October Fest”に出演。彼らの演奏会に賛助出演したこともある。「来年の演奏会にまたぜひ」という誘いが来たそうで、今回織り込まれたドイツ語曲はそのためでもあるとのこと。ワイドで精力的な活動が続いていくことであろう。

  WPGCは常時入会を歓迎。「歌を愛し、力強く美しいハーモニーを創造したい男性であれば、どなたでも参加頂けます。合唱経験の有無は問いません。」とのこと。

WPGCの連絡先:www.wpgc-mi.org

  5月31日(日)、ホワイトパイン・グリークラブ(以下WPGC)の第17回“スプリング・ファミリー・コンサート”が、昨年に引き続き Faith Covenant Church で催された。朝から雨模様の肌寒い日となったが、「ゴルフコンペが中止になったので、妻に付き合って聴きに来た」と言う観客もいたせいか、盛大に行われた10周年記念コンサート以来の入場者数、256名を記録した。

  デトロイト地区で活動するWPGCは主に日本人ビジネスマンで構成される男声合唱団で、毎週金曜日の夜に練習を行い、コミュニティやビジネス関連のイベントに出演するなど、歌を通して文化紹介や日米交流も行なっている。例年、春と冬に定期コンサートを開き、歌声を届けている。

  今回のオープニングに歌われた『ホワイトパイン  グリークラブ讃歌』は、日本に帰任したOBの一人がミシガンでのWPGC活動を詩にしたものに作曲家が曲をつけて2年前に生まれたオリジナル曲。WPGCのメンバーは駐在員が多いため日本に帰任する人が毎年いて、日本のOBの数は増え続けている。歌詞には声を合わせる素晴らしさや、家族ぐるみで集う喜びが織り込まれている。

 出張などのために全員が練習に揃うことがまずなく、1/3のメンバーが欠席になることもあるというWPGCだが、合唱組国『水のいのち』より『雨』の曲が描写している、慈愛の雨が降り注ぐ繊細な情景を見事なハーモニーで歌い上げた。続けて、山田耕作の作品から『帰ろ帰ろ』など3曲、そしてアメリカのポピュラーソング『リパブリック讃歌』を重厚な渋い声で披露した。

  第二ステージは、女声合唱団トリリアムによる女性らしい包容力を感じさせる歌声が届けられた。サイモン&ガーファンクルの大ヒット曲『明日に架ける橋』や日本の愛唱歌『椰子の実』の他、なじみの薄い難しい曲も織り交ぜた選曲となっていた。たゆまぬチェレンジ精神とレパートリーの広さが窺えた。

   インターミッションの後は、WPGCのコンサートに何度も友情出演をしている邦楽グループ『雅』による琴の演奏で、シャンソン曲『シバの女王』と、箏曲の代表的な古典である『千鳥の曲』が美しく奏でられた。司会者によって、日本語と英語で、曲が描写している風景や、琴のテクニックについての解説が添えられ、より関心を高めていた。

   続いて、混声合唱グループ「音もだち(otomodachi)」が登場。より難しいことに挑戦したい歌える人が集まっているというだけあり、聞くからに難易度の高そうな日米の曲を繊細かつ豊かな響きで歌い上げた。

  最終ステージは再びWPGCが壇上に上がり、日米両方の人々にポピュラーな『Home! Sweet Home!/埴生の宿』と、男声合唱とピアノのための組曲『くちびるに歌を』からの一曲を熱唱して締めくくった。『くちびるに歌を』はドイツの詩に日本人が曲を付けて誕生した曲で、WPGCにとって新しいレパートリー。「音もだち」の指揮者でもあり、このステージで指揮をした河田氏いわく、「大曲なのでチャレンジでした」とのこと。歌声と姿から気合が伝わってきた。

  いずれのステージも、新旧、日本語英語を織り交ぜており、選曲に配慮していることが窺えた。客席を見回すと、日本人ではない観客も多く、常連も少なくない。常連の米人客は、日本語の歌詞は分からなくても、メロディーや歌声に浸れるのだと話す。幕開けのステージの指揮を務めた柳田氏は、「アメリカ人にも楽しめる曲を考えていますが、今回の山田耕作の曲は、日本から離れて生活している人々に日本の良いメロディーと叙情をお届したくて選びました」と語った。時や場所を越えて思い出や想像を広げることができるのが歌の大きな力と言える。

  WPGCのメンバーや交流活動も国際色があり、天国でコンサートを楽しんでいるに違いない元団員マイヤー氏の繋がりによって、当地のドイツ人合唱団との交流が続いている。以前にはドイツ系の祭“October Fest”に出演。彼らの演奏会に賛助出演したこともある。「来年の演奏会にまたぜひ」という誘いが来たそうで、今回織り込まれたドイツ語曲はそのためでもあるとのこと。ワイドで精力的な活動が続いていくことであろう。

  WPGCは常時入会を歓迎。「歌を愛し、力強く美しいハーモニーを創造したい男性であれば、どなたでも参加頂けます。合唱経験の有無は問いません。」とのこと。

WPGCの連絡先:www.wpgc-mi.org

【ミシガン州】ー Japan News Club 7月号 ー

Japan News Club 7月号が発行されました。お近くの日系スーパーや日本レストランで入手いただけます。なお、ご自宅からも楽しんでいただけるよう、こちらからもご覧いただけます。
掲載広告に関しましては、現在の新型コロナの影響により営業時間や営業形態が変更されている可能性があるためウェブサイトやお電話(広告上のウェブアドレスをクリック)でご確認の上ご利用ください。

Japan News Club 7月号クリック

<目次>

02 ・・・夏を楽しむカヤック(続)
03 ・・・コミュニティニュース
04-5 ・・・喧喧諤諤
06 ・・・言葉の架け橋
06 ・・・ゴルフノスゝメ
07 ・・・アメリカ生活の豆知識
07 ・・・お花の随筆
08 ・・・心臓病治療の最前線
09 ・・・卒業生2020!
10 ・・・Standard Golf
11 ・・・New Normal の基本
13 ・・・クラシファイド
14 ・・・Brewery 紹介
15 ・・・コミュニティイベント

ミシガン州ーJapan News Club 2023年
12月号ー

Japan News Club 2023年12月号です!師走に入りました。ホリデー休暇を目前にワクワクが募るころですね! 今月の巻頭はパーテイレシピです。ぜひお試しを!さて、今年も12回の発行を無事終えることができました。JNCをサポートしてくださる企業・個人の皆さま、新聞を手にとってくださるコミュニティの皆さまのおかげです。心より感謝申し上げます。それでは、ミシガン州ーJapan News Club 2023年12月号ー今月号もどうぞ、お楽しみください。
December 2023

“昇る龍のごとく”の一年に  総領事公邸で新年会

一段と冷え込みが厳しかった1月17日、在デトロイト日本国総領事公邸にて新年会が行われた。同領事館管轄地域(ミシガン、オハイオ州)で活躍する在留邦人、日系人らが参加した。総領事館による新年会開催は初の試み。日本時間の元日夕方に起こった能登半島地震で多くの方々が犠牲や被害に遭い、避難生活を強いられている方のご苦労を鑑み、会の冒頭で進藤雄介総領事の言葉の続いて黙とうが捧げられた。

挨拶で進藤総領事は旧年を振り返り、コロナによる制限が緩和され、ホイットマー・ミシガン州知事が姉妹州県の滋賀県を訪れたこと等、人々の交流がコロナ禍以前に戻ってきたことへ、今後の期待を述べた。干支の龍の年にふれ、昇る龍のごとく皆様の活躍を祈念している、と挨拶を締めくくった。

続いてこの新年会開催に賛助した団体の紹介と代表者のスピーチ、総領事からの表彰者の発表が続いた。5年の任期を満了した在クリーブランド名誉領事の藤田浩之氏はさらに5年間任命を受けた。書家の藤井京子氏は、長年のコミュニティーでの書道デモンストレーション、書道教室を通じた書道の普及等の功績から総領事表彰を授与された。

祝宴の雰囲気よりも被災者を思うことに主催者の思いが込められていた。祝杯をあげることは慎み、捧げられたのは思い。それをくみ取るように、パフォーマンスに立ったミシガン州在住の歌手・森みゆき氏は、同じくミシガン州在住のピアニスト・菅野雄太氏の伴奏で澄み切った歌声で「Hanamizuki(ハナミズキ)」と東日本大震災の被災地、被災者の復興を応援するため作られた曲「花は咲く」を歌唱。「本当は二曲でしたが、ぜひもう一曲を」と森氏は参会者とともに「故郷」を合唱。緑豊かで、海や川の水が清い日本の国土。それに思いをはせながら、東日本震災でも心を一つにし復興へ向かったことを思い出し、今回も能登半島地震で被災した人々に遠いところから心を一つにすることが、苦しんでいる皆さんを元気づけることにつながる、という思いがあふれた合唱だった。

人々の交流が新たな発展やつながりをもたらす、という主催者のもてなしに、参会した人々は紹介されたミシガンの日本食レストラン(写楽)やミールキットの料理、タイ料理 (Blue Lemon Thai)、ベーカリーのデザート、さらに滋賀県や日本各地の地酒の紹介を楽しんだ。