Tuesday, May 21, 2024

JBSD Sports Marathon and Game TournamentJBSDスポーツ部会主催 マラソン・ゲーム大会開催

<!--:en-->JBSD Sports Marathon and Game Tournament<!--:--><!--:ja-->JBSDスポーツ部会主催 マラソン・ゲーム大会開催<!--:--> 9

 6月10日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催によるマラソン大会がケンシントン・メトロパークで開催された。この日は朝から見事な快晴。午前中は爽やかな風も流れて日陰は快適だったが、日差しは強烈。距離の短い種目から始まった大会は、開始時点は華氏で70度前後だったが、ぐんぐん温度が上がり、午後には90度前後に達する夏日となった。マラソン競技には昨年の240名を40名以上も上回る281名が登録。応援やスタッフも含めると560人以上が参加した。各種ゲームも盛り上がり、賑やかな大会となった。

 開会式ではスポーツ部会長の三品氏より、「恵まれすぎ・・・」との天候に関するコメントに続いて、関係者への謝辞とランナー達に向けた激励の言葉が伝えられた。

  16回目となった大会は、滞りなく準備が整えられ、マラソンのコースやルール、ゲームの種類などは昨年同様に行なわれたが、気温が高くなるとの予報に対処して湖畔一周(8マイル)コース途中の給水所を昨年より増やした。第1回目からほぼ毎年参加している青年は「参加者のことを考えて工夫や改善を重ねてくれていることが分かる。ありがたい」と話していた。

 担当幹事会社による90名強のスタッフは会場設置やマラソンとゲームの進行はもとより、お弁当や景品・賞品の手配も担った。当日は6時半から活動開始。開催場所へ導くサインの設置、車の誘導等、参加者がスムーズに到着できるように配慮。マラソンコースはメトロパークのトレイルで車道と交差する地点が何ヵ所もあるが、随所にスタッフを配置して安全確保。各種目の最後尾には自転車で伴走者が付きトラブルに備えるなど万全の配慮を講じた。今回も故障者が出たが、即、車で迎えを出し、待機していた医師の診察を受けさせ大事に至らず済んだ。

 9:20、眩しい太陽を浴びてマラソン競技が開始。小学生たちはスタートの合図に短距離走かのような勢いで走りだす子が多く、応援者に子供パワーを見せつけた。一周8マイル以外は、いずれもコースを折り返してくる設定で、ゴール地点(=スタート地点)から数百メートルほど遠くのランナーの姿が見通せる。先頭ランナーが豆粒ほどに見え始めると大きなどよめきが上がり、ゴール間際のラストスパートや競り合いにギャラリーが沸き立った。各ランナーに温かい声援と拍手が送られ、始終穏やかな雰囲気に沸き立っていた。

 湖畔一周8マイル部門のスタート場所には見るからに走り慣れた様子の走者が集合。ウォーミングアップやストレッチにも余念が無かった。気温が上昇し、厳しさが増す中でのレースになった。

 畔一周で見事一着にゴールインした武井慎太郎さんは「去年は2位。優勝できて良かった」と喜びを伝えつつ、「今年は1位になれたけれど、タイムは去年より下。今年は本当に暑かった」とコンディションの厳しさを語った。

 午前と午後の2部に分けて行なわれたゲーム大会では、炎天下にも関わらず大勢の子供が飛び回って楽しんでいた。結果が優れなくとも景品がもらえ、好成績を出せばそのポイントを貯めて大きな景品を得ることが出来、子供たちは即席の野外ゲームセンターを楽しんでいた。景品には遊び道具も多く、広々とした芝の上でさっそく家族や友達と遊ぶ風景も見られた。

 表彰式では、入賞者に賞状とメダル、副賞が手渡され、会場は健闘を称える拍手に包まれた。スポーツ部会の関口氏より幹事会社名が告げられ(*文末に記載)、慰労の言葉と、「来年も頑張って催せるようにしたい」との抱負が伝えられた。

 イベントのフィナーレは恒例のサイコロゲーム。出るサイコロの目を予想して、当たった人が勝ち残っていくという運(と少々の統計分析力?) が勝負のゲームだ。賞品は商品券やGreenfield Village入場券、野球(タイガース戦)観戦チケットなど。炎天下の暑さを物ともせず子供から大人まで、大いに盛り上がった。

 恒例の大イベントとして根を下ろしている本大会は交流の機会にもなっている。マラソンでの互いの健闘やゲームでの幸運を祝福しつつ家路へ辿る人々の姿があった。

《2012年 マラソン大会入賞者》(敬称略)

1マイル男子(小学3年生以下)

1位 町田光翼 小3 7分14秒
2位 大津凪広 小3 7分18秒
3位 ラブレイス汐音 小3 7分37秒

2マイル男子(小学4~6年生)

1位 加藤龍貴 小6 13分15秒
2位 倉重滝陽 小6 13分48秒
3位 星野誠志 小6 13分51秒

3マイル男子(中学生)

1位 前田裕介 中2 21分18秒
2位 桃井大河 中3 22分06秒
3位 岡部晃 中3 22分35秒

3マイル男子(一般)

1位 桃井陸 17分59秒
2位 藤田浩文 18分44秒
3位 野村幸司 19分17秒

湖畔一周(8マイル)男子

1位 武井慎太郎 53分57秒
2位 犬塚武志 55分32秒
3位 成瀬芳孝 58分10秒

1マイル女子(小学3年生以下)

1位 塩川萌加 小3 7分59秒
2位 鐡尾愛菜 小3 8分33秒
3位 森歌凜 小3 8分45秒

2マイル女子(小学4~6年生)

1位 高橋ももこ 小4 16分28秒
2位 大津舞依 小6 16分30秒
3位 甘利美桜 小6 16分54秒

3マイル女子(中学生)

1位 徳山恵万 中3 23分30秒
2位 宮田眞帆 中2 25分18秒
3位 岡部愛実李 中3 25分35秒

3マイル女子(一般)

1位 五味沢珠美 22分40秒
2位 置塩千明 25分11秒
3位 米須レオナ 25分28秒

湖畔一周(8マイル)女子

1位 プリンス亜希子 66分02秒
2位 神谷裕代 67分06秒
3位 ケリーサマンサ 76分58秒

 6月10日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催によるマラソン大会がケンシントン・メトロパークで開催された。この日は朝から見事な快晴。午前中は爽やかな風も流れて日陰は快適だったが、日差しは強烈。距離の短い種目から始まった大会は、開始時点は華氏で70度前後だったが、ぐんぐん温度が上がり、午後には90度前後に達する夏日となった。マラソン競技には昨年の240名を40名以上も上回る281名が登録。応援やスタッフも含めると560人以上が参加した。各種ゲームも盛り上がり、賑やかな大会となった。

 開会式ではスポーツ部会長の三品氏より、「恵まれすぎ・・・」との天候に関するコメントに続いて、関係者への謝辞とランナー達に向けた激励の言葉が伝えられた。

  16回目となった大会は、滞りなく準備が整えられ、マラソンのコースやルール、ゲームの種類などは昨年同様に行なわれたが、気温が高くなるとの予報に対処して湖畔一周(8マイル)コース途中の給水所を昨年より増やした。第1回目からほぼ毎年参加している青年は「参加者のことを考えて工夫や改善を重ねてくれていることが分かる。ありがたい」と話していた。

 担当幹事会社による90名強のスタッフは会場設置やマラソンとゲームの進行はもとより、お弁当や景品・賞品の手配も担った。当日は6時半から活動開始。開催場所へ導くサインの設置、車の誘導等、参加者がスムーズに到着できるように配慮。マラソンコースはメトロパークのトレイルで車道と交差する地点が何ヵ所もあるが、随所にスタッフを配置して安全確保。各種目の最後尾には自転車で伴走者が付きトラブルに備えるなど万全の配慮を講じた。今回も故障者が出たが、即、車で迎えを出し、待機していた医師の診察を受けさせ大事に至らず済んだ。

 9:20、眩しい太陽を浴びてマラソン競技が開始。小学生たちはスタートの合図に短距離走かのような勢いで走りだす子が多く、応援者に子供パワーを見せつけた。一周8マイル以外は、いずれもコースを折り返してくる設定で、ゴール地点(=スタート地点)から数百メートルほど遠くのランナーの姿が見通せる。先頭ランナーが豆粒ほどに見え始めると大きなどよめきが上がり、ゴール間際のラストスパートや競り合いにギャラリーが沸き立った。各ランナーに温かい声援と拍手が送られ、始終穏やかな雰囲気に沸き立っていた。

 湖畔一周8マイル部門のスタート場所には見るからに走り慣れた様子の走者が集合。ウォーミングアップやストレッチにも余念が無かった。気温が上昇し、厳しさが増す中でのレースになった。

 畔一周で見事一着にゴールインした武井慎太郎さんは「去年は2位。優勝できて良かった」と喜びを伝えつつ、「今年は1位になれたけれど、タイムは去年より下。今年は本当に暑かった」とコンディションの厳しさを語った。

 午前と午後の2部に分けて行なわれたゲーム大会では、炎天下にも関わらず大勢の子供が飛び回って楽しんでいた。結果が優れなくとも景品がもらえ、好成績を出せばそのポイントを貯めて大きな景品を得ることが出来、子供たちは即席の野外ゲームセンターを楽しんでいた。景品には遊び道具も多く、広々とした芝の上でさっそく家族や友達と遊ぶ風景も見られた。

 表彰式では、入賞者に賞状とメダル、副賞が手渡され、会場は健闘を称える拍手に包まれた。スポーツ部会の関口氏より幹事会社名が告げられ(*文末に記載)、慰労の言葉と、「来年も頑張って催せるようにしたい」との抱負が伝えられた。

 イベントのフィナーレは恒例のサイコロゲーム。出るサイコロの目を予想して、当たった人が勝ち残っていくという運(と少々の統計分析力?) が勝負のゲームだ。賞品は商品券やGreenfield Village入場券、野球(タイガース戦)観戦チケットなど。炎天下の暑さを物ともせず子供から大人まで、大いに盛り上がった。

 恒例の大イベントとして根を下ろしている本大会は交流の機会にもなっている。マラソンでの互いの健闘やゲームでの幸運を祝福しつつ家路へ辿る人々の姿があった。

《2012年 マラソン大会入賞者》(敬称略)

1マイル男子(小学3年生以下)

1位 町田光翼 小3 7分14秒
2位 大津凪広 小3 7分18秒
3位 ラブレイス汐音 小3 7分37秒

2マイル男子(小学4~6年生)

1位 加藤龍貴 小6 13分15秒
2位 倉重滝陽 小6 13分48秒
3位 星野誠志 小6 13分51秒

3マイル男子(中学生)

1位 前田裕介 中2 21分18秒
2位 桃井大河 中3 22分06秒
3位 岡部晃 中3 22分35秒

3マイル男子(一般)

1位 桃井陸 17分59秒
2位 藤田浩文 18分44秒
3位 野村幸司 19分17秒

湖畔一周(8マイル)男子

1位 武井慎太郎 53分57秒
2位 犬塚武志 55分32秒
3位 成瀬芳孝 58分10秒

1マイル女子(小学3年生以下)

1位 塩川萌加 小3 7分59秒
2位 鐡尾愛菜 小3 8分33秒
3位 森歌凜 小3 8分45秒

2マイル女子(小学4~6年生)

1位 高橋ももこ 小4 16分28秒
2位 大津舞依 小6 16分30秒
3位 甘利美桜 小6 16分54秒

3マイル女子(中学生)

1位 徳山恵万 中3 23分30秒
2位 宮田眞帆 中2 25分18秒
3位 岡部愛実李 中3 25分35秒

3マイル女子(一般)

1位 五味沢珠美 22分40秒
2位 置塩千明 25分11秒
3位 米須レオナ 25分28秒

湖畔一周(8マイル)女子

1位 プリンス亜希子 66分02秒
2位 神谷裕代 67分06秒
3位 ケリーサマンサ 76分58秒

Miyuki Mori ひな祭りコンサートMiyuki Mori ひな祭りコンサート

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  『おかあさんといっしょ』の第15代 ‘歌のお姉さん’

   デイライト・セービング・タイムに変わった3月8日、寒さが緩み明るい陽射しに恵まれた午後、森みゆきさんによるコンサートがノバイミドルスクールにおいて催された。

   みゆきさんはNHK子供番組『おかあさんといっしょ』の第15代‘歌のお姉さん’として1983年にデビュー。結婚を機に1999年よりミシガン州に在住し、日本とアメリカで、音楽活動のほか、豊かな経験や見聞をもとに、講演や執筆など幅広く活躍を続けている。2007年、ライフワークの一つとして「日本の歌を通して美しい日本語や日本文化を習得し、チームワークの貴さを学べるように」と、ユースを対象としたミュージックパフォーマンスグループ‘Dream Singers(以下D.S.)’を発足した。毎年メンバーを募集し、自ら指導にあたっている。技術習得だけでなく、パフォーマーとしての意識、仲間との協調を大切にしている。D.S.は、コミュニティーイベント、インターナショナル子供フェスティバルなどに参加し、国際交流、文化紹介の担い手としても活躍。今年のメンバーは8期生にあたる。

   D.S.の活動のなかでも大きなゴールである年に一度の“Miyuki Mori Concert with Dream Singers” は今年で7回目を迎えた。今回の“ひなまつりコンサート”は、「ともだちっていいね」がテーマ。友達の大切さを感じる曲を中心にしたプログラムが組まれ、ほのぼの感があふれるコンサートとなった。

   過去にも共演してきた音楽友達として、邦楽グループ『雅』、そしてピアノ伴奏に加藤乃扶子さん、デュエットパートナーとして近藤まりなさんを迎え、温かさと豊かさを添えた。

  舞台は、みゆきさんのソロによる日本の名曲「浜辺の歌」のしっとりとした歌声で開幕。「ザ・日本、という感じで始まりましたので、品よく・・・こんにちは!」とのユーモアを交えた挨拶に観客が応え、一体感のあるコンサートがスタートした。『雅』のお二方の琴の音とD.S.の愛らしい声が加わった「うれしいひな祭り」が流れ、会場は懐かしい日本の雰囲気に包まれた。

   『おかあさんと一緒』で培った温かいトークと参加型の演目など、ライブならではの演出がみゆきさんのコンサートの特色だが、さっそく観客を「うれしいひな祭り」の一番の歌詞で童謡「うさぎとかめ」「線路は続くよどこまでも」の替え歌を歌ったり、隣の人と握手する動きをつける遊びに誘いこんだ。

   アメリカで大ヒットしたフォークソング「Puff the Magic Dragon」には優雅な琴の伴奏がつき、日本語と英語の歌詞両方で優しく歌い上げた。和洋合わさった趣ある演奏に、幼い子供も夢見るように聴き入っていた。

  一変して、チェックのスカートに白いブラウスとネクタイという制服っぽい衣装が初々しさを放つD.S.が「歌えバンバン」をボディパーカッションを加えて元気はつらつと歌唱。間を空けずに、みゆきさんのソロ、D.S.のユニットなど、形態を変えて日本の童謡やポピュラーな歌謡曲が続いた。

   「縦の糸(あなた)と横の糸(私)が織りなす布が、いつか誰かを温め得るかもしれない」との共感的な歌詞の「糸(中島みゆき作)」の演奏は、みゆきさんのピアノの弾き語りと、みゆきさんと幼いころから既知の仲で、音楽スクールに通いつつ歌唱活動をしている近藤まりなさんとのデュエットで届けられた。二人が織りなしたハーモニーは、多くの人の心を温めたことであろう。

  D.S.のメンバーは英語と日本語で曲紹介やソロもこなし、異文化の中でたくましく自己表現の力を伸ばしていることが窺えた。年少のメンバーが手を取り合って歌った「たいせつなともだち」では、

「二人だと心が温かい。君と一緒ならもっと勇気をもてる」との歌詞と、ひたむきで愛くるしい姿が、聴く人の涙を誘った。

  後半はD.S.メンバーの一人による切れの良い和太鼓演奏でスタート。ハッピ姿のD.S.による「南中ソーラン節」の元気いっぱいな踊りで会場は祭りムードに盛り上がった。

  「サウンドオブミュージック」のモデルとなった実在のトラップファミリーとの、みゆきさん自身の交流話のあと、恒例となった「ドレミのうた」の即席替え歌づくりに観客と共にチャレンジした。

   そしてまた穏やかなムードに一転。みゆきさんが愛娘とD.S.の子供たちを見ていて「こんな風に育ってくれたら嬉しいなという気持ちを歌にしたい」との思いで作詞作曲した「さくらの子」を熱唱。終盤は、東日本大震災の復興ソング「花は咲く」の他、「いじめや孤独感に負けないで、自分自身を信じて生き、自分の人生を好きになって」という思いが込められた「LOVE YOUR LIFE(森みゆき作詞作曲)」など、人生応援ソングが続いた。

   プログラムの最後。「アメリカにいればこそ、より友達の大切さを感じる。親族がそばにいないので友達が家族のように思えるのでは・・」との、みゆきさんの心からの声を前置きに、みゆきさん作詞作曲による「See you again Smile again…」で穏やかな空気が漂うなか、再会を祈る思いを余韻に残して幕が閉じた。

「ともだちっていいね」

みゆきさんよりメッセージ

  このアメリカに駐在や永住という形で過ごしている日本人の子供たちにとって「ともだち」という存在は、言葉の面はもちろん、様々な精神面での影響を大きく受けるに違いないと感じます。今時の子供たち同士の接し方を見ていると、子供自身が本来持っている本質的ものは何も昔と変わらないのかもしれませんが、社会的環境が大きく変化したために、ケンカしたり仲直りしたりという場面も素朴さ(素直さ)が乏しくなり、言いたいこともうまく言えない子、相手の気持ちを考えずに自分の主張だけを強く言ってしまう子、頭では理解していても行動に出せない子、様々な問題を抱えている子が多くなっているように感じます。何か物がないと遊ぶアイディアも出にくい様子や、目と目を見ながら会話することもうまく出来ない子供も見かけます。

  子供たちは子供たち同士、いつの間にか仲良く遊んでいることも多いのですが、友達との接し方、友達がいてくれるおかげでという気持ちがあれば、思いやりや協調性も自然に身についてくるのではないでしょうか。私たち大人は、子供たちの様子を見守りながら友達の尊さを教えてあげたいとも思います。そのためには、まず私達大人が友達の存在を大切に想う気持ちや姿を見せてあげることも重要かもしれませんね。

  『おかあさんといっしょ』の第15代 ‘歌のお姉さん’

   デイライト・セービング・タイムに変わった3月8日、寒さが緩み明るい陽射しに恵まれた午後、森みゆきさんによるコンサートがノバイミドルスクールにおいて催された。

   みゆきさんはNHK子供番組『おかあさんといっしょ』の第15代‘歌のお姉さん’として1983年にデビュー。結婚を機に1999年よりミシガン州に在住し、日本とアメリカで、音楽活動のほか、豊かな経験や見聞をもとに、講演や執筆など幅広く活躍を続けている。2007年、ライフワークの一つとして「日本の歌を通して美しい日本語や日本文化を習得し、チームワークの貴さを学べるように」と、ユースを対象としたミュージックパフォーマンスグループ‘Dream Singers(以下D.S.)’を発足した。毎年メンバーを募集し、自ら指導にあたっている。技術習得だけでなく、パフォーマーとしての意識、仲間との協調を大切にしている。D.S.は、コミュニティーイベント、インターナショナル子供フェスティバルなどに参加し、国際交流、文化紹介の担い手としても活躍。今年のメンバーは8期生にあたる。

   D.S.の活動のなかでも大きなゴールである年に一度の“Miyuki Mori Concert with Dream Singers” は今年で7回目を迎えた。今回の“ひなまつりコンサート”は、「ともだちっていいね」がテーマ。友達の大切さを感じる曲を中心にしたプログラムが組まれ、ほのぼの感があふれるコンサートとなった。

   過去にも共演してきた音楽友達として、邦楽グループ『雅』、そしてピアノ伴奏に加藤乃扶子さん、デュエットパートナーとして近藤まりなさんを迎え、温かさと豊かさを添えた。

  舞台は、みゆきさんのソロによる日本の名曲「浜辺の歌」のしっとりとした歌声で開幕。「ザ・日本、という感じで始まりましたので、品よく・・・こんにちは!」とのユーモアを交えた挨拶に観客が応え、一体感のあるコンサートがスタートした。『雅』のお二方の琴の音とD.S.の愛らしい声が加わった「うれしいひな祭り」が流れ、会場は懐かしい日本の雰囲気に包まれた。

   『おかあさんと一緒』で培った温かいトークと参加型の演目など、ライブならではの演出がみゆきさんのコンサートの特色だが、さっそく観客を「うれしいひな祭り」の一番の歌詞で童謡「うさぎとかめ」「線路は続くよどこまでも」の替え歌を歌ったり、隣の人と握手する動きをつける遊びに誘いこんだ。

   アメリカで大ヒットしたフォークソング「Puff the Magic Dragon」には優雅な琴の伴奏がつき、日本語と英語の歌詞両方で優しく歌い上げた。和洋合わさった趣ある演奏に、幼い子供も夢見るように聴き入っていた。

  一変して、チェックのスカートに白いブラウスとネクタイという制服っぽい衣装が初々しさを放つD.S.が「歌えバンバン」をボディパーカッションを加えて元気はつらつと歌唱。間を空けずに、みゆきさんのソロ、D.S.のユニットなど、形態を変えて日本の童謡やポピュラーな歌謡曲が続いた。

   「縦の糸(あなた)と横の糸(私)が織りなす布が、いつか誰かを温め得るかもしれない」との共感的な歌詞の「糸(中島みゆき作)」の演奏は、みゆきさんのピアノの弾き語りと、みゆきさんと幼いころから既知の仲で、音楽スクールに通いつつ歌唱活動をしている近藤まりなさんとのデュエットで届けられた。二人が織りなしたハーモニーは、多くの人の心を温めたことであろう。

  D.S.のメンバーは英語と日本語で曲紹介やソロもこなし、異文化の中でたくましく自己表現の力を伸ばしていることが窺えた。年少のメンバーが手を取り合って歌った「たいせつなともだち」では、

「二人だと心が温かい。君と一緒ならもっと勇気をもてる」との歌詞と、ひたむきで愛くるしい姿が、聴く人の涙を誘った。

  後半はD.S.メンバーの一人による切れの良い和太鼓演奏でスタート。ハッピ姿のD.S.による「南中ソーラン節」の元気いっぱいな踊りで会場は祭りムードに盛り上がった。

  「サウンドオブミュージック」のモデルとなった実在のトラップファミリーとの、みゆきさん自身の交流話のあと、恒例となった「ドレミのうた」の即席替え歌づくりに観客と共にチャレンジした。

   そしてまた穏やかなムードに一転。みゆきさんが愛娘とD.S.の子供たちを見ていて「こんな風に育ってくれたら嬉しいなという気持ちを歌にしたい」との思いで作詞作曲した「さくらの子」を熱唱。終盤は、東日本大震災の復興ソング「花は咲く」の他、「いじめや孤独感に負けないで、自分自身を信じて生き、自分の人生を好きになって」という思いが込められた「LOVE YOUR LIFE(森みゆき作詞作曲)」など、人生応援ソングが続いた。

   プログラムの最後。「アメリカにいればこそ、より友達の大切さを感じる。親族がそばにいないので友達が家族のように思えるのでは・・」との、みゆきさんの心からの声を前置きに、みゆきさん作詞作曲による「See you again Smile again…」で穏やかな空気が漂うなか、再会を祈る思いを余韻に残して幕が閉じた。

「ともだちっていいね」

みゆきさんよりメッセージ

  このアメリカに駐在や永住という形で過ごしている日本人の子供たちにとって「ともだち」という存在は、言葉の面はもちろん、様々な精神面での影響を大きく受けるに違いないと感じます。今時の子供たち同士の接し方を見ていると、子供自身が本来持っている本質的ものは何も昔と変わらないのかもしれませんが、社会的環境が大きく変化したために、ケンカしたり仲直りしたりという場面も素朴さ(素直さ)が乏しくなり、言いたいこともうまく言えない子、相手の気持ちを考えずに自分の主張だけを強く言ってしまう子、頭では理解していても行動に出せない子、様々な問題を抱えている子が多くなっているように感じます。何か物がないと遊ぶアイディアも出にくい様子や、目と目を見ながら会話することもうまく出来ない子供も見かけます。

  子供たちは子供たち同士、いつの間にか仲良く遊んでいることも多いのですが、友達との接し方、友達がいてくれるおかげでという気持ちがあれば、思いやりや協調性も自然に身についてくるのではないでしょうか。私たち大人は、子供たちの様子を見守りながら友達の尊さを教えてあげたいとも思います。そのためには、まず私達大人が友達の存在を大切に想う気持ちや姿を見せてあげることも重要かもしれませんね。

日本の和太鼓グループ‘山木屋太鼓’ミシガンで福島トリビュート・コンサートや交流

日本の和太鼓グループ‘山木屋太鼓’ミシガンで福島トリビュート・コンサートや交流 8

20160322-_DSC1857「太鼓の素晴らしさを改めて感じた」

この言葉は‘山木屋太鼓’の演奏を聞いた観客の声であり、太鼓メンバーの声でもある。

去る3月下旬、福島を拠点とする和太鼓グループ‘山木屋太鼓’のメンバー10名がミシガンを訪れ、福島の今、故郷の現状を音楽の力で発信するために、大小のコンサート、学校や音楽スクールでのワークショップを行なった。

20160322-_DSC18413月22日(火)にアナーバーのパワーセンターで催された「福島トリビュート・コンサート」には、平日の夜にも拘わらず概算650人の観客が会場を埋めた。

幕開けは、和太鼓の貸出・運搬などで協力した当地の和太鼓センター‘五大湖太鼓センター:Great Lakes Taiko Center’(Novi拠点)のパフォーマンスグループ‘雷音:Raion’ならびに‘五大湖ドラマーズ’による演奏でスタート。3曲目の『五大湖』というオリジナル曲は両グループの合同で総勢15名の迫力ある演奏となり、会場に轟きを響かせた。

山木屋太鼓は、グループのリーダーでもある遠藤元気さんの作曲による6曲を含む10曲を披露。『灯』『郷愁』など、題名も故郷や日本の情緒を表すもので、篠笛や多様な太鼓の音色を組み合わせて、自然の繊細さや雄大さを豊かに伝えた。

tokothreshold「福島トリビュート・コンサート」ということで、被災地支援のつもりで訪れたという観客の一人は、「生き生きとした姿や響きに、むしろ力をもらいました。日本のこと、人の強さ、いろいろなことに思いを馳せながら、涙が溢れました」と感動の思いを寄せた。「魂が屋根を突き抜けて飛んでいくのが見えるような凄い演奏でした。子供の演奏は、魂が純粋なので、どんなプロでもかなわないような凄いものが出てきます。逆境が彼らをここまで昇華させたかなと思いました」と、音楽指導者でもある女性が言葉にした。

20160322-_DSC1964_e山木屋太鼓は2001年に地域に根差す若者の育成と発展を目的に結成され、以来故郷の自然をテーマに曲を創作し活動を続けている。活動の本拠地を構えていた福島県川俣町の山木屋地区は東日本大震災による東京電力福島第1原発事故に伴い、震災後やや経ってから避難区域に指定された。人々が散り散りになり混乱と不安のなかにあって、「太鼓の灯を消したくない」という強い思いによって、2カ月後に移転先で半数ほどのメンバーで活動を再開。困難を乗り越え結束を強め、最近は日本各地で精力的に演奏活動をしている。2012年4月にはワシントンDCの100周年桜祭りに招まれて演奏した経験もある。その北米での演奏機会を通して、「招待して元気づけてくれたアメリカの地で恩返しの想いも込めて演奏したい」「和太鼓の持つ力を認識し、力を得た。還元したい」という熱意を抱いて、このたび当地を訪れた。今回の遠征に参加したのは高校生から27歳までの若者たち。リーダーの遠藤さんと同じく最年長の菅野優さんは、「日本とは感動の仕方が違うところで演奏し、太鼓に対して『あらたな希望』を感じて欲しい」と後輩に期待を寄せた。若手メンバー達はその想いを共にし、改めて「太鼓のパワーを再認識した」「観客の顔が見えて、心の底から燃えてくるものがありました」

20160322-_DSC1990「日本で演奏するのとは違う興奮を感じました。しっかりと伝えなくちゃ、という気持ちもあった」と話してくれた。

演奏が終わった途端に上がった観客の歓声と爆発的な拍手が、彼らの想いやパワーがしっかり届いたことを表わしていた。

yamakiya_powercenter-1彼らとミシガンとの繋がりの発端となったのは、ミシガン在住のww。美術、音楽など多彩なアーティストである椎木さんは東日本大震災以来、アート作品で東北と海外とを繋ぐプロジェクトや義捐金集めの音楽イベントなどを実施してきたが、2013年、福島にボランティア活動で訪れた後、福島に住む人々の声を海外に届けたいとドキュメンタリー映画制作に取り組み始めた。その取材で山木屋太鼓のメンバーはインタビューに応じ、映画にも登場している。

映画では触れていないが、「皆の夢はなんですか?」という透子さんの質問に対して、「震災後すぐに招待してくれ演奏の機会を作ってくれて元気づけてくれたアメリカの地でもう一度恩返しの想いも込めて演奏したい」と答えた彼らに、「是非ミシガンで演奏してもらいたい」と伝え、それに山木屋太鼓が賛同し、今回の訪米企画がスタートしたのだそうだ。

IMG_4792福島を数回再訪し取材を重ねて撮影・制作した映画『スレッショルド:福島のつぶやき』は昨年2015年に完成し、当地の上映会で反響を呼んだ。今回のトリビュートコンサートの2日後にも上映会が行われた。映画には、自宅からの避難を余儀なくされた人、福島から遠くへ離れる選択をした人、または福島で住み続ける人など、立場や事情の異なる多くの人々が登場する。原発事故によって住み慣れた故郷を離れたり、日々の活動、人との繋がりも断ち切られたことの痛み等だけでなく、今を模索しながらも精一杯生きる喜びもが語られる。

IMG_9281透子さんの訪日に同伴したご主人も音楽家であり、音楽好きの魂が呼び合うのか、出会った人々=登場する人たちも音楽を愛する人が多数を占める。中学のブラスバンド、魂の声を歌うミュージシャン、そして山木屋太鼓。逆境の中での音楽の力が強く伝わる。

今回の上映会の後にも山木屋太鼓の演奏が披露され、数曲ではありながら、持てる力を振り絞るかのような迫力ある音が会場を満たし、観客は心を鷲掴みされたような表情で聴き入っていた。目頭を押さえる観客の姿も多く見られた。

今回のツアーは、透子さんとミシガン大学音楽スクール教授であるご主人がコンサートやワークショップの準備のみならず、滞在先などのアレンジも行ない実現にこぎつけた。上映会の最後に、多数のミシガン大学関連の機関、賛同者の名前を挙げ、謝意と喜びを伝えた。

20160322-_DSC2313今回のツアーの資金の提供は、主にミシガン大学のスクール・オブ・ミュージック・シアター&ダンス、センター・フォー・ジャパニーズ・スタディーズ、センター・フォー・ワールド・パフォーマンス・スタディーズが行なったが、当地の日本人女性を中心とするNPOミシガン雫の会も協賛。かねてから東北支援のために行ってきた募金活動やバザーなどの収益金および東北支援活動の目的で拝受したJBSD基金やシカゴ会からの毎年の寄付金から、渡航や、コンサート会場の照明の費用等を援助した。歓迎交流会の料理も提供し、在米日本人女性のパワーを発揮した。ちなみに、リーダーである遠藤さんは昨夏に単身で下見とコネクションづくりのために当地を訪れており、その支援にも雫の会が尽力した。また、ミシガン大学の学生の組織であるJSA(Japan Student Association)が、現地での緊急な出費などのサポートをしたことも特筆に値する。

IMG_4777和太鼓のパワーは広がる。ワークショップにも協力し、山木屋太鼓の活動や演奏にほぼ連日同行した五大湖太鼓センター主宰者であるブライアン・ソウル氏は、「自分が数年前に、低迷するデトロイトを力づけたいという思いで和太鼓センターを開いたときの初心を思い出した」「コンサートで、観客やメンバーの表情を見て、和太鼓をやってきて良かったと心から思った」としみじみと語った。その言葉を受けて、山木屋太鼓のリーダー遠藤元気さんは、

「お借りした太鼓に魂を吹き込んで打ちました」「これからは私達の想いと合わせて演奏して頂けたら嬉しい」とエールを送った。

山木屋太鼓のツアーはミシガンを去って終了ではなかった。日本で渡航のための寄付や応援をしてくれた人々へのお礼の意をこめたコンサートを5月の連休中に開催したとのこと。

「故郷の鼓動、そして震災から学んだことを和太鼓の響きとともに発信する為に、ミシガンに遠征し演奏したい」と、支援金を呼びかけるネット上に心情を表していたリーダーの遠藤さんに、演奏後の感想や山木屋太鼓の近況を寄せていただいた。

*facebookで「Yamakiya Taiko Video Compilation山木屋太鼓ツアー・ダイジェスト」の視聴が可能。

2016年 JBSD(デトロイト日本商工会) 新年会

2016年 JBSD(デトロイト日本商工会) 新年会 3

IMG_4182 歌手 渡辺真知子さんを迎えて華やかに

1月31日、JBSD(デトロイト日本商工会)の新年会がノバイ市にあるバンケット会場で催された。JBSD会員のみならず、地元団体の代表者、一般の参加を含め、530名が一堂に会する盛大な集まりとなった。

IMG_4195 前年度に引き続きJBSD会長を務める中畔邦雄氏による挨拶、和田充広在デトロイト日本国総領事館総領事の祝賀の意を含めた言葉、さらに、スナイダーミシガン州知事からのビデオメッセージも届けられた。

食事後にはメイン・イベントとして、歌手渡辺真知子さんが約1時間にわたってパワフルで豊かな歌唱を届けた。昨年の八神純子さんに続いて、1970年代に大ブレイクしたシンガーの来訪に会場は盛り上がった。

渡辺真知子さんは「迷い道」「かもめが翔んだ日」「唇よ、熱く君を語れ」など数々のヒット曲を送り出し、心に残るメロディーや抜群の歌唱力などで一躍人気アーティストになった。「シンガーソングライターはテレビに出演して歌わない」という当時の音楽業界の常識に倣わず積極的に歌番組に登場し、知名度、顔の認知度も高い。現在も国内外で活躍している。

IMG_4214IMG_8479 今回最初の曲は暦の上では新春の季節に合わせた「さくらさくら」。デビュー曲(1977)であり、紅白歌合戦の披露曲にもなったヒット曲「迷い道」が流れると手拍子が起こり、アンコール曲「唇よ熱く君を語れ」では大合唱となり、盛り上がりは最高潮に達した。

散会後には、ミシガンの地で生歌唱を鑑賞できた幸運に歓喜する言葉が交わされた。新年を祝う催しに相応しい明るさとパワーに溢れたイベントであった。

IMG_8509 新年会の前には2016年度JBSD通常会員総会とJBSD基金総会が開催され、前年度の活動報告、収支報告に続き、2016年度の常任委員が選任され、各担当者より活動方針や予算が報告された。その中で、月刊会報Viewsが2016年1月号より、従来の冊子郵送に替わって電子配信となった旨、言及があり、会員のみならず多くの人にアクセスしてもらいたいとの意向が告げられた。同会ホームページwww.jbsd.orgで閲覧が可能。JBSDの行事案内や報告の他、総領事館提供によるトピックス、会員や専門家による随筆、周辺のイベント情報など幅広い内容が掲載されている。

デトロイト美術館で雛祭り

デトロイト美術館で雛祭り 6

1ikebana寒さが緩んだ3月6日の日曜日、デトロイト美術館(以下:DIA)の恒例イベントとなった日本の雛(ひな)祭りイベントが開催された。在デトロイト日本国総領事館によるプログラムで、雛人形の展示の他、JSDウィメンズクラブや当地で日本の芸能文化をたしなむ人々等の協力を得て日本の伝統文化を紹介している。

IMG_4410今回は、DIA館内に来年オープニングが予定されている日本ギャラリーのプロモーションも行なわれ、DIAが誇る荘厳なスペース「リベラ・コート」での茶の湯や日本舞踊、邦楽、生け花の実演の他、隣のエントランス広間には豪華な雛壇の他、打掛の着物の展示、アート紹介ブース、そして折り紙のワークショップコーナーが設けられ、例年より盛りだくさんな内容を大勢の来訪者が楽しんだ。

日本ギャラリーのプロモーションとして、DIAのアジア美術の担当者であるビルギッタさんより、日本ギャラリーの規模や、それに向けて行なわれているプロジェクト並びにイベントの紹介がなされた。開設に向けては、日本人を含む「コミュニティ・コンサルタント」が特別に組織され、プロジェクトの推進に尽力していることも伝えられた。

総領事館の文化担当者より、雛祭りは女の子の成長を祝うと同時に春の訪れを祝う意味もあるといった概要や伝統的な祝い方の解説などが伝えられた。

実演は、日本舞踊で幕開け。以前ミシガンに住んでいた縁で、花柳流の名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけて、祝いの席の舞「松の緑」と、軽快な民謡舞踊「おてもやん」を衣装を替えて披露した。小山さんは、ミシガン滞在中に、日本祭りの第1回目の盆踊りの指導にあたったとのこと。縁によって、貴重な伝統芸能を鑑賞する機会が得られた。

IMG_4461JSDウィメンズクラブによる茶道実演では、巨大壁画に囲まれた即席の茶席ながらも、落ち着いた雰囲気を生み出していた。凛とした美しい立ち振る舞いや点前に惹きこまれ、観客席にも粛々とした気配が漂った。お点前の進行に合わせた所作の意味の他、茶道具や掛け軸に関わる日本の美意識や考え方についても説明が添えられた。

邦楽演奏は、当地で活躍する邦楽グループ『雅(みやび)』の琴に弦楽器が加わって、琴曲「春の海」と「秋の言の葉」を華麗に披露。和洋の絶妙なコラボに来訪者はうっとりと耳を傾けていた。雛祭りイベントとあって、子供の観客も多く見られたが、じっと見入っている姿が印象に残った。

後半には、いけばなインターナショナルデトロイト支部のメンバーによる生け花の披露が行なわれ、花材の数や色を制限しつつアレンジして世界観を造り出す生け花の真髄を紹介。美しい作品に多くの称賛が寄せられた。

IMG_4488折り紙を楽しんでいた母娘に声をかけたところ、日系4世だという母あけみさんはカルフォルニアから当地へ来て1年ほどで、カルフォルニアに比べて日本文化に触れる機会が少ないミシガンでのこのイベントに感謝。日本語は話せないそうだが、日本文化は娘にしっかり伝えたいと語った。米人の来訪者からは、雛人形の繊細さや着物の優美さに感嘆の声が集まった。

IMG_4502桃の節句とも呼ばれ、春の訪れを伝える行事でもある雛祭り。今年は暖冬といわれ、この日も天気に恵まれたものの、桃の花が咲く春にはまだ遠いミシガンの午後であったが、和服姿で実演や手伝いにあたる女性の姿も彩を添え、明るさと優雅さが溢れるイベントであった。

デトロイト美術館は、自動車産業の繁栄のもと1885年に開館し、以来着実にコレクションを形成し、美術品の所有数と幅広いコレクションで知られる、アメリカ屈指の美術館の一つである。

IMG_4504DIA後援グルーブの一つに「フレンズ・オブ アジアン・アート&カルチャー(Friends of Asian Arts & Cultures:FAAC)」があり、アジアならびに古代中東やイスラム世界の地域を広くアジアと定義して、その多様な視覚的物質的文化の理解と評価を促進することを目的に活動をしている。日本ギャラリーのオープニングを来年に控え、FAACでは、特にミシガンの日本コミュニティーの人々への入会を呼びかけている。

DIAウェブサイト:http://www.dia.org/

3月22日:和太鼓グループ‘山木屋太鼓’ ミシガンで福島トリビュート・コンサート

3月22日:和太鼓グループ‘山木屋太鼓’ ミシガンで福島トリビュート・コンサート

yamakiyataiko_ad_forJapanNewsClub copy福島を拠点とする和太鼓グループ’山木屋太鼓’のメンバーがミシガンを訪れ、故郷の鼓動、そして震災から学んだことを和太鼓の響きとともに発信する為にコンサートを行なう。

山木屋太鼓は2001年に地域に根差す若者の育成と発展を目的に結成され、以来、故郷の自然をテーマに曲を創作し活動を続けている。

東日本大震災によって、活動の本拠地を構えていた福島県川俣町の山木屋地区は東京電力福島第1原発事故に伴い、震災後に避難区域に指定された。人々が散り散りになり、混乱と不安のなかにあって、山木屋太鼓は「太鼓の灯を消したくない」という強い思いによって、2カ月後に移転先で半数ほどのメンバーによって再開。困難を乗り越えて結束を強め、最近は日本各地で精力的に演奏活動をしている。2012年4月にはワシントンDCの100周年桜祭りに参加し演奏した経験もある。その北米での演奏機会を通して、「招待し元気づけてくれたアメリカの地でもう一度恩返しの想いも込めて演奏したい」「和太鼓の持つ力を認識し力を得た。還元したい」という思いを抱いて、このたび当地を訪れる。

彼らとミシガンとの繋がりの発端となった、ドキュメンタリー映画『Threshold: Whispers of Fukushima』の上映会も行われる。この映画は、ミシガン在住のアーティスト椎木透子さんによって、福島に住む人々の声を海外に住む人々に届けるために制作された。山木屋太鼓のメンバーはその取材でインタビューに応じ、映画に登場している。

両イベントとも無料。和太鼓の演奏を楽しみ、福島の理解を深める、またとない機会!お誘い合わせの上、ぜひのご来場を!!

3月22日(火) 開演:7:00 pm

山木屋太鼓公演‘Fukushima Tribute Concert feat. Yamakiya Taiko Ensemble’

ゲスト出演: 五大湖太鼓センター(ノバイ市拠点)

会場:Power Center   121 Fletcher Street, Ann Arbor, MI

3月24日(木)7:00 pm

Threshold: Whispers of Fukushima上映会

上映後にミニコンサート

会場:Stamps Auditorium  1226 Murfin Ave. Ann Arbor, MI

緑の学園クランブルックと庭園 National Historical Landmark 歴史文化財

<!--:en-->緑の学園クランブルックと庭園 National Historical Landmark 歴史文化財<!--:--><!--:ja-->緑の学園クランブルックと庭園 National Historical Landmark 歴史文化財<!--:--> 1

 ウッドワード・アヴェニューをデトロイトから北上し、ちょうどはじめの丘の頂点に至ったところにクランブルック学園への大きなエントランスがあります。ゲートを通り抜けると広々とした丘陵を目前に道は緩やかにうねりながら下り、木々の間をさらに道なりに登り坂をドライブすると左折して科学館、右折して美術館へと誘ってくれます。

 この美しい学園施設は、トロント生まれでウインザーにて鍛鉄事業(Iron Working)で成功していたジョージ・ブースが、富豪のデトロイト・ニュースの創始者の娘エレン・スクリップスと結婚、しばらくデトロイトにて豊かな生活をしていた後、1904年、子供たちのため都会を離れて、まだ田舎であったブルームフィールド・ヒルズに174エーカーの古い農家、湖、野菜畑などを持った農地を購入し、夢のエステイト(Manorマナー)を築いたことから始まりました。デトロイト郊外の最古のカントリー・ハウスです。ジョージ・ブースは義理の父親ヘンリー・スクリップスの新聞社経営にも加担して、デトロイト・ニュースが中西部で一番大きいデイリー・ニュースとして権威をもつようになるにるのを手伝い、また兄弟たちとも次々に他新聞を買収して、さらにはブース印刷会社を設立し、ゆるぎない成功者としての地位を確立しました。

G・ブースは非常に芸術的な才能が高く、デトロイト市内の邸宅のインテリアは自ら手がけましたが、友人でデトロイトで建築家として名高かったアルバート・カーンにクランブルック・ハウスのデザインを依頼。それに応じてカーンはふんだんに英国調の美術、工芸を取り入れた家屋を設計しました。1920年前後にはジョージ・ブースは全米でも有名な美術・工芸品のパトロンおよびコレクターとして名を馳せていました。

 1922年より、クランブルックを一般のための公共性を持たすべきであると考えたジョージ・ブースは寄宿制の学校の建設に取り組み始めました。6つの施設はそうした中で出来上がりました(小学校、女子高校、男子高校、教会、科学館、美術館)。Lone Pine Road や Cranbrook Road をドライブすると、赤レンガ造りの古めかしくも美しい建物が連なっているのが目に入ります。後に建設されたCranbrook Art Institute(芸術大学院)が全米ではハーバード大学より入学が難しく、私立の寄宿制芸術大学院としてはバウハウスに並んで世界的にも有名校であるのはジョージ・ブースの個性とビジョンが反映してるものでしょう。卒業生には日系人も多く、ハワイ生まれの陶芸家トシコ・タカエズ、建築家のマキ・フミヒコ(慶大教授)、同じくオバタ・ギョウなど、彫刻、モダンアート、建築家が目立ちます。その他の分野では政治家でオバマ大統領と奮闘した Mitt Romney夫妻、政治の腐敗を暴露したDaniel Ellsberg、芸能界、宇宙航空産業の人々など。

現在は、ブース家が築いた教育コミュニティーも組織が変わり、クランブルック・ハウスと庭園(小さな日本庭園があります)、セント・ダスタン屋内・屋外劇場、美術館、プラネタリウムを持つ科学館、そしてクランブルック・ミュージック・ギルド(創始者の息子のヘンリー・S・ブースが設立)が独立して補助機構と呼ばれるようになりました。2つの劇場、ハウスと庭園の入り口はローン・パイン通りの森に囲まれたところにあります。科学館と美術館の入り口はウッドワード通りの丘の上です。ミュージック・ギルドはブース家が建てた荘厳な教会を拠点に秋から次年の春にかけて室内楽コンサートを開いています。

Cranbrook & Gardensより耳寄りなお知らせがあります! 

例年はガーデンの散策にも維持費としての入場料が必要なのですが、今年は大型スポンサーがついたため、今年10月のシーズン・オフまでガーデンの散策が無料でできます。春、夏、秋と寒くなるぎりぎりまで、庭にはいろどり鮮やかな花がモザイクのように植えられています。四季どこから見ても自然の美しさを堪能できる恵まれた施設です。5月の恒例のプラント・セール(珍しい美しいワイルド・フラワーあり)、ツアーとランチ、ツアーとティータイム、コンサートやヨガ、などいろいろなイベントも毎月あります。ハウス内のツアーとおしゃれな軽食はそれぞれに料金が設定されています。作曲家・指揮者のレナード・バーンスタインもハウスを訪れた際にミュージカルの作曲をしたとも伝えられています。クランブルックの美しさと活動はほとんどがボランティアの力で維持されています。南東部ミシガンの観光名所の一つでもありますので、是非、今年は特にお誘いあわせの上、ピクニックとして訪れられてはいかがでしょうか。インターネットの案内をご参照してください。

参考サイト)

= 2014年7月6日現在ガーデン入園無料 =

投稿: 宮﨑京子Cranbrook Music Guild Trustee

https://www.youtube.com/user/cranbrookaux  

The Sunken Garden Time Lapse; A Taste of What Awaits 等;

www.housegardens.cranbrook.edu

JBSDスポーツ部会主催 第25回 親善ソフトボール大会

JBSDスポーツ部会主催 第25回 親善ソフトボール大会 9

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JBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催親善ソフトボール大会が9月11日と9月18日の日曜、ノバイ市のレクリェーションパークで開催された。両日とも好天に恵まれ、活気溢れるスポーツイベントとなった。今年は第25回大会。駐在員は数年で帰任することが多く毎年出場者の入れ替わりは激しいが、一方で永住者や再赴任者などを含め、第1回大会を知る人も存在する。あちこちで再会を喜ぶ声や挨拶が飛び、和やかな親睦の場となった。

img_0175初秋の青空の下、早い時間から肩慣らしをする出場者たちの姿が見られた9月11日、色づき始めた木々が日の光に輝きを放った朝8時半過ぎ、開会式が始まった。JBSDスポーツ部の河本部会長の開会の挨拶、続いて昨年の優勝チームによるトロフィー返還とルールの説明が行なわれた後、第1戦は開始された。試合は10人制のトーナメントで、5イニングス又は規定の時間終了までの勝負。チームに女性または40歳以上を必ず含める条件がある。俗に“助っ人”と呼ばれる非日本人または非JBSD会員の参加も認められているが、人数制限が設けられており、バランスよく皆がこの大会を楽しめるよう工夫がなされている。

第一週目では、投手がスローピッチでのストライクゾーンをつかめずフォアボールが続いてしまう場面も見られ、5イニング制という試合の短さもあり、チームが本調子を出せないまま勝敗が決まってしまうゲームも見られた。しかし昨年の1位から4位までのチームはいずれも第1週目を勝ち抜き順調な滑り出し。昨年と一昨年の覇者、桜組(ソフトボールクラブ)は第1、

dsc_6839第2戦とも20点という大量得点を重ねた一方、相手にほとんど得点を許さぬ余裕で駒を進めた。今回は36チームが出場登録したが、試合直前に出場選手をかき集めた即席組から日頃リーグで活躍する選手を抱える組まで、歴然とした力の差は悲喜こもごも。当日人数が揃わず不戦敗に終わったところもあり、2試合が不戦勝、また6試合が20点以上の得点差となった。

昨年3位のSEWS Curbs(Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.)は第2回戦で固い守備力を発揮し無失点の勝利を収めた。昨年4位のNISCO(Nishikawa of America)は“Nishikawa らば~ず“のチーム名のもと第1戦で27点、第2戦で26点という高得点を獲得した上、両試合いずれも1失点 のみという攻守の良さを見せつけ、ベスト8入りを決めた。

img_0154昨年2位の TG Tigers (Toyoda Gosei North America)は21対5という快調な滑り出しをを見せたが、第2戦で5対6の僅差でYazaki Arrows(Yazaki North America, Inc.)にベスト8進出を阻まれた。

第2週目。朝9時から残りのベスト8進出決定戦が4つのフィールドで進行され、以下のチームがベスト8に進出した。

ベスト8(登録番号順)

桜組;Sakura-Gumi Softball Club

BOMBERS;Japan Auto Business Consulting, LLC, デルタ航空他

SEWS Curbs;Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.

TBA (TOYOTA BOSHOKU AMERICA);トヨタ紡織アメリカ

Yazaki Arrows;Yazaki North America, Inc.

日産自動車;日産自動車

Nishikawa らば~ず;NOA & NISCO

AISIN ALLSTARS;FT Techno of America, LLC. Aisin Technical Center of America, Inc.

準々決勝。時折練習試合も行なってきたという、例年ベスト8に食い込むBOMBERSと二連覇中の桜組が息をのむ好試合を繰り広げた。どちらもかなり鋭い伸びのある当たりを出すも、両者とも確固たる守り。結局、チャンスを上手く点に繋げたBOMBERSが1点差で駒を進めた。

第1戦で本大会の最高得点となった28点を記録し、2回戦も大差で勝ち進んできたTBA(TOYOTA BOSHOKU AMERICA)はSEWS Curbs相手になかなか点が取れず敗退。また昨年同点の末にコイントスで敗れ準決勝進出を逃したYazaki Arrowsは得点を重ね、運命のいたずらに阻まれることなく準決勝入りを果たした。連続高得点を重ねてきたNishikawaらば~ずは、こちらも攻守に優れたAISIN ALLSTARSとの戦いで確実に打者を繋げ勝ち進んだ。

準決勝、BOMBERSは日光でボールを見失いフライを取り損ねる場面もあったが、相手SEWS Curbsの満塁のチャンスにも落ち着いた好守備で切り抜け、決勝の舞台に上がった。Yazaki ArrowsとNishikawaらば~ずの準決勝戦は、快打が出るものの互いに容易には点が取れず、応援席も大きく盛り上がった。Yazaki Arrows応援団の子供たちの声援とそれに応える粘り、高校生選手のシャープなプレーとそれに刺激されるNishikawaらば~ずの勢いとの競い合いが続いた結果、Yazaki Arrowsが決勝戦へ躍り出た。

昨年の上位シード4チームがすべて消えてしまった決勝戦。昨年優勝の桜組を破ったBOMBERSが有利、との予想を口にする観客が多かったが、応援団と共に決勝まで快進撃した喜びを両手を挙げて表し活気に溢れ勢いに乗るYazaki A r r o wsの上向きパワーが炸裂。1回の表、Yazaki Arrowsがまずボールを辛抱強く慎重に見極めフォアボールで塁に出た後、大きな当たりを飛ばし2点を入れスタート。BOMBERSものっけから果敢に攻め、快打を連発し4点を返した。Yazaki Arrowsの子供たちの“You can do it!”の声援に選手たちも互いに声を送り合い、“Yes, I can!” とばかりに2回表で5点を奪取し、すかさず逆転。勢いに乗るYazaki Arrowsに対し、BOMBERSは、この日早朝からの4試合目となりさすがに疲れが出たのか、粘り強く攻め続けるも得点には繋がらず。最終回でYazaki Arrowsがさらに4点を追加し、待望の優勝を掴み取った。

3位決定戦はNishikawaらば~ずが1回表で5点の先取で快調なスタートを切り、その勢いで快打を続出。そして好守備による無失点をキープし、結果12対0で勝利を収めた。

Yazaki Arrowsの前回の優勝は2000年との話。16年ぶりの好成績についてチーム代表は「“One for all, all for one”の気持ちでプレーしました。選手以外の応援も力になり、良いプレッシャーでした」との感想を述べた。7月の始めからこの大会の為に毎週練習してきており、投手の木村氏は5年連続出場で今年が駐在任期最後の年とのこと。「勝てて良かった」と殊更の喜びの思いを語った。閉会式では「勝因は、人数の多さと、子供も含む応援団」と応援の存在の大きさに再度触れた。また、3位となったNishikawa らば~ずに加わった高校生たちからは、「楽しかった」「チームの人たちが優しくしてくれた」など、スポーツを通しての年齢差を超えた親睦イベントに相応しい、心温まるコメントも寄せられた。

数あるJBSD主催のイベントの中でも、歴史ある同大会の意義は格別で大きい。次の四半世紀も、多くの参加者と関係者らの感動と思い出が歴史に残されてゆくことを祈りたい。

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JBSD & JSD Women’s Club Japan Festival 2012JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2012年度 日本まつり 開催

<!--:en-->JBSD & JSD Women's Club Japan Festival 2012<!--:--><!--:ja-->JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2012年度 日本まつり 開催<!--:--> 19

 去る10月7日(日)、JSDウィメンズクラブとJBSD(デトロイト日本商工会)文化部会の共催による日本まつりがノバイ市のハイスクールを会場に開催された。当日は見事な秋晴れに恵まれ、1時から4時までの開催時間を通して、日本文化紹介の様々な展示や実演などが行われ、大勢の人で溢れた。

 この日本まつりは、アメリカ人や他の文化背景を持つ人たちへの文化紹介と交流を主目的とするため、訪問者に日本人以外の人が多いことが特徴として挙げられる。多数の協賛団体や大勢の個人ボランティアら、総勢約三百人が協力し合いこの一大イベントを支えている。毎年訪れるという人も多く、秋のイベントとして定着している。

 オープニングのセレモニーでは、デトロイト日本商工会の藤澤文化部会長の挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館の竹内首席領事、ノバイ市長(Mr.Bob Gatt)らによる開会の辞が述べられた。それぞれに、このイベントの開催と日米の文化交流と友好親善を祝福する言葉を伝えた。壇の真横に展示された生け花数点により華やかさと気品が添えられていた。

 アトリウムと呼ばれる広々としたオープンスペースには茶の湯実演や書道体験のコーナーが設けられ、手馴れた日本人女性たちを中心に実演や体験ワークショップが提供された。異文化を実際に体験して心から楽しんでいる多くの人々の姿が見られた。

 また、在デトロイト総領事館や、ミシガン州と姉妹県関係にある滋賀県による文化紹介ブースを始め、デトロイトりんご会補習授業校ならびに、ひのきインターナショナルスクールの活動紹介など、日本に関連した団体のブースが並んだ。今回初めて参加した‘空道(くうどう)’グループは、今年9月にデトロイトに支部を開設した打撃系総合武道の団体で、アメリカ合衆国で初の空道の道場だという。日本生まれの空道の特徴や理念をスクリーンを使って紹介を行っていた。同じく、日本生まれの商標デザインを元にタオル帽子を作製しミシガン内の病院などの患者さんに寄贈する活動をしている「ミシガン・タオル帽子の会」もブースを出し、活動内容や作り方を説明していた。日本まつりの場で近隣の様々な活動を知ることの出来る意義も大きい。

 今回は、海外の日本語放送「テレビジャパン」のキャンペーンブースも登場。大型スクリーンに映し出された番組に釘付けになっている子供も見られた。テレビジャパンのスタッフの方に同イベントの感想を尋ねたところ、開口一番に「人が多く驚いた」と答え、「関心を持たれている人が多いのだなあと感じました。日本人もアメリカ人も訪れていて、良いイベントですね」と話してくれた。

 ちなみに、今回の日本まつりの模様は、テレビジャパンの『テレビジャパンCLUB』で5日後に放映された。ミシガン州に暮らす日本人社会にとって最大の文化交流イベントであり、多くのボランティアに支えられて開催され、毎年3,000人ほどの入場者が訪れていることや、地元ノバイ市のほか、ミシガン州日米協会、在デトロイト日本国総領事館、姉妹州の関係にある滋賀県からも厚い支援を受けていることなどの説明と合わせて、会場の様子を伝える20枚近い写真が映し出された。

 金魚すくいや輪投げなどの日本の遊び体験コーナーでは、子供たちだけではなく、大人も童心に返って縁日遊びに興じていた。割り箸と輪ゴムを材料に自分で作る‘割り箸鉄砲’も人種を問わず人気を博していた。いずれのコーナーも順番を待つ長い列ができるほどの盛況振りをみせていた。

 パフォーマンス会場となった体育館には祭櫓(やぐら)が設けられ、踊りを中心にしたプログラムが途切れることなく進行された。オープニングは、小さな子供とお母さんたちによる『ドラえもん音頭』。JSDウィメンズクラブの同好会のひとつで、主に幼稚園入園前の子供を持つお母さんの会「カンガルークラブ」のメンバーたちが、この日の為に練習を重ね、微笑ましい踊りを披露した。続いてはJSDウィメンズクラブの淑女がたによる盆踊り。ポピュラーな『炭坑節』『花笠音頭』、そして『東京音頭』の3曲を優雅に粋に踊り、会場に祭りムードが高まった。

 今回初めてこの日本まつりに出演した「ミシガン沖縄県人会ちむぐくる会」が『エイサー』を披露。沖縄でお盆の時期に踊られる伝統芸能とのことだが、初めて目にした日本人も多く、貴重な文化紹介となった。

 少林寺拳法のアナーバー支部メンバーによる実演では、組み合って型などを紹介。高度な技やスピードに感嘆の声が漏れていた。「無駄の無いスムーズな動きは美しい舞のよう」という感想も上がっていた。

 2回目のウィメンズに続いて、「五大湖太鼓センター」による和太鼓のパフォーマンス。日本の祭といえば和太鼓が何らかの形でつきものだが、和太鼓のみの演奏を聴くのは初めという日本人もおり、高い関心を集めていた。

 続いて、ミシガン大学の日本学生会が『U of M よさこいソーラン』のダンスを披露。原曲は『南中ソーラン(一般的にロックソーラン節と呼ばれる)』。北海道民謡ソーラン節をアップテンポにアレンジし、動きの大きい踊りが加えられている。日本学生会の出演メンバーは非日本人がほとんどだが、日本の民謡を見事にこなし、若者らしい勢いのある踊りを見せてくれた。

 演目の最後は盆踊りの3回目ステージ。観客や他の演目の出演者も加わって、和やかな交流の場が生まれていた。

 JSDウィメンズクラブ中浜会長による閉会の挨拶で、盛大な賑わいをみせた笑顔溢れるイベントに幕が下りた。

 去る10月7日(日)、JSDウィメンズクラブとJBSD(デトロイト日本商工会)文化部会の共催による日本まつりがノバイ市のハイスクールを会場に開催された。当日は見事な秋晴れに恵まれ、1時から4時までの開催時間を通して、日本文化紹介の様々な展示や実演などが行われ、大勢の人で溢れた。

 この日本まつりは、アメリカ人や他の文化背景を持つ人たちへの文化紹介と交流を主目的とするため、訪問者に日本人以外の人が多いことが特徴として挙げられる。多数の協賛団体や大勢の個人ボランティアら、総勢約三百人が協力し合いこの一大イベントを支えている。毎年訪れるという人も多く、秋のイベントとして定着している。

 オープニングのセレモニーでは、デトロイト日本商工会の藤澤文化部会長の挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館の竹内首席領事、ノバイ市長(Mr.Bob Gatt)らによる開会の辞が述べられた。それぞれに、このイベントの開催と日米の文化交流と友好親善を祝福する言葉を伝えた。壇の真横に展示された生け花数点により華やかさと気品が添えられていた。

 アトリウムと呼ばれる広々としたオープンスペースには茶の湯実演や書道体験のコーナーが設けられ、手馴れた日本人女性たちを中心に実演や体験ワークショップが提供された。異文化を実際に体験して心から楽しんでいる多くの人々の姿が見られた。

 また、在デトロイト総領事館や、ミシガン州と姉妹県関係にある滋賀県による文化紹介ブースを始め、デトロイトりんご会補習授業校ならびに、ひのきインターナショナルスクールの活動紹介など、日本に関連した団体のブースが並んだ。今回初めて参加した‘空道(くうどう)’グループは、今年9月にデトロイトに支部を開設した打撃系総合武道の団体で、アメリカ合衆国で初の空道の道場だという。日本生まれの空道の特徴や理念をスクリーンを使って紹介を行っていた。同じく、日本生まれの商標デザインを元にタオル帽子を作製しミシガン内の病院などの患者さんに寄贈する活動をしている「ミシガン・タオル帽子の会」もブースを出し、活動内容や作り方を説明していた。日本まつりの場で近隣の様々な活動を知ることの出来る意義も大きい。

 今回は、海外の日本語放送「テレビジャパン」のキャンペーンブースも登場。大型スクリーンに映し出された番組に釘付けになっている子供も見られた。テレビジャパンのスタッフの方に同イベントの感想を尋ねたところ、開口一番に「人が多く驚いた」と答え、「関心を持たれている人が多いのだなあと感じました。日本人もアメリカ人も訪れていて、良いイベントですね」と話してくれた。

 ちなみに、今回の日本まつりの模様は、テレビジャパンの『テレビジャパンCLUB』で5日後に放映された。ミシガン州に暮らす日本人社会にとって最大の文化交流イベントであり、多くのボランティアに支えられて開催され、毎年3,000人ほどの入場者が訪れていることや、地元ノバイ市のほか、ミシガン州日米協会、在デトロイト日本国総領事館、姉妹州の関係にある滋賀県からも厚い支援を受けていることなどの説明と合わせて、会場の様子を伝える20枚近い写真が映し出された。

 金魚すくいや輪投げなどの日本の遊び体験コーナーでは、子供たちだけではなく、大人も童心に返って縁日遊びに興じていた。割り箸と輪ゴムを材料に自分で作る‘割り箸鉄砲’も人種を問わず人気を博していた。いずれのコーナーも順番を待つ長い列ができるほどの盛況振りをみせていた。

 パフォーマンス会場となった体育館には祭櫓(やぐら)が設けられ、踊りを中心にしたプログラムが途切れることなく進行された。オープニングは、小さな子供とお母さんたちによる『ドラえもん音頭』。JSDウィメンズクラブの同好会のひとつで、主に幼稚園入園前の子供を持つお母さんの会「カンガルークラブ」のメンバーたちが、この日の為に練習を重ね、微笑ましい踊りを披露した。続いてはJSDウィメンズクラブの淑女がたによる盆踊り。ポピュラーな『炭坑節』『花笠音頭』、そして『東京音頭』の3曲を優雅に粋に踊り、会場に祭りムードが高まった。

 今回初めてこの日本まつりに出演した「ミシガン沖縄県人会ちむぐくる会」が『エイサー』を披露。沖縄でお盆の時期に踊られる伝統芸能とのことだが、初めて目にした日本人も多く、貴重な文化紹介となった。

 少林寺拳法のアナーバー支部メンバーによる実演では、組み合って型などを紹介。高度な技やスピードに感嘆の声が漏れていた。「無駄の無いスムーズな動きは美しい舞のよう」という感想も上がっていた。

 2回目のウィメンズに続いて、「五大湖太鼓センター」による和太鼓のパフォーマンス。日本の祭といえば和太鼓が何らかの形でつきものだが、和太鼓のみの演奏を聴くのは初めという日本人もおり、高い関心を集めていた。

 続いて、ミシガン大学の日本学生会が『U of M よさこいソーラン』のダンスを披露。原曲は『南中ソーラン(一般的にロックソーラン節と呼ばれる)』。北海道民謡ソーラン節をアップテンポにアレンジし、動きの大きい踊りが加えられている。日本学生会の出演メンバーは非日本人がほとんどだが、日本の民謡を見事にこなし、若者らしい勢いのある踊りを見せてくれた。

 演目の最後は盆踊りの3回目ステージ。観客や他の演目の出演者も加わって、和やかな交流の場が生まれていた。

 JSDウィメンズクラブ中浜会長による閉会の挨拶で、盛大な賑わいをみせた笑顔溢れるイベントに幕が下りた。

居酒屋三平でマグロ解体ショー

居酒屋三平でマグロ解体ショー 2

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10月25日、キャントン市にある居酒屋三平で恒例となったマグロの解体ショーが行われた。今回のマグロは約130ポンドの本マグロ。堂々たる大物が20分ほどで鮮やかに切りさばかれた。

解体ショーの見学と、そのマグロの大トロ、中トロ、赤身といった各部位の新鮮な刺身や握り寿司を直後に頂くことができるこのイベントに参加できた人々は舌鼓を打った。他にも、刺身マグロのサラダとアパタイザー、鉄火巻なども供された。

IMG_1337オーナーは、「貴重な機会を得たお客さんの満足げな顔を見たり、感謝のことばを耳にしたりできて、嬉しい」と語る。皆さん始終楽しんでいた様子で、既に来年の同イベントの予約をした人もいるとのこと。来年はより心に残る企画にしたいと意気込んでいる。

デトロイトりんご会補習授業校 2016年度 大運動会

デトロイトりんご会補習授業校 2016年度 大運動会 5

IMG_5069 ミシガンに訪れた夏日に歓声が響いた。 6月18日(土)、デトロイトりんご会補習授業校恒例の行事である運動会が催された。幼稚園から低学年は午前中のみ、中学生はクラス対抗の球技大会を午前中に行い午後から運動会に合流、高校生は運動会の競技の手伝いや模擬店、ゲームコーナーを担当しながら競技に出場するなど、学年によって参加形式の違いはあるものの、年齢差を越えた全校一斉の学校行事である。また多数の企業で構成されている運動会実行委員が会場設営や当日の用具準備などを担当して行われる当地日本人コミュニティーぐるみの重要イベントでもある。

IMG_5138 肌寒い程であった昨年度とうってかわり、今年の運動会は朝から日差しが強い快晴に恵まれた。汗を流しつつも元気溢れる演技や競技が繰り広げられた。

開会宣言に続く日米両国の国旗掲揚そして同校校歌斉唱の後、宮本学校長の開会の挨拶があり、「練習の成果を力いっぱい発揮してください」と激励。競技ではあるが全力でだしきることで素晴らしい運動会になると伝えたほか、1カ月前から実行委員が準備するなどたくさんの人が支えていることに言及した。来賓である在デトロイト日本国総領事館の河西領事により総領事のメッセージの代読があり、まず、「ここ数年で一番」と、素晴らしい天気に恵まれたことを喜び、「皆さんの願いがこのような天気にした」と伝えた。柴田JSDウィメンズクラブ会長も来賓として出席し、終日子ども達の奮闘を温かく見守った。

IMG_9951 児童生徒代表による選手宣誓の後、演技は日本の「ラジオ体操」でスタートした。保護者や来賓の方々も加わり、世代を超えて親しまれている日本の定番曲に合わせて体を解した。その後の競技中には日本の運動会の定番バックグランド音楽も流れ、会場はさながら日本の雰囲気。孫の運動会に合わせて日本から渡米したという御夫妻は「アメリカでこれほど盛大にやるとは!」と感嘆と称賛の声を寄せた。

IMG_9766IMG_9855 徒競走などの個人競技が行われた後、日本の伝統種目である「綱引き」「玉入れ」などの団体競技が続き、紅白対抗とあって他学年の応援も白熱した。徒競走での転倒や「棒取り合戦」で引き摺られている姿が見られたが、芝生が広がるグランドでは大きな怪我をした児童生徒が出ることなく、はつらつとした競技が繰り広げられた。

IMG_9861 幼稚園児は昨年まで例年、保護者も加わっても親子ダンス(お遊戯)を演技種目としてきたが、今年は保護者は加わらずに園児たちだけで「ええじゃないか」を元気いっぱいに演じた。のびのびとした可愛らしい姿につられて、保護者、上級生に笑顔が広がった。

IMG_0002午後は合流した中学生による「二人三脚リレー」や高等生による「借り物物競走」、中高等部クラス対応の「大縄跳び」など、大人に劣らない身長、そして、育ち盛りの伸びやかな身のこなしが会場を魅了した。しかしながら、「大縄跳び」は当日即席結成した保護者チームが最高の回数を跳び、一位を収めた。

IMG_0058 競技最終、紅白対抗リレーに移った。選手達の颯爽とした走りに大歓声が上がり、会場の盛り上がりは最高潮に達した。全体最終結果は紅組の勝利。万歳の声と祝福の拍手が上がった。

学校長同様に今年度4月から日本より同校に赴任となった齋藤教頭は、閉会式の好評の中、大人たちに交じって進行を支えた高校生に向けて「心強い存在です」と労と成果を評した。関係者に謝辞を述べた後、児童生徒に「感謝の気持ちを忘れずに元気に学校生活を送っていきましょう」と締めくくり、イベントに幕を引いた。

ミシガン在住のモスナー陽子氏が 平成28年秋の叙勲受章

ミシガン在住のモスナー陽子氏が 平成28年秋の叙勲受章 5

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昨年11月3日付けで平成28年秋の叙勲が発令され、ミシガン州サギノー市在住のモスナー陽子氏(83才)が旭日(きょくじつ)単光章の受章者に選ばれた。モスナー氏はサギノー市日本文化センター(茶室・日本庭園)の所長を務めており、受賞の功労概要は「日米友好親善及び日本文化普及功労」と表された。旭日章は、功労の内容に着目し、顕著な功績を挙げた者に授与されている。

2月18日、当地日本国総領事の公邸にて授賞式ならび祝賀会が催され、ミシガン州の上院議員、サギナー市長をはじめ、家族や友人、センターの関係者が列席し、輝かしい受章の喜びを共にした。

和田在デトロイト総領事より勲記ならびに勲章がモスナー氏に授与され、会場は祝福と称賛を示す盛大な拍手に包まれた。総領事からは旭日単光章についての説明のあと、モスナー氏は昨年秋の旭日章受章者のうち海外居住者13名の一人であることや、親切かつ逞しい人物であるなど述べられた。特に、友人にも地域、そして両国に対して愛情をもって尽くし、それが貢献の基盤にあると人柄を称えた。氏の貢献によって、姉妹都市関係にあるサギナー市と徳島市の交流活動を通して日米交流に寄与し、また、日本文化センターの維持や恒例の日本祭をはじめとする企画運営を成功に導いたと感謝と慰労の言葉を重ねた。

IMG_1566ミシガン州の議員(Ken Horn Senator, 32nd District)からミシガン州発行による表彰証書が授与され、モスナー氏の功績と人柄にたいする心からの称賛、そして喜びが述べられた。

サギノー市長からの祝辞も、親愛と感謝に満ちたもので、献身的・精力的な貢献と、「夫を立てる賢明な女性」のように慎みのある素敵な人であると、その人柄を称えた。また、サギノー市と徳島市の姉妹都市提携についても説明があった。

サギノー市はミシガン州の東中央部にあり、観光地として名高いフランケンムースやバーチランアウトレットモールが同じサギノーカウンティーにある。

サギノー市と徳島市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。きっかけは、徳島からの全米派遣農業実習生がサギノー市滞在中にホストファミリーと親しくなり、帰国後も交流を続けるうち、提携の話が持ち上がった。1961年夏、ホストファミリーの友人がサギノー市長になったのを機に具体化し、同年12月に姉妹都市となった。

モスナー陽子氏は結婚によって1957年にサギノーに移住。アイゼンハワー大統領が創設したPeople to People Internationalの活動に尽力し、姉妹都市提携後は55年間もの長きにわたり、精力的に姉妹都市交流に貢献し続けてきた。

IMG_1550サギノー市と徳島市の友好のシンボルとして造られた茶室「阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)」と日本庭園は両市が建設費を出し合い、敷地も両市で共有しているが、その設立にあたっては、モスナー陽子氏がゼロからの資金集めをスタート。反日感情もあらわな当時のアメリカで、茶室のモデルを携え足労を重ね、サギノー有数の企業など随所でプレゼンテーションをし、何故必要なのかを説いて回るところから理解を深めていったという。忍耐と努力の末、長い時を経て茶室の着工に漕ぎつけた。海外で最大級の本格的な木造平屋の数奇屋風茶室が1986年に完成。その後、モスナー氏はボランティアとして、後には正式なディレクターとしてセンターの管理と運営に携わってきている。

同センターでは各地の学校のフィールドトリップも数多く受け入れ、他州からの観光客も多い。文化紹介と日米交流の場として貴重な貴重な役割を果たしている。
IMG_1528www.japaneseculturalcenter.org/

祝辞の後、モスナー陽子氏が挨拶に上がり、「受賞は全く予想していなかった」「生まれた日本が大好きで、今はこの国が自分の国。両国の為に何かするのは、私にとっては自然なことで、Nothing Special(特別なことではない)」とにこやかに語った。そして「皆さんのサポート無しには無し得なかった。喜びを分かち合えて幸せです」と結んだ。

式次第には陽子さんの零れんばかりの笑顔の御写真に、「誠心誠意」の言葉が添えられていた。

本格的な茶室が在るだけでは飾り物であるが、茶の湯の実演やお茶会が、その多くがセンターの主催で行なわれ、生きた文化紹介をしている。この日の式典には、茶の湯実演のためにメトロデトロイト地区から度々足を運んできた茶道の師範たちも出席し受章を祝った。

総領事館の文化担当者としてモスナー氏とは20年以上の既知の中であるサビオ氏が司会を務めていたが、「陽子さんは、一人の市民が日米友好親善や文化普及に大きく貢献できるという素晴らしいお手本。精神が若い人に受け継がれ、文化理解さらに平和に繋がって欲しい」と告げ、多数の列席者が頷いていた。

JIMG_1559APAN’S IMPERIAL DECORATION AWARDED 

TO MRS. YOKO MOSSNER OF SAGINAW

DETROIT, Mich. – NOV. 07, 2016– Mrs. Yoko Mossner, Executive Director of the Japanese Cultural Center, Tea House and Gardens of Saginaw, was selected to receive the Order of the Rising Sun, Silver Rays, for her tireless contributions to friendship and goodwill between the United States and Japan, and enthusiastic promotion of Japanese culture. The 2016 Autumn Imperial Decorations were announced on November 3, 2016 by the government of Japan.

Mrs. Mossner, born in Tokyo, moved to Saginaw, Michigan in 1957. Within three years she became active in People to People International, founded by President Eisenhower, and actively pursued a sister-city relationship between Saginaw and Tokushima, Japan which was established in 1961. Her invaluable contributions have facilitated numerous academic, cultural and leadership exchanges, and fifty-five years later she continues to be committed to the rich and mutually beneficial alliance.

Mrs. Mossner’s enthusiasm, diligence and fundraising efforts were instrumental in the construction, maintenance and management of a Japanese garden in Saginaw to commemorate 20 years of a fruitful partnership, as well as an authentic Japanese teahouse built five years later in 1986. As director of the Japanese Cultural Center she has introduced various aspects of traditional Japanese culture to countless visitors. The Japanese Garden and Culture Center, which became a symbol of the Saginaw-Tokushima sister city relationship, is beloved by the residents throughout the region. It is well known that a Japan Festival is held there annually and many couples celebrate their weddings there as well.

Mitsuhiro Wada, Consul General of Japan in Detroit, will soon hold a conferment ceremony honoring Mrs. Mossner for her all she has done to advance friendship and goodwill between the U.S. and Japan. Consul General Wada stated, “It is an honor for us to publically recognize Yoko Mossner for cultivating and nurturing this close friendship and genuine respect between the cities of Saginaw and Tokushima – which she accomplishes with both intensity and grace.”

The Order of the Rising Sun, Silver Rays, is conferred in the name of Japan’s Emperor, and acknowledges individuals who have made significant contributions to the promotion of Japanese culture.

年間入園者100万人の花の名所:ブッチャート・ガーデン ~ カナダのビクトリア

年間入園者100万人の花の名所:ブッチャート・ガーデン ~ カナダのビクトリア 2

DSC_5168ブッチャート氏のセメント事業のために発生した石炭石採石場跡の荒れ果てた姿を憂いて、1904年にブッチャート夫人が手を入れたのがブッチャートガーデンの始まり。スウィートピーや薔薇など、いくつかを植えた当初の場所は、現在では同ガーデンのメインガーデンであるサンケンガーデン(沈床庭園)にまで成長した。一世紀以上を経て、22万平米(東京ドーム5個分)という広大な庭園になり、前述のサンケンガーデンの他、ローズガーデン、日本庭園、イタリアンガーデンなど、いくつかのエリアを持つ。各季節ごとの大量の花々が植え替えられ、規模も美しさも北米屈指のガーデンに挙げられる程に。周囲の木々は、かつてそこが採石場であったとは想像できないほど豊かに地を覆っている。2004年にはその歴史とホスビタリティも評価され、カナダ国定史跡に指定された。

IMG_6494年中無休で、4月から10月は花が絶えることが無いというこの庭園は、春には、オランダから輸入された13万個以上のチューリップや水仙をはじめとする球根類の華麗な色彩、そして、ツツジ、シャクナゲなどが新緑に映える。初夏には最も多種多様かつ膨大な数の花で溢れる。特に中央のローズガーデンは配置も凝っていて、蔓薔薇のアーチ道もあり、気品ある薔薇の姿と香りに優雅な演出を添える。夏には花火、野外コンサートなどのイベントも多数催される。石切り場の底に湧き水でできた湖が涼し気に花や木の葉を映し出す。25メートルの高さにまで吹き上げられる噴水もあり、いくつかのパターンの動きを見せ、夜に色彩照明が施される日もある。秋の紅葉は、メープルなどの落葉樹がさほど多くないので絶景とはいかないが、島全体が落ち着く美しい時期だという。彩りが絶えた後、年末にかけてクリスマスデコレーションに力を入れている。何万個ものライトや飾りが建物や木々に施される。降雪の後には単色画のような荘厳な風景が広がる。

IMG_6559庭園内での食事も人気。かつてはブッチャート家の邸宅であったレストラン「ザ・ダイニング・ルーム」では、庭園を眺めながら、ゆったりとした雰囲気の中でのアフタヌーンティーセット(正午から3時、要予約)や食事(季節限定)を楽しむことができる。温室横にあるカジュアルなカフェテリア(Blue Poppy Restaurant)からの花の眺めもなかなか。星形の池や整然とした花壇があるイタリアンガーデン脇ではジェラードを味わえる。

DSC_5196《ガーデンへのアクセス》

ブッチャート・ガーデンはバンクーバーの南方、バンクーバー島に在る。バンクーバーから

30分ほど南の港からフェリーで渡れる、ポピュラーな観光地とあり、日帰りツアーもある。航行時間は1時間40分程で、カナダドルで17.20ドルと安い。フェリー港(Swart)からガーデンへも、ガーデン⇔ビクトリア(ブリティッシュコロンビア州の州都)のダウンタウンも20km程で、住宅地や途中の町に度々泊まることになるが、公共の路線バスで1時間強。ダウンタウンからの直通バス、他と組み合わせたツアーもある。ビクトリア周辺は公共バスが充実していて、格段に安価で、距離に関わりなく一律料金。(2016年4月現在CAD2.50)。

IMG_6571フェリー港(Swart)⇔ダウンタウン路線もある。シアトルからのフェリー航路もあるが、時間が長く、料金が高い(数倍)。島々を眺めながらの贅沢な船旅と思えばリーゾナブルか。

また、シアトルより南西にあたるオリンピック半島の北側の港(Port angeles)からのフェリー航路もあり、ビクトリアのダウンタウンの港に着く。距離的には最も短い。Port Angelesまではシアトルから車で2時間半ほど。温帯雨林や海岸を含み、世界遺産にも指定されているオリンピック・ナショナルパークと合わせて訪れるのも一案。

IMG_6638Victoria ダウンタウン

ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアは花の都とも呼ばれ、港を臨む州議事堂(右写真)も、街並みも美しい。英国領時代の面影があり、紅茶専門店や洒落たパブもある人気の観光地。

www.tourismvictoria.com

JBSDスポーツ部会主催 23回親善ソフトボール大会

JBSDスポーツ部会主催 23回親善ソフトボール大会 6

IMG_3740 JBSD (デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催の親善ソフトボール大会が8月30日と9月13日の両日、例年通りノバイ市のレクリェーションパークで開催された。1日目の朝方は周辺地域で小雨が降り、競技中に雨粒がぱらつく時もあったが、昼頃には日差しが強くなり蒸し暑さを感じるほどになった。2日目は見事な快晴と思いきや、風がほぼ絶え間なく吹き、フライボールへの影響も出たが、大きな事故や支障はなく、活気に溢れる穏やかな親睦のスポーツイベントとなった。

DSC_5706 8月30日、JBSDスポーツ部の小林部会長の開会の挨拶、そして昨年の優勝チームによるトロフィー返還の後、ルール説明が行なわれ、即、第1戦が開始した。大会は10人制のトーナメント式で、5イニング戦または規定の時間終了までの勝負。チームに女性または熟年のメンバーを入れる条件があり、幅広い層の参加者が持てる力を注いだ。
DSC_5667IMG_7532 初日のゲームは昨年の1位から4位までがいずれも第1戦・2戦を勝ち抜くという、結果のみを見ると順当な展開だが、1点差の際どい試合もあり、両チームのメンバーと応援団が大いに盛り上がった。昨年の覇者、桜組(ソフトボール同好会)は2試合共相手に1得点も許さず、第2戦では20点という大量点を入れ、順調に駒を進めた。FCチョットチョット(補習校サッカースクールコーチ)も第2戦で20対0の圧勝で突破。他、NISCO (Nishikawa of America)、SEWS Curbs (Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.) 両チームとも、第1戦では1点を取られたのみで20点以上を獲得し攻守の良さを見せつけ、第2戦でも確実に点を奪取し、ベスト8入りを決めた。

IMG_3480IMG_3496 2 日目。朝9時から残りのベスト8決定戦を2つのフィールドで進行。Team Akebono (Akebono Brake Corporation) とThree Diamonds (Mitsubishi Electric Automotive America,INC.)がそれぞれチャンスをものにして点を重ね勝利を収めた。

以下のチームがベスト8に進出した。

 IMG_3728ベスト8( 登録番号順)

  • 桜組; Sakura-Gumi Softball Club
  • Team Akebono; Akebono Brake Corporation
  • FC チョットチョット; 補習校サッカースクールコーチ
  • NISCO; Nishikawa of America
  • TG Tigers; Toyoda Gosei North America
  • Three Diamonds; Mitsubishi Electric Automotive America, INC.
  • Yazaki Arrows; Yazaki North America, Inc.
  • SEWS Curbs; Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.

写真提供:Mikki Fujimori

2015 Tournament table Final_edit-1
準々決勝は、昨年3位のFCチョットチョットがかなりの当たりを出すものの、守りの固いNISCO相手に点を取れず敗退。昨年4位のYazaki Arrows は好戦後の同点の末にコイントスで負け、幸運の女神はSEWS Curbsに微笑んだ。準決勝では昨年1,2位の桜組と TG Tigersが攻守ともに快調で、20点以上を獲得して勝ち進み、その勢いを維持して着々と点を重ね決勝戦へ躍り出た。

2015 Tournament table Final_edit-2  昨年と同じ顔合わせとなった決勝戦、TG Tigersは円陣を組み、「倍返し!」と気合を入れてスタート。桜組は強い逆風を物ともせぬ4番バッターのホームランでいきなり2点を先取し、「行けるぞ」ムードに。攻守替わってTG Tigersも鋭い当たりが続いたが、鉄壁といえる守りに阻まれ点に繋がらず。2回表で守りの穴を上手く突いた桜組のヒットが続き、走者は次々にホームに還った。その後も両者の快打と好守備が続出したが、粘り強く攻め続けるもなかなか点に結びつかないTG Tigersに14対2と大差を付け、桜組が堂々の二連覇を成し遂げた。

3位決定戦は、2回表で4点を先取したNISCOをSEWS Curbsが追う形で進んだが、1点差で持ち込んだ最終回の裏でSEWS Curbsが粘りとガッツを発揮して2点を加え、逆転勝利を掴み取った。

覇者桜組の監督である遠藤氏は「二連覇が嬉しいです。練習の賜物です。」

「初戦から成果を出してきました。決勝で力を出し切る気持ちで挑みました。」

と力強く語った。抜群の守備で、見事なダブルプレーを何度も見せた同チームは6月から毎週練習を続けてきたという。

桜組は一企業によるチームではなく、様々な職種の人々が集まったソフトボール同好会。既に来年の大会への意気込みも見せていた。彼らの三連覇を阻止せんと燃えるチームの熱戦が、今から楽しみな来年の第25回記念大会である。

JBSD文化部会主催 音楽祭Music Festival

JBSD文化部会主催 音楽祭Music Festival 11

k-102 MC -Wakako2デトロイト日本商工会文化部会主催の年間行事のひとつとして歴史を刻んで来たJBSD音楽祭は、今年も世界共通の言語である音楽にスポットライトが当てられ、当地メトロデトロイト地域交流のための恒例イベントとして3月13日(日)、ノバイミドルスクールに於いて開催された。夏時間のデイライトセイビングタイムの開始日と生憎の雨とが重なり、客足の鈍りや機材の搬入についても心配されたものの、早朝から集合時間前に集まり始めた出演者と頼もしい運営ボランティア関係者によって用意は万端整えられ、予定通り午後1時半に開場を迎えた。

MF 2016 Chopin2出演のトップバッターとなったショパン三世(酒井さん)は一言「怖いです」との率直な心境を吐露しながらも、ショパン作曲のエチュード第12番「革命」を落ち着いた軽快なタッチで披露し大きな拍手を浴び、音楽の祭典の口火を切った。

前々回が5人での初出場となった音もだち(おともだち)合唱団は、現在は音もだち混声合唱団として20名ほどのコラールへ成長し、今回は13名での出場。上品で繊細なハーモニーが丁寧に奏でられると、クラシック音楽と合唱好きの観客を中心に盛んな拍手が送られた。

MF 2016 EMW -KidoMF 2016 K's1今回初出場のEast Meets Westは、アップライトベースにピアノとドラムの本格的なジャズトリオ。ELSの先生のお宅で始まったセッションをきっかけに結成されたというユニットにより “Take the A Train” 、“Over the Rainbow” といったスタンダードが心地よいリズムで届けられ、音楽祭に新たな成熟した彩が加えられた。

音楽祭へ欠かさずエントリーを重ねてきた最年長最多出場のB4は、今年はメンバーのうち二人が国外出張中のため普段の賑やかなバンドとしてのエントリーが叶わず、趣向を変えアコースティックギターのデュオ「B4M3(ビーフォーマイナススリー)」として登場。ギター歴60年の二人が優しい歌声を響かせ、B4ファンを魅了した。

MF2016 All&FamilyMF2016 B4M3 -1音、光、ステージを自在に操り演出し、観る人を演奏の一部として自由に自然に取り込んでしまい会場を沸かせたのは大御所K’s。メンバーそれぞれの豊かなバックグラウンドから培われた実力とチームワークから織り成される迫力のハードロックに、講堂の熱気は一気に高揚した。

今のメンバーでの演奏は今年が最後というThe Motor Innは、前日の最終練習の後は皆で草野球を楽しみ全員が筋肉痛、という仲良しバンド。日米墨と国際色豊かで楽器の担当も曲により忙しく入れ替わる。日米ポップソングの他、オリジナルなど個性溢れるサウンドに聴衆も惹き込まれ、体全体でビートを楽しむ万人の幸せがさざ波のように広がった。

MF2016 EMW -2MF2016 Otomo2今年は英語と日本語が軽やかに織り交ぜられた司会の進行が、好意的に迎え入れられた。客席からステージへ自由に声が飛び、舞台から聴衆へも絶えず語り掛けられ呼応する全員参加型の楽しい催しとなった。このイベントを初めて訪れたという客の一人は、「シカゴから所用で参りましたが、早くから事前にお知らせ頂いていたのでついでに立ち寄ることが出来ました。素晴らしいイベントでした。来年は妻も連れて必ず参ります。」と語り、興奮気味だった家族連れは「ミシガンに8年住んでいますが初めて来ました。今まで知りませんでした。才能のある方が身近にたくさんいらっしゃることに感激しました。子供がとても良い刺激を受けたようです。心から楽しめました。」とコメントした。普段からJBSD行事に役員として関わっているという方は満面の笑みで「音楽祭は、もはや私の恒例行事です。必ず来てますよ。」と満足のご様子。また前年のこのイベントに、うっかり間違え別の週末に足を運んでしまったという米人ご夫妻は「昨年は駐車場に日本車が少なすぎる、と日にちを間違えたことに気づきました。」と笑い、「ついにJBSD音楽祭を鑑賞することが出来てとても嬉しい。音楽という国際語で皆が触れ合い交流できる、素晴らしい機会ですね。」と、周囲で忙しく後片付けを続ける関係者へ温かく声をかけ、その労をねぎらっていた。

MF2016 TMI -2MF2016 TMI -3現在の募集要項によれば、ユニットにJBSD会員を一人含んでいれば、またはデトロイトりんご会補習授業校の生徒で中学生以上であれば、出場資格を有する。よって、より若い世代や個人・法人会員周辺への門戸も広く開かれている。国籍は問わない。今年は有志の高校生ボランティア等をも含む大勢の音楽祭関係者が、少しでも良いものを残したいと願う熱意から、貴重な経験と多方面からの意見を効果的に取り入れた試行錯誤で、思い入れの深い、確かな足跡を遺した。プログラムの最後まで会場に残った音楽好きの観衆が、総立ちでの手拍子とダンスの応援によるフィナーレとなった今年の音楽祭。JBSD行事がきっかけとなるかけがえのない交流の輪が、多くの人々の情熱や理解、協力、そして日頃から彼等の環境を支える家族、友人知人、職場の同僚やご近所などの、地域の支援をもって温かく広がってきたからこその大成功を収めたといえよう。

JBSD Sports Tennis EventJBSD スポーツ部会主催 テニスイベントレポート

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 去る8月26日(日)、恒例となったJBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催「初心者・初級者テニスレッスン」並びに「テニストーナメント」が屋内テニスコート(Franklin Athletic club, Southfield市)で開催された。全体の企画はJBSDの会員企業が担当し、レッスン及びトーナメントの取りまとめは競技委員長の小板橋氏をはじめとするテニス愛好者らが請け負い実施している。

 午前中に行なわれたレッスンでは、その愛好者らがボランティアでコーチを務めた。約100名の受講者がクラス別に分けられ、8面のコートで2時間にわたり指導を受けた。練習メニューも豊富で、適切な掛け声の飛び交う内容の濃いレッスンが進められた。今年は昨年よりも20名以上多い参加者だったことからも、日本語で受ける充実した内容が評価されていることが窺える。各コートに3、4名のコーチがついたが、そのチーフコーチは指導経験者揃いとのことで、当地の日本コミュニティーにおけるテニス層の厚さとレベルの高さに驚かされた。

 午後には男子のダブルスと女子及びミックスのダブルス、2つのトーナメントが実施された。午前中のレッスンでコーチを務めたプレーヤーや日頃リーグ等に参加している面々が大半の、男子11組、女子/ミックス13組が高レベルの試合を繰り広げた。この大会は親睦を目的とするため、ペア2人のUSTA(United States Tennis Association)Ratingの合計に上限が設けられ、公平さが考慮されている。1セットマッチ、(基本)6ゲーム先取の短いゲームということもあり、大方の予想を覆す展開なども見られ、ギャラリーも大いに沸いていた。

 入賞ペア(1~3位並びに、初回敗退ペアによる勝ち抜きトーナメントの1位)は以下の通り。女子及びミックスのダブルスで優勝トロフィーを獲得したペアは12才の少年とテニス仲間の女性という組み合わせ。表彰式及び懇親会では、入賞者への温かい祝福と大きな拍手が贈られた後、参加者および関係者らが和気藹々と歓談していた。屋外は残暑厳しい季節の爽やかで和やかなスポーツイベントであった。

《 結果 (敬称略)》

男子ダブルス

優勝 原田浩史・室井浩気
2位 阿草成洋・日高伸博
3位 大倉康裕・小板橋恭司
敗者復活1位 中島剛・渡辺広昭

女子ミックスダブルス

優勝 北山出成・飯島慶子
2位 鯉住荘太・鯉住綾子
3位 茂木みゆき・太田美樹 
敗者復活1位 稲陰洋一・ティトマス早苗

 去る8月26日(日)、恒例となったJBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催「初心者・初級者テニスレッスン」並びに「テニストーナメント」が屋内テニスコート(Franklin Athletic club, Southfield市)で開催された。全体の企画はJBSDの会員企業が担当し、レッスン及びトーナメントの取りまとめは競技委員長の小板橋氏をはじめとするテニス愛好者らが請け負い実施している。

 午前中に行なわれたレッスンでは、その愛好者らがボランティアでコーチを務めた。約100名の受講者がクラス別に分けられ、8面のコートで2時間にわたり指導を受けた。練習メニューも豊富で、適切な掛け声の飛び交う内容の濃いレッスンが進められた。今年は昨年よりも20名以上多い参加者だったことからも、日本語で受ける充実した内容が評価されていることが窺える。各コートに3、4名のコーチがついたが、そのチーフコーチは指導経験者揃いとのことで、当地の日本コミュニティーにおけるテニス層の厚さとレベルの高さに驚かされた。

 午後には男子のダブルスと女子及びミックスのダブルス、2つのトーナメントが実施された。午前中のレッスンでコーチを務めたプレーヤーや日頃リーグ等に参加している面々が大半の、男子11組、女子/ミックス13組が高レベルの試合を繰り広げた。この大会は親睦を目的とするため、ペア2人のUSTA(United States Tennis Association)Ratingの合計に上限が設けられ、公平さが考慮されている。1セットマッチ、(基本)6ゲーム先取の短いゲームということもあり、大方の予想を覆す展開なども見られ、ギャラリーも大いに沸いていた。

 入賞ペア(1~3位並びに、初回敗退ペアによる勝ち抜きトーナメントの1位)は以下の通り。女子及びミックスのダブルスで優勝トロフィーを獲得したペアは12才の少年とテニス仲間の女性という組み合わせ。表彰式及び懇親会では、入賞者への温かい祝福と大きな拍手が贈られた後、参加者および関係者らが和気藹々と歓談していた。屋外は残暑厳しい季節の爽やかで和やかなスポーツイベントであった。

《 結果 (敬称略)》

男子ダブルス

優勝 原田浩史・室井浩気
2位 阿草成洋・日高伸博
3位 大倉康裕・小板橋恭司
敗者復活1位 中島剛・渡辺広昭

女子ミックスダブルス

優勝 北山出成・飯島慶子
2位 鯉住荘太・鯉住綾子
3位 茂木みゆき・太田美樹 
敗者復活1位 稲陰洋一・ティトマス早苗

Summer Camp in Gifu, Japan日本語の学習意欲を芽生えさせる ~「サマーキャンプ in ぎふ」の特長

<!--:en-->Summer Camp in Gifu, Japan<!--:--><!--:ja-->日本語の学習意欲を芽生えさせる ~「サマーキャンプ in ぎふ」の特長<!--:--> 1

7年間に延べ125人が参加

 毎年夏は、日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」の実施のために約1カ月半にわたり日本に滞在しています。そのうち1カ月近くを岐阜県揖斐川町の里山にて、サマーキャンプに参加する子どもたちと過ごしています。「サマーキャンプ inぎふ」は、海外生活が長い日本語学習中の小学生(4~6年)、中学生、高校生を対象として、日本語学習意欲を芽生えさせることを目的に、2週間と10日間の二つの期間にて実施しています。伝統文化や禅寺での体験、同世代の子どもをはじめ地域の人々との交流を通して、日本語や日本文化を心と体で感じられるように多彩なプログラムを用意しています。

 「サマーキャンプ in ぎふ」は今年で8年目を迎えますが、今までの7年間で13回実施し、延べ125人の子どもが参加してくれました。内訳は、小学生が48人、中学生が66人、高校生が11人、男子が61人、女子が64人です。地域別には大半が米国ですが、カナダ、英国、中国、韓国、アイルランド在住の子どもや日本在住でインターナショナルスクールやアメリカンスクールに在学している子どももいます。私は今でもこれらの子どもたち一人ひとりのことを鮮明に覚えています。短期間といえども寝食を共にしたためだと思いますが、一人ひとりの子どもの個性が豊かであることも影響していると思います。そして、これらの子どもたちの個性は、海外での生活が育んだものであると言えるでしょう。また、一人ひとりの子どもたちの、見ること聞くとに感動し、出会った人々と楽しく交流する姿も忘れられません。

海外で育った子どもの特性

 米国で子育てをしていると、家庭内では日本語で日本語的な教育を心がけていても、日本で生まれ育った親とは異なった言動が見られることに気づきます。また、補習校や学習塾などの教室でも日本の子どもたちにはない言動が気になります。世代の違いという要因もありますが、米国社会で育っているからこその違いでもあります。例えば、大人に対しても「あなたは~」とか、「彼(彼女)が~」という言い回しをすることや、「~した方がいいですか?」と言うべきところを「~してほしいの?」、「~してください」と言うべきところを「~できるか?」というような点はとても気になります。小さな子どもに、「あなたはぼくと遊べるか?」と言われた時や、部屋の掃除をしなさいと指示したときに、「あなたは掃除してほしいか」と言われた時には少々驚きました。また、校長先生に挨拶に行ったときにお辞儀もせずに握手を求めた小学生もいます。これらの事例は、決して子どもが偉そうにしているわけではなく、言語や文化の違いによるものです。

 一方で、ほとんどの子どもが、明るく元気で、積極的、また友好的であるという特質を持っています。例えば、日本語に自信がなくても人前に立って大きな声でスピーチをすることができますし、初対面であっても言葉が通じなくてもすぐに仲良くなれますし、親元を離れてもホームシックになることも少なく楽しく過ごしています。「サマーキャンプ in ぎふ」では、集合場所のJR名古屋駅(以前はJR穂積駅、今年からはJR岐阜羽島駅)にて参加者が初めて出会いますが、初対面同士であるにもかかわらず、キャンプ地までのバスの中は、子どもたちの話し声や笑い声であっという間に騒がしくなります。そして、宿泊施設においても、まあまあおとなしく寝るのは初日くらいで、2日目からは消灯時間になっても話し声がちらほら聞こえるというくらいお話し好きの子が多いです。そして、キャンプ中の移動の際のバスの中は50人の団体かというくらいのにぎやかさとなります。(サマーキャンプ参加者数は回によって異なりますが10~20人です。

日本語の学習意欲を芽生えさせるために

 「サマーキャンプ in ぎふ」に参加する子どもには、どちらかというと日本語の苦手な子どもが多く、家庭内でも日本語を話す機会が少ないという子どもも目立ちます。また、補習校や日本語学校への通学や日本の学校での体験入学を止めてしまった子どももいます。つまり、日本語の学習意欲を失ってしまっているのです。

 確かに、海外にいて英語で暮らし英語で学んでいると、日本語を使う必要はほとんどないに等しいでしょう。また、日本語は英語よりもはるかに難しい言語であると感じるでしょう。しかし、親御さんにしてみれば、子どもが日本語を理解しなくなってしまうことはとても寂しいことですし、日本に暮らす祖父母や親族とのコミュニケーションも取りにくくなるという問題もあります。どうにかして子どもに日本語学習を継続してほしいと思うのは当然のことです。ただし、そのために嫌がる子どもに、無理やり日本語を使わせようとしたり、補習校や日本語学校に通学させようとしたりすると、もっと日本語が嫌いになるということにもなりかねません。

 そこで、「サマーキャンプ in ぎふ」では、日本や日本人を好きになること、そして日本を知るために、日本人と楽しく交流するためには日本語が必要であることを感じ、日本語を学習したいという気持ちを持てるように多彩な体験プログラムを用意しています。第1期では地元の学校に体験入学しますが、学校での勉強内容を習得することが目的ではなく、同世代の日本の子どもとともに学校生活を経験することが重要と考えています。授業では日本と自国の違いを感じ、日本の学校特有の掃除や給食、また部活動などにも積極的に参加することがとても貴重な経験になっています。

 地元民家でのホームステイは、3~4世代が同居している家庭で過ごすこともあります。伝統文化ではものつくりや食つくりをしますが、それは地元のおじいさんやおばあさん、おじさん、おばさんが講師となって教えてれます。宿泊施設の周りを散策したり、近くの山でハイキングしたり、川で遊んでいたりすると、地元の人々が声をかけてくれます。このような皆さんは英語ではなく日本語、それも方言交じりの日本語で話しかけてきます。意味は分かりにくいかもしれませんが、子どもたちはそれらの人々の言葉にぬくもりを感じているようです。このような触れ合いもまた、子どもたちの日本語学習意欲の芽生えに奏功しています。

 また、日本語を使うということもとても大切にしています。このためにあえて英語での説明や通訳はしていませんし、プログラム実施中は英語の使用を禁止しています。これは日本語を使えるのに英語だけですまそうとすることを避けるため、また日本語の表現の誤りを修正するために重要です。

 「サマーキャンプ in ぎふ」の終了後には、家庭でも日本語を話すようになった、日本語の本を読むようになった、日本語学校や補習校に通学を始めたなどというような歓びの声をお聞きします。

 「サマーキャンプ in ぎふ2013」は、参加者の申し込みを受け付けています。詳細は、米日教育交流協議会のウェブサイト www.ujeec.org をご覧ください。

 

 

米日教育交流協議会(UJEEC)・代表 丹羽筆人

7年間に延べ125人が参加

 毎年夏は、日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」の実施のために約1カ月半にわたり日本に滞在しています。そのうち1カ月近くを岐阜県揖斐川町の里山にて、サマーキャンプに参加する子どもたちと過ごしています。「サマーキャンプ inぎふ」は、海外生活が長い日本語学習中の小学生(4~6年)、中学生、高校生を対象として、日本語学習意欲を芽生えさせることを目的に、2週間と10日間の二つの期間にて実施しています。伝統文化や禅寺での体験、同世代の子どもをはじめ地域の人々との交流を通して、日本語や日本文化を心と体で感じられるように多彩なプログラムを用意しています。

 「サマーキャンプ in ぎふ」は今年で8年目を迎えますが、今までの7年間で13回実施し、延べ125人の子どもが参加してくれました。内訳は、小学生が48人、中学生が66人、高校生が11人、男子が61人、女子が64人です。地域別には大半が米国ですが、カナダ、英国、中国、韓国、アイルランド在住の子どもや日本在住でインターナショナルスクールやアメリカンスクールに在学している子どももいます。私は今でもこれらの子どもたち一人ひとりのことを鮮明に覚えています。短期間といえども寝食を共にしたためだと思いますが、一人ひとりの子どもの個性が豊かであることも影響していると思います。そして、これらの子どもたちの個性は、海外での生活が育んだものであると言えるでしょう。また、一人ひとりの子どもたちの、見ること聞くとに感動し、出会った人々と楽しく交流する姿も忘れられません。

海外で育った子どもの特性

 米国で子育てをしていると、家庭内では日本語で日本語的な教育を心がけていても、日本で生まれ育った親とは異なった言動が見られることに気づきます。また、補習校や学習塾などの教室でも日本の子どもたちにはない言動が気になります。世代の違いという要因もありますが、米国社会で育っているからこその違いでもあります。例えば、大人に対しても「あなたは~」とか、「彼(彼女)が~」という言い回しをすることや、「~した方がいいですか?」と言うべきところを「~してほしいの?」、「~してください」と言うべきところを「~できるか?」というような点はとても気になります。小さな子どもに、「あなたはぼくと遊べるか?」と言われた時や、部屋の掃除をしなさいと指示したときに、「あなたは掃除してほしいか」と言われた時には少々驚きました。また、校長先生に挨拶に行ったときにお辞儀もせずに握手を求めた小学生もいます。これらの事例は、決して子どもが偉そうにしているわけではなく、言語や文化の違いによるものです。

 一方で、ほとんどの子どもが、明るく元気で、積極的、また友好的であるという特質を持っています。例えば、日本語に自信がなくても人前に立って大きな声でスピーチをすることができますし、初対面であっても言葉が通じなくてもすぐに仲良くなれますし、親元を離れてもホームシックになることも少なく楽しく過ごしています。「サマーキャンプ in ぎふ」では、集合場所のJR名古屋駅(以前はJR穂積駅、今年からはJR岐阜羽島駅)にて参加者が初めて出会いますが、初対面同士であるにもかかわらず、キャンプ地までのバスの中は、子どもたちの話し声や笑い声であっという間に騒がしくなります。そして、宿泊施設においても、まあまあおとなしく寝るのは初日くらいで、2日目からは消灯時間になっても話し声がちらほら聞こえるというくらいお話し好きの子が多いです。そして、キャンプ中の移動の際のバスの中は50人の団体かというくらいのにぎやかさとなります。(サマーキャンプ参加者数は回によって異なりますが10~20人です。

日本語の学習意欲を芽生えさせるために

 「サマーキャンプ in ぎふ」に参加する子どもには、どちらかというと日本語の苦手な子どもが多く、家庭内でも日本語を話す機会が少ないという子どもも目立ちます。また、補習校や日本語学校への通学や日本の学校での体験入学を止めてしまった子どももいます。つまり、日本語の学習意欲を失ってしまっているのです。

 確かに、海外にいて英語で暮らし英語で学んでいると、日本語を使う必要はほとんどないに等しいでしょう。また、日本語は英語よりもはるかに難しい言語であると感じるでしょう。しかし、親御さんにしてみれば、子どもが日本語を理解しなくなってしまうことはとても寂しいことですし、日本に暮らす祖父母や親族とのコミュニケーションも取りにくくなるという問題もあります。どうにかして子どもに日本語学習を継続してほしいと思うのは当然のことです。ただし、そのために嫌がる子どもに、無理やり日本語を使わせようとしたり、補習校や日本語学校に通学させようとしたりすると、もっと日本語が嫌いになるということにもなりかねません。

 そこで、「サマーキャンプ in ぎふ」では、日本や日本人を好きになること、そして日本を知るために、日本人と楽しく交流するためには日本語が必要であることを感じ、日本語を学習したいという気持ちを持てるように多彩な体験プログラムを用意しています。第1期では地元の学校に体験入学しますが、学校での勉強内容を習得することが目的ではなく、同世代の日本の子どもとともに学校生活を経験することが重要と考えています。授業では日本と自国の違いを感じ、日本の学校特有の掃除や給食、また部活動などにも積極的に参加することがとても貴重な経験になっています。

 地元民家でのホームステイは、3~4世代が同居している家庭で過ごすこともあります。伝統文化ではものつくりや食つくりをしますが、それは地元のおじいさんやおばあさん、おじさん、おばさんが講師となって教えてれます。宿泊施設の周りを散策したり、近くの山でハイキングしたり、川で遊んでいたりすると、地元の人々が声をかけてくれます。このような皆さんは英語ではなく日本語、それも方言交じりの日本語で話しかけてきます。意味は分かりにくいかもしれませんが、子どもたちはそれらの人々の言葉にぬくもりを感じているようです。このような触れ合いもまた、子どもたちの日本語学習意欲の芽生えに奏功しています。

 また、日本語を使うということもとても大切にしています。このためにあえて英語での説明や通訳はしていませんし、プログラム実施中は英語の使用を禁止しています。これは日本語を使えるのに英語だけですまそうとすることを避けるため、また日本語の表現の誤りを修正するために重要です。

 「サマーキャンプ in ぎふ」の終了後には、家庭でも日本語を話すようになった、日本語の本を読むようになった、日本語学校や補習校に通学を始めたなどというような歓びの声をお聞きします。

 「サマーキャンプ in ぎふ2013」は、参加者の申し込みを受け付けています。詳細は、米日教育交流協議会のウェブサイト www.ujeec.org をご覧ください。

 

 

米日教育交流協議会(UJEEC)・代表 丹羽筆人

U of M Japanese Family Health Programミシガン大学日本家庭健康プログラムによる妊婦グループ検診~レポート

<!--:en-->U of M Japanese Family Health Program<!--:--><!--:ja-->ミシガン大学日本家庭健康プログラムによる妊婦グループ検診~レポート<!--:--> 1

 ミシガン大学の日本家庭健康プログラム(Ann Arbor, MI)は、妊婦向けのグループ検診を数年前より導入している。妊婦グループ検診は各国で行われており、通常の患者と医師の1対1検診より優れていることが証明されているという。利点として、より良い妊娠出産に関する知識の獲得や自己健康管理能力の向上、そして妊婦自身の高い満足度などが報告されている。妊婦が抱える疑問や質問の多くは共通しており、話し合ったり情報を共有することは医師との診察で学ぶ以上の習得が生まれる。妊婦検診と学習の場を組み合わせているため、妊婦にとっては来院の回数を減らせることやコスト面での実利もある。また、メンバー同士の結束や助け合いも期待できるなどメリットが多い。

 ミシガン大学では、妊娠出産ケアも担当する女性医師2人(平野、橋川)が日本語で診察及び教育にあたり、妊婦グループ検診のトレーニングを受けた日本人看護婦が進行役や援助を務めている。日本語で行われるのは世界で初めてとのこと。2010年にスタートし、高い効果を確認して、継続実施している。出産予定日が近い妊婦さんを対象にグループを組み、月に1度、計6回同じメンバーで行われる。時間内に個別の妊婦健診も行われ、個々の質問も可能。グループに役立つと思われる一般的な質問は、なるべくグループとともに話し合うようにしている。1回目のトピックは妊娠中の栄養や健康管理。その後、時期に合わせて、リラックス法、アメリカでの分娩の流れ、新生児の世話や授乳、など設定しつつ、メンバーの希望も取り入れた内容で進めている。

 レポーターが取材に伺った4月22日は、午前には予定日が3ヵ月以内(5月から7月)のグループの第6回目のセッション、午後には8月から10月が予定日となるグループの第3回目のセッションが開かれた。敷地であるドミノファームののどかな景色を臨む明るく心地よい空間である。診療所の一画ではあるが、なるべく病院ではないような雰囲気が望ましいとのことで、部屋の隅にある診察台などは目に触れない配慮がなされ、音楽が流されていた。受診者は到着後、体重は自分で測り、互いに手を貸して血圧を測定し、母子手帳に記入する。週数も自分で記入する。自己管理の意識を培う意味があるそうだ。グループ検診は単に‘個別’と‘グループ’という違いではなく、受動的な検診とは一線を引くものであることが窺われた。

 午前中に集まったのは出産を1~3ヵ月後に控える8人で、このセッションがグループ検診の最終回にあたった。順次個別検診が進められている間に、母乳のあげ方を人形を使って実習。日本人看護婦で出産経験者でもある大崎さんの指導や、経験者のアドバイスを得ながら練習に勤しんだ。乳房の痛みといったトラブルの対処法も伝授された。「へえ、そんなやり方もあるんだ」「知らなかった」という声が飛びかった。同じ時期の妊娠ということで連帯感があるのだろう、ごく親しい仲間同士のように打ち解けた空気があった。その後、平野(リトル)先生による教育指導に移った。この日のテーマは、家族計画(避妊)と妊婦さんたちからの希望で陣痛で病院に向かうタイミングの復習である。実際の避妊具を手に取りながら、説明をうける。参加者の感想を伺ったところ、他の妊婦さんと出会う機会になったことや、他の人の質問を聴けるのが良かったという声が寄せられた。日本での出産経験がある人も参加しており、(妊娠に)間が空いた上に日本とは違うこともあり、グループ検診は意義があり安心を得られたと話してくれた。

 午後のグループの第3回目セッションには11人が出席。内5人が初参加とあり、3人ずつ組んで自己紹介した後に全体での他己紹介で会話をスタートした。続いてビデオ映像を含めて陣痛や出産の様子について知識を得たほか、リラックスの方法としてヨガを体験する時間が設けられた。講師の秀島さんはこれまでもこのプログラムで妊婦向けのヨガを指導してきており、心身のリラックスの大切さを説き、その為に大事な呼吸の仕方を実践した後、妊婦に有用なストレッチや楽な出産に役立つポーズを手ほどきした。

 セッション後、昨年のグループ検診で一緒になった仲間と集まってヨガを自宅で続けた人たちが赤ちゃんを連れて秀島さんに挨拶に訪れた。ヨガの効用もさることながら、「孤独にならずに済んだ」と良さを語ってくれた。出産直前、出産直後、そして今もEメールで連絡をとりあっているそうだ。

 ミシガン大学家庭医療科では、グループ検診が友人作りの場にもなることを願っている。一般的な教育の効率的な提供に加え、ソーシャルサポートも兼ね備えているのがグループ検診の特徴であり、同院では医師とスタッフ、妊婦の好評を得ているとのことである。言語もシステムも異なる地で、必要な知識と情報に加えて安心感を届けている。

 ミシガン大学の日本家庭健康プログラム(Ann Arbor, MI)は、妊婦向けのグループ検診を数年前より導入している。妊婦グループ検診は各国で行われており、通常の患者と医師の1対1検診より優れていることが証明されているという。利点として、より良い妊娠出産に関する知識の獲得や自己健康管理能力の向上、そして妊婦自身の高い満足度などが報告されている。妊婦が抱える疑問や質問の多くは共通しており、話し合ったり情報を共有することは医師との診察で学ぶ以上の習得が生まれる。妊婦検診と学習の場を組み合わせているため、妊婦にとっては来院の回数を減らせることやコスト面での実利もある。また、メンバー同士の結束や助け合いも期待できるなどメリットが多い。

 ミシガン大学では、妊娠出産ケアも担当する女性医師2人(平野、橋川)が日本語で診察及び教育にあたり、妊婦グループ検診のトレーニングを受けた日本人看護婦が進行役や援助を務めている。日本語で行われるのは世界で初めてとのこと。2010年にスタートし、高い効果を確認して、継続実施している。出産予定日が近い妊婦さんを対象にグループを組み、月に1度、計6回同じメンバーで行われる。時間内に個別の妊婦健診も行われ、個々の質問も可能。グループに役立つと思われる一般的な質問は、なるべくグループとともに話し合うようにしている。1回目のトピックは妊娠中の栄養や健康管理。その後、時期に合わせて、リラックス法、アメリカでの分娩の流れ、新生児の世話や授乳、など設定しつつ、メンバーの希望も取り入れた内容で進めている。

 レポーターが取材に伺った4月22日は、午前には予定日が3ヵ月以内(5月から7月)のグループの第6回目のセッション、午後には8月から10月が予定日となるグループの第3回目のセッションが開かれた。敷地であるドミノファームののどかな景色を臨む明るく心地よい空間である。診療所の一画ではあるが、なるべく病院ではないような雰囲気が望ましいとのことで、部屋の隅にある診察台などは目に触れない配慮がなされ、音楽が流されていた。受診者は到着後、体重は自分で測り、互いに手を貸して血圧を測定し、母子手帳に記入する。週数も自分で記入する。自己管理の意識を培う意味があるそうだ。グループ検診は単に‘個別’と‘グループ’という違いではなく、受動的な検診とは一線を引くものであることが窺われた。

 午前中に集まったのは出産を1~3ヵ月後に控える8人で、このセッションがグループ検診の最終回にあたった。順次個別検診が進められている間に、母乳のあげ方を人形を使って実習。日本人看護婦で出産経験者でもある大崎さんの指導や、経験者のアドバイスを得ながら練習に勤しんだ。乳房の痛みといったトラブルの対処法も伝授された。「へえ、そんなやり方もあるんだ」「知らなかった」という声が飛びかった。同じ時期の妊娠ということで連帯感があるのだろう、ごく親しい仲間同士のように打ち解けた空気があった。その後、平野(リトル)先生による教育指導に移った。この日のテーマは、家族計画(避妊)と妊婦さんたちからの希望で陣痛で病院に向かうタイミングの復習である。実際の避妊具を手に取りながら、説明をうける。参加者の感想を伺ったところ、他の妊婦さんと出会う機会になったことや、他の人の質問を聴けるのが良かったという声が寄せられた。日本での出産経験がある人も参加しており、(妊娠に)間が空いた上に日本とは違うこともあり、グループ検診は意義があり安心を得られたと話してくれた。

 午後のグループの第3回目セッションには11人が出席。内5人が初参加とあり、3人ずつ組んで自己紹介した後に全体での他己紹介で会話をスタートした。続いてビデオ映像を含めて陣痛や出産の様子について知識を得たほか、リラックスの方法としてヨガを体験する時間が設けられた。講師の秀島さんはこれまでもこのプログラムで妊婦向けのヨガを指導してきており、心身のリラックスの大切さを説き、その為に大事な呼吸の仕方を実践した後、妊婦に有用なストレッチや楽な出産に役立つポーズを手ほどきした。

 セッション後、昨年のグループ検診で一緒になった仲間と集まってヨガを自宅で続けた人たちが赤ちゃんを連れて秀島さんに挨拶に訪れた。ヨガの効用もさることながら、「孤独にならずに済んだ」と良さを語ってくれた。出産直前、出産直後、そして今もEメールで連絡をとりあっているそうだ。

 ミシガン大学家庭医療科では、グループ検診が友人作りの場にもなることを願っている。一般的な教育の効率的な提供に加え、ソーシャルサポートも兼ね備えているのがグループ検診の特徴であり、同院では医師とスタッフ、妊婦の好評を得ているとのことである。言語もシステムも異なる地で、必要な知識と情報に加えて安心感を届けている。

JETプログラム参加者 ~ 壮行会

JETプログラム参加者 ~ 壮行会

07_IMG_3565  去る7月31日、平成27度JETプログラム参加者の壮行レセプションが総領事公邸で開催された。在デトロイト総領事館の管轄地域であるミシガン州とオハイオ州からのJET参加者約50名を送り出した。

JETプログラムとは「The Japan Exchange and Teaching Programme」の略称で、総務省、外務省、文部科学省及び財団法人自治体国際化協会(CLAIR)の協力の下、地方公共団体が主体となり実施している国際交流事業。

1987年に4か国からの848名の参加で始まり、統計では、平成25年までに6万人に近い数の人々が本事業により訪日、その内の半数である3万人が米国からの参加者だという。JET参加者は言語指導員(ALT)、国際交流員(CIR)、そしてスポーツ交流員(SEA)3つの職種に分かれており、北米からは主にALTとCIRとして派遣される。派遣先は、要請を出した地方公共団体の何処かで、大都市から地方の中小都市、農村漁村に至るまで全国津々浦々。参加者の希望により1年から3年の滞在となる。

この日の歓送レセプションでは片山総領事より、「個々の振る舞いは“アメリカ人”として評価される。アメリカ人の代表であり行使なのだという意識をもつように」との忠告を伝えた。ご自身が外交官として諸国に勤務した経験に照らして、その国の人々と日々交わり、文化歴史・伝統に直接触れる経験は何物にも代えがたく、人生を豊かにしてくれたと述懐。ヘミングウェイの「どこで過ごそうともパリはついてくる」の言葉を引用し、経験は必ず糧になると伝え、猛暑日が続く日本に飛び立つ若者たちに、「実り多い日々になるように」とエールを贈った。

また、JET経験者であり、ミシガン地区のJETアルミニ(同窓会)の代表者からは、日本の“先生”はこことは異なることを示唆。友人、同僚、隣人、JETメンバーと接点を持ち連絡を取りづづける大切さを述べた。「百聞は一見に如かず」、多くの経験をすることを強く勧めた。特にお祭りは地域を理解し絆を深めるのに非常に有意義なので極力足を運ぶように、また伝統文化を習うことも奨励した。

数日後の日本のニュースで、4年半前の東日本大震災で尊い命をなくしたJET参加者テイラー・アンダーソンの弟さんが8月3日の東京でのオリエンテーションに参加している姿とコメントが取り上げられた。日本を愛し、言語指導と交流に尽くしていた姉の遺志を受け継ぎたい思いに胸を打たれると同時に、全参加者の覚悟と意欲が窺われた。

異国での任務を決意し国際交流に役立とうという意欲に溢れるJETプログラム参加者らが、日米両国の架け橋として成果を上げることを期待したい。

過去の参加者は、母国に帰った後、単なる日本研究者とは違った知日家、親日家として様々な分野で活躍している。外交官として各国の大使館や総領事館に勤務している人も少なくないそうである。07_IMG_3565  去る7月31日、平成27度JETプログラム参加者の壮行レセプションが総領事公邸で開催された。在デトロイト総領事館の管轄地域であるミシガン州とオハイオ州からのJET参加者約50名を送り出した。

JETプログラムとは「The Japan Exchange and Teaching Programme」の略称で、総務省、外務省、文部科学省及び財団法人自治体国際化協会(CLAIR)の協力の下、地方公共団体が主体となり実施している国際交流事業。

1987年に4か国からの848名の参加で始まり、統計では、平成25年までに6万人に近い数の人々が本事業により訪日、その内の半数である3万人が米国からの参加者だという。JET参加者は言語指導員(ALT)、国際交流員(CIR)、そしてスポーツ交流員(SEA)3つの職種に分かれており、北米からは主にALTとCIRとして派遣される。派遣先は、要請を出した地方公共団体の何処かで、大都市から地方の中小都市、農村漁村に至るまで全国津々浦々。参加者の希望により1年から3年の滞在となる。

この日の歓送レセプションでは片山総領事より、「個々の振る舞いは“アメリカ人”として評価される。アメリカ人の代表であり行使なのだという意識をもつように」との忠告を伝えた。ご自身が外交官として諸国に勤務した経験に照らして、その国の人々と日々交わり、文化歴史・伝統に直接触れる経験は何物にも代えがたく、人生を豊かにしてくれたと述懐。ヘミングウェイの「どこで過ごそうともパリはついてくる」の言葉を引用し、経験は必ず糧になると伝え、猛暑日が続く日本に飛び立つ若者たちに、「実り多い日々になるように」とエールを贈った。

また、JET経験者であり、ミシガン地区のJETアルミニ(同窓会)の代表者からは、日本の“先生”はこことは異なることを示唆。友人、同僚、隣人、JETメンバーと接点を持ち連絡を取りづづける大切さを述べた。「百聞は一見に如かず」、多くの経験をすることを強く勧めた。特にお祭りは地域を理解し絆を深めるのに非常に有意義なので極力足を運ぶように、また伝統文化を習うことも奨励した。

数日後の日本のニュースで、4年半前の東日本大震災で尊い命をなくしたJET参加者テイラー・アンダーソンの弟さんが8月3日の東京でのオリエンテーションに参加している姿とコメントが取り上げられた。日本を愛し、言語指導と交流に尽くしていた姉の遺志を受け継ぎたい思いに胸を打たれると同時に、全参加者の覚悟と意欲が窺われた。

異国での任務を決意し国際交流に役立とうという意欲に溢れるJETプログラム参加者らが、日米両国の架け橋として成果を上げることを期待したい。

過去の参加者は、母国に帰った後、単なる日本研究者とは違った知日家、親日家として様々な分野で活躍している。外交官として各国の大使館や総領事館に勤務している人も少なくないそうである。

いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベントいけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント

<!--:en-->いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント<!--:--><!--:ja-->いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント<!--:--> 2

いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント 華道池坊の教授を迎え、実演とワークショップ

 「シンプルさが美しくすばらしい!」「花や枝に対する見方が変わった。」生け花の実演に賛美や感嘆の声が集まった。

  冬が厳しかったミシガンに一気に春の花ばなが咲き誇った5月8日(金)、いけばなインターナショナルのデトロイト支部(Detroit chapter 85)の50周年イベントの一環として、バーミングハムの教会にて一般公開の実演が無料で行われた。支部のメンバーと友人のほか、多数の米人が参加し、180人ほどの老若男女で席が埋まり、盛況に催された。会場のあちらこちらに生け花が飾られ、祝賀に華やかさを加えていた。

   社団法人いけばなインターナショナルは、生け花の精神と芸術性に深い感銘を受けた米国人エレン・ゴードン・アレン夫人により、「花を通じての友好」をモットーに、1956年に東京に設立された国際的な文化団体で、国籍も所属流派も多様な会員が、生け花とそれに関連した日本の文化・芸術の紹介を通して相互理解と友好を深める活動をしている。当初20数名で発足した組織が、今日では全世界50数ヵ国および地域に163支部が設立され、会員数6300名を数えるまでに発展した。

 ミシガンの支部は、Detroit Chapter 85の数が示す如く、世界85番目の支部として1965年に設立された。現在登録メンバーは50名ほどで、その多くが現地の米人となっている。設立同時からのメンバーであり池坊の師範であった下浦敏子教授が今年2月に他界され大きな柱を失ったが、下浦教授の手ほどきを受けて准師範のレベルに向上した現会長ローレンさんをはじめとする米人たちと日本人たちが手を携えて活動している。近年の恒例として、デトロイト美術館で開催される「ひな祭り」イベントおよび、デトロイト日本商工会とJSDウィメンズクラブ共催による日本祭りで生け花の実演や展示を行っている。

 5月8日の一般公開イベントには在デトロイト総領事ご夫妻も列席し、総領事より50周年の祝辞が贈られた。加えて、同支部が長年、いけばなという日本文化を通じてコミュニティーの交流活動に貢献してきたことを称え、総領事表彰が行われた。

 続いて、この日のメインイベントとして、ノースカロライナ州から招かれた華道家元池坊の鈴木笑子教授(正教授1級)による実演に移った。鈴木教授は在住地であるノースカロライナ州ヘンダーソンビルに日本文化紹介施設 “WNC Japanese Culture Center”(WNC:Western North Carolina)を設立し、いけばなの普及伝播に精力的に努めている。穏やかな笑顔あふれる鈴木教授による実演は8種類(8瓶)におよび、ユーモラスな逸話を交えた英語の解説つきで進められ、始終和んだ雰囲気に溢れていた。池坊のいけばなの3つのスタイルである「立花(りっか)」(最も古い様式)、「生花(しょうか)」(江戸時代に成立したシンプルな様式)、そして「自由花(じゆうか)」(フリースタイル)、それぞれの特徴を分かり易く説きながら実演紹介していった。「生花」では花材の種類は3種までであることや、咲き頃の花ばかりではいけなく“過去・現在・未来”を入れる必要があることなど、西洋のフラワーアレンジメントには見られないルールや考え方を伝えた。手品のように無駄のない動きで作品を次々に完成させる様子に会場の誰もが引き込まれたように見入っていた。この日の実演では、生ける段階のみが披露され、いとも簡単そうに見受けられたが、前日にはメンバーたちが庭や花屋から大量の花材を調達し、余分な枝葉を落としたり、ワイヤーなどで形を整えたりする下ごしらえに朝から夜まで励んだとのこと。美しさを際立たせるために多大な労を惜しまない営みに感嘆させられた。会場に響きわたる絶賛の拍手とともに実演イベントは終了した。鈴木教授との歓談や質問、作品の撮影で、しばらく人々の賑わいが続いた。

   次の日には支部のメンバーと応募者を対象にしたワークショップが実施され、午前中に同じ花材と形状の似た花器(花瓶)を使用しての伝統スタイルの手順の実践、そして午後には各自が好きな花材と花器を選んでのフリースタイルで生けたものを、鈴木教授が一人ひとりに丁寧な説明を添えながら手直しして回った。花材選びの前の「これもあれもはダメ。主を一つ選ぶこと。真珠とダイヤモンドのネックレスを両方をしては、どちらも生きないでしょ?」との言葉が心に残った。

「新しいアイデアを知ることができた」「指導者によってポイントがかわり視点が変わる」「先生の個性に刺激された」など、習得の喜びの声が寄せられた。

  8年前にデトロイト美術館に飾られた亡き下浦教授の作品に強烈に惹かれて習い始めたという米人女性は、「いけばなには意味がある。精神性、ピースフルになれるのがいい」と、彼女にとっての魅力を語ってくれた。

  鈴木教授に、いけばなの特徴や考え方を伺ったところ、「いけばなの鑑賞を通して日本人がたしなんできた文化の良さをより知ってもらえれば嬉しいです。」と思いを語ったうえで、以下のように挙げてくださった。

・いけばなは日本のものだが、何を生けても良く、トロピカルな葉などをあしらうこともある。自然界ではありえない一瓶の中で取り合わせを楽しむことができ、“出会い”の楽しみがある。

・花材の“過去・現在・未来”とは、過去:時の経過や年代を感じさせる枝ぶりなど、現在:咲きごろ、未来:つぼみなど。それらによって単に形のアレンジでは無く、自然を表現している。

・花や植物が外(自然、庭など)にある時よりきれいにすることを目指す。切り取ったからには草木の美しさをより生かすために、余分な枝葉を落とす、つまり素材の良さをより際立たせる為の取捨の作業は選択の連続で、最も良いものを見極める力が要る。

  鈴木教授は優しい笑顔を浮かべながら、「いけばなは、結果よりその過程が大切で、楽しいと同時に“生き方= 生かす”修養です」と結んだ。

★Detroit chapter 85の定例会は月一回、Southfield市で開かれている。

経験不要、いつでも入会が可能とのこと。問い合わせ、入会申し込みは、

http://sites.google.com/site/ikebana85detroit/

いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント 華道池坊の教授を迎え、実演とワークショップ

 「シンプルさが美しくすばらしい!」「花や枝に対する見方が変わった。」生け花の実演に賛美や感嘆の声が集まった。

  冬が厳しかったミシガンに一気に春の花ばなが咲き誇った5月8日(金)、いけばなインターナショナルのデトロイト支部(Detroit chapter 85)の50周年イベントの一環として、バーミングハムの教会にて一般公開の実演が無料で行われた。支部のメンバーと友人のほか、多数の米人が参加し、180人ほどの老若男女で席が埋まり、盛況に催された。会場のあちらこちらに生け花が飾られ、祝賀に華やかさを加えていた。

   社団法人いけばなインターナショナルは、生け花の精神と芸術性に深い感銘を受けた米国人エレン・ゴードン・アレン夫人により、「花を通じての友好」をモットーに、1956年に東京に設立された国際的な文化団体で、国籍も所属流派も多様な会員が、生け花とそれに関連した日本の文化・芸術の紹介を通して相互理解と友好を深める活動をしている。当初20数名で発足した組織が、今日では全世界50数ヵ国および地域に163支部が設立され、会員数6300名を数えるまでに発展した。

 ミシガンの支部は、Detroit Chapter 85の数が示す如く、世界85番目の支部として1965年に設立された。現在登録メンバーは50名ほどで、その多くが現地の米人となっている。設立同時からのメンバーであり池坊の師範であった下浦敏子教授が今年2月に他界され大きな柱を失ったが、下浦教授の手ほどきを受けて准師範のレベルに向上した現会長ローレンさんをはじめとする米人たちと日本人たちが手を携えて活動している。近年の恒例として、デトロイト美術館で開催される「ひな祭り」イベントおよび、デトロイト日本商工会とJSDウィメンズクラブ共催による日本祭りで生け花の実演や展示を行っている。

 5月8日の一般公開イベントには在デトロイト総領事ご夫妻も列席し、総領事より50周年の祝辞が贈られた。加えて、同支部が長年、いけばなという日本文化を通じてコミュニティーの交流活動に貢献してきたことを称え、総領事表彰が行われた。

 続いて、この日のメインイベントとして、ノースカロライナ州から招かれた華道家元池坊の鈴木笑子教授(正教授1級)による実演に移った。鈴木教授は在住地であるノースカロライナ州ヘンダーソンビルに日本文化紹介施設 “WNC Japanese Culture Center”(WNC:Western North Carolina)を設立し、いけばなの普及伝播に精力的に努めている。穏やかな笑顔あふれる鈴木教授による実演は8種類(8瓶)におよび、ユーモラスな逸話を交えた英語の解説つきで進められ、始終和んだ雰囲気に溢れていた。池坊のいけばなの3つのスタイルである「立花(りっか)」(最も古い様式)、「生花(しょうか)」(江戸時代に成立したシンプルな様式)、そして「自由花(じゆうか)」(フリースタイル)、それぞれの特徴を分かり易く説きながら実演紹介していった。「生花」では花材の種類は3種までであることや、咲き頃の花ばかりではいけなく“過去・現在・未来”を入れる必要があることなど、西洋のフラワーアレンジメントには見られないルールや考え方を伝えた。手品のように無駄のない動きで作品を次々に完成させる様子に会場の誰もが引き込まれたように見入っていた。この日の実演では、生ける段階のみが披露され、いとも簡単そうに見受けられたが、前日にはメンバーたちが庭や花屋から大量の花材を調達し、余分な枝葉を落としたり、ワイヤーなどで形を整えたりする下ごしらえに朝から夜まで励んだとのこと。美しさを際立たせるために多大な労を惜しまない営みに感嘆させられた。会場に響きわたる絶賛の拍手とともに実演イベントは終了した。鈴木教授との歓談や質問、作品の撮影で、しばらく人々の賑わいが続いた。

   次の日には支部のメンバーと応募者を対象にしたワークショップが実施され、午前中に同じ花材と形状の似た花器(花瓶)を使用しての伝統スタイルの手順の実践、そして午後には各自が好きな花材と花器を選んでのフリースタイルで生けたものを、鈴木教授が一人ひとりに丁寧な説明を添えながら手直しして回った。花材選びの前の「これもあれもはダメ。主を一つ選ぶこと。真珠とダイヤモンドのネックレスを両方をしては、どちらも生きないでしょ?」との言葉が心に残った。

「新しいアイデアを知ることができた」「指導者によってポイントがかわり視点が変わる」「先生の個性に刺激された」など、習得の喜びの声が寄せられた。

  8年前にデトロイト美術館に飾られた亡き下浦教授の作品に強烈に惹かれて習い始めたという米人女性は、「いけばなには意味がある。精神性、ピースフルになれるのがいい」と、彼女にとっての魅力を語ってくれた。

  鈴木教授に、いけばなの特徴や考え方を伺ったところ、「いけばなの鑑賞を通して日本人がたしなんできた文化の良さをより知ってもらえれば嬉しいです。」と思いを語ったうえで、以下のように挙げてくださった。

・いけばなは日本のものだが、何を生けても良く、トロピカルな葉などをあしらうこともある。自然界ではありえない一瓶の中で取り合わせを楽しむことができ、“出会い”の楽しみがある。

・花材の“過去・現在・未来”とは、過去:時の経過や年代を感じさせる枝ぶりなど、現在:咲きごろ、未来:つぼみなど。それらによって単に形のアレンジでは無く、自然を表現している。

・花や植物が外(自然、庭など)にある時よりきれいにすることを目指す。切り取ったからには草木の美しさをより生かすために、余分な枝葉を落とす、つまり素材の良さをより際立たせる為の取捨の作業は選択の連続で、最も良いものを見極める力が要る。

  鈴木教授は優しい笑顔を浮かべながら、「いけばなは、結果よりその過程が大切で、楽しいと同時に“生き方= 生かす”修養です」と結んだ。

★Detroit chapter 85の定例会は月一回、Southfield市で開かれている。

経験不要、いつでも入会が可能とのこと。問い合わせ、入会申し込みは、

http://sites.google.com/site/ikebana85detroit/