Saturday, May 18, 2024

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2017年度 日本まつり開催

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2017年度 日本まつり開催 17

IMG_4127_edit 穏やかな日和に恵まれた10月1日(日)、JSDウィメンズクラブとJBSD(デトロイト日本商工会)文化部会の共催による恒例の大イベント日本まつりが昨年同様にノバイ市のハイスクールを会場に開催された。1時から4時までの開催時間を通して大勢の人で賑わった。無料の自由参加イベントであり、入場チケットを発行していないため、訪問者の人数は把握できないが、「例年より人出が多い」「昨年より混み合っていた」との声が多く届いてきた。

IMG_4111この日本まつりは、アメリカ人や他の文化背景を持つ人たちへの文化紹介と交流を主目的に様々な展示や実演などが行われている。もちろん周辺に滞在している日本人が楽しむ場にもなっており、当地の秋の行事として定着している。親子で浴衣姿で散策する姿も多く、祭りムードを高めていた。

在デトロイト日本国総領事館、日米協会、滋賀県の協力、そして会場のあるノ バイ市ならびにノバイ教育委員会のサポートを得て毎年開催している。今年も多数の団体や個人ボランティアが協力してこのイベントを支えた。JSDウィメンズクラブが書道コーナーのアレンジや当日の舞台の進行などを執り行なったほか、近隣の多数日本人女性がボランティアに応募し陰に表に活躍。また、ノバイハイスクールの生徒を始め、日本語を学習する現地のハイスクール生や大学生たちもボランティアとして参加し、来訪者との懸け橋として若いパワーでイベントを支え、盛り上げていた。

IMG_4036アトリウムと呼ばれる広々としたスペースには茶の湯や書道の実演や、書道・折り紙などの体験のコーナーが設けられ、手馴れた日本人女性たちを中心に実演や体験ワークショップが提供された。

IMG_4017茶の湯実演は、当地で活動する裏千家・表千家、2つの流派が手を携え、合わせて6回もの実演が行なわれた。お点前に合わせて英語での丁寧な解説も添えられ、多くの人が興味津々の表情で見入っていた。参観者は和菓子と抹茶を味わうチャンスにも恵まれた。生け花インターナショナルによる季節感溢れる数杯もの展示が文字通り華を添えていた。書道パフォーマンスは、書家である藤井京子さんが身の丈以上の書を見事な筆さばきで披露。紅葉の絵を施した和紙に「紅葉」の歌詞が書き上げられた。

IMG_3915IMG_4125また、ミシガン州と姉妹県関係にある滋賀県による文化紹介ブースを始め、デトロイトりんご会補習授業校、JCMU(Japan Center for Michigan University)など、日本に関連した団体のブースも並んだ。日本生まれの商標デザインを元にタオル帽子を作製し患者さんに寄贈する活動をしている「ミシガン・タオル帽子の会」も昨年に続きブースを出した。今回はじめて、ハンドスタンプアートプロジェクトのブースも登場。弊紙8月号で同プロジェクトについて記載したが、この活動は2014年に障がいを持つ子供の親たちが中心になってスタートしたもので、子ども達を支える人々の手形を世界中から集めてひとつのアート作品を作り、2020年東京パラリンピック開会式での掲示することを目標としている。

DSC_7955日本まつりの場で様々な活動や当地と日本との繋がりを知ることができる意義も大きい。

IMG_4101自作の割りばし鉄砲での的当てゲームや輪投げなどの日本の縁日遊びの体験コーナーには長い行列ができていた。書道と折り紙のワークショップも終始盛況で、ボランティアの女性や学生が懇切丁寧に手ほどきをしていた。書道コーナーには仮名や漢字を知っている非日本人の体験者も多く、楽しそうに挑んでいた。出来上がった折り紙作品を嬉しそうに親に見せる子どもの姿もあり、笑顔がたくさん見られた。
IMG_4076taiko6同イベントは隔年で体育館に櫓を組んで盆踊りを中心に夏祭り風にパフォーマンスを組む年と、講堂をステージに演目が披露される年があるが、今年は講堂で、8つのプログラムが順次進められた。

幕開けと締めには「五大湖太鼓センター」が、祭囃子の太鼓とは一味異なるパフォーマンス太鼓のダイナミックな魅力を披露。太鼓の音はアトリウムまで届き、音を聞いて会場にかけつけた人もいた。

IMG_3932田川八段が長を務めるデトロイト剣道道場による実演は、通常の稽古通りに“礼”から始まり、子どもたちの打ち込み練習が真剣そのものに行なわれ、“礼”にて終了した。短い時間ながらも日本の武道の折り目正しさを観客に伝えた。

一転して「ドリームシンガーズ」が会場を華やかに。主催者である森みゆきさんのオリジナル曲『Love Your Life』や『南中ソーラン節』を愛らしく元気に披露した。

IMG_4006ミシガン沖縄県人会「ちむぐぐる会」の演奏は5曲。民族衣装をまとい、琉球エイサースタイルの舞と太鼓を演じた。女性6人によるものであったが、勇壮で荘厳な雰囲気を醸し出していた。

名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけ、『荒城の月』などを舞った。御一人での演舞でありながら、堂々たる一挙手一動によって気品ある空間を生み出していた。

IMG_4084邦楽グループ「雅(Miyabi)」は琴と、洋楽器であるバイオリンとチェロを加えて『秋の言の葉』など箏曲を奏で、雅な和の世界へ観客を誘った。

otomodachi混声合唱「音もだち」は男声と女声による層の厚い歌声で『鴎』など3曲を豊かに歌い上げ、穏やかな時を聴衆に届けた。

総領事公邸の料理人である中野楓さんの和菓子プレゼンテーションと、彼女の手ほどきによる“和菓子づくり”は昨年の大好評を得て実施された参加型ワークショップ。老若男女が、柔らかな感触と甘い味を楽しんだ。

準備運営に動き回ったJSDウィメンズクラブ運営委員からは「協力団体はもとより、たくさんのボランティアのサポートがあってのこと、感謝しております」との感謝と合わせて、「改めて日本文化の素晴らしさを実感した一日でもありました」との言葉があった。これは多くの関係者、出演者、訪問者の思いでもあろう。和やかに盛況に続くことを祈りたい。

茶道裏千家淡交会ミシガン協会設立10周年 記念大会

茶道裏千家淡交会ミシガン協会設立10周年 記念大会 10

DSC_0254裏千家淡交会ミシガン協会幹事長 鍋田宗友

裏千家淡交会ミシガン協会設立十周年を迎えるにあたりまして、五月六日、七日、ノバイ市クラウンプラザホテルにて記念大会を執り行いました。

この度の記念行事の一環として、日本国総領事和田充広様、JBSD顧問大光敬史様、JBSD事務局長植田庄作様、デトロイト在住の知名人の方々、裏千家総本部より裏千家事務総長関根秀治様、業躰部町田宗芳先生、国際部長弘田佳代子様。又、全米各地の会員、カナダの会員、総勢150名の参加を得て行われました。

IMG_2123五月六日の濃茶席は日本庭園をしつらい、八畳間の舞台で朝十時より始まり、正客に和田総領事様、次客大光様、三客植田ご夫妻をお迎えし、一席から四席迄行われ、薄茶席は御園棚を置き、傘の下には庭園をしつらい、お茶を召し上がって頂きました。(御園棚:裏千家14代淡々斎宗匠お好みの棚で、椅子に座ってお点前を行う。)

夜六時からは、晩餐会を開き多くの方々の交流が御座いました。

翌日には、町田宗芳先生指導によりますお茶の研究会が行われました。又、事務総長関根秀治先生による、陰と陽の特別講演が行われました。

北米、カナダの淡交会協会員の交流が深まり、より一層新しい絆が出来ました。

IMG_2102これからも日本の文化への理解と日米両国の友好親善の為に、より一層努力して参りたいと願って居ります。

写真提供:淡交会ミシガン協会

 

 

 

 

デトロイト動物園のイルミネーション Wild Lights

デトロイト動物園のイルミネーション Wild Lights 4

IMG_4046 デトロイト動物園のホリデーシーズン特別イベント。500万以上のLEDライトが、木々や建物、そしてワイヤーで作られた100以上の動物や蝶が電光で輝く。数メートルあろうかというレインディアも!

白を基調にしたエリア、虹や蝶でカラフルなエリア、そして音楽に合わせて絵柄や形が動く飾りが並ぶエリアもある。

IMG_4092日本の徹底的なイルミネーションに比べてしまうと、豪華とは言い難いが、イルミネーションを見ながら、自然豊かな夜の動物園を散策する楽しさがある。

但し、動物園全域ではなく、入り口から途中(ポーラーベア・エリアの手前)までで、奥の方は閉鎖している。動物は、室内のものも全く見学できない。

このイベント、ライトアップだけではない。Wild Lights イベント中、Wild Adventure Zoneビルティング内で、クリスマス物の人気映画「ポーラー・エクスプレス」を元にした“The Polar Express 4-D Experience” (14分)を上映。シミュレーションライド Ice Age:Dawn of the Dinosaurs-the Rideのミニ・アトラクションもある。(どちらも追加料金)

IMG_40792階では、“Wildlife Photographer of the Year”という、 The Natural History Museum主催の、自然をテーマにした写真コンテストの2015年の受賞100作品を展示している。世界中42,445の応募から選ばれた秀作は一見の価値あり。これは2016年6月1日まで展示。

更に今年は、Polar Plungeという、 高さ22フィート、長さ150フィートの滑り台をチューブに乗って滑降するアトラクションも初登場。シンプルながら絶叫が起きるほどのスリル。

(1回 $3、乗り放題$12 *年齢や身長の制限がある。)

特設テント内ではサンタクロースとの写真撮影(有料)やクラフト遊びなどを提供。

ところどころに焚火があり、キャンプの定番“スモア”というマシュマロローストを楽しむこともでき、ココアやクッキーなどの売店もあり、ホリデー気分を味わえるイベントである。

出入り口の横の売店には、動物にまつわるグッズや本が並び、オリジナルのポーラーベアのぬいぐるみを始め、他では見かけない飾り物、クリスマスオーナメントも扱っている。

IMG_4072Wild Lightsは5:30 から 9 p.m.

11月中旬から12月末の週末とホリデーのみ(12/25を除く)の開催。

12月の開催日: 12/ 4-6, 11-13, 18-23, 26-31

入場料は、前売り$9 •当日 $11 2才以下は無料  (駐車料金別)

オンラインでの前売りチケットが売り切れていても、当日、ゲートでの購入が可能。但し長い列を覚悟する必要がある。前売り券を持っていても、開園から1時間程はパーキングにも入園にも時間がかかる。動物園側も、遅い来場を勧めている。

Detroit Zoological Society | 8450 W. 10 Mile Rd, Royal Oak, MI 4806

http://detroitzoo.org/

ミシガン大学 日本学生会による 恒例の日本祭り

ミシガン大学 日本学生会による 恒例の日本祭り 2

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ミシガン大学のJSA(Japan Student Association:日本学生会)主催による日本祭りが3月13日(日)に開催された。当イベントはキャンパス内で行われているが、学生に限らず無料で一般公開。デトロイト日本商工会、ミシガン大学の日本研究センターがスポンサーになっており、内容を変えながら恒例で行われている。

12901443_471644006379198_6203769858153851626_o今年は、ここ数年利用してきた会場から移動。さらに、手作りの食べ物の提供を禁止されたため、多くの変更を余儀なくされた。例年は学生が手作りしていた焼きそばやカレーライスなどは止むを得ずレストランから調達。様々な試練を乗り越えて、当日は笑顔ではつらつと運営していた学生たちの姿が頼もしく、印象的だった。

当地在住の日本人女性が中心となっているNPO“雫の会”が昨年に引き続いて同イベントに加わり、東北震災支援を目的としたバザーを実施した。雫の会も、予定していたベークセールを断念せざるを得ず、ホームメイドのスイーツを楽しみにしていた訪問者も多く、落胆を隠せない様子だったが、バザー用の品を急きょ増加したそうで、賑わいをみせていた。尚、収益金は、同イベントの次の週に当地で公演を行なった福島の山木屋太鼓に寄付。JSAも、この日の収益を山木屋太鼓に贈った。

IMG_4523こちらも昨年通り、同大学の日本語教師たちが書道体験ブースで指導にあたるなど学生会を支援していた。折り紙や輪投げなどの日本文化体験コーナーでは高校生のボランティアも入って、フレッシュな姿と対応で場を盛り上げていた。

IMG_4526パフォーマンススペースにあてた部屋では、当地の日系ユースで構成されているミュージックパフォーマンスグループ“Dream Singers”による歌と踊りが披露された。Dream Singersの主宰者である森みゆきさん作詞作曲の『Love Your Life』が手話付きで始まると「かわいい~~」との声があちこちで上がり、元気いっぱいな『南中ソーラン節』のダンスを観る人々の顔も明るい笑顔にあふれた。

続いて、日本語クラスの学生を中心としたメンバー“JLP”が日本のアイドルグループ・AKB48の楽曲『心のプラカード』を、思い思いのメッセージを書き込んだプラカードを掲げて踊った。メイド姿の女子学生も踊り、若いエネルギーを振りまいた。昨年は大勢の観客が加わったが、今回の会場ではスペースが無く、残念との声も聞こえた。

JSAは非営利の学生組織で、日本人会ではなく、日本語や日本文化に関心のある学生であれば人種や文化背景に拘わらず参加できる。多様な学生が交流や学習のために集まっており、日本祭りは同会の集大成的なイベントして行われている。学内の学生のみならず、地元アナーバーを始め、周辺コミュニティーへ日本文化を普及浸透させる働きを果たしてくれている。

IMG_4529JSA会長を務める鈴木道子さんは「天気が悪かったのにも関わらず、大勢の方々に参加、サポートしていただき、日本祭りは大成功に終わりました。来年も一層楽しく充実したイベントになるよう、頑張ります。」とコメントを寄せた。

学生同士が内輪で楽しむ内容でも十分といえる学生イベントだが、年齢の壁を越えて多くの人に日本文化を紹介し、楽しい時を提供しようとする意識が伝わってきた日本祭りであった。

JSAウェブ:www.umich.edu/~nihon/

West Bloomfield Library姉妹図書館交流 West Bloomfield library – 淡路市立図書館

<!--:en-->West Bloomfield Library<!--:--><!--:ja-->姉妹図書館交流 West Bloomfield library – 淡路市立図書館<!--:--> 1

 7月31日(水)、ウエストブルームフィールド図書館と姉妹図書館関係にある淡路市から訪米していた十代の若者達を歓迎するため、昼食レセプションおよび参加者公募の夕刻のバーベキューが催された。
 西暦2千年を前にしてアメリカ政府はミレニアムプロジェクトと銘打って多くの事業を立ち上げた。その一つが全米各州の図書館と世界各国の図書館を姉妹図書館として認定する‘SisterLibrary Project’。選出されたウェストブルームフィールド図書館(以下WB図書館)と、米国の呼びかけに応じた当時の東浦町立図書館(現在は淡路市立東浦図書館)との交流が、政府公認の姉妹図書館として1999年に始まり、交流が続いている。姉妹都市提携を結んだ自治体間の中で図書館も交流する例は少なくないが、図書館同士が単独で提携を結ぶことは珍しい。
 WB図書館は、米国内の図書館ランキングで上位の“充実した活動をしている優秀な図書館”の評価を受けている。一方の東浦町立図書館は提携当時には設立2年という新しさ。人口も施設の規模も格差があったが、互いの土地を紹介した書籍や情報、子ども達が描いた絵などを交換し、密な交流を維持している。WB図書館では、日本から届いた品は必ず展示し、有効に活用している。人的交流もあり、2002年にはWB図書館の館長と担当職員2名が東浦町立図書館を訪問。地域の住人とも交流を深めた。2008年には淡路市図書館の関係者等が渡米した。
 また、淡路市はオハイオ州セントメアリー市と姉妹都市提携を結んでおり、昨年25周年を迎え、充実した交流が続いている。恒例の青少年を対象としたセントメアリー市訪問の後に、ウェストブルームフィールドを訪問する行程を昨年より加えた。当地に昼頃に到着し次の日には日本へ発つという短い滞在ではあったが、図書館での交流ランチと施設見学、近場の公園でのバーベキューパーティー、そして翌日にはフォード工場を見学する等、活動内容の多いプログラムが組まれた。
 歓迎レセプションを兼ねたランチョンには、在デトロイト総領事館の職員も参会。図書館館長や委員長からの温かい挨拶の他、駆けつけたウェストブルームフィールド高校ジャパニーズクラブのメンバーから歓迎の言葉が伝えられた。
 淡路市の図書館を日々利用しているという参加者の一人は「図書館の施設、本の量に驚いた。子供用のエリアがすばらしくて、ここなら弟を連れてきても私は本に没頭できそうで羨ましい」との感想を漏らした。
 バーベキューには当地の在留日本人も多数参加。あいにくの雨で野外でのアクティビティーは中止となったが、触れ合いの時を過ごした。
 WB図書館は、淡路市との交流に留まらず、当地で日本文化を広める活動も企画している。この夏には、5月に行われたJBSD(デトロイト日本商工会)主催写生大会の入賞作品が展示された。WB図書館のディレクターMs.Bohrerは交流担当職員として訪日した一人であり、親日の気持ちと日本人青少年の受け入れの喜びを示し、「日本との繋がりが持て光栄。今後も交流を深めて、地域に還元したい」と語る。

 7月31日(水)、ウエストブルームフィールド図書館と姉妹図書館関係にある淡路市から訪米していた十代の若者達を歓迎するため、昼食レセプションおよび参加者公募の夕刻のバーベキューが催された。
 西暦2千年を前にしてアメリカ政府はミレニアムプロジェクトと銘打って多くの事業を立ち上げた。その一つが全米各州の図書館と世界各国の図書館を姉妹図書館として認定する‘SisterLibrary Project’。選出されたウェストブルームフィールド図書館(以下WB図書館)と、米国の呼びかけに応じた当時の東浦町立図書館(現在は淡路市立東浦図書館)との交流が、政府公認の姉妹図書館として1999年に始まり、交流が続いている。姉妹都市提携を結んだ自治体間の中で図書館も交流する例は少なくないが、図書館同士が単独で提携を結ぶことは珍しい。
 WB図書館は、米国内の図書館ランキングで上位の“充実した活動をしている優秀な図書館”の評価を受けている。一方の東浦町立図書館は提携当時には設立2年という新しさ。人口も施設の規模も格差があったが、互いの土地を紹介した書籍や情報、子ども達が描いた絵などを交換し、密な交流を維持している。WB図書館では、日本から届いた品は必ず展示し、有効に活用している。人的交流もあり、2002年にはWB図書館の館長と担当職員2名が東浦町立図書館を訪問。地域の住人とも交流を深めた。2008年には淡路市図書館の関係者等が渡米した。
 また、淡路市はオハイオ州セントメアリー市と姉妹都市提携を結んでおり、昨年25周年を迎え、充実した交流が続いている。恒例の青少年を対象としたセントメアリー市訪問の後に、ウェストブルームフィールドを訪問する行程を昨年より加えた。当地に昼頃に到着し次の日には日本へ発つという短い滞在ではあったが、図書館での交流ランチと施設見学、近場の公園でのバーベキューパーティー、そして翌日にはフォード工場を見学する等、活動内容の多いプログラムが組まれた。
 歓迎レセプションを兼ねたランチョンには、在デトロイト総領事館の職員も参会。図書館館長や委員長からの温かい挨拶の他、駆けつけたウェストブルームフィールド高校ジャパニーズクラブのメンバーから歓迎の言葉が伝えられた。
 淡路市の図書館を日々利用しているという参加者の一人は「図書館の施設、本の量に驚いた。子供用のエリアがすばらしくて、ここなら弟を連れてきても私は本に没頭できそうで羨ましい」との感想を漏らした。
 バーベキューには当地の在留日本人も多数参加。あいにくの雨で野外でのアクティビティーは中止となったが、触れ合いの時を過ごした。
 WB図書館は、淡路市との交流に留まらず、当地で日本文化を広める活動も企画している。この夏には、5月に行われたJBSD(デトロイト日本商工会)主催写生大会の入賞作品が展示された。WB図書館のディレクターMs.Bohrerは交流担当職員として訪日した一人であり、親日の気持ちと日本人青少年の受け入れの喜びを示し、「日本との繋がりが持て光栄。今後も交流を深めて、地域に還元したい」と語る。

写生大会 at the DETROIT ZOO

写生大会 at the DETROIT ZOO 13

IMG_9489 去る6月5日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)主催による恒例の写生大会が、昨年同様にデトロイト動物園で開催された。あいにく、当日朝の天気予報で「雷を伴う雨」。入場時には雨は降らず関係者一同安堵したものの、入場ゲートの外の受付テープルを撤収してまもなく、いきなり土砂降りに見舞われた。すでに広げた画材やチェアを慌てて片づける姿、傘を出す余裕もなく屋根の下に駆け込む姿、そして、雨脚が衰えるのを待つ姿が見られた。半時間ほどで一旦小降りになり、鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえる爽やかな園内となったが、その後も大降りになったり止んだりの繰り返し。野外で写生をする姿は稀であった。爬虫類館や北極エリアの屋内で写生をしたり、下描きを済ませた後は休憩所やテントの中で仕上げたり、場所に工夫していた。携帯で撮った写真を利用するなど、上手に工夫して対処する姿も見られた。昨年同様、親が差す傘の下で描く微笑ましい姿、自分で差しながら描く涙ぐましい姿もあった。

IMG_4957主催者であるJBSDによれば、申し込み者数750名ほどの内450名が来場し、朝から雨が降った昨年と比べるとほぼ倍の参加者が集まった。雨の御蔭で、生き生きとした動きを見せている動物もいたが、例年被写体として人気のキリンは飼育舎に籠りがち。他にも姿を現さない動物が少なくなかった。作品の題材も偏りがあり爬虫類やペンギンが多い傾向となった。

IMG_4959描かれた作品は例年通りレベルの高い作品が多く、当日、JBSD担当者と共に受付や見回りにあたったデトロイトりんご会補習校講師たちの入念な審査に加えて、今年も昨年同様にデトロイト美術館の職員も立ち会い最終審査を行なった。力作が並ぶ中、次ベージに記載の参加者が入賞を飾った。

IMG_4951雨が続き湿気が籠るテント内での表彰式。その冒頭、在デトロイト領事館の野田首席領事の挨拶があり、デトロイト美術館(DIA)職員の紹介に合わせて、DIAの美術品内容の紹介も伝えた。また、ミシガンと日本の経済関係や姉妹都市提携についての短い講釈に続けて、淡路市の図書館と姉妹図書館関係にあるウェストブルームフィールド・ライブラリーに本写生大会の入賞作品が夏中、展示される旨、そして関係者と参加者への慰労の言葉が述べられた。

今回は例年の賞の他に、DIA賞が加えられた。児童生徒の入賞者計12名はDIAのスタジオでのアート活動に招待される好機を得た。大人の1位から3位にはDIAシアターのチケット、また努力賞にはJBSD企画のツアーへの参加がプレゼントされた。

IMG_4973IMG_4939賞状とメダル、副賞の授与の後、宮本校長は「どの作品もとても力強くりっぱ」

「絵で表現することは大事。説得力がある」など評した。これからも楽しんで欲しいとの願いに加え、DIAなど美術館の鑑賞も勧めた。

IMG_4934今年4月に当地赴任となり、JBSD主催の写生大会に初めての参加となった宮本校長は、「親子で絵を楽しむ機会になって良いですね」「補習授業校では図画工作が無いので、こういう機会を通して絵画表現に興味を持つきっかけにしていただきたい」と、感想を寄せてくださった。

表彰式後、入賞者の記念写真の直前から雲が切れて晴れ始め、明るい日差しの下での撮影となった。入賞者はもとより、帰路に着く人びとの晴れ晴れとした表情が印象に残った。

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【未就学・幼稚園の部】

金賞   纐纈 彩華

銀賞   プーセンプ ラウラ

銅賞   飯田 琉輝

努力賞  桂 香穂

努力賞  ジゲルバウワー 敬子

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【小学校1-3年の部】

金賞   小林 美柑子

銀賞   戸塚 柚莉奈

銅賞   野崎 莉瑚

努力賞  岩瀬 泰澄

努力賞  武藤 怜生

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【小学校4-6年の部】

金賞   千葉 八雲

銀賞   岩瀬 絢香

銅賞   内藤 結菜

努力賞 メイ 貴愛奈

努力賞  浅井 乃我

努力賞  丹羽 木実璃

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【中学生・高校生の部】

金賞   斉藤 彰太

銀賞   鈴木 瑞生

銅賞   梅村 夕由那

努力賞  リリアン ハウエル

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【一般の部】

金賞   戸塚 結

銀賞   モーゼス 桂子

銅賞   青木 京介

努力賞  モーゼス デニス

努力賞  米山 多津子

写生大会 入賞者

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JBSDスポーツ部会主催 第20回マラソン大会

JBSDスポーツ部会主催 第20回マラソン大会 4

IMG_96356月12日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催によるマラソン大会がケンシントン・メトロパークで開催された。JBSDの恒例イベントだが、一昨年、昨年、2年続いて、雨天のため開催が取りやめられた為、3年ぶりの実施となった。

DSC_6419今年は朝から快晴。8時半の開会式時は60℉という爽やかさで、うっすら美しい雲が青空に浮かぶ野外イベント日和となった。マラソン競技には250名ほどが登録し、応援や関係者を含めると400名ほどが参加。スタッフは朝5時に集合し、本部や給水所の設置、会場への誘導サインなど、準備を整えた。小学生対象の1マイル(1~3年)、

IMG_96122マイル(4~6年)、そして中学生以上の3マイルと湖畔一周(8マイル)などマラソンの他に、各種ゲームも盛り上がり、豊かな緑の中での賑やかな集まりとなった。

開会式では今年スポーツ部会長に就任した川本氏が「前スポーツ部会長が雨男で2年中止になりましたが・・」と切り出し、今回で20回目となったことに触れ、「楽しんで良い思い出を作ってください」と願いを伝えた。スタッフは会場準備の他、マラソンやゲームの進行、そして、お弁当や景品の手配も担った。

マラソンコースは貸し切りではなく、自転車と共用の一般トレイルを使用しているため、例年、自転車やローラーブレードの走行が途切れるタイミングを見計らってのスタートに苦心してきたが、今回はスタートとゴールを、トレイルからかなり逸れた位置に設置。20回の開催で積み重ねてきたノウハウと改善によって、よりスムースで安全かつ楽しいイベントになってきている。

IMG_96239時15分、明るい日差しの中でマラソン競技が開始。例年通り、小学生たちはスタートの合図に短距離走かのような勢いで走りだす子が多く、応援者に子供パワーを見せつけた。湖畔一周8マイルの種目以外は、いずれもコースを折り返してくる設定。先頭ランナーが戻ってきたのが応援者の視野に入るとどよめきが起き、ゴール間際のラストスパートや競り合いに歓声が上がった。各ランナーに温かい声援と拍手が送られ、順位の出る競技でありながら、穏やかな雰囲気が溢れていた

IMG_9640子どもや応援者には快適な天候であったが、本格的なランナーが大半を占める湖畔一周の参加者は、「走り出すと暑すぎる温度なので要注意。風が強い」と天候条件を分析。湖畔コースは水際から離れ、起伏の多い林間地、日向が続く道もあり、ペース配分が難しいとのこと。それにも拘わらず好成績が出た。(次頁に結果一覧)

IMG_9659午前と午後の2部に分けて行なわれたゲーム大会では、パットゴルフやフリスビー入れなどが設置され、大勢の子供が飛び回って楽しむ姿があった。参加者は漏れなく景品がもらえ、さらに、好成績を出せばそのポイントを貯めて景品を得られるシステム。歓声と笑顔が溢れていた。

閉会式・表彰式で3位までの入賞者に賞状とメダル、副賞が手渡された後、最後の企画、恒例のサイコロゲームが行われた。出るサイコロの目を予想して、当たった人が勝ち残ってゆくという、運のみが勝負のゲームに、子供も大人も大いに盛り上がり、一大イベントのフィナーレとなった。

P1030306マラソン大会入賞者

男子

1マイル

1位 樫尾 陽汰   小3  6分22秒

2位 高橋 知恒   小3  6分27秒

3位 岩瀬 泰澄   小3  6分49秒

2マイル

1位 井上 煌士   小6  14分10秒

2位 江上 翔   小5  14分47秒

3位 原 悠太朗   小5  14分53秒

3マイル中学生

1位 細川 広人   23分06秒

2位 新谷 和也   25分41秒

3位 大野 巧真   26分08秒

3マイル(一般)

1位 服部 泰己   18分58秒

2位 ケリー・クリストファー  19分14秒

3位 村上 真     19分32秒

湖畔一周

1位 矢嶋 康生   45分00秒

2位 西村 彰     51分30秒

3位 武井 慎太郎  54分02秒

女子

1マイル

1位 川上 愛花里 小2  8分11秒

2位 尾崎 賀穂   小3  8分16秒

3位 吉田 夕莉  小3  8分33秒

2マイル

1位 小林 千華   小6  17分26秒

2位 内藤 瑠菜   小4  17分32秒

3位 西村 凜花   小4  17分34秒

3マイル中学生

1位 杉村 唯   23分12秒

2位 高橋 ももこ   24分45秒

3位 柴田 理梨   30分39秒

3マイル(一般)

1位 尾形 芽衣   25分17秒

2位 北村 怜子   26分44秒

3位 吉田 恵理子  27分18秒

湖畔一周

1位 神谷 美希  1時間15分28秒

2位 ブジアック由佳 1時間15分55秒

3位 小野 加奈子 1時間27分29秒

Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会

<!--:en-->Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会<!--:--><!--:ja-->Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会<!--:-->

ミシガン在住の日本人女性による福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルム

  震災4周年前夜3月10日、UMMA(ミシガン大学美術館)のオーディトリウムで、Threshold: Whispers of Fukushimaという福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルムの無料試写会が催された。日本やドイツ、他の地域での上映に先駆けた初めての公開試写には200人ほどの観衆が訪れ、一時間半を立ち見で通した人もいたほどの盛況ぶりをみせた。一見したところ日本人ではない観客が多く、地球の裏側の話でありながら、高い関心を寄せていることが窺えた。

  監督の椎木透子さんはミシガン在住で、震災の翌年に「ドラゴン・プロジェクト for 東北ジャパン」という、世界各地から集まったドラゴンの絵をつなげた作品と人々の思い、そして各地での支援イベントによる収益金を東北へ届ける活動をスタートした。そして、自ら福島を訪れて実状を知り、被災者の声を人々に届けたいという思いに駆られ、2013年の春にドキュメンタリーフィルムを作ろうと奮起。同年8月には、福島第一原発から25kmの自宅で原発被災した作家たくきよしみつ氏とコンタクトを取って情報を収集し、11月に再度福島を訪れてインタビューを行なった。昨年(2014年)春に、撮影スタッフも伴い、より多くの声と姿を収集した。

  インタビューに応じた人々は、避難勧告地区となった南相馬市から避難した先でブラスバンド部を再開した中学生と指導者、前述の作家たくき氏、和太鼓グループ、元東京電力社員、オリーブ生産者など多様。原発から20Kmに位置する獏原人村(ばくげんじんむら)という理想郷コミューンに住む夫妻も登場する。福島で生きると決めて過ごしている人たちの声である。そして、相反して他県に家族ぐるみで避難した人の声も収めてある。皆、それぞれの居場所と価値観で精一杯生きていることが伝わってきた。

  練習不足と部員減少にも拘わらずコンクールに挑戦し全国大会で優勝したブラスバンド部員は「かわいそうと決めつけないで」「楽しいこともたくさんある」と涙ながら伝える。指導者の阿部和代さんは「生徒たちは打ち込めるもの、音楽があったので前向きになれた」と話す。打ち込んでいた活動を続けることや仲間と目標に向かうことが傷ついた心の復興に役立ったことは、和太鼓グループの指導者も当時を振り返りそう語った。

  オリーブ生産者佐藤氏は元消防士で震災時に過酷な状況に遭遇したが、この地に留まり、放射線に強いオリーブを育てると決めた。オリーブは5年でようやく実が成るという。まだ出荷の目処は立っていないとこぼすが、決意のほどが窺える。そうした地元の人たちの活動を元東京電力社員であった吉川彰浩氏は団体を立ち上げて支えている。そして、いがみ合うのではなく、一緒に再生していく道を探せたらと彼らは語る。

獏原人村の創始者マサイさんは、森の奥での原始時代のような暮らしを貫いているだけに、今の日本に生きる人たちに疑問を投げかける。「皆が、地球が本当に壊れる前に気づかないと…」と。

誰からか指示を受け自分の生き方を決められてしまうのではなく、自分の意思で選択し生きたい、村を離れる気はないと語る。

  岡山県に避難した女性大塚愛さんは、避難先の仲間たちや一時保養で福島からくる方々の受け入れ活動を通し、“残る”“離れる”の選択によって生じた壁に直面するが、直接話し合える機会を設け、そうすることで溝が埋まり、分かり合えることを感じていった。「皆それぞれに立場も違うしどっちが正しいとか間違っているということではない。残った、逃げたと選択は違っても原発事故に遭ってしまったということは皆同じ。だから、いがみ合うのではなく、話し合い分かち合い、歩み合うことが大切」と話す。

  このドキュメンタリーフィルムは、ブラスバンドや和太鼓のパフォーマンス、そして透子さんの夫で音楽家であるエリックさん(Erik Santos)を含めた出演者達の心のつぶやきのような歌声やギター演奏

が散りばめられ、より胸を打つものになっている。クライマックスで演奏される たくきよしみつ氏の『奇跡の星』はこの地球上に生きる全ての人に送られるメッセージとも言えるだろう。約1時間半のフィルムは、和太鼓メンバーが“Rolling on…”

という歌詞が繰り返されるオリジナル曲を飾り気なく歌う映像でエンディングとなった。4年の歳月が過ぎたが、復興への道はまだまだ続いていく。

  上映後、透子さんと音楽担当のエリックさん(ミシガン大学ミュージックスクール作曲科教授)、そして透子さんと共に撮影を務めたカメラマン(Chris Asadian)の3人が舞台に上がり、タグを組んだ経緯や日本での撮影について話した。透子さん以外は日本語が理解できないが、

「音楽がコミュニケーションの手段になった」「素晴らしい経験だった。言葉は違っても、笑顔や涙はどこの国の人も同じ」とエリックさんは述懐した。

  音楽がこのフィルムの軸なのかとの観客からの質問に、「インタビューした人が図らずも音楽家でもあったなど、偶然こうなった」と返答。復興に際して“歌の力、音楽の力”が取り上げらることが多々ある。この日米をつなぐフィルムも音楽が大きな役を果たしたといえる。ちなみに、登場した和太鼓奏グループ“山木屋太鼓”の指導者遠藤元気氏が透子さんの橋渡しで、この夏、ミシガンに来訪し、地元の人々と交流する予定になっている。

  別の観客からは、予告編では福島に留まることを選んだ人たちの話であるかのようだったが、もっと広い内容とメッセージがあったと指摘し、「友人にも見せたい。ぜひまた上映会を企画して欲しい」と称賛をこめた懇願の声が寄せられた。予告より広がりがあることについて透子さんは「来て、見て、それぞれの人に考えて欲しかった」と答え、何を伝えたかったかも会場では敢えて語らなかった。

★映画のサイトアドレス

 http://thresholdfukushima.com

  映画は今後他の地域で上映後、再びミシガンでの上映を予定している。再上映や今後の活動について、弊紙でフォローし情報をお伝えしていきたい。

  以下、映画に取り組んだ動機や取材を通して感じたことなどについて、上映会終了後に透子さんより頂いたコメントを紹介させていただく。

★ ★ ★

福島の学生達の「福島は福島は放射能汚染や問題ばかりということでもないです。色々なものがあります。」「ここにいるのは、福島で生きることを決めた人達です。生活を立て直していく為、皆で努力しています。だから、福島にいるなんて可哀想な子達だとか、がんの危険性についてばかり話すのではなくて、海外の皆さんが、よりよい未来を築いていくには何ができるのかとか、そういうことを考えて欲しいです。」「二度とこんなことはおこすまいと肝に銘じてほしい」といった言葉に心を動かされ、同じ目線に立って、もっと話を聞いてみたい、そして福島から遠く離れた人達にも伝えたいと思い、福島で今を生きる人達を追った映画を撮ろうと心を決めました。そしてこの映画制作を通し、実際、本当にそれぞれに違った人生の選択をしながら、またそれぞれに違った立場ではあるけれど、でも同じく今をひたすら模索しながらも一生懸命生きている方々に出会う事が出来ました。そうして、震災の話だけでなく、人生の話、生きる知恵、そしてそれぞれの方々が奏でる音楽も聴くことが出来ました。映画制作を通し聴くこと、知ることが出来たことは、本当に自分の人生に於いても大切なものであり、そしてここから何ができるだろうという新たな自分への問いにもなりました。本当にここから、何ができるか、それをさらに考えていきたいと思いつついます。

椎木透子

ミシガン在住の日本人女性による福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルム

  震災4周年前夜3月10日、UMMA(ミシガン大学美術館)のオーディトリウムで、Threshold: Whispers of Fukushimaという福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルムの無料試写会が催された。日本やドイツ、他の地域での上映に先駆けた初めての公開試写には200人ほどの観衆が訪れ、一時間半を立ち見で通した人もいたほどの盛況ぶりをみせた。一見したところ日本人ではない観客が多く、地球の裏側の話でありながら、高い関心を寄せていることが窺えた。

  監督の椎木透子さんはミシガン在住で、震災の翌年に「ドラゴン・プロジェクト for 東北ジャパン」という、世界各地から集まったドラゴンの絵をつなげた作品と人々の思い、そして各地での支援イベントによる収益金を東北へ届ける活動をスタートした。そして、自ら福島を訪れて実状を知り、被災者の声を人々に届けたいという思いに駆られ、2013年の春にドキュメンタリーフィルムを作ろうと奮起。同年8月には、福島第一原発から25kmの自宅で原発被災した作家たくきよしみつ氏とコンタクトを取って情報を収集し、11月に再度福島を訪れてインタビューを行なった。昨年(2014年)春に、撮影スタッフも伴い、より多くの声と姿を収集した。

  インタビューに応じた人々は、避難勧告地区となった南相馬市から避難した先でブラスバンド部を再開した中学生と指導者、前述の作家たくき氏、和太鼓グループ、元東京電力社員、オリーブ生産者など多様。原発から20Kmに位置する獏原人村(ばくげんじんむら)という理想郷コミューンに住む夫妻も登場する。福島で生きると決めて過ごしている人たちの声である。そして、相反して他県に家族ぐるみで避難した人の声も収めてある。皆、それぞれの居場所と価値観で精一杯生きていることが伝わってきた。

  練習不足と部員減少にも拘わらずコンクールに挑戦し全国大会で優勝したブラスバンド部員は「かわいそうと決めつけないで」「楽しいこともたくさんある」と涙ながら伝える。指導者の阿部和代さんは「生徒たちは打ち込めるもの、音楽があったので前向きになれた」と話す。打ち込んでいた活動を続けることや仲間と目標に向かうことが傷ついた心の復興に役立ったことは、和太鼓グループの指導者も当時を振り返りそう語った。

  オリーブ生産者佐藤氏は元消防士で震災時に過酷な状況に遭遇したが、この地に留まり、放射線に強いオリーブを育てると決めた。オリーブは5年でようやく実が成るという。まだ出荷の目処は立っていないとこぼすが、決意のほどが窺える。そうした地元の人たちの活動を元東京電力社員であった吉川彰浩氏は団体を立ち上げて支えている。そして、いがみ合うのではなく、一緒に再生していく道を探せたらと彼らは語る。

獏原人村の創始者マサイさんは、森の奥での原始時代のような暮らしを貫いているだけに、今の日本に生きる人たちに疑問を投げかける。「皆が、地球が本当に壊れる前に気づかないと…」と。

誰からか指示を受け自分の生き方を決められてしまうのではなく、自分の意思で選択し生きたい、村を離れる気はないと語る。

  岡山県に避難した女性大塚愛さんは、避難先の仲間たちや一時保養で福島からくる方々の受け入れ活動を通し、“残る”“離れる”の選択によって生じた壁に直面するが、直接話し合える機会を設け、そうすることで溝が埋まり、分かり合えることを感じていった。「皆それぞれに立場も違うしどっちが正しいとか間違っているということではない。残った、逃げたと選択は違っても原発事故に遭ってしまったということは皆同じ。だから、いがみ合うのではなく、話し合い分かち合い、歩み合うことが大切」と話す。

  このドキュメンタリーフィルムは、ブラスバンドや和太鼓のパフォーマンス、そして透子さんの夫で音楽家であるエリックさん(Erik Santos)を含めた出演者達の心のつぶやきのような歌声やギター演奏

が散りばめられ、より胸を打つものになっている。クライマックスで演奏される たくきよしみつ氏の『奇跡の星』はこの地球上に生きる全ての人に送られるメッセージとも言えるだろう。約1時間半のフィルムは、和太鼓メンバーが“Rolling on…”

という歌詞が繰り返されるオリジナル曲を飾り気なく歌う映像でエンディングとなった。4年の歳月が過ぎたが、復興への道はまだまだ続いていく。

  上映後、透子さんと音楽担当のエリックさん(ミシガン大学ミュージックスクール作曲科教授)、そして透子さんと共に撮影を務めたカメラマン(Chris Asadian)の3人が舞台に上がり、タグを組んだ経緯や日本での撮影について話した。透子さん以外は日本語が理解できないが、

「音楽がコミュニケーションの手段になった」「素晴らしい経験だった。言葉は違っても、笑顔や涙はどこの国の人も同じ」とエリックさんは述懐した。

  音楽がこのフィルムの軸なのかとの観客からの質問に、「インタビューした人が図らずも音楽家でもあったなど、偶然こうなった」と返答。復興に際して“歌の力、音楽の力”が取り上げらることが多々ある。この日米をつなぐフィルムも音楽が大きな役を果たしたといえる。ちなみに、登場した和太鼓奏グループ“山木屋太鼓”の指導者遠藤元気氏が透子さんの橋渡しで、この夏、ミシガンに来訪し、地元の人々と交流する予定になっている。

  別の観客からは、予告編では福島に留まることを選んだ人たちの話であるかのようだったが、もっと広い内容とメッセージがあったと指摘し、「友人にも見せたい。ぜひまた上映会を企画して欲しい」と称賛をこめた懇願の声が寄せられた。予告より広がりがあることについて透子さんは「来て、見て、それぞれの人に考えて欲しかった」と答え、何を伝えたかったかも会場では敢えて語らなかった。

★映画のサイトアドレス

 http://thresholdfukushima.com

  映画は今後他の地域で上映後、再びミシガンでの上映を予定している。再上映や今後の活動について、弊紙でフォローし情報をお伝えしていきたい。

  以下、映画に取り組んだ動機や取材を通して感じたことなどについて、上映会終了後に透子さんより頂いたコメントを紹介させていただく。

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福島の学生達の「福島は福島は放射能汚染や問題ばかりということでもないです。色々なものがあります。」「ここにいるのは、福島で生きることを決めた人達です。生活を立て直していく為、皆で努力しています。だから、福島にいるなんて可哀想な子達だとか、がんの危険性についてばかり話すのではなくて、海外の皆さんが、よりよい未来を築いていくには何ができるのかとか、そういうことを考えて欲しいです。」「二度とこんなことはおこすまいと肝に銘じてほしい」といった言葉に心を動かされ、同じ目線に立って、もっと話を聞いてみたい、そして福島から遠く離れた人達にも伝えたいと思い、福島で今を生きる人達を追った映画を撮ろうと心を決めました。そしてこの映画制作を通し、実際、本当にそれぞれに違った人生の選択をしながら、またそれぞれに違った立場ではあるけれど、でも同じく今をひたすら模索しながらも一生懸命生きている方々に出会う事が出来ました。そうして、震災の話だけでなく、人生の話、生きる知恵、そしてそれぞれの方々が奏でる音楽も聴くことが出来ました。映画制作を通し聴くこと、知ることが出来たことは、本当に自分の人生に於いても大切なものであり、そしてここから何ができるだろうという新たな自分への問いにもなりました。本当にここから、何ができるか、それをさらに考えていきたいと思いつついます。

椎木透子

五大湖太鼓センター7年目に突入

五大湖太鼓センター7年目に突入 1

20256019_Detroit Rever Day-1ノバイ市に拠点を置く「五大湖太鼓センター」は、2009年秋にミシガン州で和太鼓パフォーマンスグループ「雷音(らいおん)太鼓」が結成されたと同時に、雷音太鼓メンバーであるブライアン・ソウル氏によって創立された。「ミシガンに太鼓の素晴らしさを広げ、太鼓を愛する人の拠点になりたい」という夢を実現するための太鼓道場である。年明けの2010年1月には教室を開始し、ミシガン州初の和太鼓普及と演奏活動のセンターとして展開してきた。昨年には、同センターで修練してきた古参メンバーを中心とするパフォーマンスチーム「五大湖ドラマーズ」も結成された。雷音太鼓のメンバーや五大湖ドラマーズを含む太鼓センターの生徒たちは、こIMG_8831の6年ほどの間、数多くの日系の文化紹介イベントなどで演奏を披露した他、アジア系の踊りと音楽の祭典Splendor of the Eastやロイヤルオークの恒例ビッグイベントFord Arts, Beats & Eats Festival、デトロイトで開催されるDetroit River Daysなど様々な地元コミュニティーのイベントへも出演し、学校や教会でのワークショップも数多く行なってきた。

DSC07640同センターは開設以来、ソウル夫妻の日本での繋がりを活かし、世界一流のパフォーマーを呼び寄せ公演を実現してきた。一周年コンサートには日本の実力派和太鼓ユニット『焱(ほのお)太鼓』がゲスト出演。『焱太鼓』はソウル氏が真有美夫人とともに太鼓修行をした浅野太鼓(石川県)に所属する女性の演奏グループで、国内外各地で活躍し、今日日本に広がっているパフォーマンス太鼓の先駆者でもある。二周年コンサートには、世界的に有名な『鼓童』のメンバーによって結成された『花結(はなゆい)』との舞台を実現。三周年には、焱太鼓のメンバー二人が再度渡米し、共演の他、当地の学校での実演披露も行なった。

DSC07581そして今年2015年6月6日に、五周年記念公演会がデトロイト市のRedford Theatreで開催された。Redford Theatreは1928年にオープンした歴史的な劇場で、内装のモチーフが“日本”という、和太鼓演奏にぴったりといえる日本風な装飾が施されている3階建の荘厳な施設。創設者の夫人が大変な日本贔屓であったそうで、創立当時「アメリカ屈指のユニークな郊外劇場」と言われ人気を博した。インターミッションでは、そのシアターオルガンもチャーチオルガニストにより演奏され、独特の音色を直に聴くことができた。

DSC07589五大湖太鼓センター主催として最も大きな会場でのコンサートとなった五周年記念演奏会には、『焱太鼓』から独立した若手メンバーを中心に結成した女性和太鼓グループ『DIA⁺(ダイアプラス)』が出演に応じ、華麗かつダイナミックなパフォーマンスを披露した。
_MG_1393開設当初20名ほどであった同センターの生徒は約80名にまで増加。3歳から83歳の広い年齢層の様々な人種が和太鼓を楽しみ、その魅力のとりことなっている。

DSC07454
公演前半の開始前には獅子舞が余興に披露され、インパクトのある『DIA⁺』の演奏で幕開けし、続いて6つのレベルクラスごとの演奏発表の他、『雷音』、『五大湖ドラマー』の合わせて11曲、そして後半は『DIA⁺』による9曲、と、盛り沢山なプログラムが組まれた。同センターでは、日本の伝統リズムやメロディーを大切にしつつも、お神楽(お囃子)や歌舞伎などの伝統芸能とは異なる‘創作和太鼓’を主なレパートリーにしている。古くからの楽曲をアレンジしたものや、近現代に作曲された20曲が届けられ、会場は空気を震わすほどの響きとパワーに包まれた。演奏者、出演者と会場が日本語と英語で和やかに交流し、アメリカの日本的な美しいシアターと一体となって、会場は終始華やいだ熱気に包まれていた。また、演奏者の和風で粋なコスチュームと、そして司会を務めた前田和香子さんの貴やかな着物姿も聴衆を楽しませた。

photo 2『DIA⁺』のリーダーである山田瑞恵さんは多数の和太鼓曲の作曲者でもあり、今回の演奏会でのセンターの生徒や“雷音太鼓”が叩いた曲にも山田さん作曲のものが多数含まれていた。曲名は『乱気流』『雷群』『出航』など自然にまつわるものが多く、曲想もそれを表して、凛とした雰囲気のもの、あるいはダイナミックな激しさで周囲の空気を震わせるものと、自然界の静と動を豊かに醸し出していた。同センターのためのオリジナル曲『五大湖』も、『雷音』と『五大湖ドラマー』の合同で奏でられた。

およそ六百人を数えた観客の大半は地元のアメリカ人と見られる人々。和太鼓、そして同センターの活動が浸透し、ファンが増えていることが伺えた。2時間を超す長帳場となったが、全ての曲が終わるや否や観客席から盛大な拍手と歓声が沸き上がり、スタンディングオベーションでの感動的な幕切れとなった。公演後にはホールでDIA+のメンバーと交流する時間も設けられ、貴重な和太鼓演奏鑑賞の機会に恵まれた感謝と喜びの声が出演者に伝えられていた。

ブライアン・ソウル氏は、五周年コンサートの感想と今後の抱負を「五周年に、百人近くの生徒になり、このように大きなことができるとは当初は思っていなかった。今回の演奏会で六百人ほどのお客さんに、そして今までには何千人もの方たちに和太鼓を紹介でき、とても嬉しいです。」「2007年から2年間、太鼓を習い、その素晴らしさや嬉しさ、体験したことをミシガンの人に伝えたかった。これからももっと多くの人に広めたいです。」と語っている。

IMG_1290和太鼓に馴染みの薄かった当地で、地盤を固めてきた五大湖太鼓センターの今後の展開が楽しみである。尚、10月に開催されるJBSD(デトロイト日本商工会)とJSDウィメンズクラブ共催の日本祭りに今年も出演が予定されている。

「若い人、ミュージシャンだけでなく、いろんな人がエンジョイできることが素晴らしい」とソウル氏。

クラスの見学はいつでも歓迎。体験も可能。尚、予めご連絡下さいとのこと。

email: raion.taiko@gmail.com

または 248-773-8899 (日本語可)

五大湖太鼓センターホームページ:www.michigantaiko.net

Michigan 2016 Japanese Language Speech Contest ミシガン2016日本語スピーチ・コンテスト

ミシガン州内の高校と大学の日本語学習者を対象とした日本語スピーチコンテストが在デトロイト日本国総領事館の主催で2月27日(土)にノバイ市のシビックセンターを会場にして行なわれた。このコンテストは毎年、デトロイト日本商工会、ミシガン南西オンタリオ日米協会、ミシガン日本語教師会、国際交流基金など複数の団体の支援や協力、そしてデルタ航空の協賛を得て実施されている。事前の選考を経て、今年は高校部門7名と大学部門6名が本大会に出場し、学習の成果を披露した。

審査員の一人として同イベントに初めて参加された和田総領事は開会にあたり、まず、世界中の日本語学習者は400万人ほど、米国では11万5千人おり、前年より増えていることを伝えた。当地赴任後7カ月経ったが、ミシガン州での日本語学習に対する意欲の高さを既に見聞していると告げた。また、本イベント参加者らは何カ月も準備に費やしてきたことであろうと、その努力への称賛に重ね、教師の献身、同イベント支援者への謝辞を寄せた。言語は異文化理解のエッセンシャルであり、ツールであり、また、世界を広げ人生を豊かにし、生涯役立つものと信じていると述べ、「参加者が日米両国の懸け橋になることを願っている」との期待の言葉で結んだ。

当大会への応募資格と条件は、日本に長期滞在していないこと。よって、日本渡航の無経験者か、あるいは短期の滞在を経験した出場者たちであるにも拘らず、滑らかな話し方をする参加者が年々増えている。特に高校生は吸収力の高い時期とあって、数カ月の留学経験を通して驚異的な会話力をつけている学生もおり、滞在期間の違いがスピーチにも現れる傾向が強いと言える。一方、インターネット環境が整う昨今、幼少期から日本語のアニメを原語で視聴してきたなど、当地に居ながら吸収してきた学生も少なくない。今回に限らず、日本に一度も行ったことのない学生が優勝を飾るケースも珍しくない。作文(論文)コンクールではないため、語彙力や知識、文章構成力が高いからといって必ずしも上位入賞するとも限らない点もスピーチコンテストの難しさであり、面白さでもあると言える。

本コンテストでは規定時間内に、暗記したスピーチの発表を課せられる。語彙の豊富さと正しい使い方、話題の展開やまとまりといった作文の要素に加えて、発表の際の話し方などが総合的に評価される。

和田総領事をはじめ、JBSD文化部会ならびにJSDウィメンズクラブ、日米協会の代表が審査を務めた。

高校の部で第1位に輝いたナヒュン・アンさんは、「私には将来を決めることが一番難しい」と、将来の夢を題材に、迷いの多い思春期の高校生らしい率直で真面目な本音を語った。スピーチも滑らかで澱みが無く、その後の審査員による質問への応答も、理由も織り込んで、すらすらと長く話せるレベルであった。

大学の部の第1位となったマリアン・キャンデラーさんは、「自分の民族的背景や文化的習慣は、アイデンティティを形成するのに大切な役割を果たすと言われています。しかし、はっきりとした民族的背景や習慣がない私にとっては、このアイデンティティというのは、これまでずっと探し求めてきたものでした。」とスピーチを切り出した。家系のルーツや伝統が明白な人がいる一方で、様々な血や文化が混じった家族も少なくないアメリカの多様性、そして、そこで育つ「人種を問われても答えられない」子供の悩みを知ることができるスピーチ内容であった。大学という多様性豊かな環境で、同じような友に出会い、そして「日本語を話すことによってアイデンティティの基礎を作り始められた」とのくだりが、印象的であった。

「私にとっての『マルチカルチャー』というのは、『色々な人と交わり、相手を受け入れることができる人』という意味に変わっていました。」との言葉が表明された。(日本の英語指導のアシスタントをする)JETプログラムに応募しており、日本の子供たちに、「グローバル化する世界では、他の文化や民族背景を持つ人と交わり、その人たちを受け入れることが、どれだけ大切であるか、を伝えたい」とスピーチを結んだ。他の文化や民族背景を持つ人との関わりに不可欠な言語を習得し、マルティカルチャーを豊かにとらえている彼女のような若者の活躍に期待したい。日本語を聞き取る力が高く、明瞭な発音ができるマリアンさんに、スピーチ後に習得方法を探ってみたところ、日本の歌謡曲が好きで、インターネットでよく聞いていたとのこと。インターネットを上手に活用したいものである。

スピーチ内容の多くが、日本での経験により広がった視野や気づき、あるいは日本語学習を通じて得た思いを題材としている。言語だけではなく、日本の習慣や価値観をも学んでいる若者たちの新鮮な観点や感想を垣間見ることができるこのイベントは、聴く人々、特に日本人にとっても得るところが大きい。

以下(P7,P8)に、全参加者のスピーチ内容の要約と各部門の優勝者の原稿全文を紹介させていただく。

スピーチコンテストの後には、今回初めての試みとして、企業と学生を結ぶネットワーキングフェアが開催された、審査員も務め、このフェアをオーガナイズしたカーシャさんによれば、「日本語を学んでいる学生に、日本語を使える人は様々な企業で求められることを知って欲しい」、いわば、語学を身につける意義や貴重さを伝えることが主目的。翻訳通訳、語学教師になる以外に様々な分野・職種で 語学力は活かせ、世界を広げられることを認識して欲しいとのこと。また、企業側も日本語履修者をどう使えるか模索している実情にも寄与したいと話す。実際の求人求職活動を目的としたジョブフェアとは異なり、和やかなネットワーキングの風景が広がっていた。

原稿要約

プログラム順に氏名、学校名、題名

*H.S. : High School

「 」内は原文引用。一部平仮名を漢字に変換。

高校(ハイスクール)部門

Hannah Ackman (Stevenson H.S.)

実紅さんのホームステイ

2014年の夏、実紅という留学生のホームステイをホストした。「蛇とトカゲは好きですか」と尋ねたり、好きなバンドを聞かれて「ビートルズが大好きだ。」と答えたりした会話の内容や交流の話。「毎日楽しかったです。」

Nahyun Ahn (Troy H.S.) 優勝

ゆめをみつけるほうほう

「夢が分からないことが当たり前で、今から見つけても良いと努力すれば叶うと思います。」

*全文次ページに掲載

Elliot Boinais (Groves H.S.) 特別賞

生まれた時、家族はフランスに住んでいた。5年前に姉とフランスに旅行し、ヨーロッパの城をたくさん見た。少し、城のオタク。日本とヨーロッパの城は、丘の上にあるなど同じところもあるが違いもある。日本の城には、敵が攻撃できない格子窓や、歩くと音がする鴬張りの廊下など、おもしろい発明がある。

「松本城は私の一番好きな城です。」

Walter Davis II (Groves H.S.) 総領事賞

日本のクラスメート

5年くらい日本語を勉強している。今年私のクラスはオンラインの文通友達のプログラムKACに参加し、日本人と話すことが出来た。私たちの国の文化を紹介でき、お土産交換もした。パートナー校から、たくさんのお菓子をもらった。すごく違う。きな粉のお菓子はドッグフードの味だと思った。小魚とピーナッツのお菓子もあって、魚の頭が怖かったので誰も食べたくなかった。「日本が学びたくて流暢になりたいんです。だからKACが大好きです。」

Natalie Harshman

(Clarkston H.S.) 第3位

なぜ日本語がすき

高校で4年間日本語を勉強。日本語は一番好きな科目で、大学でも続ける。大学の後、JETプログラムで英語を教えに日本に行きたい。仕事は日本語に関与したい。日米の文化は違い、日本の文化は面白いと思う。違う文化の人との交流はとても大事。去年、千葉東高校の学生をホストした。その経験は面白くて楽しかったので、今年またホストする。この夏、修学旅行で日本に行くことになっていて、ドキドキしている。「親しい友達と新しい記憶を作り、日本語を習うのが楽しみです!」

Scott Schaefer (Groves H.S.)

おもてなし

「私は日本のおもてなしが好きです。」外国人がアメリカの家に行くとアメリカ人は「自分の家のようにしてください」と言う。日本人は一生懸命ゲストを喜ばせ、王様と同じに扱う。日本に行った友達が、皆優しかったと言った。「私はおもてなしを経験したいです。」ミシガンで日本のレストランに行ったとき、おしばりをもらった。温かく、きれいな感じで好き。父の日本人の友達は、知り合ったばかりの私に寛大だった。いつかアメリカで日本みたいなおもてなしがあったらいい。

Jenny Zhi (Troy H.S.) 第2位

昨年の自転車旅 

昨年の夏、中国の人権問題をアメリカの人々に知らせるため、ロサンゼルスからワシントンDCまで自転車で渡った。法輪功という修行は中国の政府に16年間差別されていて、多くの法輪功の子供は孤児になってしまった。私も法輪功を信じているので、孤児のことをとても心配している。だから、いろいろな国から来た25人の法輪功の子供たちと一緒に「自由へと向かう」というプロジェクトでアメリカを渡る旅をし、この問題について話した。2カ月掛かり、疲れて汚くて痛かったけど、みんなの手伝いや励ましで、多くの障害を克服して、楽しい思い出を作って、私の一番の友達になった。差別の終わりへの一歩を進んだ。「私は将来にも続けたい」

大学生部門 

James Alessandrini

(Eastern Michigan University ) 第2位

僕が大好きな困っている日本

最近日本に留学し、忘れられない友達も思い出もたくさん作れた。日本に住んで働くのもいいなあと思ったが、やっぱり無理。それは日本語の能力ではなく、「問題は働き過ぎの社会です」。残業や休みに働くことは珍しくなく、働きすぎで病気になって死んだり、仕事のストレスで自殺する場合もある。働き過ぎは他にも影響。結婚、子育てのお金がないことが少子化の一つの理由だと思う。改善するには、高齢化を利用したらいい。お年寄りにパートやボランティアで職場に戻ってきてもらえば、一人一人の仕事を減らせると思う。「僕が喜んで働けるような日本に変わってほしい」

Jamie Heywood

(Kalamazoo College) 総領事賞

同性愛者としての経験

「私は同性愛者なんです」と告げ、大学留学した日本と、アメリカでの、同性愛者としての経験を語った。日本でボーイフレンドについて聞かれて同性愛者だと答えたら、「じゃ、ガールフレンドは」と聞いてきてほっとした。スピーチクラスで話題にしたら、先生が励ましてくれた。レズビアンバーを案内してくれる人がいたり、親切だったので楽しかった。アメリカでは同性婚ができようになったが、世界中で差別がある。住めなかったり、合法的に殺される国もある。「人を性・身分・宗教・人種などで差別するのはまちがいです。私たちは本当に同じ」「人が差別されているのを見たら私を思い出して。大きな声で反対してください。」

Marian Kandler

(Eastern Michigan Universit y) 優勝

マルチカルチャーと私

多文化背景をもつ自分について

*全文次ページに掲載

Huiyi Liu (Michigan State Univ ersity)

一期一会

「日本語のことわざが面白い」「ことわざの中で四字熟語が一番好き」。好きな理由は四文字で多くを表わせられるから。一番印象的なのは「一期一会」で、それを初めて聞いたのは好きなバンドのコンサートのテーマ。「一つ一つの出会いは一生に一度で、友達と一緒に過ごした時間はもう二度と戻れない。毎日会っても一緒に過ごす時間は違う」「条件がそろわないと同じ感情はいだけない」など、その具体的な話を挙げた。

Christa Scheck

(Kalamazoo College) 第3位

直訳の問題

高校1年生で日本語の翻訳クラスを取り、日本語が大好きに。大学1年生の時には歌や小説を翻訳し、多くのことを学んだ。最も注意すべきことは直訳。正確な意味を伝えられない。まず漢字。例えば電車はTrainでありElectric Carではない。

「日本文化では、皆が知っていることは文章で言わず推測することがある。また、悪いことは言わず途中で止める」と特徴を指摘。

Ka Sheng (Kalamazoo College) 特別賞

日本の携帯電話

ガラケーの携帯電話について

日本人が使っている携帯電話と他の国のを比べ、違いがはっきり見られる、と高校生の時に思った。理由は、そのころ(*2015年)のアニメのキャラクターはガラケーを使っていたため。しかしインターネットでデータを探して、ガラケーの使用者は約20%に過ぎず、他はスマートフォン使用者であることに驚いた。2008年にはガラケーはスマートフォンの10倍くらい。1999年に日本では携帯電話でインターネットサーフィンができ、便利なソフトウェアがあったため、2007年に海外でスマートフォンが作り出されたが、ガラケーの方が便利で使いやすいと思った日本人が多く、その結果、スマートフォンを開発しなかった。201 0年、4代目のアイフォンが日本で大ヒット。そして去年、ガラケーはスマートフォンの5分の1に。キーボードの触感が素晴らしいなどの考えを持つ人がガラケーの使用者かもしれない。去年5%増えたが増加していくかは明らかではない。「ガラケーは日本文化の一つだと考える人は多いので、絶滅したらとても残念でしょう。」

高校生部門 優勝

「ゆめをかなえる ほうほう」

ナヒュン・アン

小さい頃にお姫様になりたかったです。すこし大きくなって学校に行くときにはテレビに出るアイドルになりたかったです。でも何時かから私が何が好きなのか、何に得意なのかもわからなくなてしまいました。私の周りには好きなことをやりたい人や、自分が何をしたいのかをわかってるひともいました。でも、わたしにはしょうらいをきめることがいちばんむずかしいことでわからないしつもんでした。こんなじぶんにしつぼうもしました。でもあるひとつぜんしっかりじぶんしょうらいをわかってるひとがたくさんいるかどうかかんがえました。たぶんそんなにないとおもいます。だからかんがえをかえることにしました。ひとりでなやむかわりに、みんながおなじだっとおもうことにしました。きまるときがきってたらいっしょけんめいがんばりましょう。たぶんいっぱいな人たちがしょうらいのことをなやんでるとおもいます。でもあまりネガティヴにかんがえたりかんがえすぎないようにしてほしいです。ゆめはかんがえだけではかなうものじゃないとおもいます。じぶんの夢がわからないことがあたりまえでいまからみつけてもいいとどりょくすればかなうとおもいます。(原文ママ)

大学生部門 優勝

「マルチカルチャーと私」

マリアン・キャンデラー

皆さんは、「子どものアイデンティティはどのように形成されるのか」についてかんがえられたことはありますか。

子どもにとって、自分の民族的背景や文化的習慣は、アイデンティティを形成するのに大切な役割を果たすと言われています。しかし、はっきりとした民族的背景や習慣がない私にとっては、このアイデンティティというのは、これまでずっと探し求めてきたものでした。今日は、そのお話をちょっと聞いていただければと思います。

歴史や伝統がある家庭に生まれたクラスメートを見て、うらやましく思ったことがあります。みんなは、自分がどんな人か、はっきり知っているように感じました。しかし、私は、と言えば、母国であるアメリカでも、自分が外国人のように感じました。母はいつも私に「誰かが、人種は何?と尋ねたら、『人間です。』と答えればいいのよ。」と言いました。中学校の時、母から「マルチカルチャー」という言葉を教わりました。そして、母から「私たちの祖先は世界中から来た。」と聞きました。しかし、当時の私は容易に識別ができる人種がほしかったのです。「白人」「ネイティブアメリカン」「アジア人」などのようにです。

当時、私はすごく内向的で、一人で考えるのが好きでした。人と話す代わりに、観察するのが好きでした。そのために、よくクラスメートに誤解されました。私は特定の文化や習慣やアイデンティティを持っていなかっただけではなく、人間関係を作ることもできなかったのです。私は疎外された感じがし、当時の私にとっての「マルチカルチャー」というのは、「何もない人」、「自分の国でも外国人」、「文化がない人」を意味しました。

しかし、大学入学あたりから私の中の何かが変わってきたのです。私と同じような学生の友達ができました。三学期から、長年自習していた日本語を専攻することに決めました。私は日本語を話すことによって、自分のアイデンティティの基礎を作り始められたように思います。日本語を通して、他の人と関わるすべを見つけたように感じました。文化や民族というのは、中学生や高校生の時に感じたように、疎外するものではなく、人と人をつなげるものだと、少しずつ学び始めました。私は自分を受け入れられるようになっていくと同時に、他の人も受け入れられるようになっていきました。

三回生の時に、日本への留学が決まりました。日本に着くと、不思議なぐらい日本のすべてが私を迎えてくれました。カルチャーショックなんて一度も経験しませんでした。でも、それはなぜだったのでしょうか。私ははっきり決まった人種や習慣がないため、日本の文化も人も、人一倍受け入れられる能力を持っていたのだと思います。子供の時から、私は常に色々な文化や習慣に浸っていたからです。日本での経験のおかげで、私は色々な文化や習慣を持つ人と、もっと交わりたい、という思いにかられました。子供の時に、よく無視されて、誤解された私には、他の人が誰であっても受け入れられる人になりたい、と思うようになったのです。そして、気がついてみると、私にとっての「マルチカルチャー」というのは、「色々な人と交わり、相手を受け入れることができる人」という意味に変わっていました。

今年、JETプログラムに応募した私は、これまでの体験を日本の子どもたちに伝えたいと思っています。このどんどんグローバル化する世界では、他の文化や民族背景を持つ人と交わり、その人たちを受け入れることが、どれだけ大切であるか、を伝えたいと思います。

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2015年度 日本まつり開催

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2015年度 日本まつり開催 2

JF2015運営委員04510月11日(日)、JSDウィメンズクラブとJBSD(デトロイト日本商工会)文化部会の共催による日本まつりがノバイ・ハイスクールを会場に開催された。当日は穏やかな秋晴れに恵まれ、1時から4時までの開催時間を通して大勢の人で溢れた。この日本まつりでは、アメリカ人や他の文化背景を持つ人たちへの文化紹介と交流を主目的として、日本文化紹介の様々な展示や実演などが行われている。もちろん周辺に滞在している日本人が楽しむ場にもなっており、秋の一大行事として定着している。

日米協会、そして、ミシガン州と姉妹県州提携をしている滋賀県も協賛している他、ノバイ市並びにノバイ地域学校区、在デトロイト総領事館が協力し、盛大に開催されている。今年も多数の団体や個人ボランティアなど300人を超す人々が協力してこの一大イベントを支えた。JSDウィメンズクラブからは運営委員12名の他、50名近い女性がボランティアに応募。毎年参加している常連も少なくない。また、ノバイ・ハイスクールの生徒を始め、日本語を学習する現地のハイスクール生もボランティアとして参加。大学の日本学生会メンバー、日本人高校生も合わせ、120人近くが来訪者との懸け橋として若いパワーを提供した。

075DSC_0219オープニングのセレモニーでは、デトロイト日本商工会の文化部会長の挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館の和田充広総領事、ノバイ市長、教育委員長による開会の辞が述べられた。それぞれ、このイベントの開催と日米の文化交流と友好親善を祝福する言葉を伝えた。

アトリウムと呼ばれる広々としたオープンスペースには、茶の湯実演や、書道と折り紙の体験コーナーが設けられ、手馴れた日本人女性たちを中心に実演や体験ワークショップが提供された。茶の湯実演は、当地で活動する裏千家・表千家・石州流、3つの流派が手を携え、合わせて6回実施した。生け花インターナショナルによる数点に及ぶ展示が、文字通り華を添えた。

060また、在デトロイト総領事館や滋賀県による文化紹介ブースを始め、デトロイトりんご会補習授業校、JCMU ( Japan Center for Michigan University)やJET (Japan Exchange and Teaching Programme) など、日本に関連した団体のブースも並んだ。また、日本生まれの商標デザインを元にタオル帽子を作製しミシガン内の病院などの患者さんに寄贈する活動をしている「ミシガン・タオル帽子の会」もブースを出した。

DSC_0139日本まつりの場で、周辺での様々な活動や、当地と日本との繋がりを知ることができる意義も大きい。

割りばし鉄砲づくりの工作や、金魚すくいや輪投げなどの日本の縁日遊びの体験コーナーは今年も大人気。主催者によれば、今年は子供の来場が多く、縁日は例年にも増して大盛況となった。

IMG_4963オーディトリアム(講堂)では6つのグループと1人のパフォーマーが順次出演。プログラムは「五大湖太鼓センター」による和太鼓からスタートし、日本のお祭りで見聴きするものとは違った創作パフォーマンス太鼓の魅力を披露した。終盤にも、竹のバチを使った趣の異なる曲など、レパートリーを変えて演奏した。

071今回が日本まつりへの初出場となったのは、イースタンミシガン大学に留学中の書道経験者を中心にした同大学学生たち10名による書道パフォーマンスグループ。書道パフォーマンスは、日本では高校生の全国大会があるほど近年ポピュラーになっているが、数人で音楽に合わせて大きな筆で文字を書いていくもの。この日のために結成されたグループにとって初めてのパフォーマンスでもある今回は、7x6メートルもの巨大な半紙に、モップのような大筆も駆使し、ポップな音楽に合わせて大小の文字を書き上げた。

尚、床で描く様を観客が見れるようにと、同イベント初めての試みとして、舞台の正面と天井とハンドカメラ、計3台のカメラによる同時撮影映像が舞台両側のスクリーンに映し出した。他の演目でも演奏者が大きく映し出され、好評を博した。

120当地で1991年に発足した歴史をもつ女声コーラス「トリリアム」は、大人の女性の声と人生経験が醸し出す豊かなハーモニーで、イギリスの人気作曲家ボブ・チルコット編曲による日本の唱歌の中から、季節感あふれる「おぼろ月夜」「紅葉」「村祭り」と、シャンソンのスタンダード「枯葉」を届けた。

079その「トリリアム」と男声合唱団「ホワイトパイン」のメンバーを中心に、混声合唱をしたい有志が集まった「音もだち(おともだち)合唱団」は、女声と男声が重なって生まれる層の厚いハーモニーで、合唱曲『心の四季』より『愛そして風』などを歌い上げた。

IMG_4894NHK番組「おかあさんといっしょ」15代目‘歌のお姉さん’森みゆきさんが当地で結成した音楽パフォーマンスグループ「ドリームシンガーズ」は子供ならではのピュアな声と表情で、「夕焼け小焼け」などの他、森みゆきさん作曲の「LOVE YOUR LIFE」の歌、そして『南中ソーラン節』の溌剌とした踊りを披露した。

IMG_4915更に、日本の伝統芸能も登場。以前ミシガン州に住んでいた縁から、花柳流の名取である小山みち江さんがオハイオ州から駆けつけ、今回は‘男踊り’である『黒田節』と‘女踊り’の『さくらさくら』、そして面をつけての小唄『紅日傘』、と、3つの形も雰囲気も異なる演目を披露した。本格的な日舞を直に鑑賞する機会を得て、観客から感謝と賛辞の声が集まった。

113邦楽グループ「雅」は、琴3面と管弦楽器とのコラボレーションにチャレンジ。季節にふさわしい人気の箏曲『秋の言の葉』をバイオリンとチェロを交えて現代的にアレンジした曲の他、日本国内外で広くカバーされているヒットJ-POP『雪の華』ではピアノとサックスフォーンと合わせ、多様で新鮮な音色を会場に響かせた。

近隣の才能が集まり、充実したプログラムになった。

20151011_102042野外では昨年に続き、NASCARレースカーとともに日本人唯一の現役NASCAR ドライバー尾形明紀選手が、活動拠点であるノースカロライナから来訪。当地応援団等の協力を得て、ブースを出展した。今年は大日本印刷の提供により、撮った写真を即プリントできる設備が用意され、尾形選手と一緒にレースカーの前で記念撮影をし、その場でプリント、それに尾形選手がサインするというサービスが実施された。順番を待つ行列は途絶えることなく、和田総領事夫妻も記念撮影を楽しみ、日本人はもちろんのこと、アメリカ人も多く訪れ、初めて見るNASCARと写真サービスを喜ぶ顔が印象的であったとの担当者の話。昨年、りんご会補習授業校で講演を行なったこともあり、デトロイト地区ですっかり‘おなじみ’になった感である。

20151011_144159賑わいをみせた日本まつりはJSDウィメンズクラブ会長によるクロージングの挨拶で幕を閉じた。後日、感想を伺ったところ、「訪問者の流れが良くスムーズにいろいろ見て頂けたかと思う」との話。楽しめたとの声が多数寄せられたそうである。

大勢の人々の尽力の成果である。盛りだくさんな内容で、続いていって欲しい。

写真・情報提供:JBSD、JSDウィメンズ他

補習授業校にて 宇宙飛行士試験に挑んだ ビジネスマンによる講演会補習授業校にて 宇宙飛行士試験に挑んだ ビジネスマンによる講演会

<!--:en-->補習授業校にて 宇宙飛行士試験に挑んだ ビジネスマンによる講演会<!--:--><!--:ja-->補習授業校にて 宇宙飛行士試験に挑んだ ビジネスマンによる講演会<!--:-->

酒井忠司氏

 デトロイトりんご会補習授業校では、中学・高校生を対象に「キャリア教育講演会」と題して、より広い視野で将来に向けて職業観を養う機会を提供している。2012年度3回目となった2月の講演会には、夢であった宇宙飛行士を目指して1998年にNASDA(宇宙開発事業団、現在のJAXA)の選抜試験に挑み、第二次選抜試験まで進んだ経験を持つ酒井忠司氏が講師を務めた。
 NASDA及びJAXAは、1985年の第1回から5回にわたり宇宙飛行士候補者の採用募集を行ってきたが、酒井氏が挑戦した4回目の1998年には864名の応募者があり、書類選考を通過して第一次試験を受験したのは約200名、そのうち筆記試験(学力、一般教養)や心理学テスト、身体・体力測定など、多岐にわたる審査を突破して第二次選抜試験へと駒を進めたのはわずか51名という狭き門。酒井氏は、筑波のNASDA本部で一週間にわたって行われた第二次選抜がどのようなものであったかを説明した。中でも、学力、運動能力、協調性、リーダーシップなど、飛行士としての適性を厳しく試される検査の内容や様子は、当事者でなければ語れない詳細さと臨場感に溢れたもので、会場の生徒達は興味津々の様子で聞き入っていた。この年の最終合格者は、現在宇宙飛行士として活躍している山崎氏、星出氏、古川氏の3名。彼等は、子供の頃に受けた感動や刺激がきっかけで宇宙飛行士を目指したという。夢を持ち続け、実現するために何をなすべきかを選択し、邁進してきたからこその成果であることを強調した。自身の宇宙飛行士の夢は叶わなかったが、選抜試験中の稀有な体験や、目標が同じ人々との共同生活は楽しく貴重な時であったこと、また第二次試験への合格者は、その後も様々なイベントや親睦会への招待が届くので、歴代宇宙飛行士と交流する機会もあることなど、夢に挑戦した成果の大きさを伝えた。また、同校で臨時講師を務める家田義也氏とは、選抜試験で出会って以来の仲で、無二の親友となった。
 また酒井氏は、日本の宇宙開発事業団はNASAの10の1の予算で素晴らしい技術開発をしていることに触れ、「日本の素晴らしい技術力を絶やさないように理科を学んで欲しい」との言葉に加えて、宇宙開発の弊害や課題、そして理科を学ぶ意義にも言及した。そしてさらには、アメリカ国内にあるNASA関連の公開施設の紹介も織り込んだ。酒井氏は、同校の理科の授業を指導した経験があるため、この講演でも生徒たちの意欲や関心を高める工夫に努めていた。
 講演のまとめとして生徒達に、人類で初めて宇宙に行ったガガーリンが選ばれた理由というのが「話していて楽しい好青年だったから」という逸話を引用し、「人間関係を大切に。親や友に感謝するように」と諭したほか、「次の世代を担う人が頑張るかどうかで世の中が変わる」「皆さんのように英語も日本語も話せ、いろんな国の人と生活し異文化を理解できる人は貴重」「日本人として誇りを持ち、日本の代表という意識を持って行動して欲しい」など当地で学ぶ若者への期待と、激励を込めた助言を伝え、締めくくった。

酒井忠司氏

 デトロイトりんご会補習授業校では、中学・高校生を対象に「キャリア教育講演会」と題して、より広い視野で将来に向けて職業観を養う機会を提供している。2012年度3回目となった2月の講演会には、夢であった宇宙飛行士を目指して1998年にNASDA(宇宙開発事業団、現在のJAXA)の選抜試験に挑み、第二次選抜試験まで進んだ経験を持つ酒井忠司氏が講師を務めた。
 NASDA及びJAXAは、1985年の第1回から5回にわたり宇宙飛行士候補者の採用募集を行ってきたが、酒井氏が挑戦した4回目の1998年には864名の応募者があり、書類選考を通過して第一次試験を受験したのは約200名、そのうち筆記試験(学力、一般教養)や心理学テスト、身体・体力測定など、多岐にわたる審査を突破して第二次選抜試験へと駒を進めたのはわずか51名という狭き門。酒井氏は、筑波のNASDA本部で一週間にわたって行われた第二次選抜がどのようなものであったかを説明した。中でも、学力、運動能力、協調性、リーダーシップなど、飛行士としての適性を厳しく試される検査の内容や様子は、当事者でなければ語れない詳細さと臨場感に溢れたもので、会場の生徒達は興味津々の様子で聞き入っていた。この年の最終合格者は、現在宇宙飛行士として活躍している山崎氏、星出氏、古川氏の3名。彼等は、子供の頃に受けた感動や刺激がきっかけで宇宙飛行士を目指したという。夢を持ち続け、実現するために何をなすべきかを選択し、邁進してきたからこその成果であることを強調した。自身の宇宙飛行士の夢は叶わなかったが、選抜試験中の稀有な体験や、目標が同じ人々との共同生活は楽しく貴重な時であったこと、また第二次試験への合格者は、その後も様々なイベントや親睦会への招待が届くので、歴代宇宙飛行士と交流する機会もあることなど、夢に挑戦した成果の大きさを伝えた。また、同校で臨時講師を務める家田義也氏とは、選抜試験で出会って以来の仲で、無二の親友となった。
 また酒井氏は、日本の宇宙開発事業団はNASAの10の1の予算で素晴らしい技術開発をしていることに触れ、「日本の素晴らしい技術力を絶やさないように理科を学んで欲しい」との言葉に加えて、宇宙開発の弊害や課題、そして理科を学ぶ意義にも言及した。そしてさらには、アメリカ国内にあるNASA関連の公開施設の紹介も織り込んだ。酒井氏は、同校の理科の授業を指導した経験があるため、この講演でも生徒たちの意欲や関心を高める工夫に努めていた。
 講演のまとめとして生徒達に、人類で初めて宇宙に行ったガガーリンが選ばれた理由というのが「話していて楽しい好青年だったから」という逸話を引用し、「人間関係を大切に。親や友に感謝するように」と諭したほか、「次の世代を担う人が頑張るかどうかで世の中が変わる」「皆さんのように英語も日本語も話せ、いろんな国の人と生活し異文化を理解できる人は貴重」「日本人として誇りを持ち、日本の代表という意識を持って行動して欲しい」など当地で学ぶ若者への期待と、激励を込めた助言を伝え、締めくくった。

デトロイト美術館で 桃の節句 ひな祭りイベント

デトロイト美術館で 桃の節句 ひな祭りイベント 7

calligraphy3月5日の日曜日、デトロイト美術館(以下:DIA)の恒例イベントとなった日本の雛(ひな)祭りイベントが開催された。在デトロイト日本国総領事館によるプログラムで、雛人形の展示の他、JSDウィメンズクラブや当地で日本の芸能文化をたしなむ人々等の協力を得て、日本の伝統文化を紹介している。

dance今年は、DIA館内に今秋オープニングする日本ギャラリーのプロモーションも行われ、DIAが誇る荘厳なスペース「リベラ・コート」での茶の湯、生け花、琴、書道、日本舞踊の実演の他、隣のエントランス広間には豪華な雛壇と打掛の着物の展示と折り紙のワークショップコーナー、そして、日本ギャラリーオープニングに合わせて日本から招へいが予定されている伝統工芸マスター(職人)に関する

紹介ブースが設けられた。昨年にも増して盛りだくさんな内容を大勢の来訪者が楽しんだ。

IMG_1599DIAの日本ギャラリー担当者からは、日本ギャラリーが、美しくデザインされたスペースに精選された美術品が並ぶだけではなく、歴史などの背景も伝える展示になることが伝えられた。スライドでいくつかの作品が紹介されたが、中でも、仏像は、米国に7つしかないうちの一つであるとのこと。前述の日本からの工芸作家の実演等は「日本でもなかな目にできないものである」と貴重さを強調した。

DIAのボードメンバーであり、日本ギャラリーのオープニングのチームリーダである大光氏は、引き続きファンドを募っているとの呼びかけと、11月3日と4日にわたってオープニングイベントを行ない、日本手ぬぐいや和紙、江戸人形などの職人の他、日本舞踊の一団や百人一首のトッププレーヤー、豊田市から古武道であり民族芸能である『棒の手』の担い手も来訪し演技を披露する旨が伝えられた。「友人にお伝えください」とのこと。弊紙でも追々詳細を発信してゆきたい。

Display

文化紹介の前に、MCを務めた総領事館の文化担当者より、ひな祭り“ガールズ・デー”は、女の子の成長を祝うと同時に春の訪れを祝う意味もあるといった概要や伝統的な祝い方の解説などが行われた。

実演は、JSDウィメンズクラブによる茶の湯のお点前で幕開け。同会場で数えられない回数の実演をこなしているとあって、即席の茶席ながらも、場慣れした様子で落ち着いた雰囲気を生み出していた。凛とした美しい立ち振る舞いや点前に惹きこまれ、観客席にも粛々とした気配が漂った。お点前の進行に合わせた所作の意味の他、茶道具や掛け軸に関わる日本の美意識や考え方についても説明が添えられた。

IMG_1616いけばなインターナショナルデトロイト支部のメンバーによる生け花の実演披露では、花材の数や色を制限しつつ、それぞれを活かしアレンジして世界観を造り出す生け花の真髄を紹介。チューリップなど身近な花々が異なる趣を見せていく様に感嘆の声が漏れ、出来上がった美しい作品に多くの称賛が寄せられた。

邦楽演奏は平井波子さんとベートマン由記さんの二方による箏で箏曲『さらし風手事』、そして豊田紀弥子さんのバイオリンが加わって琴曲『春の海』を届けた。春らしい和やかで雅な音色に来訪者はうっとりと耳を傾けていた。

書道の実演は書家である藤井京子さんが身の丈以上の書を見事な筆さばきで息をつく間もない速さで披露。自身が事前に春らしい花の絵を施した和紙に、桃の節句にちなんだ和歌「あかざらば千代までかざせ桃の花 花もかはらじ春も絶えねば」を書き上げた。作品は生け花と合わせて飾られ、まだ春遠きミシガンの3月であったが、春の香りを人々に届けた。

日本舞踊は花柳流の名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけて、男踊りである「高砂」と、男女を一人で踊り分ける「荒城の月」、そして面をつけて若い女性を演じる「紅日傘」、趣の異なる演目を披露した。

IMG_1637折り紙を楽しんでいた父と息子の親子に声をかけたところ、折り紙をするのは初めてとのこと。折った‘手裏剣’を手に嬉しそうな表情を見せていた。

米人の来訪者から、当地で日本文化の展示鑑賞だけでなく、実演を見たり、体験したりできる喜びの声が多数寄せられた。車で2時間ほどかかるにも拘わらず、ほぼ毎年訪れ、楽しませてもらっているという米人ご夫妻にも会った。

デトロイト美術館は、自動車産業の繁栄のもと1885年に開館し、以来着実にコレクションを形成。今も6万5千点を超える幅広いコレクションで知られる、アメリカ屈指の美術館の一つである。

IMG_1639デトロイト美術館の後援者グルーブの一つにFriends of Asian Arts & Cultures:FAACがあり、アジアならびに古代中東やイスラム世界の地域を広くアジアと定義して、その多様な視覚的物質的文化の理解と評価を促進することを目的に活動をしている。日本ギャラリーのオープニングを控え、FAACでは、特にミシガンの日本コミュニティーの人々への入会を呼びかけている。

 

Michigan 2015 Japanese Language Speech Contestミシガン2015日本語スピーチ・コンテスト

<!--:en-->Michigan 2015 Japanese Language Speech Contest<!--:--><!--:ja-->ミシガン2015日本語スピーチ・コンテスト<!--:--> 1

  ミシガン州内の高校と大学の日本語学習者を対象とした日本語スピーチコンテストが在デトロイト日本国総領事館の主催で3月28日(土)に行なわれた。このコンテストは毎年、デトロイト日本商工会、ミシガン南西オンタリオ日米協会、ミシガン日本語教師会、国際交流基金など多くの団体の支援や協力、そしてノバイ市、デルタ航空の協賛を得て実施されている。今年は高校部門5名と大学部門10名が事前の選考を経て本大会に出場し、学習の成果を披露した。

  審査員の一人として参加した片山総領事は開会にあたり、ミシガン州における日本語学習の状況として、56のK-12(キンダーからハイスクール)、そして17の大学に日本語クラスが設置されており、計6,100名以上が学校や大学で学んでいることを伝えた。参加者らがコンテストのために多くの時間を費やしたことであろうと、その努力とチャレンジ意欲を称え、日米間の良好な関係を構築するための重要な役割を果たすであろうと、期待の言葉を寄せた。

  当大会への応募条件は、日本に長期滞在していないこと。よって、日本渡航の無経験者か、あるいは短期の滞在を経験した出場者たちであるにも拘らず、滑らかな話し方をする参加者が年々増えている。インターネット環境が整う昨今、幼少期から日本語のアニメを原語で視聴してきたなど、耳で学んできた生徒が少なくない。特に、高校生のスピーチ内容や会話レベルが高くなっている。

  本コンテストでは規定時間内に、暗記したスピーチの発表を課せられる。語彙の豊富さと正しい使い方、話題の展開やまとまりといった作文の要素に加えて、発表の際の話し方などが総合的に評価される。片山総領事をはじめ、JBSD文化部会、JSDウィメンズクラブ、日米協会の代表、そしてコミュニティーの代表として和田氏が審査員を務めた。

   高校の部で第1位に輝いたカングさんは、嫌われている気がして不安だったかつての自分について率直に語った。クラスメートの言葉によって気持ちが変化し自信がついたという彼女のスピーチは、“言葉”が人を変え、人と人を繋ぐことを再認識させる内容であり、得られた自信と心の安定さを表すかのように、明瞭で堂々たる話し方であった。スピーチ後の審査員による質問の意味も理解し、分かり易い言葉で返答できていたが、日本滞在経験は全く無いとのこと。

   大学の部の第1位となったラトカウスキさんは、日本で経験したカプセルホテルにもう二度と泊まりたくない、その理由を解析紹介した。トイレとシャワーがある分、ビジネスホテルの方がマシで、カプセルホテルは音が漏れる上、マナーの悪さが問題だと指摘。旅行好きで、日本各地を巡ったという彼がカプセルホテルをテーマに選んだ理由が「話すのは楽しい」と答えただけあって、始終楽し気に語り続けた。スピーチ後に話を伺ったところ、日本では京都、大阪、神戸といった都市の他、自殺の名所である青木ケ原樹海にも「死体を見つけられれば…」との関心を抱いて訪れたいうこと。将来は日本語を使って仕事をし、日本と行き来したいと話す。大学では日本語の他に言語学と数学を学んでいるそうだが、チャレンジ精神の旺盛さ、コミュニケーション力の高さに、日米の懸け橋としての稀有な活躍を期待したい。

  スピーチ内容の多くが、日本での経験により広がった視野や気づき、あるいは日本語学習を通じて得た思いを題材としている。言語だけではなく、日本の習慣や価値観も学ぶ若者たちの新鮮な観点や感想を垣間見ることができるこのイベントは、聴く人々にとっても得るところが大きい。

  以下に、全参加者のスピーチ内容の要約と各部門の優勝者の原稿全文を紹介させていただく。

原稿要約

プログラム順に氏名、題名、学校名「 」内は原文引用。*一部平仮名を漢字に変換。

高校(ハイスクール)部門

KRISTINE BASSETT (特別賞) 
Troy Athens High School 
せいとからならったこと

『八才の子ども達に神様について教えてから私は辛抱強くなりました。』先生(私)が若いので子どもがうるさくなり、話を聞き流すようになった。先輩のアドバイスで、神様は子ども達を愛していることを教えていることが大事だと分かった。『私は先生ですから導くだけです。』

MONIQUE HAKAM  (3位) 
Groves High School 
おもてなし

日本のレストランでは寒い日は温かく、暑い日は冷たいおしばりを出す。美容員はお客の化粧をするとき、顔を触らない。和食にももてなしがたくさんあり、レストランでは葉っぱを使い、客は季節を楽しむ。

お客さんの満足を大切する。『日本のもてなしは最高です。』

GLORIA KANG  (1位) 
Troy Athens High School 
かべをやぶること

  すべての人はある日人生の中でのりこえることがで出来ないかべに出会います。ふあん。なやみ。こどく。このかべは自分の力だけでかてない。だけど他の人はそのかべをかんたんにやぶることが出来る。

  私は中学一年生の時にとてもしずかな子だった。知ってる人は私のえがおをめったに見なかった。私は時々元気だったけどたいていさびしかった。こわかった。

  「ああこの女の子は私のことがたぶん大きらい・・・」とか「この男の子も私のことがきらい・・・」と思った。

  なやみがたくさんあっていつもふあんだった。でもある日それはぜんぶかわった。ある日かぜで学校を休んだ。つぎの日一人の女の子が私に来てこう言った。

  「ああ〜どこにいたの?かぜひっちゃった?会いたかったよ!友達がいない日はほんとうにつまんない〜〜。。。」

  そのしゅんかん私のせかいがかわった。「友達」。その言葉はいちどもかんがえなかった。「けっきょくみんなは私のことがきらいだから、だれにもは話したくない」と思った。かの女とのかんけいはとてもふつうのかんけいだった。だから私たちはただ知り合いだと思っていた。でもそういうことじゃなかった。学校の始まる時から私は友達をつくった。初めての友達じゃなかったけど、自分でみとめることが初めてだった。大きいふたんが私のかたからもち上げくれたようにかんじた。私はきらわれていなかった。うれしいくてなきたかった。もちろん私はこのきもちを表さなかった。でも自分の中で何かがかわった。私はもっとじしんがあったから人ともっとはなした。心からたくさんわらった。そのふつうの言葉は私にはとても大切な言葉だった。今あっさり言うことが出来ます。「私は今しあわせだ」。

  その友達はあの言葉のじゅうようせいをまだ知らない。ちょっとはずかしい話から私はまだ言いたくないけど、いつか私はかの女にこの話をおしえて上げたい。心から「ありがとう」と言いたい。

HUIYI LIU (2位) 
Troy Athens High School 
カラオケ

日本へ6週間行き、学校や花火大会、メイドカフェ、カラオケに行くなど、色々な事をした。カラオケに行く前は何で好きなんだろう、と思っていたが、行ってみて「しまった、はまってしまった」と思った。歌が下手でも同じレベルの人となら自由に歌える。歌うだけではなく、上手く歌うことで問題をクリアするタイプのカラオケもある。

DAVIS WHITE  (総領事賞) 
Stevenson High School 
日本の京都へ行った事

去年、5位のチームまで日本行をもらえる(ナショナルの)日本語クイズ大会に出たが、10位だった。父が計画して、父と一緒に日本の6つの市に行った。京都が一番。楽しく面白くて美しい。父の友達の案内で、平等院、清水寺、二条城に行った。クジラ肉を食べた。食べたことがなかったがあまり悪くなかった。

大学生部門 

JOSHUA ABRAHAM( 総領事賞) 
Michigan State University 
忘れない夢

子供の時の夢を忘れずに叶えた。日本のマンガを読んで、日本の文化に興味を持ち、「日本語を習って、絶対に日本に行く!」と自分に約束。学校に日本語クラスが無く、習うのは難しくて放ってしまったが、友人の叱咤を受けて学び直した。母の怪我のせいで時間を作れなくなっても、あきらめなかった。去年日本行を叶え、たくさん良い経験をし、多くの日本語を習った。

『諦めないで』『夢が叶ったら幸せになれるはずです。』

DANNY BENSALEM 
Michigan State University 
命の意味:大学生の心の中

『命は本当に不思議ですね。何度考えても完璧な意味を見つけれません。』どうすればよいのか、行きたい方向は分かるけど正しいか分からない。答えは人によって違う。自分で判断しなければならない。ワンパターンで目的が無い生き方に不満を感じ、人生を変えようと思った。目標を持って生活をしてこの世界に役立つことをしたいと思うようになった。

SARAH BENSON 
Oakland University 
仙台市 ラブ

仙台市はきれいで面白い。人が元気。愛情深い。ピープル・トー・ピープルの代表として仙台市に行き、日本の高校にも行った。セレモニーで歓迎を受け、英語のスピーチを楽しんでもらえ嬉しかった。『私の一番好きな街は仙台市です。仙台市は私のラブそのものですから!』

TYLER HOWE 
Michigan State University 
日本の音楽の影響

日本語を選んで勉強している理由。好きな音楽を聴くと、悪いことを忘れ嬉しくなった。ある日、一番好きなミュージシャンを見つけた。「ヌジャベス」と呼ばれている日本人の瀬葉淳。それを通して「shing02」という日本語と英語で歌うラッパーに興味を持った。英語の歌の内容が時に社会問題なので、考えが変化した。日本語は分からなかったので、勉強することに。

『音楽を通して、彼が僕の生活に大きな影響をあたえました。』

LAI PAK KUEN (2位) 
University of Michigan 
アニメが好きな私がヒッキーにならなかった理由

ミシガン大学でアニメクラブの部長をしている。“ヒッキー”と呼ばれる“ひきこもり”とアニメの関係について、ヒッキーは家で一人でアニメを見ているという偏見があるが、アニメ見てもヒッキーにならなかった私がいる。原因はアニメでは無く家族との関係性にある。自分が興味をもったドラえもんを両親は禁止にせず一緒に見るなど、興味と時間を共有してくれた。また、小さな努力が大切なことも家庭教師を通して知った。努力は達成感と満足感に繋がる。専門家によれば、人と関わる経験と、自分のアイデンティティに対する自信がヒッキーの課題だということだ。社会に貢献できると分かれば自分の存在意義を感じられるはず。アニメクラブはヒッキーの解決になっている。

VEGEESHA LIYANA GUNAWA (特別賞) 
Kalamazoo College 
あの日であった警察官は僕の名前を知らない

スリランカ生まれで、カナダの高校、アメリカの大学に行き、早稲田大学に留学。日本での留学中、13回も警官の職務質問を受けた。最初は面白かったが、面倒になった。職務質問をさた理由を尋ねると、外国人による犯罪が多いからだと言われたが、人種差別を隠す言い訳にしか聞こえなかった。様々な国の人に出会ううち、世界が狭くなってきたと感じる。人との出会いを大切にすることが大事。警官が外国人を誤解するのは出会う機会が少ないからという可能性がある。ノーベル平和賞受賞者の言葉「世界平和の前に人々の協力が必要。協力の前に人々の出会いが必要。」を引用。平和は世界の人々の交流を基盤として実現する。交流とは単なる関わり合いではなく、精神的なつながり育てること。

MANAL NIZAM 
Wayne State University 
一番の名作

平家物語について。源氏が平家を激戦で倒した後、平家物語を坊様が歌い始め、今、人々は物語を読んだり能楽を見たりできる。私は、日本の歴史の授業で英訳を読むだけにした。

『仏教の原理があるし、強い武士がいるし、平家物語は世界の物語の中で一番の名作です。』諸行無常について説明している。陸から遠い船の上の扇子に矢を貫通した武士がいる。日本語の平家物語と古典文学を読もうと思っている。

KATIE PENVOSE  (3位) 
Michigan State University 
コミュニケーションの大切さ

日本へ行く前の私は、日本語の授業で日本語を話すチャンスがあってもあまり利用しなかった。すぐに英語を使っていた。去年東京の日本語学校に留学した。クラスメートで英語を話せる人が少なく、先生たちも英語が話せないので日本語を使わなけばならず、“間違っても正確でなくも言う”というモットーを作った。コミュニケーションが大切。間違いを恐れていたら、いつまでも上手に話せない。『外国語の勉強は文法や単語を覚えるのみならず、コミュニケーションも大切にすることだと思う』

JAMES RUTKOWSKI (1位) 
Eastern Michigan University 
カプセルホテル

  「宇宙船のカプセルみたいです!」とあるテレビ番組が言っていました。しかし、それは大きな嘘です。カプセルホテルは、宇宙船からほど遠いものでした。逆に、犬小屋みたいだと思いました。私は二回カプセルホテルに泊まりましたが、二度と泊まりたくありません。今日は、それがなぜかということについてお話したいと思います。

  カプセルホテルの特徴は安さのはずです。 お金があまりないので、私にとっては、料金は重要なポイントでした。料金は二千六百円。ビジネスホテルに比べると、カプセルホテルのほうが安いのですが、 ビジネスホテルの部屋は自分のトイレとシャワーがついています。私にとって、他の人と一緒にお風呂に入ることは考えられません。家族とでもいやです。だから、ビジネスホテルのトイレつき料金はカプセルホテルより「まだ、まし。」ということになります。

  カプセルホテルはまだまだ悪い点があります。まずは狭さです。私は旅行する時、いつもバックパックで移動します。バックパックに服、コンピューター、おみやげなどを入れると、大きくて、重くなります。ホテルにロッカーがあって、持っている物を入れられますが、私のバックパックは大き過ぎたので、 バックパックと一緒にカプセルの中で寝ました。

  もう一つの悪い点はテレビです。泊まり客はヘッドホンを使ったらいいのですが、ヘッドホンを使わなかったら、他のカプセルにテレビの音が漏れてしまいます。私の場合も例外ではなく、隣のおじさんは夜遅くまで、女性の怪しげな声のする番組をずっと見ていました。

  他には、上と下のカプセルがあって、下のカプセルはまだいいのですが、上のカプセルはちょっと背が高すぎて入りにくいです。私の下のカプセルの人は、はずかしげもなく、おならをブリブリとしていたのを今でも鮮明に覚えています。

  いうまでもなく、悪い点はまだまだあります。でも、色々な問題はそこで働いている従業員のせいではなくて、そこに泊まっているお客さんのマナーの悪さからくるものなのだと思います。

  わたしは、いつしか「迷惑なお客さんって、どんな人なんだろう?」と考え始めるようになりました。ある調査によると、終電を逃すと10%の人はホテルに泊まるそうです。カプセルホテルは予約せずに泊まれるので、便利なのでしょう。では、なぜ終電を逃すのでしょうか?インターネットで調べてみると、カプセルホテルに泊まった人のうち、「飲み過ぎた」「タクシーで帰るには遅すぎる」という理由が多かったです。だから、カプセルホテルに泊まる人が酔っている可能性はかなり高いのです。それに、珍しい場合ですが、カプセルホテルに住んでいる人もいます。

  また、普通は、カプセルホテルは男性客だけです。なぜかというと、カプセルは鍵がかけられないからです。最近、女性もカプセルホテルに泊まれますが、別のフロアになっています。

  さて、文句ばかり言っていると、カプセルホテルで働いている人達に失礼だと思いますので、良いことも少し述べたいと思います。カプセルホテルは、交通のアクセスがいい場所に建てられているため、例えば、地方から就活でやってくるお金のない学生にとっては、絶好の宿泊施設です。また、施設によっては、大浴場やサウナなどもついていて、ビジネスホテル顔負けの所もあるようです。私はそれには興味はありませんが、日本のサラリーマンにとっては、魅力なのだと思います。

  さて、私のカプセルホテルの経験はあまりよくないものでしたが、その経験について話すのは、どんなことよりも楽しいものです。ただ、納豆を食べるのと同じように、経験は一回で十分だと思います。 ですから、皆さんも、是非「一回だけ」お試し下さい。

  どうもご清聴ありがとうございました。

DEV SOMGHAL
Oakland University 
私が日本語を勉強したい理由

去年の秋、最初の日本語クラスを取った。難しかったが、難しいからこそ日本語を学ぶのが好き。漢字や文法は私には簡単。難しい部分は話すこと。挑戦することが好きなので、良い会話をした時、達成感を感じる。私の目的はいつか日本に行って日本人と話せるようになること。

  ミシガン州内の高校と大学の日本語学習者を対象とした日本語スピーチコンテストが在デトロイト日本国総領事館の主催で3月28日(土)に行なわれた。このコンテストは毎年、デトロイト日本商工会、ミシガン南西オンタリオ日米協会、ミシガン日本語教師会、国際交流基金など多くの団体の支援や協力、そしてノバイ市、デルタ航空の協賛を得て実施されている。今年は高校部門5名と大学部門10名が事前の選考を経て本大会に出場し、学習の成果を披露した。

  審査員の一人として参加した片山総領事は開会にあたり、ミシガン州における日本語学習の状況として、56のK-12(キンダーからハイスクール)、そして17の大学に日本語クラスが設置されており、計6,100名以上が学校や大学で学んでいることを伝えた。参加者らがコンテストのために多くの時間を費やしたことであろうと、その努力とチャレンジ意欲を称え、日米間の良好な関係を構築するための重要な役割を果たすであろうと、期待の言葉を寄せた。

  当大会への応募条件は、日本に長期滞在していないこと。よって、日本渡航の無経験者か、あるいは短期の滞在を経験した出場者たちであるにも拘らず、滑らかな話し方をする参加者が年々増えている。インターネット環境が整う昨今、幼少期から日本語のアニメを原語で視聴してきたなど、耳で学んできた生徒が少なくない。特に、高校生のスピーチ内容や会話レベルが高くなっている。

  本コンテストでは規定時間内に、暗記したスピーチの発表を課せられる。語彙の豊富さと正しい使い方、話題の展開やまとまりといった作文の要素に加えて、発表の際の話し方などが総合的に評価される。片山総領事をはじめ、JBSD文化部会、JSDウィメンズクラブ、日米協会の代表、そしてコミュニティーの代表として和田氏が審査員を務めた。

   高校の部で第1位に輝いたカングさんは、嫌われている気がして不安だったかつての自分について率直に語った。クラスメートの言葉によって気持ちが変化し自信がついたという彼女のスピーチは、“言葉”が人を変え、人と人を繋ぐことを再認識させる内容であり、得られた自信と心の安定さを表すかのように、明瞭で堂々たる話し方であった。スピーチ後の審査員による質問の意味も理解し、分かり易い言葉で返答できていたが、日本滞在経験は全く無いとのこと。

   大学の部の第1位となったラトカウスキさんは、日本で経験したカプセルホテルにもう二度と泊まりたくない、その理由を解析紹介した。トイレとシャワーがある分、ビジネスホテルの方がマシで、カプセルホテルは音が漏れる上、マナーの悪さが問題だと指摘。旅行好きで、日本各地を巡ったという彼がカプセルホテルをテーマに選んだ理由が「話すのは楽しい」と答えただけあって、始終楽し気に語り続けた。スピーチ後に話を伺ったところ、日本では京都、大阪、神戸といった都市の他、自殺の名所である青木ケ原樹海にも「死体を見つけられれば…」との関心を抱いて訪れたいうこと。将来は日本語を使って仕事をし、日本と行き来したいと話す。大学では日本語の他に言語学と数学を学んでいるそうだが、チャレンジ精神の旺盛さ、コミュニケーション力の高さに、日米の懸け橋としての稀有な活躍を期待したい。

  スピーチ内容の多くが、日本での経験により広がった視野や気づき、あるいは日本語学習を通じて得た思いを題材としている。言語だけではなく、日本の習慣や価値観も学ぶ若者たちの新鮮な観点や感想を垣間見ることができるこのイベントは、聴く人々にとっても得るところが大きい。

  以下に、全参加者のスピーチ内容の要約と各部門の優勝者の原稿全文を紹介させていただく。

原稿要約

プログラム順に氏名、題名、学校名「 」内は原文引用。*一部平仮名を漢字に変換。

高校(ハイスクール)部門

KRISTINE BASSETT (特別賞) 
Troy Athens High School 
せいとからならったこと

『八才の子ども達に神様について教えてから私は辛抱強くなりました。』先生(私)が若いので子どもがうるさくなり、話を聞き流すようになった。先輩のアドバイスで、神様は子ども達を愛していることを教えていることが大事だと分かった。『私は先生ですから導くだけです。』

MONIQUE HAKAM  (3位) 
Groves High School 
おもてなし

日本のレストランでは寒い日は温かく、暑い日は冷たいおしばりを出す。美容員はお客の化粧をするとき、顔を触らない。和食にももてなしがたくさんあり、レストランでは葉っぱを使い、客は季節を楽しむ。

お客さんの満足を大切する。『日本のもてなしは最高です。』

GLORIA KANG  (1位) 
Troy Athens High School 
かべをやぶること

  すべての人はある日人生の中でのりこえることがで出来ないかべに出会います。ふあん。なやみ。こどく。このかべは自分の力だけでかてない。だけど他の人はそのかべをかんたんにやぶることが出来る。

  私は中学一年生の時にとてもしずかな子だった。知ってる人は私のえがおをめったに見なかった。私は時々元気だったけどたいていさびしかった。こわかった。

  「ああこの女の子は私のことがたぶん大きらい・・・」とか「この男の子も私のことがきらい・・・」と思った。

  なやみがたくさんあっていつもふあんだった。でもある日それはぜんぶかわった。ある日かぜで学校を休んだ。つぎの日一人の女の子が私に来てこう言った。

  「ああ〜どこにいたの?かぜひっちゃった?会いたかったよ!友達がいない日はほんとうにつまんない〜〜。。。」

  そのしゅんかん私のせかいがかわった。「友達」。その言葉はいちどもかんがえなかった。「けっきょくみんなは私のことがきらいだから、だれにもは話したくない」と思った。かの女とのかんけいはとてもふつうのかんけいだった。だから私たちはただ知り合いだと思っていた。でもそういうことじゃなかった。学校の始まる時から私は友達をつくった。初めての友達じゃなかったけど、自分でみとめることが初めてだった。大きいふたんが私のかたからもち上げくれたようにかんじた。私はきらわれていなかった。うれしいくてなきたかった。もちろん私はこのきもちを表さなかった。でも自分の中で何かがかわった。私はもっとじしんがあったから人ともっとはなした。心からたくさんわらった。そのふつうの言葉は私にはとても大切な言葉だった。今あっさり言うことが出来ます。「私は今しあわせだ」。

  その友達はあの言葉のじゅうようせいをまだ知らない。ちょっとはずかしい話から私はまだ言いたくないけど、いつか私はかの女にこの話をおしえて上げたい。心から「ありがとう」と言いたい。

HUIYI LIU (2位) 
Troy Athens High School 
カラオケ

日本へ6週間行き、学校や花火大会、メイドカフェ、カラオケに行くなど、色々な事をした。カラオケに行く前は何で好きなんだろう、と思っていたが、行ってみて「しまった、はまってしまった」と思った。歌が下手でも同じレベルの人となら自由に歌える。歌うだけではなく、上手く歌うことで問題をクリアするタイプのカラオケもある。

DAVIS WHITE  (総領事賞) 
Stevenson High School 
日本の京都へ行った事

去年、5位のチームまで日本行をもらえる(ナショナルの)日本語クイズ大会に出たが、10位だった。父が計画して、父と一緒に日本の6つの市に行った。京都が一番。楽しく面白くて美しい。父の友達の案内で、平等院、清水寺、二条城に行った。クジラ肉を食べた。食べたことがなかったがあまり悪くなかった。

大学生部門 

JOSHUA ABRAHAM( 総領事賞) 
Michigan State University 
忘れない夢

子供の時の夢を忘れずに叶えた。日本のマンガを読んで、日本の文化に興味を持ち、「日本語を習って、絶対に日本に行く!」と自分に約束。学校に日本語クラスが無く、習うのは難しくて放ってしまったが、友人の叱咤を受けて学び直した。母の怪我のせいで時間を作れなくなっても、あきらめなかった。去年日本行を叶え、たくさん良い経験をし、多くの日本語を習った。

『諦めないで』『夢が叶ったら幸せになれるはずです。』

DANNY BENSALEM 
Michigan State University 
命の意味:大学生の心の中

『命は本当に不思議ですね。何度考えても完璧な意味を見つけれません。』どうすればよいのか、行きたい方向は分かるけど正しいか分からない。答えは人によって違う。自分で判断しなければならない。ワンパターンで目的が無い生き方に不満を感じ、人生を変えようと思った。目標を持って生活をしてこの世界に役立つことをしたいと思うようになった。

SARAH BENSON 
Oakland University 
仙台市 ラブ

仙台市はきれいで面白い。人が元気。愛情深い。ピープル・トー・ピープルの代表として仙台市に行き、日本の高校にも行った。セレモニーで歓迎を受け、英語のスピーチを楽しんでもらえ嬉しかった。『私の一番好きな街は仙台市です。仙台市は私のラブそのものですから!』

TYLER HOWE 
Michigan State University 
日本の音楽の影響

日本語を選んで勉強している理由。好きな音楽を聴くと、悪いことを忘れ嬉しくなった。ある日、一番好きなミュージシャンを見つけた。「ヌジャベス」と呼ばれている日本人の瀬葉淳。それを通して「shing02」という日本語と英語で歌うラッパーに興味を持った。英語の歌の内容が時に社会問題なので、考えが変化した。日本語は分からなかったので、勉強することに。

『音楽を通して、彼が僕の生活に大きな影響をあたえました。』

LAI PAK KUEN (2位) 
University of Michigan 
アニメが好きな私がヒッキーにならなかった理由

ミシガン大学でアニメクラブの部長をしている。“ヒッキー”と呼ばれる“ひきこもり”とアニメの関係について、ヒッキーは家で一人でアニメを見ているという偏見があるが、アニメ見てもヒッキーにならなかった私がいる。原因はアニメでは無く家族との関係性にある。自分が興味をもったドラえもんを両親は禁止にせず一緒に見るなど、興味と時間を共有してくれた。また、小さな努力が大切なことも家庭教師を通して知った。努力は達成感と満足感に繋がる。専門家によれば、人と関わる経験と、自分のアイデンティティに対する自信がヒッキーの課題だということだ。社会に貢献できると分かれば自分の存在意義を感じられるはず。アニメクラブはヒッキーの解決になっている。

VEGEESHA LIYANA GUNAWA (特別賞) 
Kalamazoo College 
あの日であった警察官は僕の名前を知らない

スリランカ生まれで、カナダの高校、アメリカの大学に行き、早稲田大学に留学。日本での留学中、13回も警官の職務質問を受けた。最初は面白かったが、面倒になった。職務質問をさた理由を尋ねると、外国人による犯罪が多いからだと言われたが、人種差別を隠す言い訳にしか聞こえなかった。様々な国の人に出会ううち、世界が狭くなってきたと感じる。人との出会いを大切にすることが大事。警官が外国人を誤解するのは出会う機会が少ないからという可能性がある。ノーベル平和賞受賞者の言葉「世界平和の前に人々の協力が必要。協力の前に人々の出会いが必要。」を引用。平和は世界の人々の交流を基盤として実現する。交流とは単なる関わり合いではなく、精神的なつながり育てること。

MANAL NIZAM 
Wayne State University 
一番の名作

平家物語について。源氏が平家を激戦で倒した後、平家物語を坊様が歌い始め、今、人々は物語を読んだり能楽を見たりできる。私は、日本の歴史の授業で英訳を読むだけにした。

『仏教の原理があるし、強い武士がいるし、平家物語は世界の物語の中で一番の名作です。』諸行無常について説明している。陸から遠い船の上の扇子に矢を貫通した武士がいる。日本語の平家物語と古典文学を読もうと思っている。

KATIE PENVOSE  (3位) 
Michigan State University 
コミュニケーションの大切さ

日本へ行く前の私は、日本語の授業で日本語を話すチャンスがあってもあまり利用しなかった。すぐに英語を使っていた。去年東京の日本語学校に留学した。クラスメートで英語を話せる人が少なく、先生たちも英語が話せないので日本語を使わなけばならず、“間違っても正確でなくも言う”というモットーを作った。コミュニケーションが大切。間違いを恐れていたら、いつまでも上手に話せない。『外国語の勉強は文法や単語を覚えるのみならず、コミュニケーションも大切にすることだと思う』

JAMES RUTKOWSKI (1位) 
Eastern Michigan University 
カプセルホテル

  「宇宙船のカプセルみたいです!」とあるテレビ番組が言っていました。しかし、それは大きな嘘です。カプセルホテルは、宇宙船からほど遠いものでした。逆に、犬小屋みたいだと思いました。私は二回カプセルホテルに泊まりましたが、二度と泊まりたくありません。今日は、それがなぜかということについてお話したいと思います。

  カプセルホテルの特徴は安さのはずです。 お金があまりないので、私にとっては、料金は重要なポイントでした。料金は二千六百円。ビジネスホテルに比べると、カプセルホテルのほうが安いのですが、 ビジネスホテルの部屋は自分のトイレとシャワーがついています。私にとって、他の人と一緒にお風呂に入ることは考えられません。家族とでもいやです。だから、ビジネスホテルのトイレつき料金はカプセルホテルより「まだ、まし。」ということになります。

  カプセルホテルはまだまだ悪い点があります。まずは狭さです。私は旅行する時、いつもバックパックで移動します。バックパックに服、コンピューター、おみやげなどを入れると、大きくて、重くなります。ホテルにロッカーがあって、持っている物を入れられますが、私のバックパックは大き過ぎたので、 バックパックと一緒にカプセルの中で寝ました。

  もう一つの悪い点はテレビです。泊まり客はヘッドホンを使ったらいいのですが、ヘッドホンを使わなかったら、他のカプセルにテレビの音が漏れてしまいます。私の場合も例外ではなく、隣のおじさんは夜遅くまで、女性の怪しげな声のする番組をずっと見ていました。

  他には、上と下のカプセルがあって、下のカプセルはまだいいのですが、上のカプセルはちょっと背が高すぎて入りにくいです。私の下のカプセルの人は、はずかしげもなく、おならをブリブリとしていたのを今でも鮮明に覚えています。

  いうまでもなく、悪い点はまだまだあります。でも、色々な問題はそこで働いている従業員のせいではなくて、そこに泊まっているお客さんのマナーの悪さからくるものなのだと思います。

  わたしは、いつしか「迷惑なお客さんって、どんな人なんだろう?」と考え始めるようになりました。ある調査によると、終電を逃すと10%の人はホテルに泊まるそうです。カプセルホテルは予約せずに泊まれるので、便利なのでしょう。では、なぜ終電を逃すのでしょうか?インターネットで調べてみると、カプセルホテルに泊まった人のうち、「飲み過ぎた」「タクシーで帰るには遅すぎる」という理由が多かったです。だから、カプセルホテルに泊まる人が酔っている可能性はかなり高いのです。それに、珍しい場合ですが、カプセルホテルに住んでいる人もいます。

  また、普通は、カプセルホテルは男性客だけです。なぜかというと、カプセルは鍵がかけられないからです。最近、女性もカプセルホテルに泊まれますが、別のフロアになっています。

  さて、文句ばかり言っていると、カプセルホテルで働いている人達に失礼だと思いますので、良いことも少し述べたいと思います。カプセルホテルは、交通のアクセスがいい場所に建てられているため、例えば、地方から就活でやってくるお金のない学生にとっては、絶好の宿泊施設です。また、施設によっては、大浴場やサウナなどもついていて、ビジネスホテル顔負けの所もあるようです。私はそれには興味はありませんが、日本のサラリーマンにとっては、魅力なのだと思います。

  さて、私のカプセルホテルの経験はあまりよくないものでしたが、その経験について話すのは、どんなことよりも楽しいものです。ただ、納豆を食べるのと同じように、経験は一回で十分だと思います。 ですから、皆さんも、是非「一回だけ」お試し下さい。

  どうもご清聴ありがとうございました。

DEV SOMGHAL
Oakland University 
私が日本語を勉強したい理由

去年の秋、最初の日本語クラスを取った。難しかったが、難しいからこそ日本語を学ぶのが好き。漢字や文法は私には簡単。難しい部分は話すこと。挑戦することが好きなので、良い会話をした時、達成感を感じる。私の目的はいつか日本に行って日本人と話せるようになること。

田川順照氏 特別インタビュー

田川順照氏 特別インタビュー 1

MrTagawa

デトロイト剣道道場の長である田川氏は2005年に最高段位である八段に合格。数多い剣道人口の中で優れた剣道家らが八段位を目指して稽古に精進しているものの、合格率が1パーセントを下回ることがあるほど八段試験は合格するのが非常に難しいことで知られている。田川氏は2015年全米剣道連盟会並びに国際剣道連盟副会長に就任。2013年には、剣道を通じた良好な日米関係の構築に寄与に対してデトロイト総領事より在外公館長表彰を授与されている。

そして昨年(2016年)5月、その八段の中で特に秀でた剣道家に与えられる剣道範士の称号を受称。全日本剣道連盟が授与する称号の最高位であり、日本国外では初の受称者となった。さらに秋には、日本と外国との友好親善関係促進において特に顕著な功績のあった日本国内外の個人及び団体を表する平成28年度外務大臣表彰を授与された。

昨年末、剣道道場(Novi Meadows Schoolの体育館借用)の練習の前にインタビューの時間をいただき、称号受称ならびに外務大臣表彰の感想と、アメリカでの普及についてお話を伺った。

Q: 国外で初めて「範士」という剣道界で最高の位を受称した想いをお聞かせください。技が優れているだけでは得られない称号だと聞き及んでいますが。

田川氏:日本でもなかなか授称できない最高の位ですから、光栄であり重責を感じています。海外での剣道の普及・発展への尽力や、アメリカ剣士を率いて世界選手権で入賞に導いたことなど、貢献度を評価していただいたのだと思います。世界選手権には審判として5回出場していますが、この回数は他には無く、普通は2、3回です。6回目には国際剣道連盟の副会長として出席しました。

IMG_1264Q: 1975年に剣道連盟の要請に応えて海外での剣道の普及のために渡米された当時の心境について、外務大臣賞受賞の受賞式典の答辞のなかで「熱い志を持って渡米」と語られましたが、もう少し詳しく思いをお聞かせ願えますか。

田川氏: 初めての国際大会が開かれて間もない頃で、きちんとした指導者が海外に居る必要があると感じていました。

ヨーロッパに渡った人もいました。とても意気込んでいました。ややもすると当てっこ打ち合い、チャンバラになりがちな剣道を礼法、着装、基本を正しく指導し、技術のみでなを高めるのでなく人間性を高める剣道を広めなくてはと剣道精神を持って渡米しました。

最初に渡ったロサンジェルスから、10数名の愛好家しかいなかったミシガンに移り、道場を立ち上げました。今やデトロイト道場は70人以上まで増え、また、州内に6つの道場があるほどになりました。

Q: 普及の成果が数でも分かります。アメリカでの指導の難しさは?

田川氏: まず、技の習得うんぬんより前に足が弱いなど体の違いがあり、そこからの指導でした。それと、映画などで観たチャンバラのイメージを持って、それで剣道に入ってくると全く違うわけで、基本稽古が長いことに飽きてしまいます。指導内容や言葉で興味を持たせるようにしながら続けてきました。

精神的な部分の理解は難しい。「礼に始まり、礼をもって行ない、礼で終わる」のが剣道です。おじぎという形の意味ではないです。礼儀が大切で、他のスポーツと違います。

Q: 日本的な精神面を言葉で説明できるものでは無いのでしょうね。

田川氏: 見せ続けること、体で指導することが大事だと考えてやってきました。よその剣道道場で(道場替わりの体育館で)、靴を並べていないとか、親は靴を脱がないとか、モップ掛けを親がしているとか、そういったことに対して、理由を説明して、

「違いますよ」と伝えて、一緒にやりました。体をもって教えなくてはいけないという例です。

Q: アメリカに合わすような妥協はしなかった?

田川氏: 剣道は人間形成の道です。その理念、精神性なしには有り得ません。そもそも、日本の伝統文化の良さを指導者が良く理解し勉強することが大切。上からの押しつけでは無く、理解をはからなくてはなりません。

このごろの若い剣士や子どもたちを見ていて、それが浸透していることを感じます。当初は、雑巾がけをさせると練習に来たがらないなど、アメリカ式にやって欲しいと親に言われたこともありましたが、間違っていなかったのだと感じています。

Q: 米国剣道がレベルアップしていますね。

田川氏: アメリカに来て7年目、32才の時に、ブラジルで開催された世界大会に全米チームのコーチを任され、「日本式に鍛えてやって」と言われ、徹底して厳しく鍛えました。結果、3位に導きました。指導が認められ、その後も選手の強化育成に努めてきました。

☆ ☆ ☆

インタビュー中、練習に向かうアフリカ系米人剣士にも話を伺えた。その若者ブライアンさんが剣道を始めたのは16年前(別の場所)で、その後、日本に5年間留学していた間には、剣道の他、居合道などの武道を週5回のペースでやっていたという。現在剣道四段。日本や中国の哲学、特に禅に興味があり、日本の伝統を学び続けている彼は、一般的な日本人以上に日本伝統の精神性に詳しく、また傾倒している。「剣道は生涯修行であり、その価値がある」と静かな口調で断言した。

田川氏は「彼のように剣道の真髄、さらに日本の伝統を学ぼうと考える人が増えると、正しく広がっていくことであろう」と語り、「彼のほか、アジア系、ヨーロッパ系、ラテン系、アメリカ人に繋がって広がった」「アメリカで剣道を始めた若者が今や道場を支えたり指導者になったりしている。嬉しいことです」と感慨深い感想で締めくくった。

日本での剣道国際大会をレポートした日本のテレビ番組の中、(日本には及ばなかったが)好成績を収めたアメリカの選手たちについて、日本人剣士が「気もちと姿勢は日本の選手と変わらない」と感想を寄せていた。田川氏の寄与したところが多大であるのは確かである。田川氏のご活躍と、当地での剣道の更なる発展を期待したい。

写生大会 at the DETROIT ZOO写生大会 at the DETROIT ZOO

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  去る5月31日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)主催による恒例の写生大会が、昨年と同じくデトロイト動物園で開催された。朝からあいにくの雨模様で、参加者が集まるのか懸念されたが、申し込み者数800名ほどの内230名が来場した。親は参加を取りやめようと考えたが、子供が「どうしても動物園で絵を描きたい」と訴えたので腰を上げたという家族もいた。140名近くが悪天候と寒さの中、写生に取り組んだ。

  例年は入園前に仮設テーブルにて行われる申し込み手続きを、園内のテント張りの本部の中に変更し、スムーズに対応。その後、思い思いの場所に散らばった。

  雨のお蔭で、例年目にしているよりも生き生きとした動きを見せている野外の動物もいたが、午前中は傘が必須とあり、温室などの室内施設で写生をしたり、あるいは撮った写真を見ながら屋根のある場所で描いたり、天候による制限を克服していた。両親が差す傘の下で描いている微笑ましい姿もあった。

 描かれた作品は例年通り質の高い作品が多く、当日、JBSD担当者と共に受付や見回りにあたったデトロイトりんご会補習校講師たちの入念な審査に加え、今年はデトロイト美術館の職員が来場し、美術専門の村井校長と共に最終審査を行なった。力作が並ぶ中、右記載の参加者が入賞を飾った。

表彰式には在デトロイト領事館の野田首席領事の挨拶があり、関係者と参加者への慰労の言葉のほか、ミシガン州と日本の経済関係や姉妹都市提携についての短い講釈に続けて、淡路市の図書館と姉妹図書館関係にあるウェストブルームフィールド・ライブラリーに本写生大会の入賞作品が夏中展示される旨が伝えられた。

  村井校長は審査講評のなか、「小学生部門ではペンギンをモチーフに選んだ作品が多く、ユーモラスな表情やふっくらとしたボリュームが良く出ていた」と、詳細なコメントを述べた。未就学児の子ども独特の描き方の魅力、中学生の色彩の美しさを称賛し、一般(中学生以上)部門では絵心のある人の作品が多くて審査が難しかったと伝えた。

  入賞者の記念写真(右下)もテント内での撮影となり暗めになってしまったが、入賞の如何によらず、帰路に着く人びとの晴れ晴れとした表情が印象に残った。

写生大会 入賞者(敬称略)

【未就学・幼稚園の部】

金賞 入江奏太郎

銀賞   野崎莉瑚

銅賞   吉田莉子

努力賞 木澤美結

努力賞  中村日向子

【小学校1-3年の部】

金賞   織井桜菜

銀賞   千葉八雲

銅賞   内藤結菜

努力賞  織井心菜

努力賞  廣川知子

【小学校4-6年の部】

金賞   朝岡巧成

銀賞   鐡尾愛菜

銅賞   ベル・シャクティ

努力賞  川部明仁香

努力賞  オルグレン光歌

努力賞  小林真生子

【中学生・高校生の部】

金賞   森 彩音

銀賞   米須エレナ

銅賞   小林果鈴

努力賞  斉藤彰太

【一般の部】

金賞   藤井祐紀

銀賞   梅村泰司

銅賞   春日井純也

努力賞  井上雅也

努力賞  吉田夕起子

  去る5月31日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)主催による恒例の写生大会が、昨年と同じくデトロイト動物園で開催された。朝からあいにくの雨模様で、参加者が集まるのか懸念されたが、申し込み者数800名ほどの内230名が来場した。親は参加を取りやめようと考えたが、子供が「どうしても動物園で絵を描きたい」と訴えたので腰を上げたという家族もいた。140名近くが悪天候と寒さの中、写生に取り組んだ。

  例年は入園前に仮設テーブルにて行われる申し込み手続きを、園内のテント張りの本部の中に変更し、スムーズに対応。その後、思い思いの場所に散らばった。

  雨のお蔭で、例年目にしているよりも生き生きとした動きを見せている野外の動物もいたが、午前中は傘が必須とあり、温室などの室内施設で写生をしたり、あるいは撮った写真を見ながら屋根のある場所で描いたり、天候による制限を克服していた。両親が差す傘の下で描いている微笑ましい姿もあった。

 描かれた作品は例年通り質の高い作品が多く、当日、JBSD担当者と共に受付や見回りにあたったデトロイトりんご会補習校講師たちの入念な審査に加え、今年はデトロイト美術館の職員が来場し、美術専門の村井校長と共に最終審査を行なった。力作が並ぶ中、右記載の参加者が入賞を飾った。

表彰式には在デトロイト領事館の野田首席領事の挨拶があり、関係者と参加者への慰労の言葉のほか、ミシガン州と日本の経済関係や姉妹都市提携についての短い講釈に続けて、淡路市の図書館と姉妹図書館関係にあるウェストブルームフィールド・ライブラリーに本写生大会の入賞作品が夏中展示される旨が伝えられた。

  村井校長は審査講評のなか、「小学生部門ではペンギンをモチーフに選んだ作品が多く、ユーモラスな表情やふっくらとしたボリュームが良く出ていた」と、詳細なコメントを述べた。未就学児の子ども独特の描き方の魅力、中学生の色彩の美しさを称賛し、一般(中学生以上)部門では絵心のある人の作品が多くて審査が難しかったと伝えた。

  入賞者の記念写真(右下)もテント内での撮影となり暗めになってしまったが、入賞の如何によらず、帰路に着く人びとの晴れ晴れとした表情が印象に残った。

写生大会 入賞者(敬称略)

【未就学・幼稚園の部】

金賞 入江奏太郎

銀賞   野崎莉瑚

銅賞   吉田莉子

努力賞 木澤美結

努力賞  中村日向子

【小学校1-3年の部】

金賞   織井桜菜

銀賞   千葉八雲

銅賞   内藤結菜

努力賞  織井心菜

努力賞  廣川知子

【小学校4-6年の部】

金賞   朝岡巧成

銀賞   鐡尾愛菜

銅賞   ベル・シャクティ

努力賞  川部明仁香

努力賞  オルグレン光歌

努力賞  小林真生子

【中学生・高校生の部】

金賞   森 彩音

銀賞   米須エレナ

銅賞   小林果鈴

努力賞  斉藤彰太

【一般の部】

金賞   藤井祐紀

銀賞   梅村泰司

銅賞   春日井純也

努力賞  井上雅也

努力賞  吉田夕起子

デトロイト美術館〜日本ギャラリーオープンオープニングイベントと日本文化紹介イベント

デトロイト美術館〜日本ギャラリーオープンオープニングイベントと日本文化紹介イベント 2

Copy of IMG_4959IMG_5380この11月、デトロイト美術館(以下DIA)に常設の日本ギャラリーがオープンし、その祝賀記念として多様な日本文化紹介のイベントがデトロイト日本商工会(JBSD)とDIAの共催により盛大に催された。この日のためにJBSD側はイベントの専任チームとしてジャパンチームを結成。現JBSD顧問の大光敬史氏がチームと責任者となり企画・実行し、美術館側との調整を進め、今回の成功に至った。

遡れば、2013年にデトロイト市破綻とともにDIAも破綻したが、その翌年にJBSD企業会員を中心とした日本コミュニティから$3.2ミリオンという多大な寄付金もあってミシガンが誇る美術館は存続。そして、その後DIAとデトロイト市救済のためにJBSD会員が寄付した一部をつかって、日本ギャラリーが開設された。同ギャラリーは日本コミュニティとデトロイト市の絆が形になったスペースと言えよう。大光氏はアメリカのメディア向けに「当地の日本コミュニティとミシガンの人々は長い間、共に成果と友情のつながりを享受してきました。この絆を築けたことに対して、私たちが働き暮らしている地域社会に還元したいと思いました」と支援の源にある思いを表明している。

IMG_4929IMG_478011月4日の日本ギャラリーの一般公開に先駆けて11月2日には、DIAの大ホール:Great Hallに於いて、ミシガン州知事、在デトロイト総領事ほか政府関係者、大口寄付会社の代表者、さらに日本より滋賀県副知事、豊田市長など、約150人を招いて、Japan Galleryのテープカットとギャラリー見学、そして晩餐会が行われた。ミシガン州と姉妹県である滋賀県が晩餐会で供された白米と信楽焼の茶碗を用意したほか、文化紹介イベント中には滋賀産の煎茶の試飲や淹れ方実演を提供、当地総領事館は和菓子作りのブースを担当。デトロイトと姉妹都市である豊田市からは『棒の手』という農民の武術がもとになった武術の保存会グループが実演披露のために来訪した。

このイベントのために、高校生を主とする10名の着物ガールズと8名の法被(はっぴ)ボーイズのボランティアグループが結成され、着物ガールズは来賓客の誘導やテープカットの介添えなどを、法被ボーイズは御神輿かつぎなどを受け持ち、会場に華やかさや凛々しさを与えていた。

IMG_4833晩餐会では、DIAの理事長、和田総領事、シュナイダー州知事、滋賀県副知事、そして藤田JBSD会長が挨拶に上がり、それぞれが、日本ギャラリー開設の祝辞に加えて、日米の良好かつ強い絆を喜び、その継続を祈念する言葉を述べた。シュナイダー州知事が、滋賀県を訪れ交流したことに触れたあと、「市の破綻という困難な時に、日本の企業・人々という大切な友がいてくれた。乗り越えたことを誇りとし、祝そう」「“美”や“人”の意味するところと素晴らしさを子供たちに、その子供たちに伝えたい」と述べた言葉に多くの参席者が頷いていた。続いて、用意された三つの樽酒で鏡開きが行われ祝賀ムードが最高潮になり、豊田市長の音頭で参列者全員による乾杯が挙げられた。

会の終盤には、日本文化紹介のために日本及びロサンジェルスから来訪した6人の伝統工芸の匠と和菓子職人夫妻の紹介、そして、『棒の手』の武術実演、さらに、50か国以上で海外公演を行なってきたプロの舞踊集団『菊の会』による阿波踊りも披露された。そして最後に、一連のイベントの立役者である大光氏が閉会の辞として、日本ギャラリー開設が実現した喜びと週末の文化紹介イベントの成功を祈念することばに重ねて、文化を通した交流が続いていくことを願うことばなどを伝えた。

常設日本ギャラリーの展示品について、詳細は次号1月号に掲載する予定だが、ざっくり言えば“数より質”で、単なる展示ではなく、能の面や衣装などの隣には日本で作成された概説ビデオ上映があり、掛け軸は本格的な床の間に1点のみが収まっており、茶道具の横にはデジタルの“茶の湯体験コーナー”が設置されている。背景にある伝統文化や、生活の中での美術品の在り様を伝えることに重きを置いている。屏風や掛け軸は季節に合わせて展示を替えていくとのこと。伝統的な物ばかりでなく、入り口には現代作家によるセラミック作品が鎮座し、その奥に配置された兜と好対照をなしている。

IMG_5144日本ギャラリーの奥のスペースには特別展示の茶室が出現。一枚壁ではなく、籠のように外から見通せるデザインで、伝統的な形式とは異なるアート作品であるが、他の展示先では中で実際にお点前を供し、外部の自然とつながる特徴的なスタイルについて茶人からも称賛を得たという。

さらに奥の天井の高い大空間には御輿が飾られ、祭り風景の大画像が壁に投影されていた。この御輿は、本イベントのコーデュネーターを務めた伊東氏の父親である御輿職人が寄贈したとのこと。

IMG_4773多くの人々の関りと奔走・尽力があればこそ、ここに在る展示品の数々である。

4日と5日の午前10時から閉館時刻の午後5時まで終日、館内の6カ所の会場で披露された幅広い分野の日本文化紹介イベントは、日系コミュニティと当地とのかけがえのない絆を祝すにふさわしい、非日本人にとって、また、日本人にとっても貴重かつ多彩な内容で、両日ともに訪問者が溢れるほどの賑わいをみせた。

日本の伝統工芸や和菓子の師匠による実演や講演、そして舞踊や武道の披露のほか、アニメーション映画『君の名は。』の上映もあり、日本で大ヒットした作品を当地で鑑賞できる機会にも恵まれた。

多くの時と人力を投じて準備を進めてきた大イベントは盛況のうちに終了したが、何らかの形でDIAでの日本文化紹介の企画を催してゆくとの話である。今後の展開に目が離せない。

ミシガンでトレーニングを積んできた古賀淳也選手、リオ五輪 出場決定!! 日本での強化合宿の前に、アナーバーで祝賀・壮行会開催

ミシガンでトレーニングを積んできた古賀淳也選手、リオ五輪 出場決定!! 日本での強化合宿の前に、アナーバーで祝賀・壮行会開催 5

DSC_63295月1日、アナーバーの日本レストランSlurping Turtleにて、水泳でオリンピック出場を決めた古賀淳也選手を囲んで祝賀・壮行会が催された。当地の日本コミュニティーにとって、喜びの大ニュースであり、貸し切りパーティー場となった会場は、ミシガン大学の関係者や知人をはじめとする大勢の人で満席となった。ちなみに、同店でラーメンを食べた後の試合では負けたことが無いという、古賀選手にとってラッキーなお店なのだという。

古賀淳也選手は1987年埼玉県生まれで現在28歳。春日部共栄高校、早稲田大学出身の競泳選手。2012年の冬より、アナーバーにあるミシガン大学のクラブチームClub Wolverine Elite Teamで練習を積んできた。専門は背泳ぎ。100m背泳ぎで2009年世界選手権を制した経歴を持つ。2012年のロンドン五輪代表選考会兼日本選手権水泳競技大会では100m背泳ぎ2位を収めたにも拘わらず派遣標準記録に0秒05届かず五輪出場を逃した。今年4月に行われたリオデジャネイロ五輪代表選考会兼日本選手権水泳競技大会で100m背泳ぎ3位・100m自由形4位の結果、100m背泳ぎでの五輪出場を逃すも、400mフリーリレーで五輪初出場を決めた。

DSC_6327古賀選手はSlurping Turtleによく来店していたそうで、店長の名倉氏が「店で祝賀の会をやりたい」と話したところ、ミシガン大学の日本研究センター(CJS)が喜んでオーガナイズを引き受けた。そして、在デトロイト総領事館からの助成金も得て、祝賀・壮行会が実現した。会場には、ひまわり幼稚園ならびにコアラクラブの子供たちが手掛けた横断幕やこいのぼりが飾られ、明るい雰囲気を高めていた。

DSC_6316会の冒頭、在デトロイト総領事館の野田領事より「何とカッコイイ好青年!」との実感のこもった声に続けて、古賀選手の経歴や過去の記録を紹介。「常人では理解できないプレッシャーがあることと思うが、持ち前の根性で頑張って欲しい」とのエール、そして、ミシガンで特別に応援している人がいることを思い出して大会に挑んで欲しいと、日本コミュニティーの想いを代表して伝えた。「スポーツの部門で日米関係の強化ができた」と、外交寄与での功績に対する感謝の言葉も添えた。

古賀選手は挨拶のスピーチで、感謝の言葉を告げた後、手のひら一つの差で五輪出場を逃してきた無念に触れ、「結果への諦めが肝心であり、どれだけ素早く前を向けるかが大事」とチャレンジを続けた心持ち、そしてその結果、リオに行ける喜びを率直に語ってくれた。

その後、祝賀に駆けつけた人々一人ひとりと朗らかに談話をしたり、写真撮影やサインにも笑顔で応じ、人気と高い評価を集めていた。「今回のニュースを聞くまで、失礼ながら存じ上げていなかったけれど、すっかりファンになりました」との声もあった。

DSC_6325Q&Aタイムには、寄せられた多くの質問に丁寧に答えた古賀選手。対応の仕方や話の内容に、誠実さとユーモラスな人柄が溢れていた。「なぜミシガンで?」との質問には、「いろいろな大学とコンタクトし、一番初めに快い返事をくれたので決めた」と答え、きっぱりと潔い一面も垣間見られた。

「ミシガン州から古賀選手を中心に応援します。」との野田領事の音頭で、全員で一本締めをして、結束を固めた。

DSC_6322散会後、インタビューに応じて頂いたが、まず、この日の会について尋ねたところ、「こんなにたくさん集まってくれて率直に嬉しい。応援が心強い。単身ミシガンに来て、このように目に見える形で応援してくれている人が大勢いると分かって力になる」と思いを語ってくれた。また、コーチやチームメイトにも恵まれ、ここでトレーニングして本当に良かったとも。元々海外の選手と思い切り競泳できるタイプであったが、日々高いレベルで泳げたことが良かったと成果を分析。専門としていた背泳ぎに関してはオリンピック出場が叶わず心が折れたが、ゼロから一つずつ積み上げてきたことが分かっているので自信につながり、気持ちを切り替えて自由形のレースに挑めたと話す。海外というそれまでとは異なる環境に自ら飛び込んだ古賀選手。言葉の壁や苦労は無かったと、きっぱり断言した。「話そうと思えば聞いてくれる」「(周囲の)人柄が良く、甘える形でやってこれた」という。

古賀選手はトレーニングで多忙な中でも、ミシガン大学関係の東日本大震災2周年メモリアルイベントでスピーカーを務めるなど、地域貢献にも尽力してきた。2009年の世界水泳選手権男子100m背泳ぎで日本新記録を出して優勝するなど輝かしい成績を収め、注目を集めてきた古賀選手は、東日本大震災の直後、何ができるか思案し、ボランティアに関するウェブサイトを仲間と立ち上げ、また、著名であることを生かして新聞やテレビも使って多くの人に情報を発信した。「僕は水泳選手なので、水泳で希望を与えたい」と震災2周年のイベントの折、話していた。

競泳日本代表は強豪で、メダル獲得が期待されている。支援に尽力してきた古賀選手を今度は我々が応援しましょう!

9月2日〜5日:デトロイト・ジャズ・フェスティバル ~音楽を通じた日米交流~

9月2日〜5日:デトロイト・ジャズ・フェスティバル ~音楽を通じた日米交流~ 1

Face 2カ月ぶりの3連休となるLabor Day Weekend(9月2-5日)の間、ダウンタウンで、今年も世界最大の無料ジャズ・フェスティバルとして知られる「デトロイト・ジャズ・フェスティバル」が開催されます。

著名アーティストも多数出演するこのフェスティバルは今年で37年目。新しい取り組みとして、今年から日本最大級のジャズ・フェスティバル「横濱ジャズプロムナード」(10月8-9日)と協力し、アーティストの相互派遣をすることが決定いたしました。

もともと、デトロイト・ジャズ・フェスティバルは、1980年当時廃虚化が進行していたデトロイトの復興プロジェクトの一環としてスタートしました。「あらゆる人種・階級の人々を街に呼び込み、世界一流のエンターテインメントを提供する」というテーマのもと、このフェスティバルは現在約75万人を動員する、デトロイトが誇る一大イベントとなりました。

横濱ジャズプロムナードも、市民とミュージシャンが一体となって「街全体をステージに」を合言葉に、1993年にスタートして以来、多くの市民ボランティアに支えられ毎年その規模を拡大し、地域の活性化に貢献しています。

デトロイト市と横浜市には、文化的にも歴史的にも音楽に関係が深いという共通点があります。また、「デトロイト・ジャズ・フェスティバル」と「横濱ジャズプロムナード」は、どちらも街おこしのための、市民を大切にしたフェスティバルということもあり、今回の提携が決定しました。ちなみに会場となるハート・プラザのシンボルであるダッジ・ファウンテンは、世界的な彫刻家イサム・ノグチの代表作としても大変有名で、日本とも深い所縁があります。

今回、横濱ジャズプロムナードを代表してデトロイト・ジャズ・フェスティバルに出演する記念すべき第一弾アーティストは、今注目のジャズ・ピアニスト、ハクエイ・キムさんを中心としたトリオ、「Trisonique(トライソニーク)」です。

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ハクエイ・キム:1975年、京都生まれ。高校卒業後、オーストラリアへ渡り、シドニー大学音楽院(Sydney Conservatorium of Music, the University of Sydney)に入学。在学中はECMレーベル等に作品を発表しているオーストラリアを代表する名ピアニスト、マイク・ノックに4年間師事し、同氏の音楽観に多大な影響を受ける。2009年にピアノ・トリオ Trisonique(トライソニーク)を杉本智和(b)、大槻“KALTA”英宣(ds)と共に結成。2011年、ユニバーサルミュージックジャパンと専属契約を結び、アルバム『トライソニーク』でメジャー・デビューを果たす。同盤は国内外で評価を受け5月には

“香港サマー・ジャズ・フェスティヴァル”に出演。同年末には自身初となるソロ・ピアノ・アルバム『ブレイク・ジ・アイス』を日本と韓国でリリース。2012年には日韓合作の映画『道~白磁の人』(高橋伴明監督作品)のエンディング・テーマの作曲と演奏を担当。現在は東京に拠点を置き、国内外をツアーで回り活躍の場を広げている。最新作は2015年に発表した韓国の伝統音楽家、ミン・ヨンチ率いる 『新韓楽』とハクエイ・キム率いる『トライソニーク』によるコラボレーション・アルバム 『HANA』。

(詳しいアーティスト情報はこちら→http://www.universal-music.co.jp/hakuei-kim/

Trisoniqueアーティストご本人より一言:

世界中から多様な才能が一堂に会する一大イベント、「デトロイト・ジャズ・フェスティバル」にトライソニークが参加出来る事を大変光栄に思います。あらゆる枠を超える「音」を是非みなさんと共有出来るよう願っております。そしてオフでは世界に誇るデトロイトの歴史と文化、そしてその豊かな自然を満喫できるのを心から楽しみにしています。

― ハクエイ・キム (ピアノ)

音楽という芸術や自動車産業などたくさんの文化の歴史があるデトロイトで37年の歴史あるデトロイト・ジャズ・フェスティバルに出演させていただくのはとても嬉しいです。デトロイトという場所やお客さんとで起こる化学変化を楽しんで演奏しようと思います。

― 杉本智和 (ベース)

前回、自分のバンドでデトロイト・ジャズ・フェスティバル出演を果たしてから5年。今回またトライソニークでこのフェスに出演出来ること、モータウンミュージックの聖地でまた自分達の音楽やビートを響かせ、皆さんに聴いて貰える事を心から楽しみにしています。

― 大槻 “KALTA” 英宣 (ドラムス)

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「Trisonique(トライソニーク)」のステージは、9月3日(土)午後3時半~4時45分、ピラミッドステージで予定されています。JAZZがお好きな方も、あまり聴いたことがない方も、ぜひこの機会に足を運び、生演奏を楽しみながらデトロイトの夏を満喫されてはいかがでしょうか?

デトロイトりんご会補習授業校 音楽会

デトロイトりんご会補習授業校 音楽会 2

IMG_3944一生懸命な姿と歌声が観客に感動を与えた〜

11月14日(土)、デトロイトりんご会補習授業校で、小学1年生と2年生の音楽会が開催された。同校では音楽の教科を毎週のカリキュラムに設定してはいないが、「総合」という時間も活用した音楽授業と家庭での練習を重ねて、この日の発表に臨んだ。会場となった体育館には児童の人数の倍以上かとみられる大勢の保護者が足を運んだ。

IMG_3964IMG_7621開会の校長挨拶では、音楽は「音を楽しむ」ことなので、指揮者を見ながら、自分の声や友達の声と合わせることの楽しさに気づいて欲しいと述べた。今年度から音楽担当となったワービー先生の指揮、村田先生のピアノ伴奏に合わせて、両学年それぞれに、児童たちは暗記した数曲を披露。校長先生の願い通りに、指揮者である村田先生をしっかりと見つめて一生懸命に発表する姿があった。1年生は「ミッキーマウス マーチ」や「アイアイ」などを振りもつけて元気いっぱいに歌ったほか、アニメ映画「となりのトトロ」の主題歌「さんぽ」の覚えにくい歌詞にも挑戦した。1年違いとはいえ、ぐっと成長した振る舞いと表情で、2年生はまず楽器演奏に挑戦。クラスごとに異なる楽器の音色を披露した。「ドレミのうた」では日本語と英語の歌詞、両方で歌い上げた。「英語の発音がさすが!」との保護者の声が聞かれた。

2年生による「校歌」斉唱の後、参観者を含む会場の全員で合唱する機会も設けられ、大きな歌声で溢れた。