Friday, June 21, 2024

駐在員母娘のバレエアカデミー体験記

by 平塚 弥生

 ミシガン州で最も多くの日本人が暮らすノバイ市の北隣、ウィクソムに娘の通ったバレエ教室「Academy of Russian Classical Ballet」(略称ARCB)があります。ここでの経験が私たち母娘にとって貴重なものになりました。

ARCBはバレエの指導法として有名なワガノワメソッドで指導するロシア流のバレエ教室です。ロシア出身の有名なバレエ団でプロとして踊り、国立バレエ学校で指導してきた先生が在籍することもあって、「東海岸や西海岸に行かなくても、本場ロシアのバレエを学べる」とカナダやミシガン州外から来る生徒もいます。また、場所柄、日本人の生徒が多く、英語が苦手だった私達はスタジオに通う日本人の皆さんに助けていただきました。またロシア人の先生をはじめ、世界中にルーツを持つ生徒さんが在籍していて、多民族の国アメリカを実感しました。

 四年前、はじめてのアメリカ駐在で右も左もわからないまま、娘のバレエ教室を探してこのスタジオを訪ねました。大小のレッスン室が四つもあっていろんなレベルの子供達が練習がしている様子に緊張しつつもワクワクしたのを覚えています。当初、英語のわからない娘はレッスンも見よう見まね。先生は、そんな娘に丁寧に指導してくれました。少しずつ英語を理解できるようになるとお友達もでき、レッスン後の更衣室でのおしゃべりで娘の英語はどんどん上達しました。同時にバレエに夢中になり、気が付けば毎日のようにスタジオに通うようになりました。

 ロシア出身のイヴァン先生、ナタリア先生、ニコライ先生は、ロシアのバレエ学校で学び、プロのダンサーとして舞台に立ち、ロシア国内だけでなく、ヨーロッパや日本など国外公演に行ったこともあるそうです。

また、ペルミバレエ学校(ロシア)やキーロフ(ワシントンD.C. )で数多くのダンサーを指導し、日本からの留学生も沢山指導されてきたので「日本人の生徒やダンサーは、礼儀正しく、まじめで、練習熱心。だから日本人が大好き」と話します。日本人が世界中で頑張っていることを知り、とてもうれしい気持ちになりました。

ARCBで特に娘が夢中になったのは、年に二回ある発表会です。冬はクリスマスの風物詩「くるみ割り人形」全幕を、春は「ドン・キホーテ」や「眠れる森の美女」など毎年異なる全幕作品に挑戦します。数ヶ月のリハーサルを通して、衣装の早着替えを助け合ったり、お互いの成功を励ましあって、仲良くなって皆で一つの舞台を作ります。ペアレントミーティングの日には、ポットラックパーティをします。アメリカ、メキシコ、中国など、インターナショナルなお料理をみんなでワイワイ食べて、ママ達も仲良くなります。

 また発表会の演目の主役には州外やアメリカ国外のバレエ団からプロのダンサーをゲストとしてお招きします。先生の人脈のお陰でプリンシパル(バレエ団のトップレベル)の方が来てくださることもあります。現役で活躍するバレエダンサーのテクニックや表現力、練習中の振る舞いなど、間近で見られるのは特別なことです。素人の私も、ボランティアでバックステージからそっと覗いて、プロのテクニックにうっとりしました。

発表会以外にも、地元の小学校、老人ホーム、図書館などに招かれて、踊りを披露する機会もあります。他には、お祭りのステージやデトロイトファッションウィークのランウェイ、豪華ホテルのアフタヌーンティーパーティ、デトロイトレッドウィングスのイベント、スクールクラフト大学の世界交流イベントなど。どの舞台も、お客様の反応を感じながらパフォーマンスできる、とても貴重な経験です。

ARCBの生徒達は、舞台の大小関係なく堂々と楽しそうに踊っていて、バレエが好き、踊ることが好き、観ている人に楽しんでもらいたいという気持ちが伝わってきて、自然とどの子も応援したくなりました。

今年も新学期が始まると、16回目の「くるみ割り人形」の練習がはじまります。今年はどんな舞台になるのか今から楽しみです。

[アナーバー校がオープンします]

8月6日、ミシガンシアタービル(右写真)2階にARCBのスタジオがオープン!

ARCBホームページ: russianclassicalballet.com

ARCB日本語ブログ: japaneseballetmichigan.com

Reiki Open House Seminar in Northvilleレイキオープンハウスセミナー、ミシガン州ノースビルで実施

<!--:en-->Reiki Open House Seminar in Northville<!--:--><!--:ja-->レイキオープンハウスセミナー、ミシガン州ノースビルで実施<!--:--> 2

 日本発祥で全世界に普及している「レイキ」を御存じだろうか。レイキとはセラピスト(施術者)が両手で軽く触れるヒーリングの技法。セラピストの両手から自然界に存在する生体エネルギーが伝播されることで、受けた人は、身体のエネルギーが調整されてエネルギーの流れやバランスが良くなり、深いリラクゼーションが経験できるという。
 
 去る5月5日(日)、ノーズビル市のホテル(Holiday Inn Express Hotel)を会場にしてレイキセミナーが催された。主催者はイリノイ州シカゴ近郊でプロフェッショナルなエナジーヒーラーとして活躍している加藤優氏。前半、加藤氏よりレイキについて1時間ほど説明があり、続いて、参加者全員(25人程)に対して、ミシガン在住のレイキセラピストである湯浅保美さん他2名と加藤氏が、実際に10分ほどずつのレイキセッションを無料で提供した。レイキの概要を理解し、気軽に体験する機会となった。

 セミナーでは加藤氏の簡単な自己紹介の後、「誰でもヒーリングができる」との言葉で解説が始まり、受講者の間に感心とも懐疑ともつかない声が上がった。聴講者の懐疑に応じるかのように、Foxチャンネルの健康番組でホストを勤めるDr.OZ(コロンビア大学心臓外科教授)のレイキについてのコメント、その映像が映し出された。Dr.OZはレイキが心身のバランスを整えるために効果的なエナジーメディスンであると提唱している。西洋医学の旗手ともいえるDr.OZがレイキを推奨しているという事実は、それだけ医学が代替医療を認めて吸収しつつあるという時代を象徴しているのかも知れない。

 加藤氏によれば、レイキとは、人間が持っている生体エネルギー(中国医学の「気」に相当)を調節することで、心身状態を健やかにする療法である。個人の存在の根幹に働きかける、言い換えれば、「いのち」の力を輝かせることで、自然でバランスのとれた状態に保つ方法であるとのこと。加藤氏は、精神のバランスこそが健康の鍵としており、肉体の状態のみに関心を寄せている一般的な健康観に対して、警鐘を鳴らした。彼は、その根拠として、次のような論文や例をあげた。

 まず、「腰痛は心が原因」との説(サーノ博士のTMS理論)。腰痛を経験している年代層は30~40代をピークにして高齢になると患者が減少するデータがある。身体の構造が腰痛の原因であるのなら高齢者層に患者が増えるはずである。このデータは、身体の構造上の不具合が腰痛の原因であるとは限らないということを示している。

 また、健常者(=痛みや不具合の無い人)98人に対して腰部脊柱をMRIで検査したところ、過半数が脊柱の湾曲を患っており、椎間板に深刻な損傷を負った人もいたとの研究論文がある。

 加藤氏はこれらのことから、‘構造上の欠陥=痛み’ではなく、痛みを除くためには構造を変えるだけでは不十分と強調した。さらに、心理面での治療により生き方の質を変えることで、癌の治療効果を高めたという研究成果(Dr. Simonton)や、瞑想で血圧を低下させることが出来たという研究を列挙。それらに続けて、加藤氏はどんな病気も不安や恐怖といった心の問題に根本原因があると結論付けた。エネルギーの状態を改善することで、心に安穏を得れば、免疫システムも活性化されて病は治ると語った。

 レイキを含めた、エナジー・ヒーリング(生体エネルギーをコントローすることによる癒し)の臨床研究として、リラクゼーションのため鎮痛剤などの投薬量が減ったり、末期がん患者が穏やかで有意義な死を迎えるなど、次々にその効果が報告されているとの話。即、痛みや症状が消えるものではないとの言葉が付け加えられた後、自身の話として、奥様が甲状腺障害のために排卵が無く妊娠は不可能と医師に断言されたが、加藤氏のセラピーが効を奏して子宝に恵まれたことを語った。

 加藤氏はイリノイ州に居を構えているが、レイキを習得するためのクラスをノバイ地区で9月に開催することを予定している。また、加藤氏よりトレーニングを受け、今回のアシスタントを務めた湯浅保美さんによるレイキセッションの体験も可能とのこと。湯浅さんはシカゴ在住時、慣れない海外生活で心身共に不安定であった時に加藤氏のヒーリングを受け、バランスを取り戻す経験をしたのをきっかけにヒーリングの勉強を始めた。湯浅さんも、レイキの習得により誰でも自分や家族へのヒーリングを行うことができるようになると言う。加藤氏によれば潜在能力は皆同等に有しているとのこと。個人の奥底にある巨大な潜在能力に怯えるがゆえに抵抗すれば、ヒーリングを提供出来ない。その抵抗の度合いに個人差がある。自分自身のエネルギーを調整することで、その抵抗を和らげれば、誰でも最終的には、ヒーリングの能力が開花するらしい。

 さて、セミナーの後、実際の個別セッション体験に移った。通常1時間から1時間半のところ、この日は体験コースということで10分ほど。受けた人の多くが「触られたところがポカポカ」との感想を漏らした。その感覚がセッション後も持続している人、(自分の)手がビリビリしている人、「頭の中がポワンとしている」という人もいた。感じ方の違いは個人差があり、それはセラピストとの繋がり方や相性にもよる。また実感が無かったとしても、精神の深いレベルでは変化が起きているのであって、効果が無かったと考える必要はないそうだ。
 
 終了予定時刻を超えてもセッション提供は続き、一通り終わった後には質問に丁寧に答える加藤氏の姿があった。セミナー中に加藤氏が語った「本当の自分を知らないために生じる不安や恐怖」に関しての質問が寄せられ、「本当の自分を知るためには、(長い話を短くすると)うその自分を捨てること」と応答し、解説を加えた。自我(思考の中枢)は潜在意識を封印しようとしており、それに伴い、自我は潜在意識の奥にある魂をも封印している。その結果、魂が放つ人間の生命力が身体に届かなくなり、健康を害するということを説いた。

 レイキは人間の中にある力を引き出すことによる癒しなので、薬品などによる副作用の心配がない。心身に不調を抱えている方、癒し体験をしたい方、そして自身のヒーラー能力をつけたい方、「レイキ」の扉を叩いてみてはいかが?

本イベントの主催者:加藤優氏

Atman Well-being主宰 
http://www.atmanwellbeing.com
Energy Healer/Spiritual Healer
Alternative Psychotherapist
イリノイ州パラタイン市にてプロフェッショナルなエナジーヒーラーとして活動。10年の臨床経験をもつ。電話を通じてのヒーリング受診も可能。

ミシガン在住セラピスト湯浅保美氏

E-mail:shastayasumi [at] gmail.com

 日本発祥で全世界に普及している「レイキ」を御存じだろうか。レイキとはセラピスト(施術者)が両手で軽く触れるヒーリングの技法。セラピストの両手から自然界に存在する生体エネルギーが伝播されることで、受けた人は、身体のエネルギーが調整されてエネルギーの流れやバランスが良くなり、深いリラクゼーションが経験できるという。
 
 去る5月5日(日)、ノーズビル市のホテル(Holiday Inn Express Hotel)を会場にしてレイキセミナーが催された。主催者はイリノイ州シカゴ近郊でプロフェッショナルなエナジーヒーラーとして活躍している加藤優氏。前半、加藤氏よりレイキについて1時間ほど説明があり、続いて、参加者全員(25人程)に対して、ミシガン在住のレイキセラピストである湯浅保美さん他2名と加藤氏が、実際に10分ほどずつのレイキセッションを無料で提供した。レイキの概要を理解し、気軽に体験する機会となった。

 セミナーでは加藤氏の簡単な自己紹介の後、「誰でもヒーリングができる」との言葉で解説が始まり、受講者の間に感心とも懐疑ともつかない声が上がった。聴講者の懐疑に応じるかのように、Foxチャンネルの健康番組でホストを勤めるDr.OZ(コロンビア大学心臓外科教授)のレイキについてのコメント、その映像が映し出された。Dr.OZはレイキが心身のバランスを整えるために効果的なエナジーメディスンであると提唱している。西洋医学の旗手ともいえるDr.OZがレイキを推奨しているという事実は、それだけ医学が代替医療を認めて吸収しつつあるという時代を象徴しているのかも知れない。

 加藤氏によれば、レイキとは、人間が持っている生体エネルギー(中国医学の「気」に相当)を調節することで、心身状態を健やかにする療法である。個人の存在の根幹に働きかける、言い換えれば、「いのち」の力を輝かせることで、自然でバランスのとれた状態に保つ方法であるとのこと。加藤氏は、精神のバランスこそが健康の鍵としており、肉体の状態のみに関心を寄せている一般的な健康観に対して、警鐘を鳴らした。彼は、その根拠として、次のような論文や例をあげた。

 まず、「腰痛は心が原因」との説(サーノ博士のTMS理論)。腰痛を経験している年代層は30~40代をピークにして高齢になると患者が減少するデータがある。身体の構造が腰痛の原因であるのなら高齢者層に患者が増えるはずである。このデータは、身体の構造上の不具合が腰痛の原因であるとは限らないということを示している。

 また、健常者(=痛みや不具合の無い人)98人に対して腰部脊柱をMRIで検査したところ、過半数が脊柱の湾曲を患っており、椎間板に深刻な損傷を負った人もいたとの研究論文がある。

 加藤氏はこれらのことから、‘構造上の欠陥=痛み’ではなく、痛みを除くためには構造を変えるだけでは不十分と強調した。さらに、心理面での治療により生き方の質を変えることで、癌の治療効果を高めたという研究成果(Dr. Simonton)や、瞑想で血圧を低下させることが出来たという研究を列挙。それらに続けて、加藤氏はどんな病気も不安や恐怖といった心の問題に根本原因があると結論付けた。エネルギーの状態を改善することで、心に安穏を得れば、免疫システムも活性化されて病は治ると語った。

 レイキを含めた、エナジー・ヒーリング(生体エネルギーをコントローすることによる癒し)の臨床研究として、リラクゼーションのため鎮痛剤などの投薬量が減ったり、末期がん患者が穏やかで有意義な死を迎えるなど、次々にその効果が報告されているとの話。即、痛みや症状が消えるものではないとの言葉が付け加えられた後、自身の話として、奥様が甲状腺障害のために排卵が無く妊娠は不可能と医師に断言されたが、加藤氏のセラピーが効を奏して子宝に恵まれたことを語った。

 加藤氏はイリノイ州に居を構えているが、レイキを習得するためのクラスをノバイ地区で9月に開催することを予定している。また、加藤氏よりトレーニングを受け、今回のアシスタントを務めた湯浅保美さんによるレイキセッションの体験も可能とのこと。湯浅さんはシカゴ在住時、慣れない海外生活で心身共に不安定であった時に加藤氏のヒーリングを受け、バランスを取り戻す経験をしたのをきっかけにヒーリングの勉強を始めた。湯浅さんも、レイキの習得により誰でも自分や家族へのヒーリングを行うことができるようになると言う。加藤氏によれば潜在能力は皆同等に有しているとのこと。個人の奥底にある巨大な潜在能力に怯えるがゆえに抵抗すれば、ヒーリングを提供出来ない。その抵抗の度合いに個人差がある。自分自身のエネルギーを調整することで、その抵抗を和らげれば、誰でも最終的には、ヒーリングの能力が開花するらしい。

 さて、セミナーの後、実際の個別セッション体験に移った。通常1時間から1時間半のところ、この日は体験コースということで10分ほど。受けた人の多くが「触られたところがポカポカ」との感想を漏らした。その感覚がセッション後も持続している人、(自分の)手がビリビリしている人、「頭の中がポワンとしている」という人もいた。感じ方の違いは個人差があり、それはセラピストとの繋がり方や相性にもよる。また実感が無かったとしても、精神の深いレベルでは変化が起きているのであって、効果が無かったと考える必要はないそうだ。
 
 終了予定時刻を超えてもセッション提供は続き、一通り終わった後には質問に丁寧に答える加藤氏の姿があった。セミナー中に加藤氏が語った「本当の自分を知らないために生じる不安や恐怖」に関しての質問が寄せられ、「本当の自分を知るためには、(長い話を短くすると)うその自分を捨てること」と応答し、解説を加えた。自我(思考の中枢)は潜在意識を封印しようとしており、それに伴い、自我は潜在意識の奥にある魂をも封印している。その結果、魂が放つ人間の生命力が身体に届かなくなり、健康を害するということを説いた。

 レイキは人間の中にある力を引き出すことによる癒しなので、薬品などによる副作用の心配がない。心身に不調を抱えている方、癒し体験をしたい方、そして自身のヒーラー能力をつけたい方、「レイキ」の扉を叩いてみてはいかが?

本イベントの主催者:加藤優氏

Atman Well-being主宰 
http://www.atmanwellbeing.com
Energy Healer/Spiritual Healer
Alternative Psychotherapist
イリノイ州パラタイン市にてプロフェッショナルなエナジーヒーラーとして活動。10年の臨床経験をもつ。電話を通じてのヒーリング受診も可能。

ミシガン在住セラピスト湯浅保美氏

E-mail:shastayasumi [at] gmail.com

大盛況!“ローカル忘年会” クリスマスライブ & 無料カラオケ

大盛況!“ローカル忘年会” クリスマスライブ & 無料カラオケ 1

IMG_2357 Ks1-3「楽しかったです!本当に楽しかったで す!」会場を去る客が口々に出演者らに 声をかけていた。「コミュニティーの交流 の輪を広げる素晴らしいイベントだった と思う。メキシコのコミュニティーはよく こういった催しをするが、ジャパニーズの ものは初めて見た。」との感想を英語で 述べた人も。「皆さんとても演奏が上手で した。私の一番評価はあのピアノを弾い た女の子でしたね。とっても可愛かった。 頑張って音楽を続けてほしい。」 若者の頃から草の根の生演奏の場を 企画し、日本や海外で趣味である音楽・ 音響と演奏活動を長く楽しんできた個 人らが主催者。在米年数20年以上から 当地へ来て1年未満の者までの音楽仲 間で、知人を招いてのホームパーティー や、時折不定期で開催する“タイバン”な どで地域交流を存分に楽しんで来た。

FullSizeRender Odai-2今回は更に大きな会場で不特定多数を 招き実現させた、音楽好きによる音楽 好きの為の、音を楽しむイベント。終わ ってみれば軽く来場者数120名を超えた 大盛況のイベントとなった。 会場となったノバイ市のバーでは開演 前から椅子も不足し、絶え間ない人の 往来と飛び交う注文への対応に追われ 一時オーダーストップもかかるなど、嬉 しい悲鳴をあげることとなった。「アメリカ 人の方たちはこんなにたくさん、どこから 見えたのでしょうか」と主催者へ本末転 倒の面白い質問が来る場面も。日系・ 在留邦人企画のイベントでありながら、 多国籍異文化の来場者が後から後か ら入場してくる興味深い絵に感激したと いう。出演関係者らのご近所、熱い日本 語・日本文化ファン、日系企業に勤める 現地採用の職員たちなど、普段から心が通じ長く培われて来た地域のお付き合 いの絆と輪が、年の瀬を迎えたこの音の お祭り会場で大きく花開くこととなった。

IMG_2362.PNG Cyu best -3会場には周囲の人々と和やかに歓談 される和田デトロイト総領事と令夫人の 御姿も。進行役からは「皆さん今夜は是 非、新しい知り合いを増やしましょう」と 日米両言語で呼びかけられた。ベテラ ンの演奏者らに交じりピアノを習い始め たばかりの5歳の女の子や、ドラムを披 露する高校生男子も登場し、大きな拍 手と声援で沸いていた。特別企画のラジ オ体操紹介及びエクササイズコーナー では生のピアノ伴奏と解説がつき、また 歌唱好きの一般参加者らが無料カラオ ケの部へ続々登場するなど、全員参加 形式の、爽やかでインターアクティブな 内容が、軽快に展開された。 「ジャパニーズはとてもフォーマルで、いつもスーツを着ている印象があったの ですが、レザーパンツに鎖を下げた出 立ちの人もいるのですね。初めて見まし た、驚きました。」とは、パラグアイ出身 の移民女性。娘の勤務先の在留邦人 からこのイベントを耳にし心弾ませ来場 した。「素晴らしい地域交流イベントで す。色んな人に出会え、今日はたくさん の新しいことに気づかされました。

IMG_2360 Hiroe-2Very surprised to see so many people turned out coming to this event, and this was so nice to bring community together.」と 晴れ晴れとした興奮気味の満面の笑顔 で、生き生きと感想を語った。 翌日はメンバーのうち二人が朝4時起 きで国外出張へ発ったという、多忙で働 き盛りの主催関係者たちは、次の音楽 イベントで国際交流の輪をさらに広げて ゆくことを楽しみにしている。

デトロイト・オープン剣道トーナメントデトロイト・オープン剣道トーナメント

<!--:en-->デトロイト・オープン剣道トーナメント<!--:--><!--:ja-->デトロイト・オープン剣道トーナメント<!--:--> 1

2月15日(日)、デトロイト剣道道場主催のデトロイト・オープン剣道トーナメントがノバイ・ハイスクールを会場にして開催された。このトーナメントは毎年行われており、全米各地やカナダの剣道道場から多数の剣士が参加する北西部屈指の大きな規模となっている。

その要因としては、デトロイト剣道道場の長である田川順照剣道が数少ない教士八段であり、指導にも定評がある上、本トーナメントには例年、日本から国内トップクラスの剣士(教士)を招いていることがある。田川氏は1975年、米国内における剣道普及のために渡米し、現在、全米剣道連盟の会長に就いている。世界剣道選手権大会での強化委員長を務めた経歴もある。

トーナメント当日は華氏でマイナスという記録的な寒さの中、約250名が参加し、会場には活気があふれ、技を競うと共に交流を深めた。

前日の14日(土)には、今回のゲスト指導者である清水新二教士八段によるセミナーが行われた。清水八段は九州管区警察学校の教授を務めており、全日本剣道大会、世界大会(個人3位)、全国警察剣道選手権大会(優勝)など、輝かしい剣歴を保持する。この日は、級から七段までレベルに差がある120名ほどの受講者を対象に、基本の所作礼法に始まり、素振り、さまざまな打ち方など、4時間にわたって指導にあたった。清水八段は当地の剣士たちの印象について「技術的には追いついていないところもあるが、所作が出来ているように見受けられる」と評し、「熱心に集中している姿に刺激を受け、私も一生懸命になった。本家(日本国内)もしっかりしなくてはと感じた」と語った。さらに、日本では小中学生は競技性に重点を置くが、続けると精神面や文化的なところが分かり、より楽しくなり、発見できることも増えるので、ぜひ続けて欲しいと願いを寄せた。

トーナメントは、田川道場長歓迎の挨拶、在デトロイト日本国総領事館の野田首席領事の来賓スピーチの後、清水・田川両八段の刀を使った形の実演が行われ、高段指導者の素晴らしい技に剣士たちの真摯なまなざしが注がれた。

田川道場長の話によれば、一度の大会経験によって、攻め方や気合が大きく変わる子供もいるそうで、本大会の意義は計り知れない。

今回の大会で目立ったのは女性の多さ。特に母娘ともに参加する人が増えている。シカゴから駆け付けた國吉さん母娘は4年前に一緒に剣道を始め、本トーナメントには3回目の参加とのこと。始めた理由について「永住なので娘に日本の文化、武道を習わせたかった」「やるなら剣道。防具をつけるので、長くできるだろうと考えました」と。お嬢さんは引っ込み思案だったが、大会の交流を通して社交的になったそうだ。親とは別の大人である先輩によくしてもらって、学ぶことが多い、とプラス面を挙げた。シカゴの別の道場からのメキシコ系女性参加者は、毎回の練習で全てのイライラや不安を忘れることができ、また、他のことに対しても「もっとできる!」と気もちがアップすると話す。スポーツ競技は他にたくさんあるが、剣道は単なる競い合いではない点に惹かれるという。

本大会、女子の部が設けられているが、女子は他の部門にも出場が可能。掴みあえば体力差でやり込められるに違いないであろう男性相手に、引けを取らず熱戦を繰り広げる女性たちの姿があちこちで見られた。

デトロイト剣道道場は現在70人ほどで、やはり女性が少なくない。そして1996年に設立同時は駐在の人が多かったが、今は現地の人や長く居る人が増え、ここで剣道を始めた人が育って指導者になっていると、設立者でもある田川道場長は嬉しそうに感慨深く語った。長くやっている人が年下や新しい人の面倒を見、そして後輩が先輩を習う。家族的な流れができてきたそうだ。本大会中、さまざまな肌の色の剣士たちが進行・運営に動き回っていた。

田川八段の講釈によれば、「剣道は礼に始まり礼をもって行い礼に終わる」といわれ、試合の前後に挨拶をするだけでなく、勝っても歓喜の声を挙げたりガッツポーズを取ることは決してない。

スポーツとして心身を練磨するだけでなく、礼節や信義を尊ぶという日本の伝統的な精神を堅持している剣道が多くの人種に親しまれることは、日本の心や文化が浸透していくことに他ならない。さらなる発展を期して止まない。

2月15日(日)、デトロイト剣道道場主催のデトロイト・オープン剣道トーナメントがノバイ・ハイスクールを会場にして開催された。このトーナメントは毎年行われており、全米各地やカナダの剣道道場から多数の剣士が参加する北西部屈指の大きな規模となっている。

その要因としては、デトロイト剣道道場の長である田川順照剣道が数少ない教士八段であり、指導にも定評がある上、本トーナメントには例年、日本から国内トップクラスの剣士(教士)を招いていることがある。田川氏は1975年、米国内における剣道普及のために渡米し、現在、全米剣道連盟の会長に就いている。世界剣道選手権大会での強化委員長を務めた経歴もある。

トーナメント当日は華氏でマイナスという記録的な寒さの中、約250名が参加し、会場には活気があふれ、技を競うと共に交流を深めた。

前日の14日(土)には、今回のゲスト指導者である清水新二教士八段によるセミナーが行われた。清水八段は九州管区警察学校の教授を務めており、全日本剣道大会、世界大会(個人3位)、全国警察剣道選手権大会(優勝)など、輝かしい剣歴を保持する。この日は、級から七段までレベルに差がある120名ほどの受講者を対象に、基本の所作礼法に始まり、素振り、さまざまな打ち方など、4時間にわたって指導にあたった。清水八段は当地の剣士たちの印象について「技術的には追いついていないところもあるが、所作が出来ているように見受けられる」と評し、「熱心に集中している姿に刺激を受け、私も一生懸命になった。本家(日本国内)もしっかりしなくてはと感じた」と語った。さらに、日本では小中学生は競技性に重点を置くが、続けると精神面や文化的なところが分かり、より楽しくなり、発見できることも増えるので、ぜひ続けて欲しいと願いを寄せた。

トーナメントは、田川道場長歓迎の挨拶、在デトロイト日本国総領事館の野田首席領事の来賓スピーチの後、清水・田川両八段の刀を使った形の実演が行われ、高段指導者の素晴らしい技に剣士たちの真摯なまなざしが注がれた。

田川道場長の話によれば、一度の大会経験によって、攻め方や気合が大きく変わる子供もいるそうで、本大会の意義は計り知れない。

今回の大会で目立ったのは女性の多さ。特に母娘ともに参加する人が増えている。シカゴから駆け付けた國吉さん母娘は4年前に一緒に剣道を始め、本トーナメントには3回目の参加とのこと。始めた理由について「永住なので娘に日本の文化、武道を習わせたかった」「やるなら剣道。防具をつけるので、長くできるだろうと考えました」と。お嬢さんは引っ込み思案だったが、大会の交流を通して社交的になったそうだ。親とは別の大人である先輩によくしてもらって、学ぶことが多い、とプラス面を挙げた。シカゴの別の道場からのメキシコ系女性参加者は、毎回の練習で全てのイライラや不安を忘れることができ、また、他のことに対しても「もっとできる!」と気もちがアップすると話す。スポーツ競技は他にたくさんあるが、剣道は単なる競い合いではない点に惹かれるという。

本大会、女子の部が設けられているが、女子は他の部門にも出場が可能。掴みあえば体力差でやり込められるに違いないであろう男性相手に、引けを取らず熱戦を繰り広げる女性たちの姿があちこちで見られた。

デトロイト剣道道場は現在70人ほどで、やはり女性が少なくない。そして1996年に設立同時は駐在の人が多かったが、今は現地の人や長く居る人が増え、ここで剣道を始めた人が育って指導者になっていると、設立者でもある田川道場長は嬉しそうに感慨深く語った。長くやっている人が年下や新しい人の面倒を見、そして後輩が先輩を習う。家族的な流れができてきたそうだ。本大会中、さまざまな肌の色の剣士たちが進行・運営に動き回っていた。

田川八段の講釈によれば、「剣道は礼に始まり礼をもって行い礼に終わる」といわれ、試合の前後に挨拶をするだけでなく、勝っても歓喜の声を挙げたりガッツポーズを取ることは決してない。

スポーツとして心身を練磨するだけでなく、礼節や信義を尊ぶという日本の伝統的な精神を堅持している剣道が多くの人種に親しまれることは、日本の心や文化が浸透していくことに他ならない。さらなる発展を期して止まない。

2018 秋のコンサート:JSD Women’s Club Chorus Trillium & Otomodachi Mixed Chorus

 去る11月18日(日)、JSDウィメンズクラブの女声コーラスTrillium(トリリアム)と混声コーラス-Otomodach(音もだち)によるジョイントコンサートがファーミントンヒルズ市にある教会(Orchard United Methodist Church)で催された。大勢の観客が優雅な歌声あふれるひと時に身をゆだねた。

 用意されたプログラムに、曲や作曲家の解説や、日本の歌にはその背景にある風習についても記され、歌詞と訳を載せている曲もあり、言語が分からない歌でも、想像を広げて楽しむことができた。

コンサートは4部構成で、オープニングは女性デュオ(二重唱)の華麗な歌声。「アレルヤ(神を褒め讃えよ)」が繰り返し歌われる喜びに溢れる宗教曲(モーツァルト作曲)が、会場となった礼拝堂の清らかさと相まって神々しく響き渡った。2曲目のシューベルト作曲による『主はわが羊飼い』は旧約聖書の中にある祈りの詩集である詩篇の中で最も愛されているであろうと言われている“詩篇23篇”が歌詞として使われており、その心を洗われるような美しい曲を二人で歌い上げた。

 第2部はトリリアムがまず、作曲家であり合唱指導者である松下耕が旧約聖書の詩篇から歌詞を取って作曲した『カンタテ・ドミノ(主に向いて歌え)』を披露。この作品は2011年の東日本大震災が起きる数か月前に完成され、アメリカで始まった義援金プロジェクトのために提供され、以来、国内外の多くの合唱団で歌われているとのこと。美しい歌声で届けられた。続いて、日本人にとって心の曲といえる愛唱歌から秋に相応しい『紅葉』と『村祭り』を日本語で情緒豊かに歌い、観客に懐かしさと癒しを贈り届けた。さらに、世界中で親しまれている『サウンド・オブ・ミュージック』から4曲を選び、女声の艶やかな明るさで楽しさいっぱいに演奏した。

 トリリアムは、JSDウィメンズクラブ発足とほぼ同時に、コーラスで親睦を図ろうと立ちあげたコーラス同好会。親睦のみならず、日本の歌を紹介したり、音楽を通して現地の人と交流するなど、「親睦と地域交流」というJSDウィメンズクラブの主旨そのものの活動を継続してきてきた。広いジャンルから曲を選んで、様々な言語で歌っており、定期コンサートの他、訪問演奏も多数行なってきている。オープニングのデュオの一人、浅見江里奈さんが指揮を務めている。

 休憩後の第3部は“音もだち”のメンバーの登場。赤いドレス姿の女性と黒いタキシード姿の男性が颯爽と入場し、見た目も粛々としたステージが生まれた。冒頭は、トリリアムが最初に披露した曲と同じタイトルの『カンタテ・ドミノ』であるが、曲は別のもの。こちらはローマの作曲家ピトーニの作品で、神を賛美し喜び祝う明るい詩であるが、音楽の上では、やがて来る裁きの日を惧れ救いを求める姿が悲哀な旋律などで表現されている。それを厚みのある豊かな混声の歌声で披露した。2曲目はフランク・シナトラのポピュラーソング『マイウェイ』。わが道を貫く力強さを歌った演奏に元気づけられた観客が多かったことであろう。神秘的な作品『Sure on This Shining Night』という曲の後には、無伴奏曲『死んだ男の残したものは』を重厚に演奏。そして、音もだちによる最後の曲は『リベルタンゴ』。クラッシック演奏家も多く手掛けるポピュラーな曲である。リベルタンゴとは、スペイン語Libertad(自由)とタンゴを合わせた造語といわれており、タンゴ調の躍動するリズム感とエネルギーが溢れる曲。体を揺すりながら聴いている人も多かった。
広いジャンルからの選曲について新指揮者である稲村尚美さんに尋ねところ、『Sure on This Shining Night』の作曲者モートン・ローリゼン氏は稲村さんの恩師であるとのこと。また『死んだ男の残したものは』の作曲者が好きなので、ぜひこの曲をやりたかったと話してくれた。
“音もだち”は、より難しいことに挑戦したい人々が集まり、難易度の高い曲に挑んでいる。曲風のバラエティーにも挑戦し、広がっていくことであろう。

 フィナーレは全員で、トリリアムが第2部で歌ったサウンド・オブ・ミュージックの『Climb Ev’ry Mountain(すべての山に登れ)』を大合唱。「山」とは、人生の試練を意味している。力強い歌詞が添えられ、壮大さに満ちた曲を全員でダイナミックに歌い上げ、計11曲に及ぶ様々な歌でつづられたコンサートの幕を引いた。

いけばなインターナショナル デトロイト支部主催イベント A Glimpse of Japan

華道池坊の教授を迎えて和やかに

  例年になく冬が長かったミシガンに春の花ばなが咲き誇った5月10日(木)、いけばなインターナショナルのデトロイト支部(Detroit chapter 85)による文化交流イベントがサウスフィールド市にある教会にて催された。会場のあちらこちらにメンバーが用意した生け花が飾られ、花の香が満ちる華やかな空間が生まれていた。五月の節句飾りも展示され、雅さを添えていた。

 

在デトロイト日本国総領事ご夫妻も出席し、総領事の挨拶に続いて、当地で活躍する書道家の藤井京子さんが書の実演を行なった。書は畳大の紙に2つ。季節に相応しい、春を迎えた喜びを表した「一陽来復」の熟語とその意味を隷書体で、そして、紀友則の代表歌「久方の ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ」を行書体で書き上げて、英語で意味を解説した。歌中にある‘花’は桜を指し、日本のソメイヨシノは当地のチェリーブロッサムとは異なり、とても繊細で、その美しさを愛でている歌であると講釈した。

  次に登場したのは、デトロイトダウンタウンに在る「PuppetART」の団員による『鶴の恩返し』の人形劇。「PuppetART」では、日本の昔話『鶴の恩返し』:英語名“The Crane Maiden”を恒例の演目の一つに加えており、この日は序の場面である太郎の庭・薬草畑で花を愛でたり、鶴の化身である女性との出会ったりする場面を抜粋して演じた。人形や操り手の衣装・舞台のアート性が高く、日本的な自然感も織り込まれた演出に、参席者は引き込まれるように見入っていた。

この日のメインイベントとして、ノースカロライナ州から招かれた華道家元池坊の鈴木笑子教授による実演に移った。鈴木教授は在住地であるノースカロライナ州ヘンダーソンビルに日本文化紹介施設“WNC Japanese Culture Center”(WNC:Western North Carolina)を設立し、いけばなの普及伝播に努めている。実演は7種(7瓶)に及び、ユーモラスな話を交えた英語の解説つきで進められ、始終和んだ雰囲気に溢れた。池坊の3つのスタイルである「立花」(最も古い様式)、「生花」(江戸時代に成立したシンプルな様式)、そして「自由花」(フリースタイル)、それぞれの特徴を分かり易く説きながら実演紹介していった。

鈴木教授は、2年前に盛大に開催された同支部創立50周年記念イベントにも招へいされ、その折には8瓶の生け花の花材を事前に処理し生ける段階のみを実演したが、今回は枝葉を落としたりワイヤーで形を整えたりするところも披露した。

  「春の風を入れるために枝をトリムしましょう」「美しい茎のラインを見せるために余分な物:茎葉を取ります」など、分かりやすく説明。それぞれの花材を生かすための手品のようなワイヤー処理や、庭の枯れ枝や身近な花々から生まれた、季節感・生命力あふれる作品に、参加者から称賛の声が上がった。日本の華道であるが、トロピカルな葉や花などをあしらうこともある。今回はアスパラガスの花茎も使用され、「Wow!」の声があちらこちらで発せられていた。「自然界ではありえない取り合わせを一瓶の中で楽しむことができるのも生け花の面白さです」との言葉に、より一層、生け花の魅力を感じた人が多かったのではないだろうか。

  メンバーの大半が非日本人であり、その友人を主とする大勢の米人が訪れていたが、それぞれに表情のある美しい生け花作品や、藤井さんの書に高い称賛の言葉が交わされていた。

  いけばなインターナショナルデトロイト支部は、恒例となったデトロイト美術館の「ひな祭り」イベントや、デトロイト日本商工会とJSDウィメンズクラブ共催による日本祭りで生け花の実演や展示を行なっている。いけ花を楽しみつつ、花を通じて日本伝統の美意識と華麗さを人々に紹介し広める一助となっている。

日本語の学習のモチベーションになる活動を目指す~ 「サマーキャンプ in ぎふ」を振り返って

日本語の学習のモチベーションになる活動を目指す~ 「サマーキャンプ in ぎふ」を振り返って 2

地元のおばあちゃんの指導で茶摘体験  日本の里山で毎年実施している日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」(米日教育交流協議会主催)は10年目の実施を無事終了しました。7月3日から7月13日に行った第1期は6人、7月22日から28日に行った第2期には19人が参加し、10年間の総参加者数はのべ200人を超えました。その多くがアメリカ在住者で、カリフォルニア州が最も多く、次いでワシントン州、テキサス州、ニュージャージー州などが続きます。また、アメリカ以外の参加者も増加し、カナダ、メキシコ、イギリス、アイルランド、ベルギー、トルコ、タイ、中国、香港、台湾などと広がりを見せています。日本のインターナショナルスクールやアメリカンスクールに通学している子どもの参加もありました。

ここでは、今年のサマーキャンプで感じたこととこれまで10年間実施してきた中で感じたことなどを述べますが、その前に「サマーキャンプ in ぎふ2015」の概要を記します。

学校体験では部活にも参加目的―海外に暮らし日本語学習中の子どもが日本の自然、文化、歴史に触れ、地元の人々と交流することによって日本語・日本文化を心と体で体感し、積極的に日本語を学習し、日本の生活習慣を習得しようとする意欲を芽生えさせる。

主な体験内容―日本の人々との交流、古民家の生活体験、農作業体験、ものつくり・食つくり体験、自然の中での遊び体験、寺院での座禅体験、地場産業や史跡の見学、地元民家でのホームステイ  *第1期では学校体験、第2期ではホストファミリーとの川下り体験もある。


活動拠点
―岐阜県山県(やまがた)市内の里山と呼ばれる山間部

参加対象―海外に暮らす日本語学習中の小学4~6年生、中学生、高校生

*第1期は中高校生、第2期は小中学生対象

実施期間

第1期:7月3日から13日(10泊11日)、第2期:7月22日から28日(6泊7日)

禅寺での座禅体験丁寧な日本語で話す指導も実践

第1期の参加者は6人で内訳は以下の通りです。高校生2人、中学生4人。男子4人、女子2人。アメリカ在住者3人、カナダ、香港、ベルギーが各1人。いずれの子どもたちも日本語での会話は問題なく、参加者同士でも日本語で会話していたことには驚きました。これまでは、講師やスタッフには日本語で話しますが、食事中や自由時間には英語が飛び交いましたし、活動中でも英語での補助が必要な場合もありました。今回参加者した6人は、補習校での学習経験があり、4人は現在も継続していること、また、6人とも家庭でも母親とは日本語で会話していること、さらに英語が第一言語でない参加者がいたため共通言語が日本語であったことも影響しています。参加者にとっては第二言語の日本語で会話をすることは窮屈ではあったかもしれませんが、日本語力の向上に役立ったと思います。

このように日本語での会話は問題なかったのですが、丁寧語は使えない参加者が目立ちましたので、キャンプ中は目上の人に対して丁寧な言葉で話すことを指導しました。特に、「お願いします」

「ありがとうございました」という丁寧語を使うこと、目上の人には「○○さん」と敬称をつけることを習慣づけるようにしました。このような言葉を遣うことは面倒です。しかし、日本の学校や職場では一つ年上でも先輩となり、丁寧な言葉遣いや敬称で呼ぶことが必要なので、将来、日本で暮らしたり、日本企業で働いたりする時に役に立つはずです。サマーキャンプでの経験を通じて実践的な日本語力を身につけて、グローバルな社会で活躍する人材に育ってほしいです。

ホストファミリーと手作りいかだで川下り英語での手助けが必要な子どもも

第2期の参加者は19人で内訳は以下の通りです。中学生7人、小学生12人。男子14人、女子5人。アメリカ在住者17人、香港、タイが各1人。

男子小学生の比率が高く、女子も含めて元気がよい子どもが多く、いつも活気に満ちていました。兄弟姉妹での参加は5組、過去に参加したことのあるリピーターは5人なので、ほとんどの子どもたちが初対面だったのに、集合場所から活動拠点に移動するバスの中ですでに打ち解けてしまい、とてもにぎやかだったのが印象的でした。

一方、第1期に比べると日本語の会話力が低い子どもが目立ち、3分の2が日本語での会話が難しい子どもでした。そのため、子どもたちの会話では英語が飛び交いましたし、日本語での説明が聞き取れず、何をしていいのかわからなかったり、説明中に英語で無駄話をしたりという子どももいました。そういう子どもたちは、日本語力の高い参加者に英語で手助けをしてもらったり、見様見真似で活動したりしていましたが、なかなか指示が徹底しないこともありました。したがって、当キャンプでは日本語のみを使用していますが、川遊びの注意のような重要な説明に限り英語で通訳をすることにしました。

築100年の古民家では、かまどでご飯を炊きました集団生活が日本語力の向上につながる

ここで、子どもたちの日本語力について過去10年間の参加者の様子を振り返ってみると、日本語力の低い子どもは家庭で日本語を使用する頻度が低い傾向にあります。母親と日本語で会話している子どもは比較的円滑に会話ができますが、英語も併用している場合には会話力が落ちます。一方、父親と日本語で会話していても、母親とは英語のみの場合には会話力は高くはない子どもが目立ちます。また、両親と日本語で会話している子どもの会話力は比較的高いですが、兄弟姉妹では英語で会話している場合は日本語会話力が落ちます。ただし、一人っ子の場合はそうでもないケースもあります。

日本語会話力の高い子どもの状況を見ると、学齢期に日本に在住していたとか、補習校に通学している(していた)というように、日本語で学習した経験のあるケースが目立ちます。一方で、日本語の個人レッスンを受けているようなケースでは、日本語会話力はそれほど高くはありません。つまり、日本語を話す子どもたちとの集団生活が会話力の向上につながっているということです。

「サマーキャンプ in ぎふ」の成果

「サマーキャンプ in ぎふ」に子どもを参加させる保護者の思いは様々ですが、多くの方々は、少しでも日本語力が向上してほしいと願っています。子どもにとっては、日本語以外の第一言語ができれば、自国において何不自由なく暮らせるので、日本語を学習する意義がわからないということはよくあることです。当キャンプの参加者の中にも、そういう子どもが多数います。しかし、多くの子どもは、キャンプに参加して日本語でしか会話ができない環境で過ごしたことによって、日本語ができたほうがよいと感じるようです。また、自国に戻った後も、日本語の本(漫画が多いようです)を読んだり、日本語のテレビやビデオを観たりするようになったとか、家庭でも日本語で話す頻度が高くなったというご報告をいただくこともあります。

また、「サマーキャンプ in ぎふ」には、複数回参加する子どもも目立つのですが、2年前や3年前と比べると、日本語力が伸びていると感じる子どももいます。こういう子どもはキャンプ終了後に日本語の学習に力を入れています。このように日本語学習のモチベーションになることが、「サマーキャンプ in ぎふ」の意義だと感じています。このためには、子どもたちが楽しく活動できることが重要です。これからも子ども目線での活動を実践できるよう尽力したいと考えています。地元のおばあちゃんの指導で茶摘体験  日本の里山で毎年実施している日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」(米日教育交流協議会主催)は10年目の実施を無事終了しました。7月3日から7月13日に行った第1期は6人、7月22日から28日に行った第2期には19人が参加し、10年間の総参加者数はのべ200人を超えました。その多くがアメリカ在住者で、カリフォルニア州が最も多く、次いでワシントン州、テキサス州、ニュージャージー州などが続きます。また、アメリカ以外の参加者も増加し、カナダ、メキシコ、イギリス、アイルランド、ベルギー、トルコ、タイ、中国、香港、台湾などと広がりを見せています。日本のインターナショナルスクールやアメリカンスクールに通学している子どもの参加もありました。

ここでは、今年のサマーキャンプで感じたこととこれまで10年間実施してきた中で感じたことなどを述べますが、その前に「サマーキャンプ in ぎふ2015」の概要を記します。

学校体験では部活にも参加目的―海外に暮らし日本語学習中の子どもが日本の自然、文化、歴史に触れ、地元の人々と交流することによって日本語・日本文化を心と体で体感し、積極的に日本語を学習し、日本の生活習慣を習得しようとする意欲を芽生えさせる。

主な体験内容―日本の人々との交流、古民家の生活体験、農作業体験、ものつくり・食つくり体験、自然の中での遊び体験、寺院での座禅体験、地場産業や史跡の見学、地元民家でのホームステイ  *第1期では学校体験、第2期ではホストファミリーとの川下り体験もある。


活動拠点
―岐阜県山県(やまがた)市内の里山と呼ばれる山間部

参加対象―海外に暮らす日本語学習中の小学4~6年生、中学生、高校生

*第1期は中高校生、第2期は小中学生対象

実施期間

第1期:7月3日から13日(10泊11日)、第2期:7月22日から28日(6泊7日)

禅寺での座禅体験丁寧な日本語で話す指導も実践

第1期の参加者は6人で内訳は以下の通りです。高校生2人、中学生4人。男子4人、女子2人。アメリカ在住者3人、カナダ、香港、ベルギーが各1人。いずれの子どもたちも日本語での会話は問題なく、参加者同士でも日本語で会話していたことには驚きました。これまでは、講師やスタッフには日本語で話しますが、食事中や自由時間には英語が飛び交いましたし、活動中でも英語での補助が必要な場合もありました。今回参加者した6人は、補習校での学習経験があり、4人は現在も継続していること、また、6人とも家庭でも母親とは日本語で会話していること、さらに英語が第一言語でない参加者がいたため共通言語が日本語であったことも影響しています。参加者にとっては第二言語の日本語で会話をすることは窮屈ではあったかもしれませんが、日本語力の向上に役立ったと思います。

このように日本語での会話は問題なかったのですが、丁寧語は使えない参加者が目立ちましたので、キャンプ中は目上の人に対して丁寧な言葉で話すことを指導しました。特に、「お願いします」

「ありがとうございました」という丁寧語を使うこと、目上の人には「○○さん」と敬称をつけることを習慣づけるようにしました。このような言葉を遣うことは面倒です。しかし、日本の学校や職場では一つ年上でも先輩となり、丁寧な言葉遣いや敬称で呼ぶことが必要なので、将来、日本で暮らしたり、日本企業で働いたりする時に役に立つはずです。サマーキャンプでの経験を通じて実践的な日本語力を身につけて、グローバルな社会で活躍する人材に育ってほしいです。

ホストファミリーと手作りいかだで川下り英語での手助けが必要な子どもも

第2期の参加者は19人で内訳は以下の通りです。中学生7人、小学生12人。男子14人、女子5人。アメリカ在住者17人、香港、タイが各1人。

男子小学生の比率が高く、女子も含めて元気がよい子どもが多く、いつも活気に満ちていました。兄弟姉妹での参加は5組、過去に参加したことのあるリピーターは5人なので、ほとんどの子どもたちが初対面だったのに、集合場所から活動拠点に移動するバスの中ですでに打ち解けてしまい、とてもにぎやかだったのが印象的でした。

一方、第1期に比べると日本語の会話力が低い子どもが目立ち、3分の2が日本語での会話が難しい子どもでした。そのため、子どもたちの会話では英語が飛び交いましたし、日本語での説明が聞き取れず、何をしていいのかわからなかったり、説明中に英語で無駄話をしたりという子どももいました。そういう子どもたちは、日本語力の高い参加者に英語で手助けをしてもらったり、見様見真似で活動したりしていましたが、なかなか指示が徹底しないこともありました。したがって、当キャンプでは日本語のみを使用していますが、川遊びの注意のような重要な説明に限り英語で通訳をすることにしました。

築100年の古民家では、かまどでご飯を炊きました集団生活が日本語力の向上につながる

ここで、子どもたちの日本語力について過去10年間の参加者の様子を振り返ってみると、日本語力の低い子どもは家庭で日本語を使用する頻度が低い傾向にあります。母親と日本語で会話している子どもは比較的円滑に会話ができますが、英語も併用している場合には会話力が落ちます。一方、父親と日本語で会話していても、母親とは英語のみの場合には会話力は高くはない子どもが目立ちます。また、両親と日本語で会話している子どもの会話力は比較的高いですが、兄弟姉妹では英語で会話している場合は日本語会話力が落ちます。ただし、一人っ子の場合はそうでもないケースもあります。

日本語会話力の高い子どもの状況を見ると、学齢期に日本に在住していたとか、補習校に通学している(していた)というように、日本語で学習した経験のあるケースが目立ちます。一方で、日本語の個人レッスンを受けているようなケースでは、日本語会話力はそれほど高くはありません。つまり、日本語を話す子どもたちとの集団生活が会話力の向上につながっているということです。

「サマーキャンプ in ぎふ」の成果

「サマーキャンプ in ぎふ」に子どもを参加させる保護者の思いは様々ですが、多くの方々は、少しでも日本語力が向上してほしいと願っています。子どもにとっては、日本語以外の第一言語ができれば、自国において何不自由なく暮らせるので、日本語を学習する意義がわからないということはよくあることです。当キャンプの参加者の中にも、そういう子どもが多数います。しかし、多くの子どもは、キャンプに参加して日本語でしか会話ができない環境で過ごしたことによって、日本語ができたほうがよいと感じるようです。また、自国に戻った後も、日本語の本(漫画が多いようです)を読んだり、日本語のテレビやビデオを観たりするようになったとか、家庭でも日本語で話す頻度が高くなったというご報告をいただくこともあります。

また、「サマーキャンプ in ぎふ」には、複数回参加する子どもも目立つのですが、2年前や3年前と比べると、日本語力が伸びていると感じる子どももいます。こういう子どもはキャンプ終了後に日本語の学習に力を入れています。このように日本語学習のモチベーションになることが、「サマーキャンプ in ぎふ」の意義だと感じています。このためには、子どもたちが楽しく活動できることが重要です。これからも子ども目線での活動を実践できるよう尽力したいと考えています。

デトロイト・ジャズ・フェスティバル ~ 音楽で日米交流~

デトロイト・ジャズ・フェスティバル ~ 音楽で日米交流~ 4

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9月2日~9月5日に開催された「第37 回デトロイトジャズフェスティバル2 0 1 6 」に、今年からスタートした横浜ジャズプロムナードとデトロイトジャズフェスティバルとのアーティスト交流プログラムの第1弾アーティストとして、日本のピアノ・トリオ Trisonique(トライソニーク)が出演した。

地元デトロイトはもとより、有名なアーティストが多数出演するこのフェスティバルは今年37回を数える。1980年当時廃虚化が進行していたデトロイトの復興プロジェクトの一環としてスタート。「あらゆる人種・階級の人々を街に呼び込み、世界一流のエンターテインメントを提供する」というテーマのもと、デトロイト指折りの大イベントとして定着し、今年は(主催者発表) 延べ75万人もが訪れた。

img_5216トリオTrisoniqueを率いるジャズ・ピアニスト、ハクエイ・キム氏は日本人と韓国人のクォーターとして京都市に生まれ、5歳の頃からピアノを始め、高校時代にはロックに傾倒した後、オーストラリア・シドニー大学音楽院に学び、当地の名ジャズ・ピアニスト、マイク・ノックに師事し多大な影響を受けた。2005年に初アルバム『Open the Green Door』を発表。2009年にピアノ・トリオである Trisoniqueを、杉本智和

(ベース)、大槻”KALTA”英宣(ドラムス) と共に結成。2011年にはユニバーサルミュージック ジャパンの新レーベル「area azzurra」の第1弾作品として『トライソニーク』をリリース、タイトル曲はテレビ東京系全国ネット『美の巨人たち』エンディング・テーマに採用された。キム氏は2012年には日韓合作の映画『道~白磁の人』(高橋伴明監督作品)のエンディング・テーマの作曲と演奏を担当した経歴も持つ。現在は東京に拠点を置き、国内外をツアーで回り、活躍の場を広げている。

img_5239「激しくて、ロマンティック。音が景色になっていく。 時に強く、時に儚く、エレクトリック・サウンドで描かれる圧倒的な音世界」と評価を受けている。

9月3日(土)、デトロイトリバー沿いのハートプラザ公園と、そこからやや離れた街中、合わせて数カ所設置された大小のステージのうち、Trisoniqueはコンクリートで囲まれた石段が客席のステージを会場に1 時間1 5 分に及ぶ演奏を行なった。フェスティバル全体としてはアフリカ系を主とする様々な人種が入り乱れていたが、彼らの演奏では白人のオーディエンスが9割ほどであった。

3人の卓越した技と見事な調和が生み出したパフォーマンスは観客を釘づけ。

img_5229『コートエンジン』という曲では、3人の演奏とは思えないビッグバンドのような重厚な音色を響かせた一方、繊細なメロディーと音色が優しい曲もあり、実に変化自在な演奏を見せてくれた。「ジャッキー・チェンが走り回るような曲」とキム氏が紹介した『ジャッキー・オン・ザ・ラン』の演奏では、音楽に乗せて楽しそうに体を揺する人の姿が多く見られた。ラストソングが終了した途端、惜しみない拍手と喝采が湧いた。日本のグループと知って聞くからか、「和を感じるサウンド」との感想も聞こえた。

img_5243特別インタビュー

演奏後、時間を割いて、弊紙のインタビューに応えていただいた。

― ハクエイ・キム氏 (ピアノ)

うまく合いの手をいれてもらって、温かさとアメリカらしさを感じました。ジャズが文化として根付いているなと思いました。

― 杉本智和氏 (ベース)

楽器はすべて借り物で、音もどう反響するか分からない会場で、良くも悪くも変化が起きました。ジャズ本場のアメリカ、しかも由緒ある硬派なフェスティバルで、緊張しました。

― 大槻 “KALTA” 英宣氏 (ドラムス)

5年までに自分のグループで出場し、その時は別の街中のステージでしたが、人の多さはこれ程では無かった。街の変化を感じました。オーディエンスが優しく有難く、安心でした。

3人共に、スタッフや出会った人々の人の良さを口にし、同イベントで演奏の機会を得た喜びをかみしめていた。また来たい、来れたら嬉しいとも。

T r i s o n i q u e は、2 日後には、「E a s t Meets West」と称されたプログラムのゲストとして出演し、地元デトロイトのアーティスト等と共にジャズセッションを行なった。この日の演奏はダウンタウンの道路を閉鎖して設置されたメインステージが会場。サックス、トランペット、マリンバなどのプレイヤー、そしてシンガーが加わり、高層ビルの谷間に艶やかな音色を反響させた。のメンバーの表情、演奏は前々日より“熱”が高めの印象。即席のジョイント演奏、中でも各々のソロ演奏に息を合わせるために、視線も鋭く、神経を張り巡らせている様子が見られた。スタンダードな演奏となり、「一昨日の方が個性が出ていてのびやかで良かった」との声も聞かれたが、ジャズらしいジャズで、演奏者も聴衆も、この一期一会のパフォーマンスを満喫していることが窺えた。「あらゆる枠を超える“音”を是非みなさんと共有出来るよう願っております」と事前に述べていたキム氏の願いは実現されたようであった。

追加情報

横濱ジャズプロムナードも、市民とミュージシャンが一体となって1993年にスタートして以来、多くの市民ボランティアに支えられ毎年その規模を拡大し、地域の活性化に貢献してきている。今年(2016年)の開催は10月8-9日。

☆T r i s o n i q u e の曲『トライソニーク』 『道~白磁の人』など、iTunesでダウンロードが可能。

☆初のエレクトリック・サウンド『ボーダレス・アワー(A BORDERLESS HOUR)』はamazon.comやBest Buyのオンラインで購入する方法もある。

第4回JETAA ジョブフェア -Job Fair- 開催 

 去1月25日、Great Lakes JET Alumni Association(五大湖地区JETAA)主催による第4回ジョブフェア(就職説明会)がミシガン州ノバイ市サバーバン・コレクション・ショープレイスで開催された。

 同ジョブフェアにはHirotec AmericaとFifth Third銀行も協賛として参加。JBSD基金からのグラント提供も受け、年々規模が大きくなっており、企業と、日本文化を理解する日本滞在経験者をはじめとする求職者にとても貴重なイベントとなっている。

 JETAAはJETプログラム※を通して日本滞在を経験したメンバー達で構成される団体で、同プログラム経験者や日本語を学ぶ現地の学生、また日本企業就職希望者のために、同イベントを開催して早4年が経つ。(※JETプログラムは、「語学指導等を行う外国青年招致事業」(The Japan Exchange and Teaching Programmeの略称。参加者は日本の中学・高校に英語教師サポートや文化交流他を目的に数年間、各地に派遣される- jetprogramme.org)

 今回のジョブフェア参加企業は、そのほとんどが日本のコミュニティメンバーによって運営されている10社で、メトロデトロイト近郊で就職活動を行なっている候補者と交流を持った。

 五大湖JETAA会長のミーガン・ワーデン氏は、「今年のジョブフェアは例年よりさらに大きな成功となった」と語り、初めて工学系の学生にも門戸を開いたことにより、より幅広いスキルを持つ学生が参加したと述べた。「今年の参加企業からは、多様な候補者と会えたことで、さらに進化したジョブフェアであったことを喜ぶ声が上がり、すでに雇用準備が始まっている企業もいると聞いている」と語った。来年はさらに改善を続け、日本語能力を採用企業に売り込みたいと考えている人や学部学生のためのキャリアフォーラムを検討していると言う。

 このイベントに参加したIKIGAI Connections社の創設者であるカーシャ氏も、同ジョブフェアに関わるうちのひとり。「ボストンやカリフォルニアの大規模なジョブフェアに比べ、本ジョブフェアは比較的新しく、まだ存在を知らない多くの企業や求職者がいます。幸いなことに、このイベントの人気は高まっており、素晴らしい広がりをみせています。企業は、常にバイリンガルやバイカルチュアルで多様な技術を持つ人材を探し、ここへ来る求職者は、日本語とビジネス文化のスキルをキャリアで活用できることを知っています。ミシガン州と周辺の州に拠点を置くグローバル企業が、そのニーズを満たすために地元の人材を探していることは大変素晴らしいことです」と語った。このようなスキルのある人材は、機会とトレーニングのチャンスさえ与えられれば、グローバルな環境で輝きはじめる、と信じてやまないカーシャ氏。IKIGAI Connectionsでは、学生の就職サポートとしてトレーニングプログラムを運営、また自身もバイリンガルとあり、グローバルな思考を持つ彼らと企業とを引き合わせたいと日本企業に特化した「オンライン・ジョブボード」で、バイリインガル、バイカルチュアルな職を学生らに紹介している。

 また、協賛企業であるHirotec America社は、JETAAジョブフェアを通して毎年正社員またはインターンを採用している。同社CEOの鵜野氏は、「毎年、優秀な人材を採用しています。今日現在、2名がミシガンで、そして1名がテネシーにて勤務、加え、1名が日本の本社に赴任し、電気制御エンジニアとして活躍しています。正直、彼らがここまで活躍してくれるとは予想していませんでしたが、意識の高さと日本に対する強い思い入れが、彼らの仕事の出来に良く表れています。本社を含めたグループ全体のグローバル化に向けた環境整備と意識の変化にも大変寄与してくれています」と語った。過去3回のジョブフェアが、すでに結果を出している証拠である。

 来年度のジョブフェアに興味のある企業、または本イベントへの問合せは下記まで。 (情報提供: JETAAダイレクター:Debbie Kim)

五大湖地区JETAAへのお問い合わせ:

Megan Worden |  president@greatlakesjetaa.org

http://www.greatlakesjetaa.org

第4回JETAA ジョブフェア -Job Fair- 開催 

りんご会補習授業校にて専門家を招いて外国語保持に関する講演りんご会補習授業校にて専門家を招いて外国語保持に関する講演

『帰国子女の英語保持について 保護者の皆さんに知っておいてもらいたいこと』

 去る2月15日、りんご会補習授業校において、第二言語習得と喪失研究の第一人者であり、公益財団法人海外子女教育振興財団の外国語保持教室アドバイザーを務める服部孝彦大妻女子大学教授(言語学博士)による表題の講演が同校保護者向けに開催された。服部先生ご自身が初等・中等・高等教育を日米両国で受けた帰国子女であり、かつ、帰国子女の保護者である経験から、「子供たちが苦労して習得した英語を喪失しないための情報を提供したい」との強い思いをもとに、親身さが伝わる講話が届けられた。受講者は150人に上り、村井校長先生が挨拶で述べたように、保護者にとっていかに切実な問題であるかが窺われた。

 “第二言語喪失は自然。残ると思うのは間違い。”という大前提で、「何=どのような能力を」「いかに急速に」失うのかを分かり易く、理由を挙げつつ解説がなされた。結論を先に明かすと、第二言語喪失のメカニズムを知ることで、習得した第二言語の力を効果的に保持することが可能であることが説かれた。

以下、知っておくべきポイントを抜粋して紹介したい。

  • アメリカでの英語習得より、日本に帰国してからの英語保持の方がはるかに難しい。3か月で喪失が進み、1年経つと取り返しがつかなくなる。⇒ 帰国後、すぐに英語保持のための学習を始めることが肝要。
  • 年齢と言語の熟達度によって忘却の度合いやスピードが違う。

例:日常会話は比較的早く習得(2~3年でネイティブスピーカーレベル)、

一方、学校の学習に十分についていけるだけの高度な英語力は5~7年かかるとされる。小学校高学年以降の日本帰国で読み書きの力もかなりしっかり定着していると忘却は遅い。低学年以前は放っておくとすぐに忘れるが、読み書き能力が身につくまで学習することで忘却を遅らせることができる。

  • 言語の4技能の内、能動的な力(話す力と書く力)より、受動的な力(読む力と聞く力)の方が圧倒的に保持しやすい。⇒ 家庭で受動的な力を失わない努力が必要。
  • 帰国後、英語保持教室に通うだけでは不十分。英語の本を読むことが効果的。
  • 語彙力や流暢さなどが衰えても、文法の力や発音などは忘れにくいので、「保持できている力が貴重な財産である」と子どもに伝え、自信を無くさせないことが大切。
  • 保護者の英語に対する態度が子供の英語力保持に大きく影響する。帰国子女の英語力と保護者の英語に対する態度は相関性があるという研究データがある。子どもにばかり英語の学習をやらせるのではなく、親も英語を学び続ける、読み聞かせをするなど、共に取り組む姿勢を見せることが重要。

 講演では他にも、ネイティブ(母語話者)の発音を身につけることができる臨界期は9歳から12歳までであることや、日米の言語的な差異についても解説があり、当地で子ども達が何を体得しているのかが提示された。また、言語忘却の順番やメカニズムの話もあり、表面上の技能で判断するのは誤りであることなども示唆された。

 講演の後には質問応答の時間が設けられ、質問が殺到した。多くの保護者の懸念であろう「日本帰国後は日本語習得の方に力を入れるべきか?」との質問に対しては、言語力は片方が伸びるともう一方が落ちるものではないと回答し、英語力の保持努力を奨励。また、「親も一緒にとの話だが、日本人発音の英語を聞かせて問題はないか」との不安に対しては、「一旦身につけた(子供のネイティブ並の)発音などは抜けない」とのことであった。

 さらに、日本では国が英語教育に力を入れ始めたが、英語力の将来展望に関する質問も上がった。服部先生は、日本では英語教育の必要性に欠けており、取り組みとしてはアジア諸国と比べても遅れていることを指摘しながらも、今後は英語力がますます必要になるであろうと述べた。

 講演後、服部先生へのインタビューの機会を得たが、ご自身、一旦身につけた英語力を低下させてはまた苦労して学び直した苦い経験があり、他人ごとでは無いと述懐する。英語を保持する価値を身をもって実感し、仕事柄「もっと早く対処していれば・・・」といった保護者からの後悔の声を耳にすることも多い服部先生は「せっかく身につけた英語を保持する努力は親の責任」と強調。保持させたいとの願いがありながら第二言語喪失のメカニズムや英語保持教室の存在を親が知らなかった為に英語喪失が起きてしまうことを何とかして食い止めたいという思いが強く伝わってきた。

 服部先生の著書『私たちはいかにして英語を失うか』(海外子女教育振興財団編/出版社 アルク)に、英語の保持と喪失に関する知識が収められている。成功実例も多く紹介されている。財団から海外発送が可能とのこと。

外国語保持教室について

帰国前に情報を入手し、少しでも早く通わせることが大切。

 読む・書く・聞く・話す、の4技能は統合的に学ぶのが効果的であることが実証されているが、財団の外国語保持教室は長年の実績を持ち、第二言語喪失の理論に基づいた保持のための適切なカリキュラムを組んでいる。第二言語習得と喪失に関する知識を持ったネイティブスピーカーまたはバイリンガルの講師が指導にあたっている。同教室は40年ほどの歴史を持っている。

地域に教室が無い場合など、対面式で行うより効果は落ちるが、財団ではオンライン(=Webサテライト)教室も提供している。

現在、首都圏・中部・関西、合わせて全10教室とWebサテライト教室で1,500名以上の小学生・中学生・高校生が学んでいる。

詳細は以下、海外子女教育振興財団ホームページで。

http://www.joes.or.jp/

『帰国子女の英語保持について 保護者の皆さんに知っておいてもらいたいこと』

 去る2月15日、りんご会補習授業校において、第二言語習得と喪失研究の第一人者であり、公益財団法人海外子女教育振興財団の外国語保持教室アドバイザーを務める服部孝彦大妻女子大学教授(言語学博士)による表題の講演が同校保護者向けに開催された。服部先生ご自身が初等・中等・高等教育を日米両国で受けた帰国子女であり、かつ、帰国子女の保護者である経験から、「子供たちが苦労して習得した英語を喪失しないための情報を提供したい」との強い思いをもとに、親身さが伝わる講話が届けられた。受講者は150人に上り、村井校長先生が挨拶で述べたように、保護者にとっていかに切実な問題であるかが窺われた。

 “第二言語喪失は自然。残ると思うのは間違い。”という大前提で、「何=どのような能力を」「いかに急速に」失うのかを分かり易く、理由を挙げつつ解説がなされた。結論を先に明かすと、第二言語喪失のメカニズムを知ることで、習得した第二言語の力を効果的に保持することが可能であることが説かれた。

以下、知っておくべきポイントを抜粋して紹介したい。

  • アメリカでの英語習得より、日本に帰国してからの英語保持の方がはるかに難しい。3か月で喪失が進み、1年経つと取り返しがつかなくなる。⇒ 帰国後、すぐに英語保持のための学習を始めることが肝要。
  • 年齢と言語の熟達度によって忘却の度合いやスピードが違う。

例:日常会話は比較的早く習得(2~3年でネイティブスピーカーレベル)、

一方、学校の学習に十分についていけるだけの高度な英語力は5~7年かかるとされる。小学校高学年以降の日本帰国で読み書きの力もかなりしっかり定着していると忘却は遅い。低学年以前は放っておくとすぐに忘れるが、読み書き能力が身につくまで学習することで忘却を遅らせることができる。

  • 言語の4技能の内、能動的な力(話す力と書く力)より、受動的な力(読む力と聞く力)の方が圧倒的に保持しやすい。⇒ 家庭で受動的な力を失わない努力が必要。
  • 帰国後、英語保持教室に通うだけでは不十分。英語の本を読むことが効果的。
  • 語彙力や流暢さなどが衰えても、文法の力や発音などは忘れにくいので、「保持できている力が貴重な財産である」と子どもに伝え、自信を無くさせないことが大切。
  • 保護者の英語に対する態度が子供の英語力保持に大きく影響する。帰国子女の英語力と保護者の英語に対する態度は相関性があるという研究データがある。子どもにばかり英語の学習をやらせるのではなく、親も英語を学び続ける、読み聞かせをするなど、共に取り組む姿勢を見せることが重要。

 講演では他にも、ネイティブ(母語話者)の発音を身につけることができる臨界期は9歳から12歳までであることや、日米の言語的な差異についても解説があり、当地で子ども達が何を体得しているのかが提示された。また、言語忘却の順番やメカニズムの話もあり、表面上の技能で判断するのは誤りであることなども示唆された。

 講演の後には質問応答の時間が設けられ、質問が殺到した。多くの保護者の懸念であろう「日本帰国後は日本語習得の方に力を入れるべきか?」との質問に対しては、言語力は片方が伸びるともう一方が落ちるものではないと回答し、英語力の保持努力を奨励。また、「親も一緒にとの話だが、日本人発音の英語を聞かせて問題はないか」との不安に対しては、「一旦身につけた(子供のネイティブ並の)発音などは抜けない」とのことであった。

 さらに、日本では国が英語教育に力を入れ始めたが、英語力の将来展望に関する質問も上がった。服部先生は、日本では英語教育の必要性に欠けており、取り組みとしてはアジア諸国と比べても遅れていることを指摘しながらも、今後は英語力がますます必要になるであろうと述べた。

 講演後、服部先生へのインタビューの機会を得たが、ご自身、一旦身につけた英語力を低下させてはまた苦労して学び直した苦い経験があり、他人ごとでは無いと述懐する。英語を保持する価値を身をもって実感し、仕事柄「もっと早く対処していれば・・・」といった保護者からの後悔の声を耳にすることも多い服部先生は「せっかく身につけた英語を保持する努力は親の責任」と強調。保持させたいとの願いがありながら第二言語喪失のメカニズムや英語保持教室の存在を親が知らなかった為に英語喪失が起きてしまうことを何とかして食い止めたいという思いが強く伝わってきた。

 服部先生の著書『私たちはいかにして英語を失うか』(海外子女教育振興財団編/出版社 アルク)に、英語の保持と喪失に関する知識が収められている。成功実例も多く紹介されている。財団から海外発送が可能とのこと。

外国語保持教室について

帰国前に情報を入手し、少しでも早く通わせることが大切。

 読む・書く・聞く・話す、の4技能は統合的に学ぶのが効果的であることが実証されているが、財団の外国語保持教室は長年の実績を持ち、第二言語喪失の理論に基づいた保持のための適切なカリキュラムを組んでいる。第二言語習得と喪失に関する知識を持ったネイティブスピーカーまたはバイリンガルの講師が指導にあたっている。同教室は40年ほどの歴史を持っている。

地域に教室が無い場合など、対面式で行うより効果は落ちるが、財団ではオンライン(=Webサテライト)教室も提供している。

現在、首都圏・中部・関西、合わせて全10教室とWebサテライト教室で1,500名以上の小学生・中学生・高校生が学んでいる。

詳細は以下、海外子女教育振興財団ホームページで。

http://www.joes.or.jp/

ホワイトパイン・グリークラブ 創立2 0 周年記念コンサート Spring Family Concert

男声合唱団ホワイトパイングリークラブ(以下WPGC)恒例の演奏会である春のファミリーコンサートが6月3日にファーミントンヒルズ市にある教会にて開催された。今回のコンサートはグリークラブの創立20 周年に当たる記念すべき節目で、日本に帰国した元団員が10人強かけつけて参加。また、交流のあるニューヨークのグリークラブの団員2名も友情出演し、現メンバーのほぼ2倍の人数での演奏が行なわれた。

プログラムは5部構成で、1部と5部はWPGC、2部と4部はそれぞれ賛助出演の女声合唱団トリリアム(Trilliun)ならびに混声合唱団音ともだち(Otomodachi)、そして3部は合同演奏という様々な形態の合唱であふれるものとなった。

  第1部、団員達が歌いながら颯爽と登場した後、WPGC会長を務める斎藤氏が来場歓迎のことばに続けて、「長い間続けてこられたのは、ここにお集まりのみなさま方のご支援とご友情のお陰です」と感謝を伝え、「この20年間、地域の皆様から多くの交流の機会を頂きました」との前置きでこれまでの主な記念すべき活動を紹介した。以下、英語と日本語、両方で伝えられた挨拶のスピーチから引用させていただく。

  2002年オペラハウスで、デトロイト・シンフォニー/イツアーク・パールマン指揮で歌った第九、2003年にはマキナーアイランド/グランドホテルで開催されたミシガン州リーダーシップ会議でグランホルム知事や政財界人の前でも歌う機会を頂き、「日本人は車作りだけではないんだな」との印象も持って頂きました。2005年にはニューヨーク・カーネギーホールでニューヨークやボストンの男声合唱団と共にラウンドシンガーズとの共演もありました。2010年には当地で開催された日米中西部会の開会式で、中西部各州、並びに日本の姉妹県である県知事さんたちの前で、日米加の国歌を合唱する光栄にも浴しました。

  最も忘れられないのは、あの7年前の東日本大震災が起こった時の事でした。震災の2か月後に、カーネギーホールで仙台の皆さんと一緒にチャリテイー・コンサートを行いました。あの時はミシガンでも多くのアメリカ人の方々、アメリカの団体の方々からご支援を頂き、その支援に感謝するために日本総領事館が主催した「ありがとうミシガン・コンサート」にも参加でき、私たちにできるささやかな地域貢献をすることができました。毎年サギノー市で開催される「日本祭り」では、「カエルの歌」を心待ちにしてくれるファンの方々とお会いするのをいつも楽しみにしていました。有志で参加したMLBニューヨーク・ヤンキースタジアムやシテイー・フィールドでのアメリカ国歌の合唱、天皇誕生日の日米国歌の合唱など、実にたくさんの交流の機会を頂きました。

  会長挨拶は、「この素晴らしいミシガン、そして地域の皆様に改めて感謝申し上げます」との謝辞と、団員の勧誘、そして、このスプリング・ファミリー・コンサートが30周年までも続けられるようにと祈念することばで締めくくられた。

  第1 部はWPGCの歴代指揮者4 人が交代しての5 曲。幕開けは、エルビスプレスリーがリメークして大ヒットした『Love Me Tender』の原曲『Aura Lee』。続いて『Sailing Sailing』と英語曲の後、ミシガン州と姉妹県州である滋賀県の湖にちなんだ『琵琶湖周航の歌』など、WP GCの定番曲といえる親しみのある曲が続いた。そして、合唱曲の代表曲『大地讃頌』、日本を代表する歌手美空ひばりさんの『川の流れのように』と、不滅の名曲が選ばれ、朗々と歌声を響かせた。それぞれに想い出の深い、歴史を刻んできた曲であろうと思うと、更に心に染み入るものがあった。

  第2部は女声合唱団トリリアムが登場。彼女たちの演奏に賛助出演したことがきっかけでWPGCが誕生したとのことで、生みの親とも言える長い付き合いの間柄であり、この年次コンサートにも必ず出演してきている。今回は讃美歌でスタートし、クラシック曲からメンデルスゾーン作曲の『歌の翼に』、そして、ミュージカルより“マイフェアレディ”と“キャッツ” の挿入歌を表情豊かに合唱。最後に日本を象徴する花の名が題名の合唱曲『さくら』(大熊崇子作曲)を可憐に優しく歌い上げた。

  第3部は出演者全員でオラトリオ“メサイア”のハレルヤコーラスを合唱。総勢60名余による厚みのある歌声が教会の礼拝室に響き渡った。プログラムの曲目紹介で「この輝かしい合唱曲はWPGC 創立20周年を記念して集まった全員で、喜びと共に歌うに相応しい曲だと思います。」と記載されていたが、聴く者にも喜びが伝わってきた。

  第4部は混声合唱団音ともだち。WP GCやトリリアムのメンバーも含まれており、より難しいことに挑戦したい人々が集まり、難易度の高い曲に挑戦している。今回も、かつてのNHK全国学校音楽コンクール課題曲となった『めばえ』に始まり、有名な『アヴェ・マリア』などの聖歌を男女の音域の広く豊かなハーモニーで届けた。

  締めくくりの第5 部は再びW P G C が舞台にたち、「詩人立原道造の詩をもとにした愛する喜びを歌った「夢見たものは」、シューベルトの聖歌「Psalm 23 主はわが牧者」を古いドイツ語聖書の言葉に載せて、またアメリカのヒット曲「You raise Me Up」やミュージカル回転木馬の挿入歌「You’ll Never Walk Alone」、さらに日本のヒット曲「サライ」や「島唄」など幅広いジャンルの曲を披露。毎回の演奏会で新しい曲に挑戦しており、歌に対する愛情と意欲が伝わってきた。

  節目を迎えたWPGCの更なる活躍を祈りたい。

アメリカの生徒が日本語クイズ対戦 2018 Michigan Japanese Quiz Bowl

アメリカの生徒が日本語クイズ対戦 2018 Michigan Japanese Quiz Bowl 8

3月11日(日)、恒例のMichigan Japanese Quiz Bowlがイースタンミシガン大学キャンパスにて開催された。Japanese Teachers Association of Michigan (ミシガン日本語教師会)と、担当校との共催で企画・運営されており、今年も昨年に引き続きイースタンミシガン大学(以下EMU)がホスト役を務め、他の州立大学の教師陣を含め、多数の日本語指導者、学生、一般ボランティアの協力のもとに実施された。デトロイト日本商工会、日本国総領事館も協賛している。

  クイズ大会は、ミシガン州内のハイスクールで日本語を学ぶ生徒達が日本語能力や日本に関する知識を競うクイズゲーム式の競技大会で、参加者は学校毎にチームに分かれ、2チームの対抗で様々な問題に挑戦した。一つの学校からの複数チームの参加も可能で、昨年と同数の43チームがエントリー。学年分けではなく、日本語学習時間数で区切った5つのディビジョンに分かれて、日頃の成果を発揮すべくバトルを繰り広げた。テレビのクイズ番組にあるような早押し問題もあり、ゲーム的な要素があるゆえか、生徒たちの意気込みは高い。

  午前中に行なわれた3ラウンドまでは、保護者や指導者(コーチ)にも非公開。午前中の各ラウンドでの総得点が高い2チームが午後の一般公開のファイナルラウンドに進んだ。

  会場には昨年同様に‘文化エキスポ’と称された日本文化紹介や日本関連団体のブースも設けられ、EMU学生による書道の体験コーナー、EMUとUofM合同による合気道クラブの実演、JSDウィメンズクラブ有志メンバーによる茶の湯実演、折り紙のワークショップと浴衣体験のほか、日本語プログラムの紹介をメインにした各大学のブースも並び、クイズ挑戦だけではなく、日本文化を体験したり、将来に向けての情報を得たりすることができる場にもなっていた。

  今回、初登場の企画は、非営利団体『ひのき財団』による「ひのき杯“Hinoki Cup”」 という4年生から8年生を対象にしたバイリンガルクイズ大会。90分という長い時間、日本語と英語の質問にチャレンジしてチームごとのポイントを積み重ねて、賞品をもらえる形式で、「日本語力・英語力はどんなレベルでもOK!」と謳っていた通り、早い者勝ちではなく順番に、生徒自身が問題の難易度を選べることができ、皆に解答とチャレンジの機会が設けられていた。日本語学習歴(年数)の制限は無く、日本語が継承言語でも良いため、日本人の子供の参加もOK。予め公募が行われ、今回の応募者はミシガン州内11校から24人。バイリンガル能力を発揮する場となった。会場の部屋を飛び出して、見知らぬ訪問者に好きな食べ物などを尋ねてサインを集めるゲームもあり、生き生きと動き回る姿もあった。

  午後、いよいよQuiz Bowlファイナルラウンドの会場にあてられた講堂でフォーマルプログラムが開始。決勝対決に先がけて、まず在デトロイト日本国総領事館の代表が挨拶に立ち、和田総領事からのメッセージとして、指導者方、参加生徒たち、本大会の開催関係者に対する感謝のことばに続けて、当地の日本語学習環境と熱意の高さを称賛。日本語そして日本文化に携わり続けて欲しいとエールを届けた。

  同イベントでは例年、生徒たちに生の日本文化を鑑賞する機会を与える目的で、武道や芸能の実演をプログラムに組んでいるが、今年はミシガン大学(UofM)剣道クラブによる解説付きの形の紹介と練習実演が披露された(下写真)。剣士が発した気合みなぎる甲高い掛け声に、息を呑んだ観客が多かった一方、奇声と感じたのか笑いだす生徒もおり、感じ方の違いを実感させられた。教室では得ることのできない経験になったことであろう。

  さて、本題のクイズ問題だが、内容は多岐にわたり、日本語文章の聞き取り、単語(平仮名・カタカナ)や漢字熟語の読み・英訳、さらに、文化や習慣を知らなければ答えられないようなものまであった。生徒らの日本語力のみならず知識の豊かさに、日本人観戦者も感嘆の声をもらしていた。真剣勝負ながらも楽しんでいる様子が伝わってきた。活気にあふれる大会であった。

  クイズ大会の他に、事前に応募と審査が行なわれた年賀状コンテストの表彰もこの場で行なわれた。こちらも、絵柄や言葉から、作者が日本の文化にも通じていることが伺われた。

  日本語、日本文化を学ぶ生徒は両国の架け橋であり理解者。成長と活躍を大いに期待したい。 

Japan Festival in Saginawサギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭

<!--:en-->Japan Festival in Saginaw<!--:--><!--:ja-->サギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭<!--:--> 12

 サギノー市(Saginaw)にある本格的茶室と日本庭園を擁する日本文化センター『阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)』で、9月16日(日)日本祭が催された。四つの大きな川が合流し湾に流れ出るサギノー市は、かつて材木都市として繁栄を誇り、近隣は観光名所フランケンムースや全米最大級のアウトレットモールなどで賑わう。徳島市と姉妹都市であり、1986年に両市の友好のシンボルとして阿波鷺能庵が造られた。両市が建設費を出し合い敷地を共有し、共同で管理を続けている。

 両市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。徳島からの全米派遣農業実習生がサギノー市に滞在中に現地のホストファミリーと親しくなり、帰国後も交流を続けたことがきっかけとなって話が持ち上がり、実現した。

 茶室の設立にあたっては、1957年に同市に移り住んだモスナー陽子さんがゼロからの資金集めをスタートさせた。反日感情もあらわな当時のアメリカで、茶室のモデルを携え足労を重ね、サギノー有数の企業など随所でプレゼンテーションをし、何故必要なのか、を説いて回るところから理解を深めていったという。徳島側とサギノー側の通訳兼パイプ役を担い忍耐と努力の末、長い時を経て茶室の着工に漕ぎつけた。その後も陽子さんはセンターの管理と運営に携わり、国際姉妹都市交流を支えてきた。また、両市の他、徳島市国際交流協会や茶道裏千家淡交会徳島支部、両市のロータリークラブなどの市民団体の活発な支援によって、日本文化センターの活動と国際交流が継続されている。

 同センター主催の日本祭には例年、サギノー市在住の日本人・日系人、交換留学生やビジネス関係者たちが協力して日本文化や食べ物を紹介している。今年は生け花や書道、折り紙の実演や体験のほか、お手玉や福笑いで遊ぶコーナー、寿司の売店などが設けられた。竹とんぼの飛ばし方を上手に見本を示して教えている白人男性も見られ、長きにわたる姉妹都市交流と同センターのお陰で日本通も多いことも窺えた。赤い太鼓橋や竹垣もある庭園は実に美しく日本的な空間であり、日米の訪問者が和やかに交わる場所となっていた。

 オープニングの挨拶で在デトロイト総領事館の竹内首席領事は、「このセンターほど日本祭の場として相応しい所はミシガンに無い」「みごとな日本建築がこの地にあることに感銘を受けた」と語り、長年ディレクターを務めているモスナー陽子さん並びにスタッフたちの功労を称えねぎらった。

 茶室ではJ S D ウィメンズクラブのサポートによる実演が3回行われた。同茶室の設立由来や構造建築の説明に続いて、茶道の歴史について解説があり、7世紀に皇族など身分の高い人々の中で盛んになったが、現代では裕福な人だけのものではなく、また女性だけが嗜むものでもないことなどが分かりやすく講じられた後、茶の湯の点前が披露された。

 特設野外ステージには、メトロデトロイト地区から和太鼓グループ『雷音』、邦楽グループ『KONAMI』、男性コーラス『ホワイトパイン』が出演、ミシガン西部から沖縄県人会『ちむぐくる(楽しみたい)会』も駆けつけ沖縄舞踊と音楽を披露した。さらにデトロイト剣道道場と、同日本文化センターで練習をしているタイチー(太極拳)グループによる武道の実演も行われ、穏やかな秋晴れの中、訪問者の多くが、3時間の開催中途切れなく続くプログラムやワークショップをのんびりと腰を据えて楽しんでいた。

 同センターでは各地の学校のフィールドトリップも数多く迎え、他州からの観光客も多いということで、文化紹介と日米の交流との場として貴重な役割を果たしている。

Japanese Cultural Center & Tea House

www.japaneseculturalcenter.org

 サギノー市(Saginaw)にある本格的茶室と日本庭園を擁する日本文化センター『阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)』で、9月16日(日)日本祭が催された。四つの大きな川が合流し湾に流れ出るサギノー市は、かつて材木都市として繁栄を誇り、近隣は観光名所フランケンムースや全米最大級のアウトレットモールなどで賑わう。徳島市と姉妹都市であり、1986年に両市の友好のシンボルとして阿波鷺能庵が造られた。両市が建設費を出し合い敷地を共有し、共同で管理を続けている。

 両市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。徳島からの全米派遣農業実習生がサギノー市に滞在中に現地のホストファミリーと親しくなり、帰国後も交流を続けたことがきっかけとなって話が持ち上がり、実現した。

 茶室の設立にあたっては、1957年に同市に移り住んだモスナー陽子さんがゼロからの資金集めをスタートさせた。反日感情もあらわな当時のアメリカで、茶室のモデルを携え足労を重ね、サギノー有数の企業など随所でプレゼンテーションをし、何故必要なのか、を説いて回るところから理解を深めていったという。徳島側とサギノー側の通訳兼パイプ役を担い忍耐と努力の末、長い時を経て茶室の着工に漕ぎつけた。その後も陽子さんはセンターの管理と運営に携わり、国際姉妹都市交流を支えてきた。また、両市の他、徳島市国際交流協会や茶道裏千家淡交会徳島支部、両市のロータリークラブなどの市民団体の活発な支援によって、日本文化センターの活動と国際交流が継続されている。

 同センター主催の日本祭には例年、サギノー市在住の日本人・日系人、交換留学生やビジネス関係者たちが協力して日本文化や食べ物を紹介している。今年は生け花や書道、折り紙の実演や体験のほか、お手玉や福笑いで遊ぶコーナー、寿司の売店などが設けられた。竹とんぼの飛ばし方を上手に見本を示して教えている白人男性も見られ、長きにわたる姉妹都市交流と同センターのお陰で日本通も多いことも窺えた。赤い太鼓橋や竹垣もある庭園は実に美しく日本的な空間であり、日米の訪問者が和やかに交わる場所となっていた。

 オープニングの挨拶で在デトロイト総領事館の竹内首席領事は、「このセンターほど日本祭の場として相応しい所はミシガンに無い」「みごとな日本建築がこの地にあることに感銘を受けた」と語り、長年ディレクターを務めているモスナー陽子さん並びにスタッフたちの功労を称えねぎらった。

 茶室ではJ S D ウィメンズクラブのサポートによる実演が3回行われた。同茶室の設立由来や構造建築の説明に続いて、茶道の歴史について解説があり、7世紀に皇族など身分の高い人々の中で盛んになったが、現代では裕福な人だけのものではなく、また女性だけが嗜むものでもないことなどが分かりやすく講じられた後、茶の湯の点前が披露された。

 特設野外ステージには、メトロデトロイト地区から和太鼓グループ『雷音』、邦楽グループ『KONAMI』、男性コーラス『ホワイトパイン』が出演、ミシガン西部から沖縄県人会『ちむぐくる(楽しみたい)会』も駆けつけ沖縄舞踊と音楽を披露した。さらにデトロイト剣道道場と、同日本文化センターで練習をしているタイチー(太極拳)グループによる武道の実演も行われ、穏やかな秋晴れの中、訪問者の多くが、3時間の開催中途切れなく続くプログラムやワークショップをのんびりと腰を据えて楽しんでいた。

 同センターでは各地の学校のフィールドトリップも数多く迎え、他州からの観光客も多いということで、文化紹介と日米の交流との場として貴重な役割を果たしている。

Japanese Cultural Center & Tea House

www.japaneseculturalcenter.org

ArtPrize 2014 in Grand RapidsArtPrize 2014 in Grand Rapids 芸術の秋にぴったりなミニトリップ~ 屋内外のアートコンテスト 

<!--:en-->ArtPrize 2014 in Grand Rapids<!--:--><!--:ja-->ArtPrize 2014 in Grand Rapids 芸術の秋にぴったりなミニトリップ~ 屋内外のアートコンテスト <!--:--> 6

Grand Rapidsは、かつて家具産業で栄えていたが、海外の安い家具に押されて街が衰退。そこで6年前に復興をかけてArtPrizeプログラムをスタートした。ダウンタウンの美術館やホテル、レストランの室内、そして公園や路上などの屋外、各所に作品が展示され、およそ3マイル四方がオープンな展示会場となる。ユニークな点は、入賞作品が一般投票(16歳以上)によっても決定されるという“参加型”のスタイル。

  展示場所と作品・アーティスト名はArtPrizeのウエブサイト(www.artprize.org)で調べることができ、投票もサイトを通して行う。今年の応募アーティスト数は、1,832。なぜこれ程? それは、審査員と一般投票、2つの枠組みで、それぞれの総合優勝者にGrand Prizeとして$200,000、そして4つのカテゴリーの勝者に各$20,000の賞金が贈られる魅力。そして、「多くの人に見てもらえるのが楽しみ」と話すアーティストも。応募作品の横で待機し、PR用のカードを配ったり、積極的に解説をしたり質問に答えたりする姿があちらこちらで見られた。これも普通のコンテストではまずない事であろう。

   かくして、世界各地より、材料もサイズも作風にも制限のない作品が集結し、遠方からも多くの人が足を運ぶポピュラーな秋のイベントとして定着し、Grand Rapidsの知名度も上げることに成功した。今年の開催は9月24日から10月12日まで。

  ダウンタウン以外に、彫刻のある庭園として知られるFrederik Meijer Gardens & Sculpture Parkの館内にも数点展示されているので、庭園散策と合わせて訪れるのも一案。その場合は泊りがけをお勧めしたい。

  今年のArtPrizeは、10月4日に第1ラウンドの投票が締め切られ、10月9日に第2ラウンド終了する。10月10日に最終結果が発表される。結果はWEBに発表されるほか、展示作品にも「上位50位以内」などのサインが付けられるので、それらを見て回るという楽しみ方もある。

日本からもノミネート!!

  今回、日本から応募参加したアーティストがいる。“Black crane”というタイトルの銅版作品を日本から携えて、初めての参加。制作者の石井太一郎氏(Taichiro Ishi)は一級建築板金技能士の資格を保持しており、東京を拠点に、神社仏閣の銅版屋根などの修復作業をする仕事の傍ら、錺葺き(かざりぶき)の創作活動をしている。錺葺きとは銅版を一枚一枚加工し、様々な文様を組み合わせるもの。新たな形で錺葺きの魅力を表現することにより、この技術を後世に残し、次世代に伝えていきたいと考えているとのこと。

  出展作品は、錺葺きを施した螺旋状の階段が美しい輝きとフォルムをもつ高さ1メートル強のもの。位置と色が対照的な2つの銅版の折鶴、最上階の裏側には鬼の面が配置されている。階上に登った黒い鶴と、下の湖で銅色を放って優雅に泳ぐ鶴とで、‘人生の分かれ’を現しているそうだ。湖はミシガン湖を模っている。

  応募のきっかけはFrederik Meijer Gardens & Sculpture Parkに造設中の日本庭園の仕事を昨年手がけたことに始まる。共に作業に携わった当地のスタッフたちに応募を進められ、技術を紹介するためにも挑んだのだそうだ。展示場所はAmway Hotelに近いDeVos Place Convention Centerの2階、通路(Skywalk)。

買い入れが可能で、「ミシガンに残せれば嬉しい」「協力してくれた仲間のためにも良い成績を収めたい」と期待を寄せている。以下のサイトで情報が得られる。

http://www.artprize.org/taichiro-ishii/2014/black-crane

  ちなみに、Frederik Meijer Gardens & Sculpture Parkの日本庭園は来年(2015年)の6月に一般公開を予定している。

Grand Rapidsは、かつて家具産業で栄えていたが、海外の安い家具に押されて街が衰退。そこで6年前に復興をかけてArtPrizeプログラムをスタートした。ダウンタウンの美術館やホテル、レストランの室内、そして公園や路上などの屋外、各所に作品が展示され、およそ3マイル四方がオープンな展示会場となる。ユニークな点は、入賞作品が一般投票(16歳以上)によっても決定されるという“参加型”のスタイル。

  展示場所と作品・アーティスト名はArtPrizeのウエブサイト(www.artprize.org)で調べることができ、投票もサイトを通して行う。今年の応募アーティスト数は、1,832。なぜこれ程? それは、審査員と一般投票、2つの枠組みで、それぞれの総合優勝者にGrand Prizeとして$200,000、そして4つのカテゴリーの勝者に各$20,000の賞金が贈られる魅力。そして、「多くの人に見てもらえるのが楽しみ」と話すアーティストも。応募作品の横で待機し、PR用のカードを配ったり、積極的に解説をしたり質問に答えたりする姿があちらこちらで見られた。これも普通のコンテストではまずない事であろう。

   かくして、世界各地より、材料もサイズも作風にも制限のない作品が集結し、遠方からも多くの人が足を運ぶポピュラーな秋のイベントとして定着し、Grand Rapidsの知名度も上げることに成功した。今年の開催は9月24日から10月12日まで。

  ダウンタウン以外に、彫刻のある庭園として知られるFrederik Meijer Gardens & Sculpture Parkの館内にも数点展示されているので、庭園散策と合わせて訪れるのも一案。その場合は泊りがけをお勧めしたい。

  今年のArtPrizeは、10月4日に第1ラウンドの投票が締め切られ、10月9日に第2ラウンド終了する。10月10日に最終結果が発表される。結果はWEBに発表されるほか、展示作品にも「上位50位以内」などのサインが付けられるので、それらを見て回るという楽しみ方もある。

日本からもノミネート!!

  今回、日本から応募参加したアーティストがいる。“Black crane”というタイトルの銅版作品を日本から携えて、初めての参加。制作者の石井太一郎氏(Taichiro Ishi)は一級建築板金技能士の資格を保持しており、東京を拠点に、神社仏閣の銅版屋根などの修復作業をする仕事の傍ら、錺葺き(かざりぶき)の創作活動をしている。錺葺きとは銅版を一枚一枚加工し、様々な文様を組み合わせるもの。新たな形で錺葺きの魅力を表現することにより、この技術を後世に残し、次世代に伝えていきたいと考えているとのこと。

  出展作品は、錺葺きを施した螺旋状の階段が美しい輝きとフォルムをもつ高さ1メートル強のもの。位置と色が対照的な2つの銅版の折鶴、最上階の裏側には鬼の面が配置されている。階上に登った黒い鶴と、下の湖で銅色を放って優雅に泳ぐ鶴とで、‘人生の分かれ’を現しているそうだ。湖はミシガン湖を模っている。

  応募のきっかけはFrederik Meijer Gardens & Sculpture Parkに造設中の日本庭園の仕事を昨年手がけたことに始まる。共に作業に携わった当地のスタッフたちに応募を進められ、技術を紹介するためにも挑んだのだそうだ。展示場所はAmway Hotelに近いDeVos Place Convention Centerの2階、通路(Skywalk)。

買い入れが可能で、「ミシガンに残せれば嬉しい」「協力してくれた仲間のためにも良い成績を収めたい」と期待を寄せている。以下のサイトで情報が得られる。

http://www.artprize.org/taichiro-ishii/2014/black-crane

  ちなみに、Frederik Meijer Gardens & Sculpture Parkの日本庭園は来年(2015年)の6月に一般公開を予定している。

ミシガン育ちの若者が、The King and I @ Fox Theater in Detroitに出演

近藤まりなさん、ブロードウェイミュージカル・ナショナルツアー参加!

近藤まりなさんは昨年(2017年)5月にミシガン大学シアタースクールを卒業したばかり。ミシガンで育ち、当地の日系コミュニティーの文化紹介や国際交流イベントをはじめ、米国内や日本、ブラジルなど世界各地でパフォーマンスを披露してきた。ミシガン大学卒業後、エンターテイメントの都市ニューヨークに移り住み、そこを拠点に既に数々のショーに出演してきた。今回のブロードウェイミュージカル“The King and I(王様と私)”ナショナルツアーの直前には、オフ・ブロードウェイミュージカルの“K-pop”で主役を務めていた。“K-pop”はイマーシブという、客も動くスタイルの新しいショーで、優秀なブロードウェイ作品に贈られるDrama Desk Awardなどいくつもの賞を得ている。遡って2017年夏には、MUNYという夏期限定の野外シアターでの“リトルマーメード”や“アイーダ”にも出演した。

 数か月におよぶ北米各地でのThe King and Iのナショナルツアー。5月8日から13日まで7回にのぼるFox Theaterでの上演の合間に、インタビューの時間を設けていただいた。当地で育ったまりなさんにとってのミシガン帰省凱旋ともいえる公演の感想や、夢を実現する心のありようについて話を伺った。

 様々なステージに上がり、着々とキャリアを積んでいるが、まりなさんは「厳しい世界」「今をエンジョイしているけれど、先は見えない」と話す。インタビュアは「仕事・役はどのように獲得するの?」と素朴な質問を向けた。特定事務所には所属していないが、斡旋紹介するエージェントを通じて仕事を得ることもあるという。誰でもエージェントに登録できるわけではなく、これも選考会を突破する必要がある。エージェント登録はキャリアを築く上での関門といえる。募集の情報を得て、自らオーディションに臨むことも多い。

 オフ・ブロードウェイ“K-pop”の主役の座は、同じミシガン大学出である先輩のリプレース(代役)。今回の“The King and I”もリプレースとして声がかかり、ナショナルツアーの途中から加わったという。

 ちなみに、オフ・ブロードウェイとブロードウェイの区別は客席数によるもので、オフ・ブロードウェイでも人気が高くロングランのショーがいくつもある。また、ナショナルツアーはブロードウェイでの演出と同じものをそのまま上演している。

 “The King and I”は 1860年代初頭のシャム(現タイ王国)が舞台となった小説を基にしたミュージカルで、1951年の初演以来、何度もツアー公演や再演が行われている世界屈指の有名作品である。まりなさんは数人いるRoyal Wife(王妃)にキャスティングされ、他にメインキャストであるソロ歌唱の多い恋人と、セリフが多い王妃(正妻)の代役に名前が挙げられていた。Fox Theaterでは代役出演はなかったが、次の公演地で恋人タップチム役を演じた。

Q:ミシガン育ちのまりなさんにとってFox Theaterで演じた気分は?

まりなさん: 小さい時にここでステージを観て、すごいなーと思ったので、観る側からステージに立つ側に居ることができて、一つの夢が叶いました。素晴らしいシアターですし、とてもハッピーです。ここで育って、インターローケン(Interlochen Arts Academy:トラバースシティー近くの芸術高校)、ミシガン大学に通って、大切な人やお世話になった人が多くいる、私にとってふるさと、特別な所でのパフォーマンスでエキサイティングしています。

Q:「厳しい世界」とのことですが、次々に仕事を得て活躍していますね。

まりなさん: いろいろなお仕事に恵まれましたが、百くらいのオーディションを受けてダメだったんですよ。

Q:心が折れることは無かった?

まりなさん: 先輩から「簡単じゃないよ」と言われていました。友達と支え合ったり、家族のサポートがあってあきらめずにやってこられました。今は何をしなくちゃいけないか――睡眠・食事、練習などのルーティーン――を考えてこなして、自分がやってきたことを信じることが大事だと思っています。先は見えなくて、次はどうなるのかなと思うこともあるけれど、今をエンジョイするようにしています。それに、求められている役に合っていなければダメですし、「chance」と「opportunity」が一致しなくてはならないんです。そういう世界。一人ひとり違うんですよね。「私は誰か」、「何が必要か」はしっかりもたなくちゃと思います。

Q:“The King and I”出演が決まった時の心境は?

まりなさん: 辞める人の代役だったので、既にできあがっているという点では、創り上げていく面白さはないのですが、

opportunityだと受け止めました。素晴らしい経験をしています。作品については、正直いうと嫌いな作品だったのですが(笑)、女性の権利とか政治について考えさせられる要素が折りこめられていて素敵な作品だと感じるようになりました。

Q:ツアーというのは特殊?ライバルでもある人と一緒に回っていくわけですよね?

まりなさん: ツアーの魅力は世界を回れること。土地によって、観客の笑いやウケの反応が違うのが面白いです。そして、出演者やクルーと一緒にトラベルしながら公演をこなしていきますから、家族のようです。自分は年少なので、皆が可愛がってくれます。知恵や経験の豊かな人が多くて、いろいろな助言を得ています。

(アジアを舞台にしている)作品柄、日本人が8人もいて、その人たちのお話が興味深く楽しいです。コネクションを大切にしていきたいです。

Q:日本人であることを意識している? 

役への抜擢には肌の色が関係することもあると思いますが、どう受け止めていますか?

まりなさん:日本人だと特に意識はしていないかな。ソウルフードといえるのは日本食で、ダイエットにいいですし、気持ちもホッとします。日本人で良かったと思うことが多いですね。アブローチとか考えとか、(自分の中に)生きていると思います。

肌の色も含めて私の個性ですが、自分でリミットは作らないようにしています。今はアジア系の役をもらうことが多いですが、将来は超えたいです。実際に、“リトルマーメード”ミュージカルの主役(アリエル役)はアジア系の人が務めたし、アジア系の人が増えて、オープンになっています。自分もチャレンジしたいです。いろんなことを身につけなくてはいけないと思っています。まずは、今やっていることは次への準備と思ってがんばっています。

Q:今後の目標は?

まりなさん: ツアーではないブロードウェイ、やりたいです!子供のころからの夢です。舞台にこだわらず、日本や、移民の多いブラジルでのお仕事も、どんなものでも、またできたらと思います。アメリカのピアノ教則本『ピアノ・アドベンチャー』の日本語版を作る際に歌を吹き込んだことがありますが、そういうこともしたいです。

JNC:ありがとうございました。様々な分野、場所でのご活躍を楽しみにしています。

「自分がやってきたことを自信にして、自分自身を愛して続けたい。」と、まりなさんはかみしめるようにしっかりとした口ぶりと笑顔で締めくくった。

まりなさんのウェブ: www.marinakondo.com

 

America JET Memorial米国JET参加者記念青少年招へい事業

<!--:en-->America JET Memorial<!--:--><!--:ja-->米国JET参加者記念青少年招へい事業<!--:--> 2

ミシガンの高校生が選抜され参加

 今夏7月19日から28日にかけて、日本語を学習している米国人高校生32名が独立行政法人国際交流基金(Japan Foundation)主催の米国JET記念青少年招聘(しょうへい)事業により訪日する。

 全米276名という多数の応募者の中からミシガン州スターリングハイツの高校Utica Academy for International Studiesで日本語を学んだシュナイダー・サマンサさんが選抜され参加の機会を得た。

 この招聘事業は、JETプログラムによって来日中に東日本大震災で不幸にも一命を落とした2名の米国人青年の業績を讃え、そのメモリアルの意を籠めて、日本語を学習する米国人高校生を招聘し日本語・日本文化への理解を深める研修を行うもの。昨夏に引き続き、2回目の実施となった。

 JETプログラムは、日本の公立学校の外国語教育の強化と草の根レベルの国際交流を推進するために、1987年に設立された。大学を修了した外国人青年に日本各地で語学教師のアシスタントとして働き、外国文化を地域に紹介しつつ、日本について学んでもらい、地元の人びととの交流を深めてもらう機会を与えている。これまでに5万5千人が参加。多くの参加経験者は地元あるいは再び日本に渡り、日米交流に貢献している。東日本大震災後にも、大勢の現役参加者および過去の参加経験者が日本国内外で被災地の復興や義援活動に尽力した。

 去る6月23日には、選抜が決まり訪日を目前に控えているシュナイダー・サマンサさんの祝賀および壮行レセプションが総領事公邸で催された。スターリングハイツ市の代表、ミシガンJETアルミニ(同窓会)の会長も列席し、彼女の栄誉を称えた。松田邦紀総領事からは、賞賛と激励の言葉に加え、ミシガン州の日本語学習者の数は全米でトップ5であり、質も学習者の意欲も高いことなどが伝えられた。

 サマンサさんはハイスクールで4年間日本語を学び、今秋からはイースタン・ミシガン大学に日本語を専攻として進学することが決まっている。日本語教師を目指すかは決めていないが、いずれJETプログラムに応募する意志があり、今回の訪日と一連のプログラムを絶好の機会と捉えている。子どもの時にポケモンやセーラームーンなどを観て「日本はおもしろい!」と感じ、以来関心が高く、高校では数ある外国語クラスのなかから日本語を選択したという。日本語の先生はサマンサさんについて、「たいへん意欲的で優秀」「ネバーギブアップ、決して諦めない。‘元気’が素晴らしい」と絶賛する。サマンサさんはInternational Baccalaureate(国際バカロレア)を履修し、課程修了時の試験課題の1つであるエッセイを日本語で提出したという。日本訪問については「日々の生活が異なるに違いなく、興味深い」「何もかも楽しみ!」と目を輝かせた。特に日本の教育システムについて知識を深められることを期待している。この日参列していた祖母は、自身が幼少のころに米国に移住し、スペイン語が母国語。孫娘がスペイン語を習得する意欲がないことに残念さを隠さないが、「日本語を熱心に学び、今回選抜されたことは誇り」「孫のお陰で日本食を初めて口にしたし、日本の方々に会うという貴重な体験をすることが出来た」と喜ぶ。ひとりの訪日経験が、周りの人々にも影響を与え、日本に関する理解者を増やしていくことが分かる。

 今回訪日する32名の高校生は、まず国際交流基金関西国際センター等において研修を行い、滞在中、日本語会話講座、日本文化体験、地方の高校生や大阪府JETとの交流、文化財の視察等を行うほか、東北地方を訪問する予定になっている。

 東日本大震災で被害を受けた日本を支援するグローバルな連帯の中で、本事業の実施を通じて米国青少年の日本語・日本文化に対する理解が深まるとともに、復興状況や安全性が広く認知されることが期待されている。

 この日のレセプションには同招聘プログラムによって昨年夏に日本を訪れたエンジェル・ミラーさんも出席し、サマンサさんに自身の経験を伝えていた。昨年は東日本大震災から間もない時期だったが、大阪市を拠点に充実した日々を過ごし、「海や山などの自然、そして街もとても美しかった」「ぜひまた日本に戻りたい」と語る。短期の滞在でありながら、集中的な日本語レッスンと日本語家庭でのホームステイのお陰で、リスニングスキル(聞取り能力)がぐんと向上したと言う。勿論日本への情熱も上がった。高校(Clarkston High school)の‘日本クラブ’では会長を務め、東日本大震災の義援活動にも尽力した。先日ハイスクールを卒業し、大学では数学を専攻するが、日本語や日本についての勉強は必ず続けるだろうと語る。同高校では日本語の先生が有志の生徒たちを引率し、日本へ連れて行っている。次回の訪日にはエンジェルさんの妹も参加を予定。震災後の安全性に、大きな恐怖は抱いていない様子。

 日本ファンの学生や、将来日米の架け橋となってくれる若者がさらに増えることを願う。

ミシガンの高校生が選抜され参加

 今夏7月19日から28日にかけて、日本語を学習している米国人高校生32名が独立行政法人国際交流基金(Japan Foundation)主催の米国JET記念青少年招聘(しょうへい)事業により訪日する。

 全米276名という多数の応募者の中からミシガン州スターリングハイツの高校Utica Academy for International Studiesで日本語を学んだシュナイダー・サマンサさんが選抜され参加の機会を得た。

 この招聘事業は、JETプログラムによって来日中に東日本大震災で不幸にも一命を落とした2名の米国人青年の業績を讃え、そのメモリアルの意を籠めて、日本語を学習する米国人高校生を招聘し日本語・日本文化への理解を深める研修を行うもの。昨夏に引き続き、2回目の実施となった。

 JETプログラムは、日本の公立学校の外国語教育の強化と草の根レベルの国際交流を推進するために、1987年に設立された。大学を修了した外国人青年に日本各地で語学教師のアシスタントとして働き、外国文化を地域に紹介しつつ、日本について学んでもらい、地元の人びととの交流を深めてもらう機会を与えている。これまでに5万5千人が参加。多くの参加経験者は地元あるいは再び日本に渡り、日米交流に貢献している。東日本大震災後にも、大勢の現役参加者および過去の参加経験者が日本国内外で被災地の復興や義援活動に尽力した。

 去る6月23日には、選抜が決まり訪日を目前に控えているシュナイダー・サマンサさんの祝賀および壮行レセプションが総領事公邸で催された。スターリングハイツ市の代表、ミシガンJETアルミニ(同窓会)の会長も列席し、彼女の栄誉を称えた。松田邦紀総領事からは、賞賛と激励の言葉に加え、ミシガン州の日本語学習者の数は全米でトップ5であり、質も学習者の意欲も高いことなどが伝えられた。

 サマンサさんはハイスクールで4年間日本語を学び、今秋からはイースタン・ミシガン大学に日本語を専攻として進学することが決まっている。日本語教師を目指すかは決めていないが、いずれJETプログラムに応募する意志があり、今回の訪日と一連のプログラムを絶好の機会と捉えている。子どもの時にポケモンやセーラームーンなどを観て「日本はおもしろい!」と感じ、以来関心が高く、高校では数ある外国語クラスのなかから日本語を選択したという。日本語の先生はサマンサさんについて、「たいへん意欲的で優秀」「ネバーギブアップ、決して諦めない。‘元気’が素晴らしい」と絶賛する。サマンサさんはInternational Baccalaureate(国際バカロレア)を履修し、課程修了時の試験課題の1つであるエッセイを日本語で提出したという。日本訪問については「日々の生活が異なるに違いなく、興味深い」「何もかも楽しみ!」と目を輝かせた。特に日本の教育システムについて知識を深められることを期待している。この日参列していた祖母は、自身が幼少のころに米国に移住し、スペイン語が母国語。孫娘がスペイン語を習得する意欲がないことに残念さを隠さないが、「日本語を熱心に学び、今回選抜されたことは誇り」「孫のお陰で日本食を初めて口にしたし、日本の方々に会うという貴重な体験をすることが出来た」と喜ぶ。ひとりの訪日経験が、周りの人々にも影響を与え、日本に関する理解者を増やしていくことが分かる。

 今回訪日する32名の高校生は、まず国際交流基金関西国際センター等において研修を行い、滞在中、日本語会話講座、日本文化体験、地方の高校生や大阪府JETとの交流、文化財の視察等を行うほか、東北地方を訪問する予定になっている。

 東日本大震災で被害を受けた日本を支援するグローバルな連帯の中で、本事業の実施を通じて米国青少年の日本語・日本文化に対する理解が深まるとともに、復興状況や安全性が広く認知されることが期待されている。

 この日のレセプションには同招聘プログラムによって昨年夏に日本を訪れたエンジェル・ミラーさんも出席し、サマンサさんに自身の経験を伝えていた。昨年は東日本大震災から間もない時期だったが、大阪市を拠点に充実した日々を過ごし、「海や山などの自然、そして街もとても美しかった」「ぜひまた日本に戻りたい」と語る。短期の滞在でありながら、集中的な日本語レッスンと日本語家庭でのホームステイのお陰で、リスニングスキル(聞取り能力)がぐんと向上したと言う。勿論日本への情熱も上がった。高校(Clarkston High school)の‘日本クラブ’では会長を務め、東日本大震災の義援活動にも尽力した。先日ハイスクールを卒業し、大学では数学を専攻するが、日本語や日本についての勉強は必ず続けるだろうと語る。同高校では日本語の先生が有志の生徒たちを引率し、日本へ連れて行っている。次回の訪日にはエンジェルさんの妹も参加を予定。震災後の安全性に、大きな恐怖は抱いていない様子。

 日本ファンの学生や、将来日米の架け橋となってくれる若者がさらに増えることを願う。

2011 WINTER FAMILY CONCERT by WPGC2011 WINTER FAMILY CONCERT by WPGC

<!--:en-->2011 WINTER FAMILY CONCERT by WPGC<!--:--><!--:ja-->2011 WINTER FAMILY CONCERT by WPGC<!--:--> 5

 去る12月5日(日)、男声合唱団ホワイトパイン・グリークラブ(以下WPGC) の”ウインター・ファミリー・コンサート 2011”がファーミントンヒルズ市にある教会(Faith Covenant Church)で催された。デトロイト地区で活動するWPGCはコミュニティやビジネス関連のイベントに出演するなど、歌を通して文化紹介や日米交流を行なっている。昨年(2011年)5月には、ニューヨークのカーネギーホールにて、仙台を中心に活動している混声合唱団「萩」の主催による「みちのく震災支援・日米合唱チャリティコンサート」で、ニューヨーク男声合唱団と共に歌う機会もあった。

 定期コンサートは年に2回催しており、数百人の収容力があるホールで開催した年もあった。WPGCの会長を務める斎藤秀美氏の話によれば、「今回は家族に聞かせるという原点に戻りました」といのこと。とはいえ、会場には家族や友人に限らず、大勢のファンが足を運び、豊かな音楽に満たされた時と空間を楽しんでいた。

 コンサートはLet’s Go Down in Jordan を歌いながらのWPGC入場でスタート。斎藤会長よりサポートに対する感謝の言葉が述べられた後、忘れがたい経験として、前述のカーネギーホールでの演奏や、6月に在デトロイト日本国領事館との共催で、ミシガンでの東日本大震災への支援に対する感謝の意を籠めて行なった「ありがとうコンサート」について概略を告げた。

 第1ステージでは、渋い男性がたが選ぶには少々意外な、アニメ映画「天空の城ラピュタ」の挿入歌「君をのせて」を重厚にのびやかに熱唱した後、英語で「Sailing Sailing」を爽やかに歌い上げた。クリスマスシーズンに相応しい「O Holy Night」では、男声独特の深い響きで荘厳な祈りのメッセージを観客に届けた。

 第2ステージは女声合唱団Trillium の登場。進行役を務めた団員のマイヤー氏が「TrilliumはWPGCの母です」と恭しく紹介した。12年以上前に、ハレルヤコーラスの男声パートのためにご主人がたが引っ張り出されたのが始まりだったそうだ。

 Trilliumは、クリスマスキャロル「きよしこの夜」の他、冬にちなんだ唱歌「冬景色&雪」、そして日本の大ヒット曲「世界でひとつだけの花」と「ハナミズキ」、いずれも優しさに溢れたポピュラーな5曲を美しい歌声とハーモニーで綴った。

 第3ステージは今回のスペシャルゲスト、団員のお嬢様でもあるバイオリン奏者 佐藤遥野さんと、遥野さんが学んでいる音楽学校(Cleveland Institute of Music)の友人チェロ奏者による二重奏。ヘンデルの”Passacaglia”を披露してくれた。技巧的にかなり難しい曲を颯爽と弾きこなした少女達に割れんばかりの拍手喝采が湧き上がった。

 続くステージはWPGCの2回目の登場。「ふるさとの四季」より抜粋で、「春の小川」「夏は来ぬ」「紅葉」など、日本の季節を穏やかな歌声で表現し、観客を郷愁の思いに浸らせてくれた。複雑にパートが絡み合う「斉太郎節」も見事に歌い上げた。

 WPGCの前半の衣裳は黒の蝶ネクタイとカマーバンドだったものを、後半は赤に“お色直し”。舞台に並んだポインセチアとマッチしてクリスマスらしい雰囲気を高めていた。胸にポインセチアの花飾りをつけたTrilliumが最後のステージに加わって一層華やかさを増した。会場の観客と共に「見上げてごらん夜の星を」を歌って、和やかなコンサートの幕は閉じられた。

 

 去る12月5日(日)、男声合唱団ホワイトパイン・グリークラブ(以下WPGC) の”ウインター・ファミリー・コンサート 2011”がファーミントンヒルズ市にある教会(Faith Covenant Church)で催された。デトロイト地区で活動するWPGCはコミュニティやビジネス関連のイベントに出演するなど、歌を通して文化紹介や日米交流を行なっている。昨年(2011年)5月には、ニューヨークのカーネギーホールにて、仙台を中心に活動している混声合唱団「萩」の主催による「みちのく震災支援・日米合唱チャリティコンサート」で、ニューヨーク男声合唱団と共に歌う機会もあった。

 定期コンサートは年に2回催しており、数百人の収容力があるホールで開催した年もあった。WPGCの会長を務める斎藤秀美氏の話によれば、「今回は家族に聞かせるという原点に戻りました」といのこと。とはいえ、会場には家族や友人に限らず、大勢のファンが足を運び、豊かな音楽に満たされた時と空間を楽しんでいた。

 コンサートはLet’s Go Down in Jordan を歌いながらのWPGC入場でスタート。斎藤会長よりサポートに対する感謝の言葉が述べられた後、忘れがたい経験として、前述のカーネギーホールでの演奏や、6月に在デトロイト日本国領事館との共催で、ミシガンでの東日本大震災への支援に対する感謝の意を籠めて行なった「ありがとうコンサート」について概略を告げた。

 第1ステージでは、渋い男性がたが選ぶには少々意外な、アニメ映画「天空の城ラピュタ」の挿入歌「君をのせて」を重厚にのびやかに熱唱した後、英語で「Sailing Sailing」を爽やかに歌い上げた。クリスマスシーズンに相応しい「O Holy Night」では、男声独特の深い響きで荘厳な祈りのメッセージを観客に届けた。

 第2ステージは女声合唱団Trillium の登場。進行役を務めた団員のマイヤー氏が「TrilliumはWPGCの母です」と恭しく紹介した。12年以上前に、ハレルヤコーラスの男声パートのためにご主人がたが引っ張り出されたのが始まりだったそうだ。

 Trilliumは、クリスマスキャロル「きよしこの夜」の他、冬にちなんだ唱歌「冬景色&雪」、そして日本の大ヒット曲「世界でひとつだけの花」と「ハナミズキ」、いずれも優しさに溢れたポピュラーな5曲を美しい歌声とハーモニーで綴った。

 第3ステージは今回のスペシャルゲスト、団員のお嬢様でもあるバイオリン奏者 佐藤遥野さんと、遥野さんが学んでいる音楽学校(Cleveland Institute of Music)の友人チェロ奏者による二重奏。ヘンデルの”Passacaglia”を披露してくれた。技巧的にかなり難しい曲を颯爽と弾きこなした少女達に割れんばかりの拍手喝采が湧き上がった。

 続くステージはWPGCの2回目の登場。「ふるさとの四季」より抜粋で、「春の小川」「夏は来ぬ」「紅葉」など、日本の季節を穏やかな歌声で表現し、観客を郷愁の思いに浸らせてくれた。複雑にパートが絡み合う「斉太郎節」も見事に歌い上げた。

 WPGCの前半の衣裳は黒の蝶ネクタイとカマーバンドだったものを、後半は赤に“お色直し”。舞台に並んだポインセチアとマッチしてクリスマスらしい雰囲気を高めていた。胸にポインセチアの花飾りをつけたTrilliumが最後のステージに加わって一層華やかさを増した。会場の観客と共に「見上げてごらん夜の星を」を歌って、和やかなコンサートの幕は閉じられた。

APACC -アジア太平洋系米国人商工会議所第22回 Annual Gala Asian Pacific American Chamber of Commerce (APACC ) レポート

5月はAsian/Pacific American Heri­tage Month。アジア大陸及び、広く太平洋諸島にゆかりを持つ人々の軌跡と文化遺産、伝統を祝福する。それに先立ち、南東ミシガンに拠点を置くAPACC(Asian Pacific American Chamber of Com­merce)のAnnual Galaが、4月29日にデトロイト・ダウンタウンのMGM Grand Detroitで行われた。

当日は約500人のゲストが参加。モン族、インド、日本、タイ、フィリピン、中国、台湾、マレーシア、韓国等からそれぞれのお国を表す衣装で華やかな雰囲気に包まれた。

APACCは2000年に設立、ミッションとしてアジアとアメリカに拠点を置く企業の関係の調整、アジア・太平洋諸国系のアメリカ人の経済発展の促進を掲げている。そのために、各種フォーラム、団結、リーダーシップの育成を活動の目的とする。エクゼクティブディレクターの Ms. Duc Abrahamsonのオープニングスピーチのあと、民族ダンスのパフォーマンスが生き生きと繰り広げられた。司会は地元テレビ局(Local 4)のアンカーパーソンPriva Mann氏。両親はインド系で、彼女もアジア系カナダ人。

この日、ミシガン州の副知事、Garlin Gilchrist氏もイベントに参加し、スピーチでは、このGalaに祝意を表すとともに、Whitmer知事と常にアジア・太平洋諸国関係の人々との発展と経済的つながりを重要視している点、そして友好と経済発展への考えを述べた。また、APACC理事メンバーである増本氏は、「実際に州中央部のバトルクリーク市には日系会社を含む80社以上が進出できる工業施設用地の開発が始まっている」と話す。シカゴとデトロイトの中間点に当たるバトルクリーク市の同用地内では1万人以上の雇用の可能性があり、ミシガン州がかける期待も大きいことがうかがえる。

本イベントのキーノートスピーチは、デトロイトのアーティスト・デザイナーのMike Han氏。Korean系で祖先は朝鮮半島の王朝の書家一族。Han氏はアナーバーに生まれた。現在はデザイナーとして成功を収め、Mercedes Benz Financial Ser­vices (Farmington Hills, MI) 、Somer­set Collection (Troy, MI)などにプリンティング作品が飾られている。

スピーチは、自らの韓国への旅行体験談から始まった。Koreanが話せず苦労した旅の様子をユーモアたっぷりで話し始め、会場は和やかな雰囲気に。そして、Han氏が現在の成功をつかむまでのエピソードに参加者は引き付けられる。実は、アートよりも‘Sushi Chef’としてキャリアを始めたHan氏は、LAで名高い「Sushi 勝」、デトロイトのダウンタウンの「Itada­ku Sushi」の開業、フロリダ・マイアミの「Zuma」にマスターとして乞われて行ったことなど、輝かしいChefとしてのキャリアを収めた。しかし「夢の半分は手にした」と思ったところで、コロナのパンデミックとなり、失業。どん底の中で立ち上がっていけたのは、プリントアート作家として再スタートしたから。ペイントロールを転がしできるユニークな幾何学模様ともいえる彼のアートは、白と黒のミニマル、かつ大胆な構成のデザインで、数々のディスプレー・アートの契約をつかんだ。現在はデトロイトに「The House of Han」を構える。白と黒で構成されるHan氏の作品。本イベントでは、その作品がスクリーンに映し出され、数々の苦労を乗り越えたHan氏のメッセージが画面から届けられた。

Galaには在デトロイト日本国総領事館の進藤雄介総領事も参加。本誌からのいくつかのインタビューにお答えいただいた。

「このAPACCの Annual Galaに参加して感じたことは、アジアとしてまとまっているのが良いという点。その中で、日本人、日系企業は頼りにされている存在と感じ、日系企業の皆様にはますます活躍していただきたいと思う。アジアで一つにまとまると、その存在感も増す。日本はそのコミュニティーの懸け橋となっていけたらと思う。ミシガン州の人々はニューカマーにフレンドリー。日本とアジアの人々も含め歓迎していただいている。ミシガン州政府も日本もお互いを信頼し合っている。また、この会で同席の方から、他の国の方をご紹介いただきたい、とお願いされ、アジアの国からも日本は頼りにされていると実感している。5月はアジア太平洋諸国文化継承月間ということに対して、お祝いいただける、注目していただいている、というのをうれしく思う。中西部の人々の人柄の良さ、温かさに幸せを感じるとともに、アジアの国々の発展を願う」と述べられた。

Galaには各ビジネス界の諸氏、専門分野で活躍する方々であふれた。起業家、若い世代も参加し、フィナーレでは、メインステージ前がダンスフロアーに。ポップミュージックに合わせ、各国の参加者が一同に踊りを楽しむ。会場外のロビーでは名残惜しく歓談する人々であふれた。

アジア・太平洋諸国にゆかりのある人々が心と時間を共にし、経済の連携の確かめだけではなく、互いの文化に触れた。今後の発展へのエネルギーと勇気、希望を確かめ合ったイベントだった。(JNC)

デトロイト補習授業校高等部宿泊交流学習

デトロイト補習授業校高等部宿泊交流学習 1

Roebling Suspension Bridgeの下でいつもの教室では体験できないことを学び、考え、表現した2日間

デトロイト補習授業校高等部は、同校行事である「宿泊交流学習」で11月11日から1泊2日でシンシナティを訪れた。宿泊交流学習は、次の点を目標に毎年実施しているもので、同校高等部の1年生から3年生が授業の一環として参加する。

①企画、運営に関する自主的な活動を通して、責任感と協調性を育む。

②他補習授業校との交流活動を通して、幅広いものの見方、考え方を培う。

③集団生活を通して、集団の一員としてのあり方や公衆道徳などについて望ましい体験を積む。

④訪れた場所で、アメリカの自然や文化、歴史などに親しみ、見聞を広める。

交流会での代表者の発表同校の「宿泊交流学習」は今回が21回目となり、シカゴ、コロンバス、インディアナ、クリーブランドなどを訪問し、当地の補習授業校と交流を行っている。

今年度は、昨年に引き続き、シンシナティ補習授業校を訪問し、高等部の生徒との交流会を行った。1年ぶりの再会となった生徒も初めて出会った生徒も、あっという間に打ち解けていた。

交流会では、両校の自己紹介企画を皮切りに、高校生にとって重要な将来の進路(大学進学、就職)について、学年を超えたグループに分かれてディスカッションを行い、最後にまとめの発表も行った。様々な進路を考えている同年代の考え方を聞くことは、お互いにとって良い刺激となったようだ。

交流会で出会った高校生と連絡を取り合っている生徒も少なくない。また、帰国後に進学した大学で再会した生徒たちもおり、今後も交流の輪が広がることを願っている。

翌日は、1866年に開通した伝統的なRoebling Suspension Bridgeを歩いて渡り、1881年創立と米国で最も古い美術館の一つであるシンシナティ美術館を見学した。デトロイトとは異なる街の雰囲気を肌で感じたようだ。

シンシナティ補習校高等部と一緒に2日間の宿泊交流学習では、この他にもホテルやバス内での話し合い活動、リクリエーションなどが行われ、教室では学ぶことのできない貴重な体験をすることができた。教室内では見られない同級生や先輩、後輩たちと楽しく有意義に過ごした時間を忘れないだろう。

(執筆・教務主任 丹羽筆人)

Summer Camp in Gifu, Japan日本語の学習意欲を芽生えさせる ~「サマーキャンプ in ぎふ」の特長

<!--:en-->Summer Camp in Gifu, Japan<!--:--><!--:ja-->日本語の学習意欲を芽生えさせる ~「サマーキャンプ in ぎふ」の特長<!--:--> 1

7年間に延べ125人が参加

 毎年夏は、日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」の実施のために約1カ月半にわたり日本に滞在しています。そのうち1カ月近くを岐阜県揖斐川町の里山にて、サマーキャンプに参加する子どもたちと過ごしています。「サマーキャンプ inぎふ」は、海外生活が長い日本語学習中の小学生(4~6年)、中学生、高校生を対象として、日本語学習意欲を芽生えさせることを目的に、2週間と10日間の二つの期間にて実施しています。伝統文化や禅寺での体験、同世代の子どもをはじめ地域の人々との交流を通して、日本語や日本文化を心と体で感じられるように多彩なプログラムを用意しています。

 「サマーキャンプ in ぎふ」は今年で8年目を迎えますが、今までの7年間で13回実施し、延べ125人の子どもが参加してくれました。内訳は、小学生が48人、中学生が66人、高校生が11人、男子が61人、女子が64人です。地域別には大半が米国ですが、カナダ、英国、中国、韓国、アイルランド在住の子どもや日本在住でインターナショナルスクールやアメリカンスクールに在学している子どももいます。私は今でもこれらの子どもたち一人ひとりのことを鮮明に覚えています。短期間といえども寝食を共にしたためだと思いますが、一人ひとりの子どもの個性が豊かであることも影響していると思います。そして、これらの子どもたちの個性は、海外での生活が育んだものであると言えるでしょう。また、一人ひとりの子どもたちの、見ること聞くとに感動し、出会った人々と楽しく交流する姿も忘れられません。

海外で育った子どもの特性

 米国で子育てをしていると、家庭内では日本語で日本語的な教育を心がけていても、日本で生まれ育った親とは異なった言動が見られることに気づきます。また、補習校や学習塾などの教室でも日本の子どもたちにはない言動が気になります。世代の違いという要因もありますが、米国社会で育っているからこその違いでもあります。例えば、大人に対しても「あなたは~」とか、「彼(彼女)が~」という言い回しをすることや、「~した方がいいですか?」と言うべきところを「~してほしいの?」、「~してください」と言うべきところを「~できるか?」というような点はとても気になります。小さな子どもに、「あなたはぼくと遊べるか?」と言われた時や、部屋の掃除をしなさいと指示したときに、「あなたは掃除してほしいか」と言われた時には少々驚きました。また、校長先生に挨拶に行ったときにお辞儀もせずに握手を求めた小学生もいます。これらの事例は、決して子どもが偉そうにしているわけではなく、言語や文化の違いによるものです。

 一方で、ほとんどの子どもが、明るく元気で、積極的、また友好的であるという特質を持っています。例えば、日本語に自信がなくても人前に立って大きな声でスピーチをすることができますし、初対面であっても言葉が通じなくてもすぐに仲良くなれますし、親元を離れてもホームシックになることも少なく楽しく過ごしています。「サマーキャンプ in ぎふ」では、集合場所のJR名古屋駅(以前はJR穂積駅、今年からはJR岐阜羽島駅)にて参加者が初めて出会いますが、初対面同士であるにもかかわらず、キャンプ地までのバスの中は、子どもたちの話し声や笑い声であっという間に騒がしくなります。そして、宿泊施設においても、まあまあおとなしく寝るのは初日くらいで、2日目からは消灯時間になっても話し声がちらほら聞こえるというくらいお話し好きの子が多いです。そして、キャンプ中の移動の際のバスの中は50人の団体かというくらいのにぎやかさとなります。(サマーキャンプ参加者数は回によって異なりますが10~20人です。

日本語の学習意欲を芽生えさせるために

 「サマーキャンプ in ぎふ」に参加する子どもには、どちらかというと日本語の苦手な子どもが多く、家庭内でも日本語を話す機会が少ないという子どもも目立ちます。また、補習校や日本語学校への通学や日本の学校での体験入学を止めてしまった子どももいます。つまり、日本語の学習意欲を失ってしまっているのです。

 確かに、海外にいて英語で暮らし英語で学んでいると、日本語を使う必要はほとんどないに等しいでしょう。また、日本語は英語よりもはるかに難しい言語であると感じるでしょう。しかし、親御さんにしてみれば、子どもが日本語を理解しなくなってしまうことはとても寂しいことですし、日本に暮らす祖父母や親族とのコミュニケーションも取りにくくなるという問題もあります。どうにかして子どもに日本語学習を継続してほしいと思うのは当然のことです。ただし、そのために嫌がる子どもに、無理やり日本語を使わせようとしたり、補習校や日本語学校に通学させようとしたりすると、もっと日本語が嫌いになるということにもなりかねません。

 そこで、「サマーキャンプ in ぎふ」では、日本や日本人を好きになること、そして日本を知るために、日本人と楽しく交流するためには日本語が必要であることを感じ、日本語を学習したいという気持ちを持てるように多彩な体験プログラムを用意しています。第1期では地元の学校に体験入学しますが、学校での勉強内容を習得することが目的ではなく、同世代の日本の子どもとともに学校生活を経験することが重要と考えています。授業では日本と自国の違いを感じ、日本の学校特有の掃除や給食、また部活動などにも積極的に参加することがとても貴重な経験になっています。

 地元民家でのホームステイは、3~4世代が同居している家庭で過ごすこともあります。伝統文化ではものつくりや食つくりをしますが、それは地元のおじいさんやおばあさん、おじさん、おばさんが講師となって教えてれます。宿泊施設の周りを散策したり、近くの山でハイキングしたり、川で遊んでいたりすると、地元の人々が声をかけてくれます。このような皆さんは英語ではなく日本語、それも方言交じりの日本語で話しかけてきます。意味は分かりにくいかもしれませんが、子どもたちはそれらの人々の言葉にぬくもりを感じているようです。このような触れ合いもまた、子どもたちの日本語学習意欲の芽生えに奏功しています。

 また、日本語を使うということもとても大切にしています。このためにあえて英語での説明や通訳はしていませんし、プログラム実施中は英語の使用を禁止しています。これは日本語を使えるのに英語だけですまそうとすることを避けるため、また日本語の表現の誤りを修正するために重要です。

 「サマーキャンプ in ぎふ」の終了後には、家庭でも日本語を話すようになった、日本語の本を読むようになった、日本語学校や補習校に通学を始めたなどというような歓びの声をお聞きします。

 「サマーキャンプ in ぎふ2013」は、参加者の申し込みを受け付けています。詳細は、米日教育交流協議会のウェブサイト www.ujeec.org をご覧ください。

 

 

米日教育交流協議会(UJEEC)・代表 丹羽筆人

7年間に延べ125人が参加

 毎年夏は、日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」の実施のために約1カ月半にわたり日本に滞在しています。そのうち1カ月近くを岐阜県揖斐川町の里山にて、サマーキャンプに参加する子どもたちと過ごしています。「サマーキャンプ inぎふ」は、海外生活が長い日本語学習中の小学生(4~6年)、中学生、高校生を対象として、日本語学習意欲を芽生えさせることを目的に、2週間と10日間の二つの期間にて実施しています。伝統文化や禅寺での体験、同世代の子どもをはじめ地域の人々との交流を通して、日本語や日本文化を心と体で感じられるように多彩なプログラムを用意しています。

 「サマーキャンプ in ぎふ」は今年で8年目を迎えますが、今までの7年間で13回実施し、延べ125人の子どもが参加してくれました。内訳は、小学生が48人、中学生が66人、高校生が11人、男子が61人、女子が64人です。地域別には大半が米国ですが、カナダ、英国、中国、韓国、アイルランド在住の子どもや日本在住でインターナショナルスクールやアメリカンスクールに在学している子どももいます。私は今でもこれらの子どもたち一人ひとりのことを鮮明に覚えています。短期間といえども寝食を共にしたためだと思いますが、一人ひとりの子どもの個性が豊かであることも影響していると思います。そして、これらの子どもたちの個性は、海外での生活が育んだものであると言えるでしょう。また、一人ひとりの子どもたちの、見ること聞くとに感動し、出会った人々と楽しく交流する姿も忘れられません。

海外で育った子どもの特性

 米国で子育てをしていると、家庭内では日本語で日本語的な教育を心がけていても、日本で生まれ育った親とは異なった言動が見られることに気づきます。また、補習校や学習塾などの教室でも日本の子どもたちにはない言動が気になります。世代の違いという要因もありますが、米国社会で育っているからこその違いでもあります。例えば、大人に対しても「あなたは~」とか、「彼(彼女)が~」という言い回しをすることや、「~した方がいいですか?」と言うべきところを「~してほしいの?」、「~してください」と言うべきところを「~できるか?」というような点はとても気になります。小さな子どもに、「あなたはぼくと遊べるか?」と言われた時や、部屋の掃除をしなさいと指示したときに、「あなたは掃除してほしいか」と言われた時には少々驚きました。また、校長先生に挨拶に行ったときにお辞儀もせずに握手を求めた小学生もいます。これらの事例は、決して子どもが偉そうにしているわけではなく、言語や文化の違いによるものです。

 一方で、ほとんどの子どもが、明るく元気で、積極的、また友好的であるという特質を持っています。例えば、日本語に自信がなくても人前に立って大きな声でスピーチをすることができますし、初対面であっても言葉が通じなくてもすぐに仲良くなれますし、親元を離れてもホームシックになることも少なく楽しく過ごしています。「サマーキャンプ in ぎふ」では、集合場所のJR名古屋駅(以前はJR穂積駅、今年からはJR岐阜羽島駅)にて参加者が初めて出会いますが、初対面同士であるにもかかわらず、キャンプ地までのバスの中は、子どもたちの話し声や笑い声であっという間に騒がしくなります。そして、宿泊施設においても、まあまあおとなしく寝るのは初日くらいで、2日目からは消灯時間になっても話し声がちらほら聞こえるというくらいお話し好きの子が多いです。そして、キャンプ中の移動の際のバスの中は50人の団体かというくらいのにぎやかさとなります。(サマーキャンプ参加者数は回によって異なりますが10~20人です。

日本語の学習意欲を芽生えさせるために

 「サマーキャンプ in ぎふ」に参加する子どもには、どちらかというと日本語の苦手な子どもが多く、家庭内でも日本語を話す機会が少ないという子どもも目立ちます。また、補習校や日本語学校への通学や日本の学校での体験入学を止めてしまった子どももいます。つまり、日本語の学習意欲を失ってしまっているのです。

 確かに、海外にいて英語で暮らし英語で学んでいると、日本語を使う必要はほとんどないに等しいでしょう。また、日本語は英語よりもはるかに難しい言語であると感じるでしょう。しかし、親御さんにしてみれば、子どもが日本語を理解しなくなってしまうことはとても寂しいことですし、日本に暮らす祖父母や親族とのコミュニケーションも取りにくくなるという問題もあります。どうにかして子どもに日本語学習を継続してほしいと思うのは当然のことです。ただし、そのために嫌がる子どもに、無理やり日本語を使わせようとしたり、補習校や日本語学校に通学させようとしたりすると、もっと日本語が嫌いになるということにもなりかねません。

 そこで、「サマーキャンプ in ぎふ」では、日本や日本人を好きになること、そして日本を知るために、日本人と楽しく交流するためには日本語が必要であることを感じ、日本語を学習したいという気持ちを持てるように多彩な体験プログラムを用意しています。第1期では地元の学校に体験入学しますが、学校での勉強内容を習得することが目的ではなく、同世代の日本の子どもとともに学校生活を経験することが重要と考えています。授業では日本と自国の違いを感じ、日本の学校特有の掃除や給食、また部活動などにも積極的に参加することがとても貴重な経験になっています。

 地元民家でのホームステイは、3~4世代が同居している家庭で過ごすこともあります。伝統文化ではものつくりや食つくりをしますが、それは地元のおじいさんやおばあさん、おじさん、おばさんが講師となって教えてれます。宿泊施設の周りを散策したり、近くの山でハイキングしたり、川で遊んでいたりすると、地元の人々が声をかけてくれます。このような皆さんは英語ではなく日本語、それも方言交じりの日本語で話しかけてきます。意味は分かりにくいかもしれませんが、子どもたちはそれらの人々の言葉にぬくもりを感じているようです。このような触れ合いもまた、子どもたちの日本語学習意欲の芽生えに奏功しています。

 また、日本語を使うということもとても大切にしています。このためにあえて英語での説明や通訳はしていませんし、プログラム実施中は英語の使用を禁止しています。これは日本語を使えるのに英語だけですまそうとすることを避けるため、また日本語の表現の誤りを修正するために重要です。

 「サマーキャンプ in ぎふ」の終了後には、家庭でも日本語を話すようになった、日本語の本を読むようになった、日本語学校や補習校に通学を始めたなどというような歓びの声をお聞きします。

 「サマーキャンプ in ぎふ2013」は、参加者の申し込みを受け付けています。詳細は、米日教育交流協議会のウェブサイト www.ujeec.org をご覧ください。

 

 

米日教育交流協議会(UJEEC)・代表 丹羽筆人