Monday, June 17, 2024

Learning Japanese Flower Arrangement in America日本の華道家 アメリカで学ぶ生徒・学生に講演

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ミシガン大学日本語クラスの学生を対象にいけばな

 去る2012年11月9日、ミシガン大学日本語学科で‘いけばな’の特別課外ワークショップが開かれた。講師は小原流いけばな一級家元教授であり、いけばなの学術論文で授与された初の芸術学博士でもある鈴木榮子氏。氏は日本航空に国際線スチュワーデスとして勤務した後、カナダ・アメリカでの滞在を経て広島に帰国後、英語によるいけばな教室を開始。いけばなの指導や実演を通して日本の文化を伝えたり、国際的なイベントでいけ花(アレンジメント)を担当するなど、国内外で活躍している。

 今回の講演では、まず、花をアレンジして楽しむことは世界中でポピュラーである中、日本のいけばなのユニークな点として家元制度があることを説明。また、いけばなは単に形ではなく、その核には「生かす」という精神があることを説いた。

 鈴木先生やサポートを務めた人々が事前に生けた多数のアレンジメントを紹介しながら、それぞれの花の美しさを最大限に生かすために、高さや向き、色やサイズの組み合わせや位置に配慮があることを示した。これらの材料は、鈴木先生の「身近な植物をいける」との考えの元、滞在先の周辺でススキや枝などを採取し、それらに合う花を当地の花屋で購入して揃えた。庭や身近にある自生の植物も選ぶ目があれば素晴らしいマテリアルに成り得ることに、参加者から感嘆の声があがった。また、四季がある日本では一つの植物に四つの顔があり、日本的な美意識では枯れた花や枝にもそれなりの良さを感じてそのものを愛でることも話した。そして、これらを「まっとうさせる」ために、茎を切る時には葉のすぐ上で切っておけば後で利用する=生かすことができることを教示。更に、「いかす」精神は、人との関わり方にも通じていると説いた。

 鈴木先生による解説を添えながらのいけばな実演の披露の後、学生たちはいけばなに挑戦。各自が持参したコーヒーマグなどを花器代わりにして、チューリップやバラなど数種の花や葉を思い思いにアレンジした。完成後は各作品を鈴木先生が批評し、位置をずらすことでどのように印象が変わるかを学生の意見を求めつつ比較して見せた。

 参加者たちからは、「ほんのいくつかの花でも楽しむことが出来ると分かり、面白かった」「『生かす』考え方から多くのことを学んだ」など、の感想が寄せられた。参加者の一人であるエレンさんは、当地の花屋で働いた経験を持つ芸術専攻の学生だが、日本のいけばなのシンプルさに感銘したとのこと。実際に生ける過程を見、体験することができ、大いに心惹かれたと話してくれた。

 日本文化の紹介に留まらない、内容の豊かな講演であった。

補習授業校で礼儀について講義と実習

 11月10日には、デトロイトりんご会補習授業校の中学生と高校生を対象に「日本人の誇りをもつ:礼儀作法をチェック!」と題して、日本の礼儀作法に関する講演が行われた。

 君島学校長は鈴木先生の紹介に続いて、「知らないと失礼なことがある」「日本人、日本の文化について、また、会社や世界から求められていることをこの機会に学んでほしい」など、学習の目的を示し意欲を喚起した。

 鈴木氏は冒頭、「海外で学ぶ皆さんは、言語スキルだけでなく、グローバルにものを見ることが出来、そして自分の考えをしっかり持って意見を言うなどの特質を持つことが出来る」とプラスの面に言及した後、グローバル社会で生きる真の国際人として、母なる国を持つことが大切であり、それには日本語力のみならず、日本の文化や日本的マナーを知ることが肝要であると告げた。

 日本には「いかし合う」文化があり、海に浮かぶ鳥居と社殿で知られる厳島神社を有する宮島を例えにして自然と造形物の調和にみられる「ともに生きる」という文化、そして日本の陶芸での「ゆがんだ所も生かす」という考え、相撲で負けた人に手を差し出す「一緒に生きている」という思いなど、具体的な話を挙げた。その底流には、対象が物であれ人であれ、「思いやり」を尊ぶ考えがあり、それが日本的な礼儀や作法に繋がっていると説明した。

 講話の後に行われた実践ではまず、世界に共通するマナー五原則として、表情・挨拶(言葉、遣り方)・態度(良い姿勢)・身だしなみ(衣類の整え方、清潔感)・そして言葉づかいが相手に対して心地良いものであるように諭した。挨拶や言葉遣いに敬う心をもつことが大切であると話した後、生徒一同、好感を与える笑顔の練習に取り組んだ。

 日本のマナーに関する実技練習では、良い姿勢をするには背筋を伸ばすのがコツであることや、礼(おじぎ)の角度やスピード(ゆっくりと体を起こすと丁寧な印象を与えること)を、鈴木先生が悪い例も見せて生徒に自覚を持たせながら指導。次に、代表生徒をモデルに物の授受のマナーとして、物は相手の安全や使いやすさに配慮し、書面は相手が読みやすい向きで渡すことを教示した。続いて「もったいない」の真意の講釈。3+1のRとして、Reduce:ゴミの減少、Reuse:再利用、Recycle:再生の3つのR、それらの根底にある4つ目のR、Respectを示した。リスペクトとは人と物への思いやりの心であり、「いかさないのはもったいないことである」と話した。

 最後に、生徒へのメッセージとして、「皆さんは日本にいる人ができない大きな経験をしている。日本の文化を知り、日本人の誇りを持って世界に羽ばたき、今日話した『いかし合う』ことをベースに美しい日本人として活躍してください」とエールを送った。

☆ ☆ ☆

 大学の講義や国内外での特別講演並びにテレビ出演や雑誌の取材など、多方面で活躍されている鈴木榮子先生によるミシガンでの講演が実現したのは、鈴木先生の弟子であり、補習授業校で講師を務めている伊藤隆子さんの橋渡しによる。いけばなを介した日本文化の知識と豊富な講演経験をもつ鈴木氏が当地の若者に刺激を与える場を提供してくれたことが実にありがたい。大勢の学生生徒がこの貴重な機会を生かし成長してゆくことであろう。

 

ミシガン大学日本語クラスの学生を対象にいけばな

 去る2012年11月9日、ミシガン大学日本語学科で‘いけばな’の特別課外ワークショップが開かれた。講師は小原流いけばな一級家元教授であり、いけばなの学術論文で授与された初の芸術学博士でもある鈴木榮子氏。氏は日本航空に国際線スチュワーデスとして勤務した後、カナダ・アメリカでの滞在を経て広島に帰国後、英語によるいけばな教室を開始。いけばなの指導や実演を通して日本の文化を伝えたり、国際的なイベントでいけ花(アレンジメント)を担当するなど、国内外で活躍している。

 今回の講演では、まず、花をアレンジして楽しむことは世界中でポピュラーである中、日本のいけばなのユニークな点として家元制度があることを説明。また、いけばなは単に形ではなく、その核には「生かす」という精神があることを説いた。

 鈴木先生やサポートを務めた人々が事前に生けた多数のアレンジメントを紹介しながら、それぞれの花の美しさを最大限に生かすために、高さや向き、色やサイズの組み合わせや位置に配慮があることを示した。これらの材料は、鈴木先生の「身近な植物をいける」との考えの元、滞在先の周辺でススキや枝などを採取し、それらに合う花を当地の花屋で購入して揃えた。庭や身近にある自生の植物も選ぶ目があれば素晴らしいマテリアルに成り得ることに、参加者から感嘆の声があがった。また、四季がある日本では一つの植物に四つの顔があり、日本的な美意識では枯れた花や枝にもそれなりの良さを感じてそのものを愛でることも話した。そして、これらを「まっとうさせる」ために、茎を切る時には葉のすぐ上で切っておけば後で利用する=生かすことができることを教示。更に、「いかす」精神は、人との関わり方にも通じていると説いた。

 鈴木先生による解説を添えながらのいけばな実演の披露の後、学生たちはいけばなに挑戦。各自が持参したコーヒーマグなどを花器代わりにして、チューリップやバラなど数種の花や葉を思い思いにアレンジした。完成後は各作品を鈴木先生が批評し、位置をずらすことでどのように印象が変わるかを学生の意見を求めつつ比較して見せた。

 参加者たちからは、「ほんのいくつかの花でも楽しむことが出来ると分かり、面白かった」「『生かす』考え方から多くのことを学んだ」など、の感想が寄せられた。参加者の一人であるエレンさんは、当地の花屋で働いた経験を持つ芸術専攻の学生だが、日本のいけばなのシンプルさに感銘したとのこと。実際に生ける過程を見、体験することができ、大いに心惹かれたと話してくれた。

 日本文化の紹介に留まらない、内容の豊かな講演であった。

補習授業校で礼儀について講義と実習

 11月10日には、デトロイトりんご会補習授業校の中学生と高校生を対象に「日本人の誇りをもつ:礼儀作法をチェック!」と題して、日本の礼儀作法に関する講演が行われた。

 君島学校長は鈴木先生の紹介に続いて、「知らないと失礼なことがある」「日本人、日本の文化について、また、会社や世界から求められていることをこの機会に学んでほしい」など、学習の目的を示し意欲を喚起した。

 鈴木氏は冒頭、「海外で学ぶ皆さんは、言語スキルだけでなく、グローバルにものを見ることが出来、そして自分の考えをしっかり持って意見を言うなどの特質を持つことが出来る」とプラスの面に言及した後、グローバル社会で生きる真の国際人として、母なる国を持つことが大切であり、それには日本語力のみならず、日本の文化や日本的マナーを知ることが肝要であると告げた。

 日本には「いかし合う」文化があり、海に浮かぶ鳥居と社殿で知られる厳島神社を有する宮島を例えにして自然と造形物の調和にみられる「ともに生きる」という文化、そして日本の陶芸での「ゆがんだ所も生かす」という考え、相撲で負けた人に手を差し出す「一緒に生きている」という思いなど、具体的な話を挙げた。その底流には、対象が物であれ人であれ、「思いやり」を尊ぶ考えがあり、それが日本的な礼儀や作法に繋がっていると説明した。

 講話の後に行われた実践ではまず、世界に共通するマナー五原則として、表情・挨拶(言葉、遣り方)・態度(良い姿勢)・身だしなみ(衣類の整え方、清潔感)・そして言葉づかいが相手に対して心地良いものであるように諭した。挨拶や言葉遣いに敬う心をもつことが大切であると話した後、生徒一同、好感を与える笑顔の練習に取り組んだ。

 日本のマナーに関する実技練習では、良い姿勢をするには背筋を伸ばすのがコツであることや、礼(おじぎ)の角度やスピード(ゆっくりと体を起こすと丁寧な印象を与えること)を、鈴木先生が悪い例も見せて生徒に自覚を持たせながら指導。次に、代表生徒をモデルに物の授受のマナーとして、物は相手の安全や使いやすさに配慮し、書面は相手が読みやすい向きで渡すことを教示した。続いて「もったいない」の真意の講釈。3+1のRとして、Reduce:ゴミの減少、Reuse:再利用、Recycle:再生の3つのR、それらの根底にある4つ目のR、Respectを示した。リスペクトとは人と物への思いやりの心であり、「いかさないのはもったいないことである」と話した。

 最後に、生徒へのメッセージとして、「皆さんは日本にいる人ができない大きな経験をしている。日本の文化を知り、日本人の誇りを持って世界に羽ばたき、今日話した『いかし合う』ことをベースに美しい日本人として活躍してください」とエールを送った。

☆ ☆ ☆

 大学の講義や国内外での特別講演並びにテレビ出演や雑誌の取材など、多方面で活躍されている鈴木榮子先生によるミシガンでの講演が実現したのは、鈴木先生の弟子であり、補習授業校で講師を務めている伊藤隆子さんの橋渡しによる。いけばなを介した日本文化の知識と豊富な講演経験をもつ鈴木氏が当地の若者に刺激を与える場を提供してくれたことが実にありがたい。大勢の学生生徒がこの貴重な機会を生かし成長してゆくことであろう。

 

トリリアム & 音もだち 秋の合同 コンサート

トリリアム & 音もだち 秋の合同 コンサート 1

DSC03424 11月20日,Ward Church (Northville MI) で,合唱団「トリリアム」と「音もだち」によ る秋の合同コンサートが開催された。 トリリアムは,コーラスで親睦を図る ことを目的とした女声合唱団で,今年 で創立25年を迎えた。他方,音もだち は,2012年設立の混声合唱団で,男声 合唱団ホワイトパイングリークラブ(WPG) 又はトリリアムに加入しているメンバーの 中から,より本格的に合唱に取り組みた いと思って集まった仲間により,主に構 成されている。難易度の高い曲にも挑戦 し,和気あいあいと練習を重ねている。 私は,これまで合唱の経験は殆どな かったが,縁あってWPGと音もだちに 加入し,8月から各週1回練習を続けて きた。

DSC03551今回のコンサートでは,バッハの 「ヨハネ受難曲」のコーラス及びコラー ル,「Sure On This Shining Night」などの曲を披露した。美しい旋律,独特なリ ズムなどと魅力的な曲が揃っている反 面,うち数曲は,難易度がかなり高く感 じられ,音やリズムをなかなか覚えるこ とができなかった。特に,「44羽の紅す ずめ」という曲は,歌詞は日本語だが, メロディーやリズムが特殊で苦戦させら れた。全てのパートが正しく歌うことが できた際のハーモニーは素晴らしい 一方,合唱経験が豊富な他のメンバー も,一筋縄ではいかない様子であった。 とはいえ,ある程度感触がつかめてくる と,歌詞や軽快なテンポがとても面白く 感じられるようになり,皆で楽しみながら 練習を続けることができた。本番では, 観客席が満員になる程多くの人が詰め かけ,嬉しく思うとともに若干の緊張もあ ったが,練習の成果を発揮することに集 中した。結果として,良い合唱を披露することができたように思う。後日聞いたと ころによると,多くの観客の方に満足して いただいたようで,とりわけ,44羽の紅 すずめは,日本語が分からない方からも 好評だったようだ。

DSC03528トリリアムの合唱は一観客として聞かせ ていただいた。NHKドラマの主題歌とし て話題を呼んだ「Far Away」,昔懐かし さを感じる「待ちぼうけ」,最後はオペラ 「サムソンとデリラ」から「あなたの声に心 は開く」などと幅広い選曲で興味をそそ られた上,透き通るような美しい歌声や 完成度の高さに魅了された。そして,よ り高みを目指して今後も合唱を頑張って いきたいという気持ちが芽生えた。 私は6月からミシガンに滞在しているが, 合唱のお陰で充実した週末を過ごすこと ができている。各合唱団は随時メンバー を募集しているので,合唱の経験のない 方も含め,興味を持たれた方は,ウェブ ページをご覧になるなどして,是非一度 ご連絡いただきたい。(文責 藤井俊彦)

在デトロイト総領事館主催 JETプログラム帰任者 / 語学教育関係者 交流レセプション

在デトロイト総領事館主催 JETプログラム帰任者 / 語学教育関係者 交流レセプション 3

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去る9月30日、在デトロイト総領事公邸に於いて、JETプログラム帰任者の歓迎ならびにネットワーキングのための場が設けられた。

JETプログラムはThe Japan Exchange and Teaching Programme(語学指導等を行う外国青年招致事業)の略称で、海外の若者が日本各地で言語指導員、国際交流員、そしてスポーツ交流員として働くプログラムであり、例年、当地から多数参加しており、この夏には当管轄地域(ミシガン州とオハイオ州)より54名名が日本へ渡った。

日本で尽力してきた彼らに対する慰労と感謝をこめた帰還歓迎の目的に加えて、就職情報の提供も意図しており、例年このイベントに招かれている日本語教育関係者としてミシガン州とオハイオ州の学校(K-12)や大学で日本語の指導や研究に携わっている教師、そして数社のリクルートやコンサルタント会社に加え、数名の日系企業の代表者が出席した。

img_0592JETプログラムによる派遣者の大半が言語指導員として中学や高校の英語教師のアシスタントに就く事情もあり、かつては大学で日本語や教育、文化を専門に学んできた参加者が多かったが、近年はそうと限らず、理工、法律が専攻で、帰還後の就職希望も多岐に広がってきている現状がある。米国内で行われる大規模なジョブフェアは日本での就職を求めるものがほとんであるため、当地での日本語堪能者や日本文化に精通した人材雇用の情報や機会は希少かつ非常に貴重といえる。

また、JETプログラム経験者有志の集まりであるJETアルミニ(同窓会)の当地支部の代表者も参加した。

和田総領事は歓迎の挨拶のなか、帰還者に対する感謝と慰労の言葉に加えて、「最近の雇用状況の情報を得たり、アルミニのネットワーキングなどで日本との繋がりを持つなど、貴重な場になれば嬉しい」といった願いを伝えた。「異文化理解には、JET参加者が良い例であるように、実体験が重要であり、それを果たした皆さんは一人一人が国と国を結ぶ大使である」など、称えると同時に今後に期待を寄せた。

img_0589当地のJETアルミニ会長を務めるジェフリーさんからは、自身の10数年前の滋賀県へのJET派遣の折、勤務先の校長先生に親身にしてもらったことなど日本での忘れ得ぬ経験話に触れた後、友人やJETアルミニと音信を取り続けること、また、日本語を使い維持すること、さらに、日本での経験を周囲の人に話し、何かしら生かして欲しいと願いを届けた。ジェフリーさん自身は現在、ミドルスクールでジャパニーズクラブを開き、日本在住時にたしなんだ琴も指導しているとのこと。

JETアルミニは、参加経験者同士の繋がりを持つためだけではなく、当地の領事館、米国や他の支部との関係を保ち、情報交換や日本支援などの活動をしている。

JET経験者で、当地の日本祭りなどJBSD関連のイベントで司会を何度となく務めてきたナターシャさんもスピーチに立ち、17才での日本(滋賀県)滞在に始まり、JETや日本の大学での受講経験、また一転して親の故郷であるポーランドでの滞在など、国外での経験歴を語り、「どんな機会があるか分からない。すぐに(職業に)反映できなくとも、必ず役に立つ」

「他の文化を知っていることは大切で、翻訳や教師に限らず可能性は広がっている」とエールを贈った。

帰還者によるそれぞれのスピーチでは、感動が明瞭に伝えられた反面、進路については「日本語を維持できる職を探している」といった状況を口にする人もいた。派遣期間は1~3年が原則であったが、自治体と本人の合意によって延長が認められるようになり、滞在を延ばす参加者が増えているという。この日の参加者には、青森で5年勤めたという人、佐渡ヶ島で4年という人もいた。どちらも女性で、大の日本ファン。

単なる観光ではなく、語学指導助手として学校という社会に入り込んで、文化を体験し、理解を深めた若者たちが経験や才能を発揮できることを祈りたい。

デトロイトりんご会補習授業校 卒園・卒業証書授与式

デトロイトりんご会補習授業校 卒園・卒業証書授与式 5

IMG_91183月19日 (土) 、デトロイトりんご会補習授業校で第18回卒園式・第43回卒業証書授与式が挙行された。今年度の卒園・卒業生は、幼稚園部108人、小学部56人、中学部32人、高等部6人となった。

午前中の卒園式では、日頃は元気いっぱいの園児たちが、この時ばかりは緊張感をはらんだ大人びた面持ちで式に臨んだ。村井校長は、卒園を寿ぐとともに、小学校生活へ向けてのはなむけの言葉を伝えた。

午後に行われた小・中・高、合同の卒業証書授与式は、本年度より中・高等部が借用しているノバイ高校のオーディトリアムを会場としての初めての儀式となり、小学部在校生はスクールバスで移動するなど、昨年度とはかなりの変更があったが、昨年以上に厳粛な雰囲気のなかで滞りなく挙行された。来賓として在デトロイト日本国総領事館の和田総領事、デトロイト日本商工会植田事務局長、JSDウィメンズクラブ柴田会長、さらにノバイ学校区の教育関係者として学校区教育長、教育委員会委員長と副委員長ならびにコミュニティーエデュケーションのディレクター、また、カリキュラム作り等に関わっているイースタンミシガン大学の桶谷教授と客員研究員である近田氏も臨席。りんご会理事と運営委員長、多数の在校生・保護者・教職員が出席し、盛大に実施された。

IMG_9120開会の辞に続いて、列席者一同による日本国歌の斉唱、アメリカ合衆国の国歌演奏、そして児童生徒による校歌の斉唱が行なわれた。卒業生一人ひとりが学校長の手渡す卒業証書を恭しく受け取り、その間、在校生による生演奏のBGMが流れ、厳粛ながらも穏やかな雰囲気に包まれた。演奏や指揮を担当した生徒たちは卒業生を温かく送り出すために昼休みや放課後の打ち合わせとリハーサル、さらに自宅練習を重ねてきたとのこと。

村井学校長の式辞では、現地校と補習授業校二つの学校で学ぶことの厳しさと楽しさを通して、日本に居れば出来ない貴重な経験をしたことであろうと、両立させて卒業を迎えた児童生徒たちを称えた。チベット山脈にあるチベット僧の学校の厳しさに触れ、勉強環境が整わない苦しみを乗り越えて学ぶ尊さに言及し、苦労が多かったであろう卒業生たちの今後の活躍を祈念する言葉を贈った。

和田総領事による祝辞では、保護者、理事・運営委員、教職員、関係者に対する謝辞を伝えたあと、「一生忘れない思い出をここミシガンのノバイ市で作ったことでしょう。多くの素晴らしい友人に巡り合えたことと思います。」と述べ、「日本の良いところと外国の良さを知る存在は貴重」と卒業生にエールを贈った。

IMG_9127マシューズ教育長からのスピーチ(英語)では、かつて日本の学校を視察訪問した折に目にした生徒の姿から「日本でもここミシガンでも、生徒は生徒。共通である」との認識を得たことを語った。卒業というステップに到達した児童生徒たちに向けてはなむけの言葉を届けると同時に、大人たちは子どもたちの道を整える存在であり、ノバイ市もその役を務めたいといった内容を寄せた。

りんご会の吉田理事長は児童生徒の苦労をねぎらい、「将来絶対に役立つ」「出会った友達を大切に」と強く訴えたほか、同窓会を組織したい旨を伝えた。最後に、先生方に向けて「日頃の献身的な取り組みのお蔭」と感謝を伝えた。

在校生の「送ることば(中高等部では送辞)」では、上級生との思い出や上級生を見習って励み続けたいといった抱負などが語られた。それに応じた卒業生による「お礼のことば(中高等部では答辞)」では、保護者や先生方へのお礼や後輩への激励のメッセージとともに、当地での苦労と喜び、友や先生との思い出などが紹介された。

IMG_9193小学部のお礼のことばの中、補習校に通うのが辛かったが、5年生で本当の友達を得て、補習校の真の良さは多くの友達と出会い、交流ができる場だということを見出したと話した。日本的な行事や活動は補習校に行かないとできないことに気づき、補習校はますます大切になったと加えた。中学部の答辞では、「学問のみならず、アメリカにいては本来体験できなかったであろう日本の学校行事を体験することができ、多くのことを学びました」と表現し、さらに「人は一人で生きてはいけない」ということを教えられたと語った。最高学年である高等部の答辞では、両立が難しくて補習校をやめようかと思ったことが何度もあったと吐露したうえで、頑張って突き進んでいくにつれて変化が起き、日本人というアイデンティティや愛国心が芽生え、補習校は日本への架け橋となり、どんどんかけがえのない場所になったと述べた。「ここで習ったことが将来の糧となり、僕の力、自信へと繋がっていくと確信しています。」との力強い言葉が会場に響いた。

児童生徒たちの並々ではなかった苦労や心痛を乗り越えて卒業にこぎつけた達成感や自覚が表れていた。

最後に、卒業生と在校生が全員で「旅立ちの日に」を合唱し、感動のうちに閉式となった。

IMG_9203小学生とその保護者が退席した後、補習校生活が最後になる高等部卒業生6名を送る会へに移り、各自がスピーチに立ち、忘れがたい思い出や補習校の存在意義、そして前途への抱負を語った。学年が上がるにつれて両立が難しくなる中で仲間との交流が支えになったばかりでなく、同校で得た学びや人との繋がりが今後の財産になるであろうことが窺われた。厳かで輝かしい旅立ちの日であった。

KDDI America 第2回 ITセミナー レポート

KDDI America 第2回 ITセミナー レポート

05_kddi_2016-12文&写真:KDDI America

11月16日、リボニア市内のHyatt Place Livoniaにて、KDDIデトロイト支店が主催する第2回ITセミナーが開催されました。今年4月に開催された第1回セミナーでも取り上げられた「コネクティッドカーの脅威やそれに対する車載セキュリティ」の続編の他、「喰うか喰われるか?!自動車業界に見るスタートアップと大手企業の激しい動き」と題した自動車業界におけるスタートアップの最新動向についても提供され、会場となったホテルの会議室には多くの参加者が集まりました。今回のセミナーでは質疑応答も積極的に交わされ、会場は盛り上がりました。

「コネクティッドカーの脅威や、それに対する車載セキュリティなど【続編】」

by KDDI研究所 窪田歩氏

4月のセミナーで好評だったKDDI研究所の車載システムセキュリティ技術の紹介について、前回のセミナーで話された内容の復習を交えながら、新たに最近のIoTセキュリティ事例や自動車ハッキング事例を紹介し、それぞれの事例について窪田氏が解説、分析しました。最後にKDDI総合研究所による最近の自動車セキュリティに関する取り組みとして、次の3つのポイントから説明されました。①クルマ向けSIM活用セキュリティ技術の取り組み、②コネクテッドカー時代の通信経由でのリプログラミング(リプロ)プロセス、③リプロ処理の堅牢化にどうSIMを活用できるかの提案。なお、KDDIによるSIMを活用したIoTセキュリティ技術の開発については、KDDIホームページの企業情報内に2016年10月20日付ニュースリリースとして紹介されています。(http://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2016/10/20/2106.html)

「喰うか喰われるか?!自動車業界に見るスタートアップと大手企業の激しい動き」

by KDDIアメリカ 傍島健友氏

自動車業界において、大手企業によるスタートアップの買収、出資、提携など、毎日のように刺激的なニュースが飛び込んできます。KDDIアメリカのサンフランシスコオフィスで出資・事業提携を担当する傍島氏が、スタートアップ業界の最新動向を紹介するとともに、IoTや次世代通信システムの到来でハードウェアとしての自動車がソフトと融合してどう変わっていくのかを会場の参加者とともに考察しました。後半では、傍島氏の「チョキスタ(ちょっと気になるスタートアップ)」として、音楽やラジオなど音にデータを乗せて飛ばす技術や、自動運転向けマッピングサービス、自動運転車を開発しているZooxや、人が乗れるドローンなど数社の技術が紹介されました。KDDIでは15年以上にわたって日本国内外で外部パートナーシップとの関わりを持ち、2011年からはスタートアップとの共創基盤を実施しています。

KDDIアメリカデトロイトオフィスは、中西部における数少ない日系ICT(Information & Communication Technology)技術サービスのプロバイダーで、米国、カナダ、メキシコでIT通信インフラ構築や、EDI、ERP、データセンターなど各種ITサービスを提供しています。今後もデトロイト地域を中心に、これまで培った通信・ITに関わる様々な情報を提供していく予定です。

2nd Annual Great Lakes JETAA Job Fair:第2回ジョブフェア 成功裏に実施

2nd Annual Great Lakes JETAA Job Fair:第2回ジョブフェア 成功裏に実施 4

IMG_9912 IMG_992110月14日(土)、当地のJETアルミニ:Great Lakes Japan Exchange and Teaching Program Alumni Associationが第2回目となるジョブフェア(就職説明会)を開催した。

例年当地から数十名のJET参加者が主に言語指導員として日本に派遣されており、任務終了後に知日家、親日家として様々な分野で活躍している人が多く、

両国間の貴重な橋渡し役となっている。

IMG_9984JETアルミニ(経験者の組織)は、単に日本の思い出を共有し交流するだけでなく、帰還後の就職を含めた情報を提供している。

今回のジョブフェアには以下の20社が就職受け入れ側として出席し、JET経験者のほか、Japan Center for Michigan Universitie:ミシガン州立大学連合日本センター(所在地;滋賀県)アルミニ、そして日本語学習者など60名ほどが就職情報や機会を得るために参加した。

参加企業 companies attended:

Actus Consulting, Advantage Resourcing, Aisin Technical Center of America, American Mitsuba, Empire English Club Inc., Koby Learning Group, Fifth Third Bank, Hirotec America, iii Career, INOAC, N.S. International, NHK International, Pasona, Plante Moran, Trillium Inc, Top-NY, Trillium Technical, UACJ Automotive, Whitehall Industries, Fujitsu Ten USA

IMG_9957On Saturday, October 14th, the Great Lakes Japan Exchange and Teaching Program Alumni Association hosted their 2nd Annual Job Fair. Twenty companies attended the fair. There were about 60 attendees including JET alumni, Japan Center for Michigan Universities alumni, Japanese majors or minors in university, and the Japanese community.

 

情報・写真提供:JETAA

KDDI America主催 ITセミナー レポート

KDDI America主催 ITセミナー レポート

05_KDDI_DSC_0019文&写真:KDDI America

4月14日に、Livonia市の Hyatt Place LivoniaでKDDIデトロイト支店主催の、通信とITのセミナーが開催されました。“自動車業界向けITセミナー”というタイトルで、「コネクティッドカーの脅威やそれに対する車載セキュリティ」や「どこでも繋がる技術M2M・IoT」といった、自動車業界に関連する通信やITに関する話題が提供されました。パートナー企業のカルソフトシステムズからは、専門とするERPに関する導入事例とトレンド、グローバルビジョンテクノロジーからは、最新のインターネットベースPDM(Product Data Management)・PDL(Product Lifecycle Management)管理システムに関するトピックが紹介されました。KDDIデトロイト支店としては始めてのセミナー開催の試みということでしたが、会場となったホテルの会議室には多くの参加者が集まりました。

「コネクティッドカーの脅威や、それに対する車載セキュリティ」by KDDI研究所 窪田歩氏

最近注目度が高まっているコネクテッドカーに関しては、KDDI研究所(最新の通信技術を研究・開発する機関)からセキュリティを専門とする窪田歩氏が日本からスカイプを通じ、次の3つのテーマに沿ってセキュリティ対策やKDDI研究所の技術について紹介しました。①何故KDDI研究所が自動車セキュリティに取り組んでいるのか ②クルマのハッキング事例分析 ③KDDI研究所の車載システムセキュリティ技術。③の車載システムセキュリティ技術では、制御系のセキュリティ対策に焦点を当て、要素技術面での研究試作の紹介のほか、セキュリティ対策技術の要である鍵管理方式の例示やMaster Secret漏洩時の対応について説明されました。

「製造業向け、最新ERPの機能と導入事例」by Calsoft Systems 広部誠氏

ソフトウェアの専門会社Calsoft System社の広部誠氏より「製造業企業様向け 最新ERP

(Enterprise Resorce Planning)の機能と導入事例のご紹介」と題して、Calsoft社が提供するMicrosoft社の基幹業務システム“Microsoft Dynamics AX”の紹介が行われました。ERPは一般的には「システムの標準機能に業務を合わせていく」という発想のシステムですが、Calsoft社は、製造業にERPをうまく適応させるには、生産管理標準機能、オープン性、操作性、情報可視性などを企業ごとにしっかり何が必要であるかを吟味し、カスタマイズも含めて提案することが鍵と考えています。講師を務めた広部氏は日本・米国で製造業へのERPシステム導入を10年以上経験があり、現在製造業で課題とされている、システム同士の連携(会計、生産、販売など)や情報のリアルタイム化(いつ入荷した材料が今どの生産工程にあるのか可視化できる、等)の必要性を説明されました。

「最新のオンラインPDM/PLMシステム」by Global Vision Technology Scott A. Pokriefka氏

同じく今回の協賛企業であるGlobal Vision Technology社は、CAD大手Dassault Systems社のScott A. Pokriefka氏を招き、Dassault社が提供するオンライン設計管理システム

“3D EXPERIENCE for the Enterprise / Collaborating with CATIA V5”を紹介しました。設計した製品をオンラインで管理することで、エンジニアやセールスが世界のどこにいても、どの端末からデータにアクセスしてもリアルタイムの情報がわかるようになります。客先から要求された仕様の変更に対しても、素早く対応できるため、よりスピーディーに他社との競争に臨めるようになることがメリットです。Pokriefka氏はデモ映像にカーシートのデザインを例に説明しました。唯一の英語でのプレゼンテーションではありましたが、ゆっくりとしたペースで平易な表現を使い、日本人参加者にも理解しやすかったようでした。

「IoT/M2Mの取り組みと将来展望」by KDDI America 山口明彦氏

人と人がインターネットでつながるようになって久しいですが、最近では物と物がつながる”IoT/M2M”というマーケットが著しく成長しています。KDDI日本でもIoT/M2M技術を駆使した商材が開発・販売され、電力業界、トラック、産業機器の分野でも応用されています。物との通信を行うことによって、遠隔から情報解析することが出来ます。例えば家庭用水道メーターであれば、いつどれだけの水が使われているかを家庭別にデータ化され、どうすれば無駄が省けるようになるかを解析することが出来るようになります。KDDIではミサワホームグループと共同開発した、GAINET(被災度判定系)というシステムがあり、家屋が地震によりどれだけのダメージを受けたのかを瞬時に把握し、建物と地盤の状態から避難すべき常態かを知らせることが出来るシステムです。様々な分野に応用されているM2M技術ですが、日本国内での需要は横ばいなのに対し、海外では10年間で4倍(2010年―2020年比較予測)に成長する市場と目されています。

「セキュリティと運用」by KDDI America 森政志氏

最後にKDDIのセキュリティを専門とする森政志氏から、「デトロイトに住んでいるといっても、皆さんは危険とされている地域を事前情報により避け、安全な郊外の町を選んで住んでいる。サイバーセキュリティへの意識は、実際に私たちの暮らしのセキュリティ意識と変らない、変るべきではない」というユニークな切り口で、企業レベルでのサーバーセキュリティへの意識改革を促しました。よくどのようにセキュリティを強化するのが適切かわからない、十分な運用体制をとっているかわからない、といった相談をよく受けるそうで、下記のようなセルフチェック項目を提案しています。

<簡単チェック> セキュリティ運用、きちんとできていますか?

・アカウント管理

→不要なアカウントの削除ができているか?(退職者アカウント、不要アカウント)

・パッチ管理

→セキュリティパッチ(OS, MS Office, Adobe, Java 等)は最新のものが

適用されているか?

・ウイルス対策

→ウイルス定義ファイルは最新のものが利用されているか?

・外部記憶媒体の管理

→USBメモリは本当に使えないか?

・未許可端末の制御

→社外からの持ち込みPCが社内NWに繋げないか、利用できないか?

即答できなければ・・・

運用はできていない可能性

証明できなければ・・・

対策に不備がある可能性 ※棚卸し記録、作業ログ、管理ツールの利用等


 

KDDIアメリカデトロイトオフィスは、中西部における数少ない日系ICT(Information & Communication Technology)技術サービスのプロバイダーで、米国、カナダ、メキシコでIT通信インフラ構築や、EDI、ERP、データセンターなど各種ITサービスを提供しています。今後もデトロイト地域を中心に、これまで培った通信・ITに関わる様々な情報を提供する機会を模索していく予定です。

インドア・サッカー大会

インドア・サッカー大会 1

P1040475 5月15日(日)、恒例イベントとなった「インドア・サッカー大会」が、全米屈指の規模を誇る室内スポーツ施設Total Soccer Complex(Wixom,MI)で開催された。同イベントはサッカースクール‘F C Robins97’とJBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会の共催で、学年性別を問わず広く参加者を募って行っている。‘F C Robins97’は土曜日のデトロイトりんご会補習授業校の放課後にボランティアコーチの下で行なわれているサッカースクールで、2008年に独自にインドア・サッカー大会を企画。

その後、2009年からJBSDとの共催となった。F C Robins97に所属していない子どもも含め、下は幼稚園から上は中学3年生まで幅広い年齢の参加者が集う、サッカーを通した交流の場になっている。

この大会は子供たちにサッカーを楽しんでもらうと同時に、試合を通して親子の交流を図ることをテーマにしており、親子対抗の試合も組まれている。さらに、かねてより互いに遠征し合って交流のあるオハイオのコロンバス日本語補習校サッカー同好会からも多数の参加者を迎え、州を越えての親交を深める場にもなっている。今年はオハイオからの73名のプレーヤーを迎え、合わせて約280という、昨年とほぼ同数の参加者が集まった。

会場周辺は雪がパラパラと降る5月中旬とは思えない天候であったが、植田JBSD事務局長の開会の挨拶のあと、多数のコートに散らばって熱気あふれる対戦が繰り広げられた。コーチ対抗戦を含めて約100試合が組まれ、順次ゲームが行なわれた。日頃のサッカースクールの指導監督を行っているコーチの中、今回は60名のコーチがJBSDとの交渉を含めた準備、運営に当たったとのこと。

今回から、オハイオ対ミシガンの「さくらカップ」と名付けて、各対戦の勝敗の点数トータルで勝者を決めた。第1回目となった今回、用意された大きなトロフィーはオハイオチームの手に渡った。例年、秋にはこちらからオハイオに遠征に行って交流しており、今秋、そこでも「さくらカップ」トロフィーを賭けた大会が行われるとのこと。

デトロイト・サッカースクール F C Robins97は1997年に補習校に通う児童生徒の親達が主体になって設立された。①サッカーを心から楽しむ ②体力づくりと技術の習得③チームワークの大切さを学ぶ、というビジョンの下、4月から10月まで活動している。基本的には、りんご会補習授業校に在籍の児童生徒が対象であるが、親がコーチになれば参加が可能。また、コーチは保護者と限らず、サッカー

経験の有無も問わず歓迎とのこと。

詳細は下記ホームページで。

http://www.geocities.jp/fc_robins_97/

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デトロイト補習授業校中高等部ミニ文化祭

デトロイト補習授業校中高等部ミニ文化祭 4

DSCN9852クラスの団結と生徒の個性が輝く多彩な発表

デトロイト補習授業校は、日本の学校に準ずる教育活動を実践するために、文部科学省の学習指導要領に基づく授業と学校行事を行っています。中高等部では、12月19日午後、借用校のノバイ高校オーディトリウムにて、「ミニ文化祭」を実施しました。中1から高3までの各クラスが、それぞれ、楽器の演奏や合唱、ダンス、演劇などを披露するのですが、土曜日のみの学校なので、練習時間の確保が難しいだけでなく、本番で使用する会場でのリハーサルもできず、ぶっつけ本番という状況です。それにもかかわらず、各クラスの発表は素晴らしいものでした。ダンスや合唱ではクラスの生徒全員の息がぴったりと合い、クラスの団結力を感じました。楽器の演奏では生徒の特技を発見することができましたし、演劇では台本や演出が工夫されていました。約2時間半にわたって発表がおこなわれた会場には、生徒たちの熱気と楽しそうな雰囲気がいっぱい溢れていました。海外で偶然に出会った仲間たちとの貴重な経験は、一生の思い出となることでしょう。

寄稿:中高等部教務主任 丹羽筆人

宮城県石巻とミシガン大学の繋がり

宮城県石巻とミシガン大学の繋がり 2

IMG_3810① 復興からスタートし進展し続けるISHINOMAKI 2.0

ISHINOMAKI 2.0は、東日本大震災を経験した石巻というまちを、震災前の状況に戻すのではなく、新しいまちへとバージョンアップさせるために2011年6月に設立された。行政や既成の組織によるものではない。石巻を大津波が襲った日より、全国から多くの志ある人々が集まり、ともに未来の石巻を語り合ってきた。その語らいの中から自然発生的に生まれたプロジェクトである。メンバーには地元の若い商店主やNPO職員をはじめ、建築家、まちづくり研究者、広告クリエイター、Webディレクター、学生など様々な職能を持つ専門家が集まっており、これまでに、ジャンルに縛られない多種多様なプロジェクトを実現させてきた。名称であるISHINOMAKI 2.0の‘2.0’には「web2.0」のような双方向という意味と、「ver. 2.0」のようなバージョンアップの意味が込められている。

IMG_3842ミシガン大学日本研究センター(CJS)は昨年10月、そして今年1月末に、ISHINOMAKI 2.0の関係者を講師に迎え、一般公開の無料講演会を催した。

昨年10月には、ISHINOMAKI 2.0の代表理事である松村豪太氏を日本から迎え、講演とディスカッションが2日にわたって行なわれた。同プロジェクトに設立時から中心人物の一人として拘わってきた松村氏は、石巻市の地理や(震災前の)産業の概要、震災による被害の要点を伝えた後、プロジェクトの成り立ちから展開、今後の方向など、具体例を多数織り込みつつ解説した。講演は日本語で行なわれ、英語の通訳がつき、多数の非日本人も聴講に訪れた。

以下、概要を紹介させていただく。

石巻市(震災前の人口16万人余り)は震源地に最も近い自治体で、海岸から4km以上離れた地域まで浸水するなど、

広範囲にわたって津波に襲われ、4千人近い人が犠牲になり、家屋の被害も多く、東日本大震災で最大の被害を受けた。

それ以前は、漁業で栄え、日照時間も長いことから農業の環境にも恵まれ、豊かであったが、反面、恵まれ過ぎて付加価値を付けることを積極的にしなかったことから、経済の衰退とともに商店街などはさびれていた。震災後、地元住人たちは秩序が保たれたなかリーダーのもと協力し合い、多くのボランティアも訪れ、予想以上に早く瓦礫は片付いたが、そこで、閉鎖的、保守的な構造など、震災以前にあった問題が顕在化されてきた。

そして、冒頭で記した地元の若い商店主やNPO職員など前向きな人々が、「元に戻すのでなく、閉鎖的だった市をクリエイティブで面白い街にしよう!」「今なら変えられる」とスタートしたのがISHINOMAKI 2.0である。

「街をひらく」には、①人をひらく、②空間をひらく、③外部とうまくつながる、という3つが大事であると考えた。人をひらくためには、タレント集め、コネクションづくりから始まり、フリーマガジンの発行も企画。空間をひらくために、ダメージを受けたガレージをリフォームして多面的に使える共有の場所を手作り=DIYで築いた。ここは「IRORI(イロリ)石巻」と名付けられ、メインオフィスとして利用し、交流の場となったほか、本に関するイベントやミュージックイベントなどの会場となった。外部とのつながりについては、助けられるのではなく、パートナーとして繋がることを目指し、「IRORI石巻」をつくる際にも協力を得た、ハーマンミラー社を始め、東京工業大学、Googleなど、国内外とのパイプを持った。

前後するが、ISHINOMAKI 2.0とミシガン大学日本研究センターの繋がりは、同センターの新人職員であるブラッドさん

が、ミシガン大学の院に在学中の2014年に訪日し、ISHINOMAKI 2.0にてインターンとして活動した縁による。

松村氏は、「震災直後にビルの壁をスクリーンにした映画上映会を行なったが、周りの建物が傾いている状況だったので、行政主催ではできなかったかも知れない」と語る。外壁での映画上映はオンゴーイングの金曜映画会として定着し、ブックフェアでスタートした古本販売は常設となった。他の多くの企画が‘イベント’から‘プロジェクト”へ変化した。

延べ28万人といわれるボランティアのなか、この地に残ることを希望した人もいたので、それに対応するために、荒廃した家や使われていなかった店舗などを学生とともにDIYで改修。それはシェアハウスなど新しいスタイルを産み、余剰スペースを持て余していた住人にやる気も与え、住人とニューカマーを繋げる役も果たした。改修や斡旋の仲介は「石巻2.0不動産」という「新しい目線で持続可能な石巻再生を目指していく」とのキーワードで動き出した不動産紹介部門が担っている。

「石巻2.0不動産」のほか、出版プロジェクト「2.0出版」、あたらしい石巻を「つくる」ための学びの場「いしのまき学校」など、様々なプロジェクトが継続的に進んでいる。中でも、ISHINOMAKI 2.0の一環で「地域のものづくりの場」として2011年に誕生した「石巻工房」は、素人の人々がハーマンミラー社の技術、プロの建築家やデザイナーの協力を得て、世界でひとつのDIY家具を創るメーカーに成長。ミラノなどのショーに出展し評価を得るほどになった。地元の人々の自立運営する小さな産業として地域を活性化している。オリジナル家具やバッグの生産販売と同時に、ワークショップも実施し、ものづくりの楽しさを広める活動もしている。

また、Googleの援助によりIT環境も充実。

ISHINOMAKI 2.0の理事でもある地元出身の若者がイトナブという団体を立ち上げ、石巻の次世代を担う若者を対象に、ウェブデザインやソフトウェア開発を学ぶための拠点を設けた。イトナブは地域産業×ITという観点から雇用促進、職業訓練ができる

環境づくりを目指し、県外企業の新しい受け口・開発拠点としても機能している。

講演の最後に松村氏は「ISHINOMAKI 2.0は震災のボランティア団体ではない」と強調した。工場誘致などでしかたなく移住して来るのではなく、住みたい人がやってくるように「世界で一番面白い街を作ろう」と、新しい石巻つくる活動を続けている。

聴講者からは、元々の住民や事業主からの反発の如何や、人々のモチベーションを下げずに長く続ける難しさについての質問が寄せられ、松村氏は住人とは良い関係を築いており、メンバー内ではオープンでフラットな関係を大切にし、IとYouではなく双方向性のある‘We’の関係をつくることが大事であろうと述べた。震災から5年が経ち、他人ごとになりつつあることが課題であるとも。

震災という緊急事態とは状況が異なるが「(ISHINOMAKI 2.0の事例は)デトロイトに活かせると思うか?」との質問に対しては、日本国内では被災地の復興に限らず、例えば、過疎、若者の雇用、また大量生産vs手作りについてなど、各地から講演や相談を持ち掛けられており、それは

‘参考になるから’であるであろうと答えた。

講演翌日に日本語で行われた、松村氏を講師に迎えたディスカッションでは、石巻で運営されている復興バーのスタイルを踏襲した期間限定イベントとしての『復興バー@銀座』が東京銀座にも進出した話や、プロジェクトを独立させていく方針なども告げ、「復興支援に始まり、幸いにも知的リソースが集まってくる。石巻はきっかけ、ステージしかない。世界にのれん分けしていきたい」と今後のビジョンを述べた。また、「まち興しの行動を後押ししていきたい。義務があると思っている」と語った。

滞在中に松村氏はミシガン大学日本研究センター職員などの案内でデトロイトを見て回ったが、「持って帰りたいことがいくつもあった」とのこと。互いにヒントを得て、復興以上の街づくりに活かされることを切に期待したい。

駿台ミシガン国際学院主催 夏祭り

駿台ミシガン国際学院主催 夏祭り 8

IMG_33888月19日、駿台ミシガン国際学院(ノバイ市)で夏祭りが開催された。子どもたちの「おみこしわっしょい!」の声が上がり、浴衣や甚平姿で日本のお祭りムードを楽しむ人々でにぎわった。

DSCF8936手作りの掲示やイラスト入りゲームが目をひいた、手作り感に溢れるイベントは、前身であるコービィ国際学院時代の2005年以来、毎年開催されてきており、幼稚園のサマープログラムや同学院の

日本語幼稚園児だけでなく、外部の人にも呼びかけて広く地域に開放してきた。

夏祭りのいちばんの狙いは、アメリカに住む子どもたちに、おみこしをかついだり、盆踊りを踊ったり、露店をひやかしたりといった、日本のお祭りならではの体験を味わってもらうことであると幼稚園園長を務める湯浅氏が語る。これは、伝統文化の継承を大きなテーマに据えた駿台さくら幼稚園のサマープログラムを締めくくるものでもあるとの話。サマープログラムで制作した習字や工作、図画などの作品があちらこちらに展示されていた。

IMG_3380教室と野外のスペースにはヨーヨー釣りや射的といった縁日遊びのコーナー、そして、かき氷や焼きそばなど屋台フードのブースが設置されていたが、奮闘していたのは中高校生や保護者ボランティアの人たち。くじの景品になったお面は、同学院の小・中高生がサマースクールの放課後に制作したとのこと。人気のキャラクターのお面が並び、真剣な表情で選ぶ子どもたちの姿が微笑ましかった。

IMG_3375開催時間中に、事前の申し込みによる催しとして、ものづくり体験の親子教室も催され、今年は“竹馬づくり”に20家族ほどが挑戦。材料となる本物の竹や針金、縄などは準備されており、鋸で切る手間いらず、それらを繋げるだけの容易な作業!・・と思いきや針金と縄による足場用の木片をしっかりと固定するのがなかなかハードで、多くの保護者たちが苦戦していた。それもものづくりの醍醐味といえよう。完成した後は、出来上がった竹馬に乗って嬉々としている子ども、恐る恐る歩を進める子どもを支えたり励ましたりする親、拍手する周囲の人などなど、湧き上がっていた。「日本を離れて竹馬づくりをするとは思ってもいませんでした。貴重な経験でした」「家で一緒に竹馬乗りを練習します」などの声が届いた。

IMG_3395おみこしかつぎでは、満面の笑顔の子どもたちの姿が見られた。続いて行われた盆踊りは、サマープログラムで練習してきたとあって意気揚々と踊る子どもが多く、大人たちが目を細めて眺める姿があった。ほのぼのとした空気に満ちたイベントであった。

IMG_3427湯浅園長は、「コミュニティーを盛り上げたいと思う人たちが集まってくださって、そのボランティアの方たちによる準備や当日のお手伝いによってイベントが回っています。感謝していますし、この部分を残して続いていけたら良いなと思います」と語った。

MSU Japan Club主催 東日本大震災メモリアルイベント

MSU Japan Club主催 東日本大震災メモリアルイベント 6

IMG_4580この3月で東日本大震災から5年が経過した。3月14日の夜、州都ランシングにあるミシガン州立大学(MSU)でMSUジャパンクラブ主催によるメモリアルイベント“3.11追悼イベント (3.11 Japan Earthquake and Tsunami Commemoration)”が催された。

イベントの前半はゲストスピーカーによる話、後半は野外にある“MSU Rock”での黙祷とキャンドル・ビジル(追悼)が行われた。

IMG_4582ゲストスピーカーとして、まず、日本からの留学生である蛭田祥子さん(22歳)が、地震の規模と、被害の概略として死者・行方不明者数ならびに避難者数を解説した後、蛭田さんが地震発生時に居た横浜の高校の教室での様子と、後に被災地へボランティア支援に行った経験を語った。2012年には岩手県大津市で、がれき撤去活動に参加。1年後でもまだまだ爪痕が残っていたことを写真映像も使って説明した。2014年には福島県南相馬市を訪問。原発事故の避難指示区域の図や、自身が撮影した立入禁止区域手前の写真を示し、事態の難しさを伝えた。「忘れずに、他の人に伝えることが大事だと思う」と語った。

IMG_4592二つ目のプレゼンテーションは、大震災当時には同大学に籍を置き、現在は日本に戻っている東北出身の男性によるビデオメッセージ。惨劇に巻き込まれて自分の叔父、友人14人が亡くなったが、何もできなかった悔しさを抱えて2カ月後に帰国した彼が、被災地の様子を目の当たりにしたり、ボランティアをしたりしたなかでの思いをQ&A形式で綴る内容となっていた。「5年経っても復興が進んでいるとは思えない」との憤りを訴え、“忘れないこと”“教訓にして次世代に伝えていくこと”が何よりの対応であろうと締めくくっていた。

最終スピーチの前に、数日前に実行したロックペインティングの様子をビデオで紹介した。MSU Rockは学生のイベント案内や願いなどを自由にペンキで塗って良いメッセージボートのような大岩で、今回は日の丸の背景に「Pray for Japan – 3.11.2011 東日本大震災」と描かれ、 人々への記憶喚起と祈りの礎の役を果たした。

IMG_4596ラストスピーカーは同大学の准教授であり、日本を主とする東アジアの歴史研究者Dr.Eathanが務めた。奥様が岩手県盛岡の出身とのことで、2011年の夏を皮切りに、3回にわたって被災地を訪れ、その状況を視察してきた。震災4カ月後には、一帯がほぼ全滅した陸前高田に。避難場所となった校舎の写真が被害と当時の混乱を伝える。その後訪れた気仙沼の陸地に津波で打ち上げられた巨大タンカーや瓦礫の山、そして、石巻のシーフード工場の惨状の映像もあった。

再興には長い時間がかかること、放射能被爆した土の処理について見通しが立っていないこと、今なお仮設住宅に住んでいる人々が少なくないことなど、課題を列挙した一方で、工場施設を学校に変えたおかげで人やイベントが戻った話など前向きな状況も発信した。

IMG_4607Dr.Eathanは今期より同大学で、地震に関する講義を開設したとのこと。東北の写真や情報を教材にしており、受講生は高い関心をもっているそうだ。

現状を実際に見るインパクトには及ばずとも、それを実行した人の声を直に聴くと胸に強く響くものである。この日のイベントにはジャパンクラブのメンバーをはじめ、非日本人の姿も多く見られ、誰もが神妙に話に聴き入っていた。忘れがたい話となったことであろう。

このイベントのために日本のアルファー食品株式会社が無料で提供してくれた『安心米』非常食サンプル数種を試食した後、歩いて数分離れたMSU Rockに移動。凛と冷え込んだ空の下、身じろぎもせず黙祷する学生たちの姿があった。惨劇によって失われた命、そして生きている自分の存在意義や生き方に思いを馳せていたのであろうか。

IMG_4617学生たちが自らの考えで知識や経験を分かち合う企画を実施したことに感銘を受けると同時に、若者たちの真摯な姿を見て、日本のみならず世界の前途に希望を感じることができたイベントであった。

ジャパンクラブ会長の江川栞さんは、「このイベントで日本国内から離れ遠くにいる私たちが一緒になって改めて震災への思いを一つにできたと思うし、海外にいても日本人として母国への思いは大きいものだと実感した。この様な小さな事しかできないけれど、何かしないと震災の事は忘れられていく。私たちの思いがイベントやこういった記事を通して少しでも遠くに届き、いずれ震災に直接的に関わった方々などに伝わることを願っている。」とイベント後の感想と願いを語った。

✧以下、MSUジャパンクラブの組織内容について会長の江川さんから紹介して頂いた。

IMG_4620MSU Japan Clubはミシガン州立大学所属中の学生が運営する組織です。現在クラブは24人の部員で成り立っていて、メンバーは日本から来ている生徒、留学経験ありの帰国子女生、ミシガン育ちの日本人学生、現地生、その他の国籍の生徒など幅広いバックグラウンドを持つ人ばかりです。ジャパンクラブのミッションは主に3つあり、日本からまたは日本人生徒のMSU滞在中の学生生活のサポート、日本文化を広めること、そして日本語を大学で学んでいる生徒のサポートです。日本人が少ないキャンパス内で、より日本文化を広めるために毎月色々なイベントを開催しています。過去にはカレーパーティ、餅つき大会、アイランドバザール、カルチャーショック、ドッジボールトーナメントなどを開催しました。詳しい内容はぜひジャパンクラブのウェブサイトまたはFacebookページでご覧ください。

ウェブサイト:https://www.msu.edu/~japan/

Facebookページ:https://www.facebook.com/groups/284923838375774/

Sanpei Live Report: Winter Music Fest 2012三平ライブレポート:Winter Music Fest 2012

<!--:en-->Sanpei Live Report: Winter Music Fest 2012<!--:--><!--:ja-->三平ライブレポート:Winter Music Fest 2012<!--:--> 8

 去る2月5日、Cantonにある日本食レストラン「居酒屋三平」にてミシガン在住バンド有志8組によるライブが行われました。題して「Winter Music Fest 2012」。このライブは昨年暮れのJBSD音楽祭に出演して知り合ったバンド達があつまり企画したのですが、企画もすべて自分たちで行い、また、とりまとめを行ってくれた方のリーダーシップのおかげで無事に開催にこぎつけることができましたが、PA等の機材もすべて自前、PAのオペレーターもバンドメンバーが交代で行った手作り感バリバリ。さて、どんなライブだったかちょこっとレポートしましょう。B4の田口さんと若蟻の前田さんお2人の絶妙な?口上によりライブはスタート。トップバッターは「押尾コージーロー – 大野次郎(Gt)」によるギターソロ演奏。JBSDではじめて聞いたときはその素晴らしいサウンドに驚きましたが、今回もまた名演奏を聞かせてくれました。実はこのライブ、大野さんが2月で帰任されるので送別会の意味もあったのでした。うん、さすがミュージシャンの発想だ。

 2番手は「Egocentric – 有本茂樹(Bs)、岸吉一(Dr)、井田義昭(Gt)、宮田和久(Gt), 加藤有彦(Guest Vo)」。大野さんの後任者の宮田さんと井田さんの超絶ギターバトルは・・・すごかったです。。K’sの加藤さんの参加による「あの名曲」も演奏され聴衆もノリノリ。

 3番手は「若蟻 - 前田和香子(Key/Vo)、有本茂樹(Bs/Vo)、加藤有彦(Gt/Vo)」少し前のバンドとは違いJ-POPを中心に演奏。懐かしい日本の名曲もありでほのぼの系の演奏といった感じかな。

 4番手は「KCB-ケンイチ(G/Vo),シンゴ(Bs),あり(Dr/Cho),マキ(Key/Cho)」ここのバンドはなんと言っても演奏の迫力がすごい。バランスもよく小気味よいリズムが心地良かったですね。

 5番手は「並木バンド - 並木真理子(Vo)、岩田俊治(Gt)、成田雄介(Gt、Bs)、千種俊輔(Guest S.Sax)」  美しいギターの伴奏に乗せたつややかなボーカルが印象的なJ-POPバンドでしたが、なんと、結成して僅かな時間しか立っていないのにチームワークばっちりの聞かせる演奏にびっくり。私(千種)もちょっと参加させていただきました。

  6番手は「Force Majeure - 三尾 ”Marv”雅彦(Vo),井田”ヨシ様”義昭(Gt), 田中 光俊(Bs),堤 絵里 (Key), 冨澤”Duke”氷露秋 (Ds)」えー、このバンドはビジュアル(仮装(失礼!))から演奏まで一貫?していて、激しい演奏は三平が壊れるかと思いました(笑)。ギターの井田さんの楽しいそうな演奏が印象的でしたねー。

 7番手は「K’s – 加藤有彦(Gt/Vo), 新屋敷健一(Bs),岸吉一(Ds),前田和香子(Guest Key),ボーカルの力強い歌声とメリハリのある演奏。そして観客をひきつけるMC・・聞いていて安心感バッチリ。

 そして最後は「B4 – マイケル田口(Gt/Vo)、ぽうる岡(Gt/Vo),サリー水野(Bs/Vo),チャーリー楜澤(Ds/Cho)、ドクター千種(吹き物一般/Vo)」、メンバー平均年齢が50歳を超えましたが、まだまだ若いものにはまけましぇんという演奏は聞く者を安心させていた・・・という話があったり、なかったり・・(笑、

と、ライブは無事に幕を閉じました。この興奮を紙面ではとても伝えられないのが残念・・・なので、これを読んでいるあなた!こういうイベントはぜひ続けて行きたいと思っていますので、次回は足を運んでくださいませ。後悔させませんよっ!。最後に会場の使用を快諾してくださった居酒屋三平の藤原さんと従業員の方へお礼を言いたいと思います。

おしまい  (文章:B4 千種)

 

 去る2月5日、Cantonにある日本食レストラン「居酒屋三平」にてミシガン在住バンド有志8組によるライブが行われました。題して「Winter Music Fest 2012」。このライブは昨年暮れのJBSD音楽祭に出演して知り合ったバンド達があつまり企画したのですが、企画もすべて自分たちで行い、また、とりまとめを行ってくれた方のリーダーシップのおかげで無事に開催にこぎつけることができましたが、PA等の機材もすべて自前、PAのオペレーターもバンドメンバーが交代で行った手作り感バリバリ。さて、どんなライブだったかちょこっとレポートしましょう。B4の田口さんと若蟻の前田さんお2人の絶妙な?口上によりライブはスタート。トップバッターは「押尾コージーロー – 大野次郎(Gt)」によるギターソロ演奏。JBSDではじめて聞いたときはその素晴らしいサウンドに驚きましたが、今回もまた名演奏を聞かせてくれました。実はこのライブ、大野さんが2月で帰任されるので送別会の意味もあったのでした。うん、さすがミュージシャンの発想だ。

 2番手は「Egocentric – 有本茂樹(Bs)、岸吉一(Dr)、井田義昭(Gt)、宮田和久(Gt), 加藤有彦(Guest Vo)」。大野さんの後任者の宮田さんと井田さんの超絶ギターバトルは・・・すごかったです。。K’sの加藤さんの参加による「あの名曲」も演奏され聴衆もノリノリ。

 3番手は「若蟻 - 前田和香子(Key/Vo)、有本茂樹(Bs/Vo)、加藤有彦(Gt/Vo)」少し前のバンドとは違いJ-POPを中心に演奏。懐かしい日本の名曲もありでほのぼの系の演奏といった感じかな。

 4番手は「KCB-ケンイチ(G/Vo),シンゴ(Bs),あり(Dr/Cho),マキ(Key/Cho)」ここのバンドはなんと言っても演奏の迫力がすごい。バランスもよく小気味よいリズムが心地良かったですね。

 5番手は「並木バンド - 並木真理子(Vo)、岩田俊治(Gt)、成田雄介(Gt、Bs)、千種俊輔(Guest S.Sax)」  美しいギターの伴奏に乗せたつややかなボーカルが印象的なJ-POPバンドでしたが、なんと、結成して僅かな時間しか立っていないのにチームワークばっちりの聞かせる演奏にびっくり。私(千種)もちょっと参加させていただきました。

  6番手は「Force Majeure - 三尾 ”Marv”雅彦(Vo),井田”ヨシ様”義昭(Gt), 田中 光俊(Bs),堤 絵里 (Key), 冨澤”Duke”氷露秋 (Ds)」えー、このバンドはビジュアル(仮装(失礼!))から演奏まで一貫?していて、激しい演奏は三平が壊れるかと思いました(笑)。ギターの井田さんの楽しいそうな演奏が印象的でしたねー。

 7番手は「K’s – 加藤有彦(Gt/Vo), 新屋敷健一(Bs),岸吉一(Ds),前田和香子(Guest Key),ボーカルの力強い歌声とメリハリのある演奏。そして観客をひきつけるMC・・聞いていて安心感バッチリ。

 そして最後は「B4 – マイケル田口(Gt/Vo)、ぽうる岡(Gt/Vo),サリー水野(Bs/Vo),チャーリー楜澤(Ds/Cho)、ドクター千種(吹き物一般/Vo)」、メンバー平均年齢が50歳を超えましたが、まだまだ若いものにはまけましぇんという演奏は聞く者を安心させていた・・・という話があったり、なかったり・・(笑、

と、ライブは無事に幕を閉じました。この興奮を紙面ではとても伝えられないのが残念・・・なので、これを読んでいるあなた!こういうイベントはぜひ続けて行きたいと思っていますので、次回は足を運んでくださいませ。後悔させませんよっ!。最後に会場の使用を快諾してくださった居酒屋三平の藤原さんと従業員の方へお礼を言いたいと思います。

おしまい  (文章:B4 千種)

アメリカ教育事情Ⅲアメリカ教育事情Ⅲ

<!--:en-->アメリカ教育事情Ⅲ<!--:--><!--:ja-->アメリカ教育事情Ⅲ<!--:--> 2

by Veronica Ichikawa, PhD

  今まで2回に亘り、米国の教育事情を御紹介してきました。今月は、その中でも日本人に縁の深い、ユニークな学校、クロンララ・スクール(Clonlara School)についてのレポートをお送りします。

1.クロンララ校の教育理念

  クロンララ校は1969年、フリー・スクールやオータナティヴ教育等の理念を基本にミシガン州アナーバーで創立されました。当初は民家の一角を借りた保育園に過ぎなかったのですが、現在はキャンパス・プログラム(通学生用プログラム)とホームスクーリング・プログラムに、1000人を超える生徒が登録をしています。ホームスクーリング(Home‐ Based Education, HBED)の生徒はヨーロッパ、アジア等、文字通り世界中に分布しており、スペイン、ドイツ、ハンガリーには、いわば分校ともいえる事務局があって、各々の言語で学習が出来るよう、各国の教員が配置されています。

  ホームスクール、キャンパス校、共に、生徒達が各々の興味や情熱のおもむくまま、自由に教材や学習方法(on‐line、個人教授、近隣のコミュニティー・カレッジ等で単位を取る等々)を選択することが奨励されています。ミシガン州認定の私立校ゆえ、卒業の為に取得すべき学科や単位数は定められていますが、その枠内での自由が無限に用意されているという学校です。

2.生徒の多様性

  幼稚園(Kindergarten)から12年生まで、現在70人近くがキャンパスに通学しています。校長の御子息もクロンララの卒業生で、彼の唯一の興味は「ガラス工芸」。(筆者は浅学の身なので)日本語で何と呼称するのか分かりませんが、ストロー状の筒から息を吹き込んで花瓶やら置物などを製作するその過程に心を奪われて、他の教科は全く興味なし・・・という状況であったので、クロンララに転校させたのだそうです。彼のカリキュラムといえば、①英語…ガラス工芸関係の文献を読んでまとめる、詩を書く ②社会…ガラス工芸の歴史や発祥地の地理を学ぶ ③サイエンス…ガラスや金属の熱の伝導について学ぶ ④自由選択科目…ひたすら製作に励む 等という具合で、少なくとも半日はガラス工芸に没頭する高校生活を送りました。

  気になるのは卒業後の動向ですが、美術系の大学にアプリケーションを提出した際は、その意欲と知識を買われ、すんなり入学を許可されたばかりか、飛び級を許可されて、二年生として入学したのだそうです。

学問系では中学生でありながら、大学の教科書を使って日がな一日、数学の問題を解いている生徒がいたり、自分の知っているヴォキャブラリーを集めてスペイン語の辞書を編纂する生徒が居たり・・等々、その多様性には驚かされます。

  ホームスクール生に至っては、多様性は更に広がっており、いわゆるプロフェッショナル・チルドレンとして、俳優やモデル、スケート、バイオリン、バレエなどをなりわいとする生徒たちが多く在籍しています。その対極には、ADHD(注意欠如・多動性障害)、LD(学習障害)、高機能自閉症、不登校、ウツ等で従来の学校制度にうまく適応出来ないため、クロンララを選択した生徒のグループがあります。新学期が始まり、一、二カ月すると様々な問題が顕在化してくるので、毎年11月から1月ごろはクロンララへの転校生が急増するのだそうです。

3. 日本人にとってのクロンララ

  以上に述べたような多様性、自由度ゆえに、筆者はこれまで何人か、不適応に苦しむ日本人の生徒をクロンララに御紹介してきました。御両親や一般の方々からの御質問も多いので、主なケースを整理してみました。

①ケース1:10年生女子(A子)

  中学3年生(9年生)で渡米。頑張り屋で、語学のハンディキャップにもめげず、現地校でも好成績を維持。教師からは“Excellent student”の評価を得ている。このまま現地の高校を卒業し、帰国子女枠で日本のトップ国立大を受験する予定でいたが、急に帰国が決まり計画が頓挫してしまった。アメリカに一人残って高校を卒業したいと思っているが叶わず、家で泣き暮らしている。勉強にも身が入らなくなって、親との葛藤が絶えない状況である。

➡ クロンララのホーム・スクーリング・プログラムに登録して帰国。日本の高校に在籍しながら、米国の高校卒業資格を得ることが出来た。ホーム・スクーリングの学習内容は本人に任されているので、日本の高校での単位(数学、国語、英語、etc.)をそのままクロンララに移行。二重に勉強する負担はなかった。アメリカから教科書を取り寄せて、大好きな世界史だけは英語で読み、自由研究として立派なレポートを提出した。外国高校卒業者の資格を使っていくつかの日本の大学を受験。試しにアメリカの大学にも応募してみたところ、アイビー・リーグに合格。東大よりも、米国の一流大学で学びたいという気持ちが芽生えてきたので、現在は留学生として渡米。御両親もとても喜んでいられるとのこと。

②ケース2.11年生男子(B君)

  中学2年生(8年生)で渡米。日本にいた頃から学習意欲に欠け、成績は常に低空飛行を続けていた。既に3年以上アメリカに滞在しているがESLを終了できず、日常会話もおぼつかない。学校ではお客さん状態で、欠席が多い。あと一年で帰国予定だが、高校の成績は体育も含めて大半がDであり、両親はパニック状態。本人はすっかり諦めムードに陥っていて本腰が上がらない。ウツ気味ではあるが、ウツ病と診断がつく程の症状は呈していない。

➡ クロンララのキャンパス・プログラムを御紹介したが、御両親が難色を示した。アナーバーへの送り迎えが難しい、私立校の授業料を払うゆとりが無い、地元の公立高校を卒業すべきである、等々の意向が呈示されたので、在籍している現地校とクロンララのホームスクーリングとの二重登録(Dural enrollment)となった。現地校で落とした科目(数学、英語、化学、歴史、体育etc.)をクロンララで取り、現地校に再び移行して単位を認めてもらうという作戦である。現地校側と交渉成立。夏休みも、ひたすら単位取得に励んでもらった。クロンララでは各教科に費やす時間数を全て換算してくれるので、家庭教師や補習校での時間が有効に生かされた。化学や歴史は学習漫画を読んで要旨をまとめてパス。数学は家庭教師に全任したが、数学史の漫画も読んでもらい、時間数をかせいだ。(ちなみにこれらの教材は大半が日本語である。筆者が指導者として登録し採点を行なったが、本人の意欲の上昇とがんばりぶりにエールを送る意味で評価は勿論Aである)。単位数があまりに不足していたため、6月の卒業には残念ながら間に合わなかったが、12月には無事卒業を果たした。関西にある私立大学に入学を果たし(帰国子女枠)クラブ活動に熱中、面白おかしくやっていたが、将来は「教師になりたい」と思い始め、再び学習意欲に燃えている由。

追記:1)クロンララに対する筆者の懸念は、いわゆる情緒障害(EI, Emotionally Impaired)の生徒をほぼ無条件に受け入れる一方で、特殊教育(special education)専門の教師が常駐していないことにあった。公立校であれば、スピーチ専門、療育専門のチームが教育にあたるので、筆者がこれまでクロンララに御紹介してきたのは、Special Educationに相当する生徒ではなく、主に適応障害と思われる子供達である。しかし、この点に配慮して、現在は、公立校のspecial educationのチームとタイアップしている由。

2)クロンララは現在、外国人向けにESLの特別プログラムを準備している。このプログラムは地元の英語学校から教師を招へいし、一年間インテンシヴに、一対一で一般教科(数学、社会、サイエンスetc.)を習得させる目的で作られた。これらの単位はそのままクロンララの卒業単位として認められるが、他校に転校した場合でも「ESL」ではなく一般教科として認定される点が魅力といえる。外国人留学生も広く募集しており、地元アナーバーの家庭にホームステイして一年間、英語及び一般教科の勉強をすることが出来る。 (ウェブ:www.clonlara.org)

まとめ

読者には、ケース①よりも②のサクセス・ストーリーに注目して頂きたいと思います。B君はお父様が非常に真面目なエリートでいらしたので、「(クロンララの)こんないい加減な教育で世の中は通らない」「楽してAを取るなんぞ、けしからん」と

一時は大変な御立腹であったと聞いています。しかしB君は知能には何ら問題がなく、むしろ高知能の領域に属しているのですが、言語性の学習障害(verbally processing learning disability)を持っていたため、教師の話を聞いてノートを取り、暗記し、筆記試験でout putを出すという作業が著しく困難でした。こればB君の怠け癖が「原因」ではなく、やる気のなさは、「努力しても出来ない」という厳然たる事実に対する「結果」だったと思います。心理学ではこれを“learned helplessness (獲得された無力感) ”と呼んでいます。

  このまま従来の学校教育の枠内にいればB君はおそらく高校中退、引きこもりの道を辿っていたことだろうと思います。人生の最初でつまづいて足踏みをするよりは、自分にとって負担の少ない手段を選んで、とにもかくにも次の目的地に前進すべきではないか――というのが筆者の意見です。次の中継地点にたどりついたとき、自分の知識や技術の不足に気づけば、そこで補充すればよいだけのことです。意欲さえ失っていなければ、そしてそこで、たぎるほどの情熱と健康さえあれば、敗者復活戦が可能です。筆者はB君が最終ゴールとして教師の道を選んだことに、号泣したいほどの感動を覚えました。やさしいやさしいB君。将来は、苦しんでいる子供達を救い、彼等の人生を変える救世主になるであろうことを信じています。B君、この記事を書くことを許可してくれてありがとう。あなたの幸せを常に祈り応援しています。

<イチカワ ヴェロニカ先生略歴>

お茶の水女子大学卒業後、ミシガン大学で博士号(心理学)を取得。その後、パシフィック・クリニック(L.A.)にてインターンを修了し、UCLAメディカル・センターにて臨床心理学及び行動医学のフェローシップ、及びミシガン大学付属メディカル・センターにて小児神経心理学フェローシップを修了。その後、ポンティアック州立ミシガン大学病院で診察にあたる。現在は各地の介護施設や病院などで精神鑑定及び心理療法の仕事を行っている。同時に、ノバイとアナーバーで専門医として個人開業もしている。

お願い:心理テスト、飲酒運転者の為の法廷指定カウンセリング、心理療法、教育相談など、従来通り行なっておりますが、留守電が聞き取れないことがあります。返答が無い場合は、もう一度おかけになるか、Eメールで御連絡下さい。

Tel:734-484-6911又は734-657-8220

vichikawadillon@comcast.net

by Veronica Ichikawa, PhD

  今まで2回に亘り、米国の教育事情を御紹介してきました。今月は、その中でも日本人に縁の深い、ユニークな学校、クロンララ・スクール(Clonlara School)についてのレポートをお送りします。

1.クロンララ校の教育理念

  クロンララ校は1969年、フリー・スクールやオータナティヴ教育等の理念を基本にミシガン州アナーバーで創立されました。当初は民家の一角を借りた保育園に過ぎなかったのですが、現在はキャンパス・プログラム(通学生用プログラム)とホームスクーリング・プログラムに、1000人を超える生徒が登録をしています。ホームスクーリング(Home‐ Based Education, HBED)の生徒はヨーロッパ、アジア等、文字通り世界中に分布しており、スペイン、ドイツ、ハンガリーには、いわば分校ともいえる事務局があって、各々の言語で学習が出来るよう、各国の教員が配置されています。

  ホームスクール、キャンパス校、共に、生徒達が各々の興味や情熱のおもむくまま、自由に教材や学習方法(on‐line、個人教授、近隣のコミュニティー・カレッジ等で単位を取る等々)を選択することが奨励されています。ミシガン州認定の私立校ゆえ、卒業の為に取得すべき学科や単位数は定められていますが、その枠内での自由が無限に用意されているという学校です。

2.生徒の多様性

  幼稚園(Kindergarten)から12年生まで、現在70人近くがキャンパスに通学しています。校長の御子息もクロンララの卒業生で、彼の唯一の興味は「ガラス工芸」。(筆者は浅学の身なので)日本語で何と呼称するのか分かりませんが、ストロー状の筒から息を吹き込んで花瓶やら置物などを製作するその過程に心を奪われて、他の教科は全く興味なし・・・という状況であったので、クロンララに転校させたのだそうです。彼のカリキュラムといえば、①英語…ガラス工芸関係の文献を読んでまとめる、詩を書く ②社会…ガラス工芸の歴史や発祥地の地理を学ぶ ③サイエンス…ガラスや金属の熱の伝導について学ぶ ④自由選択科目…ひたすら製作に励む 等という具合で、少なくとも半日はガラス工芸に没頭する高校生活を送りました。

  気になるのは卒業後の動向ですが、美術系の大学にアプリケーションを提出した際は、その意欲と知識を買われ、すんなり入学を許可されたばかりか、飛び級を許可されて、二年生として入学したのだそうです。

学問系では中学生でありながら、大学の教科書を使って日がな一日、数学の問題を解いている生徒がいたり、自分の知っているヴォキャブラリーを集めてスペイン語の辞書を編纂する生徒が居たり・・等々、その多様性には驚かされます。

  ホームスクール生に至っては、多様性は更に広がっており、いわゆるプロフェッショナル・チルドレンとして、俳優やモデル、スケート、バイオリン、バレエなどをなりわいとする生徒たちが多く在籍しています。その対極には、ADHD(注意欠如・多動性障害)、LD(学習障害)、高機能自閉症、不登校、ウツ等で従来の学校制度にうまく適応出来ないため、クロンララを選択した生徒のグループがあります。新学期が始まり、一、二カ月すると様々な問題が顕在化してくるので、毎年11月から1月ごろはクロンララへの転校生が急増するのだそうです。

3. 日本人にとってのクロンララ

  以上に述べたような多様性、自由度ゆえに、筆者はこれまで何人か、不適応に苦しむ日本人の生徒をクロンララに御紹介してきました。御両親や一般の方々からの御質問も多いので、主なケースを整理してみました。

①ケース1:10年生女子(A子)

  中学3年生(9年生)で渡米。頑張り屋で、語学のハンディキャップにもめげず、現地校でも好成績を維持。教師からは“Excellent student”の評価を得ている。このまま現地の高校を卒業し、帰国子女枠で日本のトップ国立大を受験する予定でいたが、急に帰国が決まり計画が頓挫してしまった。アメリカに一人残って高校を卒業したいと思っているが叶わず、家で泣き暮らしている。勉強にも身が入らなくなって、親との葛藤が絶えない状況である。

➡ クロンララのホーム・スクーリング・プログラムに登録して帰国。日本の高校に在籍しながら、米国の高校卒業資格を得ることが出来た。ホーム・スクーリングの学習内容は本人に任されているので、日本の高校での単位(数学、国語、英語、etc.)をそのままクロンララに移行。二重に勉強する負担はなかった。アメリカから教科書を取り寄せて、大好きな世界史だけは英語で読み、自由研究として立派なレポートを提出した。外国高校卒業者の資格を使っていくつかの日本の大学を受験。試しにアメリカの大学にも応募してみたところ、アイビー・リーグに合格。東大よりも、米国の一流大学で学びたいという気持ちが芽生えてきたので、現在は留学生として渡米。御両親もとても喜んでいられるとのこと。

②ケース2.11年生男子(B君)

  中学2年生(8年生)で渡米。日本にいた頃から学習意欲に欠け、成績は常に低空飛行を続けていた。既に3年以上アメリカに滞在しているがESLを終了できず、日常会話もおぼつかない。学校ではお客さん状態で、欠席が多い。あと一年で帰国予定だが、高校の成績は体育も含めて大半がDであり、両親はパニック状態。本人はすっかり諦めムードに陥っていて本腰が上がらない。ウツ気味ではあるが、ウツ病と診断がつく程の症状は呈していない。

➡ クロンララのキャンパス・プログラムを御紹介したが、御両親が難色を示した。アナーバーへの送り迎えが難しい、私立校の授業料を払うゆとりが無い、地元の公立高校を卒業すべきである、等々の意向が呈示されたので、在籍している現地校とクロンララのホームスクーリングとの二重登録(Dural enrollment)となった。現地校で落とした科目(数学、英語、化学、歴史、体育etc.)をクロンララで取り、現地校に再び移行して単位を認めてもらうという作戦である。現地校側と交渉成立。夏休みも、ひたすら単位取得に励んでもらった。クロンララでは各教科に費やす時間数を全て換算してくれるので、家庭教師や補習校での時間が有効に生かされた。化学や歴史は学習漫画を読んで要旨をまとめてパス。数学は家庭教師に全任したが、数学史の漫画も読んでもらい、時間数をかせいだ。(ちなみにこれらの教材は大半が日本語である。筆者が指導者として登録し採点を行なったが、本人の意欲の上昇とがんばりぶりにエールを送る意味で評価は勿論Aである)。単位数があまりに不足していたため、6月の卒業には残念ながら間に合わなかったが、12月には無事卒業を果たした。関西にある私立大学に入学を果たし(帰国子女枠)クラブ活動に熱中、面白おかしくやっていたが、将来は「教師になりたい」と思い始め、再び学習意欲に燃えている由。

追記:1)クロンララに対する筆者の懸念は、いわゆる情緒障害(EI, Emotionally Impaired)の生徒をほぼ無条件に受け入れる一方で、特殊教育(special education)専門の教師が常駐していないことにあった。公立校であれば、スピーチ専門、療育専門のチームが教育にあたるので、筆者がこれまでクロンララに御紹介してきたのは、Special Educationに相当する生徒ではなく、主に適応障害と思われる子供達である。しかし、この点に配慮して、現在は、公立校のspecial educationのチームとタイアップしている由。

2)クロンララは現在、外国人向けにESLの特別プログラムを準備している。このプログラムは地元の英語学校から教師を招へいし、一年間インテンシヴに、一対一で一般教科(数学、社会、サイエンスetc.)を習得させる目的で作られた。これらの単位はそのままクロンララの卒業単位として認められるが、他校に転校した場合でも「ESL」ではなく一般教科として認定される点が魅力といえる。外国人留学生も広く募集しており、地元アナーバーの家庭にホームステイして一年間、英語及び一般教科の勉強をすることが出来る。 (ウェブ:www.clonlara.org)

まとめ

読者には、ケース①よりも②のサクセス・ストーリーに注目して頂きたいと思います。B君はお父様が非常に真面目なエリートでいらしたので、「(クロンララの)こんないい加減な教育で世の中は通らない」「楽してAを取るなんぞ、けしからん」と

一時は大変な御立腹であったと聞いています。しかしB君は知能には何ら問題がなく、むしろ高知能の領域に属しているのですが、言語性の学習障害(verbally processing learning disability)を持っていたため、教師の話を聞いてノートを取り、暗記し、筆記試験でout putを出すという作業が著しく困難でした。こればB君の怠け癖が「原因」ではなく、やる気のなさは、「努力しても出来ない」という厳然たる事実に対する「結果」だったと思います。心理学ではこれを“learned helplessness (獲得された無力感) ”と呼んでいます。

  このまま従来の学校教育の枠内にいればB君はおそらく高校中退、引きこもりの道を辿っていたことだろうと思います。人生の最初でつまづいて足踏みをするよりは、自分にとって負担の少ない手段を選んで、とにもかくにも次の目的地に前進すべきではないか――というのが筆者の意見です。次の中継地点にたどりついたとき、自分の知識や技術の不足に気づけば、そこで補充すればよいだけのことです。意欲さえ失っていなければ、そしてそこで、たぎるほどの情熱と健康さえあれば、敗者復活戦が可能です。筆者はB君が最終ゴールとして教師の道を選んだことに、号泣したいほどの感動を覚えました。やさしいやさしいB君。将来は、苦しんでいる子供達を救い、彼等の人生を変える救世主になるであろうことを信じています。B君、この記事を書くことを許可してくれてありがとう。あなたの幸せを常に祈り応援しています。

<イチカワ ヴェロニカ先生略歴>

お茶の水女子大学卒業後、ミシガン大学で博士号(心理学)を取得。その後、パシフィック・クリニック(L.A.)にてインターンを修了し、UCLAメディカル・センターにて臨床心理学及び行動医学のフェローシップ、及びミシガン大学付属メディカル・センターにて小児神経心理学フェローシップを修了。その後、ポンティアック州立ミシガン大学病院で診察にあたる。現在は各地の介護施設や病院などで精神鑑定及び心理療法の仕事を行っている。同時に、ノバイとアナーバーで専門医として個人開業もしている。

お願い:心理テスト、飲酒運転者の為の法廷指定カウンセリング、心理療法、教育相談など、従来通り行なっておりますが、留守電が聞き取れないことがあります。返答が無い場合は、もう一度おかけになるか、Eメールで御連絡下さい。

Tel:734-484-6911又は734-657-8220

vichikawadillon@comcast.net

当地で幼少の頃から人々に歌声を届けてきた 近藤まりなさんが卒業リサイタル プロを目指してニューヨークへ!

当地で幼少の頃から人々に歌声を届けてきた 近藤まりなさんが卒業リサイタル プロを目指してニューヨークへ! 2

DSC_7101ミシガンで育ち、当地の日系コミュニティーの文化紹介や国際交流イベントをはじめ、米国内や日本、ブラジルなど、世界各地でパフォーマンスを披露してきた近藤まりなさん(21才)が、ミシガン大学音楽スクール・ミュージカルシアター学科の修了を飾るシニアリサイタルをキャンパス内のスタジオで1月25日に催した。

IMG_0802近藤まりなさんは、既に“歌手/ダンサー/俳優/モデル/ボイスオーバー”というマルチなジャンルで活躍。オランダ生まれで、米国ミシガンで育った。7才で米国ディズニー・ライオンキングのシンバ役最終選考に残り、以来、コンサート、ミュージカル、TV等に出演するようになった。ジャズ、ポップ、R & B、ミュージカル曲など様々なジャンルの音楽を歌い、アメリカで数々のミュージカルに出演してきた。クラシックでも歌唱力を認められ、2013年ベリーアレクサンダー国際ボーカルコンペティションで2位を受賞した。

東北大震災後には福島県南相馬市の音楽大使としてオレゴン州ペンドルトン市の世界最大ロデオ会場をはじめ海外でのチャリティーコンサートにて日本の民謡などを披露。また、『スタンド、バイミー』で有名なベン・E・キングのCD「Dear Japan」や日本エアロビクス連盟のDVDプロジェクトなど様々なレコーディング活動に参加してきた。広島での原爆記念式典および日系ブラジル人の60周年記念式典・日本フェスティバルでの歌唱経歴もあり、日米両国の言葉と文化を理解する国際人として活躍している。ちなみに、デトロイト補習授業校で日本語力を養ってきた。

IMG_0853この度のシニアリサイタルでは、様々なレパートリーの中から、アメリカンポップ、ミュージカルナンバー、オペラに加え、日本の音楽とジャズのコラボに挑戦した。最新の機材を導入した同大学のステージで、デジタル映像・音楽テクノロジー学科のプロや友人たちの協力を得て、バック一面の3Dスクリーンに様々な画像やビデオを映し出していたが、オープニングでは少女時のライブ録画で健気にチャレンジする可愛らしい姿と歌声を上映。その後、笑顔で颯爽と現れた本人の姿には、女性らしさを備えた豊かさと、大学と実経験で培った自信に裏付けられた貫禄が感じられた。

第1部は、ポピュラーなラブソング“Lovin’ You”(ミニー・リパートン)で甘くスタート。5オクターブを超える声域をもつ彼女のホイッスルボイスに鳥のさえずりを感じた。ミュージカルナンバーなどの独唱の他、Michael JacksonのThe Way You Make Me Feelを友人ダンサーたちと

共に軽快にエネルギッシュに踊り、毎曲、大きな拍手喝さいが湧いた。

IMG_0806第2部は華やかな振袖姿で現れ、会場は優雅な雰囲気に一転。琴の演奏で幕開けしフルートとベースとのジャズコラボに発展していった。まさかと思う、弦どうし(琴とBsss)の即興演奏は実に面白く、日本とアメリカの間で生まれた彼女のハイブリッドな音楽アイデンティティーを巧みに表現していた。その他、着物を脱ぎながらの情感あふれる一人語り、「竹田の子守唄」「さくら、さくら」など日本の愛唱歌、そして英語ジャズ曲にオリジナル和訳を添えたものなど、「人(ヒト)」をテーマに、歌唱力や表現力のみならず、多彩な才能を披露した。最後は、石川啄木の詩に曲を付けた名曲『初恋』(越谷逹之助作曲)を豊かに歌い上げた。

IMG_0837リサイタル前に、「オランダで生まれ、アメリカで育った、日本人の私が、音楽を通して何を伝えられるかずーっと考えてきました。ミュージカルシアターを目指しながら音楽の深さを学んだ大学での友達や先輩たちも協力してくれ、私なりのリサイタルをしたいと思っています」とメッセージを発していた近藤まりなさん。全てのプログラムを終えた後、「信じられない!」と感激しつつ、達成した喜びと、関わってくれた人々そして家族への感謝の思いを高揚した様子で伝えた。

IMG_0861観客からは、「プロ並みのパフォーマンスで、卒業リサイタルだと忘れて楽しみました」、「こんなパフォーマンスは見たことがない。言葉が出ないくらいショックをうけた。」(後輩)、「これはマリナにしかできない。彼女はだれよりも頑張り屋で努力家だから」(友人)といった、このリサイタルについての称賛のほか、まりなさんの成長を長年見てきた人々からは「力をつけ、りっぱなアーティストになっていて、感無量でした」「これからの活躍が楽しみ!」と、涙交じりの声も聞こえてきた。

卒業後はミュージカルの本場ニューヨークに生活拠点を移し、本格的な活動をしていくとのこと。ミシガンですくすくと育った若木に、見事な花が咲くことを楽しみにしたい。

 IMG_0793最後に、まりなさんからのメッセージ

「国際的なアーティストを目指してがんばっています!これからも応援して下さい!

九州の邦楽グループがミシガン各地で演奏

九州の邦楽グループがミシガン各地で演奏 5

Ann Arbor library九州福岡の邦楽グループ「楓(かえで)の会(the Maple Leaf Group)」による無料演奏会が、9月の最終週に開かれました。

9月28〜29日はAnn Arbor の Kerrytown Concert Houseと District Libraryにて、30日は NoviのPrudence Park Hospital、10月1日(日)はGrand RapidsのMeijer Gardensにて演奏。「桜幻想曲」、「荒城の月」、「となりのトトロ」等のジブリ曲、米国映画のサウンドトラックの他に、三味線・琴・尺八のアンサンブルによる古典曲「ままの川」、尺八の「一定」ソロ演奏、篠笛による「スキヤキ(上を向いて歩こう)」「アメージング・グレイス」や日本民謡のソロ演奏等、楽しんでいただけたと思います。

Kerrytown Concert HouseアナーバーのDistrict Libraryでは、朗読・和楽器演奏とスライドを組み合わせた「かぐや姫」ショーも加わりました。当日の司会を引き受けてくれた米人女性の絶妙な朗読の効果もあって、またとない素敵なスライドショーとなったと思います。全ての会場で出来なかったのが残念ですが、2つの会場に連続で来てくれた方々あり、同郷ということで遠方からかけつけてくれた福岡出身の方々あり、「もっとこっちに長くいて演奏してほしい」

「ぜひまた来て」と嬉しいコメントを様々な方からいただきました。

特にマイヤーガーデンのあるミシガン州西部は邦楽の生の演奏に接することが難しいそうで、こんな遠くまではるばる来てくれて本当にありがたいとお礼を言ってくれた方々、グループのCDを買いたいけどCDは売ってないのかと質問して来た方などあり、デトロイト地域とはちょっと違った空気のアメリカを感じるこのような遠方での演奏の有意義さを感じさせられました。

Meijer Gardens-member introductionさらに、Novi High Schoolの日本語クラブや、アナーバーのForsythe Middle Schoolの音楽を選択科目にしている生徒達を相手に演奏をする機会もいただきました。演奏後に生徒達に楽器を自由に触らせる時間を作りましたが、希望者はほんの数人だろうとの予想に反して大人気。Forsythe中学校では生徒全員が一度にどっとステージに繰り出し、ひやっとさせられる瞬間がありました。尺八を吹いてみたい生徒が続出して長い行列ができ、また三味線のトライを熱望する子も出(生憎三味線はデリケートなため許可できませんでしたが)、生徒達の関心の高さは嬉しい驚きでした。ただ聞いてもらうだけではなく実際に楽器に触ってもらったことは、若者達にとって貴重な経験となったであろうと思います。

「楓の会」一行は、篠笛演奏者を除いて全員が師匠の資格を持ち、福岡周辺にて精力的に演奏活動を行って来ましたが、以前にイギリスにも演奏旅行に行った経験があり、海外演奏はこれが2度目 。

shinobue_Meijer Gardens楓の会のリーダーと高校の同窓生である縁から、ミシガンでの演奏ツアーの話を持ちかけられたのが3年前。手配・準備に2年以上かかりましたが、言葉はあまり通じないが楽器を通じて現地の人々と交流したいとのメンバー達の夢は叶えられ、今回の充実した演奏ツアーは、今後の福岡での益々の活動の糧となることと思います。

shamisen_Meijer Gardens演奏の機会を提供いただいた各会場の担当者の方々、招聘してくださった学校の先生方、楽器その他をお貸しいただいた方々、PRの場をご提供くださった方々、その他ボランテイアをしていただいた方々に、楓の会に代わりここに感謝の意を表したいと思います。

文&写真: キルパトリック寿里 (Juri Kilpatrick) (ミシガン在住。演奏ツアーをオーガナイズし、行程に同行。)

Cranberry Harvest Show in South Haven, MIミシガン州サウスヘイブン クランベリーの収穫ショー

<!--:en-->Cranberry Harvest Show in South Haven, MI<!--:--><!--:ja-->ミシガン州サウスヘイブン クランベリーの収穫ショー<!--:--> 2

 ルビーを思わせる深紅色のクランベリー。その鮮やかな赤は、サンクスギビングという初冬のホリデーにふさわしい色。七面鳥に添えるクランベリーソースの基本レシピは、クランベリー(12oz入り)1バッグを砂糖1カップと水1カップで短時間煮るだけ。ずいぶんたくさん砂糖を入れるものだが、そうしないと食べられないほどクランベリーは酸っぱい。でも、ビタミンCや、ガン予防に効果があるantioxidant(抗酸化物質)に富む、素晴らしい果物。「スーパーフルーツ」の異名を持っている。北米原産。北米インデイアンが昔から食用、薬用、染料に使っていたが、商業用栽培が始まったのは清教徒が米大陸に渡ってから。

 クランベリーが店頭に並ぶのは10月頃から。クランベリーといえば、マサチューセッツのイメージが強いが、実は、ニュージャージーやウイスコンシン、オレゴン、ワシントン、カナダ、そして何と、ミシガン州でも栽培されているのである。

 ミシガンでクランベリーを栽培している農場はごく少数だが、その中で最も大規模な栽培をしているのが、サウスヘイブンにあるDeGrandchamp Farmsという名の農場。クランベリーの収穫期は9〜10月。毎年10月の一週末に、クランベリーの収穫ショーを行っている。

 今年は10月13日にショーがあった。私は今年は行かなかったのだが、4月の寒波や夏の超猛暑で、苗がダメにならないよう農場は管理に大変だったそうである。

 農場の入口で料金5ドルを払い(子供は3ドル)、ワゴンに他の客と一緒に乗せてもらう。5分もすると大きな湿田(bogと呼ぶ)に到着。水面に赤いクランベリーの実が浮いているのが見える。太いテープでかこって湿田の一角にびっしりと集め寄せてある。吸引パイプのついたトラックが傍に止めてある。若いお兄さん達が、膝上まである長いブーツを履いて湿田に入り、松葉ほうきで実を吸引パイプへとかき寄せる。貴方もTVでこういう風景を見たことがあるかもしれない。実は吸引パイプでトラックに吸い上げられ、ある程度たまったらパッキング場へ運び、また戻ってくる。それを何度も繰り返す。

 人の膝たけまで水が張ってあるが、水を張るのは収穫シーズンの直前で、春〜夏は乾田。つまりクランベリーは春〜夏に乾田で成長する。乾田で収穫する方法もあるが、殆どの収穫は湿田で行われる。 水を張るのは収穫がしやすいため。まず特殊な機械で湿田に入り、その機械で水中のツルをかき回し(クランベリーはツル性の植物)、ツルに成っているクランベリーの実を振り落とす。すると振り落とされた実が水面まで浮上してくる。それを松葉ほうきと吸引トラックで収穫する。

 この農場の収穫ショーはかなり人気があるようで、一週末で1,000人以上の人が訪れるとのこと。こういう農業観光をアグリツーリズム(agri-tourism)というのだそうで、最近、食物への関心が高まってきているため、アグリツーリズムへの人気は上々のようだ。

 サウスヘイブンのような西ミシガンが何故クランベリー栽培に適しているのか?クランベリー栽培に必要な条件は、酸性の砂の土壌、冬が長い冷涼な気候、淡水が豊富にあること、であるが、西ミシガンはそれらを全て満たすのだそうだ。

 クランベリーは多年草。湿田に水を張ったままで越冬する。なぜ水を張ったままかというと、冬から春先まで水が凍り、その氷が霜害から守ってくれるため。

 DeGrandchamp Farmsは、世界最大手のクランベリー食品メーカーOcean Spray社のサプライヤーでもある。健康志向時代の今、クランベリーの需要が高まっており、サプライヤーが足りないくらいなんだそうである。

 栽培量はウイスコンシン州とマサチューセッツ州がダントツ。ミシガンでの栽培量はそれより遥かに少ない。ミシガンは、クランベリーと同じ酸性の砂の土壌で育つもうひとつのスーパーフルーツ、ブルーベリーの栽培の方がずっと多い。

 ビタミンCとantioxidantに富むクランベリーをもっと食べよう!最近は、甘さ控え目のクランベリーソースのレシピも出回っている。

 一昨年に同農場の収穫ショーを見に行った時の写真を拙ブログに載せているので、ご興味のある方は次までどうぞ。

www.ayamay.com(ミシガン再発見の旅)

著者、写真提供:つくしギャル

 

 ルビーを思わせる深紅色のクランベリー。その鮮やかな赤は、サンクスギビングという初冬のホリデーにふさわしい色。七面鳥に添えるクランベリーソースの基本レシピは、クランベリー(12oz入り)1バッグを砂糖1カップと水1カップで短時間煮るだけ。ずいぶんたくさん砂糖を入れるものだが、そうしないと食べられないほどクランベリーは酸っぱい。でも、ビタミンCや、ガン予防に効果があるantioxidant(抗酸化物質)に富む、素晴らしい果物。「スーパーフルーツ」の異名を持っている。北米原産。北米インデイアンが昔から食用、薬用、染料に使っていたが、商業用栽培が始まったのは清教徒が米大陸に渡ってから。

 クランベリーが店頭に並ぶのは10月頃から。クランベリーといえば、マサチューセッツのイメージが強いが、実は、ニュージャージーやウイスコンシン、オレゴン、ワシントン、カナダ、そして何と、ミシガン州でも栽培されているのである。

 ミシガンでクランベリーを栽培している農場はごく少数だが、その中で最も大規模な栽培をしているのが、サウスヘイブンにあるDeGrandchamp Farmsという名の農場。クランベリーの収穫期は9〜10月。毎年10月の一週末に、クランベリーの収穫ショーを行っている。

 今年は10月13日にショーがあった。私は今年は行かなかったのだが、4月の寒波や夏の超猛暑で、苗がダメにならないよう農場は管理に大変だったそうである。

 農場の入口で料金5ドルを払い(子供は3ドル)、ワゴンに他の客と一緒に乗せてもらう。5分もすると大きな湿田(bogと呼ぶ)に到着。水面に赤いクランベリーの実が浮いているのが見える。太いテープでかこって湿田の一角にびっしりと集め寄せてある。吸引パイプのついたトラックが傍に止めてある。若いお兄さん達が、膝上まである長いブーツを履いて湿田に入り、松葉ほうきで実を吸引パイプへとかき寄せる。貴方もTVでこういう風景を見たことがあるかもしれない。実は吸引パイプでトラックに吸い上げられ、ある程度たまったらパッキング場へ運び、また戻ってくる。それを何度も繰り返す。

 人の膝たけまで水が張ってあるが、水を張るのは収穫シーズンの直前で、春〜夏は乾田。つまりクランベリーは春〜夏に乾田で成長する。乾田で収穫する方法もあるが、殆どの収穫は湿田で行われる。 水を張るのは収穫がしやすいため。まず特殊な機械で湿田に入り、その機械で水中のツルをかき回し(クランベリーはツル性の植物)、ツルに成っているクランベリーの実を振り落とす。すると振り落とされた実が水面まで浮上してくる。それを松葉ほうきと吸引トラックで収穫する。

 この農場の収穫ショーはかなり人気があるようで、一週末で1,000人以上の人が訪れるとのこと。こういう農業観光をアグリツーリズム(agri-tourism)というのだそうで、最近、食物への関心が高まってきているため、アグリツーリズムへの人気は上々のようだ。

 サウスヘイブンのような西ミシガンが何故クランベリー栽培に適しているのか?クランベリー栽培に必要な条件は、酸性の砂の土壌、冬が長い冷涼な気候、淡水が豊富にあること、であるが、西ミシガンはそれらを全て満たすのだそうだ。

 クランベリーは多年草。湿田に水を張ったままで越冬する。なぜ水を張ったままかというと、冬から春先まで水が凍り、その氷が霜害から守ってくれるため。

 DeGrandchamp Farmsは、世界最大手のクランベリー食品メーカーOcean Spray社のサプライヤーでもある。健康志向時代の今、クランベリーの需要が高まっており、サプライヤーが足りないくらいなんだそうである。

 栽培量はウイスコンシン州とマサチューセッツ州がダントツ。ミシガンでの栽培量はそれより遥かに少ない。ミシガンは、クランベリーと同じ酸性の砂の土壌で育つもうひとつのスーパーフルーツ、ブルーベリーの栽培の方がずっと多い。

 ビタミンCとantioxidantに富むクランベリーをもっと食べよう!最近は、甘さ控え目のクランベリーソースのレシピも出回っている。

 一昨年に同農場の収穫ショーを見に行った時の写真を拙ブログに載せているので、ご興味のある方は次までどうぞ。

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著者、写真提供:つくしギャル

 

男声合唱団ホワイトパイン・グリークラブ主催第18回 スプリング・ファミリー・コンサート

男声合唱団ホワイトパイン・グリークラブ主催第17回 スプリング・ファミリー・コンサート 4

IMG_94245月22日(日)、ホワイトパイン・グリークラブ(以下WPGC)の第18回“スプリング・ファミリー・コンサート”が、昨年同様Faith Covenant Church(Farmington Hills,MI)で催された。

デトロイト地区で活動するWPGCは主に日本人ビジネスマンで構成されている男声合唱団で、金曜日の夜に練習を行ない、コミュニティやビジネス関連のイベントに出演するなど、歌を通して文化紹介や日米交流も行なっている。例年、春と冬に定期コンサートを開き、歌声を届けている。

IMG_9463オープニング曲『WPGC讃歌』は、日本に帰任したOBの一人がミシガンでのWPGC活動の思い出を詩にしたものに作曲家が曲をつけて3年前に生まれたオリジナル曲。WPGCのメンバーは駐在員が多いため日本に帰任する人が毎年少なくなく、日本のOBの数は増え続けている。その歌詞には、声を合わせる素晴らしさや、家族ぐるみで集う喜びが織り込まれている。

今回のコンサートは、前任の正指揮者の帰国により、これまでも曲により指揮を担当していた河田氏が正指揮者に就任。また、女性を指揮者に迎え、新しい体制で臨んだ。

ゲスト出演者を迎えての4部構成のうちWPGCは第1部と最終ステージで舞台に立ったが、今回のテーマは“海”。第1部では、男声合唱のための「男の海の歌」より、ナポリ民謡『サンタルチア』や、桑田佳祐作詞作曲の『真夏の果実』などポピュラーな歌を含む5曲を軽快ながらも厚みのあるハーモニーで届けた。サザンオールスターズの数々のヒットソングの中でも屈指の人気を博す『真夏の果実』(1990年発表)の合唱について、観客から「懐かしかった。歌にはその時代やその頃の思い出をフラッシュバックさせる力がある」「男声合唱として聴くと、別の味わいがあった」など好評の声が集まった。当時の青春時代に呼び戻されてか、団員たちの表情もいつにも増し生き生きとしているように見えた。

IMG_4914第二ステージは、女声合唱団トリリアムによる歌声が届けられた。その前半は「10のメルヘン『愛する歌』より4曲。この曲は、『アンパンマン』の生みの親であり漫画家・絵本作家そして詩人であるやなせたかしの同名の詩集に付曲したもので、シンプルな詩ながらも奥深さを感じさせられる曲。女性ならではの優しさ溢れる表情と声で豊かに独特の世界を歌で綴った。観客からは「童謡のように素朴でいて、胸に迫る曲。涙が溢れた」「聴いていて心がピュアになった」などの感想が寄せられた。

IMG_4919続いて、不滅のブロードウェイミュージカル『ウエストサイドストーリー』より『America』と『Somewhere』の2曲を披露。どのように表現するか苦心したとの話。はつらつとした華やかな声が会場に響き、曲に合わせて体を揺らせていた人も多かった。他に、クラシック、聖歌も選曲。日本語に留まらない幅広いレパートリーを持っている。これまでにドイツ語、フランス語の曲にも挑戦してきた。

会場の観客は日本人以外も多く、その中には常連も少なくない。WPGCならびにトリリアムの地域との交流の多さと、ファン層の広さが窺えた。

インターミッションの後は、混声合唱グループ「音もだち(otomodachi)」が登場。

WPGC、トリリアムのメンバーも含んでおり、より難しいことに挑戦したい人々が集まっただけあり、難易度の高い曲に挑戦している。今回はモーツアルト作曲『レクイエム』より5曲を合唱。「三大レクイエム」の一つに数えられる荘厳かつ繊細な曲を堂々と巧みに歌いあげた。

IMG_4897最終ステージは再びWPGCが壇上に上がり、日米両方の人々にポピュラーな『Sailing,Sailing』、そして男声合唱組曲

『海鳥の詩』より叙情的な2曲の力強い熱唱で締めくくった。海なし州ミシガンの地に、初夏の海風が吹きぬけたようであった。

今後も、いずれのグループとも、合唱組曲、愛唱歌やクラシック、様々な曲を届けてくれることであろう。

WPGCの連絡先:www.wpgc-mi.org/

30周年を迎えたサギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭

30周年を迎えたサギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭 11

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サギノー市にある本格的茶室と日本庭園を擁する日本文化センター『阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)』で、9月11日(日)に日本祭が催された。サギノー市は徳島市と姉妹都市であり、今から30年前の1986年に両市の友好のシンボルとして阿波鷺能庵が造られた。両市が建設費を出し合い敷地を共有し、維持が容易ではない茶室を含めて共同で管理を継続している。

両市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。徳島からの全米派遣農業実習生がサギノー市に滞在中に現地ホストファミリーと親しくなり、帰国後も交流を続けたことがきっかけとなって話が持ち上がり、提携が実現した。個人からスタートした珍しいケースであり、熱意のある人々による草の根交流が根を張り、幹となったといえる。

茶室の設立にあたっては、1957年に同市に移り住んだモスナー陽子さんが資金集めに乗り出し、奔走した末に茶室の着工に漕ぎつけた。その後も陽子さんはセンターの管理と運営に携わり、交流を支えている。赤い太鼓橋や竹垣もある庭園は緑も美しい日本的な空間であり、日米の訪問者が和やかに交わる場所となっている。

例年秋に開催される同センター主催の日本祭には、サギノー市や近隣に在住している日本人・日系人、交換留学生やビジネス関係者たちが協力して日本文化を紹介している。今年は生け花や書道、折り紙の実演や体験のブースなどが設けられた。快晴に恵まれ、3時間の開催中、室内外で途切れなく続くプログラムやワークショップを興味深げに見て回る多くの姿があった。

img_0246img_0263茶室ではJSDウィメンズクラブによる茶の湯の実演が3回行われた。茶室には見学用に数十人が座ることのできる長椅子が備えられているが、どの回も満席となった。日本祭自体は無料で一般公開であるが、茶の湯は有料にも拘わらず、行列ができたほどの関心の高さであった。お点前の実演の後には参観者全員に和菓子と薄茶が振る舞われ、目と口で実際に和に触れる好機を楽しんでいた。「前々から関心があった。やっと来訪が叶った」と老母を伴って訪れた婦人は、「茶室の佇まい、雰囲気や動作、全てが美しく、ここにいることが爽快。お菓子とお茶もワンダフル!」といった感想を笑顔で話してくれた。

川に面した庭園に設置されたテントステージでは、絶え間なくプログラムが進行。

dsc_6633メトロデトロイト地区から和太鼓グループ『雷音』、男性コーラス『ホワイトパイン』が演奏、そしてデトロイト剣道道場が形や稽古の実演を届けた。また、同日本文化センターで練習をしているタイチー(太極拳)グループ20名ほどが演武を紹介。さらに、ミシガンに住んでいた縁で、花柳流の名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけ、『黒田節』『さくら』などの日本舞踊を披露した。

サギノーに住む日本人/日系人は少数であるが、このように多彩な文化紹介が例年実現するのも同施設の歴史と、日本コミュニティーとの絆があればこそと言える。

img_0293そして、徳島と言えば『阿波踊り』。同センターの造設式典に日本より阿波踊り団が来訪したが、その後、徳島と繋がりがある阿波鷺能庵での日本祭でありながら、長らくここで阿波踊りが演じられることがなかったが、2年前にそれが実現。サギノーバレー州立大学に派遣されていた研究者と徳島出身の夫人が中心になり、近隣に在住している日系人が集まって出演を目的に練習をはじめ、総勢20人近いメンバーで踊りを披露した。

img_0300阿波踊りの集まりは研究者夫妻が去った後も続き、今回は阿津ますみさんがまとめ役となり、子供も含めた一団を率いて出演した。サギノーバレー州立大学に四国大学から留学している4名の徳島育ちの学生も加わり、ますみさんを始め、子どものころから阿波踊りに親しんでいる人たちの本格的で美しい舞いのような動きやメンバーたちの軽快な踊り、子ども達の可愛らしい姿が観客の称賛を集めた。ますみさんのご主人であり、日本滞在歴6年半で日本社会学ならびに人類学を専門とするボールズ教授(サギノーバレー州立大学)が解説役を務め、お盆に3日かけて踊られる阿波踊りの背景や踊りの種類、そして「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なりゃ踊らにゃ損損」という言葉があることを観客に伝えた。阿波踊りのグループは

『連』と呼ばれるが、当地のグループは、徳島の‘徳’とサギノーの当て字表記『鷺能』の‘能’をとった『徳能連』という名を付けたとのこと。アメリカ育ちの子ども達が祖先から受け継がれた芸能を継承していることも尊く、日米交流の担い手として長く結束を続けて欲しいものである。

同センターは一般公開しており、様々なプログラムを組んでおり、他州からの観光客も多い。観光名所フランケンムースやアウトレットモールBurch Runと20~30分の距離。

www.japaneseculturalcenter.org/

冬季室内テニスサークル「ウィンターリーグ」のご紹介

冬季室内テニスサークル「ウィンターリーグ」のご紹介

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長~いデトロイトの冬、スポーツをしたくてもなかなか機会がない、今回はそんな方にお勧めのテニスサークルを紹介します。

「ウィンターリーグ」は30年以上の歴史を持つテニスサークルで、10月上旬~翌年4月中旬の土曜日午後6時~8時に、The Sports Club of West Bloomfieldの屋内コート10面を使って練習と試合を行っています。

当リーグでは現在メンバー募集中で、経験者はもとより簡単なラリーができる方であればどなたでも参加いただけます。社会人だけでなく、もちろん中高大生の参加も大歓迎です。

毎年60名程度の参加者があり(ほとんどが日本人)、初級者から腕に覚えのある人まで多様な顔ぶれとなっています。

30分程度の練習の後、同じコート内の全員と組めるよう30分3試合(ダブルス)を行うシステムです。試合の組み合わせ作成に際しては、自分と同等レベルのメンバーと対戦するように配慮されるので、ビギナーが上級者と対戦するということはありません。

また、出張や旅行などで参加できないときは、ほかのメンバーに代理をお願いすることができるので安心です。

さらに、飲み会やその他イベントが頻繁に催されるなど、テニスを通じて様々な人々との交流を深められるのも大きな魅力の一つです。

今年度の参加費は、Sports Club年会費

$150(当リーグ参加者は約2割引)、リーグ期間中2時間×20回のコート使用料$150、リーグ運営費(ボール代や賞品代)$15です。Sports Clubメンバーはもちろんロッカールームやシャワー、サウナを使い放題、リーグ時以外のコート使用料も割安です。

屋外でプレーできる夏の間は、13 mile x

Farmington Rd北東の North Farmington高校のコートにて自由参加で練習していますので(毎週土曜日朝9時からと、日曜日夕方5時から)、こちらへのご参加もお待ちしています。

興味を持たれた方やご質問のある方は、大野(shinyaohno41@gmail.com)または酒井(tadashi.sakai@nhk-intl.com)までお早めに(遅くとも9月中旬までに)ご連絡ください。また、興味をお持ちになりそうなお知り合いに本記事をご紹介いただけると幸いです。先着順でメンバーを確定し、定員の60名に達し次第締め切らせていただきます。

健康を維持でき、人の輪も広がり、ひいては地域コミュニティーの活性化につながる当リーグへの参加、ぜひ前向きにご検討ください。

多数のご応募をお待ちしております!