Saturday, April 20, 2024

Michigan 2016 Japanese Language Speech Contest ミシガン2016日本語スピーチ・コンテスト

ミシガン州内の高校と大学の日本語学習者を対象とした日本語スピーチコンテストが在デトロイト日本国総領事館の主催で2月27日(土)にノバイ市のシビックセンターを会場にして行なわれた。このコンテストは毎年、デトロイト日本商工会、ミシガン南西オンタリオ日米協会、ミシガン日本語教師会、国際交流基金など複数の団体の支援や協力、そしてデルタ航空の協賛を得て実施されている。事前の選考を経て、今年は高校部門7名と大学部門6名が本大会に出場し、学習の成果を披露した。

審査員の一人として同イベントに初めて参加された和田総領事は開会にあたり、まず、世界中の日本語学習者は400万人ほど、米国では11万5千人おり、前年より増えていることを伝えた。当地赴任後7カ月経ったが、ミシガン州での日本語学習に対する意欲の高さを既に見聞していると告げた。また、本イベント参加者らは何カ月も準備に費やしてきたことであろうと、その努力への称賛に重ね、教師の献身、同イベント支援者への謝辞を寄せた。言語は異文化理解のエッセンシャルであり、ツールであり、また、世界を広げ人生を豊かにし、生涯役立つものと信じていると述べ、「参加者が日米両国の懸け橋になることを願っている」との期待の言葉で結んだ。

当大会への応募資格と条件は、日本に長期滞在していないこと。よって、日本渡航の無経験者か、あるいは短期の滞在を経験した出場者たちであるにも拘らず、滑らかな話し方をする参加者が年々増えている。特に高校生は吸収力の高い時期とあって、数カ月の留学経験を通して驚異的な会話力をつけている学生もおり、滞在期間の違いがスピーチにも現れる傾向が強いと言える。一方、インターネット環境が整う昨今、幼少期から日本語のアニメを原語で視聴してきたなど、当地に居ながら吸収してきた学生も少なくない。今回に限らず、日本に一度も行ったことのない学生が優勝を飾るケースも珍しくない。作文(論文)コンクールではないため、語彙力や知識、文章構成力が高いからといって必ずしも上位入賞するとも限らない点もスピーチコンテストの難しさであり、面白さでもあると言える。

本コンテストでは規定時間内に、暗記したスピーチの発表を課せられる。語彙の豊富さと正しい使い方、話題の展開やまとまりといった作文の要素に加えて、発表の際の話し方などが総合的に評価される。

和田総領事をはじめ、JBSD文化部会ならびにJSDウィメンズクラブ、日米協会の代表が審査を務めた。

高校の部で第1位に輝いたナヒュン・アンさんは、「私には将来を決めることが一番難しい」と、将来の夢を題材に、迷いの多い思春期の高校生らしい率直で真面目な本音を語った。スピーチも滑らかで澱みが無く、その後の審査員による質問への応答も、理由も織り込んで、すらすらと長く話せるレベルであった。

大学の部の第1位となったマリアン・キャンデラーさんは、「自分の民族的背景や文化的習慣は、アイデンティティを形成するのに大切な役割を果たすと言われています。しかし、はっきりとした民族的背景や習慣がない私にとっては、このアイデンティティというのは、これまでずっと探し求めてきたものでした。」とスピーチを切り出した。家系のルーツや伝統が明白な人がいる一方で、様々な血や文化が混じった家族も少なくないアメリカの多様性、そして、そこで育つ「人種を問われても答えられない」子供の悩みを知ることができるスピーチ内容であった。大学という多様性豊かな環境で、同じような友に出会い、そして「日本語を話すことによってアイデンティティの基礎を作り始められた」とのくだりが、印象的であった。

「私にとっての『マルチカルチャー』というのは、『色々な人と交わり、相手を受け入れることができる人』という意味に変わっていました。」との言葉が表明された。(日本の英語指導のアシスタントをする)JETプログラムに応募しており、日本の子供たちに、「グローバル化する世界では、他の文化や民族背景を持つ人と交わり、その人たちを受け入れることが、どれだけ大切であるか、を伝えたい」とスピーチを結んだ。他の文化や民族背景を持つ人との関わりに不可欠な言語を習得し、マルティカルチャーを豊かにとらえている彼女のような若者の活躍に期待したい。日本語を聞き取る力が高く、明瞭な発音ができるマリアンさんに、スピーチ後に習得方法を探ってみたところ、日本の歌謡曲が好きで、インターネットでよく聞いていたとのこと。インターネットを上手に活用したいものである。

スピーチ内容の多くが、日本での経験により広がった視野や気づき、あるいは日本語学習を通じて得た思いを題材としている。言語だけではなく、日本の習慣や価値観をも学んでいる若者たちの新鮮な観点や感想を垣間見ることができるこのイベントは、聴く人々、特に日本人にとっても得るところが大きい。

以下(P7,P8)に、全参加者のスピーチ内容の要約と各部門の優勝者の原稿全文を紹介させていただく。

スピーチコンテストの後には、今回初めての試みとして、企業と学生を結ぶネットワーキングフェアが開催された、審査員も務め、このフェアをオーガナイズしたカーシャさんによれば、「日本語を学んでいる学生に、日本語を使える人は様々な企業で求められることを知って欲しい」、いわば、語学を身につける意義や貴重さを伝えることが主目的。翻訳通訳、語学教師になる以外に様々な分野・職種で 語学力は活かせ、世界を広げられることを認識して欲しいとのこと。また、企業側も日本語履修者をどう使えるか模索している実情にも寄与したいと話す。実際の求人求職活動を目的としたジョブフェアとは異なり、和やかなネットワーキングの風景が広がっていた。

原稿要約

プログラム順に氏名、学校名、題名

*H.S. : High School

「 」内は原文引用。一部平仮名を漢字に変換。

高校(ハイスクール)部門

Hannah Ackman (Stevenson H.S.)

実紅さんのホームステイ

2014年の夏、実紅という留学生のホームステイをホストした。「蛇とトカゲは好きですか」と尋ねたり、好きなバンドを聞かれて「ビートルズが大好きだ。」と答えたりした会話の内容や交流の話。「毎日楽しかったです。」

Nahyun Ahn (Troy H.S.) 優勝

ゆめをみつけるほうほう

「夢が分からないことが当たり前で、今から見つけても良いと努力すれば叶うと思います。」

*全文次ページに掲載

Elliot Boinais (Groves H.S.) 特別賞

生まれた時、家族はフランスに住んでいた。5年前に姉とフランスに旅行し、ヨーロッパの城をたくさん見た。少し、城のオタク。日本とヨーロッパの城は、丘の上にあるなど同じところもあるが違いもある。日本の城には、敵が攻撃できない格子窓や、歩くと音がする鴬張りの廊下など、おもしろい発明がある。

「松本城は私の一番好きな城です。」

Walter Davis II (Groves H.S.) 総領事賞

日本のクラスメート

5年くらい日本語を勉強している。今年私のクラスはオンラインの文通友達のプログラムKACに参加し、日本人と話すことが出来た。私たちの国の文化を紹介でき、お土産交換もした。パートナー校から、たくさんのお菓子をもらった。すごく違う。きな粉のお菓子はドッグフードの味だと思った。小魚とピーナッツのお菓子もあって、魚の頭が怖かったので誰も食べたくなかった。「日本が学びたくて流暢になりたいんです。だからKACが大好きです。」

Natalie Harshman

(Clarkston H.S.) 第3位

なぜ日本語がすき

高校で4年間日本語を勉強。日本語は一番好きな科目で、大学でも続ける。大学の後、JETプログラムで英語を教えに日本に行きたい。仕事は日本語に関与したい。日米の文化は違い、日本の文化は面白いと思う。違う文化の人との交流はとても大事。去年、千葉東高校の学生をホストした。その経験は面白くて楽しかったので、今年またホストする。この夏、修学旅行で日本に行くことになっていて、ドキドキしている。「親しい友達と新しい記憶を作り、日本語を習うのが楽しみです!」

Scott Schaefer (Groves H.S.)

おもてなし

「私は日本のおもてなしが好きです。」外国人がアメリカの家に行くとアメリカ人は「自分の家のようにしてください」と言う。日本人は一生懸命ゲストを喜ばせ、王様と同じに扱う。日本に行った友達が、皆優しかったと言った。「私はおもてなしを経験したいです。」ミシガンで日本のレストランに行ったとき、おしばりをもらった。温かく、きれいな感じで好き。父の日本人の友達は、知り合ったばかりの私に寛大だった。いつかアメリカで日本みたいなおもてなしがあったらいい。

Jenny Zhi (Troy H.S.) 第2位

昨年の自転車旅 

昨年の夏、中国の人権問題をアメリカの人々に知らせるため、ロサンゼルスからワシントンDCまで自転車で渡った。法輪功という修行は中国の政府に16年間差別されていて、多くの法輪功の子供は孤児になってしまった。私も法輪功を信じているので、孤児のことをとても心配している。だから、いろいろな国から来た25人の法輪功の子供たちと一緒に「自由へと向かう」というプロジェクトでアメリカを渡る旅をし、この問題について話した。2カ月掛かり、疲れて汚くて痛かったけど、みんなの手伝いや励ましで、多くの障害を克服して、楽しい思い出を作って、私の一番の友達になった。差別の終わりへの一歩を進んだ。「私は将来にも続けたい」

大学生部門 

James Alessandrini

(Eastern Michigan University ) 第2位

僕が大好きな困っている日本

最近日本に留学し、忘れられない友達も思い出もたくさん作れた。日本に住んで働くのもいいなあと思ったが、やっぱり無理。それは日本語の能力ではなく、「問題は働き過ぎの社会です」。残業や休みに働くことは珍しくなく、働きすぎで病気になって死んだり、仕事のストレスで自殺する場合もある。働き過ぎは他にも影響。結婚、子育てのお金がないことが少子化の一つの理由だと思う。改善するには、高齢化を利用したらいい。お年寄りにパートやボランティアで職場に戻ってきてもらえば、一人一人の仕事を減らせると思う。「僕が喜んで働けるような日本に変わってほしい」

Jamie Heywood

(Kalamazoo College) 総領事賞

同性愛者としての経験

「私は同性愛者なんです」と告げ、大学留学した日本と、アメリカでの、同性愛者としての経験を語った。日本でボーイフレンドについて聞かれて同性愛者だと答えたら、「じゃ、ガールフレンドは」と聞いてきてほっとした。スピーチクラスで話題にしたら、先生が励ましてくれた。レズビアンバーを案内してくれる人がいたり、親切だったので楽しかった。アメリカでは同性婚ができようになったが、世界中で差別がある。住めなかったり、合法的に殺される国もある。「人を性・身分・宗教・人種などで差別するのはまちがいです。私たちは本当に同じ」「人が差別されているのを見たら私を思い出して。大きな声で反対してください。」

Marian Kandler

(Eastern Michigan Universit y) 優勝

マルチカルチャーと私

多文化背景をもつ自分について

*全文次ページに掲載

Huiyi Liu (Michigan State Univ ersity)

一期一会

「日本語のことわざが面白い」「ことわざの中で四字熟語が一番好き」。好きな理由は四文字で多くを表わせられるから。一番印象的なのは「一期一会」で、それを初めて聞いたのは好きなバンドのコンサートのテーマ。「一つ一つの出会いは一生に一度で、友達と一緒に過ごした時間はもう二度と戻れない。毎日会っても一緒に過ごす時間は違う」「条件がそろわないと同じ感情はいだけない」など、その具体的な話を挙げた。

Christa Scheck

(Kalamazoo College) 第3位

直訳の問題

高校1年生で日本語の翻訳クラスを取り、日本語が大好きに。大学1年生の時には歌や小説を翻訳し、多くのことを学んだ。最も注意すべきことは直訳。正確な意味を伝えられない。まず漢字。例えば電車はTrainでありElectric Carではない。

「日本文化では、皆が知っていることは文章で言わず推測することがある。また、悪いことは言わず途中で止める」と特徴を指摘。

Ka Sheng (Kalamazoo College) 特別賞

日本の携帯電話

ガラケーの携帯電話について

日本人が使っている携帯電話と他の国のを比べ、違いがはっきり見られる、と高校生の時に思った。理由は、そのころ(*2015年)のアニメのキャラクターはガラケーを使っていたため。しかしインターネットでデータを探して、ガラケーの使用者は約20%に過ぎず、他はスマートフォン使用者であることに驚いた。2008年にはガラケーはスマートフォンの10倍くらい。1999年に日本では携帯電話でインターネットサーフィンができ、便利なソフトウェアがあったため、2007年に海外でスマートフォンが作り出されたが、ガラケーの方が便利で使いやすいと思った日本人が多く、その結果、スマートフォンを開発しなかった。201 0年、4代目のアイフォンが日本で大ヒット。そして去年、ガラケーはスマートフォンの5分の1に。キーボードの触感が素晴らしいなどの考えを持つ人がガラケーの使用者かもしれない。去年5%増えたが増加していくかは明らかではない。「ガラケーは日本文化の一つだと考える人は多いので、絶滅したらとても残念でしょう。」

高校生部門 優勝

「ゆめをかなえる ほうほう」

ナヒュン・アン

小さい頃にお姫様になりたかったです。すこし大きくなって学校に行くときにはテレビに出るアイドルになりたかったです。でも何時かから私が何が好きなのか、何に得意なのかもわからなくなてしまいました。私の周りには好きなことをやりたい人や、自分が何をしたいのかをわかってるひともいました。でも、わたしにはしょうらいをきめることがいちばんむずかしいことでわからないしつもんでした。こんなじぶんにしつぼうもしました。でもあるひとつぜんしっかりじぶんしょうらいをわかってるひとがたくさんいるかどうかかんがえました。たぶんそんなにないとおもいます。だからかんがえをかえることにしました。ひとりでなやむかわりに、みんながおなじだっとおもうことにしました。きまるときがきってたらいっしょけんめいがんばりましょう。たぶんいっぱいな人たちがしょうらいのことをなやんでるとおもいます。でもあまりネガティヴにかんがえたりかんがえすぎないようにしてほしいです。ゆめはかんがえだけではかなうものじゃないとおもいます。じぶんの夢がわからないことがあたりまえでいまからみつけてもいいとどりょくすればかなうとおもいます。(原文ママ)

大学生部門 優勝

「マルチカルチャーと私」

マリアン・キャンデラー

皆さんは、「子どものアイデンティティはどのように形成されるのか」についてかんがえられたことはありますか。

子どもにとって、自分の民族的背景や文化的習慣は、アイデンティティを形成するのに大切な役割を果たすと言われています。しかし、はっきりとした民族的背景や習慣がない私にとっては、このアイデンティティというのは、これまでずっと探し求めてきたものでした。今日は、そのお話をちょっと聞いていただければと思います。

歴史や伝統がある家庭に生まれたクラスメートを見て、うらやましく思ったことがあります。みんなは、自分がどんな人か、はっきり知っているように感じました。しかし、私は、と言えば、母国であるアメリカでも、自分が外国人のように感じました。母はいつも私に「誰かが、人種は何?と尋ねたら、『人間です。』と答えればいいのよ。」と言いました。中学校の時、母から「マルチカルチャー」という言葉を教わりました。そして、母から「私たちの祖先は世界中から来た。」と聞きました。しかし、当時の私は容易に識別ができる人種がほしかったのです。「白人」「ネイティブアメリカン」「アジア人」などのようにです。

当時、私はすごく内向的で、一人で考えるのが好きでした。人と話す代わりに、観察するのが好きでした。そのために、よくクラスメートに誤解されました。私は特定の文化や習慣やアイデンティティを持っていなかっただけではなく、人間関係を作ることもできなかったのです。私は疎外された感じがし、当時の私にとっての「マルチカルチャー」というのは、「何もない人」、「自分の国でも外国人」、「文化がない人」を意味しました。

しかし、大学入学あたりから私の中の何かが変わってきたのです。私と同じような学生の友達ができました。三学期から、長年自習していた日本語を専攻することに決めました。私は日本語を話すことによって、自分のアイデンティティの基礎を作り始められたように思います。日本語を通して、他の人と関わるすべを見つけたように感じました。文化や民族というのは、中学生や高校生の時に感じたように、疎外するものではなく、人と人をつなげるものだと、少しずつ学び始めました。私は自分を受け入れられるようになっていくと同時に、他の人も受け入れられるようになっていきました。

三回生の時に、日本への留学が決まりました。日本に着くと、不思議なぐらい日本のすべてが私を迎えてくれました。カルチャーショックなんて一度も経験しませんでした。でも、それはなぜだったのでしょうか。私ははっきり決まった人種や習慣がないため、日本の文化も人も、人一倍受け入れられる能力を持っていたのだと思います。子供の時から、私は常に色々な文化や習慣に浸っていたからです。日本での経験のおかげで、私は色々な文化や習慣を持つ人と、もっと交わりたい、という思いにかられました。子供の時に、よく無視されて、誤解された私には、他の人が誰であっても受け入れられる人になりたい、と思うようになったのです。そして、気がついてみると、私にとっての「マルチカルチャー」というのは、「色々な人と交わり、相手を受け入れることができる人」という意味に変わっていました。

今年、JETプログラムに応募した私は、これまでの体験を日本の子どもたちに伝えたいと思っています。このどんどんグローバル化する世界では、他の文化や民族背景を持つ人と交わり、その人たちを受け入れることが、どれだけ大切であるか、を伝えたいと思います。

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2015年度 日本まつり開催

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2015年度 日本まつり開催 2

JF2015運営委員04510月11日(日)、JSDウィメンズクラブとJBSD(デトロイト日本商工会)文化部会の共催による日本まつりがノバイ・ハイスクールを会場に開催された。当日は穏やかな秋晴れに恵まれ、1時から4時までの開催時間を通して大勢の人で溢れた。この日本まつりでは、アメリカ人や他の文化背景を持つ人たちへの文化紹介と交流を主目的として、日本文化紹介の様々な展示や実演などが行われている。もちろん周辺に滞在している日本人が楽しむ場にもなっており、秋の一大行事として定着している。

日米協会、そして、ミシガン州と姉妹県州提携をしている滋賀県も協賛している他、ノバイ市並びにノバイ地域学校区、在デトロイト総領事館が協力し、盛大に開催されている。今年も多数の団体や個人ボランティアなど300人を超す人々が協力してこの一大イベントを支えた。JSDウィメンズクラブからは運営委員12名の他、50名近い女性がボランティアに応募。毎年参加している常連も少なくない。また、ノバイ・ハイスクールの生徒を始め、日本語を学習する現地のハイスクール生もボランティアとして参加。大学の日本学生会メンバー、日本人高校生も合わせ、120人近くが来訪者との懸け橋として若いパワーを提供した。

075DSC_0219オープニングのセレモニーでは、デトロイト日本商工会の文化部会長の挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館の和田充広総領事、ノバイ市長、教育委員長による開会の辞が述べられた。それぞれ、このイベントの開催と日米の文化交流と友好親善を祝福する言葉を伝えた。

アトリウムと呼ばれる広々としたオープンスペースには、茶の湯実演や、書道と折り紙の体験コーナーが設けられ、手馴れた日本人女性たちを中心に実演や体験ワークショップが提供された。茶の湯実演は、当地で活動する裏千家・表千家・石州流、3つの流派が手を携え、合わせて6回実施した。生け花インターナショナルによる数点に及ぶ展示が、文字通り華を添えた。

060また、在デトロイト総領事館や滋賀県による文化紹介ブースを始め、デトロイトりんご会補習授業校、JCMU ( Japan Center for Michigan University)やJET (Japan Exchange and Teaching Programme) など、日本に関連した団体のブースも並んだ。また、日本生まれの商標デザインを元にタオル帽子を作製しミシガン内の病院などの患者さんに寄贈する活動をしている「ミシガン・タオル帽子の会」もブースを出した。

DSC_0139日本まつりの場で、周辺での様々な活動や、当地と日本との繋がりを知ることができる意義も大きい。

割りばし鉄砲づくりの工作や、金魚すくいや輪投げなどの日本の縁日遊びの体験コーナーは今年も大人気。主催者によれば、今年は子供の来場が多く、縁日は例年にも増して大盛況となった。

IMG_4963オーディトリアム(講堂)では6つのグループと1人のパフォーマーが順次出演。プログラムは「五大湖太鼓センター」による和太鼓からスタートし、日本のお祭りで見聴きするものとは違った創作パフォーマンス太鼓の魅力を披露した。終盤にも、竹のバチを使った趣の異なる曲など、レパートリーを変えて演奏した。

071今回が日本まつりへの初出場となったのは、イースタンミシガン大学に留学中の書道経験者を中心にした同大学学生たち10名による書道パフォーマンスグループ。書道パフォーマンスは、日本では高校生の全国大会があるほど近年ポピュラーになっているが、数人で音楽に合わせて大きな筆で文字を書いていくもの。この日のために結成されたグループにとって初めてのパフォーマンスでもある今回は、7x6メートルもの巨大な半紙に、モップのような大筆も駆使し、ポップな音楽に合わせて大小の文字を書き上げた。

尚、床で描く様を観客が見れるようにと、同イベント初めての試みとして、舞台の正面と天井とハンドカメラ、計3台のカメラによる同時撮影映像が舞台両側のスクリーンに映し出した。他の演目でも演奏者が大きく映し出され、好評を博した。

120当地で1991年に発足した歴史をもつ女声コーラス「トリリアム」は、大人の女性の声と人生経験が醸し出す豊かなハーモニーで、イギリスの人気作曲家ボブ・チルコット編曲による日本の唱歌の中から、季節感あふれる「おぼろ月夜」「紅葉」「村祭り」と、シャンソンのスタンダード「枯葉」を届けた。

079その「トリリアム」と男声合唱団「ホワイトパイン」のメンバーを中心に、混声合唱をしたい有志が集まった「音もだち(おともだち)合唱団」は、女声と男声が重なって生まれる層の厚いハーモニーで、合唱曲『心の四季』より『愛そして風』などを歌い上げた。

IMG_4894NHK番組「おかあさんといっしょ」15代目‘歌のお姉さん’森みゆきさんが当地で結成した音楽パフォーマンスグループ「ドリームシンガーズ」は子供ならではのピュアな声と表情で、「夕焼け小焼け」などの他、森みゆきさん作曲の「LOVE YOUR LIFE」の歌、そして『南中ソーラン節』の溌剌とした踊りを披露した。

IMG_4915更に、日本の伝統芸能も登場。以前ミシガン州に住んでいた縁から、花柳流の名取である小山みち江さんがオハイオ州から駆けつけ、今回は‘男踊り’である『黒田節』と‘女踊り’の『さくらさくら』、そして面をつけての小唄『紅日傘』、と、3つの形も雰囲気も異なる演目を披露した。本格的な日舞を直に鑑賞する機会を得て、観客から感謝と賛辞の声が集まった。

113邦楽グループ「雅」は、琴3面と管弦楽器とのコラボレーションにチャレンジ。季節にふさわしい人気の箏曲『秋の言の葉』をバイオリンとチェロを交えて現代的にアレンジした曲の他、日本国内外で広くカバーされているヒットJ-POP『雪の華』ではピアノとサックスフォーンと合わせ、多様で新鮮な音色を会場に響かせた。

近隣の才能が集まり、充実したプログラムになった。

20151011_102042野外では昨年に続き、NASCARレースカーとともに日本人唯一の現役NASCAR ドライバー尾形明紀選手が、活動拠点であるノースカロライナから来訪。当地応援団等の協力を得て、ブースを出展した。今年は大日本印刷の提供により、撮った写真を即プリントできる設備が用意され、尾形選手と一緒にレースカーの前で記念撮影をし、その場でプリント、それに尾形選手がサインするというサービスが実施された。順番を待つ行列は途絶えることなく、和田総領事夫妻も記念撮影を楽しみ、日本人はもちろんのこと、アメリカ人も多く訪れ、初めて見るNASCARと写真サービスを喜ぶ顔が印象的であったとの担当者の話。昨年、りんご会補習授業校で講演を行なったこともあり、デトロイト地区ですっかり‘おなじみ’になった感である。

20151011_144159賑わいをみせた日本まつりはJSDウィメンズクラブ会長によるクロージングの挨拶で幕を閉じた。後日、感想を伺ったところ、「訪問者の流れが良くスムーズにいろいろ見て頂けたかと思う」との話。楽しめたとの声が多数寄せられたそうである。

大勢の人々の尽力の成果である。盛りだくさんな内容で、続いていって欲しい。

写真・情報提供:JBSD、JSDウィメンズ他

デトロイト美術館で 桃の節句 ひな祭りイベント

デトロイト美術館で 桃の節句 ひな祭りイベント 7

calligraphy3月5日の日曜日、デトロイト美術館(以下:DIA)の恒例イベントとなった日本の雛(ひな)祭りイベントが開催された。在デトロイト日本国総領事館によるプログラムで、雛人形の展示の他、JSDウィメンズクラブや当地で日本の芸能文化をたしなむ人々等の協力を得て、日本の伝統文化を紹介している。

dance今年は、DIA館内に今秋オープニングする日本ギャラリーのプロモーションも行われ、DIAが誇る荘厳なスペース「リベラ・コート」での茶の湯、生け花、琴、書道、日本舞踊の実演の他、隣のエントランス広間には豪華な雛壇と打掛の着物の展示と折り紙のワークショップコーナー、そして、日本ギャラリーオープニングに合わせて日本から招へいが予定されている伝統工芸マスター(職人)に関する

紹介ブースが設けられた。昨年にも増して盛りだくさんな内容を大勢の来訪者が楽しんだ。

IMG_1599DIAの日本ギャラリー担当者からは、日本ギャラリーが、美しくデザインされたスペースに精選された美術品が並ぶだけではなく、歴史などの背景も伝える展示になることが伝えられた。スライドでいくつかの作品が紹介されたが、中でも、仏像は、米国に7つしかないうちの一つであるとのこと。前述の日本からの工芸作家の実演等は「日本でもなかな目にできないものである」と貴重さを強調した。

DIAのボードメンバーであり、日本ギャラリーのオープニングのチームリーダである大光氏は、引き続きファンドを募っているとの呼びかけと、11月3日と4日にわたってオープニングイベントを行ない、日本手ぬぐいや和紙、江戸人形などの職人の他、日本舞踊の一団や百人一首のトッププレーヤー、豊田市から古武道であり民族芸能である『棒の手』の担い手も来訪し演技を披露する旨が伝えられた。「友人にお伝えください」とのこと。弊紙でも追々詳細を発信してゆきたい。

Display

文化紹介の前に、MCを務めた総領事館の文化担当者より、ひな祭り“ガールズ・デー”は、女の子の成長を祝うと同時に春の訪れを祝う意味もあるといった概要や伝統的な祝い方の解説などが行われた。

実演は、JSDウィメンズクラブによる茶の湯のお点前で幕開け。同会場で数えられない回数の実演をこなしているとあって、即席の茶席ながらも、場慣れした様子で落ち着いた雰囲気を生み出していた。凛とした美しい立ち振る舞いや点前に惹きこまれ、観客席にも粛々とした気配が漂った。お点前の進行に合わせた所作の意味の他、茶道具や掛け軸に関わる日本の美意識や考え方についても説明が添えられた。

IMG_1616いけばなインターナショナルデトロイト支部のメンバーによる生け花の実演披露では、花材の数や色を制限しつつ、それぞれを活かしアレンジして世界観を造り出す生け花の真髄を紹介。チューリップなど身近な花々が異なる趣を見せていく様に感嘆の声が漏れ、出来上がった美しい作品に多くの称賛が寄せられた。

邦楽演奏は平井波子さんとベートマン由記さんの二方による箏で箏曲『さらし風手事』、そして豊田紀弥子さんのバイオリンが加わって琴曲『春の海』を届けた。春らしい和やかで雅な音色に来訪者はうっとりと耳を傾けていた。

書道の実演は書家である藤井京子さんが身の丈以上の書を見事な筆さばきで息をつく間もない速さで披露。自身が事前に春らしい花の絵を施した和紙に、桃の節句にちなんだ和歌「あかざらば千代までかざせ桃の花 花もかはらじ春も絶えねば」を書き上げた。作品は生け花と合わせて飾られ、まだ春遠きミシガンの3月であったが、春の香りを人々に届けた。

日本舞踊は花柳流の名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけて、男踊りである「高砂」と、男女を一人で踊り分ける「荒城の月」、そして面をつけて若い女性を演じる「紅日傘」、趣の異なる演目を披露した。

IMG_1637折り紙を楽しんでいた父と息子の親子に声をかけたところ、折り紙をするのは初めてとのこと。折った‘手裏剣’を手に嬉しそうな表情を見せていた。

米人の来訪者から、当地で日本文化の展示鑑賞だけでなく、実演を見たり、体験したりできる喜びの声が多数寄せられた。車で2時間ほどかかるにも拘わらず、ほぼ毎年訪れ、楽しませてもらっているという米人ご夫妻にも会った。

デトロイト美術館は、自動車産業の繁栄のもと1885年に開館し、以来着実にコレクションを形成。今も6万5千点を超える幅広いコレクションで知られる、アメリカ屈指の美術館の一つである。

IMG_1639デトロイト美術館の後援者グルーブの一つにFriends of Asian Arts & Cultures:FAACがあり、アジアならびに古代中東やイスラム世界の地域を広くアジアと定義して、その多様な視覚的物質的文化の理解と評価を促進することを目的に活動をしている。日本ギャラリーのオープニングを控え、FAACでは、特にミシガンの日本コミュニティーの人々への入会を呼びかけている。

 

田川順照氏 特別インタビュー

田川順照氏 特別インタビュー 1

MrTagawa

デトロイト剣道道場の長である田川氏は2005年に最高段位である八段に合格。数多い剣道人口の中で優れた剣道家らが八段位を目指して稽古に精進しているものの、合格率が1パーセントを下回ることがあるほど八段試験は合格するのが非常に難しいことで知られている。田川氏は2015年全米剣道連盟会並びに国際剣道連盟副会長に就任。2013年には、剣道を通じた良好な日米関係の構築に寄与に対してデトロイト総領事より在外公館長表彰を授与されている。

そして昨年(2016年)5月、その八段の中で特に秀でた剣道家に与えられる剣道範士の称号を受称。全日本剣道連盟が授与する称号の最高位であり、日本国外では初の受称者となった。さらに秋には、日本と外国との友好親善関係促進において特に顕著な功績のあった日本国内外の個人及び団体を表する平成28年度外務大臣表彰を授与された。

昨年末、剣道道場(Novi Meadows Schoolの体育館借用)の練習の前にインタビューの時間をいただき、称号受称ならびに外務大臣表彰の感想と、アメリカでの普及についてお話を伺った。

Q: 国外で初めて「範士」という剣道界で最高の位を受称した想いをお聞かせください。技が優れているだけでは得られない称号だと聞き及んでいますが。

田川氏:日本でもなかなか授称できない最高の位ですから、光栄であり重責を感じています。海外での剣道の普及・発展への尽力や、アメリカ剣士を率いて世界選手権で入賞に導いたことなど、貢献度を評価していただいたのだと思います。世界選手権には審判として5回出場していますが、この回数は他には無く、普通は2、3回です。6回目には国際剣道連盟の副会長として出席しました。

IMG_1264Q: 1975年に剣道連盟の要請に応えて海外での剣道の普及のために渡米された当時の心境について、外務大臣賞受賞の受賞式典の答辞のなかで「熱い志を持って渡米」と語られましたが、もう少し詳しく思いをお聞かせ願えますか。

田川氏: 初めての国際大会が開かれて間もない頃で、きちんとした指導者が海外に居る必要があると感じていました。

ヨーロッパに渡った人もいました。とても意気込んでいました。ややもすると当てっこ打ち合い、チャンバラになりがちな剣道を礼法、着装、基本を正しく指導し、技術のみでなを高めるのでなく人間性を高める剣道を広めなくてはと剣道精神を持って渡米しました。

最初に渡ったロサンジェルスから、10数名の愛好家しかいなかったミシガンに移り、道場を立ち上げました。今やデトロイト道場は70人以上まで増え、また、州内に6つの道場があるほどになりました。

Q: 普及の成果が数でも分かります。アメリカでの指導の難しさは?

田川氏: まず、技の習得うんぬんより前に足が弱いなど体の違いがあり、そこからの指導でした。それと、映画などで観たチャンバラのイメージを持って、それで剣道に入ってくると全く違うわけで、基本稽古が長いことに飽きてしまいます。指導内容や言葉で興味を持たせるようにしながら続けてきました。

精神的な部分の理解は難しい。「礼に始まり、礼をもって行ない、礼で終わる」のが剣道です。おじぎという形の意味ではないです。礼儀が大切で、他のスポーツと違います。

Q: 日本的な精神面を言葉で説明できるものでは無いのでしょうね。

田川氏: 見せ続けること、体で指導することが大事だと考えてやってきました。よその剣道道場で(道場替わりの体育館で)、靴を並べていないとか、親は靴を脱がないとか、モップ掛けを親がしているとか、そういったことに対して、理由を説明して、

「違いますよ」と伝えて、一緒にやりました。体をもって教えなくてはいけないという例です。

Q: アメリカに合わすような妥協はしなかった?

田川氏: 剣道は人間形成の道です。その理念、精神性なしには有り得ません。そもそも、日本の伝統文化の良さを指導者が良く理解し勉強することが大切。上からの押しつけでは無く、理解をはからなくてはなりません。

このごろの若い剣士や子どもたちを見ていて、それが浸透していることを感じます。当初は、雑巾がけをさせると練習に来たがらないなど、アメリカ式にやって欲しいと親に言われたこともありましたが、間違っていなかったのだと感じています。

Q: 米国剣道がレベルアップしていますね。

田川氏: アメリカに来て7年目、32才の時に、ブラジルで開催された世界大会に全米チームのコーチを任され、「日本式に鍛えてやって」と言われ、徹底して厳しく鍛えました。結果、3位に導きました。指導が認められ、その後も選手の強化育成に努めてきました。

☆ ☆ ☆

インタビュー中、練習に向かうアフリカ系米人剣士にも話を伺えた。その若者ブライアンさんが剣道を始めたのは16年前(別の場所)で、その後、日本に5年間留学していた間には、剣道の他、居合道などの武道を週5回のペースでやっていたという。現在剣道四段。日本や中国の哲学、特に禅に興味があり、日本の伝統を学び続けている彼は、一般的な日本人以上に日本伝統の精神性に詳しく、また傾倒している。「剣道は生涯修行であり、その価値がある」と静かな口調で断言した。

田川氏は「彼のように剣道の真髄、さらに日本の伝統を学ぼうと考える人が増えると、正しく広がっていくことであろう」と語り、「彼のほか、アジア系、ヨーロッパ系、ラテン系、アメリカ人に繋がって広がった」「アメリカで剣道を始めた若者が今や道場を支えたり指導者になったりしている。嬉しいことです」と感慨深い感想で締めくくった。

日本での剣道国際大会をレポートした日本のテレビ番組の中、(日本には及ばなかったが)好成績を収めたアメリカの選手たちについて、日本人剣士が「気もちと姿勢は日本の選手と変わらない」と感想を寄せていた。田川氏の寄与したところが多大であるのは確かである。田川氏のご活躍と、当地での剣道の更なる発展を期待したい。

デトロイト美術館〜日本ギャラリーオープンオープニングイベントと日本文化紹介イベント

デトロイト美術館〜日本ギャラリーオープンオープニングイベントと日本文化紹介イベント 2

Copy of IMG_4959IMG_5380この11月、デトロイト美術館(以下DIA)に常設の日本ギャラリーがオープンし、その祝賀記念として多様な日本文化紹介のイベントがデトロイト日本商工会(JBSD)とDIAの共催により盛大に催された。この日のためにJBSD側はイベントの専任チームとしてジャパンチームを結成。現JBSD顧問の大光敬史氏がチームと責任者となり企画・実行し、美術館側との調整を進め、今回の成功に至った。

遡れば、2013年にデトロイト市破綻とともにDIAも破綻したが、その翌年にJBSD企業会員を中心とした日本コミュニティから$3.2ミリオンという多大な寄付金もあってミシガンが誇る美術館は存続。そして、その後DIAとデトロイト市救済のためにJBSD会員が寄付した一部をつかって、日本ギャラリーが開設された。同ギャラリーは日本コミュニティとデトロイト市の絆が形になったスペースと言えよう。大光氏はアメリカのメディア向けに「当地の日本コミュニティとミシガンの人々は長い間、共に成果と友情のつながりを享受してきました。この絆を築けたことに対して、私たちが働き暮らしている地域社会に還元したいと思いました」と支援の源にある思いを表明している。

IMG_4929IMG_478011月4日の日本ギャラリーの一般公開に先駆けて11月2日には、DIAの大ホール:Great Hallに於いて、ミシガン州知事、在デトロイト総領事ほか政府関係者、大口寄付会社の代表者、さらに日本より滋賀県副知事、豊田市長など、約150人を招いて、Japan Galleryのテープカットとギャラリー見学、そして晩餐会が行われた。ミシガン州と姉妹県である滋賀県が晩餐会で供された白米と信楽焼の茶碗を用意したほか、文化紹介イベント中には滋賀産の煎茶の試飲や淹れ方実演を提供、当地総領事館は和菓子作りのブースを担当。デトロイトと姉妹都市である豊田市からは『棒の手』という農民の武術がもとになった武術の保存会グループが実演披露のために来訪した。

このイベントのために、高校生を主とする10名の着物ガールズと8名の法被(はっぴ)ボーイズのボランティアグループが結成され、着物ガールズは来賓客の誘導やテープカットの介添えなどを、法被ボーイズは御神輿かつぎなどを受け持ち、会場に華やかさや凛々しさを与えていた。

IMG_4833晩餐会では、DIAの理事長、和田総領事、シュナイダー州知事、滋賀県副知事、そして藤田JBSD会長が挨拶に上がり、それぞれが、日本ギャラリー開設の祝辞に加えて、日米の良好かつ強い絆を喜び、その継続を祈念する言葉を述べた。シュナイダー州知事が、滋賀県を訪れ交流したことに触れたあと、「市の破綻という困難な時に、日本の企業・人々という大切な友がいてくれた。乗り越えたことを誇りとし、祝そう」「“美”や“人”の意味するところと素晴らしさを子供たちに、その子供たちに伝えたい」と述べた言葉に多くの参席者が頷いていた。続いて、用意された三つの樽酒で鏡開きが行われ祝賀ムードが最高潮になり、豊田市長の音頭で参列者全員による乾杯が挙げられた。

会の終盤には、日本文化紹介のために日本及びロサンジェルスから来訪した6人の伝統工芸の匠と和菓子職人夫妻の紹介、そして、『棒の手』の武術実演、さらに、50か国以上で海外公演を行なってきたプロの舞踊集団『菊の会』による阿波踊りも披露された。そして最後に、一連のイベントの立役者である大光氏が閉会の辞として、日本ギャラリー開設が実現した喜びと週末の文化紹介イベントの成功を祈念することばに重ねて、文化を通した交流が続いていくことを願うことばなどを伝えた。

常設日本ギャラリーの展示品について、詳細は次号1月号に掲載する予定だが、ざっくり言えば“数より質”で、単なる展示ではなく、能の面や衣装などの隣には日本で作成された概説ビデオ上映があり、掛け軸は本格的な床の間に1点のみが収まっており、茶道具の横にはデジタルの“茶の湯体験コーナー”が設置されている。背景にある伝統文化や、生活の中での美術品の在り様を伝えることに重きを置いている。屏風や掛け軸は季節に合わせて展示を替えていくとのこと。伝統的な物ばかりでなく、入り口には現代作家によるセラミック作品が鎮座し、その奥に配置された兜と好対照をなしている。

IMG_5144日本ギャラリーの奥のスペースには特別展示の茶室が出現。一枚壁ではなく、籠のように外から見通せるデザインで、伝統的な形式とは異なるアート作品であるが、他の展示先では中で実際にお点前を供し、外部の自然とつながる特徴的なスタイルについて茶人からも称賛を得たという。

さらに奥の天井の高い大空間には御輿が飾られ、祭り風景の大画像が壁に投影されていた。この御輿は、本イベントのコーデュネーターを務めた伊東氏の父親である御輿職人が寄贈したとのこと。

IMG_4773多くの人々の関りと奔走・尽力があればこそ、ここに在る展示品の数々である。

4日と5日の午前10時から閉館時刻の午後5時まで終日、館内の6カ所の会場で披露された幅広い分野の日本文化紹介イベントは、日系コミュニティと当地とのかけがえのない絆を祝すにふさわしい、非日本人にとって、また、日本人にとっても貴重かつ多彩な内容で、両日ともに訪問者が溢れるほどの賑わいをみせた。

日本の伝統工芸や和菓子の師匠による実演や講演、そして舞踊や武道の披露のほか、アニメーション映画『君の名は。』の上映もあり、日本で大ヒットした作品を当地で鑑賞できる機会にも恵まれた。

多くの時と人力を投じて準備を進めてきた大イベントは盛況のうちに終了したが、何らかの形でDIAでの日本文化紹介の企画を催してゆくとの話である。今後の展開に目が離せない。

ミシガンでトレーニングを積んできた古賀淳也選手、リオ五輪 出場決定!! 日本での強化合宿の前に、アナーバーで祝賀・壮行会開催

ミシガンでトレーニングを積んできた古賀淳也選手、リオ五輪 出場決定!! 日本での強化合宿の前に、アナーバーで祝賀・壮行会開催 5

DSC_63295月1日、アナーバーの日本レストランSlurping Turtleにて、水泳でオリンピック出場を決めた古賀淳也選手を囲んで祝賀・壮行会が催された。当地の日本コミュニティーにとって、喜びの大ニュースであり、貸し切りパーティー場となった会場は、ミシガン大学の関係者や知人をはじめとする大勢の人で満席となった。ちなみに、同店でラーメンを食べた後の試合では負けたことが無いという、古賀選手にとってラッキーなお店なのだという。

古賀淳也選手は1987年埼玉県生まれで現在28歳。春日部共栄高校、早稲田大学出身の競泳選手。2012年の冬より、アナーバーにあるミシガン大学のクラブチームClub Wolverine Elite Teamで練習を積んできた。専門は背泳ぎ。100m背泳ぎで2009年世界選手権を制した経歴を持つ。2012年のロンドン五輪代表選考会兼日本選手権水泳競技大会では100m背泳ぎ2位を収めたにも拘わらず派遣標準記録に0秒05届かず五輪出場を逃した。今年4月に行われたリオデジャネイロ五輪代表選考会兼日本選手権水泳競技大会で100m背泳ぎ3位・100m自由形4位の結果、100m背泳ぎでの五輪出場を逃すも、400mフリーリレーで五輪初出場を決めた。

DSC_6327古賀選手はSlurping Turtleによく来店していたそうで、店長の名倉氏が「店で祝賀の会をやりたい」と話したところ、ミシガン大学の日本研究センター(CJS)が喜んでオーガナイズを引き受けた。そして、在デトロイト総領事館からの助成金も得て、祝賀・壮行会が実現した。会場には、ひまわり幼稚園ならびにコアラクラブの子供たちが手掛けた横断幕やこいのぼりが飾られ、明るい雰囲気を高めていた。

DSC_6316会の冒頭、在デトロイト総領事館の野田領事より「何とカッコイイ好青年!」との実感のこもった声に続けて、古賀選手の経歴や過去の記録を紹介。「常人では理解できないプレッシャーがあることと思うが、持ち前の根性で頑張って欲しい」とのエール、そして、ミシガンで特別に応援している人がいることを思い出して大会に挑んで欲しいと、日本コミュニティーの想いを代表して伝えた。「スポーツの部門で日米関係の強化ができた」と、外交寄与での功績に対する感謝の言葉も添えた。

古賀選手は挨拶のスピーチで、感謝の言葉を告げた後、手のひら一つの差で五輪出場を逃してきた無念に触れ、「結果への諦めが肝心であり、どれだけ素早く前を向けるかが大事」とチャレンジを続けた心持ち、そしてその結果、リオに行ける喜びを率直に語ってくれた。

その後、祝賀に駆けつけた人々一人ひとりと朗らかに談話をしたり、写真撮影やサインにも笑顔で応じ、人気と高い評価を集めていた。「今回のニュースを聞くまで、失礼ながら存じ上げていなかったけれど、すっかりファンになりました」との声もあった。

DSC_6325Q&Aタイムには、寄せられた多くの質問に丁寧に答えた古賀選手。対応の仕方や話の内容に、誠実さとユーモラスな人柄が溢れていた。「なぜミシガンで?」との質問には、「いろいろな大学とコンタクトし、一番初めに快い返事をくれたので決めた」と答え、きっぱりと潔い一面も垣間見られた。

「ミシガン州から古賀選手を中心に応援します。」との野田領事の音頭で、全員で一本締めをして、結束を固めた。

DSC_6322散会後、インタビューに応じて頂いたが、まず、この日の会について尋ねたところ、「こんなにたくさん集まってくれて率直に嬉しい。応援が心強い。単身ミシガンに来て、このように目に見える形で応援してくれている人が大勢いると分かって力になる」と思いを語ってくれた。また、コーチやチームメイトにも恵まれ、ここでトレーニングして本当に良かったとも。元々海外の選手と思い切り競泳できるタイプであったが、日々高いレベルで泳げたことが良かったと成果を分析。専門としていた背泳ぎに関してはオリンピック出場が叶わず心が折れたが、ゼロから一つずつ積み上げてきたことが分かっているので自信につながり、気持ちを切り替えて自由形のレースに挑めたと話す。海外というそれまでとは異なる環境に自ら飛び込んだ古賀選手。言葉の壁や苦労は無かったと、きっぱり断言した。「話そうと思えば聞いてくれる」「(周囲の)人柄が良く、甘える形でやってこれた」という。

古賀選手はトレーニングで多忙な中でも、ミシガン大学関係の東日本大震災2周年メモリアルイベントでスピーカーを務めるなど、地域貢献にも尽力してきた。2009年の世界水泳選手権男子100m背泳ぎで日本新記録を出して優勝するなど輝かしい成績を収め、注目を集めてきた古賀選手は、東日本大震災の直後、何ができるか思案し、ボランティアに関するウェブサイトを仲間と立ち上げ、また、著名であることを生かして新聞やテレビも使って多くの人に情報を発信した。「僕は水泳選手なので、水泳で希望を与えたい」と震災2周年のイベントの折、話していた。

競泳日本代表は強豪で、メダル獲得が期待されている。支援に尽力してきた古賀選手を今度は我々が応援しましょう!

デトロイト美術館で雛祭り

デトロイト美術館で雛祭り 6

1ikebana寒さが緩んだ3月6日の日曜日、デトロイト美術館(以下:DIA)の恒例イベントとなった日本の雛(ひな)祭りイベントが開催された。在デトロイト日本国総領事館によるプログラムで、雛人形の展示の他、JSDウィメンズクラブや当地で日本の芸能文化をたしなむ人々等の協力を得て日本の伝統文化を紹介している。

IMG_4410今回は、DIA館内に来年オープニングが予定されている日本ギャラリーのプロモーションも行なわれ、DIAが誇る荘厳なスペース「リベラ・コート」での茶の湯や日本舞踊、邦楽、生け花の実演の他、隣のエントランス広間には豪華な雛壇の他、打掛の着物の展示、アート紹介ブース、そして折り紙のワークショップコーナーが設けられ、例年より盛りだくさんな内容を大勢の来訪者が楽しんだ。

日本ギャラリーのプロモーションとして、DIAのアジア美術の担当者であるビルギッタさんより、日本ギャラリーの規模や、それに向けて行なわれているプロジェクト並びにイベントの紹介がなされた。開設に向けては、日本人を含む「コミュニティ・コンサルタント」が特別に組織され、プロジェクトの推進に尽力していることも伝えられた。

総領事館の文化担当者より、雛祭りは女の子の成長を祝うと同時に春の訪れを祝う意味もあるといった概要や伝統的な祝い方の解説などが伝えられた。

実演は、日本舞踊で幕開け。以前ミシガンに住んでいた縁で、花柳流の名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけて、祝いの席の舞「松の緑」と、軽快な民謡舞踊「おてもやん」を衣装を替えて披露した。小山さんは、ミシガン滞在中に、日本祭りの第1回目の盆踊りの指導にあたったとのこと。縁によって、貴重な伝統芸能を鑑賞する機会が得られた。

IMG_4461JSDウィメンズクラブによる茶道実演では、巨大壁画に囲まれた即席の茶席ながらも、落ち着いた雰囲気を生み出していた。凛とした美しい立ち振る舞いや点前に惹きこまれ、観客席にも粛々とした気配が漂った。お点前の進行に合わせた所作の意味の他、茶道具や掛け軸に関わる日本の美意識や考え方についても説明が添えられた。

邦楽演奏は、当地で活躍する邦楽グループ『雅(みやび)』の琴に弦楽器が加わって、琴曲「春の海」と「秋の言の葉」を華麗に披露。和洋の絶妙なコラボに来訪者はうっとりと耳を傾けていた。雛祭りイベントとあって、子供の観客も多く見られたが、じっと見入っている姿が印象に残った。

後半には、いけばなインターナショナルデトロイト支部のメンバーによる生け花の披露が行なわれ、花材の数や色を制限しつつアレンジして世界観を造り出す生け花の真髄を紹介。美しい作品に多くの称賛が寄せられた。

IMG_4488折り紙を楽しんでいた母娘に声をかけたところ、日系4世だという母あけみさんはカルフォルニアから当地へ来て1年ほどで、カルフォルニアに比べて日本文化に触れる機会が少ないミシガンでのこのイベントに感謝。日本語は話せないそうだが、日本文化は娘にしっかり伝えたいと語った。米人の来訪者からは、雛人形の繊細さや着物の優美さに感嘆の声が集まった。

IMG_4502桃の節句とも呼ばれ、春の訪れを伝える行事でもある雛祭り。今年は暖冬といわれ、この日も天気に恵まれたものの、桃の花が咲く春にはまだ遠いミシガンの午後であったが、和服姿で実演や手伝いにあたる女性の姿も彩を添え、明るさと優雅さが溢れるイベントであった。

デトロイト美術館は、自動車産業の繁栄のもと1885年に開館し、以来着実にコレクションを形成し、美術品の所有数と幅広いコレクションで知られる、アメリカ屈指の美術館の一つである。

IMG_4504DIA後援グルーブの一つに「フレンズ・オブ アジアン・アート&カルチャー(Friends of Asian Arts & Cultures:FAAC)」があり、アジアならびに古代中東やイスラム世界の地域を広くアジアと定義して、その多様な視覚的物質的文化の理解と評価を促進することを目的に活動をしている。日本ギャラリーのオープニングを来年に控え、FAACでは、特にミシガンの日本コミュニティーの人々への入会を呼びかけている。

DIAウェブサイト:http://www.dia.org/

Miyuki Mori ひな祭りコンサートMiyuki Mori ひな祭りコンサート

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  『おかあさんといっしょ』の第15代 ‘歌のお姉さん’

   デイライト・セービング・タイムに変わった3月8日、寒さが緩み明るい陽射しに恵まれた午後、森みゆきさんによるコンサートがノバイミドルスクールにおいて催された。

   みゆきさんはNHK子供番組『おかあさんといっしょ』の第15代‘歌のお姉さん’として1983年にデビュー。結婚を機に1999年よりミシガン州に在住し、日本とアメリカで、音楽活動のほか、豊かな経験や見聞をもとに、講演や執筆など幅広く活躍を続けている。2007年、ライフワークの一つとして「日本の歌を通して美しい日本語や日本文化を習得し、チームワークの貴さを学べるように」と、ユースを対象としたミュージックパフォーマンスグループ‘Dream Singers(以下D.S.)’を発足した。毎年メンバーを募集し、自ら指導にあたっている。技術習得だけでなく、パフォーマーとしての意識、仲間との協調を大切にしている。D.S.は、コミュニティーイベント、インターナショナル子供フェスティバルなどに参加し、国際交流、文化紹介の担い手としても活躍。今年のメンバーは8期生にあたる。

   D.S.の活動のなかでも大きなゴールである年に一度の“Miyuki Mori Concert with Dream Singers” は今年で7回目を迎えた。今回の“ひなまつりコンサート”は、「ともだちっていいね」がテーマ。友達の大切さを感じる曲を中心にしたプログラムが組まれ、ほのぼの感があふれるコンサートとなった。

   過去にも共演してきた音楽友達として、邦楽グループ『雅』、そしてピアノ伴奏に加藤乃扶子さん、デュエットパートナーとして近藤まりなさんを迎え、温かさと豊かさを添えた。

  舞台は、みゆきさんのソロによる日本の名曲「浜辺の歌」のしっとりとした歌声で開幕。「ザ・日本、という感じで始まりましたので、品よく・・・こんにちは!」とのユーモアを交えた挨拶に観客が応え、一体感のあるコンサートがスタートした。『雅』のお二方の琴の音とD.S.の愛らしい声が加わった「うれしいひな祭り」が流れ、会場は懐かしい日本の雰囲気に包まれた。

   『おかあさんと一緒』で培った温かいトークと参加型の演目など、ライブならではの演出がみゆきさんのコンサートの特色だが、さっそく観客を「うれしいひな祭り」の一番の歌詞で童謡「うさぎとかめ」「線路は続くよどこまでも」の替え歌を歌ったり、隣の人と握手する動きをつける遊びに誘いこんだ。

   アメリカで大ヒットしたフォークソング「Puff the Magic Dragon」には優雅な琴の伴奏がつき、日本語と英語の歌詞両方で優しく歌い上げた。和洋合わさった趣ある演奏に、幼い子供も夢見るように聴き入っていた。

  一変して、チェックのスカートに白いブラウスとネクタイという制服っぽい衣装が初々しさを放つD.S.が「歌えバンバン」をボディパーカッションを加えて元気はつらつと歌唱。間を空けずに、みゆきさんのソロ、D.S.のユニットなど、形態を変えて日本の童謡やポピュラーな歌謡曲が続いた。

   「縦の糸(あなた)と横の糸(私)が織りなす布が、いつか誰かを温め得るかもしれない」との共感的な歌詞の「糸(中島みゆき作)」の演奏は、みゆきさんのピアノの弾き語りと、みゆきさんと幼いころから既知の仲で、音楽スクールに通いつつ歌唱活動をしている近藤まりなさんとのデュエットで届けられた。二人が織りなしたハーモニーは、多くの人の心を温めたことであろう。

  D.S.のメンバーは英語と日本語で曲紹介やソロもこなし、異文化の中でたくましく自己表現の力を伸ばしていることが窺えた。年少のメンバーが手を取り合って歌った「たいせつなともだち」では、

「二人だと心が温かい。君と一緒ならもっと勇気をもてる」との歌詞と、ひたむきで愛くるしい姿が、聴く人の涙を誘った。

  後半はD.S.メンバーの一人による切れの良い和太鼓演奏でスタート。ハッピ姿のD.S.による「南中ソーラン節」の元気いっぱいな踊りで会場は祭りムードに盛り上がった。

  「サウンドオブミュージック」のモデルとなった実在のトラップファミリーとの、みゆきさん自身の交流話のあと、恒例となった「ドレミのうた」の即席替え歌づくりに観客と共にチャレンジした。

   そしてまた穏やかなムードに一転。みゆきさんが愛娘とD.S.の子供たちを見ていて「こんな風に育ってくれたら嬉しいなという気持ちを歌にしたい」との思いで作詞作曲した「さくらの子」を熱唱。終盤は、東日本大震災の復興ソング「花は咲く」の他、「いじめや孤独感に負けないで、自分自身を信じて生き、自分の人生を好きになって」という思いが込められた「LOVE YOUR LIFE(森みゆき作詞作曲)」など、人生応援ソングが続いた。

   プログラムの最後。「アメリカにいればこそ、より友達の大切さを感じる。親族がそばにいないので友達が家族のように思えるのでは・・」との、みゆきさんの心からの声を前置きに、みゆきさん作詞作曲による「See you again Smile again…」で穏やかな空気が漂うなか、再会を祈る思いを余韻に残して幕が閉じた。

「ともだちっていいね」

みゆきさんよりメッセージ

  このアメリカに駐在や永住という形で過ごしている日本人の子供たちにとって「ともだち」という存在は、言葉の面はもちろん、様々な精神面での影響を大きく受けるに違いないと感じます。今時の子供たち同士の接し方を見ていると、子供自身が本来持っている本質的ものは何も昔と変わらないのかもしれませんが、社会的環境が大きく変化したために、ケンカしたり仲直りしたりという場面も素朴さ(素直さ)が乏しくなり、言いたいこともうまく言えない子、相手の気持ちを考えずに自分の主張だけを強く言ってしまう子、頭では理解していても行動に出せない子、様々な問題を抱えている子が多くなっているように感じます。何か物がないと遊ぶアイディアも出にくい様子や、目と目を見ながら会話することもうまく出来ない子供も見かけます。

  子供たちは子供たち同士、いつの間にか仲良く遊んでいることも多いのですが、友達との接し方、友達がいてくれるおかげでという気持ちがあれば、思いやりや協調性も自然に身についてくるのではないでしょうか。私たち大人は、子供たちの様子を見守りながら友達の尊さを教えてあげたいとも思います。そのためには、まず私達大人が友達の存在を大切に想う気持ちや姿を見せてあげることも重要かもしれませんね。

  『おかあさんといっしょ』の第15代 ‘歌のお姉さん’

   デイライト・セービング・タイムに変わった3月8日、寒さが緩み明るい陽射しに恵まれた午後、森みゆきさんによるコンサートがノバイミドルスクールにおいて催された。

   みゆきさんはNHK子供番組『おかあさんといっしょ』の第15代‘歌のお姉さん’として1983年にデビュー。結婚を機に1999年よりミシガン州に在住し、日本とアメリカで、音楽活動のほか、豊かな経験や見聞をもとに、講演や執筆など幅広く活躍を続けている。2007年、ライフワークの一つとして「日本の歌を通して美しい日本語や日本文化を習得し、チームワークの貴さを学べるように」と、ユースを対象としたミュージックパフォーマンスグループ‘Dream Singers(以下D.S.)’を発足した。毎年メンバーを募集し、自ら指導にあたっている。技術習得だけでなく、パフォーマーとしての意識、仲間との協調を大切にしている。D.S.は、コミュニティーイベント、インターナショナル子供フェスティバルなどに参加し、国際交流、文化紹介の担い手としても活躍。今年のメンバーは8期生にあたる。

   D.S.の活動のなかでも大きなゴールである年に一度の“Miyuki Mori Concert with Dream Singers” は今年で7回目を迎えた。今回の“ひなまつりコンサート”は、「ともだちっていいね」がテーマ。友達の大切さを感じる曲を中心にしたプログラムが組まれ、ほのぼの感があふれるコンサートとなった。

   過去にも共演してきた音楽友達として、邦楽グループ『雅』、そしてピアノ伴奏に加藤乃扶子さん、デュエットパートナーとして近藤まりなさんを迎え、温かさと豊かさを添えた。

  舞台は、みゆきさんのソロによる日本の名曲「浜辺の歌」のしっとりとした歌声で開幕。「ザ・日本、という感じで始まりましたので、品よく・・・こんにちは!」とのユーモアを交えた挨拶に観客が応え、一体感のあるコンサートがスタートした。『雅』のお二方の琴の音とD.S.の愛らしい声が加わった「うれしいひな祭り」が流れ、会場は懐かしい日本の雰囲気に包まれた。

   『おかあさんと一緒』で培った温かいトークと参加型の演目など、ライブならではの演出がみゆきさんのコンサートの特色だが、さっそく観客を「うれしいひな祭り」の一番の歌詞で童謡「うさぎとかめ」「線路は続くよどこまでも」の替え歌を歌ったり、隣の人と握手する動きをつける遊びに誘いこんだ。

   アメリカで大ヒットしたフォークソング「Puff the Magic Dragon」には優雅な琴の伴奏がつき、日本語と英語の歌詞両方で優しく歌い上げた。和洋合わさった趣ある演奏に、幼い子供も夢見るように聴き入っていた。

  一変して、チェックのスカートに白いブラウスとネクタイという制服っぽい衣装が初々しさを放つD.S.が「歌えバンバン」をボディパーカッションを加えて元気はつらつと歌唱。間を空けずに、みゆきさんのソロ、D.S.のユニットなど、形態を変えて日本の童謡やポピュラーな歌謡曲が続いた。

   「縦の糸(あなた)と横の糸(私)が織りなす布が、いつか誰かを温め得るかもしれない」との共感的な歌詞の「糸(中島みゆき作)」の演奏は、みゆきさんのピアノの弾き語りと、みゆきさんと幼いころから既知の仲で、音楽スクールに通いつつ歌唱活動をしている近藤まりなさんとのデュエットで届けられた。二人が織りなしたハーモニーは、多くの人の心を温めたことであろう。

  D.S.のメンバーは英語と日本語で曲紹介やソロもこなし、異文化の中でたくましく自己表現の力を伸ばしていることが窺えた。年少のメンバーが手を取り合って歌った「たいせつなともだち」では、

「二人だと心が温かい。君と一緒ならもっと勇気をもてる」との歌詞と、ひたむきで愛くるしい姿が、聴く人の涙を誘った。

  後半はD.S.メンバーの一人による切れの良い和太鼓演奏でスタート。ハッピ姿のD.S.による「南中ソーラン節」の元気いっぱいな踊りで会場は祭りムードに盛り上がった。

  「サウンドオブミュージック」のモデルとなった実在のトラップファミリーとの、みゆきさん自身の交流話のあと、恒例となった「ドレミのうた」の即席替え歌づくりに観客と共にチャレンジした。

   そしてまた穏やかなムードに一転。みゆきさんが愛娘とD.S.の子供たちを見ていて「こんな風に育ってくれたら嬉しいなという気持ちを歌にしたい」との思いで作詞作曲した「さくらの子」を熱唱。終盤は、東日本大震災の復興ソング「花は咲く」の他、「いじめや孤独感に負けないで、自分自身を信じて生き、自分の人生を好きになって」という思いが込められた「LOVE YOUR LIFE(森みゆき作詞作曲)」など、人生応援ソングが続いた。

   プログラムの最後。「アメリカにいればこそ、より友達の大切さを感じる。親族がそばにいないので友達が家族のように思えるのでは・・」との、みゆきさんの心からの声を前置きに、みゆきさん作詞作曲による「See you again Smile again…」で穏やかな空気が漂うなか、再会を祈る思いを余韻に残して幕が閉じた。

「ともだちっていいね」

みゆきさんよりメッセージ

  このアメリカに駐在や永住という形で過ごしている日本人の子供たちにとって「ともだち」という存在は、言葉の面はもちろん、様々な精神面での影響を大きく受けるに違いないと感じます。今時の子供たち同士の接し方を見ていると、子供自身が本来持っている本質的ものは何も昔と変わらないのかもしれませんが、社会的環境が大きく変化したために、ケンカしたり仲直りしたりという場面も素朴さ(素直さ)が乏しくなり、言いたいこともうまく言えない子、相手の気持ちを考えずに自分の主張だけを強く言ってしまう子、頭では理解していても行動に出せない子、様々な問題を抱えている子が多くなっているように感じます。何か物がないと遊ぶアイディアも出にくい様子や、目と目を見ながら会話することもうまく出来ない子供も見かけます。

  子供たちは子供たち同士、いつの間にか仲良く遊んでいることも多いのですが、友達との接し方、友達がいてくれるおかげでという気持ちがあれば、思いやりや協調性も自然に身についてくるのではないでしょうか。私たち大人は、子供たちの様子を見守りながら友達の尊さを教えてあげたいとも思います。そのためには、まず私達大人が友達の存在を大切に想う気持ちや姿を見せてあげることも重要かもしれませんね。

日本の和太鼓グループ‘山木屋太鼓’ミシガンで福島トリビュート・コンサートや交流

日本の和太鼓グループ‘山木屋太鼓’ミシガンで福島トリビュート・コンサートや交流 8

20160322-_DSC1857「太鼓の素晴らしさを改めて感じた」

この言葉は‘山木屋太鼓’の演奏を聞いた観客の声であり、太鼓メンバーの声でもある。

去る3月下旬、福島を拠点とする和太鼓グループ‘山木屋太鼓’のメンバー10名がミシガンを訪れ、福島の今、故郷の現状を音楽の力で発信するために、大小のコンサート、学校や音楽スクールでのワークショップを行なった。

20160322-_DSC18413月22日(火)にアナーバーのパワーセンターで催された「福島トリビュート・コンサート」には、平日の夜にも拘わらず概算650人の観客が会場を埋めた。

幕開けは、和太鼓の貸出・運搬などで協力した当地の和太鼓センター‘五大湖太鼓センター:Great Lakes Taiko Center’(Novi拠点)のパフォーマンスグループ‘雷音:Raion’ならびに‘五大湖ドラマーズ’による演奏でスタート。3曲目の『五大湖』というオリジナル曲は両グループの合同で総勢15名の迫力ある演奏となり、会場に轟きを響かせた。

山木屋太鼓は、グループのリーダーでもある遠藤元気さんの作曲による6曲を含む10曲を披露。『灯』『郷愁』など、題名も故郷や日本の情緒を表すもので、篠笛や多様な太鼓の音色を組み合わせて、自然の繊細さや雄大さを豊かに伝えた。

tokothreshold「福島トリビュート・コンサート」ということで、被災地支援のつもりで訪れたという観客の一人は、「生き生きとした姿や響きに、むしろ力をもらいました。日本のこと、人の強さ、いろいろなことに思いを馳せながら、涙が溢れました」と感動の思いを寄せた。「魂が屋根を突き抜けて飛んでいくのが見えるような凄い演奏でした。子供の演奏は、魂が純粋なので、どんなプロでもかなわないような凄いものが出てきます。逆境が彼らをここまで昇華させたかなと思いました」と、音楽指導者でもある女性が言葉にした。

20160322-_DSC1964_e山木屋太鼓は2001年に地域に根差す若者の育成と発展を目的に結成され、以来故郷の自然をテーマに曲を創作し活動を続けている。活動の本拠地を構えていた福島県川俣町の山木屋地区は東日本大震災による東京電力福島第1原発事故に伴い、震災後やや経ってから避難区域に指定された。人々が散り散りになり混乱と不安のなかにあって、「太鼓の灯を消したくない」という強い思いによって、2カ月後に移転先で半数ほどのメンバーで活動を再開。困難を乗り越え結束を強め、最近は日本各地で精力的に演奏活動をしている。2012年4月にはワシントンDCの100周年桜祭りに招まれて演奏した経験もある。その北米での演奏機会を通して、「招待して元気づけてくれたアメリカの地で恩返しの想いも込めて演奏したい」「和太鼓の持つ力を認識し、力を得た。還元したい」という熱意を抱いて、このたび当地を訪れた。今回の遠征に参加したのは高校生から27歳までの若者たち。リーダーの遠藤さんと同じく最年長の菅野優さんは、「日本とは感動の仕方が違うところで演奏し、太鼓に対して『あらたな希望』を感じて欲しい」と後輩に期待を寄せた。若手メンバー達はその想いを共にし、改めて「太鼓のパワーを再認識した」「観客の顔が見えて、心の底から燃えてくるものがありました」

20160322-_DSC1990「日本で演奏するのとは違う興奮を感じました。しっかりと伝えなくちゃ、という気持ちもあった」と話してくれた。

演奏が終わった途端に上がった観客の歓声と爆発的な拍手が、彼らの想いやパワーがしっかり届いたことを表わしていた。

yamakiya_powercenter-1彼らとミシガンとの繋がりの発端となったのは、ミシガン在住のww。美術、音楽など多彩なアーティストである椎木さんは東日本大震災以来、アート作品で東北と海外とを繋ぐプロジェクトや義捐金集めの音楽イベントなどを実施してきたが、2013年、福島にボランティア活動で訪れた後、福島に住む人々の声を海外に届けたいとドキュメンタリー映画制作に取り組み始めた。その取材で山木屋太鼓のメンバーはインタビューに応じ、映画にも登場している。

映画では触れていないが、「皆の夢はなんですか?」という透子さんの質問に対して、「震災後すぐに招待してくれ演奏の機会を作ってくれて元気づけてくれたアメリカの地でもう一度恩返しの想いも込めて演奏したい」と答えた彼らに、「是非ミシガンで演奏してもらいたい」と伝え、それに山木屋太鼓が賛同し、今回の訪米企画がスタートしたのだそうだ。

IMG_4792福島を数回再訪し取材を重ねて撮影・制作した映画『スレッショルド:福島のつぶやき』は昨年2015年に完成し、当地の上映会で反響を呼んだ。今回のトリビュートコンサートの2日後にも上映会が行われた。映画には、自宅からの避難を余儀なくされた人、福島から遠くへ離れる選択をした人、または福島で住み続ける人など、立場や事情の異なる多くの人々が登場する。原発事故によって住み慣れた故郷を離れたり、日々の活動、人との繋がりも断ち切られたことの痛み等だけでなく、今を模索しながらも精一杯生きる喜びもが語られる。

IMG_9281透子さんの訪日に同伴したご主人も音楽家であり、音楽好きの魂が呼び合うのか、出会った人々=登場する人たちも音楽を愛する人が多数を占める。中学のブラスバンド、魂の声を歌うミュージシャン、そして山木屋太鼓。逆境の中での音楽の力が強く伝わる。

今回の上映会の後にも山木屋太鼓の演奏が披露され、数曲ではありながら、持てる力を振り絞るかのような迫力ある音が会場を満たし、観客は心を鷲掴みされたような表情で聴き入っていた。目頭を押さえる観客の姿も多く見られた。

今回のツアーは、透子さんとミシガン大学音楽スクール教授であるご主人がコンサートやワークショップの準備のみならず、滞在先などのアレンジも行ない実現にこぎつけた。上映会の最後に、多数のミシガン大学関連の機関、賛同者の名前を挙げ、謝意と喜びを伝えた。

20160322-_DSC2313今回のツアーの資金の提供は、主にミシガン大学のスクール・オブ・ミュージック・シアター&ダンス、センター・フォー・ジャパニーズ・スタディーズ、センター・フォー・ワールド・パフォーマンス・スタディーズが行なったが、当地の日本人女性を中心とするNPOミシガン雫の会も協賛。かねてから東北支援のために行ってきた募金活動やバザーなどの収益金および東北支援活動の目的で拝受したJBSD基金やシカゴ会からの毎年の寄付金から、渡航や、コンサート会場の照明の費用等を援助した。歓迎交流会の料理も提供し、在米日本人女性のパワーを発揮した。ちなみに、リーダーである遠藤さんは昨夏に単身で下見とコネクションづくりのために当地を訪れており、その支援にも雫の会が尽力した。また、ミシガン大学の学生の組織であるJSA(Japan Student Association)が、現地での緊急な出費などのサポートをしたことも特筆に値する。

IMG_4777和太鼓のパワーは広がる。ワークショップにも協力し、山木屋太鼓の活動や演奏にほぼ連日同行した五大湖太鼓センター主宰者であるブライアン・ソウル氏は、「自分が数年前に、低迷するデトロイトを力づけたいという思いで和太鼓センターを開いたときの初心を思い出した」「コンサートで、観客やメンバーの表情を見て、和太鼓をやってきて良かったと心から思った」としみじみと語った。その言葉を受けて、山木屋太鼓のリーダー遠藤元気さんは、

「お借りした太鼓に魂を吹き込んで打ちました」「これからは私達の想いと合わせて演奏して頂けたら嬉しい」とエールを送った。

山木屋太鼓のツアーはミシガンを去って終了ではなかった。日本で渡航のための寄付や応援をしてくれた人々へのお礼の意をこめたコンサートを5月の連休中に開催したとのこと。

「故郷の鼓動、そして震災から学んだことを和太鼓の響きとともに発信する為に、ミシガンに遠征し演奏したい」と、支援金を呼びかけるネット上に心情を表していたリーダーの遠藤さんに、演奏後の感想や山木屋太鼓の近況を寄せていただいた。

*facebookで「Yamakiya Taiko Video Compilation山木屋太鼓ツアー・ダイジェスト」の視聴が可能。

JBSDスポーツ部会主催 第25回 親善ソフトボール大会

JBSDスポーツ部会主催 第25回 親善ソフトボール大会 9

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JBSD(デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催親善ソフトボール大会が9月11日と9月18日の日曜、ノバイ市のレクリェーションパークで開催された。両日とも好天に恵まれ、活気溢れるスポーツイベントとなった。今年は第25回大会。駐在員は数年で帰任することが多く毎年出場者の入れ替わりは激しいが、一方で永住者や再赴任者などを含め、第1回大会を知る人も存在する。あちこちで再会を喜ぶ声や挨拶が飛び、和やかな親睦の場となった。

img_0175初秋の青空の下、早い時間から肩慣らしをする出場者たちの姿が見られた9月11日、色づき始めた木々が日の光に輝きを放った朝8時半過ぎ、開会式が始まった。JBSDスポーツ部の河本部会長の開会の挨拶、続いて昨年の優勝チームによるトロフィー返還とルールの説明が行なわれた後、第1戦は開始された。試合は10人制のトーナメントで、5イニングス又は規定の時間終了までの勝負。チームに女性または40歳以上を必ず含める条件がある。俗に“助っ人”と呼ばれる非日本人または非JBSD会員の参加も認められているが、人数制限が設けられており、バランスよく皆がこの大会を楽しめるよう工夫がなされている。

第一週目では、投手がスローピッチでのストライクゾーンをつかめずフォアボールが続いてしまう場面も見られ、5イニング制という試合の短さもあり、チームが本調子を出せないまま勝敗が決まってしまうゲームも見られた。しかし昨年の1位から4位までのチームはいずれも第1週目を勝ち抜き順調な滑り出し。昨年と一昨年の覇者、桜組(ソフトボールクラブ)は第1、

dsc_6839第2戦とも20点という大量得点を重ねた一方、相手にほとんど得点を許さぬ余裕で駒を進めた。今回は36チームが出場登録したが、試合直前に出場選手をかき集めた即席組から日頃リーグで活躍する選手を抱える組まで、歴然とした力の差は悲喜こもごも。当日人数が揃わず不戦敗に終わったところもあり、2試合が不戦勝、また6試合が20点以上の得点差となった。

昨年3位のSEWS Curbs(Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.)は第2回戦で固い守備力を発揮し無失点の勝利を収めた。昨年4位のNISCO(Nishikawa of America)は“Nishikawa らば~ず“のチーム名のもと第1戦で27点、第2戦で26点という高得点を獲得した上、両試合いずれも1失点 のみという攻守の良さを見せつけ、ベスト8入りを決めた。

img_0154昨年2位の TG Tigers (Toyoda Gosei North America)は21対5という快調な滑り出しをを見せたが、第2戦で5対6の僅差でYazaki Arrows(Yazaki North America, Inc.)にベスト8進出を阻まれた。

第2週目。朝9時から残りのベスト8進出決定戦が4つのフィールドで進行され、以下のチームがベスト8に進出した。

ベスト8(登録番号順)

桜組;Sakura-Gumi Softball Club

BOMBERS;Japan Auto Business Consulting, LLC, デルタ航空他

SEWS Curbs;Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.

TBA (TOYOTA BOSHOKU AMERICA);トヨタ紡織アメリカ

Yazaki Arrows;Yazaki North America, Inc.

日産自動車;日産自動車

Nishikawa らば~ず;NOA & NISCO

AISIN ALLSTARS;FT Techno of America, LLC. Aisin Technical Center of America, Inc.

準々決勝。時折練習試合も行なってきたという、例年ベスト8に食い込むBOMBERSと二連覇中の桜組が息をのむ好試合を繰り広げた。どちらもかなり鋭い伸びのある当たりを出すも、両者とも確固たる守り。結局、チャンスを上手く点に繋げたBOMBERSが1点差で駒を進めた。

第1戦で本大会の最高得点となった28点を記録し、2回戦も大差で勝ち進んできたTBA(TOYOTA BOSHOKU AMERICA)はSEWS Curbs相手になかなか点が取れず敗退。また昨年同点の末にコイントスで敗れ準決勝進出を逃したYazaki Arrowsは得点を重ね、運命のいたずらに阻まれることなく準決勝入りを果たした。連続高得点を重ねてきたNishikawaらば~ずは、こちらも攻守に優れたAISIN ALLSTARSとの戦いで確実に打者を繋げ勝ち進んだ。

準決勝、BOMBERSは日光でボールを見失いフライを取り損ねる場面もあったが、相手SEWS Curbsの満塁のチャンスにも落ち着いた好守備で切り抜け、決勝の舞台に上がった。Yazaki ArrowsとNishikawaらば~ずの準決勝戦は、快打が出るものの互いに容易には点が取れず、応援席も大きく盛り上がった。Yazaki Arrows応援団の子供たちの声援とそれに応える粘り、高校生選手のシャープなプレーとそれに刺激されるNishikawaらば~ずの勢いとの競い合いが続いた結果、Yazaki Arrowsが決勝戦へ躍り出た。

昨年の上位シード4チームがすべて消えてしまった決勝戦。昨年優勝の桜組を破ったBOMBERSが有利、との予想を口にする観客が多かったが、応援団と共に決勝まで快進撃した喜びを両手を挙げて表し活気に溢れ勢いに乗るYazaki A r r o wsの上向きパワーが炸裂。1回の表、Yazaki Arrowsがまずボールを辛抱強く慎重に見極めフォアボールで塁に出た後、大きな当たりを飛ばし2点を入れスタート。BOMBERSものっけから果敢に攻め、快打を連発し4点を返した。Yazaki Arrowsの子供たちの“You can do it!”の声援に選手たちも互いに声を送り合い、“Yes, I can!” とばかりに2回表で5点を奪取し、すかさず逆転。勢いに乗るYazaki Arrowsに対し、BOMBERSは、この日早朝からの4試合目となりさすがに疲れが出たのか、粘り強く攻め続けるも得点には繋がらず。最終回でYazaki Arrowsがさらに4点を追加し、待望の優勝を掴み取った。

3位決定戦はNishikawaらば~ずが1回表で5点の先取で快調なスタートを切り、その勢いで快打を続出。そして好守備による無失点をキープし、結果12対0で勝利を収めた。

Yazaki Arrowsの前回の優勝は2000年との話。16年ぶりの好成績についてチーム代表は「“One for all, all for one”の気持ちでプレーしました。選手以外の応援も力になり、良いプレッシャーでした」との感想を述べた。7月の始めからこの大会の為に毎週練習してきており、投手の木村氏は5年連続出場で今年が駐在任期最後の年とのこと。「勝てて良かった」と殊更の喜びの思いを語った。閉会式では「勝因は、人数の多さと、子供も含む応援団」と応援の存在の大きさに再度触れた。また、3位となったNishikawa らば~ずに加わった高校生たちからは、「楽しかった」「チームの人たちが優しくしてくれた」など、スポーツを通しての年齢差を超えた親睦イベントに相応しい、心温まるコメントも寄せられた。

数あるJBSD主催のイベントの中でも、歴史ある同大会の意義は格別で大きい。次の四半世紀も、多くの参加者と関係者らの感動と思い出が歴史に残されてゆくことを祈りたい。

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居酒屋三平でマグロ解体ショー

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10月25日、キャントン市にある居酒屋三平で恒例となったマグロの解体ショーが行われた。今回のマグロは約130ポンドの本マグロ。堂々たる大物が20分ほどで鮮やかに切りさばかれた。

解体ショーの見学と、そのマグロの大トロ、中トロ、赤身といった各部位の新鮮な刺身や握り寿司を直後に頂くことができるこのイベントに参加できた人々は舌鼓を打った。他にも、刺身マグロのサラダとアパタイザー、鉄火巻なども供された。

IMG_1337オーナーは、「貴重な機会を得たお客さんの満足げな顔を見たり、感謝のことばを耳にしたりできて、嬉しい」と語る。皆さん始終楽しんでいた様子で、既に来年の同イベントの予約をした人もいるとのこと。来年はより心に残る企画にしたいと意気込んでいる。

デトロイトりんご会補習授業校 2016年度 大運動会

デトロイトりんご会補習授業校 2016年度 大運動会 5

IMG_5069 ミシガンに訪れた夏日に歓声が響いた。 6月18日(土)、デトロイトりんご会補習授業校恒例の行事である運動会が催された。幼稚園から低学年は午前中のみ、中学生はクラス対抗の球技大会を午前中に行い午後から運動会に合流、高校生は運動会の競技の手伝いや模擬店、ゲームコーナーを担当しながら競技に出場するなど、学年によって参加形式の違いはあるものの、年齢差を越えた全校一斉の学校行事である。また多数の企業で構成されている運動会実行委員が会場設営や当日の用具準備などを担当して行われる当地日本人コミュニティーぐるみの重要イベントでもある。

IMG_5138 肌寒い程であった昨年度とうってかわり、今年の運動会は朝から日差しが強い快晴に恵まれた。汗を流しつつも元気溢れる演技や競技が繰り広げられた。

開会宣言に続く日米両国の国旗掲揚そして同校校歌斉唱の後、宮本学校長の開会の挨拶があり、「練習の成果を力いっぱい発揮してください」と激励。競技ではあるが全力でだしきることで素晴らしい運動会になると伝えたほか、1カ月前から実行委員が準備するなどたくさんの人が支えていることに言及した。来賓である在デトロイト日本国総領事館の河西領事により総領事のメッセージの代読があり、まず、「ここ数年で一番」と、素晴らしい天気に恵まれたことを喜び、「皆さんの願いがこのような天気にした」と伝えた。柴田JSDウィメンズクラブ会長も来賓として出席し、終日子ども達の奮闘を温かく見守った。

IMG_9951 児童生徒代表による選手宣誓の後、演技は日本の「ラジオ体操」でスタートした。保護者や来賓の方々も加わり、世代を超えて親しまれている日本の定番曲に合わせて体を解した。その後の競技中には日本の運動会の定番バックグランド音楽も流れ、会場はさながら日本の雰囲気。孫の運動会に合わせて日本から渡米したという御夫妻は「アメリカでこれほど盛大にやるとは!」と感嘆と称賛の声を寄せた。

IMG_9766IMG_9855 徒競走などの個人競技が行われた後、日本の伝統種目である「綱引き」「玉入れ」などの団体競技が続き、紅白対抗とあって他学年の応援も白熱した。徒競走での転倒や「棒取り合戦」で引き摺られている姿が見られたが、芝生が広がるグランドでは大きな怪我をした児童生徒が出ることなく、はつらつとした競技が繰り広げられた。

IMG_9861 幼稚園児は昨年まで例年、保護者も加わっても親子ダンス(お遊戯)を演技種目としてきたが、今年は保護者は加わらずに園児たちだけで「ええじゃないか」を元気いっぱいに演じた。のびのびとした可愛らしい姿につられて、保護者、上級生に笑顔が広がった。

IMG_0002午後は合流した中学生による「二人三脚リレー」や高等生による「借り物物競走」、中高等部クラス対応の「大縄跳び」など、大人に劣らない身長、そして、育ち盛りの伸びやかな身のこなしが会場を魅了した。しかしながら、「大縄跳び」は当日即席結成した保護者チームが最高の回数を跳び、一位を収めた。

IMG_0058 競技最終、紅白対抗リレーに移った。選手達の颯爽とした走りに大歓声が上がり、会場の盛り上がりは最高潮に達した。全体最終結果は紅組の勝利。万歳の声と祝福の拍手が上がった。

学校長同様に今年度4月から日本より同校に赴任となった齋藤教頭は、閉会式の好評の中、大人たちに交じって進行を支えた高校生に向けて「心強い存在です」と労と成果を評した。関係者に謝辞を述べた後、児童生徒に「感謝の気持ちを忘れずに元気に学校生活を送っていきましょう」と締めくくり、イベントに幕を引いた。

ミシガン在住のモスナー陽子氏が 平成28年秋の叙勲受章

ミシガン在住のモスナー陽子氏が 平成28年秋の叙勲受章 5

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昨年11月3日付けで平成28年秋の叙勲が発令され、ミシガン州サギノー市在住のモスナー陽子氏(83才)が旭日(きょくじつ)単光章の受章者に選ばれた。モスナー氏はサギノー市日本文化センター(茶室・日本庭園)の所長を務めており、受賞の功労概要は「日米友好親善及び日本文化普及功労」と表された。旭日章は、功労の内容に着目し、顕著な功績を挙げた者に授与されている。

2月18日、当地日本国総領事の公邸にて授賞式ならび祝賀会が催され、ミシガン州の上院議員、サギナー市長をはじめ、家族や友人、センターの関係者が列席し、輝かしい受章の喜びを共にした。

和田在デトロイト総領事より勲記ならびに勲章がモスナー氏に授与され、会場は祝福と称賛を示す盛大な拍手に包まれた。総領事からは旭日単光章についての説明のあと、モスナー氏は昨年秋の旭日章受章者のうち海外居住者13名の一人であることや、親切かつ逞しい人物であるなど述べられた。特に、友人にも地域、そして両国に対して愛情をもって尽くし、それが貢献の基盤にあると人柄を称えた。氏の貢献によって、姉妹都市関係にあるサギナー市と徳島市の交流活動を通して日米交流に寄与し、また、日本文化センターの維持や恒例の日本祭をはじめとする企画運営を成功に導いたと感謝と慰労の言葉を重ねた。

IMG_1566ミシガン州の議員(Ken Horn Senator, 32nd District)からミシガン州発行による表彰証書が授与され、モスナー氏の功績と人柄にたいする心からの称賛、そして喜びが述べられた。

サギノー市長からの祝辞も、親愛と感謝に満ちたもので、献身的・精力的な貢献と、「夫を立てる賢明な女性」のように慎みのある素敵な人であると、その人柄を称えた。また、サギノー市と徳島市の姉妹都市提携についても説明があった。

サギノー市はミシガン州の東中央部にあり、観光地として名高いフランケンムースやバーチランアウトレットモールが同じサギノーカウンティーにある。

サギノー市と徳島市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。きっかけは、徳島からの全米派遣農業実習生がサギノー市滞在中にホストファミリーと親しくなり、帰国後も交流を続けるうち、提携の話が持ち上がった。1961年夏、ホストファミリーの友人がサギノー市長になったのを機に具体化し、同年12月に姉妹都市となった。

モスナー陽子氏は結婚によって1957年にサギノーに移住。アイゼンハワー大統領が創設したPeople to People Internationalの活動に尽力し、姉妹都市提携後は55年間もの長きにわたり、精力的に姉妹都市交流に貢献し続けてきた。

IMG_1550サギノー市と徳島市の友好のシンボルとして造られた茶室「阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)」と日本庭園は両市が建設費を出し合い、敷地も両市で共有しているが、その設立にあたっては、モスナー陽子氏がゼロからの資金集めをスタート。反日感情もあらわな当時のアメリカで、茶室のモデルを携え足労を重ね、サギノー有数の企業など随所でプレゼンテーションをし、何故必要なのかを説いて回るところから理解を深めていったという。忍耐と努力の末、長い時を経て茶室の着工に漕ぎつけた。海外で最大級の本格的な木造平屋の数奇屋風茶室が1986年に完成。その後、モスナー氏はボランティアとして、後には正式なディレクターとしてセンターの管理と運営に携わってきている。

同センターでは各地の学校のフィールドトリップも数多く受け入れ、他州からの観光客も多い。文化紹介と日米交流の場として貴重な貴重な役割を果たしている。
IMG_1528www.japaneseculturalcenter.org/

祝辞の後、モスナー陽子氏が挨拶に上がり、「受賞は全く予想していなかった」「生まれた日本が大好きで、今はこの国が自分の国。両国の為に何かするのは、私にとっては自然なことで、Nothing Special(特別なことではない)」とにこやかに語った。そして「皆さんのサポート無しには無し得なかった。喜びを分かち合えて幸せです」と結んだ。

式次第には陽子さんの零れんばかりの笑顔の御写真に、「誠心誠意」の言葉が添えられていた。

本格的な茶室が在るだけでは飾り物であるが、茶の湯の実演やお茶会が、その多くがセンターの主催で行なわれ、生きた文化紹介をしている。この日の式典には、茶の湯実演のためにメトロデトロイト地区から度々足を運んできた茶道の師範たちも出席し受章を祝った。

総領事館の文化担当者としてモスナー氏とは20年以上の既知の中であるサビオ氏が司会を務めていたが、「陽子さんは、一人の市民が日米友好親善や文化普及に大きく貢献できるという素晴らしいお手本。精神が若い人に受け継がれ、文化理解さらに平和に繋がって欲しい」と告げ、多数の列席者が頷いていた。

JIMG_1559APAN’S IMPERIAL DECORATION AWARDED 

TO MRS. YOKO MOSSNER OF SAGINAW

DETROIT, Mich. – NOV. 07, 2016– Mrs. Yoko Mossner, Executive Director of the Japanese Cultural Center, Tea House and Gardens of Saginaw, was selected to receive the Order of the Rising Sun, Silver Rays, for her tireless contributions to friendship and goodwill between the United States and Japan, and enthusiastic promotion of Japanese culture. The 2016 Autumn Imperial Decorations were announced on November 3, 2016 by the government of Japan.

Mrs. Mossner, born in Tokyo, moved to Saginaw, Michigan in 1957. Within three years she became active in People to People International, founded by President Eisenhower, and actively pursued a sister-city relationship between Saginaw and Tokushima, Japan which was established in 1961. Her invaluable contributions have facilitated numerous academic, cultural and leadership exchanges, and fifty-five years later she continues to be committed to the rich and mutually beneficial alliance.

Mrs. Mossner’s enthusiasm, diligence and fundraising efforts were instrumental in the construction, maintenance and management of a Japanese garden in Saginaw to commemorate 20 years of a fruitful partnership, as well as an authentic Japanese teahouse built five years later in 1986. As director of the Japanese Cultural Center she has introduced various aspects of traditional Japanese culture to countless visitors. The Japanese Garden and Culture Center, which became a symbol of the Saginaw-Tokushima sister city relationship, is beloved by the residents throughout the region. It is well known that a Japan Festival is held there annually and many couples celebrate their weddings there as well.

Mitsuhiro Wada, Consul General of Japan in Detroit, will soon hold a conferment ceremony honoring Mrs. Mossner for her all she has done to advance friendship and goodwill between the U.S. and Japan. Consul General Wada stated, “It is an honor for us to publically recognize Yoko Mossner for cultivating and nurturing this close friendship and genuine respect between the cities of Saginaw and Tokushima – which she accomplishes with both intensity and grace.”

The Order of the Rising Sun, Silver Rays, is conferred in the name of Japan’s Emperor, and acknowledges individuals who have made significant contributions to the promotion of Japanese culture.

JBSDスポーツ部会主催 23回親善ソフトボール大会

JBSDスポーツ部会主催 23回親善ソフトボール大会 6

IMG_3740 JBSD (デトロイト日本商工会)スポーツ部会主催の親善ソフトボール大会が8月30日と9月13日の両日、例年通りノバイ市のレクリェーションパークで開催された。1日目の朝方は周辺地域で小雨が降り、競技中に雨粒がぱらつく時もあったが、昼頃には日差しが強くなり蒸し暑さを感じるほどになった。2日目は見事な快晴と思いきや、風がほぼ絶え間なく吹き、フライボールへの影響も出たが、大きな事故や支障はなく、活気に溢れる穏やかな親睦のスポーツイベントとなった。

DSC_5706 8月30日、JBSDスポーツ部の小林部会長の開会の挨拶、そして昨年の優勝チームによるトロフィー返還の後、ルール説明が行なわれ、即、第1戦が開始した。大会は10人制のトーナメント式で、5イニング戦または規定の時間終了までの勝負。チームに女性または熟年のメンバーを入れる条件があり、幅広い層の参加者が持てる力を注いだ。
DSC_5667IMG_7532 初日のゲームは昨年の1位から4位までがいずれも第1戦・2戦を勝ち抜くという、結果のみを見ると順当な展開だが、1点差の際どい試合もあり、両チームのメンバーと応援団が大いに盛り上がった。昨年の覇者、桜組(ソフトボール同好会)は2試合共相手に1得点も許さず、第2戦では20点という大量点を入れ、順調に駒を進めた。FCチョットチョット(補習校サッカースクールコーチ)も第2戦で20対0の圧勝で突破。他、NISCO (Nishikawa of America)、SEWS Curbs (Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.) 両チームとも、第1戦では1点を取られたのみで20点以上を獲得し攻守の良さを見せつけ、第2戦でも確実に点を奪取し、ベスト8入りを決めた。

IMG_3480IMG_3496 2 日目。朝9時から残りのベスト8決定戦を2つのフィールドで進行。Team Akebono (Akebono Brake Corporation) とThree Diamonds (Mitsubishi Electric Automotive America,INC.)がそれぞれチャンスをものにして点を重ね勝利を収めた。

以下のチームがベスト8に進出した。

 IMG_3728ベスト8( 登録番号順)

  • 桜組; Sakura-Gumi Softball Club
  • Team Akebono; Akebono Brake Corporation
  • FC チョットチョット; 補習校サッカースクールコーチ
  • NISCO; Nishikawa of America
  • TG Tigers; Toyoda Gosei North America
  • Three Diamonds; Mitsubishi Electric Automotive America, INC.
  • Yazaki Arrows; Yazaki North America, Inc.
  • SEWS Curbs; Sumitomo Electric Wiring Systems, Inc.

写真提供:Mikki Fujimori

2015 Tournament table Final_edit-1
準々決勝は、昨年3位のFCチョットチョットがかなりの当たりを出すものの、守りの固いNISCO相手に点を取れず敗退。昨年4位のYazaki Arrows は好戦後の同点の末にコイントスで負け、幸運の女神はSEWS Curbsに微笑んだ。準決勝では昨年1,2位の桜組と TG Tigersが攻守ともに快調で、20点以上を獲得して勝ち進み、その勢いを維持して着々と点を重ね決勝戦へ躍り出た。

2015 Tournament table Final_edit-2  昨年と同じ顔合わせとなった決勝戦、TG Tigersは円陣を組み、「倍返し!」と気合を入れてスタート。桜組は強い逆風を物ともせぬ4番バッターのホームランでいきなり2点を先取し、「行けるぞ」ムードに。攻守替わってTG Tigersも鋭い当たりが続いたが、鉄壁といえる守りに阻まれ点に繋がらず。2回表で守りの穴を上手く突いた桜組のヒットが続き、走者は次々にホームに還った。その後も両者の快打と好守備が続出したが、粘り強く攻め続けるもなかなか点に結びつかないTG Tigersに14対2と大差を付け、桜組が堂々の二連覇を成し遂げた。

3位決定戦は、2回表で4点を先取したNISCOをSEWS Curbsが追う形で進んだが、1点差で持ち込んだ最終回の裏でSEWS Curbsが粘りとガッツを発揮して2点を加え、逆転勝利を掴み取った。

覇者桜組の監督である遠藤氏は「二連覇が嬉しいです。練習の賜物です。」

「初戦から成果を出してきました。決勝で力を出し切る気持ちで挑みました。」

と力強く語った。抜群の守備で、見事なダブルプレーを何度も見せた同チームは6月から毎週練習を続けてきたという。

桜組は一企業によるチームではなく、様々な職種の人々が集まったソフトボール同好会。既に来年の大会への意気込みも見せていた。彼らの三連覇を阻止せんと燃えるチームの熱戦が、今から楽しみな来年の第25回記念大会である。

JBSD文化部会主催 音楽祭Music Festival

JBSD文化部会主催 音楽祭Music Festival 11

k-102 MC -Wakako2デトロイト日本商工会文化部会主催の年間行事のひとつとして歴史を刻んで来たJBSD音楽祭は、今年も世界共通の言語である音楽にスポットライトが当てられ、当地メトロデトロイト地域交流のための恒例イベントとして3月13日(日)、ノバイミドルスクールに於いて開催された。夏時間のデイライトセイビングタイムの開始日と生憎の雨とが重なり、客足の鈍りや機材の搬入についても心配されたものの、早朝から集合時間前に集まり始めた出演者と頼もしい運営ボランティア関係者によって用意は万端整えられ、予定通り午後1時半に開場を迎えた。

MF 2016 Chopin2出演のトップバッターとなったショパン三世(酒井さん)は一言「怖いです」との率直な心境を吐露しながらも、ショパン作曲のエチュード第12番「革命」を落ち着いた軽快なタッチで披露し大きな拍手を浴び、音楽の祭典の口火を切った。

前々回が5人での初出場となった音もだち(おともだち)合唱団は、現在は音もだち混声合唱団として20名ほどのコラールへ成長し、今回は13名での出場。上品で繊細なハーモニーが丁寧に奏でられると、クラシック音楽と合唱好きの観客を中心に盛んな拍手が送られた。

MF 2016 EMW -KidoMF 2016 K's1今回初出場のEast Meets Westは、アップライトベースにピアノとドラムの本格的なジャズトリオ。ELSの先生のお宅で始まったセッションをきっかけに結成されたというユニットにより “Take the A Train” 、“Over the Rainbow” といったスタンダードが心地よいリズムで届けられ、音楽祭に新たな成熟した彩が加えられた。

音楽祭へ欠かさずエントリーを重ねてきた最年長最多出場のB4は、今年はメンバーのうち二人が国外出張中のため普段の賑やかなバンドとしてのエントリーが叶わず、趣向を変えアコースティックギターのデュオ「B4M3(ビーフォーマイナススリー)」として登場。ギター歴60年の二人が優しい歌声を響かせ、B4ファンを魅了した。

MF2016 All&FamilyMF2016 B4M3 -1音、光、ステージを自在に操り演出し、観る人を演奏の一部として自由に自然に取り込んでしまい会場を沸かせたのは大御所K’s。メンバーそれぞれの豊かなバックグラウンドから培われた実力とチームワークから織り成される迫力のハードロックに、講堂の熱気は一気に高揚した。

今のメンバーでの演奏は今年が最後というThe Motor Innは、前日の最終練習の後は皆で草野球を楽しみ全員が筋肉痛、という仲良しバンド。日米墨と国際色豊かで楽器の担当も曲により忙しく入れ替わる。日米ポップソングの他、オリジナルなど個性溢れるサウンドに聴衆も惹き込まれ、体全体でビートを楽しむ万人の幸せがさざ波のように広がった。

MF2016 EMW -2MF2016 Otomo2今年は英語と日本語が軽やかに織り交ぜられた司会の進行が、好意的に迎え入れられた。客席からステージへ自由に声が飛び、舞台から聴衆へも絶えず語り掛けられ呼応する全員参加型の楽しい催しとなった。このイベントを初めて訪れたという客の一人は、「シカゴから所用で参りましたが、早くから事前にお知らせ頂いていたのでついでに立ち寄ることが出来ました。素晴らしいイベントでした。来年は妻も連れて必ず参ります。」と語り、興奮気味だった家族連れは「ミシガンに8年住んでいますが初めて来ました。今まで知りませんでした。才能のある方が身近にたくさんいらっしゃることに感激しました。子供がとても良い刺激を受けたようです。心から楽しめました。」とコメントした。普段からJBSD行事に役員として関わっているという方は満面の笑みで「音楽祭は、もはや私の恒例行事です。必ず来てますよ。」と満足のご様子。また前年のこのイベントに、うっかり間違え別の週末に足を運んでしまったという米人ご夫妻は「昨年は駐車場に日本車が少なすぎる、と日にちを間違えたことに気づきました。」と笑い、「ついにJBSD音楽祭を鑑賞することが出来てとても嬉しい。音楽という国際語で皆が触れ合い交流できる、素晴らしい機会ですね。」と、周囲で忙しく後片付けを続ける関係者へ温かく声をかけ、その労をねぎらっていた。

MF2016 TMI -2MF2016 TMI -3現在の募集要項によれば、ユニットにJBSD会員を一人含んでいれば、またはデトロイトりんご会補習授業校の生徒で中学生以上であれば、出場資格を有する。よって、より若い世代や個人・法人会員周辺への門戸も広く開かれている。国籍は問わない。今年は有志の高校生ボランティア等をも含む大勢の音楽祭関係者が、少しでも良いものを残したいと願う熱意から、貴重な経験と多方面からの意見を効果的に取り入れた試行錯誤で、思い入れの深い、確かな足跡を遺した。プログラムの最後まで会場に残った音楽好きの観衆が、総立ちでの手拍子とダンスの応援によるフィナーレとなった今年の音楽祭。JBSD行事がきっかけとなるかけがえのない交流の輪が、多くの人々の情熱や理解、協力、そして日頃から彼等の環境を支える家族、友人知人、職場の同僚やご近所などの、地域の支援をもって温かく広がってきたからこその大成功を収めたといえよう。

年間入園者100万人の花の名所:ブッチャート・ガーデン ~ カナダのビクトリア

年間入園者100万人の花の名所:ブッチャート・ガーデン ~ カナダのビクトリア 2

DSC_5168ブッチャート氏のセメント事業のために発生した石炭石採石場跡の荒れ果てた姿を憂いて、1904年にブッチャート夫人が手を入れたのがブッチャートガーデンの始まり。スウィートピーや薔薇など、いくつかを植えた当初の場所は、現在では同ガーデンのメインガーデンであるサンケンガーデン(沈床庭園)にまで成長した。一世紀以上を経て、22万平米(東京ドーム5個分)という広大な庭園になり、前述のサンケンガーデンの他、ローズガーデン、日本庭園、イタリアンガーデンなど、いくつかのエリアを持つ。各季節ごとの大量の花々が植え替えられ、規模も美しさも北米屈指のガーデンに挙げられる程に。周囲の木々は、かつてそこが採石場であったとは想像できないほど豊かに地を覆っている。2004年にはその歴史とホスビタリティも評価され、カナダ国定史跡に指定された。

IMG_6494年中無休で、4月から10月は花が絶えることが無いというこの庭園は、春には、オランダから輸入された13万個以上のチューリップや水仙をはじめとする球根類の華麗な色彩、そして、ツツジ、シャクナゲなどが新緑に映える。初夏には最も多種多様かつ膨大な数の花で溢れる。特に中央のローズガーデンは配置も凝っていて、蔓薔薇のアーチ道もあり、気品ある薔薇の姿と香りに優雅な演出を添える。夏には花火、野外コンサートなどのイベントも多数催される。石切り場の底に湧き水でできた湖が涼し気に花や木の葉を映し出す。25メートルの高さにまで吹き上げられる噴水もあり、いくつかのパターンの動きを見せ、夜に色彩照明が施される日もある。秋の紅葉は、メープルなどの落葉樹がさほど多くないので絶景とはいかないが、島全体が落ち着く美しい時期だという。彩りが絶えた後、年末にかけてクリスマスデコレーションに力を入れている。何万個ものライトや飾りが建物や木々に施される。降雪の後には単色画のような荘厳な風景が広がる。

IMG_6559庭園内での食事も人気。かつてはブッチャート家の邸宅であったレストラン「ザ・ダイニング・ルーム」では、庭園を眺めながら、ゆったりとした雰囲気の中でのアフタヌーンティーセット(正午から3時、要予約)や食事(季節限定)を楽しむことができる。温室横にあるカジュアルなカフェテリア(Blue Poppy Restaurant)からの花の眺めもなかなか。星形の池や整然とした花壇があるイタリアンガーデン脇ではジェラードを味わえる。

DSC_5196《ガーデンへのアクセス》

ブッチャート・ガーデンはバンクーバーの南方、バンクーバー島に在る。バンクーバーから

30分ほど南の港からフェリーで渡れる、ポピュラーな観光地とあり、日帰りツアーもある。航行時間は1時間40分程で、カナダドルで17.20ドルと安い。フェリー港(Swart)からガーデンへも、ガーデン⇔ビクトリア(ブリティッシュコロンビア州の州都)のダウンタウンも20km程で、住宅地や途中の町に度々泊まることになるが、公共の路線バスで1時間強。ダウンタウンからの直通バス、他と組み合わせたツアーもある。ビクトリア周辺は公共バスが充実していて、格段に安価で、距離に関わりなく一律料金。(2016年4月現在CAD2.50)。

IMG_6571フェリー港(Swart)⇔ダウンタウン路線もある。シアトルからのフェリー航路もあるが、時間が長く、料金が高い(数倍)。島々を眺めながらの贅沢な船旅と思えばリーゾナブルか。

また、シアトルより南西にあたるオリンピック半島の北側の港(Port angeles)からのフェリー航路もあり、ビクトリアのダウンタウンの港に着く。距離的には最も短い。Port Angelesまではシアトルから車で2時間半ほど。温帯雨林や海岸を含み、世界遺産にも指定されているオリンピック・ナショナルパークと合わせて訪れるのも一案。

IMG_6638Victoria ダウンタウン

ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアは花の都とも呼ばれ、港を臨む州議事堂(右写真)も、街並みも美しい。英国領時代の面影があり、紅茶専門店や洒落たパブもある人気の観光地。

www.tourismvictoria.com

いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベントいけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント

<!--:en-->いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント<!--:--><!--:ja-->いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント<!--:--> 2

いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント 華道池坊の教授を迎え、実演とワークショップ

 「シンプルさが美しくすばらしい!」「花や枝に対する見方が変わった。」生け花の実演に賛美や感嘆の声が集まった。

  冬が厳しかったミシガンに一気に春の花ばなが咲き誇った5月8日(金)、いけばなインターナショナルのデトロイト支部(Detroit chapter 85)の50周年イベントの一環として、バーミングハムの教会にて一般公開の実演が無料で行われた。支部のメンバーと友人のほか、多数の米人が参加し、180人ほどの老若男女で席が埋まり、盛況に催された。会場のあちらこちらに生け花が飾られ、祝賀に華やかさを加えていた。

   社団法人いけばなインターナショナルは、生け花の精神と芸術性に深い感銘を受けた米国人エレン・ゴードン・アレン夫人により、「花を通じての友好」をモットーに、1956年に東京に設立された国際的な文化団体で、国籍も所属流派も多様な会員が、生け花とそれに関連した日本の文化・芸術の紹介を通して相互理解と友好を深める活動をしている。当初20数名で発足した組織が、今日では全世界50数ヵ国および地域に163支部が設立され、会員数6300名を数えるまでに発展した。

 ミシガンの支部は、Detroit Chapter 85の数が示す如く、世界85番目の支部として1965年に設立された。現在登録メンバーは50名ほどで、その多くが現地の米人となっている。設立同時からのメンバーであり池坊の師範であった下浦敏子教授が今年2月に他界され大きな柱を失ったが、下浦教授の手ほどきを受けて准師範のレベルに向上した現会長ローレンさんをはじめとする米人たちと日本人たちが手を携えて活動している。近年の恒例として、デトロイト美術館で開催される「ひな祭り」イベントおよび、デトロイト日本商工会とJSDウィメンズクラブ共催による日本祭りで生け花の実演や展示を行っている。

 5月8日の一般公開イベントには在デトロイト総領事ご夫妻も列席し、総領事より50周年の祝辞が贈られた。加えて、同支部が長年、いけばなという日本文化を通じてコミュニティーの交流活動に貢献してきたことを称え、総領事表彰が行われた。

 続いて、この日のメインイベントとして、ノースカロライナ州から招かれた華道家元池坊の鈴木笑子教授(正教授1級)による実演に移った。鈴木教授は在住地であるノースカロライナ州ヘンダーソンビルに日本文化紹介施設 “WNC Japanese Culture Center”(WNC:Western North Carolina)を設立し、いけばなの普及伝播に精力的に努めている。穏やかな笑顔あふれる鈴木教授による実演は8種類(8瓶)におよび、ユーモラスな逸話を交えた英語の解説つきで進められ、始終和んだ雰囲気に溢れていた。池坊のいけばなの3つのスタイルである「立花(りっか)」(最も古い様式)、「生花(しょうか)」(江戸時代に成立したシンプルな様式)、そして「自由花(じゆうか)」(フリースタイル)、それぞれの特徴を分かり易く説きながら実演紹介していった。「生花」では花材の種類は3種までであることや、咲き頃の花ばかりではいけなく“過去・現在・未来”を入れる必要があることなど、西洋のフラワーアレンジメントには見られないルールや考え方を伝えた。手品のように無駄のない動きで作品を次々に完成させる様子に会場の誰もが引き込まれたように見入っていた。この日の実演では、生ける段階のみが披露され、いとも簡単そうに見受けられたが、前日にはメンバーたちが庭や花屋から大量の花材を調達し、余分な枝葉を落としたり、ワイヤーなどで形を整えたりする下ごしらえに朝から夜まで励んだとのこと。美しさを際立たせるために多大な労を惜しまない営みに感嘆させられた。会場に響きわたる絶賛の拍手とともに実演イベントは終了した。鈴木教授との歓談や質問、作品の撮影で、しばらく人々の賑わいが続いた。

   次の日には支部のメンバーと応募者を対象にしたワークショップが実施され、午前中に同じ花材と形状の似た花器(花瓶)を使用しての伝統スタイルの手順の実践、そして午後には各自が好きな花材と花器を選んでのフリースタイルで生けたものを、鈴木教授が一人ひとりに丁寧な説明を添えながら手直しして回った。花材選びの前の「これもあれもはダメ。主を一つ選ぶこと。真珠とダイヤモンドのネックレスを両方をしては、どちらも生きないでしょ?」との言葉が心に残った。

「新しいアイデアを知ることができた」「指導者によってポイントがかわり視点が変わる」「先生の個性に刺激された」など、習得の喜びの声が寄せられた。

  8年前にデトロイト美術館に飾られた亡き下浦教授の作品に強烈に惹かれて習い始めたという米人女性は、「いけばなには意味がある。精神性、ピースフルになれるのがいい」と、彼女にとっての魅力を語ってくれた。

  鈴木教授に、いけばなの特徴や考え方を伺ったところ、「いけばなの鑑賞を通して日本人がたしなんできた文化の良さをより知ってもらえれば嬉しいです。」と思いを語ったうえで、以下のように挙げてくださった。

・いけばなは日本のものだが、何を生けても良く、トロピカルな葉などをあしらうこともある。自然界ではありえない一瓶の中で取り合わせを楽しむことができ、“出会い”の楽しみがある。

・花材の“過去・現在・未来”とは、過去:時の経過や年代を感じさせる枝ぶりなど、現在:咲きごろ、未来:つぼみなど。それらによって単に形のアレンジでは無く、自然を表現している。

・花や植物が外(自然、庭など)にある時よりきれいにすることを目指す。切り取ったからには草木の美しさをより生かすために、余分な枝葉を落とす、つまり素材の良さをより際立たせる為の取捨の作業は選択の連続で、最も良いものを見極める力が要る。

  鈴木教授は優しい笑顔を浮かべながら、「いけばなは、結果よりその過程が大切で、楽しいと同時に“生き方= 生かす”修養です」と結んだ。

★Detroit chapter 85の定例会は月一回、Southfield市で開かれている。

経験不要、いつでも入会が可能とのこと。問い合わせ、入会申し込みは、

http://sites.google.com/site/ikebana85detroit/

いけばなインターナショナル デトロイト支部 創立50周年記念イベント 華道池坊の教授を迎え、実演とワークショップ

 「シンプルさが美しくすばらしい!」「花や枝に対する見方が変わった。」生け花の実演に賛美や感嘆の声が集まった。

  冬が厳しかったミシガンに一気に春の花ばなが咲き誇った5月8日(金)、いけばなインターナショナルのデトロイト支部(Detroit chapter 85)の50周年イベントの一環として、バーミングハムの教会にて一般公開の実演が無料で行われた。支部のメンバーと友人のほか、多数の米人が参加し、180人ほどの老若男女で席が埋まり、盛況に催された。会場のあちらこちらに生け花が飾られ、祝賀に華やかさを加えていた。

   社団法人いけばなインターナショナルは、生け花の精神と芸術性に深い感銘を受けた米国人エレン・ゴードン・アレン夫人により、「花を通じての友好」をモットーに、1956年に東京に設立された国際的な文化団体で、国籍も所属流派も多様な会員が、生け花とそれに関連した日本の文化・芸術の紹介を通して相互理解と友好を深める活動をしている。当初20数名で発足した組織が、今日では全世界50数ヵ国および地域に163支部が設立され、会員数6300名を数えるまでに発展した。

 ミシガンの支部は、Detroit Chapter 85の数が示す如く、世界85番目の支部として1965年に設立された。現在登録メンバーは50名ほどで、その多くが現地の米人となっている。設立同時からのメンバーであり池坊の師範であった下浦敏子教授が今年2月に他界され大きな柱を失ったが、下浦教授の手ほどきを受けて准師範のレベルに向上した現会長ローレンさんをはじめとする米人たちと日本人たちが手を携えて活動している。近年の恒例として、デトロイト美術館で開催される「ひな祭り」イベントおよび、デトロイト日本商工会とJSDウィメンズクラブ共催による日本祭りで生け花の実演や展示を行っている。

 5月8日の一般公開イベントには在デトロイト総領事ご夫妻も列席し、総領事より50周年の祝辞が贈られた。加えて、同支部が長年、いけばなという日本文化を通じてコミュニティーの交流活動に貢献してきたことを称え、総領事表彰が行われた。

 続いて、この日のメインイベントとして、ノースカロライナ州から招かれた華道家元池坊の鈴木笑子教授(正教授1級)による実演に移った。鈴木教授は在住地であるノースカロライナ州ヘンダーソンビルに日本文化紹介施設 “WNC Japanese Culture Center”(WNC:Western North Carolina)を設立し、いけばなの普及伝播に精力的に努めている。穏やかな笑顔あふれる鈴木教授による実演は8種類(8瓶)におよび、ユーモラスな逸話を交えた英語の解説つきで進められ、始終和んだ雰囲気に溢れていた。池坊のいけばなの3つのスタイルである「立花(りっか)」(最も古い様式)、「生花(しょうか)」(江戸時代に成立したシンプルな様式)、そして「自由花(じゆうか)」(フリースタイル)、それぞれの特徴を分かり易く説きながら実演紹介していった。「生花」では花材の種類は3種までであることや、咲き頃の花ばかりではいけなく“過去・現在・未来”を入れる必要があることなど、西洋のフラワーアレンジメントには見られないルールや考え方を伝えた。手品のように無駄のない動きで作品を次々に完成させる様子に会場の誰もが引き込まれたように見入っていた。この日の実演では、生ける段階のみが披露され、いとも簡単そうに見受けられたが、前日にはメンバーたちが庭や花屋から大量の花材を調達し、余分な枝葉を落としたり、ワイヤーなどで形を整えたりする下ごしらえに朝から夜まで励んだとのこと。美しさを際立たせるために多大な労を惜しまない営みに感嘆させられた。会場に響きわたる絶賛の拍手とともに実演イベントは終了した。鈴木教授との歓談や質問、作品の撮影で、しばらく人々の賑わいが続いた。

   次の日には支部のメンバーと応募者を対象にしたワークショップが実施され、午前中に同じ花材と形状の似た花器(花瓶)を使用しての伝統スタイルの手順の実践、そして午後には各自が好きな花材と花器を選んでのフリースタイルで生けたものを、鈴木教授が一人ひとりに丁寧な説明を添えながら手直しして回った。花材選びの前の「これもあれもはダメ。主を一つ選ぶこと。真珠とダイヤモンドのネックレスを両方をしては、どちらも生きないでしょ?」との言葉が心に残った。

「新しいアイデアを知ることができた」「指導者によってポイントがかわり視点が変わる」「先生の個性に刺激された」など、習得の喜びの声が寄せられた。

  8年前にデトロイト美術館に飾られた亡き下浦教授の作品に強烈に惹かれて習い始めたという米人女性は、「いけばなには意味がある。精神性、ピースフルになれるのがいい」と、彼女にとっての魅力を語ってくれた。

  鈴木教授に、いけばなの特徴や考え方を伺ったところ、「いけばなの鑑賞を通して日本人がたしなんできた文化の良さをより知ってもらえれば嬉しいです。」と思いを語ったうえで、以下のように挙げてくださった。

・いけばなは日本のものだが、何を生けても良く、トロピカルな葉などをあしらうこともある。自然界ではありえない一瓶の中で取り合わせを楽しむことができ、“出会い”の楽しみがある。

・花材の“過去・現在・未来”とは、過去:時の経過や年代を感じさせる枝ぶりなど、現在:咲きごろ、未来:つぼみなど。それらによって単に形のアレンジでは無く、自然を表現している。

・花や植物が外(自然、庭など)にある時よりきれいにすることを目指す。切り取ったからには草木の美しさをより生かすために、余分な枝葉を落とす、つまり素材の良さをより際立たせる為の取捨の作業は選択の連続で、最も良いものを見極める力が要る。

  鈴木教授は優しい笑顔を浮かべながら、「いけばなは、結果よりその過程が大切で、楽しいと同時に“生き方= 生かす”修養です」と結んだ。

★Detroit chapter 85の定例会は月一回、Southfield市で開かれている。

経験不要、いつでも入会が可能とのこと。問い合わせ、入会申し込みは、

http://sites.google.com/site/ikebana85detroit/

Summer Camp in Gifu, Japan日本語の学習意欲を芽生えさせる ~「サマーキャンプ in ぎふ」の特長

<!--:en-->Summer Camp in Gifu, Japan<!--:--><!--:ja-->日本語の学習意欲を芽生えさせる ~「サマーキャンプ in ぎふ」の特長<!--:--> 1

7年間に延べ125人が参加

 毎年夏は、日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」の実施のために約1カ月半にわたり日本に滞在しています。そのうち1カ月近くを岐阜県揖斐川町の里山にて、サマーキャンプに参加する子どもたちと過ごしています。「サマーキャンプ inぎふ」は、海外生活が長い日本語学習中の小学生(4~6年)、中学生、高校生を対象として、日本語学習意欲を芽生えさせることを目的に、2週間と10日間の二つの期間にて実施しています。伝統文化や禅寺での体験、同世代の子どもをはじめ地域の人々との交流を通して、日本語や日本文化を心と体で感じられるように多彩なプログラムを用意しています。

 「サマーキャンプ in ぎふ」は今年で8年目を迎えますが、今までの7年間で13回実施し、延べ125人の子どもが参加してくれました。内訳は、小学生が48人、中学生が66人、高校生が11人、男子が61人、女子が64人です。地域別には大半が米国ですが、カナダ、英国、中国、韓国、アイルランド在住の子どもや日本在住でインターナショナルスクールやアメリカンスクールに在学している子どももいます。私は今でもこれらの子どもたち一人ひとりのことを鮮明に覚えています。短期間といえども寝食を共にしたためだと思いますが、一人ひとりの子どもの個性が豊かであることも影響していると思います。そして、これらの子どもたちの個性は、海外での生活が育んだものであると言えるでしょう。また、一人ひとりの子どもたちの、見ること聞くとに感動し、出会った人々と楽しく交流する姿も忘れられません。

海外で育った子どもの特性

 米国で子育てをしていると、家庭内では日本語で日本語的な教育を心がけていても、日本で生まれ育った親とは異なった言動が見られることに気づきます。また、補習校や学習塾などの教室でも日本の子どもたちにはない言動が気になります。世代の違いという要因もありますが、米国社会で育っているからこその違いでもあります。例えば、大人に対しても「あなたは~」とか、「彼(彼女)が~」という言い回しをすることや、「~した方がいいですか?」と言うべきところを「~してほしいの?」、「~してください」と言うべきところを「~できるか?」というような点はとても気になります。小さな子どもに、「あなたはぼくと遊べるか?」と言われた時や、部屋の掃除をしなさいと指示したときに、「あなたは掃除してほしいか」と言われた時には少々驚きました。また、校長先生に挨拶に行ったときにお辞儀もせずに握手を求めた小学生もいます。これらの事例は、決して子どもが偉そうにしているわけではなく、言語や文化の違いによるものです。

 一方で、ほとんどの子どもが、明るく元気で、積極的、また友好的であるという特質を持っています。例えば、日本語に自信がなくても人前に立って大きな声でスピーチをすることができますし、初対面であっても言葉が通じなくてもすぐに仲良くなれますし、親元を離れてもホームシックになることも少なく楽しく過ごしています。「サマーキャンプ in ぎふ」では、集合場所のJR名古屋駅(以前はJR穂積駅、今年からはJR岐阜羽島駅)にて参加者が初めて出会いますが、初対面同士であるにもかかわらず、キャンプ地までのバスの中は、子どもたちの話し声や笑い声であっという間に騒がしくなります。そして、宿泊施設においても、まあまあおとなしく寝るのは初日くらいで、2日目からは消灯時間になっても話し声がちらほら聞こえるというくらいお話し好きの子が多いです。そして、キャンプ中の移動の際のバスの中は50人の団体かというくらいのにぎやかさとなります。(サマーキャンプ参加者数は回によって異なりますが10~20人です。

日本語の学習意欲を芽生えさせるために

 「サマーキャンプ in ぎふ」に参加する子どもには、どちらかというと日本語の苦手な子どもが多く、家庭内でも日本語を話す機会が少ないという子どもも目立ちます。また、補習校や日本語学校への通学や日本の学校での体験入学を止めてしまった子どももいます。つまり、日本語の学習意欲を失ってしまっているのです。

 確かに、海外にいて英語で暮らし英語で学んでいると、日本語を使う必要はほとんどないに等しいでしょう。また、日本語は英語よりもはるかに難しい言語であると感じるでしょう。しかし、親御さんにしてみれば、子どもが日本語を理解しなくなってしまうことはとても寂しいことですし、日本に暮らす祖父母や親族とのコミュニケーションも取りにくくなるという問題もあります。どうにかして子どもに日本語学習を継続してほしいと思うのは当然のことです。ただし、そのために嫌がる子どもに、無理やり日本語を使わせようとしたり、補習校や日本語学校に通学させようとしたりすると、もっと日本語が嫌いになるということにもなりかねません。

 そこで、「サマーキャンプ in ぎふ」では、日本や日本人を好きになること、そして日本を知るために、日本人と楽しく交流するためには日本語が必要であることを感じ、日本語を学習したいという気持ちを持てるように多彩な体験プログラムを用意しています。第1期では地元の学校に体験入学しますが、学校での勉強内容を習得することが目的ではなく、同世代の日本の子どもとともに学校生活を経験することが重要と考えています。授業では日本と自国の違いを感じ、日本の学校特有の掃除や給食、また部活動などにも積極的に参加することがとても貴重な経験になっています。

 地元民家でのホームステイは、3~4世代が同居している家庭で過ごすこともあります。伝統文化ではものつくりや食つくりをしますが、それは地元のおじいさんやおばあさん、おじさん、おばさんが講師となって教えてれます。宿泊施設の周りを散策したり、近くの山でハイキングしたり、川で遊んでいたりすると、地元の人々が声をかけてくれます。このような皆さんは英語ではなく日本語、それも方言交じりの日本語で話しかけてきます。意味は分かりにくいかもしれませんが、子どもたちはそれらの人々の言葉にぬくもりを感じているようです。このような触れ合いもまた、子どもたちの日本語学習意欲の芽生えに奏功しています。

 また、日本語を使うということもとても大切にしています。このためにあえて英語での説明や通訳はしていませんし、プログラム実施中は英語の使用を禁止しています。これは日本語を使えるのに英語だけですまそうとすることを避けるため、また日本語の表現の誤りを修正するために重要です。

 「サマーキャンプ in ぎふ」の終了後には、家庭でも日本語を話すようになった、日本語の本を読むようになった、日本語学校や補習校に通学を始めたなどというような歓びの声をお聞きします。

 「サマーキャンプ in ぎふ2013」は、参加者の申し込みを受け付けています。詳細は、米日教育交流協議会のウェブサイト www.ujeec.org をご覧ください。

 

 

米日教育交流協議会(UJEEC)・代表 丹羽筆人

7年間に延べ125人が参加

 毎年夏は、日本語・日本文化体験学習プログラム「サマーキャンプ in ぎふ」の実施のために約1カ月半にわたり日本に滞在しています。そのうち1カ月近くを岐阜県揖斐川町の里山にて、サマーキャンプに参加する子どもたちと過ごしています。「サマーキャンプ inぎふ」は、海外生活が長い日本語学習中の小学生(4~6年)、中学生、高校生を対象として、日本語学習意欲を芽生えさせることを目的に、2週間と10日間の二つの期間にて実施しています。伝統文化や禅寺での体験、同世代の子どもをはじめ地域の人々との交流を通して、日本語や日本文化を心と体で感じられるように多彩なプログラムを用意しています。

 「サマーキャンプ in ぎふ」は今年で8年目を迎えますが、今までの7年間で13回実施し、延べ125人の子どもが参加してくれました。内訳は、小学生が48人、中学生が66人、高校生が11人、男子が61人、女子が64人です。地域別には大半が米国ですが、カナダ、英国、中国、韓国、アイルランド在住の子どもや日本在住でインターナショナルスクールやアメリカンスクールに在学している子どももいます。私は今でもこれらの子どもたち一人ひとりのことを鮮明に覚えています。短期間といえども寝食を共にしたためだと思いますが、一人ひとりの子どもの個性が豊かであることも影響していると思います。そして、これらの子どもたちの個性は、海外での生活が育んだものであると言えるでしょう。また、一人ひとりの子どもたちの、見ること聞くとに感動し、出会った人々と楽しく交流する姿も忘れられません。

海外で育った子どもの特性

 米国で子育てをしていると、家庭内では日本語で日本語的な教育を心がけていても、日本で生まれ育った親とは異なった言動が見られることに気づきます。また、補習校や学習塾などの教室でも日本の子どもたちにはない言動が気になります。世代の違いという要因もありますが、米国社会で育っているからこその違いでもあります。例えば、大人に対しても「あなたは~」とか、「彼(彼女)が~」という言い回しをすることや、「~した方がいいですか?」と言うべきところを「~してほしいの?」、「~してください」と言うべきところを「~できるか?」というような点はとても気になります。小さな子どもに、「あなたはぼくと遊べるか?」と言われた時や、部屋の掃除をしなさいと指示したときに、「あなたは掃除してほしいか」と言われた時には少々驚きました。また、校長先生に挨拶に行ったときにお辞儀もせずに握手を求めた小学生もいます。これらの事例は、決して子どもが偉そうにしているわけではなく、言語や文化の違いによるものです。

 一方で、ほとんどの子どもが、明るく元気で、積極的、また友好的であるという特質を持っています。例えば、日本語に自信がなくても人前に立って大きな声でスピーチをすることができますし、初対面であっても言葉が通じなくてもすぐに仲良くなれますし、親元を離れてもホームシックになることも少なく楽しく過ごしています。「サマーキャンプ in ぎふ」では、集合場所のJR名古屋駅(以前はJR穂積駅、今年からはJR岐阜羽島駅)にて参加者が初めて出会いますが、初対面同士であるにもかかわらず、キャンプ地までのバスの中は、子どもたちの話し声や笑い声であっという間に騒がしくなります。そして、宿泊施設においても、まあまあおとなしく寝るのは初日くらいで、2日目からは消灯時間になっても話し声がちらほら聞こえるというくらいお話し好きの子が多いです。そして、キャンプ中の移動の際のバスの中は50人の団体かというくらいのにぎやかさとなります。(サマーキャンプ参加者数は回によって異なりますが10~20人です。

日本語の学習意欲を芽生えさせるために

 「サマーキャンプ in ぎふ」に参加する子どもには、どちらかというと日本語の苦手な子どもが多く、家庭内でも日本語を話す機会が少ないという子どもも目立ちます。また、補習校や日本語学校への通学や日本の学校での体験入学を止めてしまった子どももいます。つまり、日本語の学習意欲を失ってしまっているのです。

 確かに、海外にいて英語で暮らし英語で学んでいると、日本語を使う必要はほとんどないに等しいでしょう。また、日本語は英語よりもはるかに難しい言語であると感じるでしょう。しかし、親御さんにしてみれば、子どもが日本語を理解しなくなってしまうことはとても寂しいことですし、日本に暮らす祖父母や親族とのコミュニケーションも取りにくくなるという問題もあります。どうにかして子どもに日本語学習を継続してほしいと思うのは当然のことです。ただし、そのために嫌がる子どもに、無理やり日本語を使わせようとしたり、補習校や日本語学校に通学させようとしたりすると、もっと日本語が嫌いになるということにもなりかねません。

 そこで、「サマーキャンプ in ぎふ」では、日本や日本人を好きになること、そして日本を知るために、日本人と楽しく交流するためには日本語が必要であることを感じ、日本語を学習したいという気持ちを持てるように多彩な体験プログラムを用意しています。第1期では地元の学校に体験入学しますが、学校での勉強内容を習得することが目的ではなく、同世代の日本の子どもとともに学校生活を経験することが重要と考えています。授業では日本と自国の違いを感じ、日本の学校特有の掃除や給食、また部活動などにも積極的に参加することがとても貴重な経験になっています。

 地元民家でのホームステイは、3~4世代が同居している家庭で過ごすこともあります。伝統文化ではものつくりや食つくりをしますが、それは地元のおじいさんやおばあさん、おじさん、おばさんが講師となって教えてれます。宿泊施設の周りを散策したり、近くの山でハイキングしたり、川で遊んでいたりすると、地元の人々が声をかけてくれます。このような皆さんは英語ではなく日本語、それも方言交じりの日本語で話しかけてきます。意味は分かりにくいかもしれませんが、子どもたちはそれらの人々の言葉にぬくもりを感じているようです。このような触れ合いもまた、子どもたちの日本語学習意欲の芽生えに奏功しています。

 また、日本語を使うということもとても大切にしています。このためにあえて英語での説明や通訳はしていませんし、プログラム実施中は英語の使用を禁止しています。これは日本語を使えるのに英語だけですまそうとすることを避けるため、また日本語の表現の誤りを修正するために重要です。

 「サマーキャンプ in ぎふ」の終了後には、家庭でも日本語を話すようになった、日本語の本を読むようになった、日本語学校や補習校に通学を始めたなどというような歓びの声をお聞きします。

 「サマーキャンプ in ぎふ2013」は、参加者の申し込みを受け付けています。詳細は、米日教育交流協議会のウェブサイト www.ujeec.org をご覧ください。

 

 

米日教育交流協議会(UJEEC)・代表 丹羽筆人

U of M Japanese Family Health Programミシガン大学日本家庭健康プログラムによる妊婦グループ検診~レポート

<!--:en-->U of M Japanese Family Health Program<!--:--><!--:ja-->ミシガン大学日本家庭健康プログラムによる妊婦グループ検診~レポート<!--:--> 1

 ミシガン大学の日本家庭健康プログラム(Ann Arbor, MI)は、妊婦向けのグループ検診を数年前より導入している。妊婦グループ検診は各国で行われており、通常の患者と医師の1対1検診より優れていることが証明されているという。利点として、より良い妊娠出産に関する知識の獲得や自己健康管理能力の向上、そして妊婦自身の高い満足度などが報告されている。妊婦が抱える疑問や質問の多くは共通しており、話し合ったり情報を共有することは医師との診察で学ぶ以上の習得が生まれる。妊婦検診と学習の場を組み合わせているため、妊婦にとっては来院の回数を減らせることやコスト面での実利もある。また、メンバー同士の結束や助け合いも期待できるなどメリットが多い。

 ミシガン大学では、妊娠出産ケアも担当する女性医師2人(平野、橋川)が日本語で診察及び教育にあたり、妊婦グループ検診のトレーニングを受けた日本人看護婦が進行役や援助を務めている。日本語で行われるのは世界で初めてとのこと。2010年にスタートし、高い効果を確認して、継続実施している。出産予定日が近い妊婦さんを対象にグループを組み、月に1度、計6回同じメンバーで行われる。時間内に個別の妊婦健診も行われ、個々の質問も可能。グループに役立つと思われる一般的な質問は、なるべくグループとともに話し合うようにしている。1回目のトピックは妊娠中の栄養や健康管理。その後、時期に合わせて、リラックス法、アメリカでの分娩の流れ、新生児の世話や授乳、など設定しつつ、メンバーの希望も取り入れた内容で進めている。

 レポーターが取材に伺った4月22日は、午前には予定日が3ヵ月以内(5月から7月)のグループの第6回目のセッション、午後には8月から10月が予定日となるグループの第3回目のセッションが開かれた。敷地であるドミノファームののどかな景色を臨む明るく心地よい空間である。診療所の一画ではあるが、なるべく病院ではないような雰囲気が望ましいとのことで、部屋の隅にある診察台などは目に触れない配慮がなされ、音楽が流されていた。受診者は到着後、体重は自分で測り、互いに手を貸して血圧を測定し、母子手帳に記入する。週数も自分で記入する。自己管理の意識を培う意味があるそうだ。グループ検診は単に‘個別’と‘グループ’という違いではなく、受動的な検診とは一線を引くものであることが窺われた。

 午前中に集まったのは出産を1~3ヵ月後に控える8人で、このセッションがグループ検診の最終回にあたった。順次個別検診が進められている間に、母乳のあげ方を人形を使って実習。日本人看護婦で出産経験者でもある大崎さんの指導や、経験者のアドバイスを得ながら練習に勤しんだ。乳房の痛みといったトラブルの対処法も伝授された。「へえ、そんなやり方もあるんだ」「知らなかった」という声が飛びかった。同じ時期の妊娠ということで連帯感があるのだろう、ごく親しい仲間同士のように打ち解けた空気があった。その後、平野(リトル)先生による教育指導に移った。この日のテーマは、家族計画(避妊)と妊婦さんたちからの希望で陣痛で病院に向かうタイミングの復習である。実際の避妊具を手に取りながら、説明をうける。参加者の感想を伺ったところ、他の妊婦さんと出会う機会になったことや、他の人の質問を聴けるのが良かったという声が寄せられた。日本での出産経験がある人も参加しており、(妊娠に)間が空いた上に日本とは違うこともあり、グループ検診は意義があり安心を得られたと話してくれた。

 午後のグループの第3回目セッションには11人が出席。内5人が初参加とあり、3人ずつ組んで自己紹介した後に全体での他己紹介で会話をスタートした。続いてビデオ映像を含めて陣痛や出産の様子について知識を得たほか、リラックスの方法としてヨガを体験する時間が設けられた。講師の秀島さんはこれまでもこのプログラムで妊婦向けのヨガを指導してきており、心身のリラックスの大切さを説き、その為に大事な呼吸の仕方を実践した後、妊婦に有用なストレッチや楽な出産に役立つポーズを手ほどきした。

 セッション後、昨年のグループ検診で一緒になった仲間と集まってヨガを自宅で続けた人たちが赤ちゃんを連れて秀島さんに挨拶に訪れた。ヨガの効用もさることながら、「孤独にならずに済んだ」と良さを語ってくれた。出産直前、出産直後、そして今もEメールで連絡をとりあっているそうだ。

 ミシガン大学家庭医療科では、グループ検診が友人作りの場にもなることを願っている。一般的な教育の効率的な提供に加え、ソーシャルサポートも兼ね備えているのがグループ検診の特徴であり、同院では医師とスタッフ、妊婦の好評を得ているとのことである。言語もシステムも異なる地で、必要な知識と情報に加えて安心感を届けている。

 ミシガン大学の日本家庭健康プログラム(Ann Arbor, MI)は、妊婦向けのグループ検診を数年前より導入している。妊婦グループ検診は各国で行われており、通常の患者と医師の1対1検診より優れていることが証明されているという。利点として、より良い妊娠出産に関する知識の獲得や自己健康管理能力の向上、そして妊婦自身の高い満足度などが報告されている。妊婦が抱える疑問や質問の多くは共通しており、話し合ったり情報を共有することは医師との診察で学ぶ以上の習得が生まれる。妊婦検診と学習の場を組み合わせているため、妊婦にとっては来院の回数を減らせることやコスト面での実利もある。また、メンバー同士の結束や助け合いも期待できるなどメリットが多い。

 ミシガン大学では、妊娠出産ケアも担当する女性医師2人(平野、橋川)が日本語で診察及び教育にあたり、妊婦グループ検診のトレーニングを受けた日本人看護婦が進行役や援助を務めている。日本語で行われるのは世界で初めてとのこと。2010年にスタートし、高い効果を確認して、継続実施している。出産予定日が近い妊婦さんを対象にグループを組み、月に1度、計6回同じメンバーで行われる。時間内に個別の妊婦健診も行われ、個々の質問も可能。グループに役立つと思われる一般的な質問は、なるべくグループとともに話し合うようにしている。1回目のトピックは妊娠中の栄養や健康管理。その後、時期に合わせて、リラックス法、アメリカでの分娩の流れ、新生児の世話や授乳、など設定しつつ、メンバーの希望も取り入れた内容で進めている。

 レポーターが取材に伺った4月22日は、午前には予定日が3ヵ月以内(5月から7月)のグループの第6回目のセッション、午後には8月から10月が予定日となるグループの第3回目のセッションが開かれた。敷地であるドミノファームののどかな景色を臨む明るく心地よい空間である。診療所の一画ではあるが、なるべく病院ではないような雰囲気が望ましいとのことで、部屋の隅にある診察台などは目に触れない配慮がなされ、音楽が流されていた。受診者は到着後、体重は自分で測り、互いに手を貸して血圧を測定し、母子手帳に記入する。週数も自分で記入する。自己管理の意識を培う意味があるそうだ。グループ検診は単に‘個別’と‘グループ’という違いではなく、受動的な検診とは一線を引くものであることが窺われた。

 午前中に集まったのは出産を1~3ヵ月後に控える8人で、このセッションがグループ検診の最終回にあたった。順次個別検診が進められている間に、母乳のあげ方を人形を使って実習。日本人看護婦で出産経験者でもある大崎さんの指導や、経験者のアドバイスを得ながら練習に勤しんだ。乳房の痛みといったトラブルの対処法も伝授された。「へえ、そんなやり方もあるんだ」「知らなかった」という声が飛びかった。同じ時期の妊娠ということで連帯感があるのだろう、ごく親しい仲間同士のように打ち解けた空気があった。その後、平野(リトル)先生による教育指導に移った。この日のテーマは、家族計画(避妊)と妊婦さんたちからの希望で陣痛で病院に向かうタイミングの復習である。実際の避妊具を手に取りながら、説明をうける。参加者の感想を伺ったところ、他の妊婦さんと出会う機会になったことや、他の人の質問を聴けるのが良かったという声が寄せられた。日本での出産経験がある人も参加しており、(妊娠に)間が空いた上に日本とは違うこともあり、グループ検診は意義があり安心を得られたと話してくれた。

 午後のグループの第3回目セッションには11人が出席。内5人が初参加とあり、3人ずつ組んで自己紹介した後に全体での他己紹介で会話をスタートした。続いてビデオ映像を含めて陣痛や出産の様子について知識を得たほか、リラックスの方法としてヨガを体験する時間が設けられた。講師の秀島さんはこれまでもこのプログラムで妊婦向けのヨガを指導してきており、心身のリラックスの大切さを説き、その為に大事な呼吸の仕方を実践した後、妊婦に有用なストレッチや楽な出産に役立つポーズを手ほどきした。

 セッション後、昨年のグループ検診で一緒になった仲間と集まってヨガを自宅で続けた人たちが赤ちゃんを連れて秀島さんに挨拶に訪れた。ヨガの効用もさることながら、「孤独にならずに済んだ」と良さを語ってくれた。出産直前、出産直後、そして今もEメールで連絡をとりあっているそうだ。

 ミシガン大学家庭医療科では、グループ検診が友人作りの場にもなることを願っている。一般的な教育の効率的な提供に加え、ソーシャルサポートも兼ね備えているのがグループ検診の特徴であり、同院では医師とスタッフ、妊婦の好評を得ているとのことである。言語もシステムも異なる地で、必要な知識と情報に加えて安心感を届けている。

Learning Japanese Flower Arrangement in America日本の華道家 アメリカで学ぶ生徒・学生に講演

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ミシガン大学日本語クラスの学生を対象にいけばな

 去る2012年11月9日、ミシガン大学日本語学科で‘いけばな’の特別課外ワークショップが開かれた。講師は小原流いけばな一級家元教授であり、いけばなの学術論文で授与された初の芸術学博士でもある鈴木榮子氏。氏は日本航空に国際線スチュワーデスとして勤務した後、カナダ・アメリカでの滞在を経て広島に帰国後、英語によるいけばな教室を開始。いけばなの指導や実演を通して日本の文化を伝えたり、国際的なイベントでいけ花(アレンジメント)を担当するなど、国内外で活躍している。

 今回の講演では、まず、花をアレンジして楽しむことは世界中でポピュラーである中、日本のいけばなのユニークな点として家元制度があることを説明。また、いけばなは単に形ではなく、その核には「生かす」という精神があることを説いた。

 鈴木先生やサポートを務めた人々が事前に生けた多数のアレンジメントを紹介しながら、それぞれの花の美しさを最大限に生かすために、高さや向き、色やサイズの組み合わせや位置に配慮があることを示した。これらの材料は、鈴木先生の「身近な植物をいける」との考えの元、滞在先の周辺でススキや枝などを採取し、それらに合う花を当地の花屋で購入して揃えた。庭や身近にある自生の植物も選ぶ目があれば素晴らしいマテリアルに成り得ることに、参加者から感嘆の声があがった。また、四季がある日本では一つの植物に四つの顔があり、日本的な美意識では枯れた花や枝にもそれなりの良さを感じてそのものを愛でることも話した。そして、これらを「まっとうさせる」ために、茎を切る時には葉のすぐ上で切っておけば後で利用する=生かすことができることを教示。更に、「いかす」精神は、人との関わり方にも通じていると説いた。

 鈴木先生による解説を添えながらのいけばな実演の披露の後、学生たちはいけばなに挑戦。各自が持参したコーヒーマグなどを花器代わりにして、チューリップやバラなど数種の花や葉を思い思いにアレンジした。完成後は各作品を鈴木先生が批評し、位置をずらすことでどのように印象が変わるかを学生の意見を求めつつ比較して見せた。

 参加者たちからは、「ほんのいくつかの花でも楽しむことが出来ると分かり、面白かった」「『生かす』考え方から多くのことを学んだ」など、の感想が寄せられた。参加者の一人であるエレンさんは、当地の花屋で働いた経験を持つ芸術専攻の学生だが、日本のいけばなのシンプルさに感銘したとのこと。実際に生ける過程を見、体験することができ、大いに心惹かれたと話してくれた。

 日本文化の紹介に留まらない、内容の豊かな講演であった。

補習授業校で礼儀について講義と実習

 11月10日には、デトロイトりんご会補習授業校の中学生と高校生を対象に「日本人の誇りをもつ:礼儀作法をチェック!」と題して、日本の礼儀作法に関する講演が行われた。

 君島学校長は鈴木先生の紹介に続いて、「知らないと失礼なことがある」「日本人、日本の文化について、また、会社や世界から求められていることをこの機会に学んでほしい」など、学習の目的を示し意欲を喚起した。

 鈴木氏は冒頭、「海外で学ぶ皆さんは、言語スキルだけでなく、グローバルにものを見ることが出来、そして自分の考えをしっかり持って意見を言うなどの特質を持つことが出来る」とプラスの面に言及した後、グローバル社会で生きる真の国際人として、母なる国を持つことが大切であり、それには日本語力のみならず、日本の文化や日本的マナーを知ることが肝要であると告げた。

 日本には「いかし合う」文化があり、海に浮かぶ鳥居と社殿で知られる厳島神社を有する宮島を例えにして自然と造形物の調和にみられる「ともに生きる」という文化、そして日本の陶芸での「ゆがんだ所も生かす」という考え、相撲で負けた人に手を差し出す「一緒に生きている」という思いなど、具体的な話を挙げた。その底流には、対象が物であれ人であれ、「思いやり」を尊ぶ考えがあり、それが日本的な礼儀や作法に繋がっていると説明した。

 講話の後に行われた実践ではまず、世界に共通するマナー五原則として、表情・挨拶(言葉、遣り方)・態度(良い姿勢)・身だしなみ(衣類の整え方、清潔感)・そして言葉づかいが相手に対して心地良いものであるように諭した。挨拶や言葉遣いに敬う心をもつことが大切であると話した後、生徒一同、好感を与える笑顔の練習に取り組んだ。

 日本のマナーに関する実技練習では、良い姿勢をするには背筋を伸ばすのがコツであることや、礼(おじぎ)の角度やスピード(ゆっくりと体を起こすと丁寧な印象を与えること)を、鈴木先生が悪い例も見せて生徒に自覚を持たせながら指導。次に、代表生徒をモデルに物の授受のマナーとして、物は相手の安全や使いやすさに配慮し、書面は相手が読みやすい向きで渡すことを教示した。続いて「もったいない」の真意の講釈。3+1のRとして、Reduce:ゴミの減少、Reuse:再利用、Recycle:再生の3つのR、それらの根底にある4つ目のR、Respectを示した。リスペクトとは人と物への思いやりの心であり、「いかさないのはもったいないことである」と話した。

 最後に、生徒へのメッセージとして、「皆さんは日本にいる人ができない大きな経験をしている。日本の文化を知り、日本人の誇りを持って世界に羽ばたき、今日話した『いかし合う』ことをベースに美しい日本人として活躍してください」とエールを送った。

☆ ☆ ☆

 大学の講義や国内外での特別講演並びにテレビ出演や雑誌の取材など、多方面で活躍されている鈴木榮子先生によるミシガンでの講演が実現したのは、鈴木先生の弟子であり、補習授業校で講師を務めている伊藤隆子さんの橋渡しによる。いけばなを介した日本文化の知識と豊富な講演経験をもつ鈴木氏が当地の若者に刺激を与える場を提供してくれたことが実にありがたい。大勢の学生生徒がこの貴重な機会を生かし成長してゆくことであろう。

 

ミシガン大学日本語クラスの学生を対象にいけばな

 去る2012年11月9日、ミシガン大学日本語学科で‘いけばな’の特別課外ワークショップが開かれた。講師は小原流いけばな一級家元教授であり、いけばなの学術論文で授与された初の芸術学博士でもある鈴木榮子氏。氏は日本航空に国際線スチュワーデスとして勤務した後、カナダ・アメリカでの滞在を経て広島に帰国後、英語によるいけばな教室を開始。いけばなの指導や実演を通して日本の文化を伝えたり、国際的なイベントでいけ花(アレンジメント)を担当するなど、国内外で活躍している。

 今回の講演では、まず、花をアレンジして楽しむことは世界中でポピュラーである中、日本のいけばなのユニークな点として家元制度があることを説明。また、いけばなは単に形ではなく、その核には「生かす」という精神があることを説いた。

 鈴木先生やサポートを務めた人々が事前に生けた多数のアレンジメントを紹介しながら、それぞれの花の美しさを最大限に生かすために、高さや向き、色やサイズの組み合わせや位置に配慮があることを示した。これらの材料は、鈴木先生の「身近な植物をいける」との考えの元、滞在先の周辺でススキや枝などを採取し、それらに合う花を当地の花屋で購入して揃えた。庭や身近にある自生の植物も選ぶ目があれば素晴らしいマテリアルに成り得ることに、参加者から感嘆の声があがった。また、四季がある日本では一つの植物に四つの顔があり、日本的な美意識では枯れた花や枝にもそれなりの良さを感じてそのものを愛でることも話した。そして、これらを「まっとうさせる」ために、茎を切る時には葉のすぐ上で切っておけば後で利用する=生かすことができることを教示。更に、「いかす」精神は、人との関わり方にも通じていると説いた。

 鈴木先生による解説を添えながらのいけばな実演の披露の後、学生たちはいけばなに挑戦。各自が持参したコーヒーマグなどを花器代わりにして、チューリップやバラなど数種の花や葉を思い思いにアレンジした。完成後は各作品を鈴木先生が批評し、位置をずらすことでどのように印象が変わるかを学生の意見を求めつつ比較して見せた。

 参加者たちからは、「ほんのいくつかの花でも楽しむことが出来ると分かり、面白かった」「『生かす』考え方から多くのことを学んだ」など、の感想が寄せられた。参加者の一人であるエレンさんは、当地の花屋で働いた経験を持つ芸術専攻の学生だが、日本のいけばなのシンプルさに感銘したとのこと。実際に生ける過程を見、体験することができ、大いに心惹かれたと話してくれた。

 日本文化の紹介に留まらない、内容の豊かな講演であった。

補習授業校で礼儀について講義と実習

 11月10日には、デトロイトりんご会補習授業校の中学生と高校生を対象に「日本人の誇りをもつ:礼儀作法をチェック!」と題して、日本の礼儀作法に関する講演が行われた。

 君島学校長は鈴木先生の紹介に続いて、「知らないと失礼なことがある」「日本人、日本の文化について、また、会社や世界から求められていることをこの機会に学んでほしい」など、学習の目的を示し意欲を喚起した。

 鈴木氏は冒頭、「海外で学ぶ皆さんは、言語スキルだけでなく、グローバルにものを見ることが出来、そして自分の考えをしっかり持って意見を言うなどの特質を持つことが出来る」とプラスの面に言及した後、グローバル社会で生きる真の国際人として、母なる国を持つことが大切であり、それには日本語力のみならず、日本の文化や日本的マナーを知ることが肝要であると告げた。

 日本には「いかし合う」文化があり、海に浮かぶ鳥居と社殿で知られる厳島神社を有する宮島を例えにして自然と造形物の調和にみられる「ともに生きる」という文化、そして日本の陶芸での「ゆがんだ所も生かす」という考え、相撲で負けた人に手を差し出す「一緒に生きている」という思いなど、具体的な話を挙げた。その底流には、対象が物であれ人であれ、「思いやり」を尊ぶ考えがあり、それが日本的な礼儀や作法に繋がっていると説明した。

 講話の後に行われた実践ではまず、世界に共通するマナー五原則として、表情・挨拶(言葉、遣り方)・態度(良い姿勢)・身だしなみ(衣類の整え方、清潔感)・そして言葉づかいが相手に対して心地良いものであるように諭した。挨拶や言葉遣いに敬う心をもつことが大切であると話した後、生徒一同、好感を与える笑顔の練習に取り組んだ。

 日本のマナーに関する実技練習では、良い姿勢をするには背筋を伸ばすのがコツであることや、礼(おじぎ)の角度やスピード(ゆっくりと体を起こすと丁寧な印象を与えること)を、鈴木先生が悪い例も見せて生徒に自覚を持たせながら指導。次に、代表生徒をモデルに物の授受のマナーとして、物は相手の安全や使いやすさに配慮し、書面は相手が読みやすい向きで渡すことを教示した。続いて「もったいない」の真意の講釈。3+1のRとして、Reduce:ゴミの減少、Reuse:再利用、Recycle:再生の3つのR、それらの根底にある4つ目のR、Respectを示した。リスペクトとは人と物への思いやりの心であり、「いかさないのはもったいないことである」と話した。

 最後に、生徒へのメッセージとして、「皆さんは日本にいる人ができない大きな経験をしている。日本の文化を知り、日本人の誇りを持って世界に羽ばたき、今日話した『いかし合う』ことをベースに美しい日本人として活躍してください」とエールを送った。

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 大学の講義や国内外での特別講演並びにテレビ出演や雑誌の取材など、多方面で活躍されている鈴木榮子先生によるミシガンでの講演が実現したのは、鈴木先生の弟子であり、補習授業校で講師を務めている伊藤隆子さんの橋渡しによる。いけばなを介した日本文化の知識と豊富な講演経験をもつ鈴木氏が当地の若者に刺激を与える場を提供してくれたことが実にありがたい。大勢の学生生徒がこの貴重な機会を生かし成長してゆくことであろう。