Wednesday, April 17, 2024
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サッカー日本代表 原口選手 ミシガン来訪! Brilliant+のサッカーキャンプで指導、デトロイト・サッカースクールでも見学交流

サッカー日本代表 原口選手 ミシガン来訪! Brilliant+のサッカーキャンプで指導、デトロイト・サッカースクールでも見学交流 5

IMG_95426月中旬、現役の日本代表選手であり、ドイツのプロサッカーリーグ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリン所属の原口元気選手がミシガン来訪という、サッカーファン歓喜の機会を得た。

原口選手は1991年生まれ、埼玉県熊谷市出身。2009年1月に浦和レッズとプロ契約を締結したが、これは日本人でクラブ史上最年少であり、クラブ日本人最年少ゴールの記録を作った。2011年ナビスコカップニューヒーロー賞の受賞など、輝かしい経歴を持つ。2014年ヘルタ・ベルリンに移籍、契約期間は2014年6月から4年間。日本代表としては、2011年10月のキリンチャレンジカップ・ベトナム戦で代表デビュー。2015年6月のイラク戦で日本代表初ゴール、2016年3月のW杯2次予選シリア代表戦で1得点を決めるなど結果を出してきた。

IMG_9560今回は、ヘルタ・ベルリンのオフシーズンを利用して、兼ねてより交流のある当地サッカー組織Brilliant+(ブリリアント・プラス)主宰者である高橋亮氏のアレンジによって、ミシガンを拠点に指導や交流、そして観光にいそしんだ。

原口選手はまず、Brilliant+の夏のサッカーキャンプ1週目の最終日にゲストして登場。6月上旬に行なわれたキリンカップ直後の渡米というハードなスケジュールにもかかわらず、年齢層別の各グループ練習やゲームで指導やプレーに加わった。この日、キャンプ中に活躍が目覚ましかった参加者への賞品が授与されたが、それらは原口選手のサイン入りとあり、大いに盛り上がりをみせた。全員の記念写真の後、サイン会の時間も設けられ、小さい子には膝をついて対応する原口選手の姿がみられた。子供も保護者も興奮。会場は熱気に包まれた。

IMG_9509Brilliant+夏のサッカーキャンプでは、アテネオリンピック日本代表の山本絵美選手を迎えたこともある。高橋亮氏に、このような貴重な機会の話や今後の活動について伺った。

また、原口選手は6月11日には、りんご会補習授業校の放課後に父兄を中心とするボランティアコーチのもとで運営されているデトロイト・ジャパニーズ・サッカースクール F C Robinsの練習に訪問した。このラッキーな企画も、高橋亮氏が同スクールのテクニカルディレクターとして携わっている繋がり。学年別に10を超す各チームそれぞれと記念写真を撮った後、忙しい日程の中、弊紙のインタビューの時間を取ってくださった。ドイツでプレーをしている原口選手に、来訪の感想や、目標の実現などについて話を伺った。

IMG_9510Brilliant+主宰者である高橋亮氏 インタビュー

Q:Brilliant+の設立目的や、コミュニティーでの役割・功績をお聞かせください。

A:Brilliant+は、「日本人の日本人による日本人の為のサッカーキャンプ」をテーマにし、日本のスポーツ界では欠かすことの出来ない規律、敬意、礼儀なども含めた「総合的なスポーツの楽しさ」をサッカーを通じて教えていくのが基本です。

Q:今回15回目となったサッカーキャンプの概要(日数・内容)と参加人数は?

A:現日本代表選手招聘の為、例年より2週間早めての開催となりました。2週で約80名の参加者が来てくれました。

Q:原口選手のような代表選手や、これまでにも著名選手や監督(コーチ)を度々招きましたね。

A:10周年には現FC東京の城福浩監督を招聘して、大いに盛り上がりました。アスリートを持つ親へのアドバイス、と称してキャンプ中に開催した講演もたくさんのQ&Aで非常に盛り上がりました。

15周年という節目には現役日本代表選手を呼ぶのが目標で、ミシガンに住む日本人の子供達に是非素晴らしい時間を提供したいとずっと想っていまして、それを原口選手に切願したところ、快く受け入れてくれました。

Q:参加者に学んで欲しいこと、そして、今回の原口選手の指導による目に見えた成果は?

A:同じ環境に居るだけなのに、やはり気持ちが張り詰めているのが感じられ、子供達はとても真剣に、そして楽しくキャンプに取り組んでくれました。物怖じせず、ボールに立ち向かう姿勢等、急激に成長した選手も何人か居ましたし、これを機会にもっともっとサッカーを好きになってもらいたいです。

Q:今後のサッカーキャンプや他の活動の予定は?

A:キャンプは例年通り継続していきます。16周年?と称してまた何か盛大にやりましょうかね(笑)。でもここミシガンにサッカーが大好きな子供達がいる限り、できるだけの事はして行きたいと思っています。

その他は Men’s OpenやOver30チームがリーグ戦でプレーしてますし、また秋、冬、春はスクールを実施しています。

いつか同じような活動をしている(日本人対象としたサッカーキャンプやスクール)他州、他国と交流して、どんどんサッカーで繋がって行きたいと思っています。

ホームページ:brilliantplus.com

IMG_9556原口元気選手 特別インタビュー

Q:当地の駐在や永住のお父さんを中心としたコーチのボランティアによって成り立っているサッカースクールについての感想をお聞かせください。

A:日本でもジュニアサッカーは保護者のポランティアで行なわれることが多いですが、アメリカで、これほど多くの日本人がサッカーに集まって、とても活気に満ちていて驚きました。

Q:日本国外のチームでプレーしているご経験をもとに、コミュニケーションの工夫や信条をお教えいただけますか。

A:言葉はある程度勉強する必要がありますが、仲間に入っていくことが大事だと思っています。プレーを離れても、誘われたら行くようにしています。それはピッチ(サッカー競技の場)でも、活躍できるかに影響します。

Q:二カ国語習得に頑張っている子ども達へのメッセージをお願いします。

A: 苦しいでしょうが、子どもはの見込みが早いと思うので、日本では出来ない貴重な経験なので、頑張ってください。

Q:日本代表というトップレベルに到達した原口選手から、目標や夢の実現について伝えたいことは? 気持ちをキープし続けるのが難しいと思うのですが。

A:僕は要求が高いので、努力が苦になりません。そういう熱中するものを見つけることが大切。サッカーでは悔しい思いもしたし、試合に出られないこともありましたが、向上したい気持ちを持ち続けることができました。サッカーがパワーの8割を占めています。何に対しても努力する・・・ということではないですが、サッカーの為であれば、他のこと、ドイツ語の勉強も頑張れます。

Q:ミシガン訪問の感想と、ご自身の抱負をお聞かせください。

A:今住んでいるのはベルリンで都会なのですが、ここ(ノバイ周辺)は住みやすそうなところですね。緑も多くて、出身地の埼玉に環境が近いと感じました。海外で頑張っている日本人が多いですが、僕はドイツで活躍して、日本人が頑張っていることをアピールしたいと思っています。

☆日本代表として9月からワールドカップの予選に挑む原口選手。最後に「ワールドカップで良い成績を出し、勝利に結び付けたい」と力強く語った。

元なでしこジャパン 山口麻美氏を迎えて講演会

元なでしこジャパン 山口麻美氏を迎えて講演会 3

DSC_3917デトロイトりんご会 補習授業校 りんごハウス特別企画

アメリカとスウェーデンでの豊富な経験や、怪我からの復帰の道のりをもとに子どもたちにエール

デトロイト補習授業校では理事運営委員会が主催し、中高生・保護者ボランティアとともに準備・運営する、「放課後活動の体験」、「工作・製作を楽しむ場の提供」を目的とした『りんごハウス』を企画・開催している。補習授業校ならではといえるが、父親たちも積極的に携わり、各々の技術や才能、人脈を活かして様々な企画を実施してきた。

2月末のりんごハウスでは「割箸鉄砲作り」を開催し、50名以上の子どもたちが参加。子どもたちは割箸と輪ゴムを使って割箸鉄砲を製作した後、それを使って実際に的当てもして楽しんだとのこと。

2016年度の最終回となった3月4日のりんごハウスでは、特別企画として、元なでしこジャパンの山口麻美氏を迎えて講演会を開催した。講演は、山口麻美氏と懇意で、今回の企画の橋渡しをつとめた高橋亮氏とのトークショースタイルで行なわれ、聴講者に質問を投げかけたり、質問を受けたり、オープンな雰囲気で進められた。補習授業校のサッカースクールでサッカーを習っている子ども達が多く集まり、大人たちもサッカーファンが多いと見え、一般的にはあまり周知されていないような質問にも正解が続出した。サイン・握手会の時間も設けられ、貴重な機会を楽しむ姿が見られた。

山口麻美さんは、1 9 9 9年に日テレ・メニーナ入団。3年後、日本女子サッカーで最強の日テレ・ベレーザに昇格し、2 シーズン目には 18 試合 9 得点の活躍をおさめた。2005年に日テレを退団しフロリダ州立大学に留学しサッカー部に入部。その間、2007年ユニバーシアードに出場する日本代表に選出。また、北京五輪アジア最終予選に向けた日本代表のアメリカ遠征メンバーに初召集され、アメリカ戦で代表デビューを飾った。一方、米国大学女子サッカーリーグでは 24 得点 18 アシストを記録し、フロリダ州立大創設初のハーマン杯を受賞。2008年にスウェーデンへ渡り、名門ウメオIKに入団し女子スウェーデンカップ、UEFA女子カップに出場、在籍中2度のリーグ優勝を経験、という輝かしい経歴をもっている。

ハーマン杯は米大学サッカーの年間最優秀選手に贈られるもので、日本人初の快挙。講演中、高橋氏より、それがいかに非常な名誉であるかという解説に加えて、引退した今も“レジェンド”と呼ばれおり、また、フロリダ州立大学内のアスリート殿堂入り記念館に彼女のコーナーがあり、ユニホームなどが展示されていることも紹介した。山口麻美さんからは、生い立ちや、海外での経験談、そして怪我からの再起についてなど、スライドを映しながら盛りだくさんの話が披露された。高校生でリーグサッカーに入団したために、帰りが夜中になることもあったが、サッカーだけと思われたくなくて勉強もやった。トップを目指していて、サッカーのためなら頑張れたと話す。

DSC_3861世界で活躍する選手になりたくて、その為には一流のプレーヤーの中で・・・と考え、高校卒業後すぐに、子どもの頃から憧れていたアメリカに留学。言葉の壁、文化の違い、そしてフィジカルの壁に直面。勉強ができないとサッカーができない条件であったため、授業を録音して家庭教師と勉強した。勉強とサッカーだけの毎日であったと苦労を話した。2 年ほど経って話せるようになってからは自分からチームメートとコミュニケーションを取るようにしたという。

その後、世界トップクラスのスウェーデンのチームに移籍し、リーグでの優勝、超一流選手とのプレー、3万人の観客の前でのプレーなど、貴重な経験を重ねた後、アメリカのチームに移籍。人脈やオファーを活かして活躍の場を築いてきたことが伝えられた。

IMG_5778話は2011年のワールドカップに移る。予選には出場したものの本大会では外された、その時の心境を、言葉では表さず、他の選手たちの失望の場面を集めた映像を通して示した。その直後には怪我をして繰り返し手術。さらに原因不明の怪我が重なり、一度はサッカーを辞めたという。2年半もの長いリハビリ生活の後にベレーザに復帰し、出場後いきなり得点。その後ベレーザは皇后杯で優勝。「諦めなくて本当に良かった」「怪我のおかげで、リハビリの場での出会いもあった。素晴らしい人と出会え、学ばせていただいた」と語った。

選手引退後、アメリカに戻ってフロリダ大学を昨年卒業した。目標を成し遂げる彼女の精神力に脱帽する。現在はニューヨークを拠点に、サッカーだけでなく、いろいろな仕事をしている。「仕事の場でも世界で活躍したい」との抱負を語った。

最後に、「辛いことやいろんなことがあったが、キーワードは“ ポジティブ”

“行動力”。どんな局面でもポジティブに捉えて。必ず良いことがある」と、経験に基づいた、強く、そして暖かいエールを贈ってくれた。重くストレートに響くメッセージであった。

全写真提供:デトロイトりんご会補習授業校

2017年 JBSD(デトロイト日本商工会) 新年会 歌手 杏里さんを迎え、盛大に

2017年 JBSD(デトロイト日本商工会) 新年会 歌手 杏里さんを迎え、盛大に 3

DSC_72851月29日、JBSD(デトロイト日本商工会)の新年会がノバイ市にあるバンケット会場で催された。今回は歌手の杏里さんを余興のゲストに迎え、一般申込の参加者が例年になく多く、JBSD会員や地元団体の代表者など、過去最高を数える約690名が一堂に会し、盛大な集まりとなった。ミシガン州政府代表も列席し、日本との関係を重視してくれていることが現れていた。

午前中に行われたJBSD総会で正式に新会長に承認された藤田佳幸氏の着任の抱負を含めた挨拶に続き、在デトロイト日本国総領事館よりJBSDの発展を期する和田総領事の言葉、そしてミシガン州代表より日米の絆を保持したい旨を強調した言葉が伝えられた。トランプ大統領就任から10日弱。トランプ大統領が「日本との自動車貿易は不公平」、「日本の為替政策が円を安く誘導している」など日本批判を繰り返し発言していた時期とあり、いずれの挨拶でも、変化やチャレンジの多い年になることや先行きの不透明感に言及しつつ、経済が良くなる節目となる年になるよう、また、当地ミシガン/米国と日本との友好がさらに深まるようにとの祈念の言葉が表明された。

IMG_1185_e食事後にはメイン・イベントとして、歌手杏里さんが約1時間にわたって歌声とトークを届けた。今でもカラオケや、のど自慢でもよく選曲される「オリビアを聴きながら」で1978年にデビューし、「CAT’ EYE」

「悲しみがとまらない」のヒット曲で日本全国に名を広め、CMソングやテレビ主題歌など様々なジャンルの音楽を手掛け話題を呼んだ杏里さんは、現在も、プロデュース、作曲、作詞、他のアーティストへの楽曲提供なども積極的に行い、国内外を問わず、幅広い活動を行っている。また、アーティストとしてだけでなく、そのライフスタイルやファッションには、幅広い世代の女性からいつも熱い支持を受けている。

この度の新年会では、前述のヒット曲を中心に、JBSD役員のリクエストに応えて「SUMMER CANDLES」、そして英語の曲も織り込み、洗練された雰囲気と輝きを放つ歌声で、会場を魅了した。

IMG_0949トークのなか、「デトロイトには前々から訪れたいと思っていた」と話し、JBSD基金の会長であり、当日のMCを務めたクラーク氏と息を合わせての乾杯の場面もあり、第一線で活躍するアーティストでありながらも配慮を欠かさない優しい一面がみられた。

散会後には、ミシガンの地で杏里さんのライブ演奏やトークの機会を得た幸運を喜ぶ声があちこちで交わされていた。

新年を祝う催しに相応しい華やかさに溢れたイベントであった。

新年会の前にはJBSD通常会員総会とJBSD基金総会が開催され、前年度の活動報告、収支報告に続き、2017年度の常任委員が選任され、各担当代表者により活動方針や予算が報告された。その中で、広報部会長から、ホームページの刷新作業を進めており、本年3月に完成予定との報告がなされた。

IMG_1096JBSDは日米相互理解を深めるために、ビジネスのみならず、「文化」「人」の交流を促進することを目的に活動をしているが、2016年度には、商工部会による「外国為替セミナー」「自動車産業セミナー」「州法人税セミナー」など計14のセミナー、文化部会による「音楽祭」および他の団体との共催による「写生大会」や

「日本祭り」、スポーツ部会によるボーリングやマラソン、ゴルフ、ソフトボール大会の実施、アイスホッケー観戦の企画、さらに、青年委員会が「蚤の市」や各種バスツアーをはじめとする9件のイベントを提供した。非会員でも参加できるイベントもある。活動内容の詳細はhttp://www.jbsd.orgで。

Kendo World Champion Visits USA剣道世界選手権大会のチャンピオン訪米

<!--:en-->Kendo World Champion Visits USA<!--:--><!--:ja-->剣道世界選手権大会のチャンピオン訪米<!--:--> 6

  デトロイトで特別セミナー開催

 去る12月12日(水)、2012年第15回剣道世界選手権大会のチャンピオン高鍋進 剣道錬士六段を迎えて、スクールクラフトカレッジ(Livonia,MI)体育館を会場にして特別セミナーが開催された。

 この稀な機会は全米剣道連盟(All United States Kendo Federation)のアレンジによるもので、世界チャンピオンに指導をしてもらう為に、また、制覇したお祝いを兼ねて米国を見て回ってもらうために髙鍋氏を招待して実現した。今回の指導ツアーで髙鍋氏は東海岸4カ所(ニューヨーク、ワシントンDC、デトロイト、シカゴ)を回り、剣士たちに技や心得を教示した。デトロイトでのセミナーには、平日の夕方(6:45pm)からの開始にも関わらず、ホストを務めたデトロイト剣道道場をはじめ、州外から駆けつけた人を含めて55名が参加した。

 セミナーは講演の形式ではなく、髙鍋氏の「自分は現役選手なので、論じるより見せることが一番と考えている」との考えのもと、防具を付けた合同練習が大半を占めた。上級者に大切なこととして、切り返しを早くして手の内を知られないようにするなど、勝つための具体的な技や考え方を惜しげなく伝授した。2人組での打ち合い練習を見た後には「声が小さい」と指摘。声も打ち込みも、試合や審査と同じように100%を出す大切さを示唆した。

 後半には髙鍋氏が参加者と順々に手合わせをする時間も設けられ、子供たちに対しては切り返しの相手を務めた。デトロイト道場に所属する少女に感想を尋ねたところ、「チャンピオンと手合わせできてとっても嬉しい!」「強いけれど、優しかった」と顔を輝かせて答えた。ミシガンステイト大学の学生は「Amazing!! So fast! So accurate! すごく早くて正確で、驚きました」と興奮を交えて称賛し、「2時間だがとても多くのことを学んだ」と実りを確信していた。オハイオ州のクリブランドに研究留学中の日本人男性は「30年以上剣道をしているが、日本ではこんなチャンスは無かった。感無量です」と機会に恵まれた感激に加えて、「学びが多かった。技術だけでなく人間性が伝わり、惹かれた。特に、『100%で』という言葉は、剣道だけではなく、人生に生かしていける教訓として心に響いた」と感想を話してくれた。

 セミナー後、懇親会を兼ねた食事の場では、技や精神面についての質問が続々と寄せられ、髙鍋氏はそれに対して丁寧に真摯に回答したとのこと。

 髙鍋氏は次の日には在デトロイト総領事公邸に招かれ、デトロイト剣道道場の長である田川氏(八段教士)並びに関係者も参席した。日本、米国、そして世界における剣道の現状や展望について熱が入った会話が交わされた。

第15回剣道世界選手権大会のチャンピオン 高鍋進 剣道錬士六段 インタビュー

東海岸4カ所を回る日程の貴重な時間の中、デトロイト剣道道場の長である田川順照氏(剣道教士八段)と共にインタビューに応じていただいた。

田川教士八段は世界選手権大会の審判を務めているが、高鍋氏の強さについて「面の速さは世界一」と語る。

Q. まず、デトロイトでのセミナーの感想をお聞かせください。  

髙鍋氏:熱心で一生懸命で、こちらが勉強になりました。

Q:剣道の部外者からみると、剣道は日本の伝統武術なので、日本が突出して強く、日本人がチャンピオンで当然と考えがちですが。

髙鍋氏:日本の強さは抜きん出ていますが、剣道は一発勝負なので何が起こるか分からないものです。体で組み合う柔道などは実力の違いは歴然としますが、剣道は竹刀の空中での一瞬のことなので、ちょっとしたことで勝負がひっくり返ります。

田川氏:そこが剣道の特徴であり、日本古来の武道精神と形を今も受け継いでいる唯一の武道といえます。体重による階級もありませんからね。

Q. 全日本剣道選手権大会、全国警察剣道選手権大会を何度となく制覇しておられますが、世界選手権大会となると「日本を背負う」といった重さがあるのでしょうか?

髙鍋氏:それはないです。目の前の相手に全力で挑むことが全てです。とはいえ、「日本人が勝たなくては」という(日本剣道界の)期待があるので、プレッシャーはあります。

田川氏:決勝戦というのは、全日本大会でもそうですが、全くと言っていいほど、場の空気が変わるんです。緊張感が違います。そこで力を発揮できるのが素晴らしいことです。

Q:セミナー中に語られた「練習も100%でやる」という言葉が印象的でしたが、世界一を目指すために自分に課していることは?

髙鍋氏:世界一になろうという目標はなかったのですが、日本一を目指して、厳しい練習を続けるために、日常生活のなかでも不要なことは省かれています。現在は選手として剣道の練習に存分に時間を費やせるという恵まれた状態ですが、環境が良いからこそ甘えずに厳しくやり続けることが難しいですね。

Q:座右の銘、または信条は?

髙鍋氏:『克己心』です。だれることなく自分に厳しくし続けるよう心がけています。

Q:田川八段剣士からチャンピオンへ期待することは?

田川氏:高鍋剣士は剣道の本道をやっているので、それを広く伝えて欲しい。「生涯剣道」と言いますが、試合の剣道はあくまでも一つのステージ。鍛錬し続けなくてはいけない、終わりのない道です。選手としてもう一頑張りしてもらったら、今後はコーチ、そしていずれは指導者へと進んで、違うステージで鍛錬、研鑽し続け、剣道を支えて欲しいと願っています。

髙鍋氏:頑張り続けたいと思います。田川先生がおっしゃるように、世界チャンピオンは一つの過程です。これから自分の剣道を探っていきます。チャンピオンになったお蔭で、今回のようにアメリカを見て回る機会を与えて頂いたり色々な方や先輩方の話を伺うことができたり、貴重な経験を得ています。たいへん有難いと感じています。それも糧にして精進していきます。

Q:最後に、剣道チャンピオンから、若い剣士、そして剣道に限らず高みを目指している人々へのメッセージをお願いします。

髙鍋氏:私も初めから素質とか何かが備わっていたのではなく、あきらめずに練習を続けたからこそできたことです。めげずに追求していったらきっと何かを達成できると信じています。

レポーター:ありがとうございました。更なるご活躍を楽しみにしています。

髙鍋進氏 経歴

 1976年熊本県熊本市に生まれ、1984年、兄の影響で剣道を始める。熊本市立楠中学校で大将を務め、1991年に九州チャンピオンに。PL学園高等学校、筑波大学体育学群を経て、神奈川県警察に奉職。現在鶴見警察署所属の警部補であり、全日本剣道連盟錬士六段で、術科特別訓練剣道主将を務めている。2012年世界剣道選手権大会(イタリア大会)優勝のほか、全日本剣道選手権大会優勝(2010年と2011年に2連覇)、全国警察剣道選手権大会4回優勝など、輝かしい実績を重ねている。

 高鍋氏の面は決まるまでの速さ約0.1秒。現役選手の中では最速と言われている。

 

  デトロイトで特別セミナー開催

 去る12月12日(水)、2012年第15回剣道世界選手権大会のチャンピオン高鍋進 剣道錬士六段を迎えて、スクールクラフトカレッジ(Livonia,MI)体育館を会場にして特別セミナーが開催された。

 この稀な機会は全米剣道連盟(All United States Kendo Federation)のアレンジによるもので、世界チャンピオンに指導をしてもらう為に、また、制覇したお祝いを兼ねて米国を見て回ってもらうために髙鍋氏を招待して実現した。今回の指導ツアーで髙鍋氏は東海岸4カ所(ニューヨーク、ワシントンDC、デトロイト、シカゴ)を回り、剣士たちに技や心得を教示した。デトロイトでのセミナーには、平日の夕方(6:45pm)からの開始にも関わらず、ホストを務めたデトロイト剣道道場をはじめ、州外から駆けつけた人を含めて55名が参加した。

 セミナーは講演の形式ではなく、髙鍋氏の「自分は現役選手なので、論じるより見せることが一番と考えている」との考えのもと、防具を付けた合同練習が大半を占めた。上級者に大切なこととして、切り返しを早くして手の内を知られないようにするなど、勝つための具体的な技や考え方を惜しげなく伝授した。2人組での打ち合い練習を見た後には「声が小さい」と指摘。声も打ち込みも、試合や審査と同じように100%を出す大切さを示唆した。

 後半には髙鍋氏が参加者と順々に手合わせをする時間も設けられ、子供たちに対しては切り返しの相手を務めた。デトロイト道場に所属する少女に感想を尋ねたところ、「チャンピオンと手合わせできてとっても嬉しい!」「強いけれど、優しかった」と顔を輝かせて答えた。ミシガンステイト大学の学生は「Amazing!! So fast! So accurate! すごく早くて正確で、驚きました」と興奮を交えて称賛し、「2時間だがとても多くのことを学んだ」と実りを確信していた。オハイオ州のクリブランドに研究留学中の日本人男性は「30年以上剣道をしているが、日本ではこんなチャンスは無かった。感無量です」と機会に恵まれた感激に加えて、「学びが多かった。技術だけでなく人間性が伝わり、惹かれた。特に、『100%で』という言葉は、剣道だけではなく、人生に生かしていける教訓として心に響いた」と感想を話してくれた。

 セミナー後、懇親会を兼ねた食事の場では、技や精神面についての質問が続々と寄せられ、髙鍋氏はそれに対して丁寧に真摯に回答したとのこと。

 髙鍋氏は次の日には在デトロイト総領事公邸に招かれ、デトロイト剣道道場の長である田川氏(八段教士)並びに関係者も参席した。日本、米国、そして世界における剣道の現状や展望について熱が入った会話が交わされた。

第15回剣道世界選手権大会のチャンピオン 高鍋進 剣道錬士六段 インタビュー

東海岸4カ所を回る日程の貴重な時間の中、デトロイト剣道道場の長である田川順照氏(剣道教士八段)と共にインタビューに応じていただいた。

田川教士八段は世界選手権大会の審判を務めているが、高鍋氏の強さについて「面の速さは世界一」と語る。

Q. まず、デトロイトでのセミナーの感想をお聞かせください。  

髙鍋氏:熱心で一生懸命で、こちらが勉強になりました。

Q:剣道の部外者からみると、剣道は日本の伝統武術なので、日本が突出して強く、日本人がチャンピオンで当然と考えがちですが。

髙鍋氏:日本の強さは抜きん出ていますが、剣道は一発勝負なので何が起こるか分からないものです。体で組み合う柔道などは実力の違いは歴然としますが、剣道は竹刀の空中での一瞬のことなので、ちょっとしたことで勝負がひっくり返ります。

田川氏:そこが剣道の特徴であり、日本古来の武道精神と形を今も受け継いでいる唯一の武道といえます。体重による階級もありませんからね。

Q. 全日本剣道選手権大会、全国警察剣道選手権大会を何度となく制覇しておられますが、世界選手権大会となると「日本を背負う」といった重さがあるのでしょうか?

髙鍋氏:それはないです。目の前の相手に全力で挑むことが全てです。とはいえ、「日本人が勝たなくては」という(日本剣道界の)期待があるので、プレッシャーはあります。

田川氏:決勝戦というのは、全日本大会でもそうですが、全くと言っていいほど、場の空気が変わるんです。緊張感が違います。そこで力を発揮できるのが素晴らしいことです。

Q:セミナー中に語られた「練習も100%でやる」という言葉が印象的でしたが、世界一を目指すために自分に課していることは?

髙鍋氏:世界一になろうという目標はなかったのですが、日本一を目指して、厳しい練習を続けるために、日常生活のなかでも不要なことは省かれています。現在は選手として剣道の練習に存分に時間を費やせるという恵まれた状態ですが、環境が良いからこそ甘えずに厳しくやり続けることが難しいですね。

Q:座右の銘、または信条は?

髙鍋氏:『克己心』です。だれることなく自分に厳しくし続けるよう心がけています。

Q:田川八段剣士からチャンピオンへ期待することは?

田川氏:高鍋剣士は剣道の本道をやっているので、それを広く伝えて欲しい。「生涯剣道」と言いますが、試合の剣道はあくまでも一つのステージ。鍛錬し続けなくてはいけない、終わりのない道です。選手としてもう一頑張りしてもらったら、今後はコーチ、そしていずれは指導者へと進んで、違うステージで鍛錬、研鑽し続け、剣道を支えて欲しいと願っています。

髙鍋氏:頑張り続けたいと思います。田川先生がおっしゃるように、世界チャンピオンは一つの過程です。これから自分の剣道を探っていきます。チャンピオンになったお蔭で、今回のようにアメリカを見て回る機会を与えて頂いたり色々な方や先輩方の話を伺うことができたり、貴重な経験を得ています。たいへん有難いと感じています。それも糧にして精進していきます。

Q:最後に、剣道チャンピオンから、若い剣士、そして剣道に限らず高みを目指している人々へのメッセージをお願いします。

髙鍋氏:私も初めから素質とか何かが備わっていたのではなく、あきらめずに練習を続けたからこそできたことです。めげずに追求していったらきっと何かを達成できると信じています。

レポーター:ありがとうございました。更なるご活躍を楽しみにしています。

髙鍋進氏 経歴

 1976年熊本県熊本市に生まれ、1984年、兄の影響で剣道を始める。熊本市立楠中学校で大将を務め、1991年に九州チャンピオンに。PL学園高等学校、筑波大学体育学群を経て、神奈川県警察に奉職。現在鶴見警察署所属の警部補であり、全日本剣道連盟錬士六段で、術科特別訓練剣道主将を務めている。2012年世界剣道選手権大会(イタリア大会)優勝のほか、全日本剣道選手権大会優勝(2010年と2011年に2連覇)、全国警察剣道選手権大会4回優勝など、輝かしい実績を重ねている。

 高鍋氏の面は決まるまでの速さ約0.1秒。現役選手の中では最速と言われている。

 

Academy of Russian Classical Balletロシア・クラシックバレエ・アカデミー

<!--:en-->Academy of Russian Classical Ballet<!--:--><!--:ja-->ロシア・クラシックバレエ・アカデミー<!--:--> 9

多くの日本人が通うバレエ・スタジオ 新スタジオのオープン&ガラ公演

 8月18日、国内外の一流ダンサーが多数出演するガラ公演(豪華な出演者を取り揃えた特別なコンサート)が昨年に引き続きアナーバーのパワーセンターで開催された。このプログラムは、Wixomにスタジオを構えるロシア・クラシックバレエ・アカデミー(以後ARCB)の主催によるもので、他校の教師や現役プロダンサーを迎えて行なわれた2週間にわたる集中練習プログラムの最終日に、参加した生徒たちの成果を発表し、また、インストラクターを務めた人々をはじめとするトップレベルのダンサーたちが一堂に会してパフォーマンスを披露するイベント。クラシックバレエの本場であるロシアや、ベルギー、ドイツなどの著名なバレエ団に所属するダンサーの名が並び、総勢13名による豪華なプログラムが届けられた。このような贅沢な顔ぶれが実現したのは、ARCBのディレクターであるロシア出身のセルゲイ・ライエフスキー氏の人脈の成すところ。当地の人々にとって稀な機会となった。

 オープニングには、内容の濃い集中練習や個人指導によってレベルアップした生徒たちが2グループに分かれて、ロシアンダンスとしてポピュラーな「カリンカ」と、クラシックバレエ「エチュード」を披露。可愛らしさの中に凜とした表情があり、達成感と自信が培われたことが感じられた。プロダンサーによる演目は、クラシックバレエとコンテンポラリーを織り交ぜ、バラエティに富んだ曲とダンス形式でソロまたはペアによるパフォーマンスが繰り広げられた。「Stars of Russian Ballet」との題に相応しく、華麗な技が続々と披露され、それぞれの個性が観客を魅了し、会場には感嘆の声と拍手が溢れた。トップレベルの舞台を生で感じる素晴らしさを満喫することができた。 このARCBによる夏の集中プログラムとガラ公演を合わせた「ロシアバレエ・フェスティバル」は今年で3回目を迎えたが、今回の集中プログラムはオープンして間もない新スタジオで催され、記念すべきものになった。この8月にライエフスキー氏のかねてからの夢だった自社ビル開設が実現したばかりだ。元は広大な倉庫だった建屋を大改装して4つのスタジオを設置。うち2室はバスケットコートが悠に収まるほどの広さと、高い天井が確保されている。窓から自然光が燦々と入り、真新しい床や壁の鏡に反射し、まばゆいほど。受付、待合スペースも広々として新装らしい明るさが広がる。着替え用の部屋は数部屋あるという贅沢さだ。

マリインスキーバレエ団アンドレイ先生によるコンテンポラリークラス 元ボリショイバレエ団オルガ先生の上級クラス

 アカデミーのアシスタントディレクターを務める小西貴子(TAKAKO)先生が新スタジオを案内してくださった日は、2週間の集中プログラムの終盤。ロシアンバレエ・フェスティバルと称しているこの期間には講師陣に、ライエフスキー氏が在籍したロシアのワガノワ・アカデミー出身で現在マリインスキーバレエ団のソリストである男性や、同ワガノワ・アカデミーを卒業してアメリカ人として初めてロシアで公式なディプロマを得た女性、また、元ボリショイバレエ団にも籍を置いた女性をはじめ、国際的に活躍する現役のパフォーマーをインストラクターに迎え、連日数時間の指導が行なわれた。

元サラソタバレエ団フィリップ先生の初中級クラス ガラ公演・オープニング・リハーサル

 受講者は同スタジオの生徒だけでなく、他州からの参加者も多いそうだ。通常のA R C Bには現在約130名の生徒が所属しているが、この集中プログラムについてはバレエ歴2年以上、8歳以上と限定し、オーディションによって4つに分けられたクラスに少年少女約50人が参加。人種の多様さがこのアカデミーの特徴の一つでもあるが、プログラムには、内10人が日本人という高い割合だった。日本ではめったに無い内容だという話なので、熱意がより高 いのだろう。どの参加者も一つ一つの指示と技を吸収しようと真剣そのもので、観ているこちらも背筋が伸びた。

元サラソタバレエ団フィリップ先生の初中級クラス
ガラ公演・オープニング・リハーサル

 朝スタートした全体練習が4時に終わった後、各スタジオで個人レッスンが始まったが、その中に日本人少女の姿があった。West Bloomfield 在住の鈴木愛里さん(12歳)は同スタジオの生徒で、2 0 1 2 年YAGP(Youth America Grand Prix) という国際的なコンクールの日本予選に参加し、9~11歳のカテゴリー(100名出場)でトップ12に入賞、2年連続でニューヨーク決戦に出場し、ジョフリーバレエ学校から奨学金を獲得したという才能の持ち主。毎年、他州で行われる夏期プログラムにも参加し、今年の1月から3月にはモスクワのボリショイバレエ学校に単身で留学を果たした。愛里さんは今回のプログラムでは連日数時間のカリキュラムをこなした上、可能な限り個人レッスンも取ったそうだ。日本から幼馴染の友人も共に参加していたが、二人とも楽しくて仕方ない様子だった。愛里さんの母親は、この集中プログラムについて、「現役のプロのダンサーの指導を受けられるだけでなく、その姿を間近に見ることが出来る機会。プロは空き時間にもストレッチをするなど影で努力をしていることなどを学んで欲しい。トップの人を集めた2週間はとても貴重」「スタジオの外からのいろんな子と切磋琢磨することもできる」と意義を語る。

スタジオロビーにて休憩時間の生徒たち

 ゲスト講師でもあるダンサー達は、ライエフスキー夫妻の自宅に寝泊りするため、それまでは名を知りながらも面識の無かったダンサー同士が共に過ごして親交を深めたり、ネットワークを築いたりすることができ、彼らにとっても意義は大きい。 自社ビルのスタジオ開設という夢を実現した次の目標はミシガンにバレエ団を創ることだという。有望なダンサーを育て、ネットワークも構築しているライエフスキー氏であれば、近い将来、可能であろうと期待が膨らむ。プロ養成も目指している質の高いバレエ・スタジオであるが、広く初心者から受け入れている。バレエとは無縁な方にもスタジオ見学をお勧めしたい。週6日毎日3時間余、練習に通う生徒が少なくないという。真摯にとり組む姿勢に心を打たれ、何かに情熱を傾けたいという意欲が湧くことだろう。

 来年(2013年)のガラ公演「Stars of Russian Ballet」は既に8月17日と決まっている。今回見逃した方もミシガンでトップレベルの豪華な舞台をぜひ!

Academy of Russian Classical Ballet

46969 West Road. Wixom, MI 48393
Websitewww.russianclassicalballet.com
Contact (English/Japanese): 248-767-3888
E-Mail: russianclassicalballetjpn@hotmail.com

ARCBのディレクター: セルゲイ・ライエフスキー氏とスタジオ

 セルゲイ・ライエフスキー氏は旧ソ連邦の生まれ。ロシア最古の国立バレエ学校で、アンナ・パブロバ、ヌレエフ等を輩出した超エリート養成機関であるワガノワ・アカデミー・オブ・ロシアンバレエに入学し10才でプロへの道をスタート。14才の時に家族と共にアメリカに移住し、ワガノワのアメリカ分校に相当するキーロフ・アカデミーに転校。そこで現ジェシカ夫人に出会う。キーロフ・アカデミーを優秀な成績で卒業後、ジェシカ夫人と共に舞台活動に入りトップダンサーとして歩み始めたが、数年後、脚に再起不能の重傷を負い、20代前半という若さで引退。ジェシカ夫人の両親を頼ってミシガンに移り、ダンサーとしての道を断たれた絶望の中、氏の経歴を知ったスポーツクラブの経営者からバレエクラスの指導を持ちかけられ、教師として生きることを決めた。2004年には自身のスタジオを構えて独立。将来100人程度の生徒を確保するのがゴールだったが、わずか1ヶ月で100人を突破。その後も入会希望者が後をたたない。独立時からアシスタントディレクターを務めるTAKAKO先生が指導するバレエクラスは日本人が多く、日本語による成人向けクラスも開催されてている。英語、日本語、ロシア語が飛び交う国際的なバレエスタジオである。

*参照:Dr.Veronica Ichikawa執筆、弊紙2006年6月号掲載「在米日本人像」ロシア・クラシックバレエ・アカデミーにて

 

 

多くの日本人が通うバレエ・スタジオ 新スタジオのオープン&ガラ公演

 8月18日、国内外の一流ダンサーが多数出演するガラ公演(豪華な出演者を取り揃えた特別なコンサート)が昨年に引き続きアナーバーのパワーセンターで開催された。このプログラムは、Wixomにスタジオを構えるロシア・クラシックバレエ・アカデミー(以後ARCB)の主催によるもので、他校の教師や現役プロダンサーを迎えて行なわれた2週間にわたる集中練習プログラムの最終日に、参加した生徒たちの成果を発表し、また、インストラクターを務めた人々をはじめとするトップレベルのダンサーたちが一堂に会してパフォーマンスを披露するイベント。クラシックバレエの本場であるロシアや、ベルギー、ドイツなどの著名なバレエ団に所属するダンサーの名が並び、総勢13名による豪華なプログラムが届けられた。このような贅沢な顔ぶれが実現したのは、ARCBのディレクターであるロシア出身のセルゲイ・ライエフスキー氏の人脈の成すところ。当地の人々にとって稀な機会となった。

 オープニングには、内容の濃い集中練習や個人指導によってレベルアップした生徒たちが2グループに分かれて、ロシアンダンスとしてポピュラーな「カリンカ」と、クラシックバレエ「エチュード」を披露。可愛らしさの中に凜とした表情があり、達成感と自信が培われたことが感じられた。プロダンサーによる演目は、クラシックバレエとコンテンポラリーを織り交ぜ、バラエティに富んだ曲とダンス形式でソロまたはペアによるパフォーマンスが繰り広げられた。「Stars of Russian Ballet」との題に相応しく、華麗な技が続々と披露され、それぞれの個性が観客を魅了し、会場には感嘆の声と拍手が溢れた。トップレベルの舞台を生で感じる素晴らしさを満喫することができた。 このARCBによる夏の集中プログラムとガラ公演を合わせた「ロシアバレエ・フェスティバル」は今年で3回目を迎えたが、今回の集中プログラムはオープンして間もない新スタジオで催され、記念すべきものになった。この8月にライエフスキー氏のかねてからの夢だった自社ビル開設が実現したばかりだ。元は広大な倉庫だった建屋を大改装して4つのスタジオを設置。うち2室はバスケットコートが悠に収まるほどの広さと、高い天井が確保されている。窓から自然光が燦々と入り、真新しい床や壁の鏡に反射し、まばゆいほど。受付、待合スペースも広々として新装らしい明るさが広がる。着替え用の部屋は数部屋あるという贅沢さだ。

マリインスキーバレエ団アンドレイ先生によるコンテンポラリークラス 元ボリショイバレエ団オルガ先生の上級クラス

 アカデミーのアシスタントディレクターを務める小西貴子(TAKAKO)先生が新スタジオを案内してくださった日は、2週間の集中プログラムの終盤。ロシアンバレエ・フェスティバルと称しているこの期間には講師陣に、ライエフスキー氏が在籍したロシアのワガノワ・アカデミー出身で現在マリインスキーバレエ団のソリストである男性や、同ワガノワ・アカデミーを卒業してアメリカ人として初めてロシアで公式なディプロマを得た女性、また、元ボリショイバレエ団にも籍を置いた女性をはじめ、国際的に活躍する現役のパフォーマーをインストラクターに迎え、連日数時間の指導が行なわれた。

元サラソタバレエ団フィリップ先生の初中級クラス ガラ公演・オープニング・リハーサル

 受講者は同スタジオの生徒だけでなく、他州からの参加者も多いそうだ。通常のA R C Bには現在約130名の生徒が所属しているが、この集中プログラムについてはバレエ歴2年以上、8歳以上と限定し、オーディションによって4つに分けられたクラスに少年少女約50人が参加。人種の多様さがこのアカデミーの特徴の一つでもあるが、プログラムには、内10人が日本人という高い割合だった。日本ではめったに無い内容だという話なので、熱意がより高 いのだろう。どの参加者も一つ一つの指示と技を吸収しようと真剣そのもので、観ているこちらも背筋が伸びた。

元サラソタバレエ団フィリップ先生の初中級クラス
ガラ公演・オープニング・リハーサル

 朝スタートした全体練習が4時に終わった後、各スタジオで個人レッスンが始まったが、その中に日本人少女の姿があった。West Bloomfield 在住の鈴木愛里さん(12歳)は同スタジオの生徒で、2 0 1 2 年YAGP (Youth America Grand Prix) という国際的なコンクールの日本予選に参加し、9~11歳のカテゴリー(100名出場)でトップ12に入賞、2年連続でニューヨーク決戦に出場し、ジョフリーバレエ学校から奨学金を獲得したという才能の持ち主。毎年、他州で行われる夏期プログラムにも参加し、今年の1月から3月にはモスクワのボリショイバレエ学校に単身で留学を果たした。愛里さんは今回のプログラムでは連日数時間のカリキュラムをこなした上、可能な限り個人レッスンも取ったそうだ。日本から幼馴染の友人も共に参加していたが、二人とも楽しくて仕方ない様子だった。愛里さんの母親は、この集中プログラムについて、「現役のプロのダンサーの指導を受けられるだけでなく、その姿を間近に見ることが出来る機会。プロは空き時間にもストレッチをするなど影で努力をしていることなどを学んで欲しい。トップの人を集めた2週間はとても貴重」「スタジオの外からのいろんな子と切磋琢磨することもできる」と意義を語る。

スタジオロビーにて休憩時間の生徒たち

 ゲスト講師でもあるダンサー達は、ライエフスキー夫妻の自宅に寝泊りするため、それまでは名を知りながらも面識の無かったダンサー同士が共に過ごして親交を深めたり、ネットワークを築いたりすることができ、彼らにとっても意義は大きい。 自社ビルのスタジオ開設という夢を実現した次の目標はミシガンにバレエ団を創ることだという。有望なダンサーを育て、ネットワークも構築しているライエフスキー氏であれば、近い将来、可能であろうと期待が膨らむ。プロ養成も目指している質の高いバレエ・スタジオであるが、広く初心者から受け入れている。バレエとは無縁な方にもスタジオ見学をお勧めしたい。週6日毎日3時間余、練習に通う生徒が少なくないという。真摯にとり組む姿勢に心を打たれ、何かに情熱を傾けたいという意欲が湧くことだろう。

 来年(2013年)のガラ公演「Stars of Russian Ballet」は既に8月17日と決まっている。今回見逃した方もミシガンでトップレベルの豪華な舞台をぜひ!

ロシア・クラシックバレエ・アカデミー(Academy of Russian Classical Ballet)

46969 West Road. Wixom, MI 48393
ウェブサイトwww.russianclassicalballet.com
お問い合わせ(日本語可):248-767-3888
Eメール:russianclassicalballetjpn@hotmail.com

ARCBのディレクター: セルゲイ・ライエフスキー氏とスタジオ

 セルゲイ・ライエフスキー氏は旧ソ連邦の生まれ。ロシア最古の国立バレエ学校で、アンナ・パブロバ、ヌレエフ等を輩出した超エリート養成機関であるワガノワ・アカデミー・オブ・ロシアンバレエに入学し10才でプロへの道をスタート。14才の時に家族と共にアメリカに移住し、ワガノワのアメリカ分校に相当するキーロフ・アカデミーに転校。そこで現ジェシカ夫人に出会う。キーロフ・アカデミーを優秀な成績で卒業後、ジェシカ夫人と共に舞台活動に入りトップダンサーとして歩み始めたが、数年後、脚に再起不能の重傷を負い、20代前半という若さで引退。ジェシカ夫人の両親を頼ってミシガンに移り、ダンサーとしての道を断たれた絶望の中、氏の経歴を知ったスポーツクラブの経営者からバレエクラスの指導を持ちかけられ、教師として生きることを決めた。2004年には自身のスタジオを構えて独立。将来100人程度の生徒を確保するのがゴールだったが、わずか1ヶ月で100人を突破。その後も入会希望者が後をたたない。独立時からアシスタントディレクターを務めるTAKAKO先生が指導するバレエクラスは日本人が多く、日本語による成人向けクラスも開催されてている。英語、日本語、ロシア語が飛び交う国際的なバレエスタジオである。

*参照:Dr.Veronica Ichikawa執筆、弊紙2006年6月号掲載「在米日本人像」ロシア・クラシックバレエ・アカデミーにて

 

 

世界に広がる百人一首〜ミシガン大学キャンパスで かるたイベント世界に広がる百人一首〜ミシガン大学キャンパスで かるたイベント

<!--:en-->世界に広がる百人一首〜ミシガン大学キャンパスで かるたイベント<!--:--><!--:ja-->世界に広がる百人一首〜ミシガン大学キャンパスで かるたイベント<!--:--> 5

「いにしえの~」。和歌を読む朗々とした声が秋深いミシガン大学のキャンパスの一室に響いた。

  去る11月9日、ミシガン大学“競技カルタ部”とオハイオ州のオーバリン大学(Oberlin College) “East Asian Game Club”の合同かるたセミナーが開催された。どちらも学生による同好会である。イベントには、競技かるたの海外普及への貢献で知られるストーン睦美氏(ヴァージニア州在住)が招かれ、前半は、小倉百人一首についての歴史などに関するセミナーが行われ、後半は、「お坊さんめくり」にはじまり、参加者の希望や経験に合わせて、1対1の「競技かるた」並びに数人での「散し取り」が繰り広げられた。

   小倉百人一首(以下、百人一首)は、国語の授業やお正月の遊びとして馴染みのある読者も多いかと思うが、札は和歌(短歌)一首全部を書いた読み札と下の句だけの取り札各100枚に分れている。取り札が下の句であるため、覚えていないと上の句が読まれている間は手が出せない点が特徴。日本人にとっても難易度の高いカードゲームであるが、それが海外で外国人に親しまれていることに驚く。百人一首を題材にした人気漫画・アニメ「ちはやふる」の影響も大きいという話である。

   この日のイベントには一般参加も可能で、情報を耳にしたアメリカ人も足を運び、この繊細かつ華やかな絵柄のカードを使用するゲームのユニークさと遊び方に触れた。イベント案内には「日本語の知識は不要」と記載されており、日本語知識のない来場者も「お坊さんめくり」を楽しんだが、後半に行われた実際のゲームは、さすがに平仮名を判別できない人には無理。1対1の競技かるたには腕に覚えのある部員のみが挑戦、散し取りには両校の部員たち数名に加えて当地在住の日本人女性が参加し、ストーン氏が読み手を務めて同時に進行された。ハイライトともいえる1対1の競技かるたは、本来は両陣地に25枚ずつ計50枚で行われるところを今回は時間を短縮するために10枚ずつとした。勝ち抜き戦の最終対決は両校の会長同士が手合せとなり、この日はミシガン大学のエリックさんに軍配があがった。前日には、クリーブランドの西にあるOberlin Collegeのキャンパスで同様のプログラムが組まれ、この日の大会ではホームチームEast Asian Game Clubの会長であるヘンリーさんが優勝を収めたとのこと。East Asian Game Clubは百人一首に限らず花札や麻雀なども親しむクラブであり、ミシガン大学のエリックさんが百首をほぼ暗記している一方で、ヘンリーさんはまだ半分ほどの習得段階でありながら、試合は1対1の勝敗となったことも興味深い。記憶している札数の多少にかかわらず、自分の陣(自陣)の札の並べ方や、敵陣の札を取った時に自陣から敵陣に送る札の選び方など、つまりは戦略によって、優位に立つこともできる。そこが面白さだといえる。短歌を覚える長期メモリー、配置を覚える短期メモリー、そして瞬発力などスポーツ的要素も総動員される。ちなみに、有効な脳トレ手段として、日本では高齢者ケアの分野でも注目されているという。

   セミナーとかるた大会の進行役を務めたストーン睦美氏は、全日本かるた協会所属のA級登録選手(六段)という実力者。米国人であるご主人に伴って世界を転々としながら、ワールドワイドな普及を目指して活動している。これまで、英国、カザフスタン、タイ、中国などで暮らし、いずれの地でも競技かるたの実演やレクチャーを行い、普及に努めてきた。対戦相手が欲しいためでもあった・・・と笑いながら話すストーン氏だが、学生たちがプレーする姿を嬉しそうに見るまなざしが暖かく、百人一首を愛してやまないことが窺えた。かるた取りゲームの間に、取る工夫や札の覚え方などのアドバイスも加えていた。

  会場には、ストーン氏所蔵による歴史的価値のある古い百人一首や、かるたを題材にした漫画など百点を超す展示品が所狭しと並び、雅な世界を伝えていた。また、この日の競技かるたは本物の畳の上で行われたが、これはオーバリン大学の学生が地元の陶芸家である黒田真理氏から借用して運んできたという。ニューヨークの国際交流基金がスポンサーになり、ストーン氏の招へいが実現したが、その申請やストーン氏の送迎等も学生たちが手配した。自分たちで競技を楽しむだけでなく、普及にも努めようとする思いと行動力に頭が下がった。

   ミシガン大学競技カルタ部は大学のキャンパスで毎週1回集まって活動しており、現在は学生5人だが、学生以外の参加もOK。「参加者が増えると嬉しい」と、この部を立ち上げ、会長を務めているエリックさんは、会が継続成長することを願っている。活動は毎週土曜日の2時から4時。見学も大歓迎とのこと。

  連絡先:ehaengel@umichi.edu

「いにしえの~」。和歌を読む朗々とした声が秋深いミシガン大学のキャンパスの一室に響いた。

  去る11月9日、ミシガン大学“競技カルタ部”とオハイオ州のオーバリン大学(Oberlin College) “East Asian Game Club”の合同かるたセミナーが開催された。どちらも学生による同好会である。イベントには、競技かるたの海外普及への貢献で知られるストーン睦美氏(ヴァージニア州在住)が招かれ、前半は、小倉百人一首についての歴史などに関するセミナーが行われ、後半は、「お坊さんめくり」にはじまり、参加者の希望や経験に合わせて、1対1の「競技かるた」並びに数人での「散し取り」が繰り広げられた。

   小倉百人一首(以下、百人一首)は、国語の授業やお正月の遊びとして馴染みのある読者も多いかと思うが、札は和歌(短歌)一首全部を書いた読み札と下の句だけの取り札各100枚に分れている。取り札が下の句であるため、覚えていないと上の句が読まれている間は手が出せない点が特徴。日本人にとっても難易度の高いカードゲームであるが、それが海外で外国人に親しまれていることに驚く。百人一首を題材にした人気漫画・アニメ「ちはやふる」の影響も大きいという話である。

   この日のイベントには一般参加も可能で、情報を耳にしたアメリカ人も足を運び、この繊細かつ華やかな絵柄のカードを使用するゲームのユニークさと遊び方に触れた。イベント案内には「日本語の知識は不要」と記載されており、日本語知識のない来場者も「お坊さんめくり」を楽しんだが、後半に行われた実際のゲームは、さすがに平仮名を判別できない人には無理。1対1の競技かるたには腕に覚えのある部員のみが挑戦、散し取りには両校の部員たち数名に加えて当地在住の日本人女性が参加し、ストーン氏が読み手を務めて同時に進行された。ハイライトともいえる1対1の競技かるたは、本来は両陣地に25枚ずつ計50枚で行われるところを今回は時間を短縮するために10枚ずつとした。勝ち抜き戦の最終対決は両校の会長同士が手合せとなり、この日はミシガン大学のエリックさんに軍配があがった。前日には、クリーブランドの西にあるOberlin Collegeのキャンパスで同様のプログラムが組まれ、この日の大会ではホームチームEast Asian Game Clubの会長であるヘンリーさんが優勝を収めたとのこと。East Asian Game Clubは百人一首に限らず花札や麻雀なども親しむクラブであり、ミシガン大学のエリックさんが百首をほぼ暗記している一方で、ヘンリーさんはまだ半分ほどの習得段階でありながら、試合は1対1の勝敗となったことも興味深い。記憶している札数の多少にかかわらず、自分の陣(自陣)の札の並べ方や、敵陣の札を取った時に自陣から敵陣に送る札の選び方など、つまりは戦略によって、優位に立つこともできる。そこが面白さだといえる。短歌を覚える長期メモリー、配置を覚える短期メモリー、そして瞬発力などスポーツ的要素も総動員される。ちなみに、有効な脳トレ手段として、日本では高齢者ケアの分野でも注目されているという。

   セミナーとかるた大会の進行役を務めたストーン睦美氏は、全日本かるた協会所属のA級登録選手(六段)という実力者。米国人であるご主人に伴って世界を転々としながら、ワールドワイドな普及を目指して活動している。これまで、英国、カザフスタン、タイ、中国などで暮らし、いずれの地でも競技かるたの実演やレクチャーを行い、普及に努めてきた。対戦相手が欲しいためでもあった・・・と笑いながら話すストーン氏だが、学生たちがプレーする姿を嬉しそうに見るまなざしが暖かく、百人一首を愛してやまないことが窺えた。かるた取りゲームの間に、取る工夫や札の覚え方などのアドバイスも加えていた。

  会場には、ストーン氏所蔵による歴史的価値のある古い百人一首や、かるたを題材にした漫画など百点を超す展示品が所狭しと並び、雅な世界を伝えていた。また、この日の競技かるたは本物の畳の上で行われたが、これはオーバリン大学の学生が地元の陶芸家である黒田真理氏から借用して運んできたという。ニューヨークの国際交流基金がスポンサーになり、ストーン氏の招へいが実現したが、その申請やストーン氏の送迎等も学生たちが手配した。自分たちで競技を楽しむだけでなく、普及にも努めようとする思いと行動力に頭が下がった。

   ミシガン大学競技カルタ部は大学のキャンパスで毎週1回集まって活動しており、現在は学生5人だが、学生以外の参加もOK。「参加者が増えると嬉しい」と、この部を立ち上げ、会長を務めているエリックさんは、会が継続成長することを願っている。活動は毎週土曜日の2時から4時。見学も大歓迎とのこと。

  連絡先:ehaengel@umichi.edu

腹話術師 いっこく堂 & マジシャン 緒川集人 スーパーライブ in Michigan

腹話術師 いっこく堂 & マジシャン 緒川集人 スーパーライブ in Michigan 1

IMG_2943世界に名を馳せる腹話術師「いっこく堂」とマジシャンの世界中の大会で30回以上の優勝経験のある緒川集人氏が10月6日にノバイ市(Novi, MI)でコラボ公演を行なった。いっこく堂は当地には3度目の公演訪問となったが、さらにレベルアップ!進化し続けているパフォーマンスを披露した。

「いっこく堂」は、沖縄県出身。高校卒業後上京し、ものまねタレント、舞台俳優としての活動を経て、独学で腹話術を習得し、1992年より「いっこく堂」として活動開始。1998年頃からTV出演が増え、これまでにない、2体の人形を同時に操る腹話術や時間差の腹話術、唇を全く動かさない技術の高さ等で注目された。今年は芸能生活35周年。近年は、ものまねを

取り入れた腹話術で、さらに進化した芸を見せている。その活動は日本だけにとどまらず、世界18カ国30都市を巡り、その国の言語で公演を行い、‟世界中のファンを驚愕させ魅了したスーパー腹話術師”との高い評価を得ている。

緒川集人氏はMagician of the Year(年間を通しての、マジシャンの世界一の称号)を5回も獲得した実力者。10歳よりマジックを始め、14歳で初渡米、17歳で二度目の渡米時に、Midwest Magic Jubilee(セントルイス)の大会にて初グランプリを受賞したほど、若くして力を発揮し評価を得た。その後、多数の受賞に輝いている。アメリカLAを拠点に、カナダ、メキシコのほか、ヨーロッパ各地を定期ツアーで訪問するいっぽう、日本・韓国・中国などのアジア地区にも年4〜5回のペースでショーやレクチャーで巡回訪問している。これまでに45ヵ国で活躍しており、海外で「最も有名な日本人マジシャン」として認識されている。オリジナルマジック開発でも活躍中。いっこく堂とは2006年のヨーロッパ公演以来、度々共演をしてきた。

さて、2017年の夢のコラボレーション、ミシガン公演のスタート。

パフォーマンス開始前に映し出されたスライドでいっこく堂は、日本と他の国の文化について「違いがある。直接行ってみないと分からないことって結構ある。一概に『違う』とは言えない」と語る。また、「いろいろな国に行って、特に貧しい子どもたちに見せたい。そのためには世界で認められたい。そうでなくては成立しないですから」と海外での活動についての抱負を表していた。

子連れのファミリーから中高年のグループまで、世代を超えた老若男女が続々に席についた。アメリカ人の姿もちらほら。設けられた子ども用の特別席の周辺に限らず、会場にはワクワク感が広がっていることが伝わってきた。

IMG_4154パフォーマンスはマジックで幕開け。まずは棒とハンカチというマジックの定番だが、英語と日本語を混ぜたトークもネイティブ並みの流暢さで淀みなく、そのマジックは実にスピーディーでスムーズな技の連続で、何が起こったのかも分からないほど。最前列の観客とは1メートルほどの距離であったが、ペンのキャップが手の指先を移動する技では、手の裏側も見せてくれた。まさに「種も仕掛けもない」テクニックのすごさを見せつけた。17歳でコンペティション直前に利き手を怪我した折に特訓した御蔭だという両手を使ったカード&コインマジックの技巧には絶句。観客の女性の指輪が1枚のトランプの中から出てきたり、観客の少年をアシスタントにしてロープが切れたり繋がったり輪になったり、観客を巻き込み、マジカルワールドに引き込んでいった。最後は額の絵から本物のハサミやハンカチ、がま口を取り出し、さらに、そのがま口からコインやハサミが出現し、さらには額の中の絵までが別の絵:集人氏自身にチェンジして幕引きとなった。多くの観客が呆然状態だったのか、まばらな拍手が上がりはじめ、その後、大きな拍手へと変わった。

緒川氏よりステージを引き継いだ「いっこく堂」は、まずは鳥のパペット「サトル」とシャイな「ジョージ」を両腕に登場。2体の人形であるのだが、腹話術による声の差異はもちろん、キャラクターがくっきりと演じ分けられていて、すっかり「トリオ漫才」として成り立っている。途中で、声が入れ替わるストーリー展開になった時点で、「そうだ、腹話術なんだった」と再認識した。唇が1ミリたりとも動かず、声の質が全く別なのが驚異的。テレビ番組などでおなじみのパペット「師匠」との絶妙なやり取りは、腹話術の芸を離れて、漫才として頂点の域といえる。その後は人形を使わないスタイルを披露。カーナビネタでは、行き先の設定を「Detroit Airport」とアレンジして、ウィンピー(軟弱)バージョンやアーミーバージョンなどコント仕立てで会場の笑いを呼んだ。

唇を閉じても、どんな唇の形にしても自在に発声できるということがピコ太郎の「Pen-Pineapple-Apple-Pen」を、ペンを歯にくわえて歌ってみせたことで証明された。松山千春など歌手のものまねでは抜群の歌唱力を発揮。“What a wonderful world”が始まると、会場のあちらこちらで感嘆の声が上がった。圧巻。

衛星中継ネタで、口の動きと声がずれる高度な技を披露した後、「簡単にできますよ」と観客に方法を伝授してくれたが、できた人はいたのだろうか。大半の人は難しさを実感するばかりであったことだろう。

ちなみに今回の米国公演では、日本の歌手のものまねネタの時以外は全て英語でのパフォーマンス。本人曰く、「ネタは

公演後、インタビューの機会をいただいたが、いっこく堂は、「やりやすいお客さんたちでした。」と笑顔で第一声。今回の北米ツアーで、既にバンクーバー(カナダ)、サンノセ、ロサンゼルス、ニュージャージー、ニューヨークを1週間で転々とし、お疲れにも拘らず、快く丁寧に話をしてくださった。

Q: ほぼ英語だったので驚きました。

その国の言語で公演を行なっているとのことですが、何ヵ国の言語で?

A: 韓国語、中国語、ドイツ語・・・(指を折りながら数えて)、七ヵ国語ですね。

(ネタを)丸暗記なんですよ。今回は、ものまねの日本の歌以外は全部英語でいこうと思いました。

Q: 英語の発音を非常によく研鑽していることは今日の公演を拝見して分かりましたが、アメリカ人の笑いのツボや傾向についても研究していらっしゃるのですか?  

A: ネタは基本同じです。ヨーロッパでもそうでしたが、日本の人よりも、初めてパフォーマンスに接した人の方が認めてくれます。日本人は、疑うところから ――どれ程なんだろうって感じで、唇をじっと凝視しながら見ている人が多いのですが、外国の人は楽しんでくれますね。ラスベガスでも、面白ければ、「おー、いいじゃない」と評価してくれます。

Q: ぶしつけですが、外国で、ツボを外しちゃったなという感触を持ったことは?

A: んー、そんなに無いですね。動きの部分とかで笑いがとれて、笑いのツボは関係ないですね。間を楽しんでくれますね。リアクションは日本と一緒です。

Q: 生の芸で、今日などもステージから客席の反応がすっかり見えるわけですが、相手の心をつかむコツや心がけていらっしゃることは?

A: 人と接するのと同じで、まずは「怪しい者ではない」ということを見せなくちゃいけないんで、まずは笑顔ですね。作り笑いではなくて、心から笑顔になれた日はツカミも良いです。体調もあって、そうじゃない日もあるんですよ。それは自分の問題だなって思うんです。自分も心から楽しんで、お客さんのことを考える・・・これが基本ですね。例えば、照明が倒れたりといったアクシデントがあっても、それをうまく笑いに替えられるようなことですね。英語での対処の仕方も習ったりしています。

Q: 今日の観客の反応は?

A: いやあ、良かったです!

リポーター: レベルの高いパフォーマンスを心から楽しませていただきました。

ミシガンを開催地に入れていただき、ありがとうございました!

両氏ともに、言語の違いを超えて共通の驚きや楽しさを与えているからこそ、世界各国の観客を魅了しファンを増やしているであろう。今回、見逃した方々、ぜひぜひ、世界を感動、驚愕させた圧巻の技を、そしてまだ進化し続けているスーパーエンターテイメントをご覧あれ。

緒川集人氏は特定のベース(パフォーマンス会場)を持つことなくフリーで、ハリウッドを拠点に海外を飛び回っている。日本でも近々数回の出演が決まっている。

居酒屋三平でマグロの解体ショー

居酒屋三平でマグロの解体ショー 3

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Tuna Festival @ Izakaya Sanpei

マグロが梱包された箱から取り出され姿を現すと、「おーー!!」という歓声が沸いた。

新鮮さを裏付ける、金属を思わせるような輝きを放つマグロは日本から取り寄せられた本マグロ。本マグロは言わずと知れたマグロの中のマグロ。大トロはこのマグロからしか取れないそうである。重さ約150ポンドというから成人男性の平均体重並み。長さ約150センチの堂々たる大物だ。同レストランの料理人が豪快な包丁さばきで、その解体を行なった。

解体ショー見学と、そのマグロの刺身をその場で頂くという、このTuna Festival の参加者はほとんどが非日本人。見た目、アジア系の人が大半ではあったが、白人の家族もいて、マグロ好きな人が人種を越えて多いことが分かる。

IMG_4021マグロの解体ショーは、日本では宴会や結婚式で近年人気のイベント。オーナーの一人であるキム氏によれば、中西部のレストランとしては初の企画であろうとの話。確かに、シカゴの日系マーケットで行われたという話は耳にしたことがあるが、当地に30年在住の日本人も、「聞いたことがない」と話す。日本では、派手な演出を加えながら包丁捌きを見せるものもあるそうだ。今回は、解体の前にキム氏によって、マグロの種類や部位についての概説、そして解体に合わせて部位による色や味の違いについての解説などが添えられた。

カマ(頭)の切りおとしから始まり、着々と巨大な身に包丁が入り、骨から切り外していく様は見事。じっくりとカメラを構える間も与えず、あれよあれよと切り身に・・。切りおとされたカマや切り外された塊をトレイに乗せて、観客に見せて回るサービスも提供された。

DSC_6076大きな塊だけに部位による色の違いも一目歴然。目の前で見る“マグロの目玉”の大きさに感嘆する声も聞こえた。

「解体」「目玉」などと書き連ねると少々グロテスクではあるが、目に入る工程は、「綺麗」の一言。20分足らずで解体は終了した。

DSC_6074解体された切り身は調理場ですぐさま刺身になり、大トロ、中落ち、赤身、3種の15切れもの盛り合わせが各自にサーブされた。マグロが一番脂の乗る時期とあり、中落ちでさえもトロがかっていて、参加客は「口の中でふわっととろけた」と満足げ。くじ引きによって、希少な部位の刺身や焼き物を味わう機会も贈られた。見て、味わって感激!五感で堪能するひと時となった。魚の大きさに拘わらず言えることだが、尾頭付きの姿を拝んでこその“命を頂く有難さ”が心底から感じられた。

IMG_0209 (1)居酒屋三平は、キム氏を含む新オーナーのもと、メニューや盛り方などの工夫に試んでいる。Tuna Festivalはキム氏の念願。「お客さんに喜んでもらいたい」と話す。恒例イベントにしたいが、準備が大変でもあり、目下、年1回のペースで考えているそうである。

店内での次回のマグロ解体ショーは先のことになるようだが、パーティーやイベントでの出張ショーは引き受けるとのこと。問い合わせはお店に。

居酒屋三平

Tel: (734)416-9605

第19回 デトロイト・オープン剣道 トーナメント

第19回 デトロイト・オープン剣道 トーナメント 13

IMG_12422月12日(日)、デトロイト剣道道場主催のデトロイト・オープン剣道トーナメントがノバイ・ハイスクールを会場にして開催された。このトーナメントは毎年この時期に行なわれており、全米各地やカナダからの多数の剣士が参加する米国北西部屈指の大きな規模となっている。

その要因としては、デトロイト剣道道場の師範である田川順照剣道が数少ない剣道範士八段であり、指導にも定評がある上、本トーナメントには例年、日本から国内トップクラスの剣士(教士)や高名な剣道家を招いていることがある。田川氏は1975年、米国内における剣道普及のために渡米し、現在、全米剣道連盟会長、並びに国際剣道連盟副会長に就いている。世界剣道選手権大会での強化委員長を務めた経歴もある。加えて昨年、八段の中でも特に秀でた剣道家に与えられる最高位“剣道範士”の称号を受称。さらに、平成28年度外務大臣表彰を授与された。

(*関連記事は下記弊紙ウェブサイトwww.japannewsclub.comでご覧頂けます。)

IMG_1246この度は全日本剣道連盟副会長兼専務理事および国際剣道連盟理事を務める福本修二範士八段と、田川氏の大学の先輩であり品川区剣道連盟会長および全日本剣道連盟の普及委員を務める林宏道教士八段のお二方を日本からゲストに迎えた。

トーナメント当日の早朝は雨模様であったが、近隣はもとより、遠くヒューストンの道場をはじめ50近くの米国各地及びカナダの道場からの遠征を迎えて、約300名の選手が参加し、会場には活気があふれた。

開会式では、日本・カナダ・米国、3国の国家独唱の後、主催代表者である田川範士による歓迎の辞ならびに「本大会は熱く激しい戦いの場であると同時に友情を広げる場である」などの戒めと激励の言葉が伝えられた。続いて、在デトロイト日本国総領事館の野田首席領事ならびに日本からのゲストである福本修二範士八段がスピーチに上がり、野田領事は20年に及ぶ当道場の発展を称える言葉に加えて、田川氏の2016年度外務大臣表彰受賞の話題に触れ、改めて祝辞を届けた。福本範士からは、当地で20年間にわたり剣道を盛り上げてきた苦労を慮って敬意と謝意が述べられたほか、「技術のみを高めるのではなく人間性を高めるのが剣道」「惻隠の情をもち、相手の意を汲む人に成長して欲しい」と、剣道の精神性の大切さが伝えられた。1本を取る5つの条件に言及し、いかに奥深いか説き、「人間形成のための練習と努力を示し、今後、より良い剣道人生を築いていくのが今日の場」と語り、剣士らの健闘、そして、道場の盛況を祈念した言葉で締めくくった。

IMG_1273田川・林両八段の刀(真剣)を使った形の実演が行われ、高段者の淀みない見事な演武に剣士たちの真摯なまなざしが注がれた。

形の実演で水を打ったかのような静けさと緊迫感に包まれた後、一転して、本大会初めてとなった和太鼓チーム“五大湖ドラマーズ”の演奏が空気を震わせた。

IMG_1079_DKトーナメントは6面のコートを設けて同時に行なわれた。各試合に3人要する審判員には各道場の師範や上段者が、その多くは午後からの自身の試合にも挑みつつ交代で審判にあたり、また、60数名に及ぶ保護者を中心としたボランティアスタッフが各種の係を担当し、膨大な人数の運営によって、大規模かつスムーズなトーナメントが実施された。各コートで、日ごろの練習の成果を発揮するべく気迫ある勝負が繰り広げられていた。

日本からのゲストにお話を伺う機会をいただいたが、福本範士は全日本剣道連盟の代表として米国には何度が来ているとのことで、本大会のレベルの高さ、特に子供と女性のレベルが高いことに感心し、「姿勢や構えがきちんとしていて、試合内容も良く、場外での態度も良い」「指導者が育っていることと、特にデトロイトでは田川先生が指導者に正しく伝えているからこそ」と称賛。また、デトロイトダウンタウンを見学した感想として「新しいパワーが生まれつつある。自動車産業を中心に、復興が進んでいると感じた」と好印象を語ってくださった。

林教士は以前に学生を率いてデトロイト道場を訪れたことがあるそうで、やはり、同道場の盛況ぶりに頷き、子供らの礼儀の良さにも触れた。林教士は、前日に開かれた審判に関するセミナーで指導にあたり、当地の剣道レベルの向上に尽力した。

IMG_1567-DK審判の難しさについては、開会式での福本範士の挨拶でも触れられたように“1本を取るには5つの条件”があり、当たれば良いのは無く、“充実した気勢、適正な姿勢、竹刀の部位、刃筋、残心”に拘わる。勝って万歳などしたりしては、相手の悲しさや悔しさを汲めていないとのことで(1本を)取り消しされることもあると語った。

開会の挨拶で野田領事が両士からの伝聞として紹介した話題でもあるが、修行の過程を大切にし人間形成の道である剣道は、結果のみを競うオリンピックの種目にするには難しさがあるとの話もあった。

IMG_1481両士が評価したように、レポーターも取材中、子どもや若い剣士たちの礼儀の良さに感心させられた。撮影の妨げにならない配慮に度々遭遇したが、周りの人の動きに合わせてタイミングや行動を自分で工夫・判断できており、生活の中でも剣道で学んだことが生かされていることが見て取れた。

今回、デトロイト剣道道場を除いて最も大勢で遠征してきていたのはオハイオ州コロンバスの剣道クラブで、50名ほどのメンバーの内、20名以上が参加した。設立してからわずか5年ほどとの話。にもかかわらず、昨年の同トーナメントではユースの団体戦ならびに4段以上の個人戦で優勝、一昨年は大人とユース両方の団体戦で優勝を飾っている。今年も果敢に戦う子どもたちの姿が目立っていた。男子にも全く臆せずに挑んでいた少女の応援をしていた母親に話を伺ったところ、姉妹3人とも剣道を習っており、現在4年生の三女は5才から始めたそうで、大人しい性格だったが人に溶け込んだり前向きになったり、変化がみられたとのこと。上下関係やお辞儀など礼儀が身について有難いとも話していた。

IMG_1470デトロイト剣道道場は70数名のメンバーの内、本大会には50人以上が参加。年齢を越えてチームメンバーを応援し、結果を労う姿が見られた。本大会での同道場の入賞結果は下記の通り。

心身を練磨するのみならず礼節や信義を尊ぶ剣道の心構えを正しく教示する指導者によって、当地で理念を失わずに浸透していることを痛感した本大会であった。それらの心や行ないは剣道をたしなまない者にも影響を与え波及していくことであろう。

2016デトロイト剣道道場 入賞結果

IMG_1475団体戦:

Adult 3位 デトロイト剣道道場 A

Youth 2位 デトロイト剣道道場 A

3位 デトロイト剣道道場 C

個人戦:

Senior 1位 Masayasu Miyajima

2段 3位C olin Sherrod

1段 1位 Daichi Sakuma

3位 Taku Murase

無段Adult 2位 Ryan Choi

無段Sr. Youth 2位 Keiya Kato

3位 Andrew Swanson

在デトロイト日本国総領事館主催 JETプログラム帰任者 / 語学教育関係者 交流レセプション

在デトロイト日本国総領事館主催 JETプログラム帰任者 / 語学教育関係者 交流レセプション 3

IMG_7584 去る9月25日、在デトロイト総領事公邸に於いて、JETプログラム帰任者の歓迎ならびに語学教育関係の分野で活躍している教師/教授等の交流のための場が設けられた。

JETプログラムはThe Japan Exchange and Teaching Programme(語学指導等を行う外国青年招致事業)の略称で、海外の若者が日本各地で英語教師のアシスタントなどとして働くプログラムであり、例年、当地から多数参加しており、この夏には当管轄地域(ミシガン州とオハイオ州)より約50名が日本へ渡った。

この日、JETプログラム経験者の有志の集まりであるJET同窓会:JETAA USA (JET Alumni Association of the United States of America) のナショナルコンファレンスが当地の支部(JETAA Great Lakes)の主催でデトロイトにて開催中とあり、今回のレセプションにはJETAA USAの代表ならびに全米各地の支部の代表らも多数出席した。遠くはハワイやアラスカなど、各地からの18名がコンファレンス(9月24日~27日)の為に当地に滞在し、この日も交流や情報交換に力を注いでいた。コンファレンスに合わせて、日本大使館の公使がワシントンDCより足を運び、JETプログラムに関して外務省と自治体の仲介を務めているCLAIR(自治体国際化協会)の代表は日本からの列席となった。

また、ミシガン州とオハイオ州の学校(K-12)や大学で日本語の指導や研究に携わっている教師に加え、米国JET記念高校生招聘事業(JET-MIP)やYFU(Youth For Understanding)の短期留学制度によって今年日本を訪問したハイスクールの生徒も数人出席した。

IMG_7592_brightJET-MIPは、JETプログラムを通して英語指導に努め東日本大震災の犠牲になったアンダーソンさんとディクソンさんの功績を称えて創設された特別プログラムで、厳しい審査を通ったハイスクール生徒が2週間の訪日を贈られ、東北の学校や被災地の視察、そして京都観光やホームステイなど貴重な経験を得た。

在デトロイト日本国総領事館に8月末に就任された和田充広総領事は、歓迎の挨拶のなか、領事としての長年の経験から学んだこととして、「異文化理解は個人の教養のみならず、世の中で生き残るために非常に重要である」と述べ、「JET参加者は日本の文化を知ったのみでなく(米国の文化を)伝えてきた」と評した。また、この日の会が全ての参加者にとって、ネットワークに役立ち、考えを交換する場になることを期する言葉を寄せた。

東京から渡米したCLAIRの代表からは、米国JETアルミニと日本は強固な繋がりを保持している旨が伝えられ、「若い内に外国に渡り異文化経験をすることは非常に大切で、国々の相互理解に重要」と語った。

当地のJETアルミニ(JETAA Great Lakes)会長からは、参加経験者同士の繋がりを持ち続けるためだけではなく、日本の関係者、当地の領事館、米国JETアルミニや他の支部との関係を保ち、活動を続けていきたい旨が伝えられた。

IMG_7599_brightJET帰還者によるスピーチでは、それぞれが得た印象や強い感動が明瞭に伝えられた。「東京マラソンに参加したお蔭でそれまでに無い多くの人のサポートや応援があった」との話があり、行動を起こすことで人脈もより広がり豊かな体験ができることが示唆された。他国からのJET参加者と知り合えたことも貴重であったとのこと。国際的なプログラムならではの収穫であろう。単なる観光ではなく、語学指導助手として学校という社会に入り込んで子供から大人までに触れあい、異文化を体験した若者たちの活躍に期待したい。

英語指導に携わったJET帰還者たちに日本の生徒についての印象を伺ったところ、「日本の生徒の多くはスピーチなど声に出すのが苦手。それは恥ずかしかったりミスを怖がるせいのようだ」との共通した指摘があがった。「会話やスピーキングをもっと楽しんだら良い」「日本の子はもっと外国に出たら、状況が変わるだろう」との意見が寄せられた。また、日本に短期留学をした大半のハイスクール生徒は友人を作って楽しい日々を過ごし、日本語力は格段にレベルアップしたというが、中には留学先のクラスメートと会話がなかなか成り立たずに嫌煙され気味だったという悲しい話も耳にした。日本の若者たちの会話力アップが早く確実に進むことを願うばかりである。

デトロイト剣道道場代表 田川順照氏 範士受称と外務大臣表彰受賞の栄誉に

デトロイト剣道道場代表 田川順照氏 範士受称と外務大臣表彰受賞の栄誉に 3

img_0101デトロイト剣道道場の代表である田川順照氏が、5月に京都市でおこなわれた剣道称号範士審査会において範士を受称、さらに、7月13日付の外務省報道発表により平成28年度外務大臣表彰の受賞が公表された。

『範士』は、全日本剣道連盟が授与する称号の最高位。剣道称号範士の本年の合格者はわずか6名であり、日本国外では初の受称となった。全日本剣道連盟は 「剣理に通暁、成熟し、識見卓越、かつ、人格徳操高潔なる者」に審査を経て、範士号を授与している。

田川氏は1975年、米国における剣道普及のために渡米し、当地で1996年にデトロイト剣道道場を設立して以来、数多くの人々に剣道を指導し、1998年以降毎年オープン剣道トーナメントを開催する他、各種日本文化イベントでの剣道の披露等を通じて剣道の文化を育て、日米の文化交流、相互理解に多大な貢献をしてきた。米国中西部剣道連盟会長、全米剣道連盟の要職を歴任後、昨年(2015年)米国剣道連盟会長、国際剣道連盟副会長に就任。世界剣道選手権大会での強化委員長を務めた経験もある。

img_0066_dojoその栄誉を祝し、デトロイト道場による「剣道範士受称祝賀会」が8月28日に催され、道場の関係者に加え、米国中西部剣道連盟会長ならびに北米の他の道場の師範なども出席し、盛大な祝いの宴となった。祝賀会の前には田川範士八段による直々の指導の場が設けられ、前半は他地区道場の師範も加えて、田川範士による指導稽古、後半は子ども達の勝ち抜き戦が行われ、道場の歴史と剣士たちの心に深く刻まれるであろう貴重なイベントとなった。

img_0104祝賀会では、まず、米国中西部剣道連盟会長を務める鈴木裕香氏より祝辞が述べられ、「田川範士の受称は私達にとっても宝であり、一緒にやれることは光栄」といった趣旨の喜びを感謝と併せて伝え、また、田川先生が日本国外への剣道普及の為、常に新しい方法を模索するなど努力してこられたことも受称に繋がったのであろうと称えた。

デトロイト道場代表として馬目拓也氏からは、「この瞬間に立ち合え光栄です!」との言葉が高らかに、感動を籠めて告げられた。

鏡開きと祝杯に続き、田川氏の経歴ならびに写真の紹介の後、道場の剣士や保護者などによって、歌や和太鼓の演奏が届けられ、会場は祝賀ムードに満ち溢れた。

img_0178最後に、田川範士が挨拶に上がり、「最高位である範士という称号をいただき、肩の荷が重いが、こうして祝ってくださる多くの人たちと喜びを分かち合いたい。40年以上前に渡米し、そしてミシガンに道場を開いて20年経ち、ここに多くの友人というより“家族”ができた。師が教えるのではなく共に学ぶのが剣道であるので、家族だと思っている。この道場の家族と一緒に、剣の道をより極めていきたい」と伝えた。

外務大臣表彰は、国際関係の様々な分野で活躍し、我が国と諸外国との友好親善関係の増進に多大な貢献をしている中で特に顕著な功績のあった個人および団体について、その功績を称えることを目的としており、田川氏は「アメリカ合衆国における剣道の普及に多大な貢献」を評価され、表彰の運びとなった。

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いけばなインターナショナルデトロイト支部主催 国際的に活躍する“和のアーティスト”を迎えて 日本(和の心)への招待

いけばなインターナショナルデトロイト支部主催 国際的に活躍する“和のアーティスト”を迎えて 日本(和の心)への招待 1

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いけばなインターナショナルのデトロイト支部(Chapter 85)は、5月13日(金)に恒例のA Glimpse of Japan(日本の垣間見)と銘打った生け花を中心とする日本文化の紹介イベントを開催した。同支部は毎年、会員のみならず一般公開で地元コミュニティに向けて、会員のアレンジによる生け花作品の展示、リフレッシュメント提供のほか、外部の師範や華道家を招いて生け花の実演も提供している。

20160513_2  当日、訪問者は美しい生け花の展示を楽しんだ後、観客席に落ち着いた。プログラムの冒頭、来賓として訪れていた和田総領事は、貴重で心弾むイベントが催される今日は「LUCKY13日の金曜日」であると述べ、支部長であるローレン・ポールさんや企画準備に尽力したメンバーの方々の御蔭であると伝えた。日本の音楽の紹介として、下保純子さんと松田美智さんの叙情的な歌声、浅野裕子さんのピアノ伴奏で春らしい曲が届けられた。

その後、今回の特別ゲストである西浦流の創設者である西浦喜八郎氏が登場した。西浦氏は東京からこのイベントの為に渡米。日本の生け花の歴史、哲学と精神について概要を解説した後、わずかな数の花でシンプルに小ぶりにまとめたもの、燃える火を表現するカラフルで凝ったアレンジの大作など、サイズも趣きも異なる8杯(8点)の生け花の実演を行なった。「生けていく姿と動きが美しく、まるでパフォーマンスを観ているようだった」「どのように仕上がっていくのか予想がつかず、誰もが目を凝らして魅入っていた」「まさにアーティスト」など、絶賛の声が集まった。

20160513_3 西浦流は、西浦氏が独自のスタイルで表現する幅広い文化・芸術が対象で、華道、書道、茶道、香道などを世界に発信している。“和のアーティスト”として国際的に著名な西浦氏は、この日も終盤に書道の実演を披露。大きな筆を使って、身長より大きい見事な作品を仕上げた。

多くの訪問者にとって、わずかな時間ながらも、息づいている日本文化に触れることができた幸運な日となった。

生け花ボードメンバー前田公子さんは次のように語ってくださった。

「この度は生け花イベントの企画、花材の調達、デモンストレーションの助手と、お世話させていただきました。西浦氏は日本を代表する<和のアーティスト>の名にふさわしい豊かな才能に恵まれているだけでなく、謙虚でチャーミングな人柄、広い知識を併せ持ち、我々が忘れかけている日本古来の精神的豊かさを思い出させてくださいました。そういったものは現代の科学の発達、物質偏重の社会の中で急速に失われてきています。彼のデモンストレーションが国際的に高い評価を得ているのが今回の事で実感できました。イベントを支えてくださった方々にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。」

いけばなインターナショナルChapter 85

www.ikebanadetroit.org

20周年を迎えるベルアイル(Belle Isle)の桜

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 デトロイト川にあるベル・アイル島に桜と記念碑がある。これは豊田市とデトロイト日本商工会がデトロイト市と豊田市の姉妹都市30周年を記念して1994 年に寄贈して植樹したもの。100本の桜の木が植樹されたが、当時植えた木は育たず、デトロイト市が植え直したものに代わっていると聞いている。ラグーンの周りでは無く、条件の良い位置に並んで植えられている。木が育たなかったことは残念だが、デトロイト市がこの友好のシンボルを維持しようとしていることが喜ばしい。

 橋を渡って島に入って南側のスコット噴水近くに回ると、立ち並ぶ桜の木が見えてくる。ルネッサンスセンターや対岸のカナダを臨む景色の良い場所に位置している。開花時期は例年4月の下旬から5月上旬。日本の桜と比べれば、小規模で取るに足りないものだが、日本を懐かしみつつ、そして日米の絆に思いを馳せて鑑賞しては?

 記念の石碑には‘ラグーンの周りの桜の木は、デトロイト日本商工会と、デトロイト市の姉妹都市である豊田市の協力によって、日本との交流・親善の証としてデトロイト市に寄贈されたもの’と1994 年の日付で刻まれている。それ以前にも豊田市が桜を寄贈したが根付かず、そのことを残念に感じていた人々が動き出し、豊田市が基金を出し、デトロイト日本商工会が寄付金を調達、100本もの植樹が実現したという話だ。当時のデトロイト市長臨席のもと、桜苗木贈呈式が催された。人の背丈にも満たない苗だった。

ベルアイルの桜にまつわる話を付け加えれば、翌年‘お花見’が企画されたが、有志の日本人たちがゴミの目立つ周囲のそうじをまずやってから、数えるほどの桜の花を見ながら慰労のランチ祝宴を楽しんだ。そして、デトロイト日本商工会とりんご会補習授業校が共催で開催している写生大会は、桜の時期に、ここを会場にして始まった。その次の年、‘桜祭り・写生大会’が盛大に開催され、徳島の人たちが、姉妹都市Saginawを訪問中にこのイベントに参加して阿波踊りを実演した。やがて、写生大会は、肌寒いことも多い5月の上旬から日をずらして行なわれるようになり、‘ 桜’とは切り離された。追記すると、ベルアイルの動物園が閉鎖されて以降には写生大会の会場はデトロイト動物園に移された。

ベル・アイルへ桜のためだけに足を運ぶのはもったいない。同島は昨年(2013年)に ‘Belle Isle State Park’として認定された。島全体が公園になっていて、ダウンタウンからすぐ近くとは思えない自然がある。

 

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2017年度 日本まつり開催

JSDウィメンズクラブ・JBSD文化部会共催 2017年度 日本まつり開催 17

IMG_4127_edit 穏やかな日和に恵まれた10月1日(日)、JSDウィメンズクラブとJBSD(デトロイト日本商工会)文化部会の共催による恒例の大イベント日本まつりが昨年同様にノバイ市のハイスクールを会場に開催された。1時から4時までの開催時間を通して大勢の人で賑わった。無料の自由参加イベントであり、入場チケットを発行していないため、訪問者の人数は把握できないが、「例年より人出が多い」「昨年より混み合っていた」との声が多く届いてきた。

IMG_4111この日本まつりは、アメリカ人や他の文化背景を持つ人たちへの文化紹介と交流を主目的に様々な展示や実演などが行われている。もちろん周辺に滞在している日本人が楽しむ場にもなっており、当地の秋の行事として定着している。親子で浴衣姿で散策する姿も多く、祭りムードを高めていた。

在デトロイト日本国総領事館、日米協会、滋賀県の協力、そして会場のあるノ バイ市ならびにノバイ教育委員会のサポートを得て毎年開催している。今年も多数の団体や個人ボランティアが協力してこのイベントを支えた。JSDウィメンズクラブが書道コーナーのアレンジや当日の舞台の進行などを執り行なったほか、近隣の多数日本人女性がボランティアに応募し陰に表に活躍。また、ノバイハイスクールの生徒を始め、日本語を学習する現地のハイスクール生や大学生たちもボランティアとして参加し、来訪者との懸け橋として若いパワーでイベントを支え、盛り上げていた。

IMG_4036アトリウムと呼ばれる広々としたスペースには茶の湯や書道の実演や、書道・折り紙などの体験のコーナーが設けられ、手馴れた日本人女性たちを中心に実演や体験ワークショップが提供された。

IMG_4017茶の湯実演は、当地で活動する裏千家・表千家、2つの流派が手を携え、合わせて6回もの実演が行なわれた。お点前に合わせて英語での丁寧な解説も添えられ、多くの人が興味津々の表情で見入っていた。参観者は和菓子と抹茶を味わうチャンスにも恵まれた。生け花インターナショナルによる季節感溢れる数杯もの展示が文字通り華を添えていた。書道パフォーマンスは、書家である藤井京子さんが身の丈以上の書を見事な筆さばきで披露。紅葉の絵を施した和紙に「紅葉」の歌詞が書き上げられた。

IMG_3915IMG_4125また、ミシガン州と姉妹県関係にある滋賀県による文化紹介ブースを始め、デトロイトりんご会補習授業校、JCMU(Japan Center for Michigan University)など、日本に関連した団体のブースも並んだ。日本生まれの商標デザインを元にタオル帽子を作製し患者さんに寄贈する活動をしている「ミシガン・タオル帽子の会」も昨年に続きブースを出した。今回はじめて、ハンドスタンプアートプロジェクトのブースも登場。弊紙8月号で同プロジェクトについて記載したが、この活動は2014年に障がいを持つ子供の親たちが中心になってスタートしたもので、子ども達を支える人々の手形を世界中から集めてひとつのアート作品を作り、2020年東京パラリンピック開会式での掲示することを目標としている。

DSC_7955日本まつりの場で様々な活動や当地と日本との繋がりを知ることができる意義も大きい。

IMG_4101自作の割りばし鉄砲での的当てゲームや輪投げなどの日本の縁日遊びの体験コーナーには長い行列ができていた。書道と折り紙のワークショップも終始盛況で、ボランティアの女性や学生が懇切丁寧に手ほどきをしていた。書道コーナーには仮名や漢字を知っている非日本人の体験者も多く、楽しそうに挑んでいた。出来上がった折り紙作品を嬉しそうに親に見せる子どもの姿もあり、笑顔がたくさん見られた。
IMG_4076taiko6同イベントは隔年で体育館に櫓を組んで盆踊りを中心に夏祭り風にパフォーマンスを組む年と、講堂をステージに演目が披露される年があるが、今年は講堂で、8つのプログラムが順次進められた。

幕開けと締めには「五大湖太鼓センター」が、祭囃子の太鼓とは一味異なるパフォーマンス太鼓のダイナミックな魅力を披露。太鼓の音はアトリウムまで届き、音を聞いて会場にかけつけた人もいた。

IMG_3932田川八段が長を務めるデトロイト剣道道場による実演は、通常の稽古通りに“礼”から始まり、子どもたちの打ち込み練習が真剣そのものに行なわれ、“礼”にて終了した。短い時間ながらも日本の武道の折り目正しさを観客に伝えた。

一転して「ドリームシンガーズ」が会場を華やかに。主催者である森みゆきさんのオリジナル曲『Love Your Life』や『南中ソーラン節』を愛らしく元気に披露した。

IMG_4006ミシガン沖縄県人会「ちむぐぐる会」の演奏は5曲。民族衣装をまとい、琉球エイサースタイルの舞と太鼓を演じた。女性6人によるものであったが、勇壮で荘厳な雰囲気を醸し出していた。

名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけ、『荒城の月』などを舞った。御一人での演舞でありながら、堂々たる一挙手一動によって気品ある空間を生み出していた。

IMG_4084邦楽グループ「雅(Miyabi)」は琴と、洋楽器であるバイオリンとチェロを加えて『秋の言の葉』など箏曲を奏で、雅な和の世界へ観客を誘った。

otomodachi混声合唱「音もだち」は男声と女声による層の厚い歌声で『鴎』など3曲を豊かに歌い上げ、穏やかな時を聴衆に届けた。

総領事公邸の料理人である中野楓さんの和菓子プレゼンテーションと、彼女の手ほどきによる“和菓子づくり”は昨年の大好評を得て実施された参加型ワークショップ。老若男女が、柔らかな感触と甘い味を楽しんだ。

準備運営に動き回ったJSDウィメンズクラブ運営委員からは「協力団体はもとより、たくさんのボランティアのサポートがあってのこと、感謝しております」との感謝と合わせて、「改めて日本文化の素晴らしさを実感した一日でもありました」との言葉があった。これは多くの関係者、出演者、訪問者の思いでもあろう。和やかに盛況に続くことを祈りたい。

デトロイト動物園のイルミネーション Wild Lights

デトロイト動物園のイルミネーション Wild Lights 4

IMG_4046 デトロイト動物園のホリデーシーズン特別イベント。500万以上のLEDライトが、木々や建物、そしてワイヤーで作られた100以上の動物や蝶が電光で輝く。数メートルあろうかというレインディアも!

白を基調にしたエリア、虹や蝶でカラフルなエリア、そして音楽に合わせて絵柄や形が動く飾りが並ぶエリアもある。

IMG_4092日本の徹底的なイルミネーションに比べてしまうと、豪華とは言い難いが、イルミネーションを見ながら、自然豊かな夜の動物園を散策する楽しさがある。

但し、動物園全域ではなく、入り口から途中(ポーラーベア・エリアの手前)までで、奥の方は閉鎖している。動物は、室内のものも全く見学できない。

このイベント、ライトアップだけではない。Wild Lights イベント中、Wild Adventure Zoneビルティング内で、クリスマス物の人気映画「ポーラー・エクスプレス」を元にした“The Polar Express 4-D Experience” (14分)を上映。シミュレーションライド Ice Age:Dawn of the Dinosaurs-the Rideのミニ・アトラクションもある。(どちらも追加料金)

IMG_40792階では、“Wildlife Photographer of the Year”という、 The Natural History Museum主催の、自然をテーマにした写真コンテストの2015年の受賞100作品を展示している。世界中42,445の応募から選ばれた秀作は一見の価値あり。これは2016年6月1日まで展示。

更に今年は、Polar Plungeという、 高さ22フィート、長さ150フィートの滑り台をチューブに乗って滑降するアトラクションも初登場。シンプルながら絶叫が起きるほどのスリル。

(1回 $3、乗り放題$12 *年齢や身長の制限がある。)

特設テント内ではサンタクロースとの写真撮影(有料)やクラフト遊びなどを提供。

ところどころに焚火があり、キャンプの定番“スモア”というマシュマロローストを楽しむこともでき、ココアやクッキーなどの売店もあり、ホリデー気分を味わえるイベントである。

出入り口の横の売店には、動物にまつわるグッズや本が並び、オリジナルのポーラーベアのぬいぐるみを始め、他では見かけない飾り物、クリスマスオーナメントも扱っている。

IMG_4072Wild Lightsは5:30 から 9 p.m.

11月中旬から12月末の週末とホリデーのみ(12/25を除く)の開催。

12月の開催日: 12/ 4-6, 11-13, 18-23, 26-31

入場料は、前売り$9 •当日 $11 2才以下は無料  (駐車料金別)

オンラインでの前売りチケットが売り切れていても、当日、ゲートでの購入が可能。但し長い列を覚悟する必要がある。前売り券を持っていても、開園から1時間程はパーキングにも入園にも時間がかかる。動物園側も、遅い来場を勧めている。

Detroit Zoological Society | 8450 W. 10 Mile Rd, Royal Oak, MI 4806

http://detroitzoo.org/

ミシガン大学 日本学生会による 恒例の日本祭り

ミシガン大学 日本学生会による 恒例の日本祭り 2

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ミシガン大学のJSA(Japan Student Association:日本学生会)主催による日本祭りが3月13日(日)に開催された。当イベントはキャンパス内で行われているが、学生に限らず無料で一般公開。デトロイト日本商工会、ミシガン大学の日本研究センターがスポンサーになっており、内容を変えながら恒例で行われている。

12901443_471644006379198_6203769858153851626_o今年は、ここ数年利用してきた会場から移動。さらに、手作りの食べ物の提供を禁止されたため、多くの変更を余儀なくされた。例年は学生が手作りしていた焼きそばやカレーライスなどは止むを得ずレストランから調達。様々な試練を乗り越えて、当日は笑顔ではつらつと運営していた学生たちの姿が頼もしく、印象的だった。

当地在住の日本人女性が中心となっているNPO“雫の会”が昨年に引き続いて同イベントに加わり、東北震災支援を目的としたバザーを実施した。雫の会も、予定していたベークセールを断念せざるを得ず、ホームメイドのスイーツを楽しみにしていた訪問者も多く、落胆を隠せない様子だったが、バザー用の品を急きょ増加したそうで、賑わいをみせていた。尚、収益金は、同イベントの次の週に当地で公演を行なった福島の山木屋太鼓に寄付。JSAも、この日の収益を山木屋太鼓に贈った。

IMG_4523こちらも昨年通り、同大学の日本語教師たちが書道体験ブースで指導にあたるなど学生会を支援していた。折り紙や輪投げなどの日本文化体験コーナーでは高校生のボランティアも入って、フレッシュな姿と対応で場を盛り上げていた。

IMG_4526パフォーマンススペースにあてた部屋では、当地の日系ユースで構成されているミュージックパフォーマンスグループ“Dream Singers”による歌と踊りが披露された。Dream Singersの主宰者である森みゆきさん作詞作曲の『Love Your Life』が手話付きで始まると「かわいい~~」との声があちこちで上がり、元気いっぱいな『南中ソーラン節』のダンスを観る人々の顔も明るい笑顔にあふれた。

続いて、日本語クラスの学生を中心としたメンバー“JLP”が日本のアイドルグループ・AKB48の楽曲『心のプラカード』を、思い思いのメッセージを書き込んだプラカードを掲げて踊った。メイド姿の女子学生も踊り、若いエネルギーを振りまいた。昨年は大勢の観客が加わったが、今回の会場ではスペースが無く、残念との声も聞こえた。

JSAは非営利の学生組織で、日本人会ではなく、日本語や日本文化に関心のある学生であれば人種や文化背景に拘わらず参加できる。多様な学生が交流や学習のために集まっており、日本祭りは同会の集大成的なイベントして行われている。学内の学生のみならず、地元アナーバーを始め、周辺コミュニティーへ日本文化を普及浸透させる働きを果たしてくれている。

IMG_4529JSA会長を務める鈴木道子さんは「天気が悪かったのにも関わらず、大勢の方々に参加、サポートしていただき、日本祭りは大成功に終わりました。来年も一層楽しく充実したイベントになるよう、頑張ります。」とコメントを寄せた。

学生同士が内輪で楽しむ内容でも十分といえる学生イベントだが、年齢の壁を越えて多くの人に日本文化を紹介し、楽しい時を提供しようとする意識が伝わってきた日本祭りであった。

JSAウェブ:www.umich.edu/~nihon/

West Bloomfield Library姉妹図書館交流 West Bloomfield library – 淡路市立図書館

<!--:en-->West Bloomfield Library<!--:--><!--:ja-->姉妹図書館交流 West Bloomfield library – 淡路市立図書館<!--:--> 1

 7月31日(水)、ウエストブルームフィールド図書館と姉妹図書館関係にある淡路市から訪米していた十代の若者達を歓迎するため、昼食レセプションおよび参加者公募の夕刻のバーベキューが催された。
 西暦2千年を前にしてアメリカ政府はミレニアムプロジェクトと銘打って多くの事業を立ち上げた。その一つが全米各州の図書館と世界各国の図書館を姉妹図書館として認定する‘SisterLibrary Project’。選出されたウェストブルームフィールド図書館(以下WB図書館)と、米国の呼びかけに応じた当時の東浦町立図書館(現在は淡路市立東浦図書館)との交流が、政府公認の姉妹図書館として1999年に始まり、交流が続いている。姉妹都市提携を結んだ自治体間の中で図書館も交流する例は少なくないが、図書館同士が単独で提携を結ぶことは珍しい。
 WB図書館は、米国内の図書館ランキングで上位の“充実した活動をしている優秀な図書館”の評価を受けている。一方の東浦町立図書館は提携当時には設立2年という新しさ。人口も施設の規模も格差があったが、互いの土地を紹介した書籍や情報、子ども達が描いた絵などを交換し、密な交流を維持している。WB図書館では、日本から届いた品は必ず展示し、有効に活用している。人的交流もあり、2002年にはWB図書館の館長と担当職員2名が東浦町立図書館を訪問。地域の住人とも交流を深めた。2008年には淡路市図書館の関係者等が渡米した。
 また、淡路市はオハイオ州セントメアリー市と姉妹都市提携を結んでおり、昨年25周年を迎え、充実した交流が続いている。恒例の青少年を対象としたセントメアリー市訪問の後に、ウェストブルームフィールドを訪問する行程を昨年より加えた。当地に昼頃に到着し次の日には日本へ発つという短い滞在ではあったが、図書館での交流ランチと施設見学、近場の公園でのバーベキューパーティー、そして翌日にはフォード工場を見学する等、活動内容の多いプログラムが組まれた。
 歓迎レセプションを兼ねたランチョンには、在デトロイト総領事館の職員も参会。図書館館長や委員長からの温かい挨拶の他、駆けつけたウェストブルームフィールド高校ジャパニーズクラブのメンバーから歓迎の言葉が伝えられた。
 淡路市の図書館を日々利用しているという参加者の一人は「図書館の施設、本の量に驚いた。子供用のエリアがすばらしくて、ここなら弟を連れてきても私は本に没頭できそうで羨ましい」との感想を漏らした。
 バーベキューには当地の在留日本人も多数参加。あいにくの雨で野外でのアクティビティーは中止となったが、触れ合いの時を過ごした。
 WB図書館は、淡路市との交流に留まらず、当地で日本文化を広める活動も企画している。この夏には、5月に行われたJBSD(デトロイト日本商工会)主催写生大会の入賞作品が展示された。WB図書館のディレクターMs.Bohrerは交流担当職員として訪日した一人であり、親日の気持ちと日本人青少年の受け入れの喜びを示し、「日本との繋がりが持て光栄。今後も交流を深めて、地域に還元したい」と語る。

 7月31日(水)、ウエストブルームフィールド図書館と姉妹図書館関係にある淡路市から訪米していた十代の若者達を歓迎するため、昼食レセプションおよび参加者公募の夕刻のバーベキューが催された。
 西暦2千年を前にしてアメリカ政府はミレニアムプロジェクトと銘打って多くの事業を立ち上げた。その一つが全米各州の図書館と世界各国の図書館を姉妹図書館として認定する‘SisterLibrary Project’。選出されたウェストブルームフィールド図書館(以下WB図書館)と、米国の呼びかけに応じた当時の東浦町立図書館(現在は淡路市立東浦図書館)との交流が、政府公認の姉妹図書館として1999年に始まり、交流が続いている。姉妹都市提携を結んだ自治体間の中で図書館も交流する例は少なくないが、図書館同士が単独で提携を結ぶことは珍しい。
 WB図書館は、米国内の図書館ランキングで上位の“充実した活動をしている優秀な図書館”の評価を受けている。一方の東浦町立図書館は提携当時には設立2年という新しさ。人口も施設の規模も格差があったが、互いの土地を紹介した書籍や情報、子ども達が描いた絵などを交換し、密な交流を維持している。WB図書館では、日本から届いた品は必ず展示し、有効に活用している。人的交流もあり、2002年にはWB図書館の館長と担当職員2名が東浦町立図書館を訪問。地域の住人とも交流を深めた。2008年には淡路市図書館の関係者等が渡米した。
 また、淡路市はオハイオ州セントメアリー市と姉妹都市提携を結んでおり、昨年25周年を迎え、充実した交流が続いている。恒例の青少年を対象としたセントメアリー市訪問の後に、ウェストブルームフィールドを訪問する行程を昨年より加えた。当地に昼頃に到着し次の日には日本へ発つという短い滞在ではあったが、図書館での交流ランチと施設見学、近場の公園でのバーベキューパーティー、そして翌日にはフォード工場を見学する等、活動内容の多いプログラムが組まれた。
 歓迎レセプションを兼ねたランチョンには、在デトロイト総領事館の職員も参会。図書館館長や委員長からの温かい挨拶の他、駆けつけたウェストブルームフィールド高校ジャパニーズクラブのメンバーから歓迎の言葉が伝えられた。
 淡路市の図書館を日々利用しているという参加者の一人は「図書館の施設、本の量に驚いた。子供用のエリアがすばらしくて、ここなら弟を連れてきても私は本に没頭できそうで羨ましい」との感想を漏らした。
 バーベキューには当地の在留日本人も多数参加。あいにくの雨で野外でのアクティビティーは中止となったが、触れ合いの時を過ごした。
 WB図書館は、淡路市との交流に留まらず、当地で日本文化を広める活動も企画している。この夏には、5月に行われたJBSD(デトロイト日本商工会)主催写生大会の入賞作品が展示された。WB図書館のディレクターMs.Bohrerは交流担当職員として訪日した一人であり、親日の気持ちと日本人青少年の受け入れの喜びを示し、「日本との繋がりが持て光栄。今後も交流を深めて、地域に還元したい」と語る。

写生大会 at the DETROIT ZOO

写生大会 at the DETROIT ZOO 13

IMG_9489 去る6月5日(日)、JBSD(デトロイト日本商工会)主催による恒例の写生大会が、昨年同様にデトロイト動物園で開催された。あいにく、当日朝の天気予報で「雷を伴う雨」。入場時には雨は降らず関係者一同安堵したものの、入場ゲートの外の受付テープルを撤収してまもなく、いきなり土砂降りに見舞われた。すでに広げた画材やチェアを慌てて片づける姿、傘を出す余裕もなく屋根の下に駆け込む姿、そして、雨脚が衰えるのを待つ姿が見られた。半時間ほどで一旦小降りになり、鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえる爽やかな園内となったが、その後も大降りになったり止んだりの繰り返し。野外で写生をする姿は稀であった。爬虫類館や北極エリアの屋内で写生をしたり、下描きを済ませた後は休憩所やテントの中で仕上げたり、場所に工夫していた。携帯で撮った写真を利用するなど、上手に工夫して対処する姿も見られた。昨年同様、親が差す傘の下で描く微笑ましい姿、自分で差しながら描く涙ぐましい姿もあった。

IMG_4957主催者であるJBSDによれば、申し込み者数750名ほどの内450名が来場し、朝から雨が降った昨年と比べるとほぼ倍の参加者が集まった。雨の御蔭で、生き生きとした動きを見せている動物もいたが、例年被写体として人気のキリンは飼育舎に籠りがち。他にも姿を現さない動物が少なくなかった。作品の題材も偏りがあり爬虫類やペンギンが多い傾向となった。

IMG_4959描かれた作品は例年通りレベルの高い作品が多く、当日、JBSD担当者と共に受付や見回りにあたったデトロイトりんご会補習校講師たちの入念な審査に加えて、今年も昨年同様にデトロイト美術館の職員も立ち会い最終審査を行なった。力作が並ぶ中、次ベージに記載の参加者が入賞を飾った。

IMG_4951雨が続き湿気が籠るテント内での表彰式。その冒頭、在デトロイト領事館の野田首席領事の挨拶があり、デトロイト美術館(DIA)職員の紹介に合わせて、DIAの美術品内容の紹介も伝えた。また、ミシガンと日本の経済関係や姉妹都市提携についての短い講釈に続けて、淡路市の図書館と姉妹図書館関係にあるウェストブルームフィールド・ライブラリーに本写生大会の入賞作品が夏中、展示される旨、そして関係者と参加者への慰労の言葉が述べられた。

今回は例年の賞の他に、DIA賞が加えられた。児童生徒の入賞者計12名はDIAのスタジオでのアート活動に招待される好機を得た。大人の1位から3位にはDIAシアターのチケット、また努力賞にはJBSD企画のツアーへの参加がプレゼントされた。

IMG_4973IMG_4939賞状とメダル、副賞の授与の後、宮本校長は「どの作品もとても力強くりっぱ」

「絵で表現することは大事。説得力がある」など評した。これからも楽しんで欲しいとの願いに加え、DIAなど美術館の鑑賞も勧めた。

IMG_4934今年4月に当地赴任となり、JBSD主催の写生大会に初めての参加となった宮本校長は、「親子で絵を楽しむ機会になって良いですね」「補習授業校では図画工作が無いので、こういう機会を通して絵画表現に興味を持つきっかけにしていただきたい」と、感想を寄せてくださった。

表彰式後、入賞者の記念写真の直前から雲が切れて晴れ始め、明るい日差しの下での撮影となった。入賞者はもとより、帰路に着く人びとの晴れ晴れとした表情が印象に残った。

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【未就学・幼稚園の部】

金賞   纐纈 彩華

銀賞   プーセンプ ラウラ

銅賞   飯田 琉輝

努力賞  桂 香穂

努力賞  ジゲルバウワー 敬子

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【小学校1-3年の部】

金賞   小林 美柑子

銀賞   戸塚 柚莉奈

銅賞   野崎 莉瑚

努力賞  岩瀬 泰澄

努力賞  武藤 怜生

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【小学校4-6年の部】

金賞   千葉 八雲

銀賞   岩瀬 絢香

銅賞   内藤 結菜

努力賞 メイ 貴愛奈

努力賞  浅井 乃我

努力賞  丹羽 木実璃

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【中学生・高校生の部】

金賞   斉藤 彰太

銀賞   鈴木 瑞生

銅賞   梅村 夕由那

努力賞  リリアン ハウエル

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【一般の部】

金賞   戸塚 結

銀賞   モーゼス 桂子

銅賞   青木 京介

努力賞  モーゼス デニス

努力賞  米山 多津子

写生大会 入賞者

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Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会

<!--:en-->Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会<!--:--><!--:ja-->Threshold: Whispers of Fukushima 特別試写会<!--:-->

ミシガン在住の日本人女性による福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルム

  震災4周年前夜3月10日、UMMA(ミシガン大学美術館)のオーディトリウムで、Threshold: Whispers of Fukushimaという福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルムの無料試写会が催された。日本やドイツ、他の地域での上映に先駆けた初めての公開試写には200人ほどの観衆が訪れ、一時間半を立ち見で通した人もいたほどの盛況ぶりをみせた。一見したところ日本人ではない観客が多く、地球の裏側の話でありながら、高い関心を寄せていることが窺えた。

  監督の椎木透子さんはミシガン在住で、震災の翌年に「ドラゴン・プロジェクト for 東北ジャパン」という、世界各地から集まったドラゴンの絵をつなげた作品と人々の思い、そして各地での支援イベントによる収益金を東北へ届ける活動をスタートした。そして、自ら福島を訪れて実状を知り、被災者の声を人々に届けたいという思いに駆られ、2013年の春にドキュメンタリーフィルムを作ろうと奮起。同年8月には、福島第一原発から25kmの自宅で原発被災した作家たくきよしみつ氏とコンタクトを取って情報を収集し、11月に再度福島を訪れてインタビューを行なった。昨年(2014年)春に、撮影スタッフも伴い、より多くの声と姿を収集した。

  インタビューに応じた人々は、避難勧告地区となった南相馬市から避難した先でブラスバンド部を再開した中学生と指導者、前述の作家たくき氏、和太鼓グループ、元東京電力社員、オリーブ生産者など多様。原発から20Kmに位置する獏原人村(ばくげんじんむら)という理想郷コミューンに住む夫妻も登場する。福島で生きると決めて過ごしている人たちの声である。そして、相反して他県に家族ぐるみで避難した人の声も収めてある。皆、それぞれの居場所と価値観で精一杯生きていることが伝わってきた。

  練習不足と部員減少にも拘わらずコンクールに挑戦し全国大会で優勝したブラスバンド部員は「かわいそうと決めつけないで」「楽しいこともたくさんある」と涙ながら伝える。指導者の阿部和代さんは「生徒たちは打ち込めるもの、音楽があったので前向きになれた」と話す。打ち込んでいた活動を続けることや仲間と目標に向かうことが傷ついた心の復興に役立ったことは、和太鼓グループの指導者も当時を振り返りそう語った。

  オリーブ生産者佐藤氏は元消防士で震災時に過酷な状況に遭遇したが、この地に留まり、放射線に強いオリーブを育てると決めた。オリーブは5年でようやく実が成るという。まだ出荷の目処は立っていないとこぼすが、決意のほどが窺える。そうした地元の人たちの活動を元東京電力社員であった吉川彰浩氏は団体を立ち上げて支えている。そして、いがみ合うのではなく、一緒に再生していく道を探せたらと彼らは語る。

獏原人村の創始者マサイさんは、森の奥での原始時代のような暮らしを貫いているだけに、今の日本に生きる人たちに疑問を投げかける。「皆が、地球が本当に壊れる前に気づかないと…」と。

誰からか指示を受け自分の生き方を決められてしまうのではなく、自分の意思で選択し生きたい、村を離れる気はないと語る。

  岡山県に避難した女性大塚愛さんは、避難先の仲間たちや一時保養で福島からくる方々の受け入れ活動を通し、“残る”“離れる”の選択によって生じた壁に直面するが、直接話し合える機会を設け、そうすることで溝が埋まり、分かり合えることを感じていった。「皆それぞれに立場も違うしどっちが正しいとか間違っているということではない。残った、逃げたと選択は違っても原発事故に遭ってしまったということは皆同じ。だから、いがみ合うのではなく、話し合い分かち合い、歩み合うことが大切」と話す。

  このドキュメンタリーフィルムは、ブラスバンドや和太鼓のパフォーマンス、そして透子さんの夫で音楽家であるエリックさん(Erik Santos)を含めた出演者達の心のつぶやきのような歌声やギター演奏

が散りばめられ、より胸を打つものになっている。クライマックスで演奏される たくきよしみつ氏の『奇跡の星』はこの地球上に生きる全ての人に送られるメッセージとも言えるだろう。約1時間半のフィルムは、和太鼓メンバーが“Rolling on…”

という歌詞が繰り返されるオリジナル曲を飾り気なく歌う映像でエンディングとなった。4年の歳月が過ぎたが、復興への道はまだまだ続いていく。

  上映後、透子さんと音楽担当のエリックさん(ミシガン大学ミュージックスクール作曲科教授)、そして透子さんと共に撮影を務めたカメラマン(Chris Asadian)の3人が舞台に上がり、タグを組んだ経緯や日本での撮影について話した。透子さん以外は日本語が理解できないが、

「音楽がコミュニケーションの手段になった」「素晴らしい経験だった。言葉は違っても、笑顔や涙はどこの国の人も同じ」とエリックさんは述懐した。

  音楽がこのフィルムの軸なのかとの観客からの質問に、「インタビューした人が図らずも音楽家でもあったなど、偶然こうなった」と返答。復興に際して“歌の力、音楽の力”が取り上げらることが多々ある。この日米をつなぐフィルムも音楽が大きな役を果たしたといえる。ちなみに、登場した和太鼓奏グループ“山木屋太鼓”の指導者遠藤元気氏が透子さんの橋渡しで、この夏、ミシガンに来訪し、地元の人々と交流する予定になっている。

  別の観客からは、予告編では福島に留まることを選んだ人たちの話であるかのようだったが、もっと広い内容とメッセージがあったと指摘し、「友人にも見せたい。ぜひまた上映会を企画して欲しい」と称賛をこめた懇願の声が寄せられた。予告より広がりがあることについて透子さんは「来て、見て、それぞれの人に考えて欲しかった」と答え、何を伝えたかったかも会場では敢えて語らなかった。

★映画のサイトアドレス

 http://thresholdfukushima.com

  映画は今後他の地域で上映後、再びミシガンでの上映を予定している。再上映や今後の活動について、弊紙でフォローし情報をお伝えしていきたい。

  以下、映画に取り組んだ動機や取材を通して感じたことなどについて、上映会終了後に透子さんより頂いたコメントを紹介させていただく。

★ ★ ★

福島の学生達の「福島は福島は放射能汚染や問題ばかりということでもないです。色々なものがあります。」「ここにいるのは、福島で生きることを決めた人達です。生活を立て直していく為、皆で努力しています。だから、福島にいるなんて可哀想な子達だとか、がんの危険性についてばかり話すのではなくて、海外の皆さんが、よりよい未来を築いていくには何ができるのかとか、そういうことを考えて欲しいです。」「二度とこんなことはおこすまいと肝に銘じてほしい」といった言葉に心を動かされ、同じ目線に立って、もっと話を聞いてみたい、そして福島から遠く離れた人達にも伝えたいと思い、福島で今を生きる人達を追った映画を撮ろうと心を決めました。そしてこの映画制作を通し、実際、本当にそれぞれに違った人生の選択をしながら、またそれぞれに違った立場ではあるけれど、でも同じく今をひたすら模索しながらも一生懸命生きている方々に出会う事が出来ました。そうして、震災の話だけでなく、人生の話、生きる知恵、そしてそれぞれの方々が奏でる音楽も聴くことが出来ました。映画制作を通し聴くこと、知ることが出来たことは、本当に自分の人生に於いても大切なものであり、そしてここから何ができるだろうという新たな自分への問いにもなりました。本当にここから、何ができるか、それをさらに考えていきたいと思いつついます。

椎木透子

ミシガン在住の日本人女性による福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルム

  震災4周年前夜3月10日、UMMA(ミシガン大学美術館)のオーディトリウムで、Threshold: Whispers of Fukushimaという福島の被災者の声を集めたドキュメンタリーフィルムの無料試写会が催された。日本やドイツ、他の地域での上映に先駆けた初めての公開試写には200人ほどの観衆が訪れ、一時間半を立ち見で通した人もいたほどの盛況ぶりをみせた。一見したところ日本人ではない観客が多く、地球の裏側の話でありながら、高い関心を寄せていることが窺えた。

  監督の椎木透子さんはミシガン在住で、震災の翌年に「ドラゴン・プロジェクト for 東北ジャパン」という、世界各地から集まったドラゴンの絵をつなげた作品と人々の思い、そして各地での支援イベントによる収益金を東北へ届ける活動をスタートした。そして、自ら福島を訪れて実状を知り、被災者の声を人々に届けたいという思いに駆られ、2013年の春にドキュメンタリーフィルムを作ろうと奮起。同年8月には、福島第一原発から25kmの自宅で原発被災した作家たくきよしみつ氏とコンタクトを取って情報を収集し、11月に再度福島を訪れてインタビューを行なった。昨年(2014年)春に、撮影スタッフも伴い、より多くの声と姿を収集した。

  インタビューに応じた人々は、避難勧告地区となった南相馬市から避難した先でブラスバンド部を再開した中学生と指導者、前述の作家たくき氏、和太鼓グループ、元東京電力社員、オリーブ生産者など多様。原発から20Kmに位置する獏原人村(ばくげんじんむら)という理想郷コミューンに住む夫妻も登場する。福島で生きると決めて過ごしている人たちの声である。そして、相反して他県に家族ぐるみで避難した人の声も収めてある。皆、それぞれの居場所と価値観で精一杯生きていることが伝わってきた。

  練習不足と部員減少にも拘わらずコンクールに挑戦し全国大会で優勝したブラスバンド部員は「かわいそうと決めつけないで」「楽しいこともたくさんある」と涙ながら伝える。指導者の阿部和代さんは「生徒たちは打ち込めるもの、音楽があったので前向きになれた」と話す。打ち込んでいた活動を続けることや仲間と目標に向かうことが傷ついた心の復興に役立ったことは、和太鼓グループの指導者も当時を振り返りそう語った。

  オリーブ生産者佐藤氏は元消防士で震災時に過酷な状況に遭遇したが、この地に留まり、放射線に強いオリーブを育てると決めた。オリーブは5年でようやく実が成るという。まだ出荷の目処は立っていないとこぼすが、決意のほどが窺える。そうした地元の人たちの活動を元東京電力社員であった吉川彰浩氏は団体を立ち上げて支えている。そして、いがみ合うのではなく、一緒に再生していく道を探せたらと彼らは語る。

獏原人村の創始者マサイさんは、森の奥での原始時代のような暮らしを貫いているだけに、今の日本に生きる人たちに疑問を投げかける。「皆が、地球が本当に壊れる前に気づかないと…」と。

誰からか指示を受け自分の生き方を決められてしまうのではなく、自分の意思で選択し生きたい、村を離れる気はないと語る。

  岡山県に避難した女性大塚愛さんは、避難先の仲間たちや一時保養で福島からくる方々の受け入れ活動を通し、“残る”“離れる”の選択によって生じた壁に直面するが、直接話し合える機会を設け、そうすることで溝が埋まり、分かり合えることを感じていった。「皆それぞれに立場も違うしどっちが正しいとか間違っているということではない。残った、逃げたと選択は違っても原発事故に遭ってしまったということは皆同じ。だから、いがみ合うのではなく、話し合い分かち合い、歩み合うことが大切」と話す。

  このドキュメンタリーフィルムは、ブラスバンドや和太鼓のパフォーマンス、そして透子さんの夫で音楽家であるエリックさん(Erik Santos)を含めた出演者達の心のつぶやきのような歌声やギター演奏

が散りばめられ、より胸を打つものになっている。クライマックスで演奏される たくきよしみつ氏の『奇跡の星』はこの地球上に生きる全ての人に送られるメッセージとも言えるだろう。約1時間半のフィルムは、和太鼓メンバーが“Rolling on…”

という歌詞が繰り返されるオリジナル曲を飾り気なく歌う映像でエンディングとなった。4年の歳月が過ぎたが、復興への道はまだまだ続いていく。

  上映後、透子さんと音楽担当のエリックさん(ミシガン大学ミュージックスクール作曲科教授)、そして透子さんと共に撮影を務めたカメラマン(Chris Asadian)の3人が舞台に上がり、タグを組んだ経緯や日本での撮影について話した。透子さん以外は日本語が理解できないが、

「音楽がコミュニケーションの手段になった」「素晴らしい経験だった。言葉は違っても、笑顔や涙はどこの国の人も同じ」とエリックさんは述懐した。

  音楽がこのフィルムの軸なのかとの観客からの質問に、「インタビューした人が図らずも音楽家でもあったなど、偶然こうなった」と返答。復興に際して“歌の力、音楽の力”が取り上げらることが多々ある。この日米をつなぐフィルムも音楽が大きな役を果たしたといえる。ちなみに、登場した和太鼓奏グループ“山木屋太鼓”の指導者遠藤元気氏が透子さんの橋渡しで、この夏、ミシガンに来訪し、地元の人々と交流する予定になっている。

  別の観客からは、予告編では福島に留まることを選んだ人たちの話であるかのようだったが、もっと広い内容とメッセージがあったと指摘し、「友人にも見せたい。ぜひまた上映会を企画して欲しい」と称賛をこめた懇願の声が寄せられた。予告より広がりがあることについて透子さんは「来て、見て、それぞれの人に考えて欲しかった」と答え、何を伝えたかったかも会場では敢えて語らなかった。

★映画のサイトアドレス

 http://thresholdfukushima.com

  映画は今後他の地域で上映後、再びミシガンでの上映を予定している。再上映や今後の活動について、弊紙でフォローし情報をお伝えしていきたい。

  以下、映画に取り組んだ動機や取材を通して感じたことなどについて、上映会終了後に透子さんより頂いたコメントを紹介させていただく。

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福島の学生達の「福島は福島は放射能汚染や問題ばかりということでもないです。色々なものがあります。」「ここにいるのは、福島で生きることを決めた人達です。生活を立て直していく為、皆で努力しています。だから、福島にいるなんて可哀想な子達だとか、がんの危険性についてばかり話すのではなくて、海外の皆さんが、よりよい未来を築いていくには何ができるのかとか、そういうことを考えて欲しいです。」「二度とこんなことはおこすまいと肝に銘じてほしい」といった言葉に心を動かされ、同じ目線に立って、もっと話を聞いてみたい、そして福島から遠く離れた人達にも伝えたいと思い、福島で今を生きる人達を追った映画を撮ろうと心を決めました。そしてこの映画制作を通し、実際、本当にそれぞれに違った人生の選択をしながら、またそれぞれに違った立場ではあるけれど、でも同じく今をひたすら模索しながらも一生懸命生きている方々に出会う事が出来ました。そうして、震災の話だけでなく、人生の話、生きる知恵、そしてそれぞれの方々が奏でる音楽も聴くことが出来ました。映画制作を通し聴くこと、知ることが出来たことは、本当に自分の人生に於いても大切なものであり、そしてここから何ができるだろうという新たな自分への問いにもなりました。本当にここから、何ができるか、それをさらに考えていきたいと思いつついます。

椎木透子

五大湖太鼓センター7年目に突入

五大湖太鼓センター7年目に突入 1

20256019_Detroit Rever Day-1ノバイ市に拠点を置く「五大湖太鼓センター」は、2009年秋にミシガン州で和太鼓パフォーマンスグループ「雷音(らいおん)太鼓」が結成されたと同時に、雷音太鼓メンバーであるブライアン・ソウル氏によって創立された。「ミシガンに太鼓の素晴らしさを広げ、太鼓を愛する人の拠点になりたい」という夢を実現するための太鼓道場である。年明けの2010年1月には教室を開始し、ミシガン州初の和太鼓普及と演奏活動のセンターとして展開してきた。昨年には、同センターで修練してきた古参メンバーを中心とするパフォーマンスチーム「五大湖ドラマーズ」も結成された。雷音太鼓のメンバーや五大湖ドラマーズを含む太鼓センターの生徒たちは、こIMG_8831の6年ほどの間、数多くの日系の文化紹介イベントなどで演奏を披露した他、アジア系の踊りと音楽の祭典Splendor of the Eastやロイヤルオークの恒例ビッグイベントFord Arts, Beats & Eats Festival、デトロイトで開催されるDetroit River Daysなど様々な地元コミュニティーのイベントへも出演し、学校や教会でのワークショップも数多く行なってきた。

DSC07640同センターは開設以来、ソウル夫妻の日本での繋がりを活かし、世界一流のパフォーマーを呼び寄せ公演を実現してきた。一周年コンサートには日本の実力派和太鼓ユニット『焱(ほのお)太鼓』がゲスト出演。『焱太鼓』はソウル氏が真有美夫人とともに太鼓修行をした浅野太鼓(石川県)に所属する女性の演奏グループで、国内外各地で活躍し、今日日本に広がっているパフォーマンス太鼓の先駆者でもある。二周年コンサートには、世界的に有名な『鼓童』のメンバーによって結成された『花結(はなゆい)』との舞台を実現。三周年には、焱太鼓のメンバー二人が再度渡米し、共演の他、当地の学校での実演披露も行なった。

DSC07581そして今年2015年6月6日に、五周年記念公演会がデトロイト市のRedford Theatreで開催された。Redford Theatreは1928年にオープンした歴史的な劇場で、内装のモチーフが“日本”という、和太鼓演奏にぴったりといえる日本風な装飾が施されている3階建の荘厳な施設。創設者の夫人が大変な日本贔屓であったそうで、創立当時「アメリカ屈指のユニークな郊外劇場」と言われ人気を博した。インターミッションでは、そのシアターオルガンもチャーチオルガニストにより演奏され、独特の音色を直に聴くことができた。

DSC07589五大湖太鼓センター主催として最も大きな会場でのコンサートとなった五周年記念演奏会には、『焱太鼓』から独立した若手メンバーを中心に結成した女性和太鼓グループ『DIA⁺(ダイアプラス)』が出演に応じ、華麗かつダイナミックなパフォーマンスを披露した。
_MG_1393開設当初20名ほどであった同センターの生徒は約80名にまで増加。3歳から83歳の広い年齢層の様々な人種が和太鼓を楽しみ、その魅力のとりことなっている。

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公演前半の開始前には獅子舞が余興に披露され、インパクトのある『DIA⁺』の演奏で幕開けし、続いて6つのレベルクラスごとの演奏発表の他、『雷音』、『五大湖ドラマー』の合わせて11曲、そして後半は『DIA⁺』による9曲、と、盛り沢山なプログラムが組まれた。同センターでは、日本の伝統リズムやメロディーを大切にしつつも、お神楽(お囃子)や歌舞伎などの伝統芸能とは異なる‘創作和太鼓’を主なレパートリーにしている。古くからの楽曲をアレンジしたものや、近現代に作曲された20曲が届けられ、会場は空気を震わすほどの響きとパワーに包まれた。演奏者、出演者と会場が日本語と英語で和やかに交流し、アメリカの日本的な美しいシアターと一体となって、会場は終始華やいだ熱気に包まれていた。また、演奏者の和風で粋なコスチュームと、そして司会を務めた前田和香子さんの貴やかな着物姿も聴衆を楽しませた。

photo 2『DIA⁺』のリーダーである山田瑞恵さんは多数の和太鼓曲の作曲者でもあり、今回の演奏会でのセンターの生徒や“雷音太鼓”が叩いた曲にも山田さん作曲のものが多数含まれていた。曲名は『乱気流』『雷群』『出航』など自然にまつわるものが多く、曲想もそれを表して、凛とした雰囲気のもの、あるいはダイナミックな激しさで周囲の空気を震わせるものと、自然界の静と動を豊かに醸し出していた。同センターのためのオリジナル曲『五大湖』も、『雷音』と『五大湖ドラマー』の合同で奏でられた。

およそ六百人を数えた観客の大半は地元のアメリカ人と見られる人々。和太鼓、そして同センターの活動が浸透し、ファンが増えていることが伺えた。2時間を超す長帳場となったが、全ての曲が終わるや否や観客席から盛大な拍手と歓声が沸き上がり、スタンディングオベーションでの感動的な幕切れとなった。公演後にはホールでDIA+のメンバーと交流する時間も設けられ、貴重な和太鼓演奏鑑賞の機会に恵まれた感謝と喜びの声が出演者に伝えられていた。

ブライアン・ソウル氏は、五周年コンサートの感想と今後の抱負を「五周年に、百人近くの生徒になり、このように大きなことができるとは当初は思っていなかった。今回の演奏会で六百人ほどのお客さんに、そして今までには何千人もの方たちに和太鼓を紹介でき、とても嬉しいです。」「2007年から2年間、太鼓を習い、その素晴らしさや嬉しさ、体験したことをミシガンの人に伝えたかった。これからももっと多くの人に広めたいです。」と語っている。

IMG_1290和太鼓に馴染みの薄かった当地で、地盤を固めてきた五大湖太鼓センターの今後の展開が楽しみである。尚、10月に開催されるJBSD(デトロイト日本商工会)とJSDウィメンズクラブ共催の日本祭りに今年も出演が予定されている。

「若い人、ミュージシャンだけでなく、いろんな人がエンジョイできることが素晴らしい」とソウル氏。

クラスの見学はいつでも歓迎。体験も可能。尚、予めご連絡下さいとのこと。

email: raion.taiko@gmail.com

または 248-773-8899 (日本語可)

五大湖太鼓センターホームページ:www.michigantaiko.net