Wednesday, April 17, 2024
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Arts, Beats & Eats in Royal OakArts, Beats & Eats in Royal Oak

<!--:en-->Arts, Beats & Eats in Royal Oak<!--:--><!--:ja-->Arts, Beats & Eats in Royal Oak<!--:--> 1

夏の終わりの賑やかなフェスティバル

 レイバーデー週末の恒例になった“Ford Arts, Beats & Eats”イベントがロイヤルオークで開催され、インターナショナル・ステージで、和太鼓パフォーマンスグループ“雷音(らいおん)”が昨年に引き続き出演した。ステージ担当者は「昨年、大人気を博した。再出場してくれて嬉しい」と語っていた。音楽ジャンルは異なるもののエレクトリック楽器によるバンドの出演が多い中で、和太鼓は異彩を放ち、気迫の篭ったビートで大勢の観客を釘付けにしていた。

 フェスティバルはロイヤルオークの道路数ブロックが会場に充てられ、10ヵ所の特設ステージに延べ200を越すパフォーマーが出演。そして地元やデトロイトのレストランなどによるフード屋台、アート作品やジュエリーのブースがずらりと軒を連ねた。求め易い価格でありながら質が高い品々が多いことが定評になっている。週末は夕闇が深まるまで、遅々としか歩くことができないほどの人出だった。常連の地元の人によれば「ミシガン・ステイトフェア(農牧業の品評会も含む、クラフトやパフォーマンスなどのイベント)の開催がなくなってから、来場者が増えた」と言うこと。今やメトロデトロイトで屈指の賑やかさを誇る夏のイベントになっている。このイベントの収益金は数十万ドルに上り、寄付に充てられている。

夏の終わりの賑やかなフェスティバル

 レイバーデー週末の恒例になった“Ford Arts, Beats & Eats”イベントがロイヤルオークで開催され、インターナショナル・ステージで、和太鼓パフォーマンスグループ“雷音(らいおん)”が昨年に引き続き出演した。ステージ担当者は「昨年、大人気を博した。再出場してくれて嬉しい」と語っていた。音楽ジャンルは異なるもののエレクトリック楽器によるバンドの出演が多い中で、和太鼓は異彩を放ち、気迫の篭ったビートで大勢の観客を釘付けにしていた。

 フェスティバルはロイヤルオークの道路数ブロックが会場に充てられ、10ヵ所の特設ステージに延べ200を越すパフォーマーが出演。そして地元やデトロイトのレストランなどによるフード屋台、アート作品やジュエリーのブースがずらりと軒を連ねた。求め易い価格でありながら質が高い品々が多いことが定評になっている。週末は夕闇が深まるまで、遅々としか歩くことができないほどの人出だった。常連の地元の人によれば「ミシガン・ステイトフェア(農牧業の品評会も含む、クラフトやパフォーマンスなどのイベント)の開催がなくなってから、来場者が増えた」と言うこと。今やメトロデトロイトで屈指の賑やかさを誇る夏のイベントになっている。このイベントの収益金は数十万ドルに上り、寄付に充てられている。

デトロイトりんご会補習授業校見学リポート:書き初めデトロイトりんご会補習授業校見学リポート:書き初め

<!--:en-->デトロイトりんご会補習授業校見学リポート:書き初め<!--:--><!--:ja-->デトロイトりんご会補習授業校見学リポート:書き初め<!--:--> 4

1月17日、りんご会補習授業校の中学部と高等部で「新春書き初め会」が実施された。国語の授業として筆使いなどを学ぶと同時に書き初めを通して書の表現力を高めるのが目的であり、日本の伝統行事を体験し、心静かに年の初めを感じそれを筆で表現する機会になっている。

学年ごとに新年のスタートにふさわしい課題が設定され、準備された手本を見ながら筆を運ばせる姿があった。お手本を実演しながら筆運びやバランスなどのポイントを指導する国語科の先生に加えて、学級担任や他教科の先生方も見回り、温かい声をかけていた。中学生は「不言実行」「自然の神秘」「無限の可能性」、高校生は今年の課題となった「永和九年歳在」の文字を、何度となく練習を重ね、真剣に挑戦していた。「永和九年歲在」は中国の書家王羲之による「蘭亭序」の冒頭の語句。春がテーマの漢文であり、また最高峰の書作品であることから、書の手本として、また、日本の書初めの題材にもしばしば選ばれるとのこと。国語科の先生より生徒たちに意味が説かれ、難しい課題であるが、取り組みがいのある語句であることが伝えられた。

一方、小学部の低学年は硬筆(鉛筆書き)で、3年生以上は毛筆で、冬休みの課題として学年ごとに決められた課題に取り組んだ。

力を尽くした全ての作品は「書き初め展」で展示され、保護者や児童生徒に披露された。

1月17日、りんご会補習授業校の中学部と高等部で「新春書き初め会」が実施された。国語の授業として筆使いなどを学ぶと同時に書き初めを通して書の表現力を高めるのが目的であり、日本の伝統行事を体験し、心静かに年の初めを感じそれを筆で表現する機会になっている。

学年ごとに新年のスタートにふさわしい課題が設定され、準備された手本を見ながら筆を運ばせる姿があった。お手本を実演しながら筆運びやバランスなどのポイントを指導する国語科の先生に加えて、学級担任や他教科の先生方も見回り、温かい声をかけていた。中学生は「不言実行」「自然の神秘」「無限の可能性」、高校生は今年の課題となった「永和九年歳在」の文字を、何度となく練習を重ね、真剣に挑戦していた。「永和九年歲在」は中国の書家王羲之による「蘭亭序」の冒頭の語句。春がテーマの漢文であり、また最高峰の書作品であることから、書の手本として、また、日本の書初めの題材にもしばしば選ばれるとのこと。国語科の先生より生徒たちに意味が説かれ、難しい課題であるが、取り組みがいのある語句であることが伝えられた。

一方、小学部の低学年は硬筆(鉛筆書き)で、3年生以上は毛筆で、冬休みの課題として学年ごとに決められた課題に取り組んだ。

力を尽くした全ての作品は「書き初め展」で展示され、保護者や児童生徒に披露された。

2012 Easy Listening and Jazz Concert by Brilliante2012年 Brillante主催 軽音楽とジャズ♪コンサート

<!--:en-->2012 Easy Listening and Jazz Concert by Brilliante<!--:--><!--:ja-->2012年 Brillante主催 軽音楽とジャズ♪コンサート<!--:--> 2

 2009年、2010年に好評をはくした、フルート奏者の小西孝和氏とイアンスミス・ジャズトリオとのコラボによる軽音楽とジャズコンサートが、6月16日にノバイ市の教会で開催された。「Brillante(ブリランテ)」はフルートとピアノによるアンサンブルグループだが、「いろいろな生の音楽の良さを伝えたい」と日頃から語っているブリランテの主宰者である小西氏が取り組んでいる音楽活動のひとつとしてジャズコンサートが催されている。

小西氏はノバイ市在住で、アナーバー・コンサート・バンドおよびデトロイト・メトロポリタン・フルートオーケストラ団員として演奏活動を行う傍ら、ブリランテの定期コンサート、他の演奏家やグループとの共演など、地域に密着した活動を積極的に行なっている。

 ピアノを担当したイアン・スミス氏はカナダのウィンザー在住で、作曲家、プロデューサー、音楽監督、教師、ピアニストそしてヴォーカリストと、多彩な才能の持ち主。大劇場音楽からジャズアンサンブルまで多岐にわたるジャンルにおいてその芸術的才能を発揮して活躍している。彼のソロCD『フリーダム』は国際的に高い評価を得て、各国の放送局で取り上げられている。

 今回のコンサートでは、この1月に他界したスティーブ・マイヤーズ氏に捧げる曲として、スミス氏が今年作曲した『Renaissance Man』をピアノのソロ演奏で披露した。マイヤーズ氏は日本人の多いノバイ市と日本コミュニティーの橋渡しに大きく貢献し、先日、ノバイ市がメモリアルの桜と記念碑を奉納したが、スミス氏は「掛けがえのない友人であり恩人」「創作活動をサポートし、たくさんの機会をつくってくれた」とマイヤーズ氏を偲ぶ言葉を述べた。

 小西氏からも、スティーブ・マイヤーズ氏のお陰でスミス氏らとの顔合わせのコンサートが生まれたと話し、重ねてマイヤーズ氏のサポートに対する感謝の思いを表し、前半の最後に哀悼の曲として福島和夫作のフルートソロの『冥』を演奏した。

 今回のプログラムは、フランスのジャズ・ピアニストで作曲家クロード・ボランが同じくフランス生まれのフルーティストのジャン・ピエール・ランパルとのクロスオーバー・コラボレーションで1975年に作曲された『フルートとジャズトリオのための組曲』を中心にした構成。第1番と第2番より、テンポや曲想の異なる6曲を、コンサートの冒頭と最後に組み、間に上記ピアノソロや、ボーカル、軽めのアンサンブル曲などを織り交ぜていた。

 会場に集まった人々は、優雅な日曜の午後のひと時、新鮮な響きとスイングを楽しんだ。大人っぽくてシックなジャズ、テンポのよい曲からしっとりした曲まで、体でリズムを感じながら、あっと言う間に時間が過ぎた。今回ミスした方はぜひ次回!!

 小西氏は「今後もクラシックを中心にJazz、ポップ、日本音楽など幅広いジャンルの音楽に意欲的に取り組んで、いろいろな活動をつづけていきたい」と語っている。

ブリランテホームページ:www.ebrillante.org

 2009年、2010年に好評をはくした、フルート奏者の小西孝和氏とイアンスミス・ジャズトリオとのコラボによる軽音楽とジャズコンサートが、6月16日にノバイ市の教会で開催された。「Brillante(ブリランテ)」はフルートとピアノによるアンサンブルグループだが、「いろいろな生の音楽の良さを伝えたい」と日頃から語っているブリランテの主宰者である小西氏が取り組んでいる音楽活動のひとつとしてジャズコンサートが催されている。

小西氏はノバイ市在住で、アナーバー・コンサート・バンドおよびデトロイト・メトロポリタン・フルートオーケストラ団員として演奏活動を行う傍ら、ブリランテの定期コンサート、他の演奏家やグループとの共演など、地域に密着した活動を積極的に行なっている。

 ピアノを担当したイアン・スミス氏はカナダのウィンザー在住で、作曲家、プロデューサー、音楽監督、教師、ピアニストそしてヴォーカリストと、多彩な才能の持ち主。大劇場音楽からジャズアンサンブルまで多岐にわたるジャンルにおいてその芸術的才能を発揮して活躍している。彼のソロCD『フリーダム』は国際的に高い評価を得て、各国の放送局で取り上げられている。

 今回のコンサートでは、この1月に他界したスティーブ・マイヤーズ氏に捧げる曲として、スミス氏が今年作曲した『Renaissance Man』をピアノのソロ演奏で披露した。マイヤーズ氏は日本人の多いノバイ市と日本コミュニティーの橋渡しに大きく貢献し、先日、ノバイ市がメモリアルの桜と記念碑を奉納したが、スミス氏は「掛けがえのない友人であり恩人」「創作活動をサポートし、たくさんの機会をつくってくれた」とマイヤーズ氏を偲ぶ言葉を述べた。

 小西氏からも、スティーブ・マイヤーズ氏のお陰でスミス氏らとの顔合わせのコンサートが生まれたと話し、重ねてマイヤーズ氏のサポートに対する感謝の思いを表し、前半の最後に哀悼の曲として福島和夫作のフルートソロの『冥』を演奏した。

 今回のプログラムは、フランスのジャズ・ピアニストで作曲家クロード・ボランが同じくフランス生まれのフルーティストのジャン・ピエール・ランパルとのクロスオーバー・コラボレーションで1975年に作曲された『フルートとジャズトリオのための組曲』を中心にした構成。第1番と第2番より、テンポや曲想の異なる6曲を、コンサートの冒頭と最後に組み、間に上記ピアノソロや、ボーカル、軽めのアンサンブル曲などを織り交ぜていた。

 会場に集まった人々は、優雅な日曜の午後のひと時、新鮮な響きとスイングを楽しんだ。大人っぽくてシックなジャズ、テンポのよい曲からしっとりした曲まで、体でリズムを感じながら、あっと言う間に時間が過ぎた。今回ミスした方はぜひ次回!!

 小西氏は「今後もクラシックを中心にJazz、ポップ、日本音楽など幅広いジャンルの音楽に意欲的に取り組んで、いろいろな活動をつづけていきたい」と語っている。

ブリランテホームページ:www.ebrillante.org

22nd JBSD Softball TournamentJBSDスポーツ部会主催 22回親善ソフトボール大会

<!--:en-->22nd JBSD Softball Tournament<!--:--><!--:ja-->JBSDスポーツ部会主催 22回親善ソフトボール大会<!--:--> 8

  JBSDスポーツ部会主催によるソフトボール大会が9月8日と15日、2日に わたって開催された。9月15日は朝から冷え込み、途中で雨がパラついた が、選手からは快適な温度と言う声もあり、爽やかな秋のスポーツイベン トとなった。

 スポーツ部会長を務める三品氏が 開会の冒頭でASA(Amateur Softball Association of America)に属する審判 員たちを紹介し、「彼らに対する感謝 をわすれないように」と伝えた。更に 「親睦の場なので、楽しんでプレーして いただきたい」と親善大会であることを 強調した。

 恒例のイベントで、参加チームの顔ぶれも大半は昨年と同じだが、どのチームも駐在者の帰任によるメンバーの入れ代わりや急な出張のための欠場が稀ではなく、強さに変動がある。 大会は10人制のトーナメント式で、 5イニング戦又は規定の時間終了まで の勝負。通常ゲームより少ないイニン グと時間制限も勝敗の行方を流動的に する要素となる。今回の応募は31チ ーム。ここ数年は32チームの応募・出 場で、全てのチームが第1戦から試合 に挑んだが、今回は昨年の優勝チーム TEMA TTC(Toyota Motor Engineering and Manufacturing North America, Inc) はシード権を与えられ初戦を免除された。

今年の大会は初日、2日目共にコンディションの良い4つのグランドで試 合をすることができ、順調に対戦が繰り広げられた。

第1戦。昨年準優勝のTBA(Toyota Boshoku America)は前評判通りの 攻撃力で20点の大差をつけて駒を進 めた一方、昨年2位のAisin All Stars (AisinTechnicalCenterofAmerica)はソフ トボールの同好会チーム桜組(SAKURA- GUMI SOFTBALL CLUB)を相手に力を発揮 しきれず無念の敗退となった。Team AKEBONO(Akebono Brake Corporation)、 Mitsumi Muskrats(Mitsumi Electronics) は、それぞれ20点以上の点差で初戦を 勝ち抜いた。

昨年4位のSamurai Detroit(Samurai Detroit Softball Team)が着々と初戦と 第2戦を勝ち越し、桜組は第2戦では 無失点18得点という攻守に冴えあるプ レーを見せて躍進。昨年の1位2位は 順当に駒を進めたほか、以下のチーム がベスト8に進出した。

ベスト8(登録番号順)

TEMA TTC(Toyota Motor Engineering and Manufacturing North America, Inc )

Team AKEBONO(Akebono Brake Corporation)
Samurai Detroit(Samurai Detroit Softball Team)
TEAM JTEKT(JTEKT NORTH AMERICA)
TBA(Toyota Boshoku America)

Yazaki Arrow(s Yazaki North America Inc.)

桜組(SAKURA-GUMI SOFTBALL CLUB) TRAM(TRAM, Inc)

 準々決勝となるベスト8の対戦では、 快打やホームランが続出する一方、守備 でも絶妙なプレーが多く、いずれの試合 も盛り上がりを見せた。相手チームの好 プレーにも拍手を送る光景も見られ、熱 いながらも和やかな大会となっていた。

 昨年と同じTEMA TTC 対 TBAの顔合せ となった優勝決定戦は、これも昨年同様 に TEMA TTC の先攻で開始。「高く打ち 上げない」との指示が飛び、‘そこそこ 当たっても守備に阻まれる’ことを認識 した上で、狙いを定めた鋭い当たりやフ ェンスに届く長打など見事なヒットが続 いた。とはいえTBAの守備も非常に固く、 会場が大いに沸き立つ中、1回の表で4 点を先取して快調な滑り出しを切った。 攻守入れ替わり、TBA打線のパワーが炸 裂。次々に選手がホームに戻り、たちま ち7点を獲得し、優位に立った。しかし その後、TEMA TTCは2回表で3点を加え て同点に、そして3回でさらに1点取っ て逆転。TBAは塁に進むものの点数に結び つかず2回から4回まで無得点が続いた。

 8対7の接戦で迎えた5回。先攻TEMA TTCは思うように塁に進めず無得点。「1 点差。行けるよ!」の明るい声とともに 最終攻撃に移ったTBAは、決戦の局面で ありながら球を良く選び同点に持ち込ん だ。ベンチの興奮は最高潮。その熱気に 押されるように、ランナーが次々に塁に 進み満塁逆転のチャンス。焦ることなく チャンスを生かして見事に逆転勝利を収 めた。TBAのキャプテンは「昨年2位で、 今回と同じTEMA TTCにボロ負けしました。 今日はみんなの力で優勝できました。勝因 はチームワークの良さです。」と喜びの コメントを寄せた。

 同時に行われた3位決定戦。Samurai Detroit対桜組の試合は優勝決定戦以上の 大きな歓声が度々上がり盛り上がりをみ せた。ソフトボール好きが集まったチー ム同士の対決となり、本大会最後の試合 を心から楽しむ様子が見られた。結果は Samurai Detroitの攻撃を抑えて各回着々と 点を重ねた桜組が11点差で勝利を得た。

表彰式では、上位4位のチームに賞状と副賞が贈られ、優勝チームには歴代の優勝チーム名が刻まれた歴史ある優勝カップが渡された。最後に大会の担当者から、運営がスムーズに進んだとの言葉が伝えられ、拍手で幕を閉じた。

 

 

4月16日:Depression and Elegant Glass Show and Sale

4月16日:Depression and Elegant Glass Show and Sale

new show card for 2016 opDepression and Elegant Glass Show and Sale!

Date: April 16, 2016 & April 17, 2016

Times: Saturday from 10AM to 5PM & Sunday 11AM to 4PM

Location: 876 Horace Brown Drive Madison Heights MI

About: 26 dealers specializing in Depression & Elegant Glass

冬季室内テニスサークル「ウィンターリーグ」のご紹介

冬季室内テニスサークル「ウィンターリーグ」のご紹介

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長~いデトロイトの冬、スポーツをしたくてもなかなか機会がない、今回はそんな方にお勧めのテニスサークルを紹介します。

「ウィンターリーグ」は30年以上の歴史を持つテニスサークルで、10月上旬~翌年4月中旬の土曜日午後6時~8時に、The Sports Club of West Bloomfieldの屋内コート10面を使って練習と試合を行っています。

当リーグでは現在メンバー募集中で、経験者はもとより簡単なラリーができる方であればどなたでも参加いただけます。社会人だけでなく、もちろん中高大生の参加も大歓迎です。

毎年60名程度の参加者があり(ほとんどが日本人)、初級者から腕に覚えのある人まで多様な顔ぶれとなっています。

30分程度の練習の後、同じコート内の全員と組めるよう30分3試合(ダブルス)を行うシステムです。試合の組み合わせ作成に際しては、自分と同等レベルのメンバーと対戦するように配慮されるので、ビギナーが上級者と対戦するということはありません。

また、出張や旅行などで参加できないときは、ほかのメンバーに代理をお願いすることができるので安心です。

さらに、飲み会やその他イベントが頻繁に催されるなど、テニスを通じて様々な人々との交流を深められるのも大きな魅力の一つです。

今年度の参加費は、Sports Club年会費

$150(当リーグ参加者は約2割引)、リーグ期間中2時間×20回のコート使用料$150、リーグ運営費(ボール代や賞品代)$15です。Sports Clubメンバーはもちろんロッカールームやシャワー、サウナを使い放題、リーグ時以外のコート使用料も割安です。

屋外でプレーできる夏の間は、13 mile x

Farmington Rd北東の North Farmington高校のコートにて自由参加で練習していますので(毎週土曜日朝9時からと、日曜日夕方5時から)、こちらへのご参加もお待ちしています。

興味を持たれた方やご質問のある方は、大野(shinyaohno41@gmail.com)または酒井(tadashi.sakai@nhk-intl.com)までお早めに(遅くとも9月中旬までに)ご連絡ください。また、興味をお持ちになりそうなお知り合いに本記事をご紹介いただけると幸いです。先着順でメンバーを確定し、定員の60名に達し次第締め切らせていただきます。

健康を維持でき、人の輪も広がり、ひいては地域コミュニティーの活性化につながる当リーグへの参加、ぜひ前向きにご検討ください。

多数のご応募をお待ちしております!

JETプログラム参加者 壮行レセプション

 去る8月3日、JETプログラム参加者の直前オリエンテーションと歓送レセプションが在デトロイト総領事公邸で開催された。デトロイトから出発し日本へ向かうJET参加者たちを送り出した。

 JETプログラムとは「The Japan Exchange and Teaching Programme」の略称で、JET参加者は言語指導員(ALT)、国際交流員、そしてスポーツ交流員(SEA)3つの職種に分かれており、北米からは主にALT とCIRとして派遣される。外国語教育の充実と地域の国際交流の推進を図ることを通し、日本と諸外国との相互理解の増進と日本の地域の国際化の推進を目的として、昭和62年度に開始された。一般財団法人自治体国際化協会、総務省、外務省、文部科学省などの協力の下で拡大し世界でもっとも幅の大きいプログラムの1つとなっている。1987年に4か国から848名の参加で始まり、32年目となった今年、その招致国は10倍以上の国を数えるようになり、事業は大きく発展してきた。派遣先は、要請を出した地方公共団体の何処かで、大都市から地方の中小都市や農村漁村に至るまで全国津々浦々である。

 今期の当地(ミシガン州とオハイオ州)からの参加者は49名にのぼった。歓送レセプションの前には、渡航に関する注意事項を含めたオリエンテーションも行われた。レセプションには日本語教師、姉妹州県関係にある滋賀県の職員、そして当地のJET経験者の組織であるGreat Lakes JET Alumni Associationの代表者が列席し、応募が通って日本行きが叶った参加者を祝うとともに、日本滞在中に役立つ情報のみならず将来に向けた情報を提供した。

 レセプションでは、酒井周成領事より、国際交流が進む世界で、異文化理解とコミュニケーションは重要であり、その促進のために貢献して欲しいとのメッセージが伝えられた。

 異国での任務を決意し国際交流に役立とうという意欲に溢れるJETプログラム参加者らが日米両国の架け橋として成果を上げることを期待したい。そして、彼らと接する日本人が互いに好感を得て、親しみと理解が増すことを心から願いたい。

 地域や住民に密着した日本を実体験した参加経験者らは、母国に帰った後、日本研究者とは違った知日家、親日家として様々な分野で活躍し、日本と母国との間の貴重な橋渡し役となっている。ミシガン州でも多数の帰還者が総領事館をはじめ日系企業や日本と関連した職に就き活躍している。

 

JBSD文化部会主催 Music Festival 2015JBSD文化部会主催 Music Festival 2015

<!--:en-->JBSD文化部会主催 Music Festival 2015<!--:--><!--:ja-->JBSD文化部会主催 Music Festival 2015<!--:--> 5

    今季一番とも囁かれた厳しい冷え込みとなった2月15日(日)朝、ノバイ市11 マイルロードに位置するノバイミドルスクールの講堂裏の通用口には、続々と機材を積載した車が集合しはじめていた。毎年恒例の文化イベントとして定着してきているデトロイト日本商工会による音楽の祭典は、今年は2月中旬に期日が定められ、野外は雪と氷の厳しい冬景色の中での準備、そして開催となった。出演者兼プロデューサーの参加者たちは、まばゆいばかりの陽が雪を反射させる中、白い息を吐きながら力を合わせ、黙々と機材を搬入し、それぞれの準備と舞台のセッティングが進められた。

   午後2時。クラッシイなベテランの雰囲気を醸し出した司会の三者から開幕が告げられた。最初に登場した「りょういち」は、ノバイハイスクールの12年生。ノミサイズの心臓をセミサイズに、との親御さんの願いを叶えるべく2度目の出場。

「一週間に一度か一ヶ月に一度しか練習しません」とコメントしながらも、リストの「ため息」、ラフマニノフの「鐘」の大曲を2曲、清々しく堂々と弾ききった。ピアノの他にもフルート演奏を楽しむという 音楽好きの諒一君には司会者とファンより、大好物というポテトチップスソルトビネガー味が贈られた。

   前回の音楽祭には5名の男声で出場した「音もだち合唱団」には今回女声が加わり、総勢17名のエントリー。緩急の構成の変化とストーリー性も豊かに、ポピュラーなナンバーと木下牧子作曲の合唱曲が2曲ずつ、魅力を満載した繊細な響きが会場いっぱいに届けられた。パティシェであるメンバーの創作するチーズケーキが大好きという、また、二週間前に行われたコンサートのためにも、毎週末集まり練習を重ねて来たという、素敵な老若男女の丁寧なハーモニーが、とても美しかった。

   デトロイトりんご会補習授業校で数学と物理の教師も務める「ショパン三世」は、前日が期末試験の指導明けであったとのスケジュールの疲れも見せず、落ち着いた力強い演奏を披露した。珠玉の名曲ドビュッシーのアラベスク第1番、そしてシューベルトの即興曲作品90の2を正確なタッチで弾きこなした。家では真っ白でふわふわのスピッツ2匹が、練習曲に合わせて歌ってくれるとのほのぼのエピソードも披露された。

  優れた作品と演奏を聴衆へ披露するスタイルからがらり雰囲気が一変。ステージ中央へ一人、小ぶりなアコースティックギターを抱え椅子に腰掛けた「KCB」は、観客と同じ目線へ降り、親しみのあるトークをぽつりぽつり交えながら、会場いっぱいに沸いた手拍子とあちこちから飛ぶ声援に支えられ、90年代の和ロックを弾き語った。通常の4人のエントリーからハプニング続きで「ひとりKCB」となったが、中1の時にギターを買い弾き語りはじめて以来という音楽との付き合いが、 ここデトロイトで大きく花開いた。

    今回初のエントリーとなった「The Motor Inn」はミシガンで結成された日米墨の多国籍バンド。楽器の担当も一部入れ替わりながら慣れた英語の解説に乗り、心地良くバランスのとれた、リズミカルで懐かしいモータウンサウンドやオリジナル曲が、暖かく講堂いっぱいに広がった。普段のセッションや練習にも、日本の歌謡曲好きのロシア人など国際色豊かな仲間が出入りし、人と会えるのがとても楽しみな集いの場という環境。このJBSD音楽祭への出場をきっかけに出会えた仲間という。

   お茶の間で楽しめるロックを目指し前進あるのみ、日々是驀進の最強プレーヤーズの「K’s」。レザーとメタルにカラフルなグラムが加わり、見た目も楽しい動きのあるステージで終始観客を飽きさせず、「最高のハードロックを極上のスパイスと共に」ヘビーなサウンドを響かせた。手拍子と応援の歓声で会場が熱く沸く中、笑いやアンコールも含め1970年代から近代までの選曲。経験豊かな成人の大きな音の遊びは「スーパーロックバンド」の前評判通りのパフォーマンスであった。

   レギュラー出演のB4メンバーに久しぶりの出場のロートルズを加えた編成で登場した「B4withロートルズ」。「B4」はブルームフィールドブルースブラザーズバンド、また「ロートル」とは老人という意味の中国語で、出場エントリーの中では堂々の平均年齢最年長バンド。厚みの増したお馴染みのB4節を大人の雰囲気たっぷりに奏で、トリを飾った。

   フィナーレには出演者全員がステージに上がり、全体合唱「明日があるさ」を会場と一体となって歌い、拍手の中賑やかな音の祭典は閉幕した。将来のこのイベントの更なる進化と発展が楽しみである。

    今季一番とも囁かれた厳しい冷え込みとなった2月15日(日)朝、ノバイ市11 マイルロードに位置するノバイミドルスクールの講堂裏の通用口には、続々と機材を積載した車が集合しはじめていた。毎年恒例の文化イベントとして定着してきているデトロイト日本商工会による音楽の祭典は、今年は2月中旬に期日が定められ、野外は雪と氷の厳しい冬景色の中での準備、そして開催となった。出演者兼プロデューサーの参加者たちは、まばゆいばかりの陽が雪を反射させる中、白い息を吐きながら力を合わせ、黙々と機材を搬入し、それぞれの準備と舞台のセッティングが進められた。

   午後2時。クラッシイなベテランの雰囲気を醸し出した司会の三者から開幕が告げられた。最初に登場した「りょういち」は、ノバイハイスクールの12年生。ノミサイズの心臓をセミサイズに、との親御さんの願いを叶えるべく2度目の出場。

「一週間に一度か一ヶ月に一度しか練習しません」とコメントしながらも、リストの「ため息」、ラフマニノフの「鐘」の大曲を2曲、清々しく堂々と弾ききった。ピアノの他にもフルート演奏を楽しむという 音楽好きの諒一君には司会者とファンより、大好物というポテトチップスソルトビネガー味が贈られた。

   前回の音楽祭には5名の男声で出場した「音もだち合唱団」には今回女声が加わり、総勢17名のエントリー。緩急の構成の変化とストーリー性も豊かに、ポピュラーなナンバーと木下牧子作曲の合唱曲が2曲ずつ、魅力を満載した繊細な響きが会場いっぱいに届けられた。パティシェであるメンバーの創作するチーズケーキが大好きという、また、二週間前に行われたコンサートのためにも、毎週末集まり練習を重ねて来たという、素敵な老若男女の丁寧なハーモニーが、とても美しかった。

   デトロイトりんご会補習授業校で数学と物理の教師も務める「ショパン三世」は、前日が期末試験の指導明けであったとのスケジュールの疲れも見せず、落ち着いた力強い演奏を披露した。珠玉の名曲ドビュッシーのアラベスク第1番、そしてシューベルトの即興曲作品90の2を正確なタッチで弾きこなした。家では真っ白でふわふわのスピッツ2匹が、練習曲に合わせて歌ってくれるとのほのぼのエピソードも披露された。

  優れた作品と演奏を聴衆へ披露するスタイルからがらり雰囲気が一変。ステージ中央へ一人、小ぶりなアコースティックギターを抱え椅子に腰掛けた「KCB」は、観客と同じ目線へ降り、親しみのあるトークをぽつりぽつり交えながら、会場いっぱいに沸いた手拍子とあちこちから飛ぶ声援に支えられ、90年代の和ロックを弾き語った。通常の4人のエントリーからハプニング続きで「ひとりKCB」となったが、中1の時にギターを買い弾き語りはじめて以来という音楽との付き合いが、 ここデトロイトで大きく花開いた。

    今回初のエントリーとなった「The Motor Inn」はミシガンで結成された日米墨の多国籍バンド。楽器の担当も一部入れ替わりながら慣れた英語の解説に乗り、心地良くバランスのとれた、リズミカルで懐かしいモータウンサウンドやオリジナル曲が、暖かく講堂いっぱいに広がった。普段のセッションや練習にも、日本の歌謡曲好きのロシア人など国際色豊かな仲間が出入りし、人と会えるのがとても楽しみな集いの場という環境。このJBSD音楽祭への出場をきっかけに出会えた仲間という。

   お茶の間で楽しめるロックを目指し前進あるのみ、日々是驀進の最強プレーヤーズの「K’s」。レザーとメタルにカラフルなグラムが加わり、見た目も楽しい動きのあるステージで終始観客を飽きさせず、「最高のハードロックを極上のスパイスと共に」ヘビーなサウンドを響かせた。手拍子と応援の歓声で会場が熱く沸く中、笑いやアンコールも含め1970年代から近代までの選曲。経験豊かな成人の大きな音の遊びは「スーパーロックバンド」の前評判通りのパフォーマンスであった。

   レギュラー出演のB4メンバーに久しぶりの出場のロートルズを加えた編成で登場した「B4withロートルズ」。「B4」はブルームフィールドブルースブラザーズバンド、また「ロートル」とは老人という意味の中国語で、出場エントリーの中では堂々の平均年齢最年長バンド。厚みの増したお馴染みのB4節を大人の雰囲気たっぷりに奏で、トリを飾った。

   フィナーレには出演者全員がステージに上がり、全体合唱「明日があるさ」を会場と一体となって歌い、拍手の中賑やかな音の祭典は閉幕した。将来のこのイベントの更なる進化と発展が楽しみである。

仏教の六感展 開催中 @ ミシガン大学美術館

ミシガン大学美術館において、仏教美術に関する特別展『The Six Senses of Buddhism:仏教の六感展』が6月末まで開催されている。

ミシガン大学美術館(University of Michigan Museum of Art)は通称UMMAとして学生に限らず一般に公開し親しまれている。今期はUMMAが所蔵しているコレクションの中から、仏教の修行や祈祷に使われた品々を人間の五感および第六感に訴える展示を工夫し紹介している。

この特別展に関連して、さる5月2日、デトロイト日本商工会とJAPAN CULTURAL DEVELOPMENT(日本文化開発)、そしてUMMAとの共催による特別講演会が催された。UMMAのアジア美術学芸員であるDr. Natsu Oyobe(及部奈津博士)が講師を務め、多数の画像を映し出し、日本語で解説がなされた。

講演では及部氏により、日本近代美術史の博士として学芸員を務めているがアジア担当者は一人であるため、広くアジア全域、時にはイスラム圏も担当していることなど、略歴と紹介に続けて、UMMAの概要が伝えられた。

UMMAは一世紀以上も前の1910年にオープンした歴史ある美術館で、2万2千点という収集品のうち、アジア関連が6千点あり、その中で中国が最大であるが、日本関連1800点という数は州内では最大とのこと。2009年に新館が増築され、それまでスペースの問題で展示が難しかった収集品が表に出ることが叶った。アジア美術セクションはいずれも新館に設けられている。

今回の仏教の六感展では、仏教に関わる道具や装飾品、絵画がどのように我々に訴えているかを、六感に注目して紹介している。

視覚は美術品の鑑賞そのものであるが、聴覚としては、右写真のベル『五胡鈴(ごこりん)』の展示にあわせて、録音したベルの音を流している。鈴など、仏教の儀式に使われる音は、邪気を取り払ったり、幻想を打ち砕いたりし、魂を導く効果がある。実物には触れられないが、ミシガン大学工学部内のラボの協力を得て、自由に触ることのできる3Dコピーを用意。実物のブロンズにかなり近いものが完成したとのことで、美術品の鑑賞と合わせて、さまざまな技術が進んだ現代ならではの楽しみ方を提供している。

次に嗅覚。今回は中国の清代の染付香炉や、明代の青磁香炉、江戸時代の獅子型の香炉など、国も時代も異なる作品を展示している。会場には香りを印刷したカードが用意されており、“嗅ぐ体験”が可能。ちなみに、明代の青磁はDomino’s Pizza Inc.寄贈であるが、美術品収集に凝ったドミノピザ創業者、トム・モナハン氏のアートアドバイザーを先々代のUMMAアジア美術学芸員が請け負い、その際に結んだ契約によって80点ほどの美術品寄贈を後に得たとの話。同美術館のかなりのコレクションが研究者やコレクターからの寄贈によるものだそうで、大学の美術館でありながら、量的にも質的にも充実している理由が知れた。

味覚に関しては、この特別展では“お茶”に注目して展示。健康効果に加え、長時間にわたる仏教の修行を乗りこえるためにカフェインが重用されたという。中国宋代の白磁茶碗と日本の楽焼の茶碗という対照的な展示によって、茶葉で淹れる中国茶が、日本に伝わって、抹茶を点てて飲むものに変わったゆえ、茶碗の形状も変わったことを示している。また、より素朴な土っぽい作風が好まれるようになったことも見て取れる。味覚はここでは体験できないが、同大学の学生が制作した陶器の小片に触れる工夫が施されている。

触感についての展示としては、禅僧が身にまとう絡子(らくす:禅宗で得とくをした平信徒が付けることが許される袈裟[けさ])の横に、触ることのできる緞子の布を置いてある。きらびやかでありながらパッチワーク(継ぎ接ぎ)であるのは、仏陀が王子という裕福な出生であったことと、遁世者として出家してからの貧しい生活を示唆しているとのこと。

さて、仏教における第六感とは。心で捉えるという、最も重要な部分であるが、『当麻曼荼羅』の絵図(右下写真)を例に、もとになっている中将姫伝説の内容と、制作当時に実在した寺院や風景を忠実に描くことで、熱心に信心する尊さを示唆する効果が生まれる。このように、絵画は僧が人々の第六感に訴え、人々を諭すのに利用された。

仏教における五感および第六感に訴える品々の背景や意味が理解できたる分かりやすい講演内容であった。

UMMAの日本ギャラリースペースは、年に2、3回、テーマを決めて展示内容を入れ替えている。5月現在は“富士山”がテーマで、葛飾北斎の富嶽三十六景から『甲州石班澤(こうしゅうかじかざわ)』、そして、戦後日本を代表するグラフィックデザイナー福田繁雄の作品などが展示されている。茶道具も展示中。

UMMAは版画のコレクションも充実している。また、アートクラスやセミナー、パフォーミングアートや音楽のイベントも多数開催している。WEBでチェックを!

www.umma.umich.edu

仏教の六感展      

期間:3月23日(土) – 6月30日(日)

場所:University of Michigan Museum of Art (ミシガン大学美術館)

525 South State Street Ann Arbor 48109

時間:火ー土:11:00 am – 5:00 pm、日:12:00 pm – 5:00 pm

「桜ノバイ」プロジェクト 構想実現に向けて
オンライン署名活動実施中

Sakura Novi Land Development LLC

ミシガン州ノバイ市の大型アジア系不動産開発「桜ノバイ」実現に向け、開発グループであるSakura Novi Land Development, LLCは、現在ノバイ市と協力して土地区画変更を含む更なる議案承認へ向け最終段階の調整を行っている。

「桜ノバイとは?」Japan News Clubニュース倶楽部記事(日本語):こちらをクリック
What is “Sakura Novi?”  Japan News Club Article (English)Click here

KDDIアメリカ(ミシガンオフィス)は、この度開発グループ代表のスコット・エイケンズ氏と対談を行い、5月24日のノバイ市議会へ向け、多くの住民の声を届けるべく、この開発実現に向けたオンライン署名を始めたと話した。

同開発がノバイ市の継続的な発展となることへ、『YES!』の声を届けたい場合は下記より署名を。

署名は下記リンクより(英語対談の最下部):https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeJWC8yJD3JEdo3mYyLvZo5ZmvBWZ5SiWi7WtMBREjzbXzTsg/viewform?gxids=7628

ホイットマー州知事 アジア太平洋系アメリカ人委員会 会長に 日系アメリカ人の 正木俊樹氏 を任命

 昨年よりミシガン州オークランド郡経済開発&地域問題部のプロジェクトアドバイザーとしても活躍中であった日系アメリカ人の正木俊樹氏が、今年に入った1月半ば、ミシガン州知事グレチェン・ホイットマー氏により、アジア太平洋系アメリカ人委員会(Michigan Asian Pacific American Affairs Commission)会長に任命された。正木氏は2012年から、同委員会のコミッショナーのひとりとしてさまざまな活動を担っていた。今後はアジア系アメリカ人代表として、アジア太平洋系アメリカ人と知事、州議会や他機関の間のパイプ役として委員会の指揮をとる。ミシガン州オークランド郡デビッド・コールター郡長も、正木氏の任命に対し「オークランド郡は、正木氏のような経験を持つ才能あるスタッフが揃い光栄」とし祝福した。委員会は、住民によって提起された懸念や問題を適切な場所に伝え、利用可能なさまざまな州のサービスとリソースを説明するというもの。

「簡単に言えば、委員会はアジア系アメリカ人コミュニティのメンバーを支援するために存在しています(アジア系ミシガン州民を支援する意)。私たちの焦点の多くは、助けを必要とする移民に当てられています。」と正木氏。最近の取り組みの例としては、オバマケアの関連援助、いじめ対策ワークショップ、国勢調査の啓発、その他、アジア太平洋諸島系アメリカ人文化(APA)を祝うためのAPAリーダー感謝祭をはじめとする歴史文化イベント、州議会議事堂での年次APA Heritage Month Celebrationも大切なイベントのひとつ、と言う。また、第二次世界大戦中の日系アメリカ人強制収容の不当性に最高裁判所まで挑んだ最も著名なアジア系アメリカ人の公民権指導者、フレッド・コレマツ氏に対し、知事はコレマツ・デーとして記念する宣言を発行。今年は1月30日にディアボーン高校のイベントでその発表を行ったところだと言う。

 この任命に関して「自分自身よりも、ミシガン州の日系アメリカ人コミュニティ全体を代表して非常に誇りに思っています。」と喜びのことばを語り、他のアジア系アメリカ人(中国系・インド系・韓国系ほか)に比べ少数派の日系アメリカ人として選ばれたことに対して特別な思いを語った。また、他の20名の素晴らしいコミッショナーグループと協力して課題に取り組めることを幸運だ、と話した。

 また、議長としての責任の重さにも言及。「私はその責任を理論的には理解していますが、理解と経験はまったく異なります。最大の違いは、1つ、2つのプロジェクトを実行するだけではなく、すべてのイニシアチブの作業自体が委員会の中核の優先事項と全体的にバランスが取れ、一貫していることを確認する必要があることです。コミッショナーは4つの戦略グループに分かれており、それぞれ核となるミッションに焦点を当てているため、各グループが均等にリソースを割り当てられ、コミッショナーの専門知識を活用してミッションを達成する必要があるのです」と語った。

 正木氏は他にも、日系アメリカ人市民連盟(the Japanese American Citizens League)のデトロイト支部長、中西部地区カウンシル理事、および日米評議会のリーダーを務める。Ford Motor Co.に31年間勤務。カリフォルニア大学とミシガン大学で修士号、マサチューセッツ工科大学では学士号を取得。2012年に同委員に任命され、それ以前は州健康情報技術委員会所属であった。

ミシガン大学日本学生会主催の日本文化祭

ミシガン大学日本学生会主催の日本文化祭 1

IMG_0017ミシガン大学のJSA(Japan Student Association:日本学生会)主催による日本文化祭が4月2日(土)に開催された。当イベントはキャンパス内で行なわれているが、学生に限らず一般公開のうえ入場無料。デトロイト日本商工会、ミシガン大学の日本研究センターがスポンサーになっており、その代のメンバーのアイデアで内容を変えながら恒例で行なわれている。

IMG_6052今年のテーマは「日本昔話」。雪女、桃太郎などの昔話を中心に会場に4つのブースを設置し、ゲームやパフォーマンス、食べ物など盛りだくさんな内容が提供され、カラフルな創作スペースに包まれた会場は賑わいをみせた。

‘浦島太郎’のコーナーでは折り紙の魚を粘着テープを付けた糸で釣るゲーム、そして、タコ型のウィンナーが提供され、また、‘雪女’のコーナーでは、雪の結晶型の切り絵を割り箸鉄砲で当てるゲーム、そして、かき氷、といった具合に、アイデア溢れるアクティビティーや食べ物が並んでいた。
IMG_607217834138_630817303795200_956831404018793888_o書道(毛筆)の体験コーナーでは、同大学の日本語の教師陣がサポートに入り、日本語のクラスを履修している学生たちが手ほどきに当たっていた。画数の多い文字に挑戦している人が多く、教える方も真剣そのもの。アジア系の男子学生に声をかけたところ、台湾からの留学生で、「漢字は知っているが、毛筆は初めて」とのこと。学校では習わないのだそうだパフォーマンススペースでは、3つのグループがパフォーマンスを届けた。1番手は、森みゆきさん率いるミュージックパフォーマンスグループ“Dream Singers”メンバーの内の7人による可愛さ溢れる『心の空』そして、大ブレークしている『ペンパイナッポーアッポーペン』『Love Your Life』『南中ソーラン節』。手話が添えられている『Love Your Life』では観客に手話を伝授し、視聴するだけではない場が生まれた。大学生の同好会‟Ontaku:オンタク“は、管楽器や弦楽器で、日ごろ演奏を楽しんでいるアニメミュージックを中心に演奏を披露。日本の人気アニメ『名探偵コナン』の曲に合わせて、口ずさんでいた米人の観客もおり、心地よいスイングに会場が和んだ。

IMG_6066しばらく経って、それぞれの担当場所からJSAのメンバーが招集され、パフォーマンスの締めを飾って『ソーラン節』を踊った。Dream Singersと演目が被ったが、こちらは学生らしいダイナミックさで動きにも独自の変化を付け、少女らとは異なるパフォーマンスを繰り広げた。縦長の、広いとは言えないスペースで、長い手足がぶつかりそうであったが、お互いに配慮し、チームワークの良さを見せていた。

DSC_6207_editedJSAは日本人会ではなく、日本語や日本に関心のある学生の同好会で、人種や文化背景の多様な学生が交流や学習のために集まっている。この日本文化祭は彼らの活動の中で、一年を締めくくる集大成ともいえるイベントで、数ヶ月にわたってアイデアを出し合い、準備を進めてきたそうだ。当日JSAのメンバーは運営と食べ物づくりなど提供役に徹して動きまわっていた。今年はテーマが「日本昔話」ということで、紙芝居、ブースの装飾など、一見して手間暇を掛けたと分かる絵や創作物で溢れていた。「子どもたちが楽しんでもらえれば嬉しい」と会長を務める鈴木道子さんが事前に話していたが、子どもはもちろん、老若男女、人種を越えて楽しむ姿があった。年齢の壁を越えて多くの人に日本文化を紹介し、楽しい時を提供しようとする意識が伝わってくる日本文化祭であった。

12/08/2013: JBSD Music Festival 201312/08/2013: JBSD Music Festival 2013

JBSD Music Festival 2013 – Sunday December 8th, 2013 Doors open @ 1:30PM

Free Admission

Novi Middle School Auditorium

49000 11 Mile Road, Novi, MI 48374

Learning Japanese Etiquette in America日本を離れてマナーを見直す ~礼法勉強会

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 柔らかな春の光が溢れる4月末日、日本人の個人宅を会場にして礼法勉強会が催された。「アメリカでの暮らしになれてしまうと、ついつい日本人らしい立ち居振る舞いを忘れがちになります。日頃何気なく実践しているちょっとした行儀や作法、言葉遣い・・・本当に正しく身についているかしら?・・・あらためて見直してみたい貴女のための勉強会です。」との呼びかけで、好ましい挨拶(おじぎ)の仕方、よそのお宅を訪問する際の心得、和室における作法など、基本的なマナーについて、2時間ほどの限られた時間で講話と実習がなされた。会場となったお宅は、アメリカの住宅内に畳を敷き詰めた和室をしつらえている、礼法のお稽古に最適な家。講師には、日本で「装道礼法」高等師範科を修了し、装道礼法講師の資格をもつ松嵜美穂さんを迎えた。決まりごとの意図や理由についても折々に説明が添えられ、日本のマナー、さらには日本の美学を見直す貴重な機会になった。

  「装道」という言葉を耳にしたことがない人も多いのではないだろうか。かつては、ごく日常的なきものを装う文化は、生活の中で母から娘へと、その技術のみならず礼儀作法をも伝えていたが、戦後、その文化はきものの装いとともに断絶寸前になりつつあった。「装道」とは、山中典士氏なる人物が、日本独自の美をもつきもの文化が滅びることを憂慮し、1964年に創立した、茶道や華道に比べて新しい、時代の移り変わりの中で生まれた‘道’といえる。着付けに留まらず、きものの心や「愛・美・礼・和」の智慧を次世代へ、さらに世界に伝えている。「装道礼法」自体は新しいが、古来の伝統的な武士の作法を元に、所作を女性的に改良したものだそうだ。昨今、教育の現場で、伝統を重んじる流れの中、授業にも取り入れられているということ。

 奥が深い礼法の世界であるが、この日は装道についての簡単な説明の後、まず、教則本『センスアップマナー』の中から、‘礼(おじぎ)’と訪問宅でのマナーについて読み進めた。洋室や戸外でする立礼と日本間での坐礼があるが、いずれも「より深く頭を下げれば丁寧でベター」というわけではなく、相手や状況に応じて傾け方が変わり、また、視線(他に向けないこと)も大切、「姿勢を良く」が基本、などなど、実習も交えて確認していった。形は心の現われ。人と快く関わろうとする思いや感謝の気持ちなど、相手を思いやる気持ちを形で示すことが‘礼’の根底にある。続いて訪問のマナーとしてコート類や靴の扱い、挨拶や手土産を渡すタイミングなどについて学んだ。部屋には上座下座があって座順には配慮が必要なことや座布団の扱いなどは、日本の習慣では最も基本的なこと。場数を踏んで身につけることが何よりだが、海外生活にあっては、帰国時に備えて本などでリヴューしておく必要がありそうだ。

 ちなみに、装道礼法きもの学院が行なっているセンスアップマナー講座や、履歴書にも記載できるマナー検定は、当節、若い女性の人気を集めているそうだ。

 ルールを丸暗記しようとするとややこしく感じてしまうが、失礼のないように、和を乱さないようになどといった配慮を元に考えれば、理解し易い。

 この日講師を務めた松嵜さんはきものを持っているのに自分で着ることができないことを残念に思って、装道礼法きもの学院に通い始め、着付けを習うに留まらず、師範科まで修了し「きものコンサルタント」の資格も取得した。松嵜さんは「マナーは規則ではなく、集団の約束ごとであり、暗黙の了解のもとに成り立っています。人との関わりを気持ちよく、スムーズにしようという気持ち、相手を気づかい、いたわる心が大元になっています。マナーをより儀礼的な約束ごとにまで発展したのが礼法です。」と説明してくださった。

 茶道の作法とも異なるルールがあるそうだが、「招かれた時には分かる限り相手方のやり方に合わせる」「たとえ違っていても、失礼にならないように心がけて振舞うことが大切」ということだ。国が異なれば‘礼’を含む慣習も差異があり、グローバルな社会ではあまり役に立たないと考える人もいるが、自国の文化が分かってはじめて、他を理解し尊重することができる。対人関係のルールには、その土地や国の人々が何を大切にしているかが現れている。海外に居るからこそ、日本人が大切にしてきた伝統について、奥義を極めるまではいかずとも、理解を深めたいものだ。

 柔らかな春の光が溢れる4月末日、日本人の個人宅を会場にして礼法勉強会が催された。「アメリカでの暮らしになれてしまうと、ついつい日本人らしい立ち居振る舞いを忘れがちになります。日頃何気なく実践しているちょっとした行儀や作法、言葉遣い・・・本当に正しく身についているかしら?・・・あらためて見直してみたい貴女のための勉強会です。」との呼びかけで、好ましい挨拶(おじぎ)の仕方、よそのお宅を訪問する際の心得、和室における作法など、基本的なマナーについて、2時間ほどの限られた時間で講話と実習がなされた。会場となったお宅は、アメリカの住宅内に畳を敷き詰めた和室をしつらえている、礼法のお稽古に最適な家。講師には、日本で「装道礼法」高等師範科を修了し、装道礼法講師の資格をもつ松嵜美穂さんを迎えた。決まりごとの意図や理由についても折々に説明が添えられ、日本のマナー、さらには日本の美学を見直す貴重な機会になった。

  「装道」という言葉を耳にしたことがない人も多いのではないだろうか。かつては、ごく日常的なきものを装う文化は、生活の中で母から娘へと、その技術のみならず礼儀作法をも伝えていたが、戦後、その文化はきものの装いとともに断絶寸前になりつつあった。「装道」とは、山中典士氏なる人物が、日本独自の美をもつきもの文化が滅びることを憂慮し、1964年に創立した、茶道や華道に比べて新しい、時代の移り変わりの中で生まれた‘道’といえる。着付けに留まらず、きものの心や「愛・美・礼・和」の智慧を次世代へ、さらに世界に伝えている。「装道礼法」自体は新しいが、古来の伝統的な武士の作法を元に、所作を女性的に改良したものだそうだ。昨今、教育の現場で、伝統を重んじる流れの中、授業にも取り入れられているということ。

 奥が深い礼法の世界であるが、この日は装道についての簡単な説明の後、まず、教則本『センスアップマナー』の中から、‘礼(おじぎ)’と訪問宅でのマナーについて読み進めた。洋室や戸外でする立礼と日本間での坐礼があるが、いずれも「より深く頭を下げれば丁寧でベター」というわけではなく、相手や状況に応じて傾け方が変わり、また、視線(他に向けないこと)も大切、「姿勢を良く」が基本、などなど、実習も交えて確認していった。形は心の現われ。人と快く関わろうとする思いや感謝の気持ちなど、相手を思いやる気持ちを形で示すことが‘礼’の根底にある。続いて訪問のマナーとしてコート類や靴の扱い、挨拶や手土産を渡すタイミングなどについて学んだ。部屋には上座下座があって座順には配慮が必要なことや座布団の扱いなどは、日本の習慣では最も基本的なこと。場数を踏んで身につけることが何よりだが、海外生活にあっては、帰国時に備えて本などでリヴューしておく必要がありそうだ。

 ちなみに、装道礼法きもの学院が行なっているセンスアップマナー講座や、履歴書にも記載できるマナー検定は、当節、若い女性の人気を集めているそうだ。

 ルールを丸暗記しようとするとややこしく感じてしまうが、失礼のないように、和を乱さないようになどといった配慮を元に考えれば、理解し易い。

 この日講師を務めた松嵜さんはきものを持っているのに自分で着ることができないことを残念に思って、装道礼法きもの学院に通い始め、着付けを習うに留まらず、師範科まで修了し「きものコンサルタント」の資格も取得した。松嵜さんは「マナーは規則ではなく、集団の約束ごとであり、暗黙の了解のもとに成り立っています。人との関わりを気持ちよく、スムーズにしようという気持ち、相手を気づかい、いたわる心が大元になっています。マナーをより儀礼的な約束ごとにまで発展したのが礼法です。」と説明してくださった。

 茶道の作法とも異なるルールがあるそうだが、「招かれた時には分かる限り相手方のやり方に合わせる」「たとえ違っていても、失礼にならないように心がけて振舞うことが大切」ということだ。国が異なれば‘礼’を含む慣習も差異があり、グローバルな社会ではあまり役に立たないと考える人もいるが、自国の文化が分かってはじめて、他を理解し尊重することができる。対人関係のルールには、その土地や国の人々が何を大切にしているかが現れている。海外に居るからこそ、日本人が大切にしてきた伝統について、奥義を極めるまではいかずとも、理解を深めたいものだ。

COVID-19とこれからの生活 
覚えておきたいNEW NORMALの基本 

シガン州を含めて、アメリカの多くの州で、新型コロナウィルスのワクチンも治療も確立していない中、経済への配慮から、自粛規制は徐々に解除されつつありますが、いつまた大量感染の波がきてもおかしくない、という状況です。

ミシガン州は、6月15日から、レストランも再開し、美容院なども現在は再開しています。規制が緩和された状態で、感染者数を抑えておけるかどうかは、今後数週間の動向を見守る以外にありません。感染者数や死亡者数の数が増えてくるのは数週間遅れてきます。

テキサス州は4月末から徐々に規制を解除してきましたが、6月に入り、感染者数が爆発的に増加し、再規制を余儀なくされました。フロリダ州も5月初めから徐々に規制解除してきましたが、6月中に感染者が指数的に増えてきました。

ミシガン南東部は、飲食店が営業を始めてまだ2週間ですが、既にランシング近郊のバーでのクラスターが報告されています。では、どうすれば、感染がまた増えてもとのロックダウンに戻らないようにできるのでしょうか。

いわゆる、「New Normal」の基本は次のとおりです。

1. 屋内では必ずマスクをする

2. 家族以外の人とは2メートル離れる

3. 会食をする場合など、マスクをしたまま食べることは不可能なので、外すことになりますが、1.8メートル離れていることが推奨されています。

4. お酒を飲むと、細かいことが気にならなくなるので、家族以外の人と一緒にアルコール性飲料を飲むことは、なるべく避けましょう。飲み物やフォーク、お箸などの使いまわしは避けましょう

 

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筆者 プロフィール

医師 リトル(平野)早秀子   ミシガン大学家庭医療科助教授

1988年慶応義塾医学部卒業、1996年形成外科研修終了。2008年Oakwood Annapolis Family Medicine Residency 終了後、2008年より、ミシガン大学家庭医療科でミシガン家庭健康プログラムで日本人の患者さんを診察。産科を含む女性の医療、小児医療、皮膚手術、創傷のケアに、特にちからを入れています。ミシガン大学家庭医療科についてはhttps://medicine.umich.edu/dept/japanese-family-health-programへ。

30周年を迎えたサギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭

30周年を迎えたサギノー市の日本文化センター『阿波鷺能庵』主催 日本祭 11

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サギノー市にある本格的茶室と日本庭園を擁する日本文化センター『阿波鷺能庵(あわさぎのうあん)』で、9月11日(日)に日本祭が催された。サギノー市は徳島市と姉妹都市であり、今から30年前の1986年に両市の友好のシンボルとして阿波鷺能庵が造られた。両市が建設費を出し合い敷地を共有し、維持が容易ではない茶室を含めて共同で管理を継続している。

両市が姉妹都市提携を結んだのは1961年。徳島からの全米派遣農業実習生がサギノー市に滞在中に現地ホストファミリーと親しくなり、帰国後も交流を続けたことがきっかけとなって話が持ち上がり、提携が実現した。個人からスタートした珍しいケースであり、熱意のある人々による草の根交流が根を張り、幹となったといえる。

茶室の設立にあたっては、1957年に同市に移り住んだモスナー陽子さんが資金集めに乗り出し、奔走した末に茶室の着工に漕ぎつけた。その後も陽子さんはセンターの管理と運営に携わり、交流を支えている。赤い太鼓橋や竹垣もある庭園は緑も美しい日本的な空間であり、日米の訪問者が和やかに交わる場所となっている。

例年秋に開催される同センター主催の日本祭には、サギノー市や近隣に在住している日本人・日系人、交換留学生やビジネス関係者たちが協力して日本文化を紹介している。今年は生け花や書道、折り紙の実演や体験のブースなどが設けられた。快晴に恵まれ、3時間の開催中、室内外で途切れなく続くプログラムやワークショップを興味深げに見て回る多くの姿があった。

img_0246img_0263茶室ではJSDウィメンズクラブによる茶の湯の実演が3回行われた。茶室には見学用に数十人が座ることのできる長椅子が備えられているが、どの回も満席となった。日本祭自体は無料で一般公開であるが、茶の湯は有料にも拘わらず、行列ができたほどの関心の高さであった。お点前の実演の後には参観者全員に和菓子と薄茶が振る舞われ、目と口で実際に和に触れる好機を楽しんでいた。「前々から関心があった。やっと来訪が叶った」と老母を伴って訪れた婦人は、「茶室の佇まい、雰囲気や動作、全てが美しく、ここにいることが爽快。お菓子とお茶もワンダフル!」といった感想を笑顔で話してくれた。

川に面した庭園に設置されたテントステージでは、絶え間なくプログラムが進行。

dsc_6633メトロデトロイト地区から和太鼓グループ『雷音』、男性コーラス『ホワイトパイン』が演奏、そしてデトロイト剣道道場が形や稽古の実演を届けた。また、同日本文化センターで練習をしているタイチー(太極拳)グループ20名ほどが演武を紹介。さらに、ミシガンに住んでいた縁で、花柳流の名取である小山みち江さん(花柳徳猿)がオハイオ州から駆けつけ、『黒田節』『さくら』などの日本舞踊を披露した。

サギノーに住む日本人/日系人は少数であるが、このように多彩な文化紹介が例年実現するのも同施設の歴史と、日本コミュニティーとの絆があればこそと言える。

img_0293そして、徳島と言えば『阿波踊り』。同センターの造設式典に日本より阿波踊り団が来訪したが、その後、徳島と繋がりがある阿波鷺能庵での日本祭でありながら、長らくここで阿波踊りが演じられることがなかったが、2年前にそれが実現。サギノーバレー州立大学に派遣されていた研究者と徳島出身の夫人が中心になり、近隣に在住している日系人が集まって出演を目的に練習をはじめ、総勢20人近いメンバーで踊りを披露した。

img_0300阿波踊りの集まりは研究者夫妻が去った後も続き、今回は阿津ますみさんがまとめ役となり、子供も含めた一団を率いて出演した。サギノーバレー州立大学に四国大学から留学している4名の徳島育ちの学生も加わり、ますみさんを始め、子どものころから阿波踊りに親しんでいる人たちの本格的で美しい舞いのような動きやメンバーたちの軽快な踊り、子ども達の可愛らしい姿が観客の称賛を集めた。ますみさんのご主人であり、日本滞在歴6年半で日本社会学ならびに人類学を専門とするボールズ教授(サギノーバレー州立大学)が解説役を務め、お盆に3日かけて踊られる阿波踊りの背景や踊りの種類、そして「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なりゃ踊らにゃ損損」という言葉があることを観客に伝えた。阿波踊りのグループは

『連』と呼ばれるが、当地のグループは、徳島の‘徳’とサギノーの当て字表記『鷺能』の‘能’をとった『徳能連』という名を付けたとのこと。アメリカ育ちの子ども達が祖先から受け継がれた芸能を継承していることも尊く、日米交流の担い手として長く結束を続けて欲しいものである。

同センターは一般公開しており、様々なプログラムを組んでおり、他州からの観光客も多い。観光名所フランケンムースやアウトレットモールBurch Runと20~30分の距離。

www.japaneseculturalcenter.org/

サッカー日本代表 原口選手 ミシガン来訪! Brilliant+のサッカーキャンプで指導、デトロイト・サッカースクールでも見学交流

サッカー日本代表 原口選手 ミシガン来訪! Brilliant+のサッカーキャンプで指導、デトロイト・サッカースクールでも見学交流 5

IMG_95426月中旬、現役の日本代表選手であり、ドイツのプロサッカーリーグ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリン所属の原口元気選手がミシガン来訪という、サッカーファン歓喜の機会を得た。

原口選手は1991年生まれ、埼玉県熊谷市出身。2009年1月に浦和レッズとプロ契約を締結したが、これは日本人でクラブ史上最年少であり、クラブ日本人最年少ゴールの記録を作った。2011年ナビスコカップニューヒーロー賞の受賞など、輝かしい経歴を持つ。2014年ヘルタ・ベルリンに移籍、契約期間は2014年6月から4年間。日本代表としては、2011年10月のキリンチャレンジカップ・ベトナム戦で代表デビュー。2015年6月のイラク戦で日本代表初ゴール、2016年3月のW杯2次予選シリア代表戦で1得点を決めるなど結果を出してきた。

IMG_9560今回は、ヘルタ・ベルリンのオフシーズンを利用して、兼ねてより交流のある当地サッカー組織Brilliant+(ブリリアント・プラス)主宰者である高橋亮氏のアレンジによって、ミシガンを拠点に指導や交流、そして観光にいそしんだ。

原口選手はまず、Brilliant+の夏のサッカーキャンプ1週目の最終日にゲストして登場。6月上旬に行なわれたキリンカップ直後の渡米というハードなスケジュールにもかかわらず、年齢層別の各グループ練習やゲームで指導やプレーに加わった。この日、キャンプ中に活躍が目覚ましかった参加者への賞品が授与されたが、それらは原口選手のサイン入りとあり、大いに盛り上がりをみせた。全員の記念写真の後、サイン会の時間も設けられ、小さい子には膝をついて対応する原口選手の姿がみられた。子供も保護者も興奮。会場は熱気に包まれた。

IMG_9509Brilliant+夏のサッカーキャンプでは、アテネオリンピック日本代表の山本絵美選手を迎えたこともある。高橋亮氏に、このような貴重な機会の話や今後の活動について伺った。

また、原口選手は6月11日には、りんご会補習授業校の放課後に父兄を中心とするボランティアコーチのもとで運営されているデトロイト・ジャパニーズ・サッカースクール F C Robinsの練習に訪問した。このラッキーな企画も、高橋亮氏が同スクールのテクニカルディレクターとして携わっている繋がり。学年別に10を超す各チームそれぞれと記念写真を撮った後、忙しい日程の中、弊紙のインタビューの時間を取ってくださった。ドイツでプレーをしている原口選手に、来訪の感想や、目標の実現などについて話を伺った。

IMG_9510Brilliant+主宰者である高橋亮氏 インタビュー

Q:Brilliant+の設立目的や、コミュニティーでの役割・功績をお聞かせください。

A:Brilliant+は、「日本人の日本人による日本人の為のサッカーキャンプ」をテーマにし、日本のスポーツ界では欠かすことの出来ない規律、敬意、礼儀なども含めた「総合的なスポーツの楽しさ」をサッカーを通じて教えていくのが基本です。

Q:今回15回目となったサッカーキャンプの概要(日数・内容)と参加人数は?

A:現日本代表選手招聘の為、例年より2週間早めての開催となりました。2週で約80名の参加者が来てくれました。

Q:原口選手のような代表選手や、これまでにも著名選手や監督(コーチ)を度々招きましたね。

A:10周年には現FC東京の城福浩監督を招聘して、大いに盛り上がりました。アスリートを持つ親へのアドバイス、と称してキャンプ中に開催した講演もたくさんのQ&Aで非常に盛り上がりました。

15周年という節目には現役日本代表選手を呼ぶのが目標で、ミシガンに住む日本人の子供達に是非素晴らしい時間を提供したいとずっと想っていまして、それを原口選手に切願したところ、快く受け入れてくれました。

Q:参加者に学んで欲しいこと、そして、今回の原口選手の指導による目に見えた成果は?

A:同じ環境に居るだけなのに、やはり気持ちが張り詰めているのが感じられ、子供達はとても真剣に、そして楽しくキャンプに取り組んでくれました。物怖じせず、ボールに立ち向かう姿勢等、急激に成長した選手も何人か居ましたし、これを機会にもっともっとサッカーを好きになってもらいたいです。

Q:今後のサッカーキャンプや他の活動の予定は?

A:キャンプは例年通り継続していきます。16周年?と称してまた何か盛大にやりましょうかね(笑)。でもここミシガンにサッカーが大好きな子供達がいる限り、できるだけの事はして行きたいと思っています。

その他は Men’s OpenやOver30チームがリーグ戦でプレーしてますし、また秋、冬、春はスクールを実施しています。

いつか同じような活動をしている(日本人対象としたサッカーキャンプやスクール)他州、他国と交流して、どんどんサッカーで繋がって行きたいと思っています。

ホームページ:brilliantplus.com

IMG_9556原口元気選手 特別インタビュー

Q:当地の駐在や永住のお父さんを中心としたコーチのボランティアによって成り立っているサッカースクールについての感想をお聞かせください。

A:日本でもジュニアサッカーは保護者のポランティアで行なわれることが多いですが、アメリカで、これほど多くの日本人がサッカーに集まって、とても活気に満ちていて驚きました。

Q:日本国外のチームでプレーしているご経験をもとに、コミュニケーションの工夫や信条をお教えいただけますか。

A:言葉はある程度勉強する必要がありますが、仲間に入っていくことが大事だと思っています。プレーを離れても、誘われたら行くようにしています。それはピッチ(サッカー競技の場)でも、活躍できるかに影響します。

Q:二カ国語習得に頑張っている子ども達へのメッセージをお願いします。

A: 苦しいでしょうが、子どもはの見込みが早いと思うので、日本では出来ない貴重な経験なので、頑張ってください。

Q:日本代表というトップレベルに到達した原口選手から、目標や夢の実現について伝えたいことは? 気持ちをキープし続けるのが難しいと思うのですが。

A:僕は要求が高いので、努力が苦になりません。そういう熱中するものを見つけることが大切。サッカーでは悔しい思いもしたし、試合に出られないこともありましたが、向上したい気持ちを持ち続けることができました。サッカーがパワーの8割を占めています。何に対しても努力する・・・ということではないですが、サッカーの為であれば、他のこと、ドイツ語の勉強も頑張れます。

Q:ミシガン訪問の感想と、ご自身の抱負をお聞かせください。

A:今住んでいるのはベルリンで都会なのですが、ここ(ノバイ周辺)は住みやすそうなところですね。緑も多くて、出身地の埼玉に環境が近いと感じました。海外で頑張っている日本人が多いですが、僕はドイツで活躍して、日本人が頑張っていることをアピールしたいと思っています。

☆日本代表として9月からワールドカップの予選に挑む原口選手。最後に「ワールドカップで良い成績を出し、勝利に結び付けたい」と力強く語った。

平成30年度 デトロイトりんご会補習授業校 卒園・卒業証書授与式

3月16日(土)、デトロイトりんご会補習授業校で第21回卒園式・第46回卒業証書授与式が挙行された。今年度の卒園・卒業生は、幼稚園部92名、小学部65名、中学部28名、高等部6名、合計191名を数えた。

午前中にノバイメドウズ校で行われた卒園式では、体も心も格段に成長した園児たちが、緊張感をはらんだ大人びた面持ちで式に臨んだ。宮本正彦校長は、卒園を寿ぐとともに、小学校生活へ向けての贐の言葉を伝えた。

午後に行われた小・中・高、合同の卒業証書授与式は、中・高等部が借用しているノバイ高校の講堂で挙行された。来賓として在デトロイト日本国総領事館の伊藤美房領事、植田庄作事務局長、さらにノバイ学校区の教育長をはじめ同学区の教育関係者、また、イースタンミシガン大学の桶谷仁美教授が列席。りんご会理事長ならびに運営委員長、父母会執行部長、小学部高学年以上の在校生、卒業生の保護者が出席し、盛大に催された。

開会の辞の後、列席者一同による日本国歌の斉唱、生徒によるアメリカ合衆国国歌トランペット独奏、そして児童生徒による校歌の斉唱が行なわれた。続いて、卒業生一人ひとりが学校長の手渡す卒業証書を恭しく受け取り、その間、在校生による生演奏のBGMが流れ、厳粛ながらも穏やかな雰囲気に包まれた。

この3月で任期を終えて当地を離れる宮本校長は式辞のなか、補習校と現地校の両立をして卒業を迎えた児童生徒たちを称え「努力は大きな力となっている。自信をもって新しいスタートをきってください」とエールを届けた。「人と人が関わることはとても大切であり、君たちを成長させてくれる」と切り出し、『優』の漢字を提示し、「優れている・優秀だという意味の他、優しいという読み方もできる。この一つの字の中に、人と出会い関りながら生活をしていく中での大切な言葉が含まれているのではないか。」と示唆。「優しさを実行するには強さがなければならない。本当の優しさは何か考え、友人知人を増やして欲しい。」と願いを伝えた。

伊藤領事は、中川勉総領事からの祝辞の代読で、卒業生に対する祝辞、保護者や理事・運営委員・父母会そして講師、地元の関係者に対する感謝の言葉に続けて、日本にいる生徒が出来ない貴重な経験・学校生活を送ったことであろうと評し、「世界のことを知っている人材がますます重要になってゆきます。これからも日本の伝統文化の基礎をしっかり学ぶと同時に、米国・世界のことを勉強し、異なった人や文化に触れて自分をさらにいっそう成長させてください。」そして、「ここでの生活を誇りに新たな道をさらに進んでいってください。」との贐の言葉を卒業生に届けた。

マシューズ教育長からのスピーチ(英語)では、ノバイでの経験が人生に豊かさを与え、ここで培ったことが活きるようにとエールを送った。

来賓紹介と祝電披露に続いて、デトロイトりんご会理事長を務める藤本裕氏は挨拶の中で、「このように、小・中・高が一堂に集う卒業式は初めてで、非常に興味深い」と語ったあと、「平日は現地校、土曜日は補習校という二足のわらじを完璧にこなしたのだと思います。本当に頑張ったのだと思います。」「すごいことを成し遂げたということで、自信を持ってください。」と褒め称えたうえで、このように発揮できたのは見えない形でのサポートも含めて周りの力があってのことであり、感謝の気持ちを忘れないようにと穏やかに諭すように伝えた。

在校生の「送ることば(中高等部では送辞)」では、上級生との思い出や、上級生を見習って励み続けたいといった抱負などが語られた。それに応じた卒業生による「お礼のことば(中高等部では答辞)」では、保護者や先生方へのお礼や後輩への励ましの言葉とともに、当地での迷いや苦労、喜び、学友との思い出などが紹介された。いずれの言葉にも、卒業にこぎつけた達成感や次のステージへの前向きな想いが表れていた。

卒業証書授与式の最後に、卒業生と在校生が全員で「旅立ちの日に」を合唱し、感動のなかで閉式となった。

小学生が退席した後、補習校生活が最後になる高等部卒業生6名を送る特別イベントに移り、各自がスピーチに立ち、忘れがたい思い出、そして後輩たちへのメッセージを熱く語った。

輝かしい旅立ちの日であった。

歴史的邸宅フリーア・ハウスにて 個展 Hiroko Lancour at the Charles Lang Freer House

歴史的邸宅フリーア・ハウスにて 個展 Hiroko Lancour at the Charles Lang Freer House 5

IMG_4701IMG_471411月4日のデトロイト美術館の日本ギャラリー公開に合わせ、グランド・オープニングの協賛行事の一つとして、日本とゆかりのあるチャールズ・ラング・フリーアの歴史的邸宅・通称フリーア・ハウスにて、日本(福岡市)で生まれ育ちメトロ・デトロイト地区で美術活動をしている弘子Lancourさんの1日限定の個展が開かれた。 フリーアハウスでオリジナル作品展が催されたのはフリーアの死後98年ぶりのこと。多くの人が訪れ成功裏に終了した。

弘子Lancourさんは当地でIT関係の仕事に長年携わった後、Wayne State Universityの大学院で美術を学び、これまでに多数の展示会への出展や個展開催を行ってきた。情報科学技術の職に就いてきたことが芸術表現に影響しており、整然としたプロセス志向の作風に表れている。日本とアメリカ、秩序と混沌、故意と偶然といった、物事を二項対立的にとらえ、対比させながら主題の本質を探る姿勢を持っている。今回の個展では、幾何学模様の紙の刺し子、植物の青写真、書画、パステル画など様々な材料と手法による作品30点ほどが、邸宅内の3つのスペースに展示された。

IMG_4707弘子さんは、10数年前にフリーアハウスを初めて訪れた時、一見シンプルでありながら細部まで周到に配慮された空間の広がりや気品ある雰囲気に日本的なものを感じ、これを建てた人物に時空を超えた

IMG_4727精神的なつながりを感じたという。フリーアが、明治時代に日本を5回も訪れたほどの知日派で、日本の美術的伝統を西洋に伝えた重要な美術コレクターであることは後に知った。フリーアをより深く知り、興味が広がり、そして共感が増幅し、やがて自身の作品制作過程においても共鳴し始めたと語る。

フリーアがこの邸宅に保管していたコレクションは、ワシントンD.C.のスミソニアンの一角に彼が設立したフリーア美術館に、死後、遺言によって収蔵された。フリーアハウスに現在も『孔雀の間』と呼ばれる部屋があり、かつてロンドンにあったものをフリーアが部屋ごと買い取ってデトロイトに持ってきた収集品の一つであったが、これが丸ごとワシントンDCに移されている。この、抜け殻といえる空間に、弘子さんは『根こそぎ』という植物の青写真シリーズを展示。根こそぎにされた草たちの遺影が白く残る。孔雀の間の流転、そして作者自身の日本からアメリカへの“根”の移転。「根こそぎ」感がただようスペースになった。

IMG_4732フリーア・ハウスはデトロイト美術館より1ブロックという至近距離にあるが、通常は一般公開されておらず、この度の催しは邸内を見学できる稀な機会ともなった。日本的な要素も多い邸宅と美術作品を鑑賞した参観者から、多くの称賛や喜びの声が寄せられた。

デトロイト補習授業校中高等部ミニ文化祭

デトロイト補習授業校中高等部ミニ文化祭 3

中学部2年1組クラスが団結して創り上げた多彩な発表の数々デトロイト補習授業校中高等部ミニ文化祭

文章・写真提供:デトロイトりんご会補習授業校

デトロイト補習授業校は、日本の学校に準ずる教育活動を実践するために、文部科学省の学習指導要領に基づく授業と学校行事を行っています。中高等部では、12月17日午後、借用校のノバイ高校オーディトリウムにて、「ミニ文化祭」を実施しました。中1から高3までの各クラスが、共通テーマ「ミシガンと日本を表現しよう!」に則した出し物(演劇、ダンス、楽器演奏、クイズショー、大喜利、研究発表など)を披露しました。土曜日のみの学校なので、練習時間の確保が難しいだけでなく本番で使用する会場でのリハーサルもできず、ぶっつけ本番ではありましたが、各クラスの発表は生徒全員の息がぴったりと合い、クラスの団結力を感じる素晴らしいものでした。

約2時間半にわたって発表がおこなわれた会場には、生徒たちの熱気と楽しそうな雰囲気がいっぱい溢れていました。このような仲間たちとの貴重な経験は、生徒たちにとって一生の思い出となることでしょう。