Thursday, June 20, 2024

心臓病治療の最前線:コロナワクチンアップデート

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

3日前、私と妻とは一緒に2回目のコロナブースターワクチンを受けてきました。最近はマスコミもロシアのウクライナ侵攻の話題で一杯で、コロナ関連のニュースは、片隅に追いやられた雰囲気ですが、この原稿を書いている時点で、中華人民共和国や北朝鮮などアジアの国々でコロナ感染の拡大のニュースがあり、もうコロナは終わったと考えるのは尚早のような気がします。米国政府は、5月15日、COVID19緊急事態宣言を延長し、少なくとも本年7月15日まで、緊急事態宣言が延長されることになりました。緊急事態宣言発令中は、ワクチンや、テスト、治療薬などについて、全てが無料になりますので、ワクチンをまだ受けておられない方、ブースターをまだ迷っておられる方、2度目のブースターを受けておられない方には、是非、ワクチンを受けられることをお勧めします。

 アメリカ合衆国では、新型コロナの流行が始まって以降、100万人の方が亡くなられました。アメリカ全国でのワクチンの接種率は、少なくとも一回接種した人の割合は67.2%、二回以上接種した人の割合は60%にとどまっており、ミシガン州をはじめ全米で少しずつ新規感染者数及びコロナによる入院患者数が増えはじめているのは気になるところです。また、コロナ後遺症、アメリカでは、Long COIVIDとか Post COVIDなど様々な名前で呼ばれる病態の人も無視できない数の患者が存在し、まだ病態や治療法が確立していないため、治療困難で、症状が長引く人がかなりおられます。私の外来でも、Long COVID の患者さんが数名おられます。この後遺症は、コロナ感染時に軽い症状や、無症状であった人にも起きると言われており、決して無視できる状況ではありません。

最近号の医学雑誌NEJM5月19日号では、メッセンジャーRNAワクチンであるファイザーのワクチンの有効性について、二本の研究論文が出ていました。ひとつは、子供および青少年におけるオミクロン変異株に対する同ワクチンの有効性、もうひとつは、同ワクチンのブースター接種の安全性と有効性についてです。

 最初の論文では、オミクロン株が優勢になった時期を含んだ2021年7月から2022年2月までの時期に、2812人の5歳から18歳の青少年入院患者を対象にした研究において、コロナ感染の有無、ワクチン接種の有無、および年齢、により層別分析を行った結果、ファイザーワクチンの2回の接種により、デルタ株が優勢な時期で92%程度の入院抑制効果が観察されました。5歳から11歳の年齢層では、オミクロン優勢の時期でも、68%の入院抑制効果が観察されました。12歳から18歳の年齢層でも、オミクロン優勢期に、79%の重症化予防効果が観察されました。

 二番目の論文では、一般成人を対象にした、ブースター接種の有無によって、ワクチン効果の違いが認められるかどうかの論文です。2回目のワクチン接種後平均10.8ヶ月後のブースター摂取をおこなった群は、行わなかった群に比べて、95.3パーセントの、感染予防効果が認められました。(図1のグラフ)。ブースターワクチン接種群では、接種箇所の痛みや、筋肉痛、頭痛やだるさなど以外には、アナフィラキシーなどの重篤な副作用は認められませんでした。また、この論文で重要なのは、偽薬投与群でも、新型コロナによる入院は認められなかったことです。つまり、この研究での偽薬投与群は、すでに2回のワクチン接種を受けており、ただ、ブースターを受けていないというだけの人たちで、これらの人たちにもすでに投与されている2回のワクチンにより、入院予防効果、重症化予防効果、死亡予防効果が認められているということです。

 この二つの論文は、どちらも、ファイザー社製のワクチンについての研究論文ですが、これまでにモデルナ社製のワクチンについても多くの論文が書かれており、現在アメリカや日本で使われているこの二つのワクチンの有効性や安全性に大きく差があると考えられるデータは見たことがありませんので、これらの二つのワクチンは、ほぼ同等の安全性と有効性があると考えて良いと思います。

 この文章を書いている現在において、中華人民共和国ではいまだに、ゼロコロナ政策が行われており、上海では、本年3月27日より全市のロックダウンが続いています。これにより、中華人民共和国の経済はおろか、全世界に影響が出ています。私の所属する循環器科でも、動脈造影に使う造影剤 Iohexolの大部分が上海で製造されているらしく、先月より、全世界的にiohexol が品薄となっており、先週、全病院に対して、造影剤の節約と、不急な使用を控えるようにという緊急通達が出されました。この造影剤を製造販売している会社は、急遽アイルランドなどの工場をフル稼働させて、不足を補おうとしていますが、製造が追いつかず、造影剤の品不足は、早くても6月末まで続くと予想されています。

 中華人民共和国で使われているワクチンは、コロナウイルスを殺して不活化して作ったワクチンで、Sinovax 及び国営のSinopharm社が製造しています。伝統的なワクチン製造法に従ったワクチンで、ある程度効き目はあり、摂氏2度から8度の温度で保存が可能なため、冷凍庫の不足している発展途上国では歓迎されました。しかし、メッセンジャーRNAのテクノロジーを使ったファイザーやモデルナのワクチンと比べて、効果は見劣りがするようで、インドネシアやタイ、チリ、フィリピンなどの国で中華人民共和国製のワクチンが導入されたものの、ワクチン接種率が高いにも関わらず感染の拡大が起きたため、これらの国では、違うワクチンに切り替える動きが加速されています。

 これまでマスクをせず、防疫手段をあまり取らずに、大規模な軍事パレードや集会を続けてきた北朝鮮で、この原稿を書いている時点で、今になって、コロナウイルスの感染が大発生しているようです。独裁者金正恩は、一昨日“中華人民共和国に倣ってコロナ対策を行え”と通達を出したそうですが、その中華人民共和国が今のような有様では、北朝鮮でのコロナ感染の広がりを抑えるのはなかなか難しそうです。

 あまり知られていないのが、2020年後半、ロシアで開発、製造販売された、Sputnik V(スプートニックV)というワクチンです。スプートニックは、旧ソ連時代世界最初に打ち上げられた人工衛星の名前からとったもので、VはVictory の頭文字だと言われています。このワクチンは、アデノウイルスをベクターとして、コロナウイルスのスパイクタンパクを組み込んだもので、2021年のLancet 医学雑誌4月号に、76人の健康なボランチアーに初期の人体臨床治験を行なった結果が報告され、これによって安全性と効果が確認されたとして、それ以上の臨床治験は行われず、直ちに全世界で実用化された初めてのワクチンとして大々的に宣伝され、ロシア国内と全世界で独占的なワクチン投与が開始されました。しかし、その安全性と効果は不透明なままで、ロシア国民の間では、このワクチンの信頼度は低く、二回接種率は51%にとどまり、ブースターは9.9%と極低率です。このワクチンの全世界への輸出の旗振りを自ら行ったプーチン大統領でさえ、発売後7ヶ月してから、やっと自分に接種したと報告しました。本当に接種したか、真偽の程は不明です。さらに、工程上の問題により、2021年になって、2回目の投与のためのワクチンの製造が進まず、それに追い打ちをかけるように2022年のロシアのウクライナ侵攻により、このワクチンを製造している会社とその責任者が、プーチン政権の支持者であるという認定を受け、アメリカおよびヨーロッパから制裁対象になりました。2月に予定されていた、WHOによる視察も無期限延期となり、このワクチンがWHOから安全性と効果についてお墨付きをもらえる可能性はほぼゼロとなりました。この会社は、RDIF(Russian Direct Investment Fund)という、いかにも怪しげな名前を持った会社で、仮想通貨の取引などにも手を染めていて、プーチン政権の金蔓となっていたと考えられています。スプートニックVのワクチンも、プーチンの懐を肥やすために、全世界に鳴り物入りで輸出されたと考えられています。こうしてみれば、スプートニックVが、必要な第3相の治験も行わず、わずか76人の健康な人に接種をした結果だけで安全性と効果が確認されたとして、全世界に輸出された理由がわかります。ロシアのウクライナ侵攻により、スプートニックVのロシア国外への大規模な販売はほぼ不可能になり、国内での製造販売継続にも赤信号が点りました。アルゼンチンでは、1回目のスプートニックVの投与を受けたものの、2回目の投与を受けられない状態が続いていましたが、つい最近アルゼンチン政府が、ファイザーやモデルナなどの、メッセンジャーRNAを、2回目投与分として使うことを承認したと報道されました。しかし、ロシア国内では、多くのロシア国民は、スプートニックV以外の選択肢はなく、その苦境の影響をまともに受けていると考えられます。ここにもプーチンのウクライナ侵攻の知られざる犠牲者がいそうです。(Naturemedicine 2022年3月15日号の記事による)

 日本では、最近、さまざまな自治体で、有効期限を過ぎたコロナワクチンの廃棄のニュースが続いており、心を痛めています。また、アメリカでワクチン接種が失速しているのを見るのは残念です。世界中でワクチンが不足しており、ワクチンがあれば救えていたはずの命が失われているのを見るのは心が痛みます。どうか皆さんワクチンを受けてください。せっかくのワクチンを無駄にしないでほしいと思っています。

 本日5月17日のニュースによると、ロシア侵攻が始まった2月24日よりウクライナのマリウポルのアゾフスタル製鉄所の地下にこもって戦闘を続けていた260数名のウクライナ戦士たちに対し、ウクライナ参謀本部は、当地における戦闘目的が達成されたとして兵士たちの人命救助のため、戦闘停止をし、ロシア軍に降伏するよう命令を出しました。これは、「生きて虜囚の辱めを受けず」との旧日本軍の考え方とは、ずいぶん違います。マリウポルで戦っていた兵士の皆様ご苦労様でした。あなた達は、ウクライナの英雄であり、全世界の自由と独立を愛し、独裁と戦う人々の英雄です。

 プーチンのウクライナ侵攻は、国際法上、開戦の正当性(Jus ad bellum)を犯している, A級戦犯にあたり、また、交戦中に民間人を陵辱虐殺したロシア兵士たちの行動は、交戦法(Jus in bello) を犯している、B級戦犯にあたります。プーチンは、直ちにウクライナ侵攻を止めるべきです。

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筆者 プロフィール:
山﨑博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

参考文献:

BNT162b2 Protection against the Omicron Variant in Children and Adolescents. NEJM June  19, 2022Safety and efficacy of a third dose of BNT162b3 COVID-19 vaccine. NEJM 5-19-2022

COVID-19 remains a public health emergency in US, administration says. CNN Politics, June  17, 2022.Long COVID or Post COVID conditions CDC.Gov, updated on June  5, 2022.

Coronavirus disease Russia updated on WHO home page.Hospitals face tough choices as Lockdown in China disrupt IV contrast supply. Medpage today June  11, 2022.How China’s Sinovac compare with Biotech’s mRNA vaccine. The Economist 4-19-2022.Russian COVID19 vaccine in jeopardy after Ukraine invasion. Nature medicine 3-15-2022What are jus ad bellum and jus in bello? International Committee of the Red Cross. 1-22-2015戦陣訓-東條英機1941

 


心臓病治療の最前線:番外編 日本の歴史を振り返る 〜幕末、明治、大正の女性たち〜: 山本(新島)八重

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て、前回は、幕末の会津藩に生まれ、戊辰戦争において会津城籠城戦を戦った娘が、米国へ留学し、日本人女性として初の米国大学卒業生となり、数奇な運命から、その会津城への攻撃の総司令官だった大山巌将軍と出会い、結婚し、日本の看護婦制度の母となり、また日本におけるボランティア活動やチャリテイー活動の草分けとなったという、大山捨松の話をさせていただきました。

 今回は、その会津若松鶴ヶ城籠城戦を戦ったもう一人の女性についてお話ししたいと思っています。その人の名前は、山本八重(やまもとやえ)。この文を書くにあたって調べていましたら、2013年、綾瀬はるかさんという方が主演された『八重の桜』というNHKの大河ドラマで放映されたことがあるということがわかりました。そういうわけで、すでにこの方のお話はご存知の方もあると思いますが、今に生きる私たちにいろいろ考えさせることがあると思いますので、ここで取り上げさせていただきます。

 山本八重は、1845年、会津藩の砲術師範、山本権八の娘として生まれました。前回お話しした大山捨松より15歳年上でした。会津籠城戦の時8歳であった捨松と、当時23歳で会津藩狙撃兵として戦った八重とは、籠城戦における役割も違っていました。捨松はあくまで、大人の手伝いでしたが、今回の山本八重は、籠城戦の主力兵として戦いました。

 八重には17歳年上の兄がいました。その兄、会津藩士山本覚馬(やまもとかくま)は幼少時より神童と呼ばれ、4歳で唐詩選の五言絶句を暗誦することができたといいます。兄覚馬は、22歳で江戸に出て、勝海舟と共に佐久間象山に師事し、砲学と蘭学を学び、28歳で会津に帰り、藩校日新館の教授になります。1862年会津藩主松平容保(まつだいらかたもり)が京都守護職になると、これに従い京都に行き、黒谷本陣で西洋式軍隊の調練に当たりました。1866年長崎に行き、ドイツ商人から、紀州藩、会津藩、桑名藩のために計4,300丁の新式銃を購入する契約を結びます。覚馬は、蛤御門の変、及び鳥羽・伏見の戦いにおいて会津藩士として幕府側で戦い、失明し、薩摩の捕虜となりました。

 八重は、兄覚馬の紹介で、1865年に但馬国出石藩出身の洋学者、化学者で、会津藩の藩校日新館で蘭学を教えていた川崎尚之介という会津藩士と結婚しますが、二人の間に子供はありませんでした。1868年に、会津若松城籠城戦が始まると、八重は、鉄砲を主力に戦うべきと考え、刀や薙刀で戦うとした婦女隊には参加せず、断髪男装して、家芸であった得意の射撃の腕前を発揮して、兄が長崎で買って送ってくれた、スペンサー連発銃を使い、主君松平容保(まつだいらかたもり)と会津藩一族、若松城を守るために戦いました。スペンサー銃というのは、別名スペンサー連発ライフル銃と呼ばれ、銃床に一度に7個の銃弾を保持することができ、それまで日本で使われていた単発銃に比べて連射の効率を飛躍的に高め、かつライフル銃ですから、命中精度が高く、戦場での武器としての効果を、格段に高めることができました。この時の活躍を称して、八重は会津のジャンヌダルクと呼ばれました。この戦いで、八重は3つの日本の伝統を打ち破りました。それは、サムライ上位、男上位、刀上位の3つです。それまでは、戦いはサムライがするもの、男がするもの、刀で戦うものとの固定観念がありましたが、八重はこの3つの迷信を、会津籠城戦での活躍で完全に吹き飛ばしてしまいました。

 会津籠城戦は、八重たちの奮戦にもかかわらず、 官軍側の勝利に終わり、夫は官軍に捕らえられ、他の会 津藩士と共に、青森県下北半島北端の斗南藩に強制的 に移住させられます。夫と生き別れになり、その後離婚した八重は、一年ほど、山形県米沢で過ごします。一方、兄覚馬は鳥羽・伏見の戦いの中で失明し、薩摩の捕虜となりますが、覚馬の才能を知っていた薩摩軍の首脳は敵兵でありながら、覚馬を丁重に取り扱い、のちの明治政府成立後、京都府の要職に就かせます。八重は、1871年、京都府顧問となっていた兄を頼って京都に移ります。そこで、兄の紹介で、京都女紅場(じょこうば、のちの京都府立鴨沂(おうき)高校)の権舎長、教導試補(今で言えば、住み込みの寮監長兼助教諭のようなものでしょうか)に採用されます。この時、女紅場に教えに来ていた裏千家の師匠から茶道を学び、1894年には裏千家師範の免許を与えられ、また1896年には、生け花の池坊師範の免許も取りました。

 その頃、群馬県安中市出身で、1864年、幕府の禁制を犯して箱館港からアメリカに密出国したのち、マサチューセッツ州に10年間滞在して、名門アムハースト(Amherst)大学を日本人として初めて卒業し、1874年、キリスト教宣教師として日本に帰国した新島襄(にいじまじょう)と知り合い、1876年に再婚します。新島は、八重の兄山本覚馬から譲り受けた、元薩摩藩邸6000坪を学校用地として、ここに1875年同志社今出川キャンパスを作ります。京都府は、地元の神社や寺から、キリスト教の学校を建てることに対する猛反対を受け、このため、八重は、襄と婚約すると同時に女紅場を解雇されます。八重は、襄が作った同志社英学校(のちの同志社大学)の運営に協力し、またその1年後、アメリカ人宣教師アリス・スタークウエザーと協同で同志社女学校を設立します。

 1890年、襄は同志社英学校を大学に格上げすることを目指した同志社大学設立運動中に心臓病により急逝します。二人の間に子はいませんでした。襄の死後間もなく八重は看護婦になることを決意し、45歳で日本赤十字社の正社員となり、1894年の日清戦争では、当時49歳で、広島の陸軍病院で4カ月間篤志看護婦として従軍、その功を認められて民間人として初めて、勲7等宝冠章が与えられました。その後篤志看護婦人会の看護学修業証を得て看護学校の助教を務め、1904年の日露戦争では、当時59歳でしたが、大阪の陸軍病院で2カ月間篤志看護婦として従軍し、その功績で勲6等宝冠章が与えられました。山本八重は皇族以外の女性として初めて政府より叙勲した人物だと言われています。八重は傷病兵の看護に献身したため、日本のナイチンゲールと呼ばれました。1932年病没。享年86歳。

 私生活においては、八重は古い日本の習慣のはるか先を歩んでいました。夫をジョーと呼び、車に乗るときにも夫より先に乗る八重を明治の人々は、悪妻だと悪口を言い、新島襄の弟子、著名な思想家、ジャーナリスト徳富蘇峰(とくとみ そほう)は、襄が生きている間、八重の陰口を言っていたと言われていますが、実際の夫婦仲は極めて良く、夫の襄は、八重の生き方を”handsome”と述べていたと言われています。徳富蘇峰は、新島襄の臨終に立ち会った際、八重に、「私は同志社以来、あなたに対しては誠に済まなかった。しかし新島先生が既に逝かれたからには、今後あなたを先生の形見として取り扱いますからあなたもその心持を持って私に付き合ってください。」とのべ、徳富蘇峰は八重が亡くなるまでその約束を守ったと言われています。

 旧幕府軍と官軍が戦った戊辰戦争で、主君と会津藩、会津城を守るために、第一線で戦い、日本のジャンヌダルクと称された八重。その後、保守的な地元の大反対を押し切って日本初のキリスト教女学校を京都に設立した八重。45歳で看護婦になることを決意して、看護学校に入学し、日清、日露の大戦争で銃後で傷病兵の看護にあたり、その功を称されて日本で皇族以外で叙勲された初めての女性となった八重。老年期の八重の写真は本当に淑やかで、上品で人の良い、優しい日本のおばあちゃんという印象ですが、この人のどこにそんな熱情がこもっていたのか、“明治の女”たちの内に秘めた強さを感じさせます。

 

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筆者 プロフィール:
山﨑博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
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心臓病治療の最前線:番外編: 大山捨松について <幕末明治の女性たち> 〜 日本の看護教育の母

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山捨松(おおやますてまつ)、この少し奇妙な名前を持つ日本人のことを知っている人はあまりいないと思いますが、日本の看護教育に偉大な貢献をした人なので、今日はその話をしたいと思います。コロナ禍の中で、危険を冒して、最も最前線で仕事をしておられるのは、看護師さんたちです。その看護師さんたちを日本で育てるための草分けの仕事をした人として、彼女を忘れることはできません。

 大山捨松は、幕末の1860年、会津藩家老の2男5女の末娘、山川さきとして生まれました。幕末の日本は、武力倒幕を唱える薩摩長州などの諸藩と、公武合体を唱える幕府勢力が、互いに京都の朝廷での天皇の支持を取り付けるための勢力争いをした結果、前者が勝ち、前者は錦の御旗を掲げて、鳥羽伏見(とばふしみ)の戦争から戊辰(ぼしん)戦争という内戦に進んだ頃でした。1868年、東征軍の下参謀西郷隆盛が、幕臣の勝海舟との談判で、江戸城無血開城を取り付け、最後の征夷大将軍徳川慶喜(とくがわよしのぶ)は江戸城を去り、水戸に謹慎しました。しかし、戊辰戦争は、徳川慶喜が謹慎した後も、上野や東北を舞台に続けられ、その激戦地の一つが会津若松(あいずわかまつ)城でした。旧幕府勢力の会津軍は総力戦で、迫り来る官軍に対して、会津藩士たちは城外に陣地を作って官軍を迎え撃つ一方、中野竹子らは婦女子による娘子隊を結成して薙刀で官軍に切り込み、また剣を取ることのできる少年たちは、白虎隊を組織して城外の陣地で官軍との戦いに参戦しました。こうして、会津若松城籠城戦を戦ったのは、残った少数の藩士たちと藩士の妻や娘たちでした。山川さきは、この会津戦争で当時数え年8歳でしたが、母えんと共に籠城し、弾薬の運搬や、飛び込んできた焼夷弾に濡れ布団をかぶせ、その爆発炎上を防ぐ働きなどをしたと言われています。しかし、官軍の攻撃は激しく、さきたちのいた部屋に砲弾が飛び込み、さきは首にケガをし、義姉はその場で亡くなりました。会津若松城は程なく落城しました。

 戊辰戦争は、その後、1869年北海道五稜郭(ごりょうかく)に追い詰められた旧幕府軍が降伏することにより、終了しましたが、会津藩は、その敗北の結果、藩士やその家族全員が現在の青森県下北半島北端に強制的に移住させられました。移住先の下北半島北端は土地が痩せ、寒さが厳しく、旧会津藩士とその家族は、飢えと寒さで多くの人が亡くなったと言われています。山川家もその例に漏れず、食い扶持を減らすため、さきは、対岸の北海道函館の知り合いのもとに里子に出され、その紹介で、フランス人の家に引き取られました。その頃、明治新政府は、教育に力を入れることを考えており、北海道開拓使は10年間の米国への官費留学生を募集していました。しかし、女子教育など全く存在せず、女は嫁に行くものとの考えが圧倒的に主流であった明治の初期に、10年間もの間、うら若き娘を単身アメリカに送るなど誰が考えたでしょうか。結局それに応募したのは、女子ではたった五人で、戊辰戦争で敗れて食いはぐれとなった、旧幕臣や逆賊の娘山川さきのような娘たちばかりだったと言います。その中にはのちに津田塾大学を創設する、当時最年少9歳の津田梅子もいました。さきは2番目に若く、12歳でした。1871年いよいよ、岩倉使節団に同行して、横浜港からアメリカに出発します。その別れの時に、母えんは、”この世では2度と会えるとは思っていないが、捨てたつもりでお前の帰りを待って(松)いる。”と述べ、さきの名前を捨松と改名させ、これが彼女の生涯の名前となりました。捨松は、まず、米国コネチカット州ニューヘイブンの牧師宅に寄宿し、そこで4年近くを一家の娘同様に過ごして英語を習得しました。そこでその家の末娘、アリス ベーコンという生涯の友人を得ます。その後地元の高校を経て、捨松はニューヨーク州の名門女子大学ヴァッサー(Vassar College)に進み、英文学を専攻、1881年、マグナカムローデ(偉大な名誉)として学年3番目の成績で卒業、卒業式では自らの卒論の”イギリスの対日政策”をもとにした卒業生代表演説を行い、その演説の内容はニューヨークタイムズやシカゴスタンダードなどの新聞で絶賛されました。捨松はアメリカの大学を卒業した初の日本人女性です。捨松は1881年、開拓使からの帰国命令を受けますが、アメリカ赤十字社に強い関心を寄せていた捨松は、それを、一年延長してもらい、卒業後にニューヘイブン病院で実地看護に従事し、看護婦免許を取りました。これも日本人女性で史上初でした。

 1882年、帰国したら生理学や体操を教えたいとの希望を持って、捨松は11年ぶりに日本の地を踏みますが、日本には、彼女を受け入れ、彼女の才能を活かし、活躍の場を与えてくれる場所は全くなく、その日々は、失望以外の何者でもありませんでした。捨松の考え方や物腰は既にアメリカ式となっており、日本語の日常会話を始め、読み書きにも苦労する日々でした。周囲は彼女に結婚を勧めますが、10代で嫁入りすることが一般的であった当時の日本社会で、20歳を過ぎていた捨松が最初の縁談を断ると、彼女はもう”売れ残り”と陰口を叩かれていました。捨松は英語ばかりかフランス語ドイツ語も堪能でしたが、このままでは、宝の持ち腐れに終わる可能性が濃くなっていました。ところがその局面を一気に変える出来事が起きます。

 その頃先妻に先立たれ、後妻を探していた当時42歳の大山陸軍大臣が、知り合いの家で見染めた18歳年下の捨松に一目惚れし、断られながらも何度も求婚を繰り返したのです。大山は、明治維新後の1869年渡欧、1870年から1873年までジュネーブに留学し、フランス語に堪能で、陸軍内では西欧かぶれとして有名でした。また、奇遇なことに、大山は、戊辰戦争の際の会津若松籠城戦で官軍の指揮官を務めており、初日に怪我をして戦線を離れたとはいえ、捨松と大山は、会津若松城では敵味方に分かれて戦った相手同士だったのでした。大山陸軍大臣の矢継ぎ早の申込みに対して、山川家は(会津)逆賊の家臣であることを理由に断ると、大山は今度は従兄弟の西郷従道を使者として送り込み、(西郷隆盛の従兄弟の)大山も逆臣の身内であると説き伏せ、ついに捨松の親代わりの兄、山川浩は苦し紛れに「本人の意思を聞く」と答えることになってしまいます。意思を聞かれた捨松は、「閣下のお人柄を知らないうちはお返事はできません」と答え、二人はデートをすることになりました。ところが、デートをしてみると、鹿児島訛りの強い大山と会津訛りの強い捨松は、最初は全く相手の言葉がわからなかったそうですが、フランス語で話し始めると途端に会話が弾み、捨松は親子ほどの歳の差のある大山の求婚を承諾する決意をします。その結婚の結果、捨松は会津戦争の敵と結婚したということで、故郷からは縁を切られ、大山も西南戦争で従兄弟で薩摩の英雄の西郷隆盛と戦った敵とされており、薩摩から縁切りをされていたので、会津と薩摩の故郷から捨てられた同志の二人が結婚により強い絆を築くこととなりました。西洋かぶれの大山は、妻となった捨松を連れて鹿鳴館(ろくめいかん)で鹿鳴館外交をしましたが、長身で社交ダンスが得意で、冗談を交えて、英語、フランス語、ドイツ語を駆使して各国大使やその夫人たちと流暢な会話で社交を盛り上げる捨松は鹿鳴館の花と呼ばれました。捨松は家庭では良き妻、良き母で、先妻の子を含む六人の子供たちを育て上げました。

 米国看護婦免許を持っていた捨松は、あるとき有志共立東京病院を見学しましたが、そこでは、看護婦の姿がなく、病人の世話をしているのは雑用係の男性数人であることに衝撃を受けました。そこで元海軍軍医総監で院長の高木兼寛男爵に自分の経験を話し、患者のためにも、女性のための職場を開拓するためにも、日本に看護婦養成学校が必要であることを説き、高木にその開設を提言しました。高木は、看護婦養成学校の必要性には同意したものの、資金難から実行は難しいと答えました。それならば、と、捨松は1884年6月、鹿鳴館で日本初のチャリテイーバザー”鹿鳴館慈善会”を開き、品揃えから、宣伝、販売に至るまで政府高官の妻たちの陣頭指揮を取り、3日間で予想を大幅に上回る収益を上げ、その全額を共立病院に寄付しました。この資金をもとに、2年後には日本初の看護婦学校、有志共立病院看護婦教育所が設立されました。

 1887年、捨松は日本赤十字社の後援団体日本赤十字篤志婦人会の発起人となりました。1894年の日清、1904年の日露の日本の国運をかけた両戦争では、夫の大山巌が陸軍参謀総長や満洲軍総司令官の重責を負って出陣した後、その銃後で、寄付金集めや婦人会活動をする傍ら、自分の看護婦資格を活かして日本赤十字社で戦傷者の看護を行い、また政府高官の婦人たちを動員して包帯造りなどをおこないました。また、積極的にアメリカの新聞に英文で寄稿して日本の置かれた立場や、苦しい財政事情を訴え、アメリカ世論を親日にする助けをしました。日本軍の総司令官の妻がアメリカの名門女子大学ヴァッサーの出身であることの物珍しさも手伝って、アメリカの世論は、親日に傾きました。アメリカで集まった義援金は、親友のアリスベーコンによって、捨松に送られ、さまざまな慈善活動に使われました。

 近代日本におけるチャリテイー企画や、ボランテイア活動の草分けは大山捨松だと言われています。

 また、捨松は、同じ官費留学生仲間の津田梅子が1900年、女子英学塾(のちの津田塾大学)を設立したときには全面的に協力し、その成功に貢献しました。1919年、捨松は全世界で大流行したスペイン風邪に罹患し死亡しました。享年58歳。

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筆者 プロフィール:
山﨑博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
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心臓病治療の最前線:最近の話題

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近お世話した患者さんの話をします。プライバシー保護のため、細部は少し変えてあります。

症例1:

70数歳の男性。18年ぐらい前、他州で心臓バイパス手術をおこなったが、その後、別の州に引っ越し、最近ミシガン州にやってきた。本人によると、バイパスは三枝に対して行われたと記憶しているが、詳細は不明、手術記録も残っていない。左前腕部に手術の跡があり、左橈骨動脈が、おそらくそのバイパスの一つとして使われたものと思われた。数ヶ月前から、階段を登ったり、少し歩くと、胸がキューッと締め付けられるような感じがするようになってきた。かかりつけの医者にニトロの製剤をもらって、飲んでいるが、最近胸の圧迫感の頻度も重篤度も増してきており、先週には、胸痛で夜中に目が覚め、冷や汗が出ることがあったので心配になり、私の外来に来られた。心電図は正常、身体所見も特に異常なし。タバコ喫煙の既往もなく、糖尿病もなく、血圧のコントロールも良好であった。新エコーで、左室躯出率は保たれており、局所的な壁運動異常は認められなかった。軽度の大動脈弁不全と僧帽弁不全症が認められた。症状から不安定狭心症の診断をつけ、鼠径部から、心臓カテーテル検査を行った。造影をしてみると、左内胸動脈から左前下降枝へのバイパスは、良好な状態で、問題はなかったが、他のバイパスは全て完全閉塞していた。左回旋枝は、比較的細い動脈で、多少狭窄があったが、症状を説明できるようなものではなかった。右冠動脈を造影してみると、中位部から遠位部にかけて、90%以上の狭窄が、直列的に多数存在しており、これが症状の原因と考えられた。この病変に対し、フェローの若い先生と共に、直ちにステント治療を行い、良い結果を得た。所要時間は1時間程度であった。(図1及び2、治療前と治療後)

 私が循環器医になった頃は、このような病変は、難治病変と考えられており、たとえ風船治療を行っても、短期及び長期の成績は悪いと考えられていました。しかし、最近のステント技術の発達により、このような病変が、比較的簡単に治療ができ、しかも薬剤溶出性のステントの登場で長期的な開存率も飛躍的

に改善したため、今では、外科手術を行うことなしに、経皮的に比較的容易に治療を行うことができます。

症例2:

70歳半ばの女性。現在喫煙中。最近、左頸動脈狭窄症が見つかり、その検査及び治療のため右脚鼠径部から、頸動脈造影を行なったが、その際、両側の腸骨動脈(大動脈から分岐して両足に行く大きな動脈)の狭窄及び閉塞が見つかった。左総腸骨動脈は完全閉塞、右総腸骨動脈は高度狭窄しており、本人に後から話を聞くと、両脚のけだるさと痛みがあり、特に左脚は、慢性の、軽度の蜂窩織炎を伴っていた。足が痛いのは、”歳のせい”と考え、放置していた。左の腸骨動脈の閉塞は、その起始部から始まって、外腸骨動脈、総大腿動脈に及ぶ長い閉塞で、経皮経管治療のみによっては、治療困難が予想されたので、外科治療とのハイブリッド治療を行うことにした。右の鼠径部から、逆行性に風船を入れ、風船を膨らませて、ある程度下ならしを行った後、直径10ミリの自然拡張性のステントを置き、良好な成績を得た。(図3及び4、治療前と治療後)

 この後は、血管外科の先生にバトンタッチをし、右鼠径動脈から左鼠径動脈に人工血管のバイパスをつけてもらうことで、両脚の虚血が解除されることになります。このハイブリッド治療の良い点は、経皮経管治療の良い点と外科手術の良い点を組み合わせて、最も侵襲が少ない方法で両脚の虚血の治療ができる点です。外科手術だけだと、腹部大動脈から両側の大腿動脈へバイパスをつけることになり、腹部大動脈が深いところにあるため、手術の侵襲度が飛躍的に高まります。鼠径から鼠径へのバイパスだと、下腹部の皮下にゴアテックスの管を通すだけなので、手術の難しさも、侵襲度もはるかに軽度です。

閑話休題:

 南アフリカ発のオミクロン変異の出現で、コロナの見通しはまた不明になってきていますが、日本では、最近劇的にコロナの陽性率、発症率、入院率、死亡率が激減しているようで、大変良いことだと思っています。それに比べて、しばらく小康を保っていたミシガンのコロナの感染状況は徐々に増加する傾向を見せており、予断を許さない状況になりつつあるのはあまり気分が良くありません。私の勤務する病院でも、コロナの入院総数は、しばらく10人から20人程度の横ばいを保っていたのですが、一昨日になって、コロナの入院総数が59人(うちワクチン未接種者43人)、最近24時間以内のコロナ診断での入院者12人(そのうちワクチン未接種者11人)と、じわじわと患者数が増加し始めているのが気にかかるところです。アメリカでは、ワクチンを打つか打たないかが、政治信条と絡まって語られることが多く、ある党の信奉者の中に強硬なワクチン反対派がいたりすることで、ワクチン接種が頭打ちになっているのは残念なことです。またインターネットで偽情報を流す人がいるのも問題です。

 11月19日、アメリカFDA及びCDCは、モデルナとファイザーの両方のワクチンについて、18歳以上の成人の全てに対して、ブースターショットを認める決定を下しました。今までは、65歳以上の高齢者か、ハイリスクの人に限られていたものを、18歳以上の成人の全てに広げたものです。2回目のワクチンを受けてから6ヶ月以上経っている方、是非、ブースターショットを受けられることをお勧めします。また今まで不幸にしてコロナに罹られた人も、ワクチン接種が再感染のリスクを下げることが確かめられています。ワクチンはコロナによる重症化や死亡率を下げます。コロナワクチンは無料で近所の薬局などで受けられます。前に受けた接種証明のカードを忘れずにご持参ください。

 

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筆者 プロフィール:
山﨑博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

心臓病治療の最前線:菅総理、ご苦労様でした。

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

9月3日、日本の菅総理は、今回の自民党総裁選挙に立候補しないという声明を発表され、事実上の退陣を宣言されました。コロナワクチンの積極的な導入と普及を始め、数々の良い施策を次々に実行し、成功されたのにも関わらず、地味な人柄からか、国民からあまり高く評価されなかったことは大変残念で、これからまだまだやり残したことが多くありそうですが、次の首相へバトンタッチされることとなりそうです。菅政権の功績は数々ありますが、なんといっても、首相就任直後のアメリカ訪問でバイデン首相と真っ先に首脳会談を開くとともに、ファイザー社の社長と直談判で、1億本のワクチンの日本への供給の約束を取り付けたことは、特筆にあたります。その後も国内での数々の困難を押し切って、当時日本の誰もが不可能と考えていた一日100万本のワクチン接種を公約し、実行し、超過達成したことは、なんといっても菅総理の業績でした。やっと日本国内のコロナ新規感染者数が低下し始めているのは、菅総理の努力に負うことが多いと思っています。私の日本在住の家族、友人たちに代わり、厚くお礼を申し上げます。菅首相ありがとうございました。

 その他、菅総理の功績としてあげられるのは、東京五輪、パラリンピックの開催および成功、デジタル庁の創設、福島原発処理水の海洋放出決定、“従軍慰安婦”表現不適切との閣議決定、重要土地利用規制法の制定、不妊治療への保険適用、携帯料金値下げ、日本学術会議の見直し、台湾外交の進展、などこれまで懸案となっていたにもかかわらず、火中の栗を拾う勇気のあるリーダーがいなかったために先送りされてきた懸案を次々に解決、実行されてきた点にあります。国民のためになると自分が信じることには、不人気となるのを覚悟で実行するのがリーダーの条件で、菅総理は、まさにそのリーダーとしての役割を立派に果たされたと思っています。

 JAMA(アメリカ内科学会雑誌)9月2日号に興味深い記事が載っていました。それは、2020年の7月から、2021年の5月まで、毎月、アメリカ全国で行われた1,443,519献血者の検体の血液について、コロナウイルスのS抗体とN抗体が存在するかどうかを検査し、それを、採血場の郵便番号地域での性別、年齢、人種などによって補正したものと照らし合わせて、時時刻刻の累積感染者の数と比較した結果について報告したものです。N抗体は、過去のコロナ感染のみによって陽性となり、S抗体は過去のコロナ感染かワクチンの接種により陽性となります。これにより、SもNも陰性であれば、ワクチンも、感染も起きていない人、Sだけ陽性であればワクチンを打った人、NもSも陽性であれば、その人に過去にコロナの感染が起きたことの証明になります。このN陽性の人の中には、ワクチンを打ったのちに感染した人、感染が起きた後ワクチンを接種した人、ワクチンを打たず、感染が起きた人の全てが含まれます。この図1のグラフを見てみると、アメリカ全土で、なんらかの経緯で新型コロナに対する抗体を持っている人は、2021年5月現在、80%を超えています。そのうち、なんと約4分の一は、新型コロナの自然感染によって、抗体を獲得していることがわかります。しかも、図2によれば、時々刻々の感染状況と比べてみると、疫学的な“感染者(=発症報告者)”に比べて、抗体陽性者(=感染者)数は、約2.1倍から3.1倍となっていることがわかります。つまり、新型コロナの感染者のうち約半数は、無症状か、ごく軽い症状で、コロナ感染の自覚がない人だということがわかります。従って、感染者=発症者ではなく、発症報告者がいればそのおよそ倍の人数の感染者がいるということがわかります。

 また、感染者:発症者率が2020年7月の3.1から2021年5月の2.1に下がった原因としては、PCR検査の普及などにより、新型コロナ検出率が向上したことが関与しているかもしれません。また、図1によればワクチンが導入された2020年の12月以降のS抗体陽性率の急上昇は、その大部分が、ワクチン接種のおかげだということがわかります。

 最後に、8月19日付のオレゴン大学病院の入院者数、集中治療室入居者数、および呼吸器装着患者数をコロナワクチンを接種したかどうかで層別化した図(図3)をお示しします。ワクチンはコロナによる重症化を防ぎます。ワクチン未接種の人は、どうか、これらのデータを見た上で、賢明な判断をしていただけるようお願いします。

図・出典:JAMA (アメリカ内科学会雑誌)

 

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山﨑博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
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心臓病治療の最前線:コロナワクチンの接種をまだ迷っている人たちへ

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心臓病治療の最前線
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2019年の年末ごろ中国武漢に発生した新型コロナウイルスは、今や、日本や米国を含めて世界中に広がり、2020年の7月に世界的大流行という宣言が、世界保健機構より出されて以来、もう1年以上経ちますが、いまだに先行きの不透明感が必ずしも払拭されていないのが残念ながら現状のようです。日本では東京オリンピックが無観客の中開催され、日本を含めて世界中の人に多くの感動を与えてくれましたが、その直後ごろから、東京をはじめ日本の各地で、感染者が増加するなど、予断を許さない状況が続いています。

 このような中で、良いニュースといえば、ウイルスの発生が2019年12月31日世界で初めて武漢で報告されて以来1年以内という驚異的スピードで、新型コロナウイルスに対するワクチンが開発、実用化されたことで、これには、メッセンジャーRNAをワクチンとして使うという、技術上の、大きなブレークスルーが貢献しており、この技術を開発した研究者が、近い将来ノーベル賞を受賞するのは間違いないことと思われます。メッセンジャー RNAを使ったワクチンには、ファイザー社とモデルナ社の2つのワクチンがありますが、どちらも、有効性と安全性は、極めて高いことが示されており、医学的な観点からは、12歳以上(ファイザーワクチンの場合)、モデルナは18歳以上、の全ての人々に、これらのワクチンを接種することが、推奨されています。従来型のアデノウイルスを使ったワクチンも実用化されており、これらを含めて、この原稿を書いている2021年の8月の時点で、全世界で、48億9千万回のワクチン接種が行われたと言われています。これは、単純計算で、100人につき、64回の接種が行われたことになります。米国では、3億6千万回の接種がなされました。これは、全人口の50.8%、ワクチン対象の人口の59.4%に相当すると言われています。日本では、これまでに1億1千万回接種されたと報告されています。アメリカでは、免疫不全疾患がある人には、三回目のワクチンを推奨するとの発表が本年8月3日にあり、また、8月18日には、本年9月20日から、全人口を対象としてファイザーとモデルナのワクチンの三回目の接種(二回目の接種から8ヶ月を超えた人に対して)ブースター接種を開始するとのニュースが発表されました。これは、ワクチンの効果は時が経つにつれ減少し、8ヶ月後には、十分な防御作用に必要なレベルを下回るとのエビデンスが出てきたためと言われています。また、これらのワクチンについては、近い将来、緊急使用許可(EUA)という規定を解除し、通常の使用許可に切り替える可能性があると報道されています。通常使用許可になれば、現在接種をためらっている人にさらに説得性を持ってワクチン接種を薦めることができる可能性があります。

◆ ブレークスルーがあると聞いたけど本当?

 ファイザーかモデルナのワクチンの二回の接種を終えた後に新型コロナに感染することがあるという話を聞いて、ワクチンは効かないと思っておられる方がおられるのですが、それは、事実ではありません。色々な理由で、免疫力が低下している人、例えば、ステロイドなどのお薬を使用していたりすれば、当然、ワクチン接種後の抗体生成能力は低下しているわけで、これらの人に、正常免疫能力のある人と全く同じワクチン効果を望むのは無理があります。また一度新型コロナウイルスに感染したことのある人が、再度新型コロナウイルスに感染した例も報告されています。こうしたことから、ワクチンを接種したから、自分はもうコロナに感染したことが過去にあるから、マスクをしないで良い、社会的距離を取らなくて良いという議論は成り立ちません。

 ワクチンの効果は、身体がウイルスに遭遇したのち、感染を防ぐという効果だけではありません。米国疾病管理局の発行する、疾病死亡率及び病態率週報の本年7月9日号によれば、ファイザーおよびモデルナのワクチンは、30歳以上の男性について、百万回の接種につき、1万5300のコロナ感染を防ぎ、4598のコロナによる入院を防ぎ、1242の集中治療室入院を防ぎ、700のコロナによる死亡を防ぐ効果があると報告しています。つまり、これらのワクチンには、感染を防ぐという効果ばかりでなく、症状の発症を防ぎ、入院の必要を低下させ、集中治療室治療の必要性を低下させ、コロナによって死亡することを防ぐという、何層にもわたる多重の効果があるのです。ですから、ワクチン接種後に、不幸にして感染したとしても、症状を軽くし、入院を必要とせず、重症化したり、死亡したりする危険を低下させるという効果が高いということです。また、ワクチンが、コロナ感染後に、長期にわたって、呼吸苦や、倦怠感が持続する、コロナ感染後症候群を減少させる効果も見逃せません。ワクチンは、新型コロナ感染の全ての段階に影響する、欠かせない武器です。

 実際、私の勤務する病院で、最近2週間の間にエクモ(対外循環式酸素交換装置)治療を必要とする3例の重篤コロナ患者さんが搬送されてきましたが、その3人すべてが、ワクチン未投与の患者さんでした。ワクチン投与によっておそらく防げたであろうこのような悲劇を見るにつけ、ワクチンの重要性を日々の病院勤務で肌で感じています。私の経験では、今までにワクチンを接種された人でコロナで死亡した症例は一度も見たことがありません。

◆ ワクチンの副作用が心配です

 先ほど述べた、疾病死亡率および病態週報7月9日号によれば、ファイザーおよびモデルナのワクチン接種後に、ごく稀に心筋炎、心囊膜炎が起きることが報告されています。これは、若い男性に多く、12歳から29歳の男性100万回の接種で39から47例の率で発生すると言われています。女性には少ないようです。症状としては、胸痛や呼吸苦が起きると言われています。その多くは、安静と保存的治療で寛解すると言われています。死亡に至る例は今のところ報告されていません。それ以外は、他のワクチン同様、接種箇所の軽度の痛みや腫れ、頭痛、発熱などがありますが、そのほとんどは、数日以内に寛解すると言われています。ギランバレー症候群の発生は報告されていません。

 ヤンセン ジョンソンアンドジョンソン社のワクチンは、ごく稀に血小板減少症を伴う血栓症や、ギランバレー症候群(四肢の麻痺)などの副作用の発生が報告されており、前者による死亡例も報告されています。米国食品薬剤管理局は、今年7月、ジョンソンアンドジョンソン社のワクチンによるギランバレー症候群の可能性に対する警告書を発行しました。

 アストラゼネカ社のワクチンは、現在のところ米国では承認されていません。

◆ デルタ変異株って何?

 コロナウイルスは、RNAウイルスで、RNAウイルスは、増殖するときに、コピーエラーが発生しやすいことで有名です。これらのエラーは、ランダムに起こり、その多くは、ウイルスをむしろ弱めてしまう効果があります。ところが、たまに、ウイルスの病毒性を強める変異が起きることがあり、その結果ウイルスの間での生存競争により、その変異株が優勢種になります。デルタ株は、感染力の強さを示すRoという数字が6で、既存のウイルスのRo=2.5の3倍近くあり、こうして、2020年の12月にインドで初めて報告されたデルタ変異株は、瞬く間に世界中を席巻し、今ではアメリカで流行しているコロナウイルスの90%はデルタ変異株であると言われています。しかし良いニュースは、現在アメリカで使われているファイザーとモデルナのワクチンは、デルタ株にも有効であり、重症化や死亡を抑える効果があるということが示されています。実際、現在アメリカのコロナウイルスのホットスポットは、アラバマ州などのワクチン未接種率の高い地域で、このような州では、未接種者の重症化や死亡が報告されています。デルタ株は、ワクチン既接種者に対しても感染を起こすことが稀にあり、ワクチンの作用によって発症が抑えられて本人が気づかないまま他人にデルタ株を伝染してしまう可能性が稀に起こりうることが報告されています。ワクチンを接種した後も、人混みでのマスクの着用や、社会的間隔保持の必要性は当分なくなることはなさそうです。

◆ コロナは子供達にも感染するの?

        子供から大人への感染リスクは高いの?

 コロナの流行の発生した初期の頃は、重症化や死亡率の高い老人や既往疾患のある人の感染に、関心が向けられてきました。しかし、高齢者へのワクチン接種が一応ひと段落ついた最近になって、若い成人や青年、そして子供達のコロナの感染に関心が向けられるようになってきました。JAMAアメリカ内科学会小児科分会雑誌の最新号によれば、0歳から3歳の赤ちゃんと14歳から
17歳の青年を比べると、赤ちゃんからの家庭内感染のリスクは、年齢の高い子供たちに比べて1.43倍高いという結果が出たそうです。赤ちゃんにマスクをさせることは至難の業ですし、赤ちゃんは、抱っこされたり、あやされたり、涎を垂らしたり、オムツを換えてもらったりと、大人との濃厚接触を避けることは不可能です。家庭内でのコロナ感染を防ぎ、重症化を防ぐためには、家庭内でワクチンの対象となる全ての人がワクチンを接種することが、唯一の方法です。赤ちゃんからもらったコロナが、病原性が少ないというデータはどこにもありません。現在、アメリカでは、6歳から12歳の児童に対してのワクチンの治験が進行中で、専門家によれば、その治験の結果が今年末にも判明する予定で、その治験でワクチンの安全性と有効性が確認されれば、6歳以上の児童にも、2022年初頭にはワクチン接種が開始される可能性があります。さらにその先には乳幼児を対象としたワクチンの治験がなされることでしょう。

◆ コロナワクチンの職場や学校での義務化について

 現在、軍隊や学校、病院などでは、そこに属する全ての人たちに、コロナワクチンの接種を義務化する動きが進んでいます。私の働く病院でも、医師や看護師だけではなく、全ての従業員に、ワクチンの接種が義務化されることが告知され、今年11月1日までにワクチン接種をしていない人は、職を失うことになります。ミシガン大学では、全ての学生にワクチンが義務化されました。新型コロナという病気の脅威と、ワクチンの有効性、安全性のデータを突き合わせてみれば、これらの動きは妥当であるように思えます。学校における感染を防ぐことは、家庭内感染を防ぐことにつながります。

◆ 妊婦とワクチン

 新たに承認される薬剤やワクチンの治験において、妊婦が含まれることはごく稀です。それは妊婦や胎児に未知の副作用があるかもしれないということで、ファイザーやモデルナのワクチンの治験にも、妊婦は含まれていませんでした。したがって、昨年末にワクチンが承認された時には、妊婦に関する安全性は不明のままでした。しかし、ワクチンが承認されたのち、世界中で多くの妊婦さんにもワクチン接種がなされ、その安全性が確認されました。したがって、現在、アメリカ疾病管理局は、12歳以上のすべての成人(妊婦、授乳中の母親、将来妊娠を予定している若い女性なども全て含めて)に、コロナワクチン接種を勧めています。授乳中の母親がワクチンを接種した場合、その抗体が、母乳を通じて赤ちゃんに伝えられることもわかっています。妊娠中の女性や授乳中のお母さんが、コロナにかかって重体になったり死亡したりすれば、死亡率は1人ではなく2人(以上)となりかねません。妊婦さん、若いお母さんは、ぜひワクチンを接種
してください。

  “ゼロ・コロナ” から “ウイズ・コロナ”へ

 このウイルスの震源地、中国では、今でも一人でも患者が見つかれば、そのマンション全体、村全体を閉鎖したり、ゴーストタウンにすることで、感染を封じ込めようとしているとの報道がされていますが、民主主義の国では、このような乱暴な手法を取ることは可能であるとも、適切であるとも考えられてはいません。一方で、世界で一番コロナワクチンの接種が進んでいると言われているアイスランド;そこでは16歳以上の女性の96%、男性の90%が少なくとも一回の接種済みだと言います。そのアイスランドでも、デルタ変異株の影響で、コロナ患者の数が最近上昇してきたと言われています。しかし、コロナでの死亡率は上昇しておらず、大半の感染は軽症に終わっています。つまり、ワクチンが効果を顕しているということです。現在の世界の状況を見ると、コロナの流行がすぐにも終息することはなさそうですが、ゼロコロナではなくウイズコロナ、ワクチンと社会的距離、マスクの使用などを適切に組み合わせることにより、人間らしい生活を取り戻していける日が1日も早く来ることを希望しています。

参考資料:JAMA September 18,2021. “Confronting the Delta variant of SARS-COV-2, Summer 2021.”
JAMA Pediatrics September 16,2021. “Association of age and pediatric household transmission of SARS-COV-2 infection.”
JAMA pediatrics September 16, 2021. “Yes, Children can transmit COVID, but we need not fear.”
Morbidity and Mortality Weekly report July 9, 2021.: Centers for disease control and prevention

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筆者 プロフィール:
山﨑博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
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心臓病治療の最前線:蚊除けダニ除け対策は十分ですか?

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

ミシガンにも本格的な夏がやってきて、野外で過ごすことも多くなってきました。その時に気になるのが、蚊やダニなどの害虫に刺されることです。ミシガンは、比較的、蚊やダニに媒介される病気、例えば、マラリヤ、ジカ熱、デング病、黄熱病、日本脳炎、ウエストナイル病、ライム病、ツツガムシ病などは、比較的稀ですが、それでも、蚊やダニに刺された後は、痒みや腫れ、痛みなど不快な症状に悩まされることが多くあります。ある種のダニ(deer tick)に噛まれた後には、ライム病などの心配が起きることがあります。こうしたことを避けるためには、何よりも予防が一番ということになります。こうしたことから、アメリカでは、疾病予防局(CDC)や、環境保護局(EPA)などは害虫を近づけない薬(insect repellants)の使用を勧めています。こうしたお薬は、長袖、長裾の衣服の着用や、蚊やダニの多く出ている場所や時間帯を避けるといった方法と組み合わせることによって最も効果が上がると言われています。

 こうした害虫よけのお薬は、市場にたくさん出回っており、どれがいいのか迷うことがあります。今月号のThe Medical Letter誌(July 12,2021, volume 63)には、医学的立場から見た、害虫よけのお薬のまとめが特集されており、もし興味がある方は、読んでみられるといいと思います。ここでは、その記事をもとに、日本語で、できるだけわかりやすく解説させていただきます。

Deet(ディート):

アメリカで、一番よく使われており、最も効果的と言われているのが、DEETという成分をもとにした、虫除け剤で、使用法を守って使う限りにおいて、妊婦にも、2ヶ月以上の乳児にも、安全だとされています。DEETを基にしたお薬にもいろいろあって、スプレーや、ローション、ワイプなどがあります。赤ちゃんの肌に向かってスプレイをかけるのは気になる、というもっともな心配に対して、ワイプを使うという方法は、良い方法だと思います。

DEETの成分がどのくらいの期間、肌にとどまって、虫除けの効果を発揮するかは、DEETの濃度の高いものほど、長期間その効果が持続すると言われており、また、汗や、雨風、プールなどでどのくらい皮膚から流れ落ちるかによって有効時間は変わってきますので、汗をたくさんかいた場合や、プールなどで水に入った場合は、薬を上塗りすることが必要になることもあります。またワイプの持続時間は比較的短く、2時間と言われていますので、ワイプを使用してのち、戸外に長くいる場合は、2時間後には再び塗布する必要があります。また、アメリカ小児科学会は、小児に使用するDEETの濃度の上限を、30%以下としています。ですから、濃度が高いもの程よいというわけではありません。市販のDEETの大部分は、こうした理由から濃度を30%以下に抑えてあります。

DEET以外には、ピカリヂン(picaridin)、IR3535, レモンユーカリ油(Oil of Lemon Eucalyptus)、PMD、2undecanon, Citronella Oilなどが市販されています。DEETはどうしても嫌だという人は、こうしたお薬を試してみられるのもいいと思います。

また、日焼け止めのクリームを使用される方も多いと思いますが、その場合、日焼け止めクリームを塗った上から、虫除けスプレーをかけるということが推奨されています。虫除けスプレーは、日焼け止めクリームのSPF効果を少し弱めると言われていますが、逆に、それを避けるために、DEETの上から日焼け止めクリームを塗ると、DEETを体内に吸収することを促進すると言われています。こうしたことから、日焼け止めクリームと防虫剤を混ぜて使うこと、および、防虫剤を日焼け止めの下に使うことは避けるべきだと言われています。防虫スプレーは、日焼け止めクリームの上から塗布してください。

Permethrin(パーメスリン):

今までに述べたお薬は、露出した肌に使用して効果を上げようとするものですが、衣服や帽子、テントや蚊帳、寝袋などに塗布して、虫除け効果ばかりでなく、接触した虫に対する殺虫効果をあげる薬剤があります。パーメスリン(Permethrin)というお薬で、スプレーで市販されています。また、このお薬をあらかじめ染み込ませた衣服も市販されており、製品によっては、数回の洗濯に耐え、
数週間は効果が持続すると言われているものもあります。このような、あらかじめ薬を染み込ませた衣服を買うのも一方法ですが、数度の洗濯で、効果がなくなってしまうことを考えれば、自分のお気に入りの服に、自分でスプレーするのが、良いように思われます。このお薬は、肌に塗布して使うお薬ではありませんので、肌に直接スプレーしたりすることは避けてください。

 その他、DEETなどを、リストバンドや、貼付薬のようなものにつけて市販しているものもあるようですが、これは効果がないと言われています。

  害虫による感染症  

  • Chaga’s disease(チャガ病)
    南アメリカなどでkissing bugと呼ばれる害虫に噛まれることで起きる病気です。拡張性の心筋症、心不全を起こします。
  • Lyme disease(ライム病)
    アメリカ東北部などで、ダニ(deer tick)の一種によって媒介される病気で、循環器の領域では、伝導系の障害を起こし、不整脈を起こす可能性があります。
  • Zika(ジカ熱)
    中南米に流行っていた、蚊を媒介とした伝染病で、妊婦がかかると、胎児に、重篤な先天性奇形の危険が高まりますが、2021年現在では、アメリカ合衆国内部での感染は報告されていません。

 このような病気は、ミシガン州では、ごく稀であると考えられており、害虫に噛まれることを過度に恐れて、夏の間の楽しい野外活動を避ける必要はないと思いますが、蚊やダニに噛まれた後での、痒み、腫れ、痛みなどの不快感を考えると、蚊やダニに噛まれることを最小限にすることには意味があると思います。

::おまけ::
私の生まれた山口県では、蚊に刺されることを、“刺す”と表現し、“蚊に噛まれる”という表現は聞いたことがありませんでした。大学生の時、関西に来て、“蚊に噛まれた”という表現を初めて聞いた時はずいぶん違和感がありました。蚊の口は、顎が退化して、一本の中空の管になっており、それを突き刺して、注射針のように、血を吸うわけですから、“刺す”が適当だと今でも思っています。しかし、時が経って、何度も“蚊に噛まれた”という表現を聞かされた後には、今では最初の頃の違和感は無くなりましたが、皆さんの故郷ではどうですか?“蚊に噛まれる”派ですか?“蚊に刺される”派ですか?言語学の先生に会う機会があれば、一度聞いてみたいと思っています。アメリカは、昆虫には全く興味がない国で、虫の全てをbugで済ましてしまう国ですから、“mosquito bite”と言いますが、これは、勘定には入らないと思います。

参考文献:The Medical Letter誌(July 12,2021, volume 63)

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筆者 プロフィール:
山﨑博
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心臓病治療の最前線:日本企業頑張れ

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

コロナの世界的流行も、ワクチンの成功により、アメリカでは、病院や診療所では、まだ100%マスク着用は続いているものの、ワクチンを打った人たちの間でのマスクなし会合は徐々に始まっていますし、全体として随分と落ち着いてきたようで、大変喜ばしいことです。私が通っているジムでも、マスク着用は不要となりました。日本でも、この原稿を書いている時点で、約3000万本、全人口比で約15%のワクチン注射が達成されたというようなニュースもあり、菅総理の提唱していた1日100万本のワクチン注射を行うという意欲的な計画も達成されたもようで、オリンピックを前に、全国民に対するワクチン注射が進んでいることは喜ばしいことです。東京オリンピックについては、色々賛否もあるようですが、オリンピックを行うという目標があるからこそ、ワクチン注射が加速されているようで、もしオリンピックがなければ、保守的な世論の強い日本で、ワクチン注射はいつまで経ってもぐずぐずしていたのではないかと思います。黒船の到着で明治維新が始まったように、オリンピックという黒船の到来で、日本の次の進路がひらけて行くことを祈っています。

 個人的には、オリンピックに向けて大変な努力をして準備をしてきた日本代表選手達の活躍を見てみたいという希望があります。卓球の伊藤美誠、石川佳純、急性白血病を克服してオリンピック代表に選ばれた水泳の池江璃花子、マラソンの鈴木亜由子、体操の内村航平、テニスの大坂なおみ、中距離トラックの田中希実など、日本が世界に誇る選手達が東京オリンピックという世界の大舞台で活躍するのを見るのは、コロナで打ちひしがれた世界に大きな希望を与えてくれるに違いありません。

 今日は、心臓カテーテル検査室における日本企業の活躍というテーマでお話しします。あまり知られていない話かもしれませんが、心臓病治療の最先端をゆく心臓カテーテル検査室で、日本企業の製品が、存在感を増しています。その代表的なものが、朝日インテックという会社とテルモという会社です。

 朝日インテックという会社ですが、心臓カテーテル治療に欠かせないワイヤーを作るのを得意にしています。昔は、私を含めて、多くのアメリカの医者達は、ガイダント(アボット)という会社の作るワイヤーを使っていましたが、心臓カテーテル治療が次第に複雑化するに従い、それぞれの状況に特化したワイヤーが必要となり、そのためのワイヤーとして、朝日インテック社製のシオン、シオンブルー、シオンブラックなどのワイヤーを使うようになりました。その他にも朝日の製品には、ガイヤ、ガイヤネクスト、フィールダー、ミラクル、スオーなどそれぞれの状況に合わせて使う特殊ワイヤーの品揃えが豊富です。また分岐部病変に使う、サスケという、側孔カテーテルもあります。また慢性閉塞病変の通過に欠かせない、極小カテーテルのコーセア、カラベル、トーナスなども朝日の製品です。心臓カテーテル治療が複雑さを増せば増すほど、日本製品が欠かせないものになって行くというのは間違いない傾向だと思います。

 また、テルモという会社ですが、もともと体温計メーカーとして日本で設立された会社ですが、今では、アメリカを含め多くの国に子会社や関連会社を持つ世界的大企業となっています。テルモは、滑りやすいワイヤーの得意な会社で、ワイヤーやカテーテルのコーチングの工夫により、滑りやすいワイヤーやカテーテルの市場で絶対的な存在感を示しています。滑りやすいコーチングは、海藻などのヌルヌルしたぬめりを研究して開発されたという話を聞いたことがあります。手首からカテーテル検査や治療をする際に、テルモのシースは、滑りやすく、挿入がしやすいのが特徴です。テルモのグライドアドバンテッジというワイヤーは少し値段が張るのですが、0.035インチのワイヤーの中では、先端の滑りやすさに加えて、群を抜いた安定性と操作性があり、優れ者のワイヤーです。またテルモのランスルーというワイヤーは、操作性、反応性に優れており、私の冠動脈治療に使う汎用性ワイヤーの第一選択の一つです。治療中に二本、三本と複数のワイヤーを使うことも多いのですが、その時に、ワイヤーの終末端に特徴的なマーカーが入っており、これも、混乱を防ぐために大変有用な、私が気に入っている特性の一つです。

 こうした日本企業の製品を使っていての楽しみは、製品に日本語名が付けられていることが多く、それぞれの製品につけられた名前の由来を想像しながら、私一人で密かに楽しんでいます。もちろん私以外に日本語がわかる医者はいませんので、私一人の楽しみということになります。

 例えば、シオンというのは、菊科の植物の紫苑(シオン)に由来しているのではないかと想像しています。またサスケというのは、真田十勇士に出てくる、猿飛佐助を想像させますし、タケルというバルーンは、日本武尊(ヤマトタケル)をおそらく念頭においたネーミングだと思われます。スオーはおそらく、周防(山口県)のことではないでしょうか?

猿飛佐助:

真田幸村に仕えた真田十勇士の一人で、甲賀流忍術使い。大坂夏の陣で徳川方に敗れたのちは、幸村と共に薩摩に逃れたと言われている。明治末期から大正期にかけて作られた立川文庫の作者達によって作られた架空の人物という説もあるが、実在の人物をモデルとして作られたという説もある。漫画などでは、忍術使いのスーパーヒーローとして描かれることが多い。

ヤマトタケル:

日本武尊は、日本の古事記、日本書紀、常陸国風土記など多くの実在する歴史書に描かれた日本古代の英雄。古代の英雄の中では、聖徳太子とともに、天皇の皇子でありながら、結局天皇にならなかった、数少ない人物の一人。父の景行(けいこう)天皇に命じられて、双子の兄の大碓尊の代わりに、西国にゆき、クマソタケル兄弟退治をする。女装をしてクマソ兄弟の宴会場に忍び込み、まず兄を、そして弟タケルを殺したが、その際、弟は、日本武尊の武勇を認め、タケルという自分の名前を彼に与えた。西征が勝利に終わって都に帰ると父景行天皇は、タケルに直ちに東征を命じた。タケルは、伊勢神宮に参拝し、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を与えられ、東征にでかけたが、静岡県の焼津というところで、敵に野中で火責めに遭う。タケルは草薙剣で草を払い、火打ち石で迎え火をつけ、炎を退ける。生還したタケルは敵を殺し、敵の死体に火をつけて焼いたことから、その地が焼津と呼ばれるようになった。タケルはさらに東征を続け、相模国(現在の静岡県)から、上総(現在の千葉県)に渡る際、にわかに海が荒れ、これを鎮めるために、妻の弟橘媛(おとたちばなひめ)が海中に身を投じると、たちまち海は静まった。入水の際に弟橘媛は、ヤマトタケルの優しさを回想する歌を詠んだ。

さねさし相模の小野に燃ゆる火の

火中に立ちて問ひし君はも

訳: 相模野の燃える火の中で、私を気遣って声をかけて下さったあなたよ……

 その後、タケルは東征を続けたが、行く先々の各地で、自分のために海に身を投げて死んだ弟橘媛を悼み、思い出して、“吾妻はや” 我妻よ!と嘆いた。それにより、関東各地に吾妻という地名が残っている。信濃を経て、尾張(愛知県)に戻ったタケルは、そこで美夜受比売と結婚する。タケルは、草薙剣を美夜受比売の元に置き、素手で伊吹山の荒ぶる神退治に出かけた。山に登る途中で白い大猪が現れるが、タケルはこれを単なる荒ぶる神の使者として見逃すが、実は、それは荒ぶる神自身であった。これにより、神は大氷雨を降らし、タケルは失神する。その後ようやく山を降りたタケルは、病の身となっており、能褒野(のぼの、現在の三重県亀山市)にて死亡する。この時、「倭(やまと)は国のまほろば たたなづく 青垣(あおがき) 山隠れる 倭(やまと)し麗(うるわ)し」から、「乙女の床のべに 我が置きし 剣の大刀 その大刀はや」に至る4首の国偲び歌を詠って亡くなった。ヤマトタケルの息子の一人が第14代天皇仲哀天皇である。仲哀天皇の妃が、三韓征伐で有名な神功皇后である。

(猿飛佐助およびヤマトタケル:ウイキペヂアの叙述を下に、著者が要約した。文責著者)

 悲劇の英雄ヤマトタケルを偲びながら、冠動脈複雑閉塞病変を治療している今日この頃です。

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筆者 プロフィール:
山﨑博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

心臓病治療の最前線:鬼に金棒 〜とてもいい予感: コロナの終わりが見えてきた?〜

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

今年5月3日号の The Medical Letter 誌によると、コロナの治療薬として有望な薬が見つかるかもしれないとの記事が出ていました。私だけの胸の内にとっておくのはもったいないので、皆さんとシェアすることにします。

 同誌によると、強迫神経症のお薬として市販されている(お医者さんの処方が必要ですが)フルボキサミンというお薬を使った2つの臨床治験で、軽症のコロナ患者さんに使ったところ、重症化するのを防いだとの報告がなされています。フルボキサミンというお薬は、セロトニンを細胞内に取り込むことを阻害する薬で、その薬理学的効果が、強迫神経症のお薬として使われている薬理作用です。セロトニンを細胞に取り込むことを阻害するお薬は他にもいくつかあり、この薬が他の薬に比べて特にその効果が優っているというわけではありません。

 この薬が特別なのは、そのセロトニン取り込み阻害剤としての働きの他に、この薬には、細胞内の小胞体と言う細胞内小器官のシグマ1受容体に強く結合する作用があることがわかっていることです。このシグマ1受容体結合が、実験室の中では、コロナウイルスの増殖を抑える働きがあると言うこともすでにわかっています。そしてまた、動物実験では、このシグマ1受容体結合が、敗血症の動物の炎症反応を抑えると言うこともわかっています。ですから、理論的にはこのものは、コロナウイルスに伴うサイトカインストームという現象を抑え、致死性の呼吸困難症候群を防ぐ可能性があるといえます。

 とは言っても、これだけでは、実験室の中だけの話で、それがどうしたと言われればそれまでの話です。ところが、最近、2つの臨床治験が行われ、どうやら、このものが新型コロナウイルス感染症治療の本物の決め手になるかもしれないということが予感されるようになってきました。

 一つの臨床治験は、軽症の新型コロナ患者被験 者152人を無作為抽出二重盲検治験で15日間の治 療群と偽薬群とに振り分けて、呼吸苦と低酸素症を主要終末結果として調べたところ、治療群では80人のうち0(ゼロ)人、偽薬群では、72人のうち6人が、呼吸苦または低酸素症を訴えていたという結果が出ました。 

 もう一つは、カリフォルニア州のとある競馬場の従業員寮で新型コロナのクラスターが発生した際、陽性者の希望者を募って、この薬を14日間にわたって投与した65人の治療群と、この薬を希望しなかった48人の人を対象群として、14日後に前向きコホート調査※2をしたところ、治療群では一人も症状がなかったのに比べて、非治療群では48人中29人に症状があり、6人が病院に入院治療が必要となり、2人が呼吸器装着を必要とし、1人が死亡しました。

 この2つの治験は、比較的被治験者の数が少なく、これらだけでは確定的な結論を出すのは難しいので、現在、アメリカで、二重盲検不作為抽出治験が進行中です。30歳かそれ以上で、新型コロナテストが陽性で、今まで新型コロナワクチンの投与歴がなく、発症後7日未満の人なら、インターネットを通じて治験に参加できます(https://stopcovidtrial.wustl.edu)。ここに申し込んで受け入れられれば、治験の薬と自己モニター用の検査器具が自宅に送られてくるそうです。この治験は、セントルイスのワシントン医科大学の研究者たちが中心となって実施しているようで、今年の9月ごろには受付締め切りの予定だそうです。もし身の回りに、30歳かそれ以上で、最近7日間以内に新型コロナ陽性となり、新型コロナワクチンの投与歴がなく、症状がある人がおられましたら、治験に申し込まれるのを考慮されることをお勧めします。

 このお薬の良いところは、すでに、アメリカ食品薬物局の承認を得たお薬であり、経静脈ではなく錠剤で、予期しない副作用がある可能性が低いことです。

 アメリカ国内でのワクチン投与も進んでおり、これに、このお薬のような有効な治療薬が加われば、予防と治療の両面で重大な進歩が見えてくるわけで、鬼に金棒、長かった新型コロナの世界的大流行の出口がもうそこに見えてくるかもしれないとワクワクしている今日この頃です。

 ブラジルと韓国でも、このお薬を使った臨床治験が進行中と聞いています。ワクチンの投与率のまだ低い日本ではこのような治験ができる絶好のチャンスと思っていますが、どうでしょうか。日本でもこのお薬はすでに1999年以降、うつ病の薬として臨床使用が承認されているそうです。誰か日本の厚生省か大学の医学部で新型コロナウイルス感染治療の臨床治験の音頭取りをする人が出てきてくれると良いのですが。

ワシントン医科大学 コンタクトレス 治験情報
https://stopcovidtrial.wustl.edu

<参加条件>

  • 30歳、または、それ以上
  • 最近7日間以内に新型コロナ陽性となった
  • 新型コロナワクチンの投与歴がなく、症状がある
  • その他の条件あり。詳しくは上記ウェブサイトから

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筆者 プロフィール:
山崎博
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心臓病治療の最前線:心不全のお話

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2021年5月号掲載)

しばらくの間、コロナの話など、心臓と直接関係ないお話ばかりしてきたので、今回は心臓の話に戻ります。心不全のお話です。

心不全という言葉は、医療に関係ない方でも、新聞のお悔やみ欄や、テレビのニュースで年配の方が亡くなられた原因として、心不全でお亡くなりになりましたというようなことを目にされたり、お聞きになったりしたことがあるのではないでしょうか?またご家族や親戚の方で、心不全で亡くなられた方がおられるかもしれません。

心不全というのは、”心臓の機能不全”を短くした言葉であると言っても良いと思います。では、心臓の機能というのは何でしょうか?それは、血液を他の臓器に送り、体の隅々にまで行き渡させるためのポンプであると一言で言えると思います。この機能を果たすために、心臓には4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)があり、それぞれの部屋には、逆流を防ぐための弁が備え付けられています。また、右心房、右心室と、左心房、左心室とは、隔壁で隔てられており、肺動脈に向かう血流と、大動脈に向かう血流とが混ざらないようになっています。また、血液を受ける心房が拡張したのちに収縮して、それぞれの心室に血液を送り込むときに、そのちょうどのタイミングで心室が拡張して血液を受け入れることができるよう、心房と心室は、絶妙な時間差で拡張と収縮を繰り返しています。これらの機能のいずれもがうまく働いた時にだけ、心臓の機能が正常に働きます。

例えば、心筋梗塞や、拡張型心筋症で、心室の収縮機能が損なわれると、心不全が起きます。4つある弁のどれかが、閉鎖不全や狭窄を起こしてしまうと心不全となります。何らかの原因で、或いは先天的に、隔壁に穴があくと、心不全の原因となりえます。また、心房と心室の協調した拡張および収縮を乱す不整脈、例えば、心房細動、心室速脈、高度房室ブロックなどでも、心不全が起きます。

心不全には、急性のものと慢性のものがあります。

急性心不全

急性心不全は、直ちに生命の危険がある状態ですので、直ちに救急車を呼び、医療機関で、診察と治療を受けなければなりません。

急性心不全の原因としては、急性心筋梗塞による急性の心筋壊疽や機能障害による左室不全、乳頭筋破裂や心臓内膜炎による急性僧帽弁不全症、急性大動脈弁不全症、左室自由壁破裂、心室中隔破裂、心臓タンポナーデ、急性重篤肺塞栓症による右心不全、心室速脈、心室細動、高度房室ブロック、PEA(心電図ー心室収縮乖離)、重篤緊張性気胸、血液電解質異常、重篤なアシドーシス、溺水、高度な低酸素症、中毒、などがあり、これらは、適切な医療機関でのみ治療可能です。

急性心不全の多くは、ショックの状態を伴いますが、ショックの全てが、心臓を原因とするわけではありません。また心不全の全てがショックを伴っているわけでもありません。ショックの定義は、薬剤治療前の収縮期血圧が90ミリ以下で、主要臓器に必要な血液がもたらされず、臓器不全に陥っている場合を言います。

心臓以外のショックの原因としては、重篤な感染症による敗血症によるもの、交通事故や、高度差を伴う落下などによる重篤な外傷、急速な失血、重度のアレルギー反応、薬剤・薬物によるもの、アジソン病や、甲状腺機能異常症の急性増悪、糖尿病ケトアシドーシス、脱水、熱中症、電解質異常、重症多臓器不全、など、多くの原因があります。ショックも直ちに診断と治療を行わなければ、生命の危険があります。

慢性心不全

慢性心不全は、急性のものと違い、直ちに生命の危険があるというわけではない場合がほとんどですが、次第に全身の機能が衰え、少しの活動で息切れがし、夜中に息が苦しくて目が覚める、窓を開けないと窒息するような気がする、たくさん枕を使って上半身を起こしておかないと息苦しくて眠れない、足のむくみが取れない、などの症状があれば、ぜひ、お医者さんに相談されることをお勧めします。慢性心不全は、原因としては、急性のものと多くはオーバーラップしますが、治療難治性という意味では、むしろ、より厄介なものと言えると思います。

昔は、慢性の心不全には、あまり良い治療薬がなく、利尿剤と安静とが主流でしたが、最近数年の間に、良い治療法が立て続けに登場し、治療法が見違えるように改善してきています。

治療法

生活習慣の改善

まず、慢性心不全の治療法としては、もし原因となる生活習慣があれば、それを取り除くことから始めます。高血圧や糖尿病、貧血や内分泌疾患などがある方は、それのコントロールが大切です。アルコールをたくさん飲むことは、心筋を弱めさせることがわかっていますので、アルコールは控えてください。塩分を取りすぎると、体に水が溜まり、血圧も上がりますので、塩分はできる限り最小限に控えてください。タバコは、心臓や、全身の血管に動脈硬化を促進し、心臓機能を弱め、心筋梗塞を起こしますので、やめましょう。最近は、電子タバコも出回っているようですが、タバコはタバコ、電子タバコもお勧めできません。禁煙のためには、チャンチックス(Chantix) という錠剤がアメリカでは一番有効だと言われています。医師の処方が必要ですが、禁煙がなかなかできない方は、試してみられると良いと思います。一時期、この薬は、服用すると自殺などの危険が増強すると言われていたことがありますが、最近のデータでは、その根拠がないことがわかり、精神科のお薬を飲んでおられる方も含めて、処方することができます。また、ニコチンの貼付薬もあります。肥満は、心臓への負担を増加しますから、減量することが勧められます。昔は、心不全には安静が勧められましたが、現在では、圧倒的に多くの証拠が、運動療法が心不全に効果があると結論づけています。それで、体が許す限り、できるだけの運動を勧めます。長続きすることが大事ですから、別に特別な運動をする必要はありません。歩くだけで良いのです。一日40分から1時間、1週間で5日以上、散歩などの有酸素運動をされることをお勧めします。

薬剤治療

薬剤治療ですが、昔は、利尿剤とジギタリスが主流でした。ジギタリスは、強心剤と呼ばれていて、私が医学生の頃は、教科書にもそう書いてあり、怪我をしたときにつける赤チンと同じ様に心臓病にはジギタリスと自動的に処方された時代がありました。ところが、このジギタリスは、副作用が強く、さまざまな不整脈を誘発したため、そして、大規模無作為治験で偽薬に比べて有意な効果が認められなかったことから、ジギタリスは、しばらくの間、臨床ではあまり使われないお薬となっていました。ところが最近、心房細動の心拍数コントロールのお薬として臨床に復活してきています。もちろん、昔と比べて、処方する量が低量に抑えられており、副作用も比較的少なく、血圧の低い心房細動の患者さんには、良い適応だと言えます。血中カリウム値異常があると、ジギタリス毒性が増しますので、カリウム値のモニターは大事です。

利尿薬は、余分な水分を体外に出し、鬱血を取り除くという意味では、心不全の治療に欠かせないお薬ですが、今まで行われた治験で、予後を改善するというデータが得られていません。つまり、鬱血を取り除くだけでは、心不全の根本的な治療とはならないのです。同様に、経静脈薬剤のプリマコールやドブタミン、ドパミンなどの薬についても、急性の効果は認められても、根本的な予後の改善にはつながらず、むしろ長期的予後は悪くなるとの治験結果が出ています。

心不全治療のクワッド(四大柱)と言われる治療薬登場

こうして、いよいよ、今日、心不全治療のクワッド(四大柱)と言われる治療薬が現れました。

  1. 最も新顔は、SGLT2阻害剤と言われるお薬です。このお薬は、糖尿病のお薬として開発されたのですが、その臨床使用承認後のデータ解析により、心不全を著明に減少させる効果があることがわかり、その後の無作為抽出臨床治験、DAPA-HF、及び、EMPEROR-Reducedでその効果が追加証明され、現在では、ダパグリフロジン、エンパグリフロジンという2つのお薬で糖尿病のあるなしにかかわらず、心不全の発生を低下させ、心不全による入院を減少させ、生命予後を改善するということが証明されています。これらのお薬は、そのほかに、腎機能を保護し、血圧を下げ、体重を減少させる、などの効果も認められています。血中の電解質異常を起こすことがなく、10mgという定量で、用量を変える必要が無いなどの利点もあります。重篤な腎不全症患者さんや、1型糖尿病の患者さんには使えません。透析患者さんも禁忌です。
  2. もう新顔と呼べなくなってきたのが、アンギオテンシン阻害剤及びネプリライシン阻害剤の合剤で、米国での商品名はエントレストと呼ばれるものです。このものは、心不全の症状を改善するだけでなく、心不全による入院も減少させ、生命予後も改善する効果があり、今日の心不全治療の切り札とも言える治療薬です。このお薬は、血圧を下げる効果もあることから、もともと血圧が低い患者さんについては、極低量から始めるなど注意が必要です。重篤腎不全を併発する患者さんに対しては、透析患者さんに使用して有効であったとの報告もありますが、その場合腎臓専門家の先生とよく相談しながら使用することが推奨されます。また、高カリウム血症がある患者さんにはそれを増悪する可能性があるので、それへの対処ができない限り、推奨できません。少し前までは、エントレストの代わりに、アンギオテンシン転換酵素阻害剤や、アンギオテンシン受容体阻害剤が推奨されており、さまざまな理由、とりわけ経済的な理由により、エントレストが使用できない場合は、これらを使うことも有効です。
    またつい最近、FDAにより、エントレストの適応が拡大されて、心不全の患者さんで、左室躯出率が、少しでも”正常以下”である人には使用を勧めるというふうに拡大されました。これは今まで、HFpEF、左室機能が”正常”なのに心不全があると分類されてきた、多くの患者さんに対して、有効な治療法が見つかったということになります。これは、PARAGON-HFという臨床治験の結果です。
  3. 3番目の柱は、鉱質コルチコイド阻害剤と言われるものです。昔から使われてきたアルダクトンというお薬と、最近開発されたエプレリノンというお薬があります。前者は、副作用としてホルモン作用により、男性の乳房痛及び肥大を起こすことがあり、その様な場合は、後者を勧めます。ミシガン大学のバートマンピット先生らにより、1999年、発表された、RALES という無差別抽出無作為臨床治験 により、心不全治療において、偽薬と比べて前者の有用性が、確認されました。同じ、ピット先生のグループは、2003年にも、今度は、後者の薬を使い、心筋梗塞後に左室機能低下を伴った患者さんのグループにおいて偽薬と比べて後者が生命予後及び心不全予後に有意な改善をみたとの臨床治験結果、EPHESUSを発表しています。このクラスのお薬は、その原理上、高カリウム血症を起こす危険があり、注意が必要です。
  4. 4番目の柱は、ベータブロッカーと言われるお薬です。このお薬は、心臓の治療薬としては、最も古くから使われてきたお薬の一つですが、私にとっては、一番謎のお薬でもあります。そもそも、なぜこのお薬が心不全に効果があるのか、不明なところが多くあります。一番よくわからないのは、全てのベータブロッカーが心不全に効くわけではなく、たくさんあるベータブロッカーのうちで、カルベジロール、メトプロロールサクシネート、ビソプロロールの3種だけが心不全の予後を改善すると言われていることです。私にとっては、なぜ他のベータブロッカーが効かないのか、特にメトプロロールサクシネートの兄弟分であるメトプロロールタートレートがなぜ効かないのか、がよくわかりません。歴史的には、カーベジロールとメトプロロールタートレートを直接比較したコメット治験というのが2003年に発表されて、その中で前者の方が有意に有効であったということで、後者は心不全の薬としては推奨されないということになった様な経過がある様ですが、私の中では、いまだに釈然としていません。ともかく、高血圧や速脈の薬としてベータブロッカーを使うことはよくありますので、その点では問題ないのですが、心不全の薬としてベータブロッカーを使うときには、いつも何かモヤモヤした気分が残ります。

 

これまで述べた生活習慣の改善や薬剤治療でも効かない場合は、埋め込み式左室補助機(LVAD)や、心臓移植を考えることになります。

また、つい最近、ベリシグアット(Vericiguat),グアニン酸環状化促進酵素(sGC, Cyclic Guanylase stimulator) というお薬が今年3月にFDAから心不全の薬として承認されました。このものは、サイクリックGMPというものの濃度を上げる薬で、動脈の平滑筋を弛緩させ、末梢動脈を拡張させる効果があり、約1年後のフォローアップで、心不全の予後改善効果があることがVICTORIA治験で証明されました。

このように、心不全治療の領域では、次々と新しい治療法が開発されており、一昔前、動物実験で有効そうに見えた薬が、次々と承認されては、臨床から消えていった状況から見ると、隔世の感があります。侵襲的な治療法の領域においても、インペラという循環補助装置が最近頻繁に使われる様になり、まだまだ治療法の革新は続きそうです。

安全でかつ有効な治療法を目指す旅は、今日も休むことなく続いています。

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筆者 プロフィール:
山崎博
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心臓病治療の最前線:肩こりと腰痛、英語でどう言いますか?

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2021年4月号掲載)

アメリカでお医者さんにかかろうとする時、システムの違いや、保険の扱いや支払いなど、戸惑ってしまうことも多くあると思いますが、言葉の壁も間違いなく存在します。肩こりや腰痛など、日本語で、つい日常的に使っている言葉でも、さていざ英語にしようとすると、なんと言っていいのかよくわからなくなることがあります。

肩こり:

 肩は英語でshoulderだから、そして「こる」はあまり使わない言葉だけど、stiffnessという言葉があったのを思い出して、stiff shoulderと言ってみようかという方がおられたら、いい線を行っていますが、これでは通じません。stiff shoulderというのは、アメリカ人が聞くと、肩関節が動きにくくなっている、という風に受け取られて、いわゆる、50肩、60肩の症状だと解釈されてしまいます。日本人が言う、肩こりとは、アメリカ人の言う「頚部三角筋の凝り」症状だといえます。ですから、肩こりがある人は、“stiffness of the trapezius muscle” または、“pain in the trapezius muscle” あるいは、“spasm of the trapezius muscle”と言ってみるのが良いと思います。まあ、どうしても通じなかったら、痛みがある場所を指でさして、“pain”と言ってみるのも非常手段として使えます。

腰痛:

 腰という日本語を和英辞典で探すと、hipという言葉が出てきます。これは、骨盤と、大腿骨が形成する股関節のことで、腰痛を、思わずhip painと言ってしまうと、これは、股関節の痛みということになり、日本語で言う腰痛とは全く別のものになってしまいます。日本語の腰という言葉は、いかにも曖昧で、体のどの部分を指すのかが、明瞭ではありません。日本人が、英語のRとLをごっちゃ混ぜに使ってしまうように、腰という言葉も、英語で言うためには、もう少しはっきりどこを指すのかを明確にしなければなりません。「彼(女)の腰にそっと手を回した」というのは、英語で言う“waist”のことでしょうし、それが“Love handle”にならないよう、日頃運動をされている方もおられると思います。また、「腰回りを測る」という日本語は、男性では、「帯は腰で着る」ということの名残りからか、“measurement of the circumference of the hips”として使われ、女性では、西洋の習慣の影響からか、“measurement of the circumference of the waist”として使われることが多いそうです。「柳腰」というのは、腰のあたり(?)が細くて柔らかくしなやかな女性のことを描写する言葉のようですし、また、「腰骨が折れた」というのは、骨盤を形成する、腸骨、坐骨、恥骨のどれかの骨(!)が折れたことを言うようです。

 さて、腰痛という言葉ですが、みなさんご存じですか? 英語では、low back painとか、lumbargoと言います。慢性の腰痛は、chronic low back painという医者の間での慣用語になっています。ぎっくり腰は、acute low back painで、これは、椎間板ヘルニアなどによって起きる、急性の下背部痛です。これと似たものに、坐骨神経痛というものがあります。これは、英語では、sciaticaと言いますが、坐骨の間を通って、お尻から出て、大腿の内背側を走って、膝から足に至る、坐骨神経というものが、何らかの事情で痛みを起こすことがあります。sciatic nerve の痛みが、sciaticaというわけです。

頭痛:

 痛みが出てきたことのついでに、頭痛について一言。頭痛は、皆さんもご存じでしょうが、headache と言います。なぜheadache をhead pain と言わないかは、私には昔から謎でしたが、辞書を引いてみますと、continuous, dull painのことをacheと表現すると書いてありました。頭痛の中にはキリキリと切り込むような鋭い痛みもあるはずですし、この説明では私には、あまり納得ができません。toothacheの場合 も、鋭い痛みであっても、通常はtooth painとは言いません。headache(頭痛), toothache(歯痛), stomachache(胃痛)は、みな、通常、ache という言葉を使い、painとは言いませんが、お腹が痛い時には、お腹を指さして、ここが痛いという患者に文句を言う医者はいません。painという言葉を使っても大丈夫です。

Heart burn:

 これと反対に、英語で、変な表現に巡り合うこともあります。heart burnというのは、胸の鳩尾(みぞおち)のあたりの痛みですが、これは、heart burnと名付けられているのとは裏腹に、心臓の痛みでは無いものをheart burnと呼ぶのです!! 通常は、胃食道逆流炎によるものが多いと考えられています。それで、の痛みであっても、心臓が原因と思われないものについては、heart burnという言葉を使って、心臓以外の原因を探すのです!! 本当に変だと思いませんか?

息切れ:

 息切れはなんというでしょう? Shortness of breathです。息が短くなっているというわけです。解釈としては、息が十分でない、息が不足している、という意味で、shortnessという言葉を使っているように思えます。I am short of breath.というふうに使います。医者は少し気取って、dyspneaという言葉を使うこともありますが、shortness of breath と dyspnea は、全く同じ意味です。“I am out of breath.”といってもいいです。同じ意味です。息がなくなった。息が品切れになっている。という雰囲気で、こちらの方がわかりやすい気がします。

アカギレ、ひび、シモヤケ:

 日本の寒い冬では、私も含めて家族全員、程度の差はあれ、アカギレやヒビ、シモヤケに悩まされていました。それで、アメリカに来て当初は、これらに対応する英語が見つからないことに非常に驚いたものです。ヒマラヤ登山者や、路上生活者などがかかる凍傷については、frost biteという言葉があり、これは理解できるのですが、米国の暖房が効いた室内で過ごす、一般のアメリカ人にとってはアカギレや、ヒビ、シモヤケなどは想像できないのだと思っていました。しかし、今、この原稿を書くにあたり調べてみましたら、chafed, cracked, or chappedなどの言葉が使えるようです。 明治維新の立役者吉田松陰の母、杉滝が、息子の足のあかぎれが口を開けており、廊下を歩くのに野盗のように抜き足差し足にならねば傷口がひびいたのを見て、声をあげて笑い、「あかぎれは、恋しき人のかたみかな、ふみ(恋文、踏みにかける)見るたびに、会いたく(あ、痛にかける)もある」と、アカギレの痛さと惨めさを、即興の歌で明るく吹き飛ばしたと伝えられていますが(司馬遼太郎、世に棲む日々より)、同郷の山口県の気候を知っているものにとっては、あかぎれは、冬には避けられないものだったことを思い出させます。

 ミシガンは、この1−2週間は、春を思わせる暖かい日が続いています。長い、厳しいミシガンの冬を過ごした後は、春の訪れがことさら貴重に思えます。皆様もお身体を大切に、ご自重ください。

—–
筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

心臓病治療の最前線:コロナ変異株

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2021年3月号掲載)

もう少しだけコロナの話をさせてもらいます。

一つは良い話でもう一つは少し気になる話です。

 良い話といえば、アメリカ全体およびミシガン州で、コロナの新規感染者数、同死亡数、同入院患者数、など、コロナの活動性を表す数値がいずれもはっきり減少傾向を示していることです。医療従事者から始まって、65歳以上のハイリスクの人たちや、警官や消防士、教師など、その職業上感染を予防する必要の高い人たちに対するワクチン投与がすでにかなり行き渡っており、多くの人たちがすでにワクチンの投与を受けています。これから、ワクチンの供給が改善するに従って、65歳以下の人たちにもワクチン投与が開始されるのも間近なようです。私の関係する複数の病院でも、コロナ専用病棟が次々に不必要となり、コロナ専用病棟から、一般病棟への衣替えが進んでいるのを見るのは、大変喜ばしいことです。また海の向こうの日本でも、緊急事態宣言が延長され、東京、大阪をはじめ、全国で、新規感染者の数が、この原稿を書いている時点で、減少傾向になっているのは喜ばしいことです。この傾向が続いて、一刻も早くこの世界的大流行が収まってくれることを願っています。

 気になる話は、コロナの変異株の出現です。コロナウイルスがインフルエンザなどと同じように、RNAウイルスであることから、変異株が一定の確率で出現することは予想されていましたし、現に観察されていましたが、これまで観察されたほとんどの変異は、病毒性や感染性にはあまり影響がなく、ウイルスの流行がどのような経路をとって広がっているかを研究する、いわば疫学的な研究のマーカーのような役割としての意味があるだけで、それがウイルスの性質そのものに影響することはないと考えられていました。それが、少し変わってきたのが、最近の、感染性の高い変異株(VOC; Variant Of Concern) です。現在このVOC に挙げられているのは、B.1.1.7(いわゆるイギリス型)、B.1.351(いわゆる南アフリカ型)、P.1(いわゆるブラジル及び日本型)の3種です。B.1.1.7は、最初イギリスで観察され、従来のコロナウイルスより感染性が高いと言われましたが、あれよあれよというまに、イギリス内で従来株に取って代わって、最も優位な株になりつつあります。この変異株の問題点は、感染性が強いということのほかに、従来の診断検査キットの一部をすり抜けて、偽陰性になってしまう可能性があることです。実際、ThermoFisher TaqPath COVID19 assayという検査で偽陰性になるということが、このB.1.1.7変異株の診断基準になっています(SGTF; S-gene target failure)。この3つのうちで、アメリカで感染が確認されているのは、B.1.1.7(いわゆるイギリス型)のみです。このB.1.1.7は、2021年
1月現在で、アメリカ国内で76人、全世界で15,369人の症例数が診断されています。現在はアメリカ国内では少数ですが、CDCの予測によると、2021年の5月までにはこの変異株が、アメリカ国内の優位株になるだろうと考えられています(下図参照)。

 良いニュースは、現在米国で接種が始まったファイザーとモデルナのワクチンは、このB.1.1.7の予防にも有効だと言われていることです。

 悪いニュースは、もし世界的流行が長引くようだと、その長引いている間に、また別の病原性や感染性の高い変異株が出現してくる可能性が高いことで、ワクチンの成功は、時間との戦いでもあるということです。

 流行を早く終わらせることができるほど、変異株の出現の確率を減らすことができるわけで、ワクチンの接種とともにマスクの着用、社会的距離の励行、手洗いを頻繁に行うことなど、今まで以上の努力をすることで、変異株の出現を抑え、せっかく勝ち取ったコロナ患者の減少という成果を無駄にしないようにしたいものです。

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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
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心臓病治療の最前線:終わりの始まりの予感

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2021年2月号掲載)

この原稿を書いている1月下旬現在、二つの良いことがありました。一つは、アメリカ大統領に、民主党のバイデン氏が就任し、これまでのトランプ元大統領のブリー(弱いものいじめの脅かし)がやっと終わり、民主主義や、相手を尊重し、お互いを尊敬し合うというアメリカの良い伝統が、改めて正しいものとして認められるようになったことです。国際的なブリーである中国や北朝鮮、ロシアなどの国々に対して、バイデン政権ががこれからどれだけきちんと対決していけるかはきちんと見極めなければなりませんが、とりあえず、バイデン新政権の誕生を私は歓迎します。もう一つは、猖獗(しょうけつ)を振るっている新型コロナに対するワクチンの第3相治験が終わり、その結果に基づいて、アメリカをはじめとした全世界で、コロナウイルスに対するワクチン接種が始まったことです。緊急事態に対する例外措置法の下であるとはいえ、ファイザーとモデルナの2社によって開発され、全世界で使用が開始された、メッセンジャーRNAワクチンは、95パーセントの有効性が確認されており、その安全性もこれまでのところ、極めて安全であるようで、今後、長期の結果はまだ見てみないとわかりませんが、今のところ憂慮すべき重大な副作用などの報告はないようです。私自身も、先月号でお知らせしたように、ファイザー社のワクチンを2度接種しましたが、接種箇所が多少痛だるい感じがあっただけで、翌日にはその傷みもなくなっており、巷に(過大に)噂されていたような副作用は起きませんでした。今日のニュースをみると、アメリカの今回の新型コロナ感染症の権威、ファウチ先生は、もうすぐアメリカ全土での感染拡大は横ばい曲線に達するとの発言をしておられ、ワクチンの普及とともに、もうすぐ長く暗かったトンネルの出口が見えてきそうな予感がしてきています。日本では、ワクチン導入に少し手間取っているようですが、8月に迫っている東京オリンピック開催の予定を考えると、待った無しのような気がします。

憂きことのなほこの上に積もれかし、
限りある身の力試さん

と詠ったのは、戦国時代のサムライ山中鹿之介であるとも、江戸時代の儒学者熊沢蕃山であるとも言われていますが、試練が大きければ大きいほど、それを乗り越えた時、人間は大きく成長ができるという意味だと私は解釈しています。コロナウイルスは全世界の人々に重大な被害と犠牲、試練をもたらしましたが、コロナワクチンで使われたメッセンジャーRNAによるワクチンの製造法は、もしその有効性と安全性が確認されれば、今までに効果的なワクチンがなかった他の感染症、例えば、HIVエイズや、ポリオ、エボラ出血熱などのワクチンの製作に応用が効きそうです。もしそうなれば、人類と感染症の戦いに全く新局面が出てきそうです。この新型コロナで有効性と安全性が証明されれば、他の感染症に対するワクチンが同様の手法で短期間に開発することが可能になりそうです。

“What does not kill us, makes us stronger”     – Friedrich Nietzsche
困難は、それに殺されることがなければ、人を強くする

といったのは、ドイツの哲学者ニーチェですが、第二次世界大戦中に、ナチスによる連日のロケット弾攻撃に耐えたロンドン市民は、むしろ、その後、ナチスに対する抵抗と戰下におけるロンドン市民の互いの団結を強化する効果があったと言われています。一年を超える新型コロナウイルスの全世界への大流行が、世界の市民に、人生で最も大切なものは何なのかを考えさせ、互いの信頼と尊敬の価値に気づかせ、危険を顧みずコロナと戦った、また戦い続けている、無数の名も無い医療従事者への想いを馳せることができるようにならせたとすれば、新型コロナにより亡くなった多くの人々の犠牲も無駄ではないかもしれません。

夜明け前が一番暗い
明けない夜はない

は日本のことわざで、目の先が真っ暗で、希望を失いそうになった時にこれらの言葉を思い浮かべると、勇気が出てきます。新型コロナにかかって、親しい人や大事な人を失われた人たちもたくさんおられると思います。そんな時こそ、これらの言葉を思い浮かべて、もうひと頑張りしていただきたいものだと思います。

もうひと頑張りです。

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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
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心臓病治療の最前線:コロナ渦中での循環器医師の暮らし

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2021年1月号掲載)

 みなさんお元気ですか? 最近アメリカでコロナウイルスに対するワクチンが
2種類承認され、コロナ大流行の終息が期待できるようになりました。これらのワクチンの有効性と安全性が確認されれば、やっとこの厄介なウイルスの問題を過去形で語ることができる日が近づいてきているのではないかと切に希望しています。

 私の患者さんの中にも、今、病院の集中治療室に入院中で、人工呼吸器を装着し、うつ伏せ体位でコロナと戦っておられる方がおられます。つい三年前までまで、手術室の看護師さんをしておられた方で、永年の勤務を無事終えられ、ここ2年ほどは、最近退職された集中治療室の主任看護師さんだった奥さんとともに、フロリダ州とミシガン州を行ったり来たりしながら、退職後の悠々自適の生活を楽しんでおられたのですが、コロナは人を選ばずで、コロナの犠牲者となられたようです。もう医療や病院の仕事とは、完全に縁を切られておられたはずですから、どこか市中で感染されたのでしょう。今日の血圧は70ミリ前後まで下がっていますから、敗血症を併発しておられるかもしれません。予断が許されないところです。過去に心臓バイパス手術をしておられ、虚血性心不全と、発作性心房細動の既往があり、私が外来で継続治療をさせていただいていたのですが、現在のところは、心臓が問題というよりは、コロナの感染が問題ということで、感染症、集中治療室の皆さんに主要な治療の決定はお任せしているところです。

 コロナの感染で厄介なところは、コロナに感染したからといって、そのほかの病気が消えて無くなるわけではなく、寧ろ、他の病気が悪くなる可能性がある点です。心臓病、糖尿病、腎臓病など、持病がある方は、コロナの最中にも、これらの持病が悪化しないように気をつけていなければなりません。また、心肺停止や急性心筋梗塞、急性肺塞栓症などで救急室に運び込まれた患者さんは、治療に分秒を競いますから、コロナのあるなしに関わらず、“コロナの可能性”という仮の診断名をつけて、コロナかもしれないとの態勢で治療に臨みます。PCR検査が広くまた迅速に行われるようになったおかげで、コロナかどうかの診断は、救急室からカテ室に運ばれている間の1時間ぐらいのうちには、結果がわかるようになりましたので、これは、今年3月ごろとの大きな違いです。全ての患者さんをコロナ可能性として診察治療するのは、大変な緊張と困難を伴います。

 ご存じのように、デトロイト地区は、アメリカの中でも、ニューヨークに続いて、COVID-19の洗礼を最も激しく、また早期に受けた場所で、3月の初旬には、私の関係する、ある病院で、448床のベッドでコロナの診断あるいは疑いで初旬に10数人だった患者さんが、一挙に一週間で150人を超えました。病院の取った処置は迅速適切で、全ての待機的手術を停止し、外来を全てオンライン化し、外来手術用の病棟を全て人工呼吸器を備えた、コロナ病棟に変えました。その頃、デトロイトにある全ての病院において、約3分の1の入院患者さんが、コロナの確診または疑いとなり、大変な状況でした。私の外来オフィスも、完全にオンライン診療となりました。こうした素早い、徹底的な対応が実を結び、病院も外来も閉鎖することなく、1日も休まず、患者さんの治療を続けた甲斐あって、6−7月ごろには、コロナの入院患者も減少し、外来も、本来の対面診療となりました。

 しかし、11月から12月にかけて、ここ数週間は、第二波がやってきて、またコロナ入院患者の急激な増加傾向があり、数日前では、448床のうち74人が隔離を要するコロナ患者さんで、そのうち10人は、人工呼吸器に繋がれている状態となりました。私の同僚医師7人のうち、2人が感染し、また、私の外来オフィスで働く数名の看護助手さんのうち2人、数名の受付のうち1人が感染しました。幸い、その全員が、現在では回復し、元気に職場復帰しています。

  私は週に、原則として2日半ほど外来患者を見ます。私の外来には、心房細動や心不全、虚血性心疾患の患者さん、高齢者(最高齢で96歳の元気なお婆ちゃん!!)の患者さんが多く来られます。外来の患者さんたちの中にも、最近のコロナ感染の診断、入院された方達も増えてきており、多くの人たちは、すっかり回復していますが、中には、コロナから2ヶ月経っているのに、まだ呼吸苦が取れず、少し歩いただけで、肩で大きく息を取っている人などもおられ、コロナの後遺症は、人によっては、大変重篤で遷延しているようです。

 そのほかの週に2日半は、病院の入院患者の診察治療と、カテーテル検査、及び治療を行います。最近の3週間ほどでカテーテル治療を行った例としては、急性心筋梗塞1件、急性深部静脈血栓症除去術1件、卵円孔開存症閉塞術1件、頸動脈ステント1件、亜急性浅大腿動脈閉塞症形成術1件、慢性冠状動脈閉鎖症治療2件、不安定狭心症冠動脈形成術3件、冠動脈診断カテーテル5件などで、これらを、主として卒後7年目の侵襲的循環器科フェローの人たちを教育しながら行います。今年は、卒後10年目の、“構造的“心臓治療のフェローがそれに加わり、あれこれ議論しながら、術式を改良して、少しでも良い治療ができるように、日々研究しています。

感謝祭の長い休日には、木曜から月曜の朝まで、4日連続で当直をしました。先週末の当直では、土曜日に8人、日曜日に12人、新規の入院患者さんを、すでに入院中の20人程度の患者さんに加えて診ました。当直の日には、夜もひっきりなしに看護師さんからの電話があるので大変です。クリスマスと新年には休暇が取れたので、少しゆっくり休むつもりです。

           皆様のご健康をお祈りします

 

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筆者 プロフィール:
山崎博
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デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
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心臓病治療の最前線:マスクについて その2

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2020年12月号掲載)

 ジャパンニュースクラブ10月号の本稿にて、マスクについての病院の在庫の点からお話をしましたが、今日は、マスクの効用についてお話をします。

 数ヶ月前、日本の記事に世界最高速のスーパーコンピューター¹富岳²を使った、マスク着用者が咳やくしゃみをした際に、どのように飛沫が拡散するかの
シュミレーションが報告されたことがありましたが、感染をしていない、健康な、マスク着用者が、どの程度、空中に浮遊している飛沫やエアロゾルから自分の身を守ることができるかについての報告がないのをいつも不思議に思っていました。

マスクを着用する意味は、発生源のコントロール(他人を守る)と、環境中のウイルスから身を守る(自分を守る)ことの二つの意味があると思います。特に、今般の新型コロナウイルスのように、感染性が極めて強く、また、感染しても全く自覚症状のない人から、人工呼吸器を必要とするほど重症化する人、死亡
する人と、症状に大きな差があり、しかも、症状が軽い人からの感染が、必ずしも他の人にとっての軽い症状に終わるわけではない感染症においては、症状のあるなしにかかわらず、全ての人がマスクをすること、少なくとも2メートルの社会的距離を取ることは、大変大事なことだと思います。

 研究の結果³によれば、病院でよく使用される紙製のいわゆる「外科用マスク」では、着用時と非着用時とを比べると、ウイルス保有者がマスクをした場合、保有者から飛散される飛沫やエアロゾルが3分の1から4分の1(67%から75%の保護効果)に減少し、他の人に感染を広げることを防ぐ効果があるという結果が発表されています。

 また、同じ外科用マスクを健康者が着用した場合、周囲から入ってくる飛沫やエアロゾルを6倍程度(83%の保護効果)減少する効果があると言われています。

 布製のマスクや、スカーフ、バンダナなどの場合は、外科用マスクと比べると、効果が少なく、生地や目の細かさ、幾重にも重ね合わせられているかどうかにもよりますが、周囲から入ってくる飛沫やエアロゾルを2から4倍程度(50−75%の保護効果)減少させる効果があると言われています。つまり、ないよりマシということです。

 また、特に感染の危険の高い状況、たとえば、コロナ患者さんの入院病棟などで使用される、N95と呼ばれるマスクは、95%保護効果があると言われていますが、これは、正式な着用試験を経て、それぞれの着用者にフィットするサイズを選んで使用されるもので、このような厳格な試験を経ずに使用されるものは、おそらく95%の保護効果には達しないと思われます。

 さらに、防毒マスクのように、本体がゴムなどで作られていて、顔に密着し、両脇に、高い保護効果のあるフィルターを装着したものは、フィットテストが適正に行われている限り、さらに高い保護効果があると考えられていますが、病院内などを除けば、一般市民の方が使用される場面はあまりないと思います。

 男性で、濃い顎髭などが生えている人については、マスクが顔面に密着せず、その保護効果が減少する可能性があります。高度の保護機能が必要な病院などでは、マスク着用時には、顎髭などを剃ることを勧めています。

 私は、外来では、高齢の患者さんが多く、聴覚障害を持った患者さんが多いため、マスクで口を隠してしまうと、コミュニケーションが取れなくなってしまうため、透明性のあるマスクを使用していますが、このマスクをした後、咳やく
しゃみなどを全くしていないにも関わらず、ただ、静かに話していただけで、いかにたくさんの唾液の飛沫が内壁についているかが分かり、改めてマスクの大切さを感じています。

また、不幸にして、ウイルスを吸い込んでしまった場合にも、その量が少なければ、症状が軽くなる可能性が指摘されています。ですから、できるだけ、

・保護効果の高いマスクをし

・社会的距離を保ち

・密室を避け、こまめに換気すること

などに十分気をつけられて、コロナから身を守り、健康な冬をお過ごしください。もちろん手洗いも重要です。

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山崎博
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心臓病治療の最前線:新たな目標 55 mg/dlまで 悪玉コレステロールを下げるには?

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心臓病治療の最前線
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(JNC 2020年11月号掲載)

 第二次大戦後すぐにアメリカで行われた、大規模な疫学調査フラミンガム研究の結果、血液中の高コレステロール値が、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患の発生と強く相関していることがわかりました。このコレステロールは、さらに細かく分けると、善玉コレステロール、悪玉コレステロール、総コレステロールなどに分けられることがわかりました。善玉コレステロールは、高比重コレステレロールとも呼ばれ、このものは、末梢からコレステロールを抜き取ってきて、肝臓に戻す働きがあることがわかり、この善玉コレステロールの値の高い人は、虚血性心疾患にかかりにくいことがわかりました。これに対して、悪玉コレステロールは、低比重コレステロールや、極低比重コレステロールとも呼ばれ、このものは、肝臓で作られたコレステロールを末梢血管に運び、血管壁などにコレステロールを沈着させる作用があることがわかりました。それで、悪玉コレステロールと名前がつけられています。総コレステロールは、善玉と悪玉の合計値です。

 こうして、総コレステロール値や、悪玉コレステロール値の高い人は、心筋梗塞などの虚血性心疾患にかかりやすいという疫学的な関係はわかってきましたが、それを治療する手段がなかったので、昔は、はいそうですかで議論が終わっていました。ところが、日本の東北大学農学部出身で、三共製薬の研究所におられた遠藤章(えんどうあきら)先生が、コレステロールの生成を阻害する物質を、1970年代に発見されてから、これが、スタチンという名前で全世界に使用されるようになりました。

 遠藤先生は、1933年秋田県に生まれ、1957年に東北大学農学部を卒業、1966年には同大学で農学博士となられました。その後三共製薬の研究所で、カビなどから抗生物質を抽出する研究をされていましたが、カビが寄生虫などから身を守るために、コレステロールの生成を妨害する物質を出しているのではないかとの仮説を立てられました。カビは、自分の細胞膜の生成には、エルゴステロールという物質を使い、コレステロールは使わないので、敵を攻撃し、自分には害を及ぼさない物質として、コレステロールの生成阻害剤を出しているのではないかとの仮説だったわけですが、この仮説が見事に的中し、カビが生成する物質の中から、コレステロール生成を阻害し、しかも人体に対する副作用が少ない物質を見つけられました。とはいえ、これは気の遠くなる程根気がいる仕事で、コレステロールの生成を阻害する物質を六千個以上の候補物質の中から、藁の山から針一本を見つけるような作業の後にこれを見つけ、この物質に、コンパクチンという名前をつけられました。今では、世界中でリピトールという商品名でお馴染みの、アトロバスタチンも、クレストールという名前でお馴染みのロスバスタチンもこの遠藤先生の発見に基づいてその類似物として発見、合成されたものです。遠藤先生は、まだノーベル賞をもらっておられませんが、いまだ86歳で元気で日本でご存命ですので、近々受賞されるのではないかと私は思っています。それくらいすごい発見でした。この薬のすごいところは、ただ血中の悪玉コレステロールの値を下げるというだけではなく、実際に心筋梗塞などの心血管事故率を、5年で25%から30%程度下げることができるということが1990年代に行われた大規模臨床治験で証明されたことです。

 こうして、今では、私たちは急性心筋梗塞後の患者さんや、心臓バイパス手術後の患者さん、ステント治療後の患者さんには、必ずスタチンの薬を服用するよう勧めます。

 ところがこのスタチンにも、弱点があります。それは、服用された患者さんのうちで、かなりの割合で、筋肉痛を訴える患者さんが出てくることです。これに対しては、服用量を軽減したり、違うスタチンに変えてみたりしますが、それでも、かなりの割合の患者さんでスタチンを服用することができないジレンマを避けることは難しい状況でした。

 これに対して、最近、救世主が現れました。それは、PCSK9阻害剤というお薬で、これは、肝臓表面にある悪玉コレステロール受容体の分解を促進するPCSK9という物質を阻害することにより、受容体を増加させ、悪玉コレステロールが、血中から肝臓に取り込まれることを促進し、
それによって血中悪玉コレステロール値を激減させます。このPCSK9という物質は、体内で自然に作られる物質なのですが、このものがなぜヒトの体内に存在するのかということはよくわかっていません。というのは、突然変異により、この物質が体内に存在しないか、極く少量しか存在しない、或いは突然変異により、その機能が失われてしまった人たちが見つかっており、この人たちを調べてみると、心筋梗塞や狭心症の発生率が極く低いということ以外には、何の機能的な異常も見つかっていないのです。この人たちは普通に成長し、知能も運動能力も正常で、結婚し、子供を作り、その子供にも特に異常が見つからない、という結果が報告されています。ということは、このPCSK9という物質は、これまで分かっている限りでは、人の体内で自然に作られる物質でありながら、その宿主のヒトに対しては何の役にも立たず、ただ害悪をもたらすのみという物質であることになります。そんなわけで、今世界中の研究者が、この物質を抑える薬を開発中で、現在、臨床で使われているものは、このPCSK9に対する抗体で、エボロキュマブという名前のお薬ですが、それを二週間から四週間に一回、皮下注射することで、PCSK9の作用を抑え、悪玉コレステ
ロール値を激減させることができるというもので、これにより、悪玉コレステロール値を半減またはそれ以下に抑えることができます。この薬を使用することにより、今では、血中の悪玉コレステロール値に、20ミリとか30ミリとか、昔では考えることもできなかったような低い値が出ることも稀ではなくなりました。

 エボロキュマブはPCSK9に対する抗体なのですが、そのほかのメカニズムでPCSK9を阻害する試みも進んでいます。インクリセランというお薬は、肝臓でPCSK9のメッセンジャーRNAを阻害することにより、効果が持続し、
1年に1回か2回の皮下注射で抗体をベースにしたPCSK9阻害剤と同等かそれ以上の効果を得ることができます。こうなれば、1年に1回か2回のインフルエンザの予防注射を打ってもらう感覚で、悪玉コレステロール値を下げることができそうです。この薬は、2021年の春頃にはアメリカ合衆国食品薬剤局の承認が受けられ、市販され始めるのではないかとの予想がされています。また、PCSK9という物質が本当に、百害あって一利なしの物質であるならば、子供の時にこの物質に対する、ワクチンのようなものを投与すれば、一生の間、コレステロールの低値が保たれ、“虚血性心疾患に対する生涯免疫”のようなものを獲得することができるのではないかというような、未来小説のような話もぼちぼち出始めており、この領域での新薬の開発には目が離せないところです。

 エボロキュマブの欠点は、注射でしか投与できないことで、錠剤にすることができません。これに対して、最近、ベンペドイック酸という錠剤がネクスレトールまたはネクスリゼットという名前で、市販され始めました。これは、スタチンと同じように、コレステロールの生成を阻害するお薬で、スタチンと比べて良い点は、肝臓に取り込まれない限り、活性されないということです。これにより、筋肉痛という副作用がほぼなくなり、スタチンを服用できなかった患者さんに、大きな光明となりました。
ベンペドイック酸はスタチンよりは、悪玉コレステロール値改善作用が弱いと言われていますが、筋肉痛でスタ
チンが服用できない人で、PCSK9阻害剤の注射が嫌いという人にとっては、良い選択肢と言えます。

 ヨーロッパ心臓学会では、昨年ごろより、虚血性心疾患などのある患者さんについては、悪玉コレステロール値のターゲットを55mg以下と設定しました。つい最近のニュースによると、アメリカ心臓学会も近くこのターゲットを承認する予定であると言われています。アメリカ心臓学会は、最近まで、“低ければ低いほど良い”と言いながら具体的な目標値は示していなかったので、これは、大きな前進です。

 虚血性心疾患のある患者さんの二次予防として、悪玉コレステロール値55ミリ以下を掲げて、高悪玉コレステロール血症と人の戦いはまだまだ続きそうです。

遠藤章先生:ウイキペディアより。(CC BY 4.0) 
Hypercholesterolemia and
monoclonal antibodies to PCSK9 ー
ベンペドイック酸はコレステロール合成経路のうち、スタチンより 2箇所上流のACLという酵素を阻害する。ウイキペディアより。 Image from www.esperion.com
PCSK9とそれに対する抗体の働きを示す:ウイキペディアより。 Image: https://www.mayoclinic.org/

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山崎博
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心臓病治療の最前線:マスクについての考察

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2020年10月号掲載)

この原稿を書いている9月の終わりには、もう夏はとうの昔に過ぎ去り、朝夕は肌寒くさえ感じられる今日この頃です。今年は、“実り年”なのか、家の前の大きな樫の木から、たくさんのドングリが霰のように朝夕降り注いで、一日中コツコツ、パチパチと賑やかな音を立てています。つい最近まで、我が家のプールにも、息子や娘たちの声が響き、また、我が家に遊びに来られた方々のお子さん達の楽しそうな笑顔が弾けていたのも遠い昔のように思えます。アメリカ全国では、依然として新型コロナの流行が続いているようですが、ミシガンでは、少なくとも医療現場では、流行はだいぶ落ち着いてきているように思えます。マスクをつけるかつけないかが、政治問題になるアメリカの政治状況には、あきれてしまいますが、マスクをつけ、社会的距離を保つことで、ウイルス性呼吸器感染症の流行をある程度抑えることができるということは、今回の新型コロナウイルスの世界的大流行で、よく実証されたと思います。

 私の働く病院では、医療従事者、患者さんを問わず、院内ではマスクの着用が義務とされていますが、マスクを一日中着用することでわかったこともいろいろあります。私は、多少軽い花粉症の気があり、時々、くしゃみが止まらなくなったり、理由もなく突然透明の鼻水が出てきたりすることがあります。いつもというわけではないのですが、これが始まると、マスクの中が水浸しになり、とても不快で、すぐ、新しいマスクに変えないと気持ちが悪くてたまりません。また、手術室に入るときは、新しいマスクに付け替えますし、そんなこんなで、
一日に数枚のマスクが必要になることがよくあります。こうしてみると、新型コロナの流行が始まってから直ちに、世界的にマスクが足りなくなった理由がよくわかります。医療従事者は特別ですが、一般の人も、世界中の人が、外出時には常にマスクが必要だとすると、世界中で、一日に数億、数十億枚のマスクが必要となります。最近は、使い捨てではなく、洗って再使用可能なマスクもよく見かけますが、それにしても、マスクの必要枚数が、天文学的数字になったことがよくわかります。日本で、安倍前首相が、数ヶ月前、アベノマスクと称して、国民一人一人にマスクを配ったのも、最初はコミカルに思えていましたが、今になって振り返ってみると
マスクが全国の店頭から消えた時に、ある程度の沈静効果はあったのかなと思われます。

 このマスクの必要数に関して面白いデータがあります。デトロイトおよびその周辺地区には、ボーマント、ヘンリーフォード、サントジョン、およびデトロイトメディカルセンターの、四つの大きな病院システムがありますが、そのうちのある病院システムでの個人防護システム(PPE-Personal-Protection-Equipment)の、在庫データが内部資料として公表されたのを目にする機会がありました。
この病院システムでは、ピークの4月には、一日
合計1,200名を超える新型コロナ感染症の入院患者があったそうですが、それに対処するためになんと、
8月現在では、12,000,000枚の通常の使い捨てマスクの在庫を備えていると報告しています。コロナ前では、41,000枚だったそうで、なんと、在庫が300倍近く増えた計算になります。もう少し高度な保護機能のあるN95型のマスクでは、690,000個(コロナ前は26,500個)、使い捨て手袋6,510,000枚(同1,410,000枚)、顔シールド369,000個(同3,700個)、使い捨て靴カバー745,800枚(同13,500枚)、使い捨て医療用ガウン421,000枚(同19,700枚)、大型瓶入り手指消毒器31,000個(同5,600個)、保護用ゴーグル2,000個(同250個)など、どの個人保護システムも、在庫が、数倍から数百倍に膨れ上がっていることがわかります。これは、デトロイトのただ一つの病院システムだけの数字ですから、デトロイト全体、アメリカ全体、世界全体ではとてつもない数字になりそうです。

 コロナの流行でこれらの品物については、どれも品薄が続き、最高値時には、購入価格が平均で数倍に跳ね上がったと報告されていますから、これらの在庫の増加が、病院の経営を圧迫したであろうことは、想像に難くないところです。

 コロナの流行では、患者数や、亡くなった方の数など、人的データは毎日のように目にしますが、このような、隠れた物的側面に関するデータはあまり目にしたことがありません。そのほか、高度の医療機器、人工呼吸器や、集中治療室、体外式膜性酸素供給器(ECMO)などの機材や経費を含めると、このコロナウイルス感染症が、世界の医療の物的、経済的側面に及ぼしたストレスの大きさは、限りなく大きいと考えられます。

 一日も早く安全で有効なワクチンが開発され、この新型コロナの世界的流行が下火になることを願って止みません。

我が家のどんぐりや木の実などで作った作品集 2020

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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

心臓病治療の最前線:コロナの渦中のヒーロー達

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心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

の好きなアメリカの西部劇映画の一つに、ジョン・ウェイン主役の『赤い河』という題の映画があります。その中のセリフの一つに、次のようなものがあります。

“Courage is being scared to death, but saddling up anyway.”   

ー 勇気っていうのは、死ぬほど怖いって思っているときにでも
とりあえず馬の鞍にまたがって出かけようとする態度のことを言うのさ。

 私の日本語訳が拙くて申し訳ないのですが、なんとか趣旨は分かっていただけると思います。新型コロナウイルスの全世界的流行の中で、人と人の関係が疎遠になり、ギスギスしたり、互いを恐れたり、傷つけたり、差別したり、攻撃的になったりする傾向がなきにしもあらずですが、そのような中で本当に心を打つような勇気ある行為を目にすることもあります。

 私が最近体験した二人の英雄達のお話をしましょう。

 一人は、私の病院に勤務する一人の研修医の先生です。

 今年の3月から5月にかけて、デトロイトとその郊外を新型コロナの大流行が襲ったときの話です。私の病院でも、3月初旬に443ベッドのうち、8名だった新型コロナの診断による入院患者数が、二週間で一挙に238名に増えたことがありました。病院中がコロナの患者で埋め尽くされた印象で、病室という病室がコロナ用の隔離ベットに変わり、集中治療室が足りず、通常は日帰り手術病棟に使われていた病床が全てコロナ患者さん用の集中治療室に変わり、医者も看護師も防護服と防護マスクを着用して病室に入る日々が続いていました。待機的な心臓手術は全て中止になったので、心臓集中治療室も、ほとんどがコロナ病室に変わりました。

 そんな状況で、看護師さんが足りないので、ミシガン州の比較的北の方の、あまりコロナウイルスの感染の起きていない姉妹病院から、応援の看護師さんがやってきていました。その看護師さんから、ある日、循環器科の研修医の指導医宛に感謝状が届きました。

 “私は、ミシガンの北にある姉妹病院の集中治療室から貴院の集中治療室に二週間ほど応援に来ていた看護師です。このほど、その二週間が終わり、元の職場に帰ってきましたが、貴院にいる間に素晴らしい体験をしましたのでお手紙を書くことにしました。私のいる病院では、医者の先生方は、あまりコロナ患者さんの世話をしたがらず、感染することを恐れて、敬遠している先生が多いのですが、貴院の集中治療室では、循環器の研修医の先生方が、進んで、コロナ患者さんの治療に積極的に関わっておられることを身をもって体験しました。貴院で過ごした二週間は、とても良い経験でした。その中でも、ある事件がとりわけ私の記憶に残っています。

 ある日のことです。私の防護マスクが壊れてしまって倉庫から新品の防護マスクを送ってくれるよう交換をお願いしていたときです。私の患者さんは、コロナの重症患者で、もう臨終が近いことが明らかでした。奥さんが呼ばれて、集中治療室のガラス越しに、最後のお別れをするために来ておられました。もう何十年も連れ添った伴侶の最後にお別れの言葉を伝えたいと言う希望で、院内用の携帯電話で、ご主人に話をされたいということでした。でも、私の防護マスクが壊れてしまっていたので、新品のマスクが届くまで、集中治療室には入れないので、私は、まだかまだかの思いで、ドアの前を行ったり来たりしていました。そこに、循環器の研修医のA先生が通りかかり、どうしたのかと聞かれました。私が事情を説明すると、防護マスクをつけていたA先生は、一瞬のためらいもなく私の手から携帯電話を取り上げ、集中治療室に入り、患者さんの耳元に、携帯電話を当てました。奥さんは、電話を通じて「愛している」と伝えることができ、その後間もなく、その患者さんはお亡くなりになりました。こうして、コロナの患者さんがその臨終の折、家族との挨拶もできずに死出の旅に立つと言う事態を避けることができました。
A先生は英雄です。”


もう一人は、私の患者さんです。

 その人は、心臓病の既往がありながら、救急室の看護師さんとして働いている人です。

 救急室という職場は特殊な職場で、大部分の救急外来の患者さんは、コロナにかかっているかどうかが不明で、多くの場合、後になって「実はあの人、コロナ陽性だったよ」と言われることが多い職場です。ミシガンでのコロナウイルスの流行は、5月の終わり頃から落ち着きを見せてきているとはいえ、救急室では、まだまだコロナ陽性の患者さんにしばしば出会います。コロナ感染は、無症候の場合も多いので、全く別の主訴で来られた患者さんが、コロナ陽性であることが後で判明することもよくあります。

 先日この患者さんが私の外来にこられて、一通り問診と検診を終えた後、世間話になって、看護師としての職場の話になって、コロナで大変でしょうと聞くと、もう慣れっこになってあまり気になっていませんと言う話で、そのあと次のような話が飛び出しました。「最近、テキサス州でのコロナの大流行で、看護師が足りないから臨時に応援に来て欲しいと言われていて、今度行こうかと思っている。」「派遣手当ても出るし、人助けにもなるし。」

 これを聞いて、私はうーんとうなってしまいました。心臓病の既往があるという点からいえば、この人はハイリスクですが、手術をして完治しており、手術後、フルマラソンを完走した経験もありますから、健康上では反対する理由はありません。また、よく聞いてみると、この人のコロナ抗体は無症候性に陽転しているそうで、すでに、コロナに対する免疫を獲得している可能性が高いといえます。しかし、コロナといえば、のように恐れられていて、日本では、医療関係者と聞くだけで差別をされることもあると聞く中で、この違いはなんだろうと考えてしまいました。流石に、アメリカでは、医療関係者というだけで差別されることはありませんが、コロナの渦中に自ら求めて勇敢に飛び込んでいく人がありうると言うことは新鮮な驚きでした。ロージー・ザ・リベッター(Rosie the Riveter) のデトロイトの伝統ここにあり、との印象です。コロナは、「正しく怖がれ」と言われて久しいですが、正しく怖がりながらも、この看護師さんのように病気の患者さんがいれば、出かけていって、正しく介護し、正しく治療するということは別に特別なことでもなんでもないよ、と言う人がいることに新鮮な驚きを感じました。まさに目から鱗が落ちた思いでした。

 研修医の先生と、患者さん、いつもは指導する立場にある私が、このヒーロー達に教えられ、励まされることになりました。「人の本性は危機の時に現れる」とか、「家貧しくて孝子出ず」とかいう言葉も、コロナのような危機の時期だからこそ、お互い、思いやり合い、自分が何ができるかを考え、人として正しい道を歩むことが大切なのだということを言い表しているのだと思います。

コロナの真っ最中に、病棟の窓に書かれた絵及びメッセージ。実物は、外に向けて書かれているのですが、文字が読みやすいように、著者が写真を反転しました。

 

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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
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