Wednesday, April 17, 2024
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ゴルフノスヽメ

ゴルフノスヽメ 2023.10.

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ゴルフのススメ
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木々の梢が色づき始めトンボがたくさん飛んでいます。近年はここから寒くならないことが多いので、長い秋のホームストレッチを期待しましょう。とうとう今月が最後の投稿となってしまいました。

私のゴルフとの出会いは、大学3年の秋でした。ゼミの先輩から回ってきたアルバイトで、LPGAのプロアマの通訳をした時でした。選手とお客さんと一緒にコースを歩き、仕事はそっちのけで自然と芝生の美しさに見惚れてしまいました。これを享受できるのはゴルファーだけ、ならば私もゴルフを始めよう!と決心しました。結婚して赴任したミシガンは素晴らしいゴルフ天国だったので、真剣に取り組みました。最初はスライス、空振り、練習場で隣のおじさんが見かねて教えてくれたりしていましたが、3年後に90台で回るぐらいになって日本に帰国しました。5年のブランクを経て2度目の駐在になりました。前のお友達にまた遊んでねと頼んではあったものの、「ウィメンズクラブのリーグに申し込んであるから、到着翌日から毎日ゴルフよ、クラブは手荷物で持ってきてね」と言われました。こうして私はクレイジーな“チュウヅマゴルファー”になりました。

毎年150ラウンドぐらいしました。若かったとはいえよく体力とモチベーションが続いたと思います。スイングホリックと言うそうですが、ゴルフが楽しくてしょうがない、まさに中毒になっていたに違いありません。どんどん上達して、4シーズンでハンディが3になりました。しかし同じことを繰り返していると、さすがに不安になってきます。暇に任せてこのまま遊びに興じていていいのか、帰国して就職するなら何か資格を取っておいた方がいいのか。大好きなゴルフを仕事にしようと思い、PGAのライセンスを取ることに決めました。実技に受かったまではトントン拍子でしたが、勉強はとても大変でした。3冬かけて根性でプログラムを修了し、最後のテストにパスした時は泣きました。泣いていたから周りの仲間は落ちたと思って声をかけられなかったと言っていました。今ではいい思い出です。PGAを取得してからは、快適な夏のミシガンでレッスンとラウンドの日々が楽しくて、ついつい長居してしまいました。ミシガンの生活は約22年、レッスンは15シーズンやりました。

振り返れば、2000年初頭のバブル期に東のThe Orchards, Greystone, Boulder Pointe、西のHuntmoreやMoose Ridgeなど、面白いコースが次々とオープンしました。あそこに行ってみよう、ここはまだだった、と毎日ラウンドしても回り切れないほどでした。郊外の土地を安く購入し、ゴルフ場や練習場にして寝かせ、栄えてきたらディベロッパーに高値で売る、というのがお決まりです。Grand River沿いのWestbrooke というコースは病院プロビデンスになり、El DoradoとLinks Pinewoodの2コースはM-5の延伸で消滅しました。14 Mile + Orchard Lakeのホールフーズのモールは練習場でしたし、10マイル沿いのMulligan’sと12マイルのNovi Golf Centerが閉まり、コース併設でない単独の練習場の数はめっきり減りました。リーマンショック後は家の値段が半値にまで下がり「もうミシガンは前のようには戻らない」とささやかれ、ゴルフ業界は毎年10%ずつ縮小していると言われました。しかしコロナから風向きが変わり、奇跡のV字回復を遂げています。最近はラウンドフィーがとても高くなりました。音楽をかけながらラウンドしたり、飲食しながら打つトップゴルフが流行ったり、YouTubeを見て自主練習をしたりと、ゴルフはエンタメ性を取り入れたスポーツに変化しつつあるように感じます。ますます二極化が進むでしょうが、プレイヤー人口が減らないことが何よりも大事なので、多少の騒音?は我慢しようと思います(笑)。日本のコースで音楽をかける人はいませんのでご安心を。

何ラウンドして、何球ボールを打って、何セットのクラブを買って、いくつのコースを回ったのか、DAY1からログを取っておけば良かったと思うほど、本当にアメリカとミシガンの思い出はゴルフばっかりです。そんなに好きな趣味と仕事に出会えた私はシアワセ者です。日本に帰っても しばらくレッスンは続けますし、多少はラウンドするでしょうけれど、回数は減ると思います。本帰国だと言いながら、日本の蒸し暑い夏に耐えられず来年もひょっこり ミシガンに戻ってくるかもしれません。これまで一緒にゴルフしてくださった方々、レッスンを受けてくださった方々、家や車を世話してくださった方々、たくさんの人に助けていただきました。長い間お世話になりましてありがとうございました。 いつか世界のどこかのコースでまたお会いできることを祈りつつ、筆を置きます。

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
(sonya_nomura@pga.com / www.crazygolfersworld.com)

長きにわたり、Japanニュース倶楽部へのご寄稿をいただきありがとうございました。
野村さんの日本での更なるご活躍を祈念しております。 (JNC)

ゴルフノスヽメ 2023.09.

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ゴルフのススメ
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朝晩とても涼しくなり虫が鳴き出して、ミシガンは早くも秋の気配が感じられます。

2009年に米国PGAのライセンスを取り、ミシガンでゴルフコースのアシスタントプロやインストラクターをしてきました。途中で夫が任期を終えて日本に帰国した後も、アメリカでゴルフをすること、アメリカでティーチングをすることに幸せを感じ、夫の理解を得て夏は単身ミシガンで過ごしてきました。コロナ禍でも変わらず日米を行き来しましたが、昨今のアメリカの物価高、為替動向、働く環境の変化、自身の年齢などを総合的に考えて、今季限りで20年ほどのミシガン生活に一旦区切りをつけて日本に帰ることになりました。

振り返れば、本紙の前のオーナー政田典子さんにお声をかけていただき、記事を書き始めたのが2010年。夏季だけの期間もありましたが10年以上お世話になりました。

・ゴルフお悩み相談室・ゴルフにまつわる偉人の紹介・ウェッジとパターの歴史・コースマネージメント・ゴルフの映画、書籍の紹介

などなど、年ごとのテーマを作ってゴルフへの思いを綴ってまいりました。中でも、偉人の紹介シリーズはたくさん調べ物をしたせいか、印象に残っている記事が多いです。「ゴルゴ13」の号では、作者のさいとうたかし自身ゴルフが大好きで「ゴルフ13」という本を出していることや、作品の中でゴルゴがゴルフをしているシーンはこれまで2話あるとか、身体能力の高いゴルゴはツアー選手になれるだろうけれど、なったら同伴プレイヤーやカメラマンが背後に回るたびに攻撃し、握手を拒むのでやっていけないだろう、という話を書きました。「地球外でゴルフをした唯一の生物」の号では、アポロ14号の宇宙飛行士アラン・シェパードが、月の微物を採取するストックの先に取り付けるよう改造した7番アイアンヘッドと、ゴルフボール3個を靴下の中にしのばせて宇宙へ旅立ち、みごと月面でバンカーショットを成功させた、という話を書きました。青木功vsジャック・ニクラスの1980年US Openでの激闘や、日本史上最強のアマチュア中部銀次郎さんのエピソードなど、もっと掘り下げて連載にしたいようなものがたくさんありました。

調べたり書いたりするのは好きなのですが、小学生の頃は作文が大嫌いでした。夏休みの読書感想文はまさに悪夢でしたが人は変わるものです(笑)。好きなれどこの字数で毎月となるとちょっと大変です(ケンケンガクガクを書かれている、投稿のお仲間&同窓の小久保先輩には頭が下がるばかりです)。最近は締切りを守れないことが多く、編集のブルックスさんにはご迷惑をおかけしています。せっかくなので長く書きためたものを自費出版してみるとか、生きているうちに何かの形で残せたらいいなあと思っています。

おっと、今月からすっかり終了モードになってしまいましたが、まだ終わりではありません。来月の投稿が最後です。私のゴルフとの出会いを振り返りながら、ミシガンのゴルフ事情、行ってよかったアメリカのコース、日米ゴルフ業界のこれから、などをお話ししたいと思います。残り少ない今年のゴルフシーズン、エンジョイゴルフ!で行きましょう。

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
(sonya_nomura@pga.com / www.crazygolfersworld.com)

ゴルフノスヽメ 2023.08.

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ゴルフのススメ
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急に蒸し暑くなったり、すごいストームが来たり、今年はミシガンらしい爽やかな夏日が少ない気がします。しかし日本の猛暑に比べればずっと過ごしやすいでしょう。ひと月に1作品、今月は2013年に発表された“The Short Game”という映画をご紹介します。

舞台はノースカロライナにある名門パインハーストリゾートと、ミッドパインズGCです。毎年8月に世界のゴルフチャンピオンを決めるトーナメントが開かれます。US Kids Golf World Championshipという大会です。出場選手はなんと
8歳以下で、50カ国から約1500人の選手が一堂に集まるそうです。2012年大会の6ヶ月前から、パリ、上海、ヨハネスブルグ、マニラ、フロリダ、カリフォルニアなど各地の有力選手を追いかけ、練習の様子、本番での活躍、インタビュー、キャディを務める両親などを紹介するドキュメンタリー映画です。
フロリダ出身のディフェンディングチャンピオンのアラン・クルニコワ君は、プロテニス選手アナ・クルニコワの弟です。4歳からゴルフを始め、パームビーチにあるトランプインターナショナルでレッスンを受け、専属のトレーナーと毎日トレーニングをし、プールサイドでマッサージをしてもらっちゃう、絵に描いたようなおぼっちゃま君です。若干8歳でありながら、「大会前のこういうプレッシャーには慣れているんだ」「コースではやらなきゃいけないことをやるだけだし、やれることしかやれないから」と言ってのけるほど達観している人なのです。3日間の9ホール決戦で、パー4のホールは180ヤードほどではありますが、ドライバーで1オンすることもしばしば、アンダーで回ってしまう凄腕です。
アランと仲のいいアレクサ・パノちゃんは、「オーガスタでラウンドする最初の女性プロになりたいの。だって女子も男子も同じぐらいゴルフが上手いと思うし」とインタビューで語っていました。7年後の14歳の時に、USウィメンズアマチュアでオーガスタでプレイし、夢を実現させたそうです。

スカイ・サッドベリーちゃんはテキサス出身、青い目&金髪のとても美人な女の子です。華奢なので1ポンドのダンベルを使って体づくりをしています。キャメロンパターのグリップと後ろの目玉はもちろんピンク色です。ピンクとリボンが大好きな、でも頑張り屋さんの女の子です。
すごいのは、キャディをするお父さんとお母さんの熱量です。色々言いすぎてプレッシャーを感じた子供が泣き出してしまったり、「ダッド、その話いま必要?」と緊張のあまりしゃべりまくるお父さんのほうがたしなめられたり。開会の時に「プレイウェル、でも一番大事なのはエンジョイすること!」と言われていましたが、親も子供もかなり真剣です。3日間のゴルフゲームを通して、子供も大人も成長していく姿が感じられました。
ゴルフ映像の合間に、ジャック・ニクラスやゲーリー・プレイヤー、アニカ・ソレンスタムのインタビューも入っています。小さい時のゴルフの思い出話や、ジュニアゴルフの勝負について、語ってくれています。楽しくてかわいくてすごく上手なキッズのスイングは圧巻です。Netflixの映画です。機会がありましたらぜひご覧ください。
(参照:”The Short Game” ©︎2013 by Josh Greenbaum 文中「」内は筆者訳。)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2023.07.

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ゴルフのススメ
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カナダの深刻な山火事の影響でミシガンは薄曇りの空模様が続いています。私はアレルギーがないのですが今年は時々くしゃみや咳が出ます。これも灰の影響だそうです。外で活動するゴルファーにとっては困ったものです。ひと月に1作品、今月は“Who’s Your Caddy? (邦題:「俺たちヒップホップ・ゴルファー」”という映画をご紹介します。2007年にリリースされたコメディ映画です。舞台は格式高いカロライナパインズ・ゴルフ&ポロクラブ。US Openも開催したことがあります。絵に描いたようなスノッビーな白人男性のカミングス氏がチェアマンを務めていて、絶大なパワーを持ち、メンバーになりたいと申し込んで来た人たちを、理事たちと一緒に選定するシーンから始まります。ビル・クリントンもその1人でしたが、「元大統領。うーん、彼本人は悪くないが、奥さんが、ねえ…」と、葉巻をくわえながら「Denied(拒否)!」とバッサリ切り捨ててしまいます。

ゴルフのススメ
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再びUS Openを誘致しようと準備しているこのカントリークラブに、人気ラッパーC-Noteが、派手にラップを流しながら仲間と一緒にレンジローバー2台で姿を現し、ここのメンバーになりたいと申し出るのです。「いや、なりたいと言ってなれるところじゃないし」と鼻であしらわれ、門前払いを食らってしまいます。

翌朝、US Open誘致のためにカミングス氏が大物スポンサーとラウンドしている最中に、何やら遠くでけたたましいラップの音が聞こえて来ます。見に行くと、17番ホールのグリーンで、前日に追い払われたC-Noteが、大音響のラップに乗せて踊るダンサーたちを撮影している最中でした。「私有地に無断で立ち入っていると警察に通報するぞ」と脅かすカミングス氏。C-Noteはニヤリ。「昨日そこの家を買ったんだ」と、小さな池の向こうの豪邸を指差すC-Note。「この17番ホールはこの家の敷地で、99年間カントリークラブに貸し出す契約をしていたが、昨日その契約が切れた。だから無断侵入しているのはそっちだ!」と撮影を続行しようとします。うろたえるカミングス氏、「いくら欲しいんだ!」とお金で解決しようとしますが、C-Noteは、「欲しいのはお金じゃない。メンバーになりたい、それだけだ」。見ていたスポンサーは呆れて「あんなのがいるんじゃ、せいぜいこのクラブがプロモートできるのはバドライトのコマーシャルだ!」と捨て台詞を残して去ってしまいます。

カミングス氏は弁護士を雇い、ギャングを雇い、なんとかC-Noteを阻止しようとしますがうまくいきません。とうとうゴルフで決着をつけることになり、競技形式は”2メン・ベストボール”に決まりました。これは2人でペアを組んで、それぞれがティショットを打ち、2打目以降は2人の良い方のボールを選び、その場所からまた2人がショットを打つ、というのを繰り返すプレイ方法です。上手なパートナーを選ぶほどスコアは1人でやる時よりも良くなります。試合当日、C-Noteはプロを目指しているクラブの青年キャディと一緒にコースに立ちました。カミングス氏のパートナーとして現れたのは、なななんと、ヤスパー・パーネビックです!スエーデン出身の本物のPGAツアー選手です。セリフはほとんどありませんが、ヤスパーが楽しそうにスイングしているシーンがたくさんありました。

そもそもC-Noteがメンバーシップにそれほどまでこだわる理由はなんだったのか?カミングス氏の思惑はいかに?果たしてC-Noteはメンバーになれたのでしょうか。

作中の音楽はほとんどラップでした。それもそのはず、C-Noteは2004年にグラミー賞を受賞したラップデュオ、アウトキャストのBig Boiです。そして音楽に負けないほどファンキーな英語の発音とジョークが私には理解し切れず、クローズドキャプションに頼りました。次は日本語吹き替え版を見てみたいです。ゴルフで本場のグルービーな気分に浸りたい方は、ぜひご鑑賞ください。

(参照:”Who’s Your Caddy?” ©︎2007 by Don Michael Paul. 文中「」内は筆者訳。)

 

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
(sonya_nomura@pga.com / www.crazygolfersworld.com)

ゴルフノスヽメ 2023.06.

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ゴルフのススメ
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ミシガンはなかなか天候が安定しませんが、万緑の眩しい季節がやって来ました。ひと月に1作品、今月は”Golf in the Kingdom”という映画をご紹介します。作品は、1956年スコットランドのゴルフコースでラウンドし、不思議な体験をする青年のお話です。

青年の名前はマイケル・マーフィー。カリフォルニア出身で、家の近くのペブル・ビーチでよくラウンドしていた大学生です。専攻は哲学で、インドへ行く途中にThe Links of Burningbushというコースに立ち寄りました。一緒にラウンドすることになった地元の男性2人は、シバス・アイアンズとベリー・マクレバー。シバスはコースを歩きながらマイケルに話しかけます。「1番と2番ホールのスコアは何だった?」「4と5でした」とマイケルが答えると、「いや、1番はティショットでワグルした時にボールに当たっただろう。だから5だ。2番は空振りを入れて6だった」。ひぇー。たまたま一緒にラウンドすることになった若者にそんな言い方をしなくても、と私は思ってしまいましたが、シバスはそこからマイケルに教え諭すように色々なことを話し始めました。

「ゴルフで一大事なことは何だと思う?」とシバス。「スコアですかね」とマイケル。「いや、シーマス・マクダフとはよく一緒にラウンドしたんだが、大事なのは歩くことなんだ」「もし歩くのを楽しめるなら、歩きと歩きの間で止まっている時も人生を楽しめるものだからね」。「シーマス・マクダフとは誰ですか?」とマイケル。「シーマスは13番フェアウェイに1人で住んでいる。ある夜トム・モリスのお墓の横に立っていた」「バックスイングには“True Gravity”が働いていると彼は言っていた。それは宇宙を司どる物理的なフォース(力)なのだ」。シバスとその仲間たちが集うラウンド後のパーティでも、ピタゴラス教団やゴルフの愛や魂など、難解でスピリチュアルな話が展開されます。

この作品は、マイケル・マーフィーが1972年、40歳の時に書いた同タイトルの本が原作です。マイケルは本当にペブルビーチから30分ほど離れたサリナスの出身で、父親は医師でした。父に倣ってスタンフォード大学の医学部に進学しますが、2年生の時に受講した比較宗教論に影響を受けて、インドの宗教や瞑想を深く信仰するようになりました。専攻を心理学に変えて、シュリー・オロビンドという哲学者/ヨガ行者の研究をするためにインドへ渡ります。その途中でスコットランドのセント・アンドリュースに立ち寄りました。この時に、マイケルは瞑想時の精神状態がゴルフをしている時と似ていることに気付きます。インドから帰った後は、家族が所有する125エーカーものビッグ・サーの土地に、「エサレン研究所」という施設を設立しました。温泉が沸くため、当初は傷ついた人々の療養センターのような役割を担っていましたが、’70-80年代にはこの地でヨガ、心理療法、瞑想、東洋哲学などさまざまなワークショップが開催され、不思議な人たちが集まって様々な活動が繰り広げられたそうです。心理学で有名なマズローもワークショップに参加していたそうです。

原作本は当時100万部を超えるベストセラーとなりました。ピーター・ジェイコブセンやブラッド・ファクソンなど、この本を愛読する2000年代初頭のツアー選手やキャディが複数います。いやはや、この映画の内容は難しすぎて私の理解を超えてしまいましたが、作中でシバスとマイケルが回るゴルフコースの風景は必見に値します。オレゴンにあるバンドン・デューンズ(写真)でして、絶壁の30メートル下に太平洋と砂浜が広がり、常に海風が吹いている本格スコティッシュリンクスコースです。ペブル・ビーチを凌ぐほどの、本当に美しくて本当に難しいゴルフコースです。機会があればぜひご鑑賞ください。

(参照:”Golf in the Kingdom” ©︎2010 By Michael Murphy and Susan Streitfeld 文中「」内は筆者訳。)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
(sonya_nomura@pga.com / www.crazygolfersworld.com)

ゴルフノスヽメ 2023.05.

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ゴルフのススメ
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ゴールデンウィークの前にミシガンへ戻って来ました。まだ木々は芽吹き始めたばかりで、期待していたよりも肌寒いですがいよいよゴルフシーズンが始まりました。今月からレッスンを再開します。今季もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ひと月に1作品、今月は2019年発表の映画、”Round of Your Life”をご紹介します。

主人公はテキサスに住む高校1年生の男の子テイラー・コリンズ(Taylor Collins)です。お父さんのカール(Carl Collins)は地元出身の元PGAツアープロ。ツアーで活躍したお父さんのことは街の誰もが知っています。4つ年上のテイラーのお兄さんは高校のゴルフチームでステートチャンピオンになり、お父さんと同じようにツアー選手になりました。お父さんはとても教育熱心で、弟のテイラーも高校でゴルフのバーシティチームに入ることを期待されますが、それに嫌気がさしてゲームばかりして時間を無駄に過ごしていました。ゴルフの練習をしないテイラーは、バーシティチームへ入ることができませんでした。トライアウトに落ちたその日の夜に、テイラーとお父さんはいさかいを起こし、お父さんは心を沈めるために外へドライブに行ってしまいます。そこで自動車事故に巻き込まれ、なんと意識不明に陥って長期入院することになってしまいました。

お父さんの事故は自分のせいだと感じたテイラーは、もう1回ゴルフチームへのトライアウトを誓います。しかしコーチは1度選抜に落ちたテイラーの再挑戦を認めてくれません。学校で知り合った同級生の可愛い女の子ベイリーのアドバイスを受けて、なんとかジュニアバーシティチームに入ることができました。お父さんの看病のためにツアーを休んでいるお兄さんがキャディをしてくれて、テイラーは大活躍します。そしてテイラーはほどなくバーシティチームに合流し、フレッシュマンながらチームメートと一緒にステートチャンピオンを目指します。

小さい時にお父さんがくれた最初のゴルフボールをテイラーは大切に持っていました。池ポチャの後のボギーセーブ、ここぞという時のバーディパットなど、テイラーがピンチの時はそのラッキーボールでプレイしました。テイラーの活躍、チームの行方、そして何よりもお父さんの容体はいかに。家族とチームの絆のおかげで成長するテイラーが描かれています。

作品ではティーネージャーのTexting and Drivingからお父さんの事故が起きたという問題提起がなされています。Fellowship of Christian Athletesという団体の活動も紹介されています。舞台はテキサスのはずなのに、誰も南部の英語を使わないとか、イケメンで意地悪なチームキャプテンが急にとてもいい人に変貌してしまうとか、少しストーリー設定に甘さがあるような印象を受けましたが、そこはご愛嬌です。センシティブな高校生の男の子がゴルフの試合に出るのはこんな感じなんだろうなあと、微笑ましく映画を見守りました。ストーリーとは無関係ですが、ガールフレンドのベイリーがテイラーの家に遊びに行った時、ベイリーはテイラーのお母さんのことを”Mrs. Collins”と呼んでいました。アメリカは会社のボスでも取引先のお客さんでも(リスペクトを持って)ファーストネームで呼ぶのに、彼氏の家に遊びに行ったら苗字で呼ぶというのが新鮮で、そういえばそうだったよなと自分の留学時代を懐かしく思い出しました。南の州では、Mrs. Bethのように敬称の後ろにファーストネームをつける習慣もあるそうです。機会があればぜひご鑑賞ください。

(参照:”Round of Your Life” ©︎2019 Aristar Entertainment, LCC By Dylan Thomas Ellis)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2023.04.

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ゴルフのススメ
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気温差はあるものの、ミシガンにとうとう春がやってきたようですね。ゴルフシーズンを目前に控え、「ひと月1作品」はお休みして今月は別の話題をご紹介したいと思います。2月と3月、日本はWBC(World Baseball Classic)の話題一色でした。個人的には、半年前から楽しみにしていたフェニックスCCへのゴルフ旅行と、日本チームの宮崎キャンプが重なって、1泊5000円程のビジネスホテルが22000円にはね上がり、大きなとばっちりを受けたのは玉に瑕でしたが、予選、本戦ともに日本でのTV観戦は大いに盛り上がりました。

大活躍した大谷翔平選手は岩手県の花巻東高校の出身です。3年先輩の菊池雄星選手に憧れて花巻東に進んだそうです。野球部の佐々木監督は、「目標は常に大きく持ちなさい」「高卒からメジャーへ」と生徒たちに言っていたそうです。菊池選手が日本の6球団から一巡目指名を受けたので、大谷選手はそれを越えて8球団全部から一位を受ける選手になりたい、と思うようになったそうです。監督は野球上達の一環として、野球以外の専門家の講義を積極的に取り入れていたそうで、大谷少年が高1の時に作った「目標達成マンダラチャート」では、やはり目標が「8球団ドラ1」となっています(左図)。

「マンダラチャート」の作り方は、こうです(右図)。まず目標を中心に書き、目標を実現するための8つの要素をその周りに書きます。8つの要素を外のマスに書き写し、さらに必要な要素を周りに8つずつ書きます。外のマスに行くほど、より具体的に書くとわかりやすくなります。①目標を意識し続けられる、②具体化される、③習慣化される、④随時振り返りや修正ができる、といったメリットがあります。

いかがでしょう、このマンダラチャートをゴルフ上達にも応用できるのではないかと思いました。仲間とわいわいラウンドするのも楽しいですが、目標を持って取り組めばゴルフがもっと楽しくなるに違いありません。ミシガンの夏は短いからこそ、今年は平均100を切る、もう10ヤード飛距離を伸ばす、寄せワンを増やす、18ホール回る体力をつける、なんでもいいです。お時間ある時にワインでも飲みながら、ご自分のゴルフを振り返って考えてみてください。

8つでは多すぎる、なんだか仕事みたいでイヤ、という方には簡易版チャートを見つけました。これですと要素は3つずつで済みます。ゴルフを専門にしているフィットネストレーナーさんによりますと、ゴルフの上達にはメンタル・スキル・フィジカルの3つの側面があるそうです。スキルを磨いてナイスショットを増やすだけでなく、18ホールをラウンドする体力や、動じない精神力が必要だというわけですね。チャートを作る際は、スイングだけでなくフィジカルやメンタルの項目を作ると効果的だと思います。先日、日本のコーチ仲間に私のスイングを見てもらい、ケチョンケチョンにディスられながら(笑)簡易版のチャートを作りました。恥ずかしながらここに載せます。今年はこれで頑張ってみたいと思います。レッスンでもチャート作りをお手伝いさせていただきます。今月25日にミシガンに帰ります。今季もどうぞよろしくお願い申し上げます。

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2023.03.

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ゴルフのススメ
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やっと3月、春はもう少しですね。「ひと月1作品」、今月は日本のコメディ映画「プロゴルファー織部金次郎」をご紹介します。第1作目は1993年に発表され、パート5まで公開されました。

ゴルフのすすめ武田鉄矢が扮する織部金次郎(オリキン)は、プロ転向以後17年一度も優勝経験のないプロゴルファーです。普段は近所の練習場でレッスンをしながら、補欠枠などを待ってトーナメントに出場します。試合だと言ってはレッスンを休み、給料の前借りを頼むので、練習場の脇田社長はオリキンをよく思っていません。ちなみに脇田社長は、太陽にほえろ!の長さん役、下川辰平です。でもなんだかんだ言いながら、地元のスナックBIRDIEに集まる商店街の人たちはオリキンを応援しています。BIRDIEで働く桜子さん(財前直見)はオリキンが大好き。桜子さんのお兄さんは阿部寛、隣のバーのママはコロッケが演じています。もう30年も前の映画ですから、俳優さんがとっても若くて懐かしい感じがします。

織部金次郎という名前は、実在の名アマチュア選手だった中部銀次郎さん(なかべぎんじろう1942-2001)をもじったそうです。田中秀道、丸山茂樹、友利勝良など、本物のツアー選手があちこちに出場していて、1作目はいきなり中嶋常幸のスイングから始まります。武田鉄矢は共演したプロから「プロっぽく見える」仕草をたくさん教えてもらったそうです。打つ前にちょっと左のシャツの袖をつまむとか、くるっとクラブを回してからソールを置くとか、パットに入る時にボールの上に頭を寄せるとか、回を重ねるごとにおや?と思うような細かい演出(小ネタ)が増えていったのが、見ていて面白かったです。

初回映画は公開の2週間前に、なんとWOWOWで3分の2に短縮された特別バージョンが無料放映されました。武田鉄矢と財前直見が舞台挨拶をしていわばTV版の特別試写会をやるという、全く新しい宣伝手法を試みたそうです。映画は通常、公開後1年はTV放映を控えるという紳士協定があったため、「オリキン事件」として業界を揺るがしました。1992年10月下旬に公開される予定でしたが、けっきょく反発・抗議を避けるために’93年1月まで延期されました。

原作・脚本・主演、2作目以降は監督も務めた武田鉄矢。大学休学中の23歳の時(1972年)に海援隊というグループで歌手デビュー、お母さんへの詫び状を博多弁で歌にした「母に捧げるバラード」がヒットし、紅白に出場して一躍有名になりました。以降全く売れず、翌年の紅白はバイト先の飲食店で皿洗いをしながら見て、「俺は何をしているんだろう」と情けない気持ちになったそうです。しかし5年後の’77年に山田洋次監督、高倉健主演の「幸せの黄色いハンカチ」のさえない青年役で注目を浴び、俳優としての新境地を開拓しました。’79年には金八先生というTVドラマで、清潔感があるとはあまり言えないロン毛・熱血人情派の高校教師を演じました。自らが歌った挿入歌「贈る言葉」は大ヒットしました。1991年の「101回目のプロポーズ」では、これまたさえない中年主人公を演じますが、彼の不屈の精神はある意味衝撃的だったと言えます(笑)。NHK大河「龍馬伝」での勝海舟、「仁JIN」での緒方洪庵は、貫禄あるキレ物としての演技が光りました。「さえない」「勝てない」プロゴルファー織部金次郎の活躍はいかに。ご興味あればぜひご鑑賞ください。

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
(sonya_nomura@pga.com / www.crazygolfersworld.com)

ゴルフノスヽメ 2023.02.

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ゴルフのススメ
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年が明けたと思ったらもう2月です。早く春が来てほしいものです。「ひと月1作品」、今月は”The Phantom of the Open”という作品をご紹介します。何やら聞いたことのあるタイトル?とは少し違うのですが、日本語では「全英オープンの幽霊(怪人)」とでも訳すでしょうか。ゴルフを始めて2年目の、ラウンドすらしたことのないイギリス人が全英オープンの予選に出場しちゃったという、実話をもとに描かれたストーリーです。

主人公は、イギリスの港町Barrow-in-Furnessで生まれ育ち、地元の造船会社のクレーンオペレーターをしていたモーリス・フリットクロフト(Maurice Flitcroft)です。時は1970年代、モーリスは家庭を持ち、貧しいながらも地道に生きていました。ディスコダンスに夢中の双子の息子たちには、真っ当な仕事につきなさいとか勉強しなさいなどとは言わず、「夢をとことん追いかければいい」「ダンスが好きならダンスの大会でトロフィーを目指したらどう?」と話していました。「でも失敗したら?」と心配する2人には、「関係ないでしょ。少なくとも『やろうとした』って言えるよ。人生にはお金よりももっと大事なものがあるんだよ」と励まします。そんな時に、モーリスの働いていた造船会社が国有化されることが決まり、大幅な人員整理が行われるだろうという噂を耳にします。「クビになったら他の仕事を探すよ」と話すモーリスに、彼のよき理解者である奥さんのジーンは、「今まで家族のために尽くしてくれたのだから、私たちのことは気にせず、夢があるならそれを追いかけて」とささやきます。

さあこれと言ってやりたいことがあるわけでもなかったモーリスでしたが、まだクビにもなっていないのに、「やりたいこと」は何だろうと考え始めます。ある夜、たまたまTVに映った1975年の全英オープンで、初参加のトム・ワトソンが18ホールのプレイオフを制して劇的な優勝を遂げるシーンを見てしまいました。心を強く動かされたモーリスは誓います。「これだ、ゴルフをやって全英オープンに出たい!」。彼はゴルフをしたことはありません。ですが大真面目です。ゴルフクラブと教則本を買い、見よう見まねで砂浜で練習を始めました。近所のカントリークラブにも入会を頼みましたが、コネもお金もないモーリスは門前払いを食らってしまいました。

全英オープンを主催するR&Aに出場したいと手紙を書くと、折り返しアプリケーションフォームが送られて来ました。モーリスに代わってジーンがフォームに書き込むシーンが笑えます。「モーリス、ハンディキャップって何かしら?」とジーン。「そりゃ持病のことだろう」とモーリス。「じゃあ、入れ歯と腰痛と、あと関節痛かしらね?」、「あちょっと待って。プロフェッショナルならハンディキャップは書かなくていいって書いてあるわよ」とジーン。「じゃあそれで行こう。手続きはシンプルなほうがいいからね」。

翌年の1976年、全英オープン地区予選の会場Formby Golf Club on Merseysideのロッカールームに、果たしてモーリスの姿がありました。準備をするモーリス。砂浜で練習を重ねたモーリスのゴルフシューズからは、ザーッと砂がこぼれました。少し離れたところで同じように砂を落としてシューズを履き直している青年がいました。なんとそれはセベ・バレステロスでした。さあ、ここから破天荒なラウンドが始まります。モーリスはガチガチに緊張していました。目をつぶって打った1打目のティショットは…なんとテンプラの30ヤードでした。

初ラウンドにしては決して悪くないと思うのですが、モーリスがマークした、ギネス公認の全英オープン史上ハイエストスコアとは?その後もどうやって3回もモーリスは全英予選に出場できたのか?ミシガンのグランド・ラピッズにあるBlythefield Country Clubに招待され、ゴルフした様子はデトロイトニューズにも載った、そのいきさつとは?ディスコダンスの頂点を目指した双子くんの将来は?今月も傑作映画に出会ってしまいました。寒いミシガンにピッタリの、楽しい心温まる作品です。ぜひご覧ください。

(参照:”The Phantom of the Open” ©︎Maurice Media Ltd, British Broadcasting Corporation and the British Film Institute/2021文中「」内は筆者訳。)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
(sonya_nomura@pga.com / www.crazygolfersworld.com)

ゴルフノスヽメ 2023.01.

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ゴルフのススメ
ゴルフのススメ

新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

「ひと月1作品」、今月は2011年に発表された映画”Seven Days in Utopia”をご紹介します。ゴルフのプロツアーを目指す若者が、人口375人の小さな町Utopia, TXで過ごした7日間を描いた映画です。

PGAツアーの予選と位置付けられたテキサスのローカルな試合で、17番ホールまで1位リードしながら18番で14を叩き、本戦出場のチャンスを逸したルーク・チズム。18番ホールのフェアウェイでルークとキャディのお父さんは口論になり、お父さんはバッグを置いてそのまま歩き去ってしまいます。ルークは試合を終え、怒りに任せて車を走らせているうちに運転をあやまり、農園のフェンスを壊して牛の肥溜めに突っ込んでしまいました。そこで助けてくれたのは、地元の老人ジョニーでした。ジョニーは昔わけあって引退したツアープロでした。「もしこのユートピアで僕と一緒に7日間過ごしたら、ゴルフが変わるよ」とジョニーはルークに優しく話しかけます。翌日からジョニーのユニークなゴルフレッスンが始まりました。

1日目、ジョニーはルークに革の手帳を渡し、「君はグリップをどうしてそう握るのか、スイングはどうしてそう振るのか、セットアップからフォロースルーまでの全て何をどうしてそうするのか、君の『信念』をこの手帳に書きなさい」と言いました。プレイ中に誰が何を言っても、何が起こっても、自分を失わないためには信念がはっきしていないといけないのだと、ジョニーは言いました。

2日目は、川へ行きボートの上に立ってフライフィッシングをするよう命じられます。魚がルアーに食いつくのはお腹が空いているからではなく、水面をちょんちょんと跳ね回るだけで水中に入ってこない義餌に腹が立つからである、相手が怒れば怒るほど自分は冷静に。重要なのはリズム、バランス、忍耐、そして感情のコントロールである、とジョニーは言いました。なるほど。

3日目は、グリーン脇で絵を描きます。もし木の陰にボールが飛んでしまったら、真横のグリーンに乗せるにはどうしたらいいのか。何ヤード飛ばして土手に当てて、などと頭で考えるのではなく、絵を描くかのようにただ客観的に景色を見なさい。あとはボールが行くルートを頭に描くだけ。うーむ…深いです。

4、5、6日目と進むにつれて、ルークはスコアメークに大事なものはスキルではないこと、そして人生にはスコアよりももっと大事なことがあることに気付き始めます。そして最終7日目のレッスンは、お墓の前でした。まっさらの墓石の前に掘られた穴の中には小さな箱が入っていました。箱の中には、1本の鉛筆、2枚の便箋、ジョニーからの手紙と聖書が入っていました。

無事に7日間のレッスンを終えユートピアを離れる際に、スポンサーの特別枠で目標にしていたテキサスオープンに出場できることになったと、ルークはジョニーから告げられます。さあ果たしてルークは本番でどんなパフォーマンスを繰り広げるのか、喧嘩別れしていたお父さんとの関係は…。まあなんとなく想像はつくと思うのですが、なんと映画の中でも試合で最後のパットが入ったかどうかは、教えてくれていないのです。ジョニーはキッパリと言います。「パットが入ったか入らなかったかよりも、人生はもっと深いものなのだ」と。

PGAの全面協力のもと、試合のシーンではKJチョイやリッチ・ビーム、リッキー・ファウラー、スチュワート・シンクなど当時の本物の選手が登場します。そして作中、最後のシーンに映ったのはこのURLでした。didhemaketheputt.com。

美しい景色、ユニークな展開、ロバート・デュバルの名演技が光る素晴らしい作品でした。機会があればぜひご覧ください。

(参照:”Seven Days in Utopia”©︎2021Utopia Films, LLC. By Matt Russell)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2022.12.

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ゴルフのススメ
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ミシガンはすっかり冬になってしまいました。「ひと月1作品」、今月は2019年に発 表された映画“Loopers: The Caddie’s Long Walk”をご紹介します。

映画のタイトル“Loopers”とは、キャディのことです。オーソドックスなイングランド のコースでは、1番ホールからプレイを始めると2番、3番ホールとクラブハウスから離 れていき、9番が終わったところで折り返して、18番でまたクラブハウスに戻ってきま す。キャディはコースをぐるりと一回りするので、「ルーパー」と呼ばれるそうです。ちなみに、1-9番ホールは外へ出ていくの でアウト(outward holes)、10-18 番は戻ってくるのでイン(inward holes)と呼びます。アメリカでは この言い方をあまりせず代わりに Front 9/Back 9と呼ぶことが多い のですが、スコアカードをよく見る とOUT/INと書いてあったりします。

ゴルフノスヽメアメリカのパブリックコースでは乗用カートに乗ってセルフプレイをしますが、プライベートコースや高級リゾートへ行 くとキャディがつくことがあります。グループに1人だけつくフォアキャディと、プレイ ヤー1人ずつにつくプライベートキャディの2種類があります。海や湖沿いに作られた リンクスと呼ばれるコースでは風や芝目や傾斜が分かりにくく、キャディをつけたほう が気持ち良く回れます。少しお金はかかりますが、アメリカのキャディも経験しておく とゴルフの度胸がつくと思います。

1400年代、スコットランドではゴルフが大流行して人々が働かなくなってしまった ので、ゴルフが禁止された時代もあったとか。最初に女性でゴルフをしたのは、1500 年代の女王様Mary Queen of Scotsだと言われています。彼女はゴルフが大好きで、 コースでボールを探させるための青年将校(Cadet)をわざわざフランスから連れて きていました。それがCaddieの語源となったそうです。のちにお城が攻撃を受けて旦 那さんが亡くなってしまい、彼女自身もギロチンに処されるのですが、理由の1つはお 葬式のあと喪にも服さずゴルフをし続けたためだったという噂があります。  キャディは大事です。性格的なマッチングもありますし、プレイヤーのクセを見極め て的確なアドバイスができるかもスキルのうちでしょう。作中には有名コースのキャ ディたちが登場しますが、キャディに必要なのは3つのルールだけだそうです。“Show up, Keep up and Shut up(姿を現す、ペースを守る、そして、黙る).” 確かに。 面白すぎます。

1931年に始まったマスターズトーナメント、長い間選手は自分のキャディではなく ハウスキャディを使うことが義務付けられていました。オーガスタ造成時に人足として 働き、のちにハウスキャディとなって、ベン・ホーガンなど自分がついた選手を5回も優 勝に導いたPappy Stokesや、ファジー・ゼラーを初出場で初優勝させた(そんな選 手とキャディは後にも先にもいません)Jerry Beardなど、名物キャディが多数いまし た。南部ジョージア州のプライベートコースですので、ハウスキャディは皆アフリカンア メリカンでした。しかし1982年のマスターズで悪天候のためスタート時間が遅れたこ とがあり、連絡がうまく伝わらなかったためにキャディなしでスタートしなければなら ない選手が多数出ました。1983年以降は自身のキャディを帯同することが許される ようになったそうです。

フリーランスのキャディが職業として成り立つようになったのはこの50年ほどで、中 にはツアー選手について年間100万ドル以上稼ぐキャディもいるそうです。キャディを することが条件で大学の授業料を支援してくれるユニークなスカラシップがイリノイ にあります。1916年にUSアマチュアで優勝したチック・エバンスによって創設されま した。賞金を受け取るとアマチュアのステータスを失うため何か役立つことに寄付し たらと、お母さんにアドバイスされてこの基金を作ったそうです。それが今も続いてい るとは、さすがアメリカです。

その他にもツアー選手とキャディの心温まる友情や、飲んでばっかりのアイルランド のキャディの面白トークなど、表舞台には出てこないキャディさんのエピソードがたく さん紹介されています。雪が積もってゴルフが恋しくなったらぜひご鑑賞ください。

(参照:“Loopers: The Caddie’s Long Walk” ©︎2019 Caddy Doc, LLC. By Jason Baffa)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2022.11.

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ゴルフのススメ
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紅葉のピークが過ぎ、フェアウェイやグリーンの落ち葉をよけながらゴルフする季節になりました。「ひと月1作品」、今月は2016年に発表された映画”TheFounders”をご紹介します。アメリカ初の女子プロスポーツ組織LPGA(LadiesProfessionalGolfAssociation)の設立時に、プロ登録した13人の創設者たち(ファウンダーズ)のドキュメンタリー映画です。

ゴルフのススメ 1940年代、アメリカでも女性は家のことをするのが普通だった時代ですが、世界大戦が始まると戦地に向かう男性に代わって、女性が工場やガソリンスタンドなど外の仕事に就きました。広報官やパイロットとして軍に従事する女性もいました。第二次大戦が終わって戦地から戻って来た男性たちは元の仕事に戻ったため、活躍していた女性の多くが仕事を失いました。アスレチックな女性たちは「家にいるのは嫌だ。教師や秘書ではなく、別のことを仕事にしたい」と考えるようになりました。戦後まもなくの1948年、LPGAの前身であるWPGA(Women’sProfessionalGolfAssociation)が設立されましたが、わずか3年で消滅してしまいました。選手が集まらない、女性アスリートは受け入れられない、スポンサーが見つからない、などが理由だったようです。

ゴルフをしたいけどゴルフで食べられない…窮地に陥った女子ゴルフ業界に、救世主のカリスマスター、ベイブ・ディドリクソン(BabeDidrikson)が現れました。ベイブはテキサス出身のノルウェー系アメリカ人で、小さい頃から洋裁、ハーモニカ、スポーツ、あらゆることに長けた子供でした。ベイブはニックネームですが、小学校時代に野球の試合で5本ホームランを打ったのでベイブ・ルースから取ったそうです。1932年22歳の時にロサンジェルスオリピックに出場し、50mハードルと槍投げで金メダル、高跳びで銀メダルを取りました。現代に至るまで、走跳投の3種でメダルを取った選手は男女合わせても彼女だけだと言われます。オリンピックの後はバスケットボールのオールアメリカンチームに選ばれたり、ポケットビリヤードの試合に出たりしましたが、25歳からゴルフを始めました。28歳でPGA主催のロサンジェルス・オープンに参加、女性がPGAの試合に出場したのはこれが初めてでした。35歳の時にはPGAの3試合のうち2つで予選を通過。2000年初頭にバブリーな気運があり、アニカ・ソレンスタムやミシェル・ウィがPGAに招待され参加したことがありますが、ベイブ以外に男子ツアーで予選を通過できた女子選手はいません。そして1950年、ベイブが39歳の時にLPGAが発足しました。密かにスポンサーにアピアランスマネー(参加報償)を要求し懐に入れていた、自分が勝つように他の選手に圧力をかけた、など陰の側面もありましたが、明るくて面白いキャラクターのベイブの人気が創設時のLPGAツアーを牽引したことは間違いありません。1950-1951年の賞金女王と最多勝利はベイブでした。しかし程なくして大腸ガンが見つかり、ベイブは42歳で生涯を閉じることになりました。1950年にわずか13人、6試合から始まったLPGAツアーは、今や460人、35試合が行われる大組織になりました。

映画の制作には、オーストラリアのキャリー・ウェブ(1999-2000年の賞金女王と最多勝利)とアメリカのステイシー・ルイス(2010年の賞金女王と最多勝利)が資金支援をしています。2011年からはFoundersCupがツアーに加わりました。70年以上前ですが13人のスイングは力強くしなやかです。伸びないコットンのブラウスとタイトスカートであんなに綺麗にスイングできるのはすごいことだと思います。ぜひ映画でご覧ください。
(参照:”TheFounders”©︎2016Level33Entertainment)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2022.10.

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ゴルフのススメ
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ゴルフのすすめ

ミシガンはだいぶ肌寒くなってきました。 コースが落葉で覆い尽くされる前に、もう 少しラウンドに出かけたいものです。「ひと 月1作品」、今月は2016年に発表された映 画”Seve The Movie”をご紹介します。セベ (英語ではセビ)の名前で親しまれたスペ インのツアー選手、セベリアノ・バレステロ ス(Severiano Ballesteros Sota:1957- 2011)の生涯を描いた映画です。

ゴルフ

セベはスペインの北部ペドレーニャという小さな村で生まれ育ちました。一家は酪農を 営んでいました。4人兄弟の末っ子で、お兄ちゃん3人はお父さんを助けながら近所のカン トリークラブでキャディのアルバイトをしていました。セベが初めてゴルフに触れたのは8 歳の時です。お兄ちゃんからもらった、壊れた3番アイアンのヘッドに木の枝をくくりつけ てゴルフクラブに見立て、砂浜にカップを掘って、それに向かってゴルフボールを打って遊 んだそうです。学校にはあまり行かずにビーチで練習してばかりいました。 ロングショットからパッティングまで3番アイアン1本で色々な種類のショットを打ち分け ることができました。7月号で紹介したプロゴルファー猿を地で行くような人が現代にい たのですね。セベはお兄ちゃん達を追って9歳からキャディを始め、13歳の時にクラブの キャディトーナメントで優勝、16歳でプロに転向しました。

プロ転向2年目の1976年、ロイヤル・バークデールGCで行われた全英オープンでセベ は3日目まで首位につけていました。最終日にジョニー・ミラーが逆転優勝したものの、セ ベとジャック・ニクラスがタイ2位になったことで、セベの名前は世界中に知られることと なりました。1979年に23歳の最年少記録で全英オープンに優勝し、メジャー1勝目を挙 げました。ヨーロッパ大陸出身の選手としては約100年ぶりの快挙でした。80年、83年 とマスターズで優勝、84年にセント・アンドリューズで行われた全英オープンで優勝、生 涯で計5つのメジャータイトルを獲得しました。ヨーロッパツアー50勝(最多記録)、ヨー ロッパツアー賞金王、日本ツアーでは日本オープン2回を含め5勝するなど、セベは80年 代から90年前半にかけて大活躍しました。

この当時の映像を見ると、フィニッシュは独特の逆Cにのけぞるポーズで、距離は出る もののロングショットの精度はあまり高くなく、枝の下や灌木のわき、バンカー、潜って見 えないほど深いラフなどにバンバン入れます。誰もが「万事休す、もう無理だ」と思うよう なライからでも、ひざまずいて打ったりすごく狭い隙間からパンチショットですり抜けた り、考えられないようなアクロバットショットや繊細なアプローチショットをやってのける のです。一番有名なエピソードは、最初にメジャーを獲った全英オープンの最終日、16番 ホールの2打目です。例のごとくティショットが大きく曲がり、臨時の駐車場に停めてあっ た車の下に入ってしまいました。「動かせる障害物」として扱われた車を移動して、踏み荒 らされたベアグラウンドから、セベは見事グリーンに乗せ込みバーディを取りました。同じ 組で回り、このミラクルショットを見ていたヘイル・アーウィンは、笑いながら持っていた 白いタオルを手に持ってぐるぐると回し、「降参」の合図を送って見せたとか。

30代後半から腰痛に悩まされたセベでしたが、2007年50歳の時に引退を決意しまし た。翌年にマドリード空港で突然意識を失って倒れ入院、脳腫瘍が見つかりました。複数 回の手術で回復はしたものの、2011年にわずか54歳で亡くなりました。亡くなった翌年 に行われたライダーカップは、同じスペインのホゼ・マリア・オラサバルがキャプテンとな り、ヨーロッパチームが見事に勝利を収めます。生前セベはトーナメント最終日にネイビ ーのウェアを好んで着ていたので、ヨーロッパチームの最終日のウェアはネイビー。そこに セベの有名なガッツポーズのシルエットが刺繍されていました。「セベが前にいたし、セベ が後ろにいた。セベはみんなのところにいて、僕らに勝利を運んできてくれた」と涙を流し ながらインタビューに答えるイアン・ポルターが印象的でした。ライダーカップは1927年 に創設され当初はイギリス対アメリカの対決でしたが、’79年からヨーロッパチームに変 更、それまでアメリカが負けたのは3回しかなかったにもかかわらず、セベが初代ヨーロッ パチームの選手として参加して以来、オラサバルやヒメネスらスペイン選手と共に、ヨー ロッパチームに5回の勝利をもたらしました。

セベのお葬式は故郷ペドレーニャの教会で行われ、遺灰は家の敷地内に埋められたそ うです。みんなに愛された甘いマスクのスラリとした長身のセベ。どんな生涯だったのか が細やかに描かれています。ぜひ映画でご覧ください。

(参照:”Seve The Movie” ©︎2010 Renaissance Films. Director: John-Paul Davidson)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2022.09.

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ゴルフのススメ
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ゴルフのすすめ

朝晩少し肌寒くなってきましたが、ミシガンは快適な晩夏の気候が続いています。
「ひと月1作品」、今月は1999年に発売されたゴルフ教則本“Dave Pelz’s Short Game Bible”をご紹介します。400ページを超える分厚いハードカバーです。発売以来20年以上経った今でも、ゴルフの文字通り「バイブル」として、プロ・アマチュアを問わず多くのプレイヤーに読まれているベストセラーです。

著者デイブ・ペルツ(1939-)は、インディアナ州出身のゴルフコーチです。ショートゲーム専門のコーチで、パッティングとアプローチショットしか教えません。長年ゴルフチャンネルにレギュラー番組を持ち、ゴルフダイジェストにも記事を書いてきましたので、顔を見ればわかる方も多いかもしれません。ペルツは7歳からゴルフのトーナメントに出て、ゴルフの奨学金を得てインディアナ大で物理学を専攻しました。1年下にオハイオ大のジャック・ニクラスがいて、2人は何度も試合で顔を合わせたそうですが、戦績は22回対戦して22回ぺルツの負け。花形スターのジャックは、両親の経営する地元のドラッグストアを継ぐのでプロになるつもりはないと言っていて、ジャックでさえツアーに行かないのなら自分は絶対無理だと思いプロにならなかった、と書いています。

ゴルフノスヽメ
ゴルフノスヽメ

ぺルツは、大学を卒業し1961年にNASAに就職しました。ゴルフ競技は続けたものの、ショートゲーム(パッティングとアプローチ)が苦手で、得意の物理学を活かしてパターやウェッジで打つ瞬間に何が起きているかの解析を始めました。全く新しいコンセプトのパターを考え出し、その自作パターでUSアマチュアに出場して1ラウンド目を突破、しかし2ラウンド目でUSGAから形状のルール違反を指摘され失格になりました。このパターが投資家たちの目に
止まり、ペルツはNASAを休職し起業します。パーフェクトにパットを打つPurfyクン(右写真)の他、様々な実験・練習ギアや、ヘッドをネジで変えられるフィッティング用クラブなど、今では当たり前に使われているような道具をペルツは次々と発明したのですが、1985年に負債を抱えて倒産します。倒産直前にパテントを買い、翌年キャラウェイが発売した2-ballパターは、大人気を博し莫大な利益を生みました。同僚だったBarney Adamsは、倒産後の会社を買い取ってアダムスゴルフを作りました。 この頃ペルツを悩ませていたのは、勝てる選手と勝てない選手の違いでした。スイングが良いわけではない、飛距離が抜群に出るわけでもない、なのに試合で好成績を出す選手がいるのはなぜなのか。逆に実に美しいショットを打つのに勝てない選手はなぜなのか。ペルツは3年間プロのトーナメントに通い、多くの選手について回って数千ラウンド分のデータを集めました。狙った場所から何ヤードずれたところにショットが着地するかを観察し、例えば200ヤード離れたところからピンへ向かって20ヤードずれたら20/200で10%のエラー、というふうに「エラーインデックス」を記録しました。その結果、100ヤード以上離れたところからのショットだと上位選手のエラーは平均7%ぐらいなのに、100ヤード以内のショットではそれが12-20%に跳ね上がってしまうこと、100ヤード以内の短いショットのエラー率が小さい選手ほどマネーランキングが高いことを突き止めました。つまり、フルショットできない中途半端な距離の精度こそが、スコアメークには大事だということがわかったのです。加えて、専門的なことになってしまいますが、長短ともに安定した飛距離を出すには、シャフトの振動数のフローをスムースにすることが大事だということも、見つけ出したのでした。

ぺルツは、コースデータを集めている時に顔馴染みになったツアー選手たちへマンツーマンのレッスンを始めます。90年代のトム・カイト、リー・ジャンセン、ペイン・スチュアートらのUS Open優勝、2000年以降もフィル・ミケルソンやマイク・ウィアーのマスターズ優勝など、ペルツは超有名選手を次々とメジャー優勝に導きました。

この本では、なぜフルスイングよりもコントロールショットにミスが出やすいのか、練習場では打てるのになぜコースではうまくいかないのか、克服方法、練習の仕方、色々なショットの打ち方、などを図解・写真入りで丁寧に説明しています。ちょっと深く掘り下げすぎているかなあと思うところもありますが、理論好きな人には楽しめる教則本です。機会があればぜひ手に取ってみてください。

(参照:”Dave Pelz’s Short Game Bible” ©︎2000 by David T. Pelz)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2022.08.

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ゴルフのススメ
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  ミシガンらしい美しい夏の日々が続いていますね。青い空と緑の芝生、小鳥がさえずり、そよ風が肌を乾かし…最高です。こんなお天気 が永久に続けばいいのに、とラウンドするたび に思います。「ひと月1作品」、今月は2002年に 発表されたエッセイ「さいとう・たかをのゴルフ 13」をご紹介します。

  さいとう・たかを氏はニッポンの漫画家で、不 朽の名作「ゴルゴ13シリーズ」の著者です。主 人公はデューク東郷。性別は男性、国籍や年齢 は不明、世界を股にかけて暗躍する職業スナイパーです。一回の報酬は数十万ドルと言わ れ、成功率は99%以上。どんなに困難な依頼でも承諾に値すれば引き受けます。常に冷 静沈着、いかなる時も隙を見せません。毒物や薬品の知識に優れ、射撃・格闘技は無敵で す。引き金を引く右手を人に預けることになるため握手を拒み、背後から攻撃されないよ う壁や木に背中をつけて立ちます。彼の出生や経歴を調べようとした者は、間違いなく消 されます。私の実家には単行本が全て揃っていまして、昭和43年の連載当初は、若気の至 りか自分の感情を言葉に出すことがよくありましたが、ここ30年ほどは「……。」というセ リフ(?)が多く、無駄話は一切しません。彼はとにかくすごい人で、私にとっては人生の師 匠でもあります。

  さいとう氏は生前「ゴルフの合間に仕事をする」と宣言していたほどゴルフ好きで、60歳 でゴルフを始め80台を出すまでに腕を上げたそうです。そんな彼が大真面目に、デューク 東郷に学ぶゴルフ術を書いた「さいとう・たかをのゴルフ13」を出版しています。もちろん これも我が家の本棚に並んでいます。作中に散りばめられた格言に私なりの解釈を加え ながら、ゴルゴとゴルフの共通点をここにご紹介したいと思います。

 「自分のスタイルを確立しろ」:デューク東郷氏には、美学とも言える彼なりのルールが あります。暗殺を依頼する時には依頼主自身が東郷氏と顔を合わせて話をする必要があ ります。代理人はもちろんダメ、本人でも電話やカーテン越しの依頼は受け付けません。 依頼の背景や理由を包み隠さず正直に伝えなければ、依頼主が標的にされます。ゴルフ も然り。自分の持ち球を打ち続けて自分のスタイルを貫いてください。ラウンドでいつもと 違う打ち方を試すのは大ケガの元です。スライスでもフックでも全く問題なし、再現性が 高い人の方がスコアをまとめやすくなります。

 「自分の腕となる道具を持て」:ある依頼を受けて国連暫定軍から銃を調達した際、東 郷氏は最新式の高性能銃ではなく愛用のM16アーマーライトを選びました。ゴルフも然 り。今持っているクラブとじっくり向き合って、使いこなせるようになるまである程度時間 をかけて練習をする必要があります。使い慣れた道具だからこそ、自信を持ってショット を打つことができるでしょう。

 「信じるのは自分一人」:東郷氏に仲間はいません。人物調査や銃改造のために協力者 を雇うことはありますが、仕事は常に1人で遂行します。ゴルフも然り。ナイスショットも ミスショットも全て自分のしたことです。自分の鍛錬・上達が即結果につながります。東郷 氏も実戦を通して強くなったはずです。斜めのライや固いバンカーなど、難しいショットは コースで失敗と成功を繰り返し、自分で得た経験をスキルアップにつなげましょう。

  さいとう氏自身のゴルフに対する考え方や心構えなども書かれていて、なかなか興味深 い一冊です。ぜひ話のネタに読んでみてください。ところで、もしデューク東郷氏がゴルフ プロを目指すとしたらどうでしょう。彼の身体能力と精神力を持ってすれば、すぐに実技テ ストに受かると思います。しかし証拠が残ることを嫌ってトーナメントの中継カメラを片っ 端から破壊してしまうでしょうし、うかつに背後に立った同伴者が居ようものなら、クラブ で暴行を加えて即引退に追い込まれるかもしれません。うーん、やっぱり本業に専念して いただきましょう。

(参照:“さいとう・たかをのゴルフ13” ©︎リイド社 著者:さいとう・たかを)

<プロフィール> 東京都出身、慶応大学法学部卒。駐在員の妻としてミシガン滞在中にゴルフを始め、ゴルフ好きが高じて2009年にPGAメンバーとなる。「もっと遠くの、狙った場所へ」をモットーに、Links of Noviでレッスンを行なっている。
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ゴルフノスヽメ 2022.07.

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ゴルフノスヽメ 2022.03.

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