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Sunday, June 13, 2021

お花の随筆:共存の知恵 (JNC 2020年7月号掲載)

昨年の夏、知り合いのインド系アメリカ人の方から「ほうれん草」の種を頂きました。その方は普段から、この上なく新鮮な牛乳を自宅に配達させ、自家製のヨーグルトをお作りになっていらっしゃるほどの健康志向ですので、是非あやかりたいと喜び、早速種を蒔き忘れずに水を遣り、心躍らせて成長を楽しみにしておりましたら、ある日そのてっぺんにヒマワリの花が咲きました。

お花の随筆:不要不急な話 (JNC 2020年5月号掲載)

久しぶりに包丁を研ぎました。無欲無心で臨みかつ気の抜けない単純作業というものは、知らぬうち積もるストレスの解消法として相応しく、爽やかな充足感をもたらせてくれます。水と砥石の狭間から発せられる日本ハガネの、薄い鉄のしなる伸びのある独特の音。身の引き締まる音がシュ、シュ、

お花の随筆:蝶の舞に (JNC 2020年3月号掲載)

これは何十年も前の話となります。私が幼少の頃、日本で父は、家に配達される朝刊は全国紙5社から一部ずつ、購読致しておりました。その理由として、「同じ事象がどう書かれているかを読み比べてごらんなさい。」そう言い、同じ話題を扱っている5社分それぞれの紙面を開きテーブルに広げ、

お花の随筆:お花とともに、門出を祝して (JNC 2020年1月号掲載)

探し物を始めますと、どうしてこう、探していないものばかり出てくるのでしょう。あとからあとから、何故探していない物ばかり、出てくるのでございましょうね。そのひとつひとつに驚き、喜び、しんみりとなり、今度はそれをどこへ整頓しようか家の中をうろうろ、キョロキョロ。そうしているうち自分は一体何を探し始めたのかも忘れてしまってアハハと笑い、まあ、そのうち出てくるでしょう、と探すのをやめた途端、それが始めから目の前にあったのを見つけたりするのですね。人間はこんな事の繰り返し。そうこうしているうちに、時は飛ぶように過ぎております。きっと洋の東西を問わず、古代ローマの頃から、人の暮らしそのものは単純であり、あまり進歩なく歴史を繰り返す単純な生き物であるのかもしれません。時を同じくして地球上に存在する年下の若者達には三年前の事はもう古いなどと言われ、でも冷静に観察し歴史を辿れば意外にも、二千年以上前の人々の営みは、現代の人々のものとそれほど、変わっていないようです。 忙しいという字は心をほろぼすと書きますので、決して自分だけは、その謂れとなった集計データには貢献するまい、と心に誓い頑張って来たつもりが、いにしえの方々がその、更にそれ以前の方々を観察なさった人間データに漏れる事なく、気付けば不覚にも痛恨の一票が投じられておりました。心が滅びる、すなわちゆとりがない。気持ちのゆとりが見つけられないが為に、つい、よそ様に失礼を極めてしまいその結果、ゆかりのあったはずの方々ともいつの間にか疎遠となってしまう。忍び寄っていた悲しい別れに気づかず、後悔に落ち込んで、それでも、目の前に迫る事を兎に角、ただがむしゃらにこなして。言い訳は数並べられますものの、休みなくエネルギーを消耗し続ける殺伐とした暮らしが、やや当たり前のように習慣化してしまっていたことに気づき、これではいけないと一息ついて、心と身体に休息を与え、魂の栄養を摂ることに致しました。 ひょんなことから入手致しまして8年ほど手元で大切に育ててきた南天が、街路樹から飛んできた白カビの一種に取りつかれ真っ白になり、葉がすべて落ち、細い枝もぽきぽき折れ枯れ果ててしまいました。しかしどうしても諦めきれずに水を遣り続け、たまに造花をクリップで留めてみたり、作り物の鳥の巣を枝の上に載せてみたりと1年以上遊んでおりましたが、流石に見栄えも悪いので、昨年の春にようやく外へ出し、雨風に晒して更に1か月半。放置したのちにいよいよ明日にはお別れしよう、と覚悟を決め、改めて枯れ果てた鉢植えを眺めたその瞬間。なんとその根元から小さな新芽が出て来ているのを私は見過ごしませんでした。150センチほどの丈の、枯れた幹の一番下の地面に一番近い所に、幅2ミリ、長さ4ミリ程のとても小さく柔らかい葉が3枚、胸を張っておりました。感激のあまり鳥肌が立ち、生命力の底力に驚き感心し、よくぞ頑張ってくれたと涙しました。あと一日遅かったら、間違いなくヤードウェイストとして、枯葉や枝もののごみと一緒にリサイクル回収されていたところで、慌てて出て来てくれたのかと、いじらしく愛おしく、本当に嬉しゅうございました。何度も褒めてあげましたら何かこう、とても誇らしげな表情で、爽やかな初夏の風に吹かれ、揺れておりました。 別れの辛さや涙も、新たな旅立ちの決意や、そして思わぬ再会の感動も、日々の暮らしの中に織り込まれる大切な節目で、そこに付随する季節や音楽とともに、今の文明と社会に生きた証となって、刻まれてゆきます。それらがたとえ、未来の教科書に名が記され、其の将来の世界を担う子供たちにその者の教えなのだ、と触れられることも無い小さく些細な出来事であっても、自身が記憶し内に刻む、歴史です。何かの折に気づいて、天運の恵みと周りの支えに感謝しながら自らに教示する四方山の学は、生命がもたらしてくれた尊い礎であり、繰り返しに満ちた豊かな時間は安らぎの財産となります。 この度、この界隈に根差した日本語情報新聞であるジャパンニュースクラブ紙を、長年にわたり発行なさっていらした政田氏がくぎりの節目を迎えられる由を伺いました。心からの尊敬と感謝を込めましてそのはなむけに、ほぼ3年ぶりに第46話を寄稿させていただきました。わたくしはその創刊号の第一面も、鮮明に記憶致しております。この新聞は海外に於ける日本にゆかりのある地域社会の人々への身近で貴重な情報源であり、いつも人の温かさと豊富な情報量に満ちて、現在のこれほどのデジタル通信時代を迎えるそのずっと前から、助けられ励まされて参りました。今後もこの土地に生活する邦人、日系人、そして日本語を学ぶよその国籍の方々にも、大切に読まれ育まれてゆく新聞であり続けられますよう祈念し、新たな門出を祝福させて頂きます。読者の皆様におかれましても、幸多く実り多き新年となりますよう、心より、お祈り申し上げます。