
暑い……
ミシガンに慣れた体には厳しい36℃の中、ダラスのテキサス・モーター・スピードウェイに到着。以前、当地の日本まつりやりんご会補習授業校に来てくれた、日本人唯一のNASCARナショナルシリーズドライバー尾形明紀選手が、NASCAR Xfinityシリーズにトヨタ・スープラで参戦するのだ。初のミシガン戦になった8月のレースに応援に行きたかったが、今回のダラスとなってしまった。ミシガン戦でも今回と同じスープラでの参戦だったが残念ながら予選落ち。Xfinityシリーズは厳しい……
ピットロードに到着するとまさに練習走行が始まるところ。予選が終わるまでは邪魔にならないように遠くから表情を伺うと、レースカーに乗り込む前にチーム員と打合せている様子。一瞬目が合ったので軽く会釈をするも表情はかなり険しい。数年ぶりに見る尾形さんはさらに研ぎ澄まされているように見えた。
さあ、熱い一日が始まるーー。
飛躍の年
ダラス戦は9月24日。2022年シーズンもすでに終盤である。振り返ると今年は尾形さんにとって特別な一年になった。
2003年に初めてNASCARの下位カテゴリーに参戦。そこから地道に挑戦を続けて2014年にナショナルシリーズの一角であるトラックシリーズデビューを果たした。
そこからは地元ノースカロライナの伝統あるヒッコリー・モーター・スピードウェイでリミテッド・レイトモデルクラスに参戦しつつ、トラックシリーズやその上のXfinityシリーズにスポット参戦を続けている。
地元の強豪や、ナショナルシリーズの猛者たちにもまれながら、少しづつ協力者や仲間を増やしてきた今年、ついに初優勝! NASCARの歴史の中で、これが初のアジア人の優勝。まさにNASCARの歴史に名を刻んだ。
その後も勢いは止まらず、最終的に5勝を挙げて年間ランキング2位でヒッコリーのリミテッド・レイトモデルクラスを締めくくった。
さらに初参戦となったノース・ウィルケスボロー・スピードウェイでの2日間では、初日が9位(参加30台)二日目が15位(参加31台)を記録、初めてのコースでも十分に戦えることを証明してみせた。
思えば尾形選手のNASCARドライバーとしての挑戦は苦難の連続だった。
そもそも日本でカーレーサーとして名を馳せていたわけではない。ほとんど裸一貫で渡米、少しづつ仲間を増やし、日系企業の協力を得ながら一戦一戦実績を積み上げてきた。
一方で厳しい洗礼も受ける。エンジンをメンテナンスに出したのに次のレースですぐに故障。トラックシリーズのスポット参戦では、自分で持ち込んだシートをチームから返してもらえなかった。しまいには、トレーラーごと工具や息子さんのレースカーまですべて盗まれたこともあった。
それでも二十年挑戦してきて、ヒッコリー戦では頼れるチームメンバーを得ることができ、成績も伴ってきた。そんな尾形さんを見ていてくれたのだろう、同じノースカロライナの建材会社がスポンサーを名乗り出てくれた。
これはつまり、地元ノースカロライナに、そしてアメリカに認めてもらえたことを意味した。
Xfinityシリーズでの戦い
XfinityシリーズはトップカテゴリーであるCupシリーズのすぐ直下に位置する。それこそスーパースターたち40名で争われるCupシリーズは、ヨーロッパで言えばまさにフォーミュラ1。Cupシリーズを目指す全米で一万人以上のレーサーがいるなかで、そのすぐ下で戦えるところまで来ているのだ。
しかし、潤沢な資金、スポンサーを持つわけではないので、Xfinityシリーズは年に数回のみの参戦。クルマにもコースにも慣れることができないジレンマがついてまわる。今回、決勝には最下位の38位からのスタートとなり、険しい表情のままクルマに乗り込む。
「スタート・ユア・エンジン!」
38台のV8エンジンが一気に目覚める。
消音器が無い排気管からの咆哮はまさにワイルド。一周1.5マイルのテキサス・モーター・スピードウェイは観客席もコロシアムのようにせり上がっており、全体に轟音が渦巻く。数周の予備走行を終え隊列が整うとグリーンフラッグが振られ、一気にアクセル全開!耳だけでなく全身で轟音を受け止める!
一周目、さっそく遅れ始める。エンジンが回っていない。いや、スピードを乗せられていない。やはりXfinityスープラで初のコース、厳しいか? しかし慌ててスピンするよりはまずじっくり……
24周目にコーション、黄旗が出てペースカーが入る。この時点ですでに一周遅れ。正直、このチームのクルマの戦闘力ではすぐに数周遅れになってしまうのだろうと思っていたので、24周で一周遅れは想定内。他車の脱落を待ちつつ周回を重ねて慣れていく、それがここ数戦の戦い方だ。
しかし、今日は違った。粘れているのだ。
次のコーションで周回遅れを挽回、さらに前車から離れないペースで周回を重ねる。慣れないクルマ、コースでも、ヒッコリー5勝、ランキング2位の腕前は伊達じゃないことを証明。Xfinityでも通用している!
200周で行われるレースも約半分まで差し掛かった頃、突然スピンを喫する。ピットに戻り左側だけタイヤを交換しコースに戻るが、足回りがおかしい。それによりまたスピン。…… サスペンション故障。ここでリタイヤとなった。
しばらく時間を置いてガレージに顔を出す。
「足回りが……」
流れを説明してくれる尾形さんの表情は悔しさが滲み出る。レース半分しか走れていない、と。しかし、話しているうちにレース前の険しい表情は消え、いつもの明るい笑顔に戻っていた。レースで結果を出すまでのプレッシャーの大きさを伺い知る。これがプロレーサーの姿なのだ。
今年を振り返りながら「初優勝をあげたこと」「ノースカロライナに仲間や協賛者を得ることができたこと」など、うれしそうに話す尾形さん。その表情、涙でよく見えなくなった。この人はとんでもないことをやり続けている……
最終目標はCupシリーズ。高校を出て内装業をやっていた若者が、なんの後ろ盾もなくアメリカに単身で乗り込み、ついにNASCAR最高峰に届くところまで来ている。
今までの挑戦を見てきてこれだけは言える。
尾形さんは、やる。どんなに苦しくても、厳しくても、やる。
今まで培った経験と方法論をもとに、やるべきことをすべて確実に実行する。
そして、必ずNASCAR Cupシリーズ、全米最高峰のレースに、挑む。
取材:JNC 写真提供:AKINORI PERFORMANCE LLC