アメリカ医療のトリセツ
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アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning: ACP) – 最終回

2年間ほど連載をさせていただきました「アメリカ 医療のトリセツ」も、今回が最終回となります。主 に日本からアメリカに引っ越してきたばかりの皆様への アメリカ医療についての解説を目的として記事を書い てまいりました。少しでも皆様のアメリカ生活の助けに なりましたら、幸いです。

最終回の記事は、アドバンス・ケア・プランニング (Advance Care Planning: ACP)です。しばらく前に、日本 でも「人生会議」という名前が付き、ニュースやポスター などで広報がされていましたが、皆様はどう受け止めら れたでしょうか? 多くの方は、ACPと聞いても「何をすれ ばいいのか、全くわからない」または「ACPは人生の終末 期に延命治療をするか、どうか決めること」という状況 ではないかと思われます。また、この様な話は高齢者の 方々がするべきもので、若い人たちには必要ない、と感じ る方もおられるかと思います。実際には、年齢に関係な く、考える価値のある事柄ですので、解説をしていきたい と思います。

1.アドバンス・ケア・プランニング (Advance Care Planning: ACP)とは

ACPの必要性が見えてきたのは、1980年代後半から アメリカで盛んに使われ始めた、アドバンス・ディレク ティブ(事前指示書Advance Directive: AD)が当初の想 定に反して、上手く機能しなかった反省からでした。医 療技術が進み、人工呼吸器や経管栄養などにより、時 には本人の意思に反して延命治療が行われることが問 題視されたことからADが生まれました。「自分の人生 の最後を、自分の希望した形で迎えたい」と考えた人た ちはADの書類を準備し、その時に備えたのですが、実 際にその時になると医師たちと話をするのは本人では ないことが多く、患者本人の希望が反映されないまま 延命治療が続けられる、または逆に中止されるという ことが起きていました。その原因として、書類を作るだ けで、本人と家族(特に本人が医師と話ができない時に 代理意思決定者となる人)、医療関係者が事前に適切 な話し合いをしていないことが問題だとわかってきまし た。この反省から、ADの書類作成を含めて、自分の人生 観・価値観を考え、人生の最終段階に差し掛かった時 に、どの様に過ごしたいかを家族や大切な人たちと話 し合うこと(ACP)が薦められる様になりました。

2.ACPで何を話せば良い?

ACPが大切なことであるとは、多くの方が感じておら れるかと思います。が、何をどうしたら良いのか、分か りにくいこともあり、その話をする機会を見出せないこ とも問題であると言われています。ACPで話をする内 容は、特定の項目を必ず網羅しないといけない、という ものではなく、その話し合いをすること自体が特に重要 と考えられています。とはいえ、道案内が無くては、第 一歩を踏み出すこともままなりませんので、ここでは一 般的な事柄をThe Conversation Project (対話プロジェクトhttps://theconversationproject.org )のガイドを 参考に解説します。  まず、ACPの話をする時に大切な事柄は、人生の最終 段階に到達した時、つまり自分に残された時間が限られ ている時、自分にとって何が大切か、を考えることです。 この大切なことが、なるべく守られるように自分の治療 やケアの希望を考えていくからです。そして、自分の大切 なことを家族や大切な人に伝えておくことが重要です。

また、自分の余命が限られてきたような時に、患者と して、どの程度医療情報を知りたいか、治療の決定に関 わりたいか、ということも考えてみましょう。もし、自分 が治療のことなどを自分でしっかり聞いて決断したいタ イプの場合にはその旨を家族や医師に伝え、さらに、も しも自分が話をできない状態になってしまった時に、ど の様な治療やケアをしてもらいたいか(あるいは、して もらいたくない)事前に伝えておくことをお勧めします。 もし、自分の病気の進行具合などを知りたくない、医師 と話をしたり、治療方針を決めたりするのは家族や代 理意思決定者 (Durable Power of Attorney for health care: DPOA-HC)に任せたい、という場合も、やはりそ の旨を家族や代理意思決定者に伝えておく必要があり ます。この様な場合、実際に家族たちが治療方針などを 医師たちと話し合うときの参考となる様に、自分にとっ て大切なことは何か、わかる範囲で「受けたい治療・ケ ア、受けたくない治療・ケア」を前もって伝えておくと、家 族たちの精神的負担が軽くなります。代理意思決定者 (Durable Power of Attorney for health care: DPOA-HC) は医療に関することを患者が医師と話し合いをすること ができない状態の時に、代理人として話を聞き、患者の 価値観を伝え、医療の方針を決める人です。これは家族 でも、そうでない人でも大丈夫ですが、事前にADの書面 で指定しておかないと、ミシガン州では一番近い関係に ある家族が自動的に代理意思決定者になります。その 優先順位は、配偶者、成人した子供、両親、兄弟姉妹、 という順番になっていきます。もし、近しい家族がいな い場合、配偶者ではなく子供など一番近いわけではな い家族を指名したい、あるいは気心の知れた親友に代 理意思決定者になってほしい、などの希望がある場合に はADの書類でその人物を指名し、正式に代理意思決定 者(Durable Power of Attorney for health care: DPOAHC)にしておくことをお勧めします。

自分の受けたい治療やケアについて、何を伝えてお いたら良いのかわからない、というときは、具体的な治 療内容について話す必要はありません。その時には、自 分にとって大切なこと・生きがいとはなにか、自分が楽 しみにしていること、気掛かりなこと、そして「この様な 状態になったら、生きている意味がない」と考える状況 などがあれば話をしておきましょう。

3.いつACPの話し合いをするべき?

私たちの人生観や価値観は生活環境や年齢によって変わってくるものです。ですので、ACPも時々変更がな いかどうか確認をすることをお勧めします。話し合いを するタイミングは、年齢に関係なく、以下の様な時が考 えられます。 健常時: 毎年の健康診断の時。結婚や離婚をした時、子供が産まれ た時など家族の環境が変わった時も良いタイミングです。 慢性疾患や進行性の病気にかかった時: 新しい病気を診断された時や手術などの治療で病院に入 院することなどがあった時もACPを見直す良い機会です。 余命が1年以内など、時間が限られてきたと思われる時 は特にACPが大切になってきます。家族や身近な大切 な人たちに自分がどの様に限られた時間を過ごしたい のか、伝えておきましょう。

4.事前指示書(Advance Directive)

ACPの話し合いをし、自分の代理意思決定者(Durable Power of Attorney for health care: DPOA-HC)や希望 する(または希望しない)治療・ケアの考えがまとまっ たら、上述のAdvance Directive(AD:事前指示書)とい う書類を作成し、かかりつけ医の電子カルテに登録し てもらうことをお勧めします。実際には書類をスキャン してファイルとして記録するとともに、内容を電子カル テに反映させる作業が行われます。それにより、ADの 書類を持ち歩いていなくても、何かがあって病院に入 院するようなことがあっても、必要な時に代理意思決 定者に連絡され、自分が前もって示してある医療に関 する希望を尊重した形でケアを受けることができます。 ちなみに、もし書類を作成した後に気が変わった場合 には、いつでも、どの様な形にも変更可能です。その際 は、病院の担当医にその旨伝えれば問題ありません。 その際には、可能であれば速やかに、ADの書類を新し く作り替えましょう。ADの書類はかかりつけ医のクリ ニック、病院などに用意してあります。

参考: The Conversation Project (日本語ガイド) https://theconversationproject.org/wpcontent/uploads/2017/10/ConversationProjectConvoStarterKit-Japanese.pdf

 

筆者プロフィール:
医師 リトル(平野)早秀子(ひらのさほこ)
ミシガン大学医学部
家庭医学科助教授
リボニア・ヘルスセンター
1988年慶応義塾医学部卒業
1996年形成外科研修終了。
2008年Oakwood Annapolis
Family Medicine Residency 終
了後、2008年より、ミシガン大学
家庭医学科で日本人の患者さんを診察しています。産科を含む女性の医療、小児医療、皮膚手術、創傷のケアに、特にちからを入れています。

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