アメリカ医療のトリセツ
アメリカ医療のトリセツ

家庭内暴力・小児虐待について

日本でもアメリカでも、国にかかわらず、残念 ながら家庭内暴力や小児虐待は起こってい ます。ただ、それに関する法律や対処の仕方はアメ リカと日本では大きく異なるので、知っておくこと が大切です。

日本で時々、児童虐待によって幼い子供が死亡 したという悲しいニュースをみますが、日本では 周囲の人や児童相談 所の職員が虐待を疑ってい ても、なかなか子供を親から引き離すことは困難 です。アメリカでは状況はかなり違います。アメリ カでは虐待を少しでも疑った場合は、証拠がなく ても、州のカウンティの児童保護サービス(Child Protective Service; CPS)に通報することが義務 付けられています。CPSは報告を受けると、状況に よっては警察官を派遣することもありますし、CPS の職員が自宅を訪問することもあり、更にはその 場で子供が両親から取り上げられることもありま す。今いる環境が安全であるとみなされない限り は、子供はその環境から離されて里親に預けられ ます。この処置は日本と比べてかなり厳しく、疑わ しくても親のサポートをすることで子供を救おう という日本の児童相談所のアプローチとは大きく 異なり、疑わしければ子供の安全を最優先する、 というのがアメリカのアプローチです。アメリカで は日本よりも里親の謝礼金の支払いが高く、登録 されている里親の数も多いようです。

体罰は、以前は躾の一部とみなされることもあ りましたが、虐待・体罰・躾の境界線ははっきりせ ず、現在は日本でも、学校・家庭共に体罰は禁止 されています。子供を叱るときに、言葉でいっても わからないときに叩く、というのは時々聞きます が、基本はすべきではありません。アメリカの学校 で、親に叩かれた子供が友達や先生にそのことを 話すと、話を聞いた大人はCPSに報告する義務が あります。その場合は児童虐待とみなされる場合 もあります。また日本人の感覚では全く虐待に相 当しそうでなくても、報告されることもあります。 例えば、家族でハイキングやキャンプに行って転ん で顔に傷がついた場合、顔の痣を見た隣人や先生 はCPSに報告するかもしれません。蒙古斑をみた 保育所が殴られた痣だと思ってCPSに連絡した例 もあります。

では、子供が実際に虐待を受けていると家族が 感じている場合はどうでしょうか。例えば、父親から子供への虐待を、母親が心配している場合など です。母親は心配しているので、かかりつけ医に相 談するかもしれません。相談された医師は、報告義務があるので、CPSが関与して、父親は刑務所に 入ることもあります。父親が刑務所に入らない場 合は、子供が里親に送られる場合もあります。この 場合、母親が父親と離れるという選択をしない限 りは、母親も子供には会えなくなります。アメリカ は小児虐待には厳しく対応するシステムが出来上 がっています。ですから虐待はもちろん、体罰・躾 目的など、どのような理由があっても、子供に対し ては殴る・蹴るなどの暴力はすべきではありません し、それが知られると大問題になります。

以前に私が日本で研修医だった頃、救急外来で 額に傷ができた子供を処置したことがあります。 この両親は夫婦喧嘩でお茶碗を投げ合っていたの ですが、父親がお茶碗をよけた後ろに、子供がい て、母親が父親めがけて投げた茶碗が子供の額に 当たって怪我をしました。この両親は子供を傷つ ける気が全くなかったのは明らかで、子 供がけが をしたことであわててそろって救急外来に子供を 連れてきたわけですが、これがアメリカだったら、 子供のいる環境は危険ということで、両親からは 引き離され長い経過観察を経て、安全と確認され て初めて親元に戻される、という経過をたどるこ とになったでしょう。このように、子供に対する虐 待・暴力に対しては、アメリカの制度は日本より ずっと厳しくなっています。

では、大人の間での家庭内暴力、虐待はどうで しょうか。例えば、夫婦間で言葉や身体的暴力を パートナーから受けている、というような場合で す。暴力が起こっているときには、警察を呼べば、 警察が来て暴力をふるっている人を逮捕してくれ ることもあります。注意で済むこともあれば、留置 所に行くこともありますが、長く拘束されることは なく、また暴力は続きます。暴力を受けている大人 が、自分で判断して行動できる能力がある場合、 その対処は本人がするべき、とされています。つま り、子供の虐待とは異なり、虐待者から逃げるの は被害者の意思でする、という考え方です。家庭 内暴力ホットライン(800-799-7233)などに相談 すると、どうやって逃げるかなど具体的に協力し てくれます。一般的には、セイフハウスと呼ばれる 共同宿泊施設を紹介してくれます。セイフハウスに は、虐待者に居場所を知られないで子供と一緒に 住むことができます。ただ、そこに移る決断をする のは被害者ご本人しかできません。経済的な理由 などにより、虐待されていても一緒にいることを 選ぶ人も多く、その場合は、子 供が暴力を受けて いない限り、本人の意思で虐待されている環境に とどまることも自由です。

大人でも、自分で判断や行動ができない人の場 合は、状況が多少異なります。例えば、知的障が い者、認知症のある高齢者など、自分では逃げた くても逃げられない立場の人たちには、成人保護 サービス(Adult Protective Service; APS) が関与 してくれます。高齢者や知的障碍者が十分な食事 を与えられていない、必要な世話をしてもらえな い、などのネグレクトは暴力・虐待と同等と考えら れます。自分がそういう目にあっている、または、知っている人 がそういう扱いを受けていると思 う、という場合には、州カウンティの成人保護サー ビス(Adult Protective Service; APS)または、家 庭内暴力ホットライン(800 -799-7233)https:// www.thehotline.org/ から相談できます。

このように、日本とアメリカでは、家庭内暴力・ 虐待に対する制度が大きく違いますので、知って おくことが大切です。

筆者プロフィール:
医師 リトル(平野)早秀子(ひらのさほこ)
ミシガン大学医学部
家庭医学科助教授
リボニア・ヘルスセンター
1988年慶応義塾医学部卒業
1996年形成外科研修終了。
2008年Oakwood Annapolis
Family Medicine Residency 終
了後、2008年より、ミシガン大学
家庭医学科で日本人の患者さんを診察しています。産科を含む女性の
医療、小児医療、皮膚手術、創傷のケアに、特にちからを入れています。

 

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