6月、日本ではジメジメした梅雨の季節に向かう時期ですが、先月でも結構雨の日があったりして季節の移り変わりや区切りが以前ほど明確でなく曖昧になっている感じがします。当地米国ではメモリアルデーの連休が過ぎて学校が夏休みに入る時期になりましたが、今年は去年までコロナ騒ぎで自重されていた対面の卒業式や卒業パーティーが復活しそうです。人生の大きな節目である高校や大学の卒業式が対面で出来るのは本人にとっても親にとっても大きな喜びでしょう。ビジネスシーンではコロナパンデミックの影響で重要度、緊急度、必要度の高いエセンシャルワーク以外の仕事や業務の多くはリモートワークにシフトしていましたが、ここに来て雇用者側は社員を従来の職場であった事務所や工場に戻す動きが出始めているようです。決められた時間に決められた場所で働くスタイルから離れ、通勤時間や交通費、ガソリン代を節約できる自宅やリモートで働く自由度の高いスタイルに慣れてしまった社員の中には必要性に疑問を持ったり、個人的なわがままから元の就業形態に戻ることに抵抗や不満を持つ人も少なからずいるようです。一体感やコミュニケーション、チームワークの維持・強化を目指す経営者側と従業員側それぞれに理由や意向があるようですが、仕事の効率化だけでなく社員の参加意識、意欲向上を推進する動機付けと環境作りが必要です。

 職場環境で仕事に対する意欲や効率が変わる一例として思い出したのは、長女が大学生だった頃に親のキャンパス訪問ウィークエンドがあり、夫婦でキャンパス訪問した際に、たまたま同校の有名なベテラン心理学教授の引退前の最後の授業を親も聴講できると聞いて同席した時のことです。円形ドーム型大講堂の階段席に学生と親を合わせて何百人もの聴講者がいましたが、スライドを使った教授の授業の中で特に私の興味を引いたのは空軍パイロットの敵機識別能力テストに関する部分でした。教授の専門分野である心理学の見地から空軍パイロットが正規の軍服を着ている場合と私服の場合の敵機識別能力の比較テストの結果にかなりの有意差があるというものでした。即ち、私服の時よりも正規の軍服を着ている方が敵機の識別能力(遠距離での視認や友軍機との識別も合わせて)が高いというテスト結果です。軍服を着ている場合は職業意識、就業意識が高く集中力が高まり識別能力が高くなるためという教授の心理学的見解でした。なるほどと思い今でも強く印象に残っています。

 パンデミックで一般的になったリモートワークやリモート学習の効率、成果にも通じるものがあると思います。人間の心理は環境に影響される要素が大きいので、自宅で朝起きてパジャマ姿のまま仕事を始めたり、授業を受けたりすると「仕事をする」、「勉強する」という意欲や集中力が高まらず、効率が上がらず成果も期待通りに出ない恐れがあるということです。ビジネスミーティングも対面からバーチャルとなるケースが増えましたが、上半身や背景などの見える部分だけ体裁を繕い、下半身はパジャマやトレーナー姿とか実際の背景は物が散らかった寝室またはリビングルームとかいう環境ではオフィスに出社したり客先に訪問してするミーティングと緊張感や集中力のレベルが異なり効率や成果も期待薄になる可能性が増すということですね。例が適当でないかもしれませんが、女性が普段外出時にはきちんと化粧して出掛けるのに、コロナ騒ぎでマスク着用が習慣化、常態化し、マスク着用時には「周りからは見えないからいいか」と化粧をしないで外出することが多くなり、会食などでマスクを外す必要があった際に化粧無しであったことに気付いて慌てるケースも似たようなものかもしれません。化粧してマスクをするとマスクが汚れてしまい洗って再利用するか、使い捨てになるので化粧無しにするのにも理由がありますが、人付き合いや心理学的な点で気を使いますね。(閑話休題)

 スポーツの話題やウクライナへのロシア軍侵攻、米国内での直近の連続銃乱射事件、コロナ騒ぎが収束しないまま一部規制緩和が進む中で新たなモンキーポックス(サル痘)の発生、継続・長期化するインフレーションなど触れたい深刻な項目は沢山ありますが、今回のテーマは先月号の続きで「続・裏から見たお風呂屋さんの話」にします。

 前回廃業になったとお話した生家の風呂屋はGW連休明けから建物の解体・取り壊し作業に入りましたが、通常の建物と設計も作りも大きく異なる風呂屋の建物は解体・取り壊しも容易でなく、梅雨時を挟んで来月7月末まで掛かる見込みとのことです。廃業の届出や解体作業の許可申請など経験のない事務・書類手続きも色々あって大変なようですが、梅雨の長雨で作業が遅れたり、想定外の問題が起きたりしないことを願っています。義姉と姪の家族は近隣のマンションに引っ越し済みで環境や生活習慣は様変わりしましたが、少しずつ慣れて安定しつつあるとのことで一安心です。

 先月号でも他の風呂屋と違う特徴として1番の違いは水道水ではなく井戸水を使っていたことと書きましたが、カルキ臭がありチョロチョロしか出ない水道水を使っている近隣同業者に比べて豊富な水量が出るのが気に入られて、自宅近くの風呂屋ではなくわざわざ遠くから車で来るお客さんもいました。カランを押せばお湯がバシャバシャ出るので、お客さんは文字通り湯水のように使っていたものです。自宅の内風呂では水道代が更に気になりますよね。

 もう一つの特徴は湯を沸かす燃焼釜が燃料として重油の他に薪、オガくず、石炭も使える併用タイプだったことです。改築設計時にそこまで細かく意識・考慮していたか分かりませんが、世界中を騒がせたあの第1次、第2次オイルショック当時にはこの併用釜が大いに威力と存在価値を発揮し、重油専用釜にしていた同業者が燃料供給を断たれて休業を余儀なくされた間も営業を続けられ、お客さんにも大いに喜ばれました。その後も廃業まで高価な重油よりも遥かに安価な木材の端材や薪の使用で運営コスト削減、収益改善に役立ったようで貢献度大です。

 また、改築前の旧風呂屋には中庭(当然ながら覗き防止のために高い塀に囲まれていました)があり、今では余り見掛けない広葉樹や草木が植えられていて春夏にはモンシロチョウ、紋黄チョウ、キアゲハ、ムギワラトンボ、シオカラトンボ、アブラゼミ、ツクツクボウシ、ニーニーゼミなどが入れ替わり、立ち替わりで訪れ、庭でセミ捕り、トンボ捕りをしていました。ある時にはキアゲハが草木に産みつけた卵からイモ虫が生まれその草木の葉を全て食い尽くしてから蛹(サナギ)となり、数日後背中が割れて中からまだ翅(はね)が縮んだ状態のキアゲハが抜け出して数分で翅が伸び羽化した成虫として飛び去っていくのを目撃しました。後に残った丸坊主の草木は光合成ができず、翌年は2度と新芽が出ずに枯れてしまいました。また、ある時は広葉樹の根元近くに抜け殻になる前のアブラゼミのサナギがついているのを見つけ、家の食卓に持ち込んで観察しているとやはり背中が割れて同じく翅が縮んだ状態のアブラゼミが抜け出してきて、最初は全体が茶色ではなく白っぽく翅の翅脈だけが緑色だったのが凄く印象的でした。数分で見る見る内に胴体も翅も茶色に変わり成虫になっていきましたが、左右4枚ある羽の片側の一部が何故か癒着していて翅を伸ばせず飛べない状態だったため、慎重に指で剥がしてあげてから窓を開けて離してあげたら無事に飛び去っていったので子供心にホッとした記憶もあります。今思えば天然の理科の青空教室だったなと懐かしく思うと同時に、近所のハス田のドジョウ、オタマジャクシ、カエル観察や小川、池でのザリガニ捕り、メダカやフナ捕り、セミ捕り、トンボやヤンマ捕り、昆虫採集など今の子供たちにはそういう環境や機会がなくて気の毒だなと改めて思いました。

 風呂屋といえば季節の行事として正月2日の朝風呂、5月端午の節句の菖蒲湯、12月の柚子湯もありました。年末の大晦日は年が変わる深夜過ぎまで営業し、一年の垢を流して元日はお休みの後すぐまた2日は新年のスタートに体を清める朝風呂と忙しい年末年始でした。3日はまた休みで家族揃って比較的近くの亀戸天神にお参りに行ったこともありました。菖蒲湯の時には頭に菖蒲の葉を巻いたり、葉を掌と指で挟んで息を吹き込んで鳴らしてみたりもしましたね。柚子湯の時は柚子を丸ごと何個も湯船に浮かべて良い香りに包まれながら入浴したり、裏で柚子を絞ってちょっぴり砂糖を入れて飲む柚子湯を楽しんでいました。

 また、昭和世代の方はご記憶があると思いますが、風呂屋といえば浴場の奥の壁一面の背景画ですよね。3〜4年に一度専門の背景画業者に依頼して描き替えるのですが、これが三日がかりの大作業。高所作業になるため何本も丸太を使って足場を組むのに1日、絵描き作業に1日、最後の仕上げタッチと乾燥、足場外しに1日かかりその間は休業でいつもは裏から入るお風呂に入れず、近所の同業者のところへ出かけました。私にとっては生まれてからずっと風呂屋の大きな湯船と洗い場が内風呂でお店側から入ったことがなく、番台で入浴料を払って他所の風呂に入るのはこの時だけ。一般の人には当たり前でも私にとっては特別な経験でいつもと違う周りの景色に違和感があり、落ち着いてゆっくり湯船に浸かっていられずサッと身体を洗ってそそくさと退散したものです。富士山や湖、海辺の景色など何種類かパターンがあるこの背景画も描けるプロがその後は減るばかりで今では皆無ではないかと思います。代わりに壁面全体をタイル画にして描き替えをしなくていいようにしている風呂屋がほとんどではないかと思います。

 ああ本当にあの大きな内風呂が懐かしい!なくなってしまったのは残念至極!!

 日本の公衆浴場は身体を清潔に保つだけの単なる入浴施設ではなく、ご近所さん達の重要な交流コミュニティー、心身ともにリラックス・リフレッシュできる大切な場所であり、男湯と女湯の区別はあっても老若男女、貧富の差や身分・階級に関係なく文字通り『裸のお付き合い』ができる場であり、何百年も歴史のある町の文化、日本の文化です。近年では来日した外国人観光客や長期・短期の滞在者が温泉ではなく銭湯を気に入ってわざわざ入りにくるケースも紹介されているので、今回生家の廃業は止むを得ないとしてもこの歴史と伝統を日本人である我々が大切に守って続けていけることを祈って末尾とします。

 まだまだ数多くの思い出があり、前後2回ではとても書き切れませんので、また別の機会があれば再度触れたいと思います。

執筆者紹介:小久保陽三

Premia Partners, LLC (プレミア・パートナーズ・エルエルシー) パートナー。主に北米進出の日系企業向け経営・人事関連コンサルタント業務に従事。慶応義塾大学経済学部卒。愛知県の自動車関連部品・工業用品メーカーに入社後、化成品営業、社長室、総合開発室、米国ニューヨークの子会社、経営企画室、製品開発部、海外事業室、デトロイトの北米事業統括会社、中西部の合弁会社、WIN Advisory Group, Inc.勤務を経て現在に至る。外国企業との合弁契約、技術導入・援助契約、海外現地法人設立・立ち上げ・運営、人事問題取扱い経験豊富。06年7月より本紙に寄稿中。JBSD個人会員。

返事を書く

コメントを記入してください
お名前を記入してください