
3日前、私と妻とは一緒に2回目のコロナブースターワクチンを受けてきました。最近はマスコミもロシアのウクライナ侵攻の話題で一杯で、コロナ関連のニュースは、片隅に追いやられた雰囲気ですが、この原稿を書いている時点で、中華人民共和国や北朝鮮などアジアの国々でコロナ感染の拡大のニュースがあり、もうコロナは終わったと考えるのは尚早のような気がします。米国政府は、5月15日、COVID19緊急事態宣言を延長し、少なくとも本年7月15日まで、緊急事態宣言が延長されることになりました。緊急事態宣言発令中は、ワクチンや、テスト、治療薬などについて、全てが無料になりますので、ワクチンをまだ受けておられない方、ブースターをまだ迷っておられる方、2度目のブースターを受けておられない方には、是非、ワクチンを受けられることをお勧めします。
アメリカ合衆国では、新型コロナの流行が始まって以降、100万人の方が亡くなられました。アメリカ全国でのワクチンの接種率は、少なくとも一回接種した人の割合は67.2%、二回以上接種した人の割合は60%にとどまっており、ミシガン州をはじめ全米で少しずつ新規感染者数及びコロナによる入院患者数が増えはじめているのは気になるところです。また、コロナ後遺症、アメリカでは、Long COIVIDとか Post COVIDなど様々な名前で呼ばれる病態の人も無視できない数の患者が存在し、まだ病態や治療法が確立していないため、治療困難で、症状が長引く人がかなりおられます。私の外来でも、Long COVID の患者さんが数名おられます。この後遺症は、コロナ感染時に軽い症状や、無症状であった人にも起きると言われており、決して無視できる状況ではありません。
最近号の医学雑誌NEJM5月19日号では、メッセンジャーRNAワクチンであるファイザーのワクチンの有効性について、二本の研究論文が出ていました。ひとつは、子供および青少年におけるオミクロン変異株に対する同ワクチンの有効性、もうひとつは、同ワクチンのブースター接種の安全性と有効性についてです。
最初の論文では、オミクロン株が優勢になった時期を含んだ2021年7月から2022年2月までの時期に、2812人の5歳から18歳の青少年入院患者を対象にした研究において、コロナ感染の有無、ワクチン接種の有無、および年齢、により層別分析を行った結果、ファイザーワクチンの2回の接種により、デルタ株が優勢な時期で92%程度の入院抑制効果が観察されました。5歳から11歳の年齢層では、オミクロン優勢の時期でも、68%の入院抑制効果が観察されました。12歳から18歳の年齢層でも、オミクロン優勢期に、79%の重症化予防効果が観察されました。
二番目の論文では、一般成人を対象にした、ブースター接種の有無によって、ワクチン効果の違いが認められるかどうかの論文です。2回目のワクチン接種後平均10.8ヶ月後のブースター摂取をおこなった群は、行わなかった群に比べて、95.3パーセントの、感染予防効果が認められました。(図1のグラフ)。ブースターワクチン接種群では、接種箇所の痛みや、筋肉痛、頭痛やだるさなど以外には、アナフィラキシーなどの重篤な副作用は認められませんでした。また、この論文で重要なのは、偽薬投与群でも、新型コロナによる入院は認められなかったことです。つまり、この研究での偽薬投与群は、すでに2回のワクチン接種を受けており、ただ、ブースターを受けていないというだけの人たちで、これらの人たちにもすでに投与されている2回のワクチンにより、入院予防効果、重症化予防効果、死亡予防効果が認められているということです。
この二つの論文は、どちらも、ファイザー社製のワクチンについての研究論文ですが、これまでにモデルナ社製のワクチンについても多くの論文が書かれており、現在アメリカや日本で使われているこの二つのワクチンの有効性や安全性に大きく差があると考えられるデータは見たことがありませんので、これらの二つのワクチンは、ほぼ同等の安全性と有効性があると考えて良いと思います。
この文章を書いている現在において、中華人民共和国ではいまだに、ゼロコロナ政策が行われており、上海では、本年3月27日より全市のロックダウンが続いています。これにより、中華人民共和国の経済はおろか、全世界に影響が出ています。私の所属する循環器科でも、動脈造影に使う造影剤 Iohexolの大部分が上海で製造されているらしく、先月より、全世界的にiohexol が品薄となっており、先週、全病院に対して、造影剤の節約と、不急な使用を控えるようにという緊急通達が出されました。この造影剤を製造販売している会社は、急遽アイルランドなどの工場をフル稼働させて、不足を補おうとしていますが、製造が追いつかず、造影剤の品不足は、早くても6月末まで続くと予想されています。
中華人民共和国で使われているワクチンは、コロナウイルスを殺して不活化して作ったワクチンで、Sinovax 及び国営のSinopharm社が製造しています。伝統的なワクチン製造法に従ったワクチンで、ある程度効き目はあり、摂氏2度から8度の温度で保存が可能なため、冷凍庫の不足している発展途上国では歓迎されました。しかし、メッセンジャーRNAのテクノロジーを使ったファイザーやモデルナのワクチンと比べて、効果は見劣りがするようで、インドネシアやタイ、チリ、フィリピンなどの国で中華人民共和国製のワクチンが導入されたものの、ワクチン接種率が高いにも関わらず感染の拡大が起きたため、これらの国では、違うワクチンに切り替える動きが加速されています。
これまでマスクをせず、防疫手段をあまり取らずに、大規模な軍事パレードや集会を続けてきた北朝鮮で、この原稿を書いている時点で、今になって、コロナウイルスの感染が大発生しているようです。独裁者金正恩は、一昨日“中華人民共和国に倣ってコロナ対策を行え”と通達を出したそうですが、その中華人民共和国が今のような有様では、北朝鮮でのコロナ感染の広がりを抑えるのはなかなか難しそうです。
あまり知られていないのが、2020年後半、ロシアで開発、製造販売された、Sputnik V(スプートニックV)というワクチンです。スプートニックは、旧ソ連時代世界最初に打ち上げられた人工衛星の名前からとったもので、VはVictory の頭文字だと言われています。このワクチンは、アデノウイルスをベクターとして、コロナウイルスのスパイクタンパクを組み込んだもので、2021年のLancet 医学雑誌4月号に、76人の健康なボランチアーに初期の人体臨床治験を行なった結果が報告され、これによって安全性と効果が確認されたとして、それ以上の臨床治験は行われず、直ちに全世界で実用化された初めてのワクチンとして大々的に宣伝され、ロシア国内と全世界で独占的なワクチン投与が開始されました。しかし、その安全性と効果は不透明なままで、ロシア国民の間では、このワクチンの信頼度は低く、二回接種率は51%にとどまり、ブースターは9.9%と極低率です。このワクチンの全世界への輸出の旗振りを自ら行ったプーチン大統領でさえ、発売後7ヶ月してから、やっと自分に接種したと報告しました。本当に接種したか、真偽の程は不明です。さらに、工程上の問題により、2021年になって、2回目の投与のためのワクチンの製造が進まず、それに追い打ちをかけるように2022年のロシアのウクライナ侵攻により、このワクチンを製造している会社とその責任者が、プーチン政権の支持者であるという認定を受け、アメリカおよびヨーロッパから制裁対象になりました。2月に予定されていた、WHOによる視察も無期限延期となり、このワクチンがWHOから安全性と効果についてお墨付きをもらえる可能性はほぼゼロとなりました。この会社は、RDIF(Russian Direct Investment Fund)という、いかにも怪しげな名前を持った会社で、仮想通貨の取引などにも手を染めていて、プーチン政権の金蔓となっていたと考えられています。スプートニックVのワクチンも、プーチンの懐を肥やすために、全世界に鳴り物入りで輸出されたと考えられています。こうしてみれば、スプートニックVが、必要な第3相の治験も行わず、わずか76人の健康な人に接種をした結果だけで安全性と効果が確認されたとして、全世界に輸出された理由がわかります。ロシアのウクライナ侵攻により、スプートニックVのロシア国外への大規模な販売はほぼ不可能になり、国内での製造販売継続にも赤信号が点りました。アルゼンチンでは、1回目のスプートニックVの投与を受けたものの、2回目の投与を受けられない状態が続いていましたが、つい最近アルゼンチン政府が、ファイザーやモデルナなどの、メッセンジャーRNAを、2回目投与分として使うことを承認したと報道されました。しかし、ロシア国内では、多くのロシア国民は、スプートニックV以外の選択肢はなく、その苦境の影響をまともに受けていると考えられます。ここにもプーチンのウクライナ侵攻の知られざる犠牲者がいそうです。(Naturemedicine 2022年3月15日号の記事による)
日本では、最近、さまざまな自治体で、有効期限を過ぎたコロナワクチンの廃棄のニュースが続いており、心を痛めています。また、アメリカでワクチン接種が失速しているのを見るのは残念です。世界中でワクチンが不足しており、ワクチンがあれば救えていたはずの命が失われているのを見るのは心が痛みます。どうか皆さんワクチンを受けてください。せっかくのワクチンを無駄にしないでほしいと思っています。
本日5月17日のニュースによると、ロシア侵攻が始まった2月24日よりウクライナのマリウポルのアゾフスタル製鉄所の地下にこもって戦闘を続けていた260数名のウクライナ戦士たちに対し、ウクライナ参謀本部は、当地における戦闘目的が達成されたとして兵士たちの人命救助のため、戦闘停止をし、ロシア軍に降伏するよう命令を出しました。これは、「生きて虜囚の辱めを受けず」との旧日本軍の考え方とは、ずいぶん違います。マリウポルで戦っていた兵士の皆様ご苦労様でした。あなた達は、ウクライナの英雄であり、全世界の自由と独立を愛し、独裁と戦う人々の英雄です。
プーチンのウクライナ侵攻は、国際法上、開戦の正当性(Jus ad bellum)を犯している, A級戦犯にあたり、また、交戦中に民間人を陵辱虐殺したロシア兵士たちの行動は、交戦法(Jus in bello) を犯している、B級戦犯にあたります。プーチンは、直ちにウクライナ侵攻を止めるべきです。
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筆者 プロフィール:
山﨑博
循環器専門医 日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville, Michigan 48066
Tel: 586-775-4594 Fax: 586-775-4506
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参考文献:
BNT162b2 Protection against the Omicron Variant in Children and Adolescents. NEJM June 19, 2022・Safety and efficacy of a third dose of BNT162b3 COVID-19 vaccine. NEJM 5-19-2022
COVID-19 remains a public health emergency in US, administration says. CNN Politics, June 17, 2022.・Long COVID or Post COVID conditions CDC.Gov, updated on June 5, 2022.
Coronavirus disease Russia updated on WHO home page.・Hospitals face tough choices as Lockdown in China disrupt IV contrast supply. Medpage today June 11, 2022.・How China’s Sinovac compare with Biotech’s mRNA vaccine. The Economist 4-19-2022.・Russian COVID19 vaccine in jeopardy after Ukraine invasion. Nature medicine 3-15-2022・What are jus ad bellum and jus in bello? International Committee of the Red Cross. 1-22-2015・戦陣訓-東條英機1941