長い冬の間中どうしているかと毎日気がかりで、雪の上に点々と残された足跡や庭の隅で掻き乱された軽石を見やる度、ああ、我が家の近くで生まれ育ってきたウサギ達はまだ達者でおるのだ、と安堵に胸を撫で下ろしておりました。日々の食べ物に困っているであろうかと足跡の残る辺りや時折姿が見え隠れしているところに、小さめに折った色良い人参や、キャベツのみどりで美味しそうなところを置いてあげ、それが綺麗になくなっていることにいちいち感激することの繰り返し。片手に乗るお手玉かおはぎほどの大きさであった愛くるしい子ウサギ達がいつのまにかぴょんぴょんとすばしこく跳ね駆け回る若ウサギとなり、ある日私が普段は使わない勝手口のほうの扉を突然開けましたら、そこに鎮座していたのは大きな漬物石、かと目を見張るほどにまで成長した、よく肥えた貫禄ある大ウサギでした。

春は名のみの風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど

時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず

 ここアメリカはミシガン州に長く暮らすようになりまして、毎年、この早春の時季が人間としての一番の根気を試されているような、「忍」の一文字で耐え忍ぶ勝負どころの気が致します。突然暖かくなりコートを脱ぎ捨て散歩を楽しみ、そのまま陽気にほだされ家の中で越冬させた鉢植えなどをうっかり「さあ、春よ。」と外へ出してしまうと次の朝には氷点下へと逆戻り。小さな子供たちに日本の春の歌などおしえ始めた矢先に外を見やれば一面の雪景色でうらめしや。ひたすら本当の春の訪れを待ち侘びる心に、まあだだよ、と乱暴に残酷に毎度扉を閉められてしまうのが毎年恒例の気候のいたずら。ウィンター・ブルーとでも申しますのか、しばしば触れられるところのキャビン・フィーバー。冬の暗く狭い室内に閉じ込められ続けることにより発症するさまざまな人の程合いの不具合。それを癒すには、良い書物や綺麗なお花、身近な観葉植物などの力添えが不可欠。神秘なる力の効果にあやかり、のんびり自他を励まして参りましょう。

春高楼の 花の宴 めぐる盃 影さして

千代の松が枝 わけいでし むかしの光 いまいずこ

 遂にクロッカス、水仙、チューリップ、ヒヤシンスと外にお花が次々と開き始め、マグノリアや枝垂桜も咲き始めた景色爽やかなこの季節。在宅でのお花見にと、好みのワインを少々グラスに注ぎ薄着で庭に降り立ったものの、風の冷たさにまた屋内へ。そうして普段はあまり見ぬテレビなどつけてみましたら、懐かしいアメリカンクラシックが。いえ、18年程前にアメリカンティーンエイジャーに「クラシックというのは3年も前のもののことを言うのよ」とレクチャーされてしまい思わず笑ってしまいましたから、化石のビンテージ作品とでも申しましょうか、往年の珠玉の名作「大草原の小さな家」が。私が小さい頃アメリカという未知の国と文化へ色々な憧れを抱き日本で観たものは、すべて日本語版へ吹き替えされていたものでしたので、本当の俳優さんたちの生の声や息遣い、そして実際に使われていた英語の言葉がどんな表現であったのかなど、当時の私には知る由もないことでした。しかしお話の温かさ、人のぬくもり、子供心にも共感出来る尊い価値観といったものは、洋の東西の違いを感じさせることなくまっすぐ心に響き、素直に受け入れられ、魅了されるものでした。

 外出先で接した町の人の言葉に珍しく憤慨したいつも美しい母親のキャロルが「あの人は私をこんな言葉で呼んだのよ!」と父にこぼすのを聞いたローラ。「それは何?」と母に聞き返せばすかさず父は横からローラに「それはあなたのお母さんは絶対に使わない言葉。」とぴしりと言い、会話を終わらせる。こんな素敵な教育の場面も心に刻まれています。普段から評判の気分屋で時に意地悪で、誰もが閉口するような大人や子供がぎゃふんと言わされるエピソードにはドキドキしました。しかしミセスオルソンや子供のネリー、たとえそれが誰であっても、ポイズン・アイビーの葉を千切りそれが綺麗と喜びほおずりしているような方がいたら、それは触ったら大変、と教えてあげねばなりません。オルソン家とインガルス家がキャンプへ出かけた珍しい回のストーリーがそれでした。休日の間にいろいろな種類の植物の葉を集めてブックレットを作り、休み明けに先生に提出するというコンテストの課題を渡された子供たちが競い合う微笑ましいエピソードだったのですが、普段から外遊びをし植物をよく知る子らと、普段全く外で遊ばない子らが手を伸ばして集めて来るものが違ったのです。これは触ったら肌がかぶれ、こっちはとげとげで痛い。それは実際に体験しなければ知りえない大切な知恵。アメリカ建国開拓時代を懸命に生きた人々の家族愛、コミュニティ内での共同生活の苦労や生活の知恵、支え合いの素晴らしさ、その舞台となった自然の大きさ、美しさ。永遠に色褪せることの無いノスタルジアに惹き込まれ、ひととき、胸もきゅんとなりました。

 さあ、季節は遅い本当の春から一気に初夏へ。緑と水の豊かなミシガンの新鮮な空気を胸に、冬の間に蓄えた活力で生活の知恵とサバイバルスキルを磨いてゆきましょう。

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