
3月弥生になりました。当地ミシガンでは桃の節句、ひな祭りもすっかり縁遠くなりましたが、先月日本の留守宅で義母が虫干しを兼ねて久しぶりに出して飾ったひな壇の写真を義妹がスマホで撮って送ってくれ、目を楽しませてくれました。娘たちが小さかった頃同じひな飾りの前で人形を愛でながら柏餅、ちまき、ひなあられなどを口にしていた遠い昔の光景が頭に浮かび、懐かしく思いました。日本では梅の便りが聞かれ、南から桜前線が北上する春の訪れが近いようですが、こちらではまだ雪が降る日があり、冬を抜け出しておりません。それでも少しずつ日が長くなり、日差しも強くなっているのは間違いありません。
そうした中で先月下旬に突然起きたロシア軍のウクライナ侵攻は信じ難い事件です。先月号の本欄で侵攻がないことを心で祈りながら、もしあるとしたら「北京冬季五輪閉幕後が一番危ない」と書きましたが、不幸にもそれが当たってしまいました。この21世紀の時代に、それも『世界の火薬庫』と呼ばれ、常に紛争の火種が絶えない中東でも南北朝鮮問題がある極東でも中南米やアフリカでもなくヨーロッパ大陸でこんなことが起こるとは誰が予想したでしょうか?一体全体、プーチン大統領に何があって、こんな気違いじみた暴挙に出たのでしょうか?
それに関連して、今月号では「プーチン殿、ご乱心!?」をテーマとして取り上げます。スポーツの話題は今回お休みです。
遡(さかのぼ)れば、米軍関係者や国防省が衛星写真などで確認した事実として年明け早々1月から10万人規模のロシア軍大部隊が東部ウクライナ国境付近に集結しているというニュースが流れ、その数が2月には15万人から20万人近くまで膨らみ、外交・軍事関係者でなくても2014年に起きたロシア軍のクリミア半島占拠の再現か?と不安な空気が流れました。当時はウクライナに投資しているロシアの大富豪絡みで政権幹部の贈賄・背任行為、選挙違反などの不正事件でウクライナ前政権は国内がゴタゴタしており、オバマ政権時代の米国や西側諸国も対ロシア戦略上及び国際安全保障上の重要拠点として認識はしていても、国家としてのウクライナを完全には信用できず、経済支援や軍事支援も限定的だったため、ロシア帰属復帰希望者が過半数であったというクリミア地区住民のレファレンダム(直接国民投票)の結果(不正の疑いあり)を盾にロシア軍がそのまま居座り、親ロシア派グループとともに無抵抗で占拠となり、今も継続したままです。
その後ゼレンスキー大統領就任で政権が安定し、経済的にもロシアの大富豪だけでなく西側諸国からの投資や新規開発プロジェクトが進み、軍事面でも同様の支援を受けて2014年の二の舞にはならないと現政権も諸外国も思っていたのですが、「もしもロシア軍が越境して侵攻すれば過去に前例のない強烈なサンクション(経済・金融制裁)をする」というバイデン大統領直々、再々の事前警告にもかかわらず、正式な宣戦布告もないままロシア軍が侵攻してこの緊急事態となりウクライナ政権・国民だけでなく世界中を驚かせました。プーチンに一体何があったのでしょう?
動機となる理由は先月号でも少し触れましたが、プーチン大統領は本気で旧ロシア帝国かソビエト連邦のような専制国家、諸国同盟・連合、社会主義統合経済、覇権政治復活を目指しているのでしょうか?
トランプ前大統領就務時代の4年間で米国とNATO同盟国間の相互信用低落、信頼関係悪化、結束力低下が顕著だったため、ウクライナ侵攻を強行しても米国と
NATO諸国は足並みが揃わず強硬な対抗手段を取れないだろうと舐めていた節があったプーチンは国内で部下に対して我儘し放題だった手前対外的にも大胆に振る舞わないわけにいかず、何も成果がないままロシア軍撤退という形で一旦振り上げた拳を簡単に降ろせなくなり、面子が潰せないプーチンは頑固に意地を張ってわがままを押し通した結果だと思います。米国とNATO諸国もプーチンの個人口座・資産の他ロシア最大の銀行を含む主力大手銀行やプーチンの資金源となっている大富豪の銀行口座凍結、取引停止、SWIFT制度からの除外など、これ以上無いほどの強力な追加サンクションを実施し彼らの重要な財源、資金源を断ち切っているので、ロシア経済の生命線であるドイツ他西欧諸国向け石油・天然ガス供給ラインの運転停止や先進国金融・経済圏からのシャットアウトで既に低迷しているロシア経済は更に悪化して国内動乱・暴動、政権崩壊の引き金になると思われます。ドイツは国内消費石油の約半分を世界第2位の石油産出国であるロシアから購入していたので米国など代替え供給源に切り替えて供給確保、レベル維持するのも一苦労ですが、グローバルで石油需給バランスが悪化するため、我々の生活も真っ先にガソリン価格が更に高騰したり、生活用品などサプライチェーンも影響を受け、今後の展開次第では株価暴落、経済衰退、最悪世界恐慌に繋がる恐れまであるので、今後の展開から目が離せません。
フランスのマクロン大統領他プーチンと直接何度も接触した経験がある複数の政治家・軍事専門家は、彼の直近の言動が以前と違ってきたと証言し、政治・経済評論家は継続する新型コロナのパンデミック騒ぎもあってロシアの国家的存在価値や立場が衰退・弱体化し、国際舞台で孤立化するとともにプーチン自身もロシア国内、国外で孤立化が進み、焦りと欲求不満でイライラが募り、自分が権力の座にある今もう一度ロシアの国際的威厳と栄光を回復して「プーチンがやった!」という歴史的事実を残したいのではないかというコメントをしています。当たっているように思えます。ひょっとして、コロナに感染して脳に障害が残り別人になってしまったのかもしれません。(余談ですが、トランプ前大統領が感染した直後の言動については、感染前から常軌を逸した言動が多かったため、感染後の言動も特に異常とは思われず驚く人がいなかったようですが・・・)
コロナに感染有無は別として、事後情報によるとプーチン大統領はグローバルシーンでのロシアの権威復活のシナリオを1年前から着々と計画(妄想?)していた節があるようです。国境のロシア軍大部隊集結で威圧し、「戦争は望んでいない。外交で解決したい」と繰り返しトランプ並みの大嘘をつき、ウクライナ政権と国民に油断をさせて(させたつもりで)いきなりミサイルで先制攻撃をかけ、続いて戦車など重装備の地上部隊を送り込めばウクライナ国民の恐怖心と軍関係の犠牲者多数発生で簡単に占拠、政権奪取できるとクリミヤ占拠と同様に2匹目のドジョウを狙っていたのかもしれません。しかし、ミサイルによる先制攻撃で圧倒的優位を保ちながら地上部隊を送り込んだロシア軍はウクライナ北方にある首都キエフに続く国内第2の都市ハリコフでは想定外のウクライナ軍と国民有志の抵抗を受け重装備した軍用車が破壊され一時撤退を余儀なくされたニュースもありました。ウクライナ側の軍関係者、民間人だけでなくロシア軍側にもかなりの犠牲者が出ているようで、ロシア国内の公共放送ではウクライナ側が先に攻撃を仕掛けたとか、ウクライナ国内の2つの地区でロシア親派の人たちが虐待・虐殺されており緊急救援を求めているなどとロシア政府の事前検閲・許可を得たプーチン政権に都合が良い偽情報、プロバガンダ(教宣活動)だけが流されているようですが、SNS情報やウクライナ在住の家族や友人からの直接情報を得ている十万単位の人たちが各地で停戦要求の抗議活動を始めており既に逮捕者も出ています。ロシア軍側の犠牲者の遺体搬送袋か棺桶がロシア国内に輸送されれば、その家族や友人、関係者などから事実が伝わり抗議の声が強まるのは必至です。日本を含む海外でも抗議集会があり、プーチン、ロシアが悪者で非難されるべきという事実は共通の認識として理解されているようです。
ウクライナのゼレンスキー大統領は身の危険を承知で国外退去せず居残り、18歳から50歳までの男性は予備役として国内に留まるように義務付け、希望者には、誰でも銃を支給するとして国民に国家防衛、民主主義維持のための徹底抗戦を呼びかけ、短期決着を目論んでいたロシア軍にゲリラ戦を仕掛けて簡単に都市部への侵入を許していないようです。心配なのは、長引くウクライナ側の抵抗に業を煮やしてプーチンが軍事施設、軍関係者だけでなく民間施設や一般民間人にまで無差別攻撃を仕掛けないか?です。最新ニュースではプーチン大統領は場合によってはロシア軍保有の核兵器使用もある得る発言をして更に威嚇したようですが、そうなるとたとえ局地的、限定的な戦術核兵器の使用でも通常兵器とは比較にならない甚大な被害が出ますので、歴史的な建物や市街地、各種インフラが破壊され、戦争の最終決着がどうなろうと国の政治・経済機能や日常生活が元に戻るのは至難になります。プーチンはそこまで狂気の行動には出ないと思いたいですが、今回も可能性はあっても最後のところで侵攻は思いとどまると思っていたのに強行した事実があり、100%ないとは言い切れない不安があります。
米国もNATO諸国も正式なNATO加盟国でないウクライナに対して軍隊を派遣したりウクライナ国内でロシア軍と直接交戦など戦闘活動はできないため、有事に備えてNATOメンバーの隣接国、周辺国に軍隊を派遣増員はしても当事国のウクライナには兵器や軍用資材、消耗品、軍用資金の緊急支給・支援に留まり、隔靴掻痒(かっかそうよう)の感は否めません。米国のサッキ大統領報道官はTV記者会見でプーチン大統領の核兵器に関するコメントは『作り上げた脅し』であり真実ではないとしていますが、万一どんな形の核兵器でも使用されたりすれば、NATOの枠を超えた対応をせざるを得なくなるでしょうし、そうなると米軍またはNATO混成軍はロシア軍との直接交戦が避けられなくなり、局地戦から全面戦争、更に絶対にあってはなりませんが、最悪人類滅亡の第3次世界大戦まで発展し兼ねません。
ロシア軍の越境侵攻に関しては、プーチンが侵攻開始直前の会見で今更ながらウクライナを独立国として認めず、現在親ロシア派が多数を占めるウクライナ東部地区を独立国として勝手に承認し、その連中をウクライナ側の攻撃から保護する『平和維持軍』としてロシア軍を派遣するという全く理解不能な詭弁を弄して突然侵攻を開始し、米国や諸国が即対応しなければそこからなし崩し的に西方に進む意図が見え見えでしたが、この一大事にプーチンと大の仲良しのトランプはこの狡(ずる)賢い戦法を『天才的』と絶賛し、前国防長官であったマイク・ポンペイオも次期大統領選でトランプが再当選となれば自分も復活できる可能性に期待してプーチン礼賛のコメントで調子を合わせていたのが誠に腹立たしい限りです。トランプとその悪党一味はホワイトハウスを伏魔殿に変えて暗躍し、私利私欲のために謀略の限りを尽くしましたが、内部告発や部内者によるメディアへの情報リークで悪事がバレると告発者や情報漏洩者を『売国奴』、『反逆者』呼ばわりしていましたが、国や国民の平和や幸福を蔑ろ(ないがしろ)にして自分の野望と欲求のためにひた走った過去と敵性国家のリーダーを礼賛する彼らこそが『売国奴』、『反逆者』であり、最近明らかになった事実でも就務時代にホワイトハウスから機密情報書類をフロリダ州マララーガの自宅に持ち出していた行為はその秘密情報を取引条件の餌として私腹を肥すために使っていたとしても全く不思議はありません。
ウクライナでは、ゼレンスキー大統領が事前の国民向けメッセージでパニックにならないように冷静を呼びかけ、特に避難命令・勧告を出さずにいたため、いざ実際に侵攻が始まって国民間の驚きと動揺、混乱は避けられず、避難場所も極めて限定されるため、食べ物も飲み物もない状態で地下鉄の構内や地下室に一時的に緊急避難する人たちのニュースが報道され、子供連れの女性の不安な姿、子供を守る健気なコメントが印象的でした。その後隣国ポーランドなどへ避難する長い車の列や途中から諦めて何十マイルも歩いて国境に辿り着いた人たちの映像も流れ、非現実的な環境に置かれた姿や家族を避難させた後自分はウクライナに戻り国を守るために他の同志と共にロシア軍と戦うとコメントした男性の姿に胸が熱くなりました。
2月末のニュースでは当事者の両国が前提条件抜きでベラルースとの国境付近で面談交渉の予定があるとの報道がありましたが、直後にそれを否定しロシア側の仕組んだ偽情報、ガセネタであるとの別情報もあり確認できておりません。本欄も状況が刻一刻と変わる切迫した中での記述になりますので、印刷物がお手元に届く頃には古い情報になっていますし、注意していても誤認、誤解、勘違いの可能性がありますので、もしそのような場合は平にご容赦願います。
いずれにしても抗争が長引かず、1日でも早く収束して犠牲者や被害がこれ以上出ないことをお祈りして末筆と致します。
執筆者紹介:小久保陽三
Premia Partners, LLC (プレミア・パートナーズ・エルエルシー) パートナー。主に北米進出の日系企業向け経営・人事関連コンサルタント業務に従事。慶応義塾大学経済学部卒。愛知県の自動車関連部品・工業用品メーカーに入社後、化成品営業、社長室、総合開発室、米国ニューヨークの子会社、経営企画室、製品開発部、海外事業室、デトロイトの北米事業統括会社、中西部の合弁会社、WIN Advisory Group, Inc.勤務を経て現在に至る。外国企業との合弁契約、技術導入・援助契約、海外現地法人設立・立ち上げ・運営、人事問題取扱い経験豊富。06年7月より本紙に寄稿中。JBSD個人会員。