
(JNC 2021年5月号掲載)
しばらくの間、コロナの話など、心臓と直接関係ないお話ばかりしてきたので、今回は心臓の話に戻ります。心不全のお話です。
心不全という言葉は、医療に関係ない方でも、新聞のお悔やみ欄や、テレビのニュースで年配の方が亡くなられた原因として、心不全でお亡くなりになりましたというようなことを目にされたり、お聞きになったりしたことがあるのではないでしょうか?またご家族や親戚の方で、心不全で亡くなられた方がおられるかもしれません。
心不全というのは、”心臓の機能不全”を短くした言葉であると言っても良いと思います。では、心臓の機能というのは何でしょうか?それは、血液を他の臓器に送り、体の隅々にまで行き渡させるためのポンプであると一言で言えると思います。この機能を果たすために、心臓には4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)があり、それぞれの部屋には、逆流を防ぐための弁が備え付けられています。また、右心房、右心室と、左心房、左心室とは、隔壁で隔てられており、肺動脈に向かう血流と、大動脈に向かう血流とが混ざらないようになっています。また、血液を受ける心房が拡張したのちに収縮して、それぞれの心室に血液を送り込むときに、そのちょうどのタイミングで心室が拡張して血液を受け入れることができるよう、心房と心室は、絶妙な時間差で拡張と収縮を繰り返しています。これらの機能のいずれもがうまく働いた時にだけ、心臓の機能が正常に働きます。
例えば、心筋梗塞や、拡張型心筋症で、心室の収縮機能が損なわれると、心不全が起きます。4つある弁のどれかが、閉鎖不全や狭窄を起こしてしまうと心不全となります。何らかの原因で、或いは先天的に、隔壁に穴があくと、心不全の原因となりえます。また、心房と心室の協調した拡張および収縮を乱す不整脈、例えば、心房細動、心室速脈、高度房室ブロックなどでも、心不全が起きます。
心不全には、急性のものと慢性のものがあります。
急性心不全
急性心不全は、直ちに生命の危険がある状態ですので、直ちに救急車を呼び、医療機関で、診察と治療を受けなければなりません。
急性心不全の原因としては、急性心筋梗塞による急性の心筋壊疽や機能障害による左室不全、乳頭筋破裂や心臓内膜炎による急性僧帽弁不全症、急性大動脈弁不全症、左室自由壁破裂、心室中隔破裂、心臓タンポナーデ、急性重篤肺塞栓症による右心不全、心室速脈、心室細動、高度房室ブロック、PEA(心電図ー心室収縮乖離)、重篤緊張性気胸、血液電解質異常、重篤なアシドーシス、溺水、高度な低酸素症、中毒、などがあり、これらは、適切な医療機関でのみ治療可能です。
急性心不全の多くは、ショックの状態を伴いますが、ショックの全てが、心臓を原因とするわけではありません。また心不全の全てがショックを伴っているわけでもありません。ショックの定義は、薬剤治療前の収縮期血圧が90ミリ以下で、主要臓器に必要な血液がもたらされず、臓器不全に陥っている場合を言います。
心臓以外のショックの原因としては、重篤な感染症による敗血症によるもの、交通事故や、高度差を伴う落下などによる重篤な外傷、急速な失血、重度のアレルギー反応、薬剤・薬物によるもの、アジソン病や、甲状腺機能異常症の急性増悪、糖尿病ケトアシドーシス、脱水、熱中症、電解質異常、重症多臓器不全、など、多くの原因があります。ショックも直ちに診断と治療を行わなければ、生命の危険があります。
慢性心不全
慢性心不全は、急性のものと違い、直ちに生命の危険があるというわけではない場合がほとんどですが、次第に全身の機能が衰え、少しの活動で息切れがし、夜中に息が苦しくて目が覚める、窓を開けないと窒息するような気がする、たくさん枕を使って上半身を起こしておかないと息苦しくて眠れない、足のむくみが取れない、などの症状があれば、ぜひ、お医者さんに相談されることをお勧めします。慢性心不全は、原因としては、急性のものと多くはオーバーラップしますが、治療難治性という意味では、むしろ、より厄介なものと言えると思います。
昔は、慢性の心不全には、あまり良い治療薬がなく、利尿剤と安静とが主流でしたが、最近数年の間に、良い治療法が立て続けに登場し、治療法が見違えるように改善してきています。
治療法
生活習慣の改善
まず、慢性心不全の治療法としては、もし原因となる生活習慣があれば、それを取り除くことから始めます。高血圧や糖尿病、貧血や内分泌疾患などがある方は、それのコントロールが大切です。アルコールをたくさん飲むことは、心筋を弱めさせることがわかっていますので、アルコールは控えてください。塩分を取りすぎると、体に水が溜まり、血圧も上がりますので、塩分はできる限り最小限に控えてください。タバコは、心臓や、全身の血管に動脈硬化を促進し、心臓機能を弱め、心筋梗塞を起こしますので、やめましょう。最近は、電子タバコも出回っているようですが、タバコはタバコ、電子タバコもお勧めできません。禁煙のためには、チャンチックス(Chantix) という錠剤がアメリカでは一番有効だと言われています。医師の処方が必要ですが、禁煙がなかなかできない方は、試してみられると良いと思います。一時期、この薬は、服用すると自殺などの危険が増強すると言われていたことがありますが、最近のデータでは、その根拠がないことがわかり、精神科のお薬を飲んでおられる方も含めて、処方することができます。また、ニコチンの貼付薬もあります。肥満は、心臓への負担を増加しますから、減量することが勧められます。昔は、心不全には安静が勧められましたが、現在では、圧倒的に多くの証拠が、運動療法が心不全に効果があると結論づけています。それで、体が許す限り、できるだけの運動を勧めます。長続きすることが大事ですから、別に特別な運動をする必要はありません。歩くだけで良いのです。一日40分から1時間、1週間で5日以上、散歩などの有酸素運動をされることをお勧めします。
薬剤治療
薬剤治療ですが、昔は、利尿剤とジギタリスが主流でした。ジギタリスは、強心剤と呼ばれていて、私が医学生の頃は、教科書にもそう書いてあり、怪我をしたときにつける赤チンと同じ様に心臓病にはジギタリスと自動的に処方された時代がありました。ところが、このジギタリスは、副作用が強く、さまざまな不整脈を誘発したため、そして、大規模無作為治験で偽薬に比べて有意な効果が認められなかったことから、ジギタリスは、しばらくの間、臨床ではあまり使われないお薬となっていました。ところが最近、心房細動の心拍数コントロールのお薬として臨床に復活してきています。もちろん、昔と比べて、処方する量が低量に抑えられており、副作用も比較的少なく、血圧の低い心房細動の患者さんには、良い適応だと言えます。血中カリウム値異常があると、ジギタリス毒性が増しますので、カリウム値のモニターは大事です。
利尿薬は、余分な水分を体外に出し、鬱血を取り除くという意味では、心不全の治療に欠かせないお薬ですが、今まで行われた治験で、予後を改善するというデータが得られていません。つまり、鬱血を取り除くだけでは、心不全の根本的な治療とはならないのです。同様に、経静脈薬剤のプリマコールやドブタミン、ドパミンなどの薬についても、急性の効果は認められても、根本的な予後の改善にはつながらず、むしろ長期的予後は悪くなるとの治験結果が出ています。
心不全治療のクワッド(四大柱)と言われる治療薬登場
こうして、いよいよ、今日、心不全治療のクワッド(四大柱)と言われる治療薬が現れました。
- 最も新顔は、SGLT2阻害剤と言われるお薬です。このお薬は、糖尿病のお薬として開発されたのですが、その臨床使用承認後のデータ解析により、心不全を著明に減少させる効果があることがわかり、その後の無作為抽出臨床治験、DAPA-HF、及び、EMPEROR-Reducedでその効果が追加証明され、現在では、ダパグリフロジン、エンパグリフロジンという2つのお薬で糖尿病のあるなしにかかわらず、心不全の発生を低下させ、心不全による入院を減少させ、生命予後を改善するということが証明されています。これらのお薬は、そのほかに、腎機能を保護し、血圧を下げ、体重を減少させる、などの効果も認められています。血中の電解質異常を起こすことがなく、10mgという定量で、用量を変える必要が無いなどの利点もあります。重篤な腎不全症患者さんや、1型糖尿病の患者さんには使えません。透析患者さんも禁忌です。
- もう新顔と呼べなくなってきたのが、アンギオテンシン阻害剤及びネプリライシン阻害剤の合剤で、米国での商品名はエントレストと呼ばれるものです。このものは、心不全の症状を改善するだけでなく、心不全による入院も減少させ、生命予後も改善する効果があり、今日の心不全治療の切り札とも言える治療薬です。このお薬は、血圧を下げる効果もあることから、もともと血圧が低い患者さんについては、極低量から始めるなど注意が必要です。重篤腎不全を併発する患者さんに対しては、透析患者さんに使用して有効であったとの報告もありますが、その場合腎臓専門家の先生とよく相談しながら使用することが推奨されます。また、高カリウム血症がある患者さんにはそれを増悪する可能性があるので、それへの対処ができない限り、推奨できません。少し前までは、エントレストの代わりに、アンギオテンシン転換酵素阻害剤や、アンギオテンシン受容体阻害剤が推奨されており、さまざまな理由、とりわけ経済的な理由により、エントレストが使用できない場合は、これらを使うことも有効です。
またつい最近、FDAにより、エントレストの適応が拡大されて、心不全の患者さんで、左室躯出率が、少しでも”正常以下”である人には使用を勧めるというふうに拡大されました。これは今まで、HFpEF、左室機能が”正常”なのに心不全があると分類されてきた、多くの患者さんに対して、有効な治療法が見つかったということになります。これは、PARAGON-HFという臨床治験の結果です。 - 3番目の柱は、鉱質コルチコイド阻害剤と言われるものです。昔から使われてきたアルダクトンというお薬と、最近開発されたエプレリノンというお薬があります。前者は、副作用としてホルモン作用により、男性の乳房痛及び肥大を起こすことがあり、その様な場合は、後者を勧めます。ミシガン大学のバートマンピット先生らにより、1999年、発表された、RALES という無差別抽出無作為臨床治験 により、心不全治療において、偽薬と比べて前者の有用性が、確認されました。同じ、ピット先生のグループは、2003年にも、今度は、後者の薬を使い、心筋梗塞後に左室機能低下を伴った患者さんのグループにおいて偽薬と比べて後者が生命予後及び心不全予後に有意な改善をみたとの臨床治験結果、EPHESUSを発表しています。このクラスのお薬は、その原理上、高カリウム血症を起こす危険があり、注意が必要です。
- 4番目の柱は、ベータブロッカーと言われるお薬です。このお薬は、心臓の治療薬としては、最も古くから使われてきたお薬の一つですが、私にとっては、一番謎のお薬でもあります。そもそも、なぜこのお薬が心不全に効果があるのか、不明なところが多くあります。一番よくわからないのは、全てのベータブロッカーが心不全に効くわけではなく、たくさんあるベータブロッカーのうちで、カルベジロール、メトプロロールサクシネート、ビソプロロールの3種だけが心不全の予後を改善すると言われていることです。私にとっては、なぜ他のベータブロッカーが効かないのか、特にメトプロロールサクシネートの兄弟分であるメトプロロールタートレートがなぜ効かないのか、がよくわかりません。歴史的には、カーベジロールとメトプロロールタートレートを直接比較したコメット治験というのが2003年に発表されて、その中で前者の方が有意に有効であったということで、後者は心不全の薬としては推奨されないということになった様な経過がある様ですが、私の中では、いまだに釈然としていません。ともかく、高血圧や速脈の薬としてベータブロッカーを使うことはよくありますので、その点では問題ないのですが、心不全の薬としてベータブロッカーを使うときには、いつも何かモヤモヤした気分が残ります。
これまで述べた生活習慣の改善や薬剤治療でも効かない場合は、埋め込み式左室補助機(LVAD)や、心臓移植を考えることになります。
また、つい最近、ベリシグアット(Vericiguat),グアニン酸環状化促進酵素(sGC, Cyclic Guanylase stimulator) というお薬が今年3月にFDAから心不全の薬として承認されました。このものは、サイクリックGMPというものの濃度を上げる薬で、動脈の平滑筋を弛緩させ、末梢動脈を拡張させる効果があり、約1年後のフォローアップで、心不全の予後改善効果があることがVICTORIA治験で証明されました。
このように、心不全治療の領域では、次々と新しい治療法が開発されており、一昔前、動物実験で有効そうに見えた薬が、次々と承認されては、臨床から消えていった状況から見ると、隔世の感があります。侵襲的な治療法の領域においても、インペラという循環補助装置が最近頻繁に使われる様になり、まだまだ治療法の革新は続きそうです。
安全でかつ有効な治療法を目指す旅は、今日も休むことなく続いています。
—–
筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医 日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville, Michigan 48066
Tel: 586-775-4594 Fax: 586-775-4506