
東日本大震災から10年にあたる今年、当地でもオンラインの形態ではあるが、この10年を振り返る震災関連のイベントが行われた。中でも、3月8日の国際女性デーも近く、災害と女性の視点から切り込んだミシガン大学日本センター主催の標題イベントについてレポートする。(JNC)
本イベントは、去る3月11日午後7時、日本時間では12日の午前9時に英語通訳も通してオンラインにて行われた。日本で女性の立場・権利を向上する活動を行う3名の女性パネリストが参加。イベントの企画者でありモデレーターを務めたのは、ミシガン大学社会福祉学大学院教授の吉浜美恵子教授で、2011年、東日本大震災女性支援ネットワークを共同設立し、フォトボイス展※(記事末尾)活動なども続けられている。はじめに、震災の犠牲となられた方々へ追悼のことばが述べられ、参加者一同黙祷を捧げた。
日本のジェンダーギャップ(格差)の問題が国際的にも浮き彫りとなるような事態となっている昨今、災害時には、その既存の格差が更に拡大し、社会的に弱い立場にある人々に大きな影響を与えるという。この日、災害が女性に及ぼす影響、日本社会の構造が災害時に女性を危機に追い込むプロセスや、必要な対策について解説し、どのように社会の無関心や既存の価値観を切り崩し、変化を生み出してきたか、運動の苦心や成果について話し合った。
世界経済フォーラム(WEF)が発表するジェンダーギャップ指数は、世界各国の男女格差を測りランキングにしたもので、東日本大震災が発生した2011年は、日本は135か国中98位、そしてその十年目に差し掛かる2020年も153か国中121位という先進国としてはなんとも不名誉な数字が紹介される。吉浜教授は、「社会には、格差(disparity)がある。格差は個人的な違いではなく、社会で作られ、また災害時に増幅する」とし、経済大国日本において、ジェンダーに基づく格差は深刻であると話した。このジェンダーギャップ指数は「健康・経済・政治・教育」4つの分野で構成され、その平等性を測ったもので、特に、日本の女性の政治参画については144位でワースト10、また、相対的貧困率も高く、特にひとり親家庭は相対的貧困率は50%以上でOECD(経済協力開発機構)33か国中、最悪であると解説。災害大国日本は防災に力を入れてきたが、社会的に弱い立場にある女性への支援は遅れをとっており、災害時の女性への暴力も封印されてきたなか、パネリスト3名はそんな状況を打破すべく声を上げ、奔走し、社会の認識を変える活動を続けてきた。
最初のパネリストは、「認定NPO法人ウィメンズネット・こうべ」代表理事の正井禮子さん。1995年、阪神淡路大震災後、災害時の女性への暴力について声を上げ、その後も「女性と災害」に関する活動を続けるその道の第一人者。2007年に日本初の試みである「『災害と女性』情報ネットワーク」を立ち上げ、2011年に「東日本大震災女性支援ネットワーク」を設立、女性支援を続ける。
「昔からの大家族のように手伝いあって暮らしている」という聞こえの良い避難所や仮設住宅の話は、実際足を運び集めた生の声からは、かけ離れる。「安心して服も着替えられない」「男女区別ないトイレと夜間使用の恐怖感」。外に出にくい問題が実は山積みであること、また、そのような状況を逆手に取ったドメスティックバイオレンス(DV)や性被害などの状況が明らかとなる。ただ、そのような声は、理解を得られず、バッシングまでうける結果となり一旦は口をつぐんだという。しかし、スマトラ沖地震時、アジア諸国の女性人権ネットワークでは、すぐに実態調査を行い、被災地の性暴力は重要課題であることを世界へ発信。その迅速で勇気ある行動に、阪神淡路を女性の視点から再検証しようと再び活動し始めたのだと話す。
災害防災復興に女性の参画が重要
「女性はケアする役割でケアする対象ではない」といった風潮があり、防災フォーラムなどでは、女性リーダーが極端に少なく、女性たちが困難を話す場がなかった。災害時には、災害後女性に対する暴力が増えるのを予測するべきで、災害時の女性への対応策として窓口の設置、住宅提供、経済的支援も必要であるとし、仮説住宅の運営が男性主体であるなか、正井さんらは、直接聞いたことを記録するなどして生の声を集めた。
東日本大震災時には、暴力防止のために警察が動き、避難所運営に女性の視点を入れるように内閣府が通達したりと、阪神淡路大震災時にはなかった新しい取り組みが見られた。しかし、一方でプライバシー確保の不十分さ、女性のニーズへの理解不足、復興会議への女性の参画が少ないことは、その後16年ほとんど変わっていない状況であった。しかし、この活動を続けるなか、メディアに取り上げられるまでになり、諦めずに声を挙げ続けたことで誰かに声が届いたと実感したとこれまでを振り返った。「防災は日常から始まります。国の報告によれば内閣府は、避難所運営に女性の配慮を求める通達を出したが、それを認知していた自治体は1/4、それを現場に実施するよう伝えた自治体はたった4.5%だった。社会のしくみをつくる意思決定に女性の関わりが少なすぎる。そのような社会を変えたい」と話した。
次のパネリスト「NPO法人ウィメンズスペースふくしま」 元代表理事の苅米照子さんは、福島県最大の避難所となったビッグパレットで「女性専用スペース」の運営に関わり、内閣府主催の「東日本大震災による女性の悩み・暴力相談事業」で電話相談や面接相談サポート、現在も継続している。福島の女性の状況について、そしてジェンダーの視点に基づいた防災、災害支援復興の必要性について話した。
苅米さん自身も震災直前の2月に生まれた孫を避難させた過去をもつ。「女性は家族、子供の健康を守ることに敏感になるが、自分の意見を言えない」「絆が大事、みんな一緒」のような声に意義を唱えることができなかったと言う声もあり、相談件数は、2012年度は2000件を越え、現在も毎年1000件の相談を受ける。「問題を共有し、相談者が本来持つ力を引き出せるよう共に考えることを重視、対等性を保ち、自己尊重感を高め、ジェンターの視点をもつことが問題解決に重要」とし、震災前より住みやすく、男女平等でだれもが安心して暮らせる福島県の構築を目指す。2012年からは「ママ友サロン」を開催。自分のための時間をもてるよう託児を設けて、「自分を大切な存在として受け入れる」ことがジェンダー教育の種まきであることを信じていると話し、「平時から男女共同参画、ジェンダー視点の普及が必要」と強調した。
苅米さんによると、福島県から県内外に避難した人数は2012年5月で16万4865人、そして2021年2月でも、まだ合計3万6192人が避難している状態という。日々の暮らしを営む人々の心の復興があってこそで、「だれかの犠牲の上にある復興では、人の気持ちは癒されない」と締めた。
意見表明を自由にできる環境を
3人目のパネリスト、「NPO法人ハーティ仙台」代表理事の八幡悦子さんも、DVシェルターや多くの支援プログラムを運営しながら、東日本大震災の被害を受けた女性達をサポートする草の根活動を展開している。「根深い性役割のすりこみ」について話す。個人である前に一家の嫁であることや、女性が引き継げない漁業・農業権をはじめとするさまざまな男性優位の決まり事などに言及。避難所での活動を通して得た必要対策項目をあげ、着替室のしきり、女性だけの区画を避難所マニュアルとして掲示する、セクシュアルマイノリティの方の男女別以外にも多目的トイレの設置なども重要と話した。また、ハーティ仙台では、支援物資を女性が集め、女性に直接に届ける活動を行い、結果女性の自尊感情が高まったとも話す。重要なのは、意見表明を自由にできる環境をつくること、無料ホットラインの設置と広報など、災害時のマニュアルとなる具体的な項目を挙げた。震災後行政との連携で実施している女性のための相談はますます需要が増えていて、普段からの男女平等意識の啓発が必要であると話した。また、フォトボイス・プロジェクトも女性の本音を引き出すうえで効果的だという。プロジェクト参加者の権利や被写体のプライバシーを尊重する取り組みが被災地の女性の人権教育となった上、グリーフワーク(喪失の痛みに向き合い受けとめていく作業))としての効果もあったと紹介した。
ジェンダー教育の重要性
一様に声をそろえて話したことは、やはり女性の災害リーダー育成の必要性、またそれを男女ともに学ぶことが重要であり、日常的に男女平等の啓発が基本ということだった。
「変わらない部分があり、やめるわけにはいかない」「現場をもっているから」「支援した女性が元気になっていく姿が素晴らしい」これらの気持ちをモチベーションとして奔走する3人は、現在の日本に必要なものは、「ジェンダー教育(男女平等教育)」と繰り返す。「あなたも大事、私も大事」という平等の概念は人権教育へと通じる、と苅米さん。八幡さんは、「次世代の若者に会うと話が通じると実感し、絶望しない。次の世代の主役だと希望を感じる」と話した。
また、今回のイベントは大学関係者の参加が多いことから、3名は現場に足を運び実務経験を積むこと、そして、法学部の学生や関係者にジェンダー法学を必須にし日本にも浸透すべき、などと提案した。
質疑応答では、現在の新型コロナのパンデミック下と災害時の違いについて聞かれた質問に、正井さんは「26年前の阪神淡路と同じ状況。パンデミック下DV相談件数も1.5倍。働く女性が大量に解雇されているのも現状。去年の10月で、女性の自殺は前年度の82.6%の大幅増加。40代の自殺が前年度の2倍となっている」と話し、非正規雇用が増えていて、労働問題と貧困問題もつながっていると指摘した。また、内閣府男女共同参画局主催の「DV相談+(プラス)」という24時間対応の相談窓口を4月にオープンしたが、あふれるような相談がくると八幡さんは話す。「アクセスしやすい入り口をつくると実情が見えてくることがわかり、まだまだこのように広報が大切だ」
震災から10年、この機会にまた振り返り、学び、伝えていく、その大切さを改めて感じることのできたイベントであった。こちらはミシガン大学CJSのYoutubeチャンネルにて公開中。
3.11から10年〜フォトボイス展 公開中
東日本大震災で被災した女性たちが、多様な視点で撮影した写真と声(メッセージ)を通して、被災の経験や災害の影響を記録・発信するとともに防災・減災、復興のありかたを提案をするフォトボイス(PhotoVoice)プロジェクトの展示を、2021年3月11日下記リンク先にオープン。
https://photovoiceprojectjapan.zenfolio.com/
プロジェクトのウェブサイトは http://photovoice.jp/
写真は「3.11から10年〜フォトボイス展」ウェブサイトより ー https://photovoiceprojectjapan.zenfolio.com/f874161545 にて公開中。