
(JNC 2021年4月号掲載)
アメリカでお医者さんにかかろうとする時、システムの違いや、保険の扱いや支払いなど、戸惑ってしまうことも多くあると思いますが、言葉の壁も間違いなく存在します。肩こりや腰痛など、日本語で、つい日常的に使っている言葉でも、さていざ英語にしようとすると、なんと言っていいのかよくわからなくなることがあります。
肩こり:
肩は英語でshoulderだから、そして「こる」はあまり使わない言葉だけど、stiffnessという言葉があったのを思い出して、stiff shoulderと言ってみようかという方がおられたら、いい線を行っていますが、これでは通じません。stiff shoulderというのは、アメリカ人が聞くと、肩関節が動きにくくなっている、という風に受け取られて、いわゆる、50肩、60肩の症状だと解釈されてしまいます。日本人が言う、肩こりとは、アメリカ人の言う「頚部三角筋の凝り」症状だといえます。ですから、肩こりがある人は、“stiffness of the trapezius muscle” または、“pain in the trapezius muscle” あるいは、“spasm of the trapezius muscle”と言ってみるのが良いと思います。まあ、どうしても通じなかったら、痛みがある場所を指でさして、“pain”と言ってみるのも非常手段として使えます。
腰痛:
腰という日本語を和英辞典で探すと、hipという言葉が出てきます。これは、骨盤と、大腿骨が形成する股関節のことで、腰痛を、思わずhip painと言ってしまうと、これは、股関節の痛みということになり、日本語で言う腰痛とは全く別のものになってしまいます。日本語の腰という言葉は、いかにも曖昧で、体のどの部分を指すのかが、明瞭ではありません。日本人が、英語のRとLをごっちゃ混ぜに使ってしまうように、腰という言葉も、英語で言うためには、もう少しはっきりどこを指すのかを明確にしなければなりません。「彼(女)の腰にそっと手を回した」というのは、英語で言う“waist”のことでしょうし、それが“Love handle”にならないよう、日頃運動をされている方もおられると思います。また、「腰回りを測る」という日本語は、男性では、「帯は腰で着る」ということの名残りからか、“measurement of the circumference of the hips”として使われ、女性では、西洋の習慣の影響からか、“measurement of the circumference of the waist”として使われることが多いそうです。「柳腰」というのは、腰のあたり(?)が細くて柔らかくしなやかな女性のことを描写する言葉のようですし、また、「腰骨が折れた」というのは、骨盤を形成する、腸骨、坐骨、恥骨のどれかの骨(!)が折れたことを言うようです。
さて、腰痛という言葉ですが、みなさんご存じですか? 英語では、low back painとか、lumbargoと言います。慢性の腰痛は、chronic low back painという医者の間での慣用語になっています。ぎっくり腰は、acute low back painで、これは、椎間板ヘルニアなどによって起きる、急性の下背部痛です。これと似たものに、坐骨神経痛というものがあります。これは、英語では、sciaticaと言いますが、坐骨の間を通って、お尻から出て、大腿の内背側を走って、膝から足に至る、坐骨神経というものが、何らかの事情で痛みを起こすことがあります。sciatic nerve の痛みが、sciaticaというわけです。
頭痛:
痛みが出てきたことのついでに、頭痛について一言。頭痛は、皆さんもご存じでしょうが、headache と言います。なぜheadache をhead pain と言わないかは、私には昔から謎でしたが、辞書を引いてみますと、continuous, dull painのことをacheと表現すると書いてありました。頭痛の中にはキリキリと切り込むような鋭い痛みもあるはずですし、この説明では私には、あまり納得ができません。toothacheの場合 も、鋭い痛みであっても、通常はtooth painとは言いません。headache(頭痛), toothache(歯痛), stomachache(胃痛)は、みな、通常、ache という言葉を使い、painとは言いませんが、お腹が痛い時には、お腹を指さして、ここが痛いという患者に文句を言う医者はいません。painという言葉を使っても大丈夫です。
Heart burn:
これと反対に、英語で、変な表現に巡り合うこともあります。heart burnというのは、胸の鳩尾(みぞおち)のあたりの痛みですが、これは、heart burnと名付けられているのとは裏腹に、心臓の痛みでは無いものをheart burnと呼ぶのです!! 通常は、胃食道逆流炎によるものが多いと考えられています。それで、の痛みであっても、心臓が原因と思われないものについては、heart burnという言葉を使って、心臓以外の原因を探すのです!! 本当に変だと思いませんか?
息切れ:
息切れはなんというでしょう? Shortness of breathです。息が短くなっているというわけです。解釈としては、息が十分でない、息が不足している、という意味で、shortnessという言葉を使っているように思えます。I am short of breath.というふうに使います。医者は少し気取って、dyspneaという言葉を使うこともありますが、shortness of breath と dyspnea は、全く同じ意味です。“I am out of breath.”といってもいいです。同じ意味です。息がなくなった。息が品切れになっている。という雰囲気で、こちらの方がわかりやすい気がします。
アカギレ、ひび、シモヤケ:
日本の寒い冬では、私も含めて家族全員、程度の差はあれ、アカギレやヒビ、シモヤケに悩まされていました。それで、アメリカに来て当初は、これらに対応する英語が見つからないことに非常に驚いたものです。ヒマラヤ登山者や、路上生活者などがかかる凍傷については、frost biteという言葉があり、これは理解できるのですが、米国の暖房が効いた室内で過ごす、一般のアメリカ人にとってはアカギレや、ヒビ、シモヤケなどは想像できないのだと思っていました。しかし、今、この原稿を書くにあたり調べてみましたら、chafed, cracked, or chappedなどの言葉が使えるようです。 明治維新の立役者吉田松陰の母、杉滝が、息子の足のあかぎれが口を開けており、廊下を歩くのに野盗のように抜き足差し足にならねば傷口がひびいたのを見て、声をあげて笑い、「あかぎれは、恋しき人のかたみかな、ふみ(恋文、踏みにかける)見るたびに、会いたく(あ、痛にかける)もある」と、アカギレの痛さと惨めさを、即興の歌で明るく吹き飛ばしたと伝えられていますが(司馬遼太郎、世に棲む日々より)、同郷の山口県の気候を知っているものにとっては、あかぎれは、冬には避けられないものだったことを思い出させます。
ミシガンは、この1−2週間は、春を思わせる暖かい日が続いています。長い、厳しいミシガンの冬を過ごした後は、春の訪れがことさら貴重に思えます。皆様もお身体を大切に、ご自重ください。
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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医 日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
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