まだ気候も極寒の1月末のミシガン。毎年その頃盛大に行われるデトロイト日本商工会新年会は、今年は当然一堂に会して行われることは叶わなかったものの、地元の方の初笑いの場として、新年オンライン落語公演会として地元の方々のために開催されました。NYより、画面を通してその初笑いを披露してくださったのが落語家の3代目柳家東三楼師匠。現在ブルックリン在住の師匠に公演後インタビューに答えていただきました。

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日本の落語を世界のRAKUGOへ

JNC: 現在コロナ禍での活動はどのような状況でしょうか。

NYでも生公演ができない状態で、100%オンラインで、ブルックリンの自宅に屏風をたてて工夫しながらやっている状態です。オンライン公演は、できるだけ皆さんの笑顔が見えるように、ビデオ参加をお願いし、ライブのようにお客様の反応をきいて、間をとりながら進めていくようにしています。

JNC: 英語で落語をする時と日本語のとき、生公演とオンライン公演、何か心構えとし て違う点などあるのかどうかに興味があります。

日英で落語する場合の心構えの差というのはないですが、ただ若干盛り上がり具合が違うとは感じます。アメリカ人はすぐ反応して声を出して笑ってくださる。日本人は奥ゆかしいのでしょうか、周りが笑ったら私も笑いはじめようかな、というところがある印象です。オンラインと生の落語はまた違いまして、画面の前の30分は長く感じるかと思いますが、生ですと、30分でも複雑なストーリーや人物描写ができるため、ぜひいつかデトロイトで披露したいです。

JNC: 全米でこれまでデトロイトに実際にこられたことはありますか?

総領事館にはごあいさつにうかがいましたが、近未来のように感じて面白かった。少し前に栄えたところ、現在栄えているところの差が共存していて魅力的な街だと感じました。モータウンのファンでもあり、マーヴィン・ゲイや、ジャクソン5はじめ、レコードもたくさん持っていましたので、モータウン博物館に行ったところ、ちょうど休館日だったので、晴れて対面の公演を行うおりにぜひ行ってみたいです。

JNC: 落語以外にもどのような活動をしていますか。

ツイッター、FBで Tozaburo Yanagiyaとして公演の情報などを発信しながら、桜ラジオでも州一回番組『3代目柳家東三楼アメリカよもやまばなし』も担当していますのでぜひよろしければ聞いてみてください。

また、『落語とアートの交流場』というものをB-Bridge社とタッグを組んで運営中です。落語界で初めての試みとなるんですが、アメリカ移住をした落語家として、コミュニティを作って落語の配信などの活動をしています。活動報告のほか、活動を応援してもらっている方々と辛いとき「本当に大丈夫なのか」「自分にも価値があるのか」と確認できる場にもなり大変励みになっています。現在はオンラインのみでしか公演ができないので、ウェブ内の交流場では、このような落語活動を一人でやっていくうえで励みになるんですね。皆さまと交流もできて、繋がっている実感が持てる大切な場所です。今は、オンラインですが、みなさんと繋がり、落語をきっかけに人々が集まることができれば良いなと思っています。全米でファンになっていただいた方が、「全員でデトロイトに行こう」みたいな企画も将来できればいいなと考えています。
(『落語とアートの交流場』https://www.b-bridge.com/salon/tozaburo/

JNC: 今後の展望や目標などありましたら、教えていただけますか。

移住した理由は「落語を広めていきたい」ということでしたので、現在非営利NPO全米落語協会をつくろうとしているところです。年代を超えて、落語を教えていきたいということもあり、また、こちらの日本語教育にも落語が良いのではないかとも言われており、言語教育に、一人でやるロールプレイの落語が効果的ではないかということで、それらを繋げようとしているところです。それ以外にも、「全米50州で落語をやる」というのも続けていきたい。現在15州目あたりでオンラインでやっているのですが、実際にまた公演を現地でできるようになったらまた、NYから1から始める予定でいます。「落語」という日本の伝統芸が、英語でも“RAKUGO”で通じるようになるくらいに浸透させることが目標です。RAKUGOになっていくその段階をみてもらいたい、という気持ちです。いつか「昔デトロイト日本商工会でザブちゃんのRAKUGOみたことあるぜ」って皆さまに自慢してもらえるように成長できればと思っています。

JNC: 2018年に移住されたそうですが、ある程度の年齢で渡米して新しいことを始め ることに葛藤などありましたか。昔から海外にいく考えはあったのでしょうか。

私は日本で20年近く古典落語を中心に活動しておりましたので、日常生活でも海外から入った言葉、単語を使うことが許されない環境でした。また落語は日本でのみ表現し、糧にできると考えていましたので、海外移住は全く望みも考えもありませんでした。

移住を決意した2018年春の段階で移住に関しての迷いや葛藤は全くありませんでした。今でも変わりませんし、今後もできる限りアメリカを含めて海外で(日本以外で)生活していきたい意志に変わりありません。慣れない習慣やシステムに戸惑うことが多々ありますが、アメリカでの生活は私に合っていて、またアメリカに住む方の考え方や生活スタイルは私の行動、思考様式に近いと感じています。

時代の移り変わりでより多様化していますし、私自身が変化を望み、好むタイプですので、海外にいても、日本に住んでいても新しいことに対応し、挑戦していく姿勢は変わりませんので、年齢に関係なく常に新鮮な気持ちで生きていこうと思っています。

記憶力等が減少する反面、判断力、理解力は成長していますので、これからも迷わずわずに新しいことにチャレンジしていきます。

“I want to〜” に身を任せて活動し後悔なく

JNC: これから海外で活動をされる方へ、メッセージをお願いできますか。

住み慣れた母国を離れ、海外で生活するのは想像以上に大変です。特にアメリカは移民の国ですが、構造的に持つ人種に関する多くの問題もあります。
しかしながら、自分の持つ夢、目標が海外でしかなし得ない、または、日本以外で叶えやすいという場合、固定観念に囚われない国を選択し生活するのは、多くの苦労を持ってしても希望や充実感で補ってお釣りがきます。

特に目的もなく、何となく住んでみたい、そのような動機でも良いと思います。私はマンハッタンで降りてきた直感に従うままに移住しましたし、噺家の海外移住は例がありませんでしたが、模索に模索を重ねて、なんとかなっています。

あれこれ始まっても、結果が出てもいないうちから心配や躊躇いを持つよりは、誰に何を言われようが「海外に住みたい」「活動したい」という “I want to〜” に身を任せて活動してはいかがでしょうか。上手くいかなくても、失敗しても「だって、やりたかったんだもん!」と思えば後悔もないように思います。行動しないと道はできません。

一度きりの短い人生ですので、自分の思うままに進んでいくのが良いかと思います

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落語家 3代目 柳家東三楼 

2014年3月真打で「柳家東三楼」を3代目として襲名後、
日本のみならず海外でも活動を開始。「落語を“RAKUGO”へ」という旗印を掲げて2018年アメリカに移住。全米で落語を浸透させるべく活動を続け、現在米国で落語協会をNPOとして
設立する準備を進めている。

「Tozaburo Yanagiya」としてツイッターやFB、 Youtubeで随時情報配信、また落語コミュニティ「落語とアートの交流場」も
B-Bridge社とともに運営中。

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