ミシガンの2月下旬は、外はまだマイナス20度の厳しい寒さとそれに調和する美しい雪景色が見渡す限り続いておりましたが、私は季節の楽しみの一つ、お雛飾りを紐解いておりました。重い家具を動かし入念な掃除を済ませると、最適の場所に晴れのステージとなる雛壇を組み立ててゆきます。毛氈をかけ、ひとつひとつ箱を開き、調度や人形を取り出してゆきます。無論手間のかかる、飾り終わるまで軽く3時間は費やす作業となりますが、好きで致しますので幸せこの上ないひとときです。手に付く埃や油でお飾りの絹やお人形の御顔が汚れないよう頻繁に手を洗いながら、雛飾りたちに話しかけながら、進めます。我が身と違いちっとも年を取らない御人形たちと再会するのは不思議な心持です。我が家のお雛様は古く、太平洋を色々な方角へ航海したものですが、どこでも絶大な人気を博するのは五人囃子。謡、笛、小鼓、大鼓、太鼓。見るからに若い十代前半の少年達は皆、所属事務所など無くも貴族出身のスーパースター。一途で変わらぬ一所懸命な表情と姿に「さあ今年も出番ですよ、おきばりやす」と声をかけました。雛飾り一式に触れ興奮する人々のリアクションと会話を楽しみながら、「己が外国人」の国で「日本文化に対する外国人」の方々へ向け、尊い日本の、厳しく謙虚で思慮深く、時にとてつもなく華やか且つ鍛錬と和合の、長い歴史に根差された、広く深く、また常に変化し続ける文化と伝統の素晴らしさの、ほんの一端を垣間見て頂く事で、直でもオンラインでも、驚き憧れ観察し交流する老若男女らと触れ合い続ける歓び一入です。

 厳冬期の家の中はお花の数こそ減りますものの、代わりに暇そうな植木鉢に私の気まぐれで野菜や果物類が育っております。野菜売り場で一束1ドル前後で売っているグリーンオニオン。上の緑の部分はお料理に使った後、ひげ根の付いた下1センチの白い部分を捨てずにおき、それを植木鉢の土に挿すだけ。輪切りにされた断面の中心部分から細い緑のお葱が顔を出し少しずつ元気に伸びてゆくので、枯らしてしまった夏のお花の鉢は今は皆、葱畑。他にも例えばお正月の雑煮用に買った三つ葉。根の部分を水に浸け窓際に放置しておけば新芽が出ますのでそこへ少量の土を加え、頃合を見繕い土の入った容器の下に穴をあけて鉢へ移し埋めてしまいます。水を切らさぬよう心を配り、暖かくなればそれを外へ地植えにし、花が咲き種が散れば、ミシガンの気候でもどんどん増えます。汁物に散らす三つ葉の香りは元気をくれますし、野鳥にも三つ葉の種は人気の一品。また、身体が疲れた時には生レモンをたっぷり絞った炭酸水を頂くのですが、たまに口に飛び込んで来る種を植木鉢の土に押し込んでおきますと芽が出、檸檬の木が育ち始めます。現在3つの種から直立に、健康な濃い緑の葉色を湛えた檸檬三兄弟が生育中です。このまま幹を三つ編みに仕立てるなどして、独自の果樹盆栽を根気よく育ててゆこうと想いを膨らませております。食べられるものの世話には熱意も倍増となります。

 ひな祭りの由縁には諸説あり各地で優れたならわしに触れることが出来ますが、元々は紙を人の形に切り、男女を問わず人がそれを自分の体にこすりつけることで悪いものをその「ひとがた」に移し、それを川に流した習慣が起源と読みました。陰暦三月初めの巳の日であった上巳(じょうし)の節句が、のちに3月3日の雛祭り、女の子の誕生を祝い健やかな成長を見守る春のお祭りの日として定着し、魔よけの色とされる赤、魔よけの花とされる桃が飾られています。長く交流のありました年配のジューイッシュアメリカンの御婦人がある時私に「桃の花というのを見たことが無い」と仰ったので、たまたまこの季節に業者から入手する事の出来た貴重な桃の花枝を、新聞紙にくるみ軽く100マイルを運転し届けて差し上げたことがございました。日本の伝統建築にお詳しく、生け花や日本庭園の美を特に愛され生涯研究なさっていらした素敵な方で、私が遊び育てる花を何故かお気に召されて彼女のお庭へ頻繁にお招き下さったので、共に土にまみれて汗を流しては、草木や花の話を楽しみました。それは戻らぬ日々となりました。

 世界パンデミックの現状の2021年の雛祭りは、その根源に立ち戻り、疫病除けの祈りに役立てたいと考えました。丁度よその州や国外に住む日本文化研究に熱心な方々とのオンライン会合など定期でございますので、いつもとは違うお雛祭りの意義についても是非ご紹介申し上げたいと考えております。私も、新種のウイルスではございませんが、己にいたと思われる、払いたい悪いものというのは色々あり、またそれらが普通の印刷用紙では厚さが足らぬ気がしたものですから、とびきり頑丈で厚いボール紙を見つけ、それもやや大きめのひとがたに切り、ごしごしと念入りに胸にこすりつけました。病、、災いといったものをうための祈りをしっかり込め念じてみたものの、しかしこの辺りはそれを流すような川は凍っていますし、ごみで汚すわけにもまいりませんので、考えた末、お清め塩を振って暖炉にくべ、焼くことと致しました。雛祭りミニどんど焼き。我が家独自の風習がまたひとつ、生まれてしまいました。駄目押しついでのその他の願い事も多く、豊作、商売繁盛、家内安全、無病息災。しかし私は子供の頃、サンタさんに欲しいものを長いリストに書き置いた手紙の返事に「そんなに欲張るともう来ないぞ」と今考えれば身近な大人の筆跡で書かれ、深く傷つきクリスマスを一日泣いて過ごした記憶がありますもので、神様も過度に期待されると荷が重く、御迷惑となりますでしょう。黄道と、地球の赤道を延長した線が交わる二つの点。それらを地球から見て太陽が通過するような形に見える瞬間が含まれる日が春分の日と秋分の日。自然を讃え生物を慈しみ、祖先を敬い故人を偲ぶ日。今年の彼岸の中日は3月20日です

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