年の瀬が迫りごった返している大型食料品店の牛乳売り場の前で私は困っておりました。いくつもの種類がある中で、私が買いたいものだけが一番上の棚にあり、しかも目的の半ガロンサイズのカートンは奥の方に6本残っているだけ。それがどうしても2本欲しい。透明な冷蔵庫の大扉を開け足元の枠に足をかけ、精一杯背伸びをして腕を伸ばしてみましたが、牛乳にかすりもしません。普段そんな時には知恵を絞り、牛乳が乗っているワイヤーラックの下の隙間から指を伸ばし、底を二本指でくすぐるようにして1センチずつ手前へ手繰り寄せ、時間はかかれど牛乳が笑いながら私の懐に落下して来るまで頑張るのですが、その時はどう頑張っても届きませんでした。誰か背の高い方が通りかからないかしら、と考えた途端、恐竜のように背の高い方が現れ隣の豆乳を掴んだので、神様っているのだなあと感激しながらすみません、May I bother you? と声をかけました。私は家族の中で一番チビなんです、一番良く食べたのに、と伝えた私にその方は快く牛乳を2本手渡して下さると、次の人にも親切にしておきましょうね、と奥に残る4本も手前に1本ずつ寄せ、「僕も一番小さいから大丈夫」と笑い、立ち去りました。

 ミシガンの美しいインディアンサマーの日、すっかり葉が落ち種の沢山ついた軟らかく背の高い木槿の枝を、私は背伸びしながら剪定しておりました。すると背後からガタン、ガタンという音と共に御近所のおじいちゃまが頑丈そうな脚立を抱え、登場しました。「世の中は時に、背の低い人たちに親切に出来ていないようだね」と茶目っ気
たっぷりに目くばせすると「これは古いけどこんな形にもなる、こうも出来る。こっちは簡易棚で足をかけたり工具を置くのにとても便利。私はアップノースのコテージもこれ一つでブロックを積みペンキも塗り、若い当時に払った三桁の値段の元は十二分に
取ったのだ」と朗らかに解説を加え、「私はもう一つ脚立を持っているから遠慮なく
好きなだけ時間をかけて使いなさい」と置き去りにしてゆきました。折角ですので使わせて頂こうとしましたらそれはとてつもない重さで、片側だけを持ち向きを変えようとしてもふらふらしました。一瞬の間におじいちゃまが側に現れ、「重いでしょう、動かすときは言ってくれたら動かしてあげるからね」と言い、こうかい?こっち向き?と微調整して下さると、また立ち去りました。毎日のように元気にマラソンをしているそのおじい
ちゃまがある日突然立ち止まり、実は妻のアルツハイマーが酷くなり近頃特に意地悪と物忘れが激しいのだ、よその人には愛想が良いのに私にはことごとく辛く当たる、と私に囁き表情を曇らせたのは少し前のこと。御本人は「囁いた」つもりであったのですが御耳が遠くなりかけていらっしゃるため声が大きく、向こう三軒両隣の方々も彼の悩みを聞いてしまい、皆で心を痛めておりました。その日は後で奥様もお見掛けしたので手を休め、「お元気ですか、先ほどご主人様が脚立をお貸し下さったので使わせて頂いております」と明るくお声がけ致しましたら、「なんですって」と眉を顰め「主人は時に親切が過ぎてよそ様に迷惑をかけるのよ、はっきり言っておやりなさいな」と呟き手を振ってゆきました。あらあら、困りました。再度木槿に向き合い作業に集中しておりましたが、ふと、背中に熱い視線を感じたので振り返りました。目に飛び込んて来たのは御自分のドライブウェイへ戻られたおじいちゃま。まるでミーアキャットのように佇み、まっすぐ私を見つめ心配し続けて下さっている御姿。思わず声を上げ笑い出してしまいました。実はお借りした脚立は木槿の丈より高く、私がはしごに登ると木槿を見下ろしてしまうことになり、剪定しようと手を伸ばしましたらそれごと木槿にダイブインしてしまうことになったのですが、それ程気にかけて頂き本当に楽しく、有難いことでした。

 世界をほぼ誰もがいつでも自由に往来のできた時代が終わりを告げ、不確かさの続く中、家で三食の御献立を考えることが新鮮であったり、年長者の知恵と長寿の象徴とされる香りのよい常緑樹の葉のアレンジメントなど創作しながら、限りある時間を慈しみます。毎朝の日の出に今日を与えられた恵を感謝しながら、人に優しく接することが出来るようでありたいと願います。心に「いかにいます ちちはは つつがなしや ともがき」、日本にゆかりの方に愛され続ける「ふるさと」のメロディーが浮かびます。長野県出身の高野達之さんの作詞、鳥取県出身の岡野貞一さんによる作曲。この名コンビの愛唱歌は美しく哀しく懐かしく、無伴奏で口ずさみ、気に掛ける近くの仲間は、遠くの身寄りは、皆の生活に不自由はないか、危険ではないか、困ってはいないかと心にかけ、見守る自然の美しさをも崇めます。「山は青き ふるさと 水は清き ふるさと」永遠に続くのではと信じて疑わなかった安心と繁栄、健康が、ある日突然に変化を迎えた時、不安や絶望に精神を苛まれないよう、気持ちをしっかり持ち続けたいと願います。地球の片隅でチビ助は考えます。心からの祈りを込めた今年の日の出は、格別に貴いもの。

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