(JNC 2020年10月号掲載)

この原稿を書いている9月の終わりには、もう夏はとうの昔に過ぎ去り、朝夕は肌寒くさえ感じられる今日この頃です。今年は、“実り年”なのか、家の前の大きな樫の木から、たくさんのドングリが霰のように朝夕降り注いで、一日中コツコツ、パチパチと賑やかな音を立てています。つい最近まで、我が家のプールにも、息子や娘たちの声が響き、また、我が家に遊びに来られた方々のお子さん達の楽しそうな笑顔が弾けていたのも遠い昔のように思えます。アメリカ全国では、依然として新型コロナの流行が続いているようですが、ミシガンでは、少なくとも医療現場では、流行はだいぶ落ち着いてきているように思えます。マスクをつけるかつけないかが、政治問題になるアメリカの政治状況には、あきれてしまいますが、マスクをつけ、社会的距離を保つことで、ウイルス性呼吸器感染症の流行をある程度抑えることができるということは、今回の新型コロナウイルスの世界的大流行で、よく実証されたと思います。

 私の働く病院では、医療従事者、患者さんを問わず、院内ではマスクの着用が義務とされていますが、マスクを一日中着用することでわかったこともいろいろあります。私は、多少軽い花粉症の気があり、時々、くしゃみが止まらなくなったり、理由もなく突然透明の鼻水が出てきたりすることがあります。いつもというわけではないのですが、これが始まると、マスクの中が水浸しになり、とても不快で、すぐ、新しいマスクに変えないと気持ちが悪くてたまりません。また、手術室に入るときは、新しいマスクに付け替えますし、そんなこんなで、
一日に数枚のマスクが必要になることがよくあります。こうしてみると、新型コロナの流行が始まってから直ちに、世界的にマスクが足りなくなった理由がよくわかります。医療従事者は特別ですが、一般の人も、世界中の人が、外出時には常にマスクが必要だとすると、世界中で、一日に数億、数十億枚のマスクが必要となります。最近は、使い捨てではなく、洗って再使用可能なマスクもよく見かけますが、それにしても、マスクの必要枚数が、天文学的数字になったことがよくわかります。日本で、安倍前首相が、数ヶ月前、アベノマスクと称して、国民一人一人にマスクを配ったのも、最初はコミカルに思えていましたが、今になって振り返ってみると
マスクが全国の店頭から消えた時に、ある程度の沈静効果はあったのかなと思われます。

 このマスクの必要数に関して面白いデータがあります。デトロイトおよびその周辺地区には、ボーマント、ヘンリーフォード、サントジョン、およびデトロイトメディカルセンターの、四つの大きな病院システムがありますが、そのうちのある病院システムでの個人防護システム(PPE-Personal-Protection-Equipment)の、在庫データが内部資料として公表されたのを目にする機会がありました。
この病院システムでは、ピークの4月には、一日
合計1,200名を超える新型コロナ感染症の入院患者があったそうですが、それに対処するためになんと、
8月現在では、12,000,000枚の通常の使い捨てマスクの在庫を備えていると報告しています。コロナ前では、41,000枚だったそうで、なんと、在庫が300倍近く増えた計算になります。もう少し高度な保護機能のあるN95型のマスクでは、690,000個(コロナ前は26,500個)、使い捨て手袋6,510,000枚(同1,410,000枚)、顔シールド369,000個(同3,700個)、使い捨て靴カバー745,800枚(同13,500枚)、使い捨て医療用ガウン421,000枚(同19,700枚)、大型瓶入り手指消毒器31,000個(同5,600個)、保護用ゴーグル2,000個(同250個)など、どの個人保護システムも、在庫が、数倍から数百倍に膨れ上がっていることがわかります。これは、デトロイトのただ一つの病院システムだけの数字ですから、デトロイト全体、アメリカ全体、世界全体ではとてつもない数字になりそうです。

 コロナの流行でこれらの品物については、どれも品薄が続き、最高値時には、購入価格が平均で数倍に跳ね上がったと報告されていますから、これらの在庫の増加が、病院の経営を圧迫したであろうことは、想像に難くないところです。

 コロナの流行では、患者数や、亡くなった方の数など、人的データは毎日のように目にしますが、このような、隠れた物的側面に関するデータはあまり目にしたことがありません。そのほか、高度の医療機器、人工呼吸器や、集中治療室、体外式膜性酸素供給器(ECMO)などの機材や経費を含めると、このコロナウイルス感染症が、世界の医療の物的、経済的側面に及ぼしたストレスの大きさは、限りなく大きいと考えられます。

 一日も早く安全で有効なワクチンが開発され、この新型コロナの世界的流行が下火になることを願って止みません。

我が家のどんぐりや木の実などで作った作品集 2020

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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

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