
日本でも名高いアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトと聞けば、現在も日本に残る自由学園明日館や帝国ホテルを思い浮かべる読者も多いのではないだろうか。
帝国ホテルは現在、愛知県の明治村に移築され内部も見学可能だ。平等院鳳凰堂の要素を取り入れた外観はどっしりとしており、低い天井の玄関を入り進むと3階に渡る吹き抜きのロビーに続く。建物内外は、彫刻された大谷石、透しテラコッタによって様々に装飾されているが、吹き抜きの「光の籠柱」と大谷石の柱には特に目を奪われる。この吹き抜きまわりに玄関の空間が創り成されており、大階段と左右の廻り階段で繋がれた各空間は床の高さ・天井の高さが異なり、窓や装飾を通して入る光が上下左右に錯綜し、重厚感があふれるなか、こうした工夫で訪れる人たちを楽しませてくれる。明治村で結婚式を挙げると、この帝国ホテル内でブライダル写真や式前の準備、披露宴も行うことができる。実は筆者が世界的建築家フランク・ロイド・ライトを初めて知ったのは、結婚式会場の下見に明治村を訪れた時。その折にフランク・ロイド・ライトが日本の影響を受けた住宅建築の巨匠でもあることを知っていたら、彼の家に住んでみたいという強い衝動に駆られ夢見たのだろうか。
きっと不可能だろうと最初から諦めてしまいそうになる夢。そんな夢を現実に変えた夫婦の家が、ミシガン州ブルームフィールドのクランブルックに存在する。
マルヴィン・マックスウェル&サラ・ステイン・スミス夫婦の夢は、ペンシルベニア州にあるライトの落水荘(フォーリングウォーター)についてのプレゼンスライドをメルヴィンが見た時から始まった。
デトロイト公立校で質素に教師をしていたスミス夫妻は、ウィスコンシン州にあるライトの自宅「タリアセン」で、家建築のビジョンを数時間にも渡ってライトに話す機会を得た。「一年を通して小規模なコンサートや展覧会を開催して、芸術家や音楽家のメッカ(憧れの地)となるような家を建てたい」と熱心に話した。スミス夫妻の熱意に動かされたライトは、なんとたったの9,000ドルで設計しようと同意する。「ただし、建築物と自然が 総合的に融合できる場所が見つかれば」という条件付きで。
ライトのオーガニック建築(有機的建築)は、日本建築と自然の関係性に注目し、学び得たものだ。ライトの日本芸術・建築との初めての出会いは1893年のシカゴ万国博覧会。そこから、日本に強く惹かれ、興味を寄せ続けながら、ライトは長いキャリアを積んでいった。
1946年夏、スミス夫妻はクランブルック近くに3エーカーの理想的な土地を見つけたとライトに電報を打った。ライトからの返事は、「『魂が私を動かす時』が、あなた方が設計図をお受け取りになる時でしょう」。
1947年3月に航空便にてライトからついに設計図が送られ着工となった住宅は、1800スクエアフィート、一般的アメリカ人向けユーソニアン設計の典型例となるものだった。
「My Haven(わが安息の場所)」とスミス夫妻に名付けられた邸宅は、皆の深い関心と愛情により築かれた住宅とも言える。フランク・ロイド・ライトの建築に興味を持つ建設業者は無償または賃金抑制のもと工事を請け負ってくれ、有名な造園設計家トーマス・チャーチからは、設計供給の約束を取り付け、地元開発業者アルフレッド・トーブマンは邸宅全体のガラスをわずか500ドルで 納品してくれた。
細長い船のような形の一階建ての設計を基盤に、ライトが受けた日本からの美的影響と自然要素が織りなす特徴ある住宅が完成した。壁から作り付け棚、キャビネットに至るまでアンバー色の暖かみが広がるインテリア、床から天井まで壁一面の窓からは、立派にそびえるオークの木々や池を見渡すことができ、外の世界が家の一部に取り込まれているようだ。剥き出しの煉瓦や色付きのコンクリートフロアは木材を引き立たせ、見事な風合いを醸しだしている。
何よりも、メルヴィン&サラ・スミスの描いていたビジョンは現実となり、世界中からこの家を観賞・評価する来訪者が後を絶たなかった。
フランク・ロイド・ライトの日本への愛着は、そのクライアントにも引き継がれることが多い。スミス夫妻もおそらく同じで、ライトのユーソニアン住宅を1950年に築いて以降、日本文化に興味を注ぐようになった。日本人も多く家に迎え入れもてなしたスミス夫妻には、陶芸品や日本画がもてなしのお礼として日本人の友人たちから贈られた。法被や浴衣を身にまとった夫妻の写真や日本の友人から送られた手紙や葉書も残っており、スミス夫妻の住宅内に入ると、銚子と盃、土鍋、急須、日本人形等が飾られている。クランブルックコレクション研究センターのHP(※)から「3D-TOUR」(https://my.matterport.com/show/?m=fzssWV8Gvs6)を利用すると、そうした日本の美
術品も垣間見ることができるので、読者の皆さんにもぜひ一度ご覧いただきたい。
スミス夫妻の住宅を見学すると、家になじんだ美術品の数々が素晴らしく、訪れる人の目に留まる。フランク・ロイド・ライトの建築住宅の芸術性を高めようと、メルヴィン・スミスが美術品収集に努めた結果だ。ウィスコンシン州にあるライトの自宅に溶け込んでライト建築の一部となっていた美術品と同じようにと、メルヴィンは正に思い描いていた。
収集美術品の4分の3はクランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州の美術大学院)関係の作品とサラ・スミスは見積もっていた。夫妻が称賛していた芸術家は、後になってわかることが多いのだが、クランブルック出身であることが多かった。クランブルックの学生や卒業生である芸術家を積極的に支援している夫妻のことであるから、スミス夫妻に会ったことのないクランブルックの学生でも夫妻のことは聞いたことがあるほど名が知られていた。そして、スミス夫妻に自分の作品を譲るということはつまり、フランク・ロイド・ライトの建築物の中に自分の作品が飾られるということで、学生にとっては感激だったのだ。(※このスミス邸は、スミス夫妻亡き後、時を経て、2017年に親族によりクランブルックコレクション研究センターに寄贈され、現在もクランブルック下で管理されている)
実際に邸宅内にも入ることができる見学ツアーは新型コロナウィルスの影響でしばらく休止されていたが、9月より再開される。1回のツアーの参加人数は6人に限定され、参加者は事前登録が必要となる。参加者にはマスク着用等義務付けられるので詳しくは、クランブルックセンターのウェブサイトをチェックしてみてほしい。
合わせて、同センターは来る2020年9月22日(火)10:00am/7:00pm(EDT1時間)にクランブルック講義シリーズ『フランク・ロイド・ライトと日本』と題したレクチャーをオンラインにて開催する。こちらの申し込みも現在ウェブサイトで受付中なので今回の記事を読んで興味を持った方は参加してみてはいかがだろう。講師は、常任キュレーターのケビン・アドキソン氏。アドキソン氏は、イェール大学にて建築を学び、そこで建築家サーリネンに魅了され、サーリネン(父)が作り上げたクランブルックにて更なる研究を続けている。

Photo Credits:
Melvyn and Sara Smith, 1968. Courtesy of Cranbrook Archives, Cranbrook Center for Collections and Research
Exterior photography by James Haefner, 2015. Courtesy of Cranbrook Center for Collections and Research
Interior photography by Brett Mountain, 2019. Courtesy of Cranbrook Center for Collections and Research
文: Mayumi Bilderback
取材協力: Cranbrook Center for Collections and Research
<INFO>
クランブルック美術館・博物館も再開中。クランブルック・センター常任キュレーター、ケビンアドキソン氏が毎週フェイスブック及びインスタグラムにて様々なバーチュアル・ツアーを実施中。館内の美術品から野外に何気なく置かれている芸術品まで、様々な美術品を紹介する。
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