の好きなアメリカの西部劇映画の一つに、ジョン・ウェイン主役の『赤い河』という題の映画があります。その中のセリフの一つに、次のようなものがあります。

“Courage is being scared to death, but saddling up anyway.”   

ー 勇気っていうのは、死ぬほど怖いって思っているときにでも
とりあえず馬の鞍にまたがって出かけようとする態度のことを言うのさ。

 私の日本語訳が拙くて申し訳ないのですが、なんとか趣旨は分かっていただけると思います。新型コロナウイルスの全世界的流行の中で、人と人の関係が疎遠になり、ギスギスしたり、互いを恐れたり、傷つけたり、差別したり、攻撃的になったりする傾向がなきにしもあらずですが、そのような中で本当に心を打つような勇気ある行為を目にすることもあります。

 私が最近体験した二人の英雄達のお話をしましょう。

 一人は、私の病院に勤務する一人の研修医の先生です。

 今年の3月から5月にかけて、デトロイトとその郊外を新型コロナの大流行が襲ったときの話です。私の病院でも、3月初旬に443ベッドのうち、8名だった新型コロナの診断による入院患者数が、二週間で一挙に238名に増えたことがありました。病院中がコロナの患者で埋め尽くされた印象で、病室という病室がコロナ用の隔離ベットに変わり、集中治療室が足りず、通常は日帰り手術病棟に使われていた病床が全てコロナ患者さん用の集中治療室に変わり、医者も看護師も防護服と防護マスクを着用して病室に入る日々が続いていました。待機的な心臓手術は全て中止になったので、心臓集中治療室も、ほとんどがコロナ病室に変わりました。

 そんな状況で、看護師さんが足りないので、ミシガン州の比較的北の方の、あまりコロナウイルスの感染の起きていない姉妹病院から、応援の看護師さんがやってきていました。その看護師さんから、ある日、循環器科の研修医の指導医宛に感謝状が届きました。

 “私は、ミシガンの北にある姉妹病院の集中治療室から貴院の集中治療室に二週間ほど応援に来ていた看護師です。このほど、その二週間が終わり、元の職場に帰ってきましたが、貴院にいる間に素晴らしい体験をしましたのでお手紙を書くことにしました。私のいる病院では、医者の先生方は、あまりコロナ患者さんの世話をしたがらず、感染することを恐れて、敬遠している先生が多いのですが、貴院の集中治療室では、循環器の研修医の先生方が、進んで、コロナ患者さんの治療に積極的に関わっておられることを身をもって体験しました。貴院で過ごした二週間は、とても良い経験でした。その中でも、ある事件がとりわけ私の記憶に残っています。

 ある日のことです。私の防護マスクが壊れてしまって倉庫から新品の防護マスクを送ってくれるよう交換をお願いしていたときです。私の患者さんは、コロナの重症患者で、もう臨終が近いことが明らかでした。奥さんが呼ばれて、集中治療室のガラス越しに、最後のお別れをするために来ておられました。もう何十年も連れ添った伴侶の最後にお別れの言葉を伝えたいと言う希望で、院内用の携帯電話で、ご主人に話をされたいということでした。でも、私の防護マスクが壊れてしまっていたので、新品のマスクが届くまで、集中治療室には入れないので、私は、まだかまだかの思いで、ドアの前を行ったり来たりしていました。そこに、循環器の研修医のA先生が通りかかり、どうしたのかと聞かれました。私が事情を説明すると、防護マスクをつけていたA先生は、一瞬のためらいもなく私の手から携帯電話を取り上げ、集中治療室に入り、患者さんの耳元に、携帯電話を当てました。奥さんは、電話を通じて「愛している」と伝えることができ、その後間もなく、その患者さんはお亡くなりになりました。こうして、コロナの患者さんがその臨終の折、家族との挨拶もできずに死出の旅に立つと言う事態を避けることができました。
A先生は英雄です。”


もう一人は、私の患者さんです。

 その人は、心臓病の既往がありながら、救急室の看護師さんとして働いている人です。

 救急室という職場は特殊な職場で、大部分の救急外来の患者さんは、コロナにかかっているかどうかが不明で、多くの場合、後になって「実はあの人、コロナ陽性だったよ」と言われることが多い職場です。ミシガンでのコロナウイルスの流行は、5月の終わり頃から落ち着きを見せてきているとはいえ、救急室では、まだまだコロナ陽性の患者さんにしばしば出会います。コロナ感染は、無症候の場合も多いので、全く別の主訴で来られた患者さんが、コロナ陽性であることが後で判明することもよくあります。

 先日この患者さんが私の外来にこられて、一通り問診と検診を終えた後、世間話になって、看護師としての職場の話になって、コロナで大変でしょうと聞くと、もう慣れっこになってあまり気になっていませんと言う話で、そのあと次のような話が飛び出しました。「最近、テキサス州でのコロナの大流行で、看護師が足りないから臨時に応援に来て欲しいと言われていて、今度行こうかと思っている。」「派遣手当ても出るし、人助けにもなるし。」

 これを聞いて、私はうーんとうなってしまいました。心臓病の既往があるという点からいえば、この人はハイリスクですが、手術をして完治しており、手術後、フルマラソンを完走した経験もありますから、健康上では反対する理由はありません。また、よく聞いてみると、この人のコロナ抗体は無症候性に陽転しているそうで、すでに、コロナに対する免疫を獲得している可能性が高いといえます。しかし、コロナといえば、のように恐れられていて、日本では、医療関係者と聞くだけで差別をされることもあると聞く中で、この違いはなんだろうと考えてしまいました。流石に、アメリカでは、医療関係者というだけで差別されることはありませんが、コロナの渦中に自ら求めて勇敢に飛び込んでいく人がありうると言うことは新鮮な驚きでした。ロージー・ザ・リベッター(Rosie the Riveter) のデトロイトの伝統ここにあり、との印象です。コロナは、「正しく怖がれ」と言われて久しいですが、正しく怖がりながらも、この看護師さんのように病気の患者さんがいれば、出かけていって、正しく介護し、正しく治療するということは別に特別なことでもなんでもないよ、と言う人がいることに新鮮な驚きを感じました。まさに目から鱗が落ちた思いでした。

 研修医の先生と、患者さん、いつもは指導する立場にある私が、このヒーロー達に教えられ、励まされることになりました。「人の本性は危機の時に現れる」とか、「家貧しくて孝子出ず」とかいう言葉も、コロナのような危機の時期だからこそ、お互い、思いやり合い、自分が何ができるかを考え、人として正しい道を歩むことが大切なのだということを言い表しているのだと思います。

コロナの真っ最中に、病棟の窓に書かれた絵及びメッセージ。実物は、外に向けて書かれているのですが、文字が読みやすいように、著者が写真を反転しました。

 

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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

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