ふと外を見やると見知らぬ女性が佇んでおりました。つい最近、同じ通りにお住まいの方が「誰か知らない人が庭から満開の薔薇をいきなりハサミで切って持って行ってしまった」と憤慨なさっていらしたのを思い出してドキリとし、息を呑んで身構えましたが、その方はごそごそと携帯電話を取り出し遠慮がちに2、3歩ドライブウェイに立ち入ると、傍に咲いている花の写真を撮り立ち去りました。綺麗に咲いてくれたお花が、よそのお花好きの方々との良い御縁を取り持ち、繋がりをくれるのが楽しみでおります。

 グローバルパンデミックによるロックダウンの影響で、この夏のフリスビーの売上が前年比500%アップ、とラジオでレポートされたのを聞き笑ってしまいました。朝晩家族での犬の散歩、にわか自転車族。アウトドア人口が急増した事は皆の健康に宜しく喜ばしいことです。さて私はと申しますと、外出自粛令を受け、あらゆる課題について「普段ろくに家にいないので十分に出来ない」という言い訳が完全に取り上げられた恐ろしき事態。住まいの事、特に見た目の課題を片付けてゆかざるを得ず、絶体絶命の処へ追い詰められました。自身で心密かに「アンコールワット」と呼んでまいりました庭の一角。雑木やつるが伸び放題でまるで抽象絵画のモチーフのようになったワイルドガーデンエリアに、遂に重すぎる腰を上げ向き合い、否応無しに取り組む覚悟を致しました。

 厚手の長袖綿シャツに日よけ虫除け皮手袋、作業ズボンに皮ブーツ、首に手ぬぐい顔にマスク、サングラスに麦わら帽子で完全防備。恐らく親が見ても誰だかわからないであろう物々しいいでたちで雑木を払い始めますと、鳥や小動物も驚いて逃げ出しました。けれど辺りが日陰になってしまった為に花のつかなくなっていた薔薇も生き残っており、やっと来てくれたの、といった表情で嬉しそうに輝いてくれました。地面を覆っていた重厚なスイカズラのつるを切り拓いてみると、そこには20年も前に敷いてその存在すら忘れていたステッピングストーンが現れました。この飛石をいつも一つ一つ律儀に踏んで遊びに来てくれていた人懐こい女の子達は、今はもうお酒の飲める年齢となり、車を運転して仕事に通っています。その友情と御縁のきっかけは、ある日その少女達にハーブティーの話をしたこと。興味を持ってくれ、我が家の庭のイングリッシュタイムやミントを摘むのを楽しみに、それぞれ自分のカップを持って遊びに来てくれるようになりました。お庭で熱いティーは危ないから、と私が心配すると「ノープロブレム」。自分達でハーブを入れたカップにガーデンホースで水を注ぎ、石に腰掛けると
「うーん、美味しいティーね」と頷き合い、堪能する5歳児二人。その姿に私は唸り感心させられ、以降私も夏の庭で、麦茶のかわりにハーブ水を気軽に楽しむようになりました。薔薇や木槿の花を食い散らすコガネを捕る方法を見せてあげると、二人とも
じっくり時間をかけコガネ退治に庭をパトロールしてくれるようになり、終わると木の切り株に腰を掛け、お互いに何匹とれたか数え比べっこしていた姿を思い出します。そのうち四軒先の奥様が突然、「うちの娘が鷲掴みにして嬉しそうに持ち帰って来るのはお宅の植物でしょうか、申し訳ない」と謝りにいらっしゃったことも、懐かしい思い出。

 今度は私のシャツにがっちりと引っ付いて来たアザミの実。これはペットやカバンに付いてもなかなかとれず、綺麗に取るまでちょっとした時間を費やすことになります。丁度私の頭の中で、アザミによく似た同じキク科のゴボウの花について考えながら作業を続けておりましたところで、そのゴボウの実の強力な接着力からヒントを得て面テープ (loop and hook fastener、商標ベルクロ、マジックテープ) が世に生み出されたのだったなあ、と思いを巡らせました。自然の美しいスイスのジュネーブ湖畔に生まれた電子工学者のGeorge de Mestral氏。発明が大好きで12歳で既にモデル飛行機で特許を得たというほどの彼が生まれたのは今から100年以上前。彼がアルプスを散歩中に愛犬や自分にくっついたゴボウの実に興味を持ち顕微鏡で観察し、種を覆う棘の先が鉤型の針であることを知り、これを応用して2枚の布を密着させるアイディアを研究し始めたのが1941年。フランスはリヨンの繊維メーカーやスイスのバーゼルの織機メーカーの協力を得て、フック面とループ面が引っ付きワンタッチファスナーとなる新製品が商品化されたのは1955年。後に世界の人の暮らしや宇宙船に至るまでを便利に変えてゆくタッチファスナーの発明です。自然の不思議を観察し、閃きから文明社会に役立つものを発明し貢献するなんて素晴らしい事ですね。近年は、ファスナーからバリバリ音が出ないようにする研究に引き続き力が注がれているそうです。彼は同じように夢を馳せる他の発明家への援助や、若者たちの特許申請への協力を、生涯惜しまなかったといいます。

 黙々作業を続けておりますとこれまで聞いたこともない大きな重低音の羽音が。何?新種の蜂?それにしちゃ大きい。数歩離れてみましたが羽音は私にぴったりついてきます。怖くなり首をすくめゆっくり面を上げると、私の頭上にいたものはなんと、ドローンでした。これまでの当たり前が当たり前でなくなり、それが新しい当たり前として受け入れねばならなくなった激動の年、2020年の夏。自然の生物よりも生活に無断侵入する人工知能や裏庭に突如現れるドローンのプライバシー侵害に神経をすり減らす、SFの世界が遂に現実となった、安らぎの脅かされる不安な人間生活。馴染みの通りがかりの方が「貴方はお庭を頑張り過ぎよ」と笑って声をかけて下さったので「振り返るとどこもやる事だらけで」とこちらも笑いコメント致しましたら、「そうね、家の中も外もやる事だらけよね」と高らかに笑ってゆきました。家の中。ああ、私を辛抱強く待っている、密かに自分で「永久凍土」と呼んでいる一角が。これは冬の課題と致しましょうか。

 

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