(JNC 2020年7月号掲載)

新型コロナウイルスの感染は、一部の国や地域では落ち着きを見せはじめているものの、全世界的にみれば、まだまだ猖獗(しょうけつ)を極めているというのが現状のようですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?皆様の身近な方でお亡くなりになられたり、重い症状で入院を余儀なくされた方もおありだと思います。亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、また闘病中の皆様の一刻も早い回復をお祈りしております。我々医療従事者も大変でしたが、やっとここミシガン州東南部では、患者数も減り、限定的ながら、日常性を取り戻しつつあります。もちろん第二波第三波が将来予期されるとの話もあり、予断は許されませんが、とりあえず、大きな第一波を乗り切ったのは確かなようです。

 さて、今年はスペイン風邪が世界で大流行してから101年目の年にあたります。この年1919年、世界の人々の死因で最も多かったのが、感染症でしたが、それから100年の間、死因の第一原因を保ち続けていたのが、心筋梗塞などを含む、動脈硬化性心疾患でした。今年の統計はまだ出ていませんが、ひょっとしたら、感染症による死亡が、あまりありがたくないことですが、100年ぶりに王座に返り咲く(?)ことになるかもしれません。

 こうした新型コロナウイルスの世界的大流行の陰で、心筋梗塞や狭心症などの疾患の影が薄れていますが、もちろん、コロナウイルスによりこれらの疾患が消えて無くなるわけではなく、コロナの流行が過ぎれば、たとえ一過性に王座を明け渡した(?)としても、また動脈硬化性心疾患が死因の第一位に返り咲くことは間違いないことのように思います。

 心筋梗塞や狭心症などの動脈硬化症の原因とはなんでしょうか?これらの疾患でなくなった方の病理解剖をしてみると、必ずと言って良いほど、心臓に血液を送る冠状動脈と呼ばれる動脈の内腔に、粥状硬化巣(プラーク)と呼ばれる、コレステロールと白血球由来のマクロファージと呼ばれる細胞、カルシウム、および繊維細胞などが堆積し、内腔が狭くなっているのが観察されます。このプラークの中には、コレステロールをたくさん含んだ”脂質の湖”が、表面の薄い膜を隔てて、血流と隣り合っているものが見られることがあります。この病変をTCFA(Thin Cap Fibro Atheroma) 薄膜線維粥状動脈硬化腫といいます。このものがあると、この薄い膜が辺縁部で破れやすく、そうするとこの脂質の湖の内容物が血流にさらされることになります。この脂質の湖の内容物は、血流に触れると直ちに化学反応を起こして、血栓を生じます。この血栓が十分大きければ、新鮮な血流を遮断し、その下流に行くはずの血流を止め、心筋を壊死させ、急性心筋梗塞を起こします。また心筋梗塞を起こさなかった場合でも内腔を狭くすることにより、血流を部分的に妨げ、それにより、下流の心筋に酸欠状態を起こさせ、狭心症症状を起こさせます。僧帽弁の乳頭筋の虚血による、僧帽弁閉鎖不全症を起こしたり、虚血性の不整脈や、虚血性心不全を起こすこともあります。

 というわけで、虚血性心疾患をよく見てみると、その根幹には、粥状硬化巣(プラーク)の生成というものがあることがわかります。では、そのプラークが起きる原因はなんでしょうか?現在では、その原因は一つではなく、いろいろな原因があることがわかってきています。年齢、性別(男性)、タバコ、生活習慣(運動不足)、高血圧、糖尿病、腎不全、遺伝、コカインなどの薬物、高脂血症などがあります。この中には、自分では変えられないもの、例えば、年齢、性別、遺伝などがありますが、例えば、生活習慣、タバコ、薬物使用、高血圧などは、自分で制御することができます。

 さて、本題の高脂血症ですが、昔は、良い薬がなかったため、血液検査で、高脂血症が診断されても、特別の治療はなく、また、どのくらいの値が正常なのかもよくわかっていませんでした。ところが、最近良い薬がどんどん開発されて、悪玉コレステロールの値を、極端に下げることが可能になってきました。数年前までは、100以下と言っていた悪玉コレステロールの目標値が、ヨーロッパでは70以下になり、さらに、ハイリスクな患者とみなされれば、55以下に下げるようガイドラインが改定されました。さらに驚くべきことには、悪玉コレステロールの値をさらに下げて、20以下にした症例もたくさん報告されてきていて、今の所、これ以下に下げると弊害があるという最下限の値というものがまだ見つかっていません。つまり、”低ければ低いほど良い”というのが、現在の循環器科医の合意となっています。アメリカでは、ヨーロッパとは少し違い、具体的な目標値は決めず、”それぞれの患者さんに合わせて”というガイドラインになっていますが、それでも、”低ければ低いほど良い”という考え方に変わりはありません。

 高脂血症のお薬は最近劇的に進化しました。

 まず第一は、スタチンという錠剤のお薬です。これは、肝臓でコレステロールを生成するHMGCoA reductaseという酵素を阻害することによりコレステロール値を下げます。アトロバスタチン(商品名リピトール)、および、ロスバスタチン(商品名クレストール)の2つが有名です。副作用が出ない限り、できるだけ高い分量で処方することが薦められています。リピトールは80mg、クレストールは40mgが上限です。スタチンはよく効くのですが、筋肉痛や筋肉機能阻害を起こす人がよくあり、スタチンが誰にでも使えるというわけではありません。

 第二は、PCSK9 (Proprotein convertase subtilisin/kexin type 9) 阻害剤という皮下注射のお薬です。PCSK9は、人間の体内で自然に生成される物質ですが、その唯一知られている機能は、肝臓の表面にある悪玉コレステロール受容体が、血中の悪玉コレステロールと結合してそれを肝臓内に取り込んだ後、この受容体を分解して、再利用ができなくしてしまう働きです。従って、このPCSK9を阻害してやれば、悪玉コレステロール受容体の再利用が促進され、血中の悪玉コレステロールの値が激減します。現在アメリカで市販されているエボロキュマブ(商品名レパサ(Repatha))と言われるものは、このPCSK9に対する抗体で、欠点は、錠剤ではなく皮下注射であり、しかも、2週間に一度投与する必要があります。これに対して、今開発が進んでいるのが、smRNAという遺伝子工学の技法を利用した、インクリシラン(Inclisiran)というお薬で、それは、皮下注射なのですが、肝臓でPCSK9の製造そのものを止めるので、効果が長く続き、現在、6ヶ月に一度の皮下注射という投与で、悪玉コレステロールを持続的にしかも劇的に低下させることができると報告されています。今は臨床治験の最中で、まだ、臨床の場で使うことはできませんが、将来、重篤な副作用がないことが証明され、、広く使用できることになると、高脂血症の治療も、動脈硬化症の予防や治療も劇的に変わると思われます。

 第三は、ベンペドイック酸(商品名ネクスレトール)という錠剤のお薬です。このお薬は、今年になってアメリカで使用できるようになりました。この薬もスタチンと同じく、肝臓でのコレステロールの生成酵素(ACL: Adenosine Triphosphate-Citrate Lyase, HMGCoA reductase の上流の酵素) を阻害することによりコレステロール生成を抑えるのですが、スタチンと違うのは、このお薬は最初は不活性体で、肝臓の中で活性化されて初めて効力を表します。従って、このお薬は筋肉の中では、全く活性化されないため、筋肉痛や、筋肉機能低下などを起こしません(少なくとも理論的には)。従って、筋肉痛などの副作用のためスタチンが服用できない人でも服用ができるという長所があります。

 第四はエゼチミブ(商品名ゼチア)です。このお薬は、小腸でのコレステロールの吸収を抑えることにより、血中のコレステロールを下げます。ただ、コレステロール値を下げる力は、よくてそこそこで、普通は他のコレステロール降下剤と組み合わせて使われます。

 第五はイコサペンタエチル(商品名ヴァスセパ)というお薬です。このお薬の効果が一昨年アメリカの心臓学会で発表されるや、大センセーションを起こしました。これは、魚油に含まれる成分のうち、EPAという成分だけを高度に純化して取り出し、商品化したもので、これは肝臓での中性脂肪酸の生成を抑える働きがあると言われていますが、このお薬がなぜ、心血管事故率を25%も減らす効果があるのか、いま世界中の循環器科医が競ってその答えを見つけようとしています。市販されている魚油は、EPAとDHAの様々な割合の混合物で、これまで、心血管事故率を下げる効果は認められておらず、その原因としては、市販されている魚油に含まれるDHAという成分がEPAの効果を打ち消しているのか、またこの治験で使われたイコサペンタエチル一日4グラムという量に魔法の鍵があるのか、興味が尽きないところです。また、この治験を詳しく分析してみた結果、中性脂肪の減少率と心事故率の減少率は、必ずしも相関していないようだとの報告もあり、この薬がなぜ効くのか、大変興味を掻き立てられるところです。

 高脂血症と動脈硬化症は深い関係があることがわかっていながら、今までは、効果的な治療法がなかったため、ついつい対症療法に重点が置かれてきました。ここ数年、全く新しい、素晴らしい効果のあるお薬が次々と見つかり、大変刺激的な分野に変わろうとしています。動脈硬化症という病気が本当の意味で治癒することができるのか、循環器科医の夢は続きます。

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筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

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