昨年の夏、知り合いのインド系アメリカ人の方から「ほうれん草」の種を頂きました。その方は普段から、この上なく新鮮な牛乳を自宅に配達させ、自家製のヨーグルトをお作りになっていらっしゃるほどの健康志向ですので、是非あやかりたいと喜び、早速種を蒔き忘れずに水を遣り、心躍らせて成長を楽しみにしておりましたら、ある日そのてっぺんにヒマワリの花が咲きました。ぐんぐん伸びはじめた頃から、なんとなくお世辞にも美味しそうには見えない、毛だらけの葉に頑丈な茎でしたので、これは本当に食べられるのかしらといぶかっておりました。蒔いたはずの種は黒くふっくらした艶のある丸い粒が二つ、のちにその鉢の同じ場所に一塊に咲いた花はヒマワリが八輪だったのです。私は、悲しんだらヒマワリの花に失礼だと思い必死で我慢しましたが、気落ちした正直な顔をヒマワリに見られてしまいました。まるでちゃっかり者のカッコウ鳥にしてやられ、知らずによその子を一所懸命育てたお人好しの親鳥のような気持ちでした。

 私の推理が正しければ、これは我が家の周辺を徘徊するリスの悪戯であったようです。と申しますのも初夏の頃、デッキの上に並ぶ植木鉢の数々が何者かに荒らされる日が続き困っておりました。初めは鳥が砂浴びをしたくて遊んだのかしら、程度の凹みが、あらウサギが巣穴の場所を下見したのかしら、の大きさになり、それが遠慮なくどんどんエスカレートし遂には植えてある花が大きくバランスを失って傾くほどになり、しまいに狸が尻もちをついたような大きさの穴を、私が毎日埋めるようになっておりました。そうしたある日。リスが現れ、まるで忍者のように素早くレンガの外壁を伝いデッキに飛び降りると、いきなり気がふれたかのような勢いで植木鉢の土を掘り始めました。次の瞬間はっと顔を上げ、至近距離で私とばっちり目が合ってしまったリスの顔は、およ!という表情で、ほっぺは両方ぱんぱんに膨らみ、顔の形が変わるほどの量の植物の種や実を口に押し込んで来ており、今まさにそれを吐き出し土に埋めて隠そうとした瞬間でした。思わずヒステリカルに笑い出した私に驚き、リスはすっ飛んで姿を消しました。きっと前述の不思議の真相は、私が種を蒔いた後でリスが、よそのバードフィーダーから仕入れて来たヒマワリの種を、後でゆっくり食べようと同じ場所に埋めたのでしょう。そんな大事な貯蔵食料を発芽させてしまい、リスに申し訳ありませんでした。

 今は間違いなくソーシャルメディア、ソーシャルネットワークとやらの時代ですので日常気づいたことを何でも気軽に赤の他人へ相談することに抵抗のない方が増えていらっしゃいますね。私は、どんな年齢のどんな背景に育ったどんな輩が自分の考えに呼応して来るのか、その一種無責任とも言える反応を真に受け一喜一憂するのかとむしろ恐怖が先に立ち、信頼できず性に合わず、そういったもの全般に対し敬遠する気持ちを消せないのですが、今回あるきっかけから周囲の強い勧めを受け、近所の方々が情報交換をするためのアプリ、というものに恐る恐る加入してみました。警察や消防の連絡や、ペットが行方不明になった、悪徳ハンディーマンが料金を前払いさせ仕事をせずに行方をくらませた、といった情報の共有、ヒマな高校生がいたらうちの庭仕事手伝って、など他愛のない相互依存の話題満載で、右から左へ読み流しながらもローカルトピックを楽しみ出しました。ある時そこへ植物の写真が投稿され、これが何か教えて欲しい、と出たのです。年の功かたまたまの経験からか私にはそれが何であるのか一目瞭然だったのですが、驚いたのは、そこへ次々返事を投稿なさった方全員が一様に、正しくない答えLamb’s Earと自信満々に述べているのです。本当の答えである植物とは丈も葉の大きさも花の色も全然違い、一見、葉の色と質が似ているというだけなのに。ここは私の出番なのかしら、とうとう人生初のソーシャルメディアデビューなのかしら、緊張に襲われソワソワ、激しい動悸に目眩も併発、どうしようと気が遠くなりかけたところに正解が。「Mulleinには素晴らしい薬効があります。」御一人の見事な登場と引き際に感服致しました。質問者ご本人からも「私もリサーチしました。Mulleinは身体に良いそうですね、皆さんありがとう。」こちらも気持ちよくまとめられ、烏合の衆は散りました。私も庭のMulleinが何だか知らなかった時分は、立派な草よと崇め、栄養を与え応援していて、よそ様から雑草だから駆除なさいと笑われたものです。微粒子の種が散ると大変。古代ローマやゴールドラッシュ時代のアメリカで人々は、天に真っ直ぐ伸びた花の形を生かしそれをオイルに浸し火を点け、松明として利用したのだと、庭仕事好きのイギリス系アメリカ人の御婦人に30年以上も前に教えられました。美しい知恵ですね。

 さて、「ほうれん草」の話の顛末ですが、愛くるしいけれど食べられないヒマワリを私が半泣きで鑑賞していた頃、同じ植木鉢の中の隅の方に追いやられた形で、見たことのない葉が出て来ておりました。もしやこれが幻のインドほうれん草かと気を取り直し、今度はそちらに水を遣り始めましたが季節はもう秋の風。そこでそれを小さな鉢に上げミシガンの長い冬を屋内で越させることに致しました。一冬経ても4枚し

か葉が付きませんでしたが、春になり再度、外で気長に育てておりました。すると種を下さったご当人がお散歩で通りがかりましたのでとっさに鉢を持って追いかけ、見ていただきました。するとそれはあの種から出た芽に間違いなく、つる性のものとそうでないものがあり、これは支えが要らないタイプのほうだから、少し大きめの鉢に植え替えてあげてあとは食べるだけ、とのことでした。またリスに悪さされて次は瓢箪か何かにすり替えられてしまう前に味見をしようと、6枚目の若葉を千切り舌にのせてみました。う、まずい。でも栄養価はとびきり高いのかな。今年の夏の新展開に期待を寄せております。

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