
(JNC 2020年6月号掲載)
今回は昔の記事ですが、今読み返しても新鮮味がありますので、ここに再録させてください。今はコロナウイルスのせいで、外来診療もずいぶん様変わりしてしまいましたが、基本は同じだと思っています。もしこの記事を覚えておられる人があれば、ごめんなさい。日経メディカルという医師向けのサイトで、10年ほど前でしょうか、井出広幸(信愛クリニック院長)という人の書いた「患者の長い話を聞かないための技術」という話を読んで、ずいぶん違和感を感じたためにその反論として書いた記事です。ここにその話を引用します。
”患者の長い話が始まってしまったらどうし
よう──。
これこそ、繁盛しているクリニックの開業医であるあなたが、心療を新たに始めるに当たって最も怖れている事態ではないでしょうか?ただでさえ忙しい外来診療の中、「こころの病気を抱えた患者の長い話を傾聴する余裕なんてない」というのが、皆さんの本音であると思います。
患者の終わりのないような長い話につき合っていると、医師自身が難行苦行を行っている気分になり、ひどく消耗するばかりか、本来は楽しいはずの心療が嫌いになってしまいます。
繁盛している開業医の外来では、患者1人当たりにかけられる診察時間は、せいぜい5分から10分ぐらいでしょう。もし、心療の初診患者1人に20分以上の時間を取られてしまったら、外来診療の流れは大きく乱され、破綻します。日本の保険医療制度という、リアルな現実の制約の中で、心療を実践し成果を出すためには、「患者の長い話を聞かない技術」が必要なのです。
そこで今回は、PIPC(Psychiatry In Primary Care)でも重視している、「患者の長い話を聞かない技術」について、じっくりと説明していきます。(中略)
診察に限らず、日常会話でもそうですが、会話の主導権は常に質問している側が持っています。「長い話を聞かない」ためには、医師が常に質問する側であり、患者は常に答える側であるという関係性をキープしなければなりません。
医師が会話の主導権を手放さないためには、患者に語らせてはなりません。患者は質問に答えるのです。したがって、医師が上手に患者をリードしながら質問を続ける必要があります。(後略) (日系メディカル 2012/07/19)”
これを読んで皆さんはどう考えられましたか?この人のアプローチは私が日常診療で行なっていることとずいぶんかけ離れています。それは日本人とアメリカ人の患者さんの違いなのか、それともこの人が言われている心療というものが私の行なっている診療と違うものなのか、それはよくわかりませんが、アプローチがひどく違うことは間違いありません。
私も、忙しい外来をもっています。新患(今までに診たことのない患者さん)に割り当てられた時間は30分、旧患(今までに診たことのある患者さん)に割り当てられた時間は15分ですから、時間に制限があることは間違いありません。ただ、私が患者さんを診るときには、必ずオープンな質問から始めます。オープンな質問とはどういうことかと言いますと、「今日はどうされましたか」とか、「前の診察日から今日まで、何か変わったことがありましたか?」「病院に入院されたり、救急室に行かれたことがありますか?」「お薬は同じですか?」とかいうように、答えに大きく幅があるような質問をすることから始めます。これは、アメリカで研修医の先生達を教育するときにも必ず強調されることです。ここで、「ハイ、実は、お腹が痛くなって救急室で手当を受けました」とか、「こけてケガをして7針縫いました」「白内障で手術を受けました」など、患者さんから言いたいことを何でも言ってもらいます。「便秘で困っています」「最近体がだるくて困ります」「血圧がどうも高くて」など、私は循環器専門医ですが、患者さんには循環器に関係のありそうなことだけでなく、何でも言ってもらうようにします。そうすることによって、診断につながる重要なヒントをつかむことができることがしばしばあるからです。
話の窓口を広くとっておけばおくほど、木を見て森を見ずになる失敗を防ぎ、患者さんが本当に困っていること、その人の現在の健康状態の最も鍵となる病気の本体を見届けることができます。こけてケガをした患者さんが、転んだ原因を探っているうちに、重篤な不整脈が発見されることはまれではありません。「体がだるい」という主訴から始まって、重篤な血液のがんを発見したこともあります。体がだるいのには血液電解質異常や、貧血、内分泌疾患が関与しているかもしれません。便秘の原因が、私の出しているお薬によっている可能性はないかとか、常に、考えながら、患者さんの話を聞きます。そうしているうちに、これはひょっとして、循環器の病気の症状かもしれないと思えば、そこで、詳しく質問をします。例えば、「最近息切れがして…」という話が始まれば、「それは何かしているときに悪くなりますか」とか「横になった時はどうですか」「夜中に息切れがして目が覚めることがありますか」「咳はありますか、あるとすれば空咳ですか、痰が出ますか、痰の色はどうですか、胸痛はありますか、熱はどうですか、足の浮腫はありますか…」など、ひとつひとつ鑑別診断を思い浮かべながら、理詰めで可能性のある疾患をしぼっていきます。呼吸苦を起こす疾患にはいろいろあり、肺が原因なのか、心臓が原因なのか、それとも他の疾患、例えば重篤貧血が原因なのかは、問診によってある程度鑑別がつきます。
先日も、ぜんそくの発作の患者さんで、あまり心臓には関係のなさそうな患者さんの話を聞いているうちに、前胸部の手術の傷跡があることに気がつき、話を聞いているうちに、子供のときに心臓手術を受けた、しかしそれは子供の時なので、どんな手術なのかは分からないという話でした。その後診察中に左手の親指が先天性に欠損していることがわかり、この患者さんが、ホルトオラム症候群というまれな先天性心疾患の患者さんではないかという診断の可能性が浮かびました。後日調べてみると、左の頸動脈の欠損や左鎖骨下動脈の走行異常も見つかり、今では、まずこの診断で間違いがないと思っています。これも、患者さんの話を良く聞き、循環器に関係なさそうな所見も見逃さなかったため、見つけられた診断だと思っています。
始めから医者が想定した質問のリストをもっており、このリストにそって患者さんに誘導質問をするというのでは、鑑別診断は医者のもっている予見と偏見の範囲内に限られてしまいます。それならば、患者さん自身にあらかじめ質問表を渡しておいてそれに記入してもらえば済むことです。それでも足りなければ受付の事務員さんに頼んで患者さんに聞き取りをし、質問表を埋めてもらえば事が済みます。
医師が医師でなければできないことは何でしょうか。それは医学教育とトレーニングによって培われた膨大な知識で鑑別診断を狭めていく能力です。患者さんのもっている限りない可能性を最初から狭めてしまわないこと、幅広く、自由に述べられた主訴こそ聞くに値するものであると思っています。
Listen to the patient.
He is telling you the diagnosis.
患者さんの言うことに耳を傾けなさい。
ほら、あなたに診断名を教えてくれていますよ。
これは、アメリカの内科医にはよく知られた格言ですがけだし名言だと思っています。循環器科疾患の診断には、心電図、エコー、ストレステストや心臓カテーテル検査などが欠かせませんが、しっかりした問診と身体所見をした後に、確認のためにこのような検査をすることで、標的を絞り、手間も時間も、身体への侵襲度も減らすことができます。テクノロジーが進歩した今でも日常診療行為において問診と身体所見をとることの重要性は全く変わっていないと言ってよいと思っています。
初心忘るべからずです。
筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医 日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
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