
(JNC 2020年5月号掲載)
中国湖北省武漢市に始まった新型コロナウイルスは、瞬く間に全世界に広がり、この原稿を書いている4月19日の時点で、今ではアメリカが世界最大の感染地域になってしまいました。私たちの住んでいるデトロイト市およびその周辺の各地域は、アメリカ全土の中でも、ニューヨーク州に次ぐ、感染激震地となってしまっていました。
良いニュースもあります。アメリカ全土でも、ニューヨーク州でも、デトロイト周辺でも、感染患者数および死者数は、ピークに達し、下降曲線上に乗っかり始めていると言われています。私の所轄病院であるアセンションサントジョン病院、グロスポイントボーマント病院、およびアセンションマコーム病院でも、同様の傾向にあり、サントジョンでは、緊急に増床されたCOVID-19専用のICUベッド病棟も患者数が減ったため、めでたく先週末でその役割を終えるなど、目に見えて改善傾向が見えてきているのは、喜ばしいことです。
さて、この様な体験を第一線の臨床医師として過ごした方はそんなに多くはないと思われますので、その経験をここに、失敗談を含めて、お話させていただきます。
今年1月頃から、中国武漢市で新型コロナウイルスの感染が起こっているらしいというニュースは結構早くから知っており、その爆発的な感染の様子をテレビやインターネットで知り、毎日手元の紙に罫を引き、その数を毎日、日記風に記録した上で、対数軸でグラフ化して、もう1、2週間でピークになるかなと予想したりしていました。その頃は、武漢封鎖や同市の全市消毒の映像がニュースに流れたりして、これは大変なことが起きているらしいということは理解できましたが、その時はまだ、文字通り対岸の火事の印象で、中国国内で流行はおさまるかもしれないという、今から考えれば全く根拠のない希望的観測をしていました。ところが、ほとんどそれとすぐ続くようにして、日本の横浜港に係留されたダイヤモンドプリンス号での感染の報道が入り、それから、日本で同船からの乗客を乗せたタクシー運転手や、その同僚が参加した屋形船のクラスター感染、スポーツジムや、ライブハウスを介したクラスター感染などが報道され、そのうちに3月に入って、イタリヤやスペインなどのヨーロッパ諸国の感染報道がされてきましたが、そのときにもまだ、対岸の火事の印象でした。
忘れもしません、3月14日のことです。私のかかりつけの患者さんで、70歳台の黒人女性、これまでに心臓バイパス手術の既往があり、その後も、バイパスの再狭窄(さく)などで、1月に1度程度の頻度で、胸痛を訴えてこられ、ステント治療やカテーテル検査を行わなければならない既往がありました。この患者さんが救急室を介して病院に入院してきたので、話を聞きに行ってみると、全身の関節や筋肉が痛いと言って、鎮痛剤の処方を強く希望していました。この患者さんは、前にもよく胸痛で入院を繰り返していた患者さんで、正直、またかとの思いがなかったわけではありませんが、以前は、どちらかというと、胸の痛みが主で、全身の関節や筋肉の痛みはどちらかといえば新しい主訴で、少し違和感を感じながらも、全身性の関節痛や筋肉痛は、どうも心臓からのものではなさそうなので、内科の主治医の先生にそちらの方から検査や治療をしてもらえるよう相談してみましょうと言って、病室を出ました。発熱も呼吸苦も無く咳もありませんでした。もちろん、誰もその時点ではその患者に対する新型コロナの疑いなどしておらず、病室の隔離も全くない一般病棟への入院でした。
たまたま、その前の週の循環器科の症例カンファレンスで、22歳の男性で、呼吸困難とショックで緊急心臓カテーテル検査をした症例があり、胸部X線写真では、両側性の瀰漫(びまん)性の白色陰影、肺水腫か成人急性呼吸不全症候群との症例を検討、議論したことがあり、私はこれは新型コロナウイルスの感染例ではないかと提起しましたが、その時点では、デトロイトでは、新型コロナウイルスの感染症についてはまだあまり誰も知らないという状況で、それ以上議論は深まりませんでした。あとから考えると、この頃からデトロイト地域で潜在感染者が発生し始めていたのだと思います。
先ほどの70歳台の黒人女性患者さんの話に戻りますと、その日、3月14日の時点では、症状は全く非循環器的でしたので、正直、全く忘れていました。それから3日ほどは、私はオフィスで外来患者さんを見たり、他の病院で回診をしたりしており、私のパートナーの循環器の医者が、その人の回診を行なっていました。3月18日の夜、病院のコロナウイルス司令本部というところから、見知らぬ人からのメッセージがあり、直ちに司令部に報告せよとのメッセージで、連絡してみると、「上記の患者さんのテストでコロナウイルスの陽性の結果が出たので、直ちに、コロナ用に新設された呼吸器外来クリニックのウェブサイトに連絡せよ」との指示。指示された通りに、コンピューターでそのサイトに入って、「熱はあるか」「咳はあるか」などのコンピューター上での質問に、クリックして答えていくと、最後に、「医者とコンピューター上でチャットさせてやるから、62ドル払え」という画面が出て、こちらは痛くも痒くもなく病気でもないのに、濃厚接触者だという理由だけで、(また医者が何をいうかの想像もできましたので)62ドルなど払えるかと思ったので、そのサイトでのこれ以上の継続はやめ、翌朝、職場保健室(Occupational health)に連絡しました。すると、毎日2度の体温測定および2週間の自宅隔離を指示され、それは妥当だと思ったので、私のオフィスマネージャーに連絡をし、事情を説明して、しばらく仕事はできないからよろしくと電話しました。
問題が起きたのはこの後です。1日に2回体温を測れと言われて、さて体温計を探しましたが、家には、古い体温計が1本あるばかり、それも最後に誰かの体温を測ったのは、いつか全く不明、おそらく、一番下の子が小さかった頃、20年近く前だろうということで、とっくにバッテリーも切れていて、正常に作動するか全くわからない代物でした。私も妻も、幸いなことに、今まで結婚以来一度も熱など出したり病気で寝込んだりすることなどなく、子供達が小さいときは、子供達の熱を測ることもありましたが、それも大昔。それで、私は、自宅隔離で自分で体温計を買いに出かけるわけにはいかないと思ったので、妻に頼んで近所の薬屋さんで、体温計を買ってもらってくることにしました。出て行った妻が、しばらくして帰ってくると、「あなた大変よ、体温計なんて1本もないわよ。2軒行ったけど体温計も電池もないって言われたから、アマゾンで注文したら?」とのこと。
アマゾンで調べてみると、電池も体温計もありましたが、品物が到着するのが1週間後とか、今すぐ必要な体温計に、それでは役に立ちません。それで、恥を忍んで、オフィスマネージャーに電話すると、なんとかするとの返事で、それから1時間も経たないうちに、体温計が手に入ったので、それを事務所の私の机の上に置いておくから取りに来いとの連絡がありました。こちらは濃厚接触者なので、マスクをして、事務所の裏口から、誰にも会わないようにこっそりと入ったのですが、事務の人に見つかってしまい怪しげなやつが来たと思われてしまいました。連絡では、私の机の上に置いておくからということでしたが、見つからず、先ほど出会った事務の人に、体温計を見つけて持って来てもらうはめになりました。
これで体温計については、めでたしめでたしのはずだったのですが、問題はまだ続きます。この体温計は、病院などで使う最新式のやつで、手のひらいっぱいに入るほど大きく、使い捨てのプローブカバーがついていて、看護婦さんが使っているのをいつも見ていますから、別に難しくはないはず、と思って使ってみると、最初は、いつまで立っても表示が出ず、ついに出たと思ったら93.7度と極低体温。別に壊れているわけでもなさそうだと思いつつ、妻に、私は低体温なんだねと説明しましたが、どうも納得できず、Youtubeで使用法を確認して見て、2つの間違いに気がつきました。1つは、使い捨てのプラスチックカバーがカチッと音がするまで、きっちり奥まで入っていなかったこと、もう一つは、体温計を咥える時に舌の下ではなく上に咥えていたので表示が出なかったとのことでした。今時の体温計は、生意気にも、舌の上に咥えているのか、下に咥えているのかを自動で認識して、正しく咥えていなければ、表示もしないようになっているようです。私のように、昔の単純な体温計しか使ったことがない者には、新しい発見でした。病院やオフィスで、医者が自分で患者さんの体温を測ることはまずありません。紺屋の白袴というやつでしょう。私の体温は無事97.8度でした。
さて、当該の患者さんの胸部X線を後日見てみると、両肺とも真っ白になっており、わーこれは貰っちゃったかなと内心ビクビクしていましたが、14日間の自己隔離期間中発熱も息苦しさも無く、無事、隔離期間を終え、今は病棟復帰しています。それでも時々のどの辺りがイガイガすると、もしや?と思うこともありましたが、今の所はセーフです。14日の自己隔離期間のうち7日目頃から、医者が足りないので、症状がないならマスクをして、病棟に出て欲しいという要請があり、その頃から職場復帰しました。職場復帰してみると、病院は数日の差で、あっという間に、コロナ一色に変貌しており、8割程度の病棟が隔離病棟に変化しており、浦島太郎になった気がしました。実は、その頃、7人の私の同僚のうち、2人が感染し、事務所の2人も感染、医療崩壊寸前というところまで行きましたが、外来は全てテレビ診療とし、待機的な検査や手術は全てキャンセルすることによって、なんとかマネージができ、感染した4人のうち3人はすでに良くなって、職場復帰を果たしています。病院では、手術着に着替え、帽子をかぶり、N95という高度防御機能のあるマスクをし、陽性患者さんの部屋に入るときは、黄色い防護服をまとい、手袋をして、入ります。病棟にいる間は、病室に入ったり、ドアノブに触ったり、コンピューターのキーボードに触ったりする前と後に、アルコールで手指の消毒をします。病院から家に帰った時は、まず手洗いをし、服を脱ぎ、全身のシャワーを浴びます。その際、身につけていた、メガネ、腕時計、スマートフォンを皆持って入り、それらを石鹸でさっと洗い、水ですすぎます。
循環器の医者の仕事としては、待機的手術や検査をせず、外来もテレビ診療に限って自宅から行なっており、ジムにも行かないので、家にいる時間が、実は、逆説的に飛躍的に増加しています。妻は、私がこんなにいつも家にいるのは初めてだということで、戸惑っているようです。
私が自宅隔離中に医療を続けてくれた仲間たち、私たちよりも何倍も忙しく、高い感染の危険にさらされながら、直接患者さんのケアに当たっている看護師さんや看護助手さんたち、掃除、清掃、患者輸送などの業務に携わる人たち、救急科、感染症、呼吸器科の医師、放射線技師や臨床技師、その他多くの医療従事者および関係各位の皆さまがたに深い感謝を捧げます。また現在新型コロナウイルスと戦っておられる患者さんたちの一刻も早い全快をお祈りしています。
筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医 日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
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