(JNC 2020年4月号掲載)

 今回も少し心臓病の話とは離れますが、医者としてはこの話題に触れないわけには行きません。そういうわけで今回も新型コロナウイルスのお話です。

 新型コロナウイルスは、中国の武漢に発症し、中国全土に広がった後、今や、イタリア、イラン、スペイン、フランス、韓国など、全世界に広がりを見せ、この原稿を書いている2020年3月18日の現在、未だ収束の兆しを見せていません。また、私たちの住むミシガン州を含め、アメリカ本土にも広がる気配を見せています。このウイルスの感染の診断によく使われていると報道されているのが、PCR (Polymerase Chain Reaction) という検査です。PCRという技法は、1983年に、生化学者 Kary Mullis という人が発明した、急速DNA増殖法で、この技法により、ごくわずかのDNAを、理論的には、たった一分子から、何百万、何億倍に爆発的に複製増殖させることができ、これにより、遺伝子研究が飛躍的に発展しました。 Kary Mullisは、この功績により、1993年ノーベル化学賞を受賞しました。

一般的に言って、ウイルス感染症の診断には、いくつかの方法があります。

 ウイルスの培養。これは、培養皿の上に広げたヒトの細胞にウイルスを感染させて、増殖させ、ウイルスの同定及び研究を行うものです。この利点は、採取したウイルスがどのウイルスかの予備知識を必要としない点です。新種のウイルスが発生したことが疑われる場合など、この方法は欠かせないと言われています。欠点の一つは、培養に時間がかかることで(3日から10日)
疫学
研究や、病理研究には向いていますが、個々の患者の診断治療という点では、必ずしも有効というわけにはいきません。またこのウイルスが未知の場合や、非常に高い感染性を持つことが疑われる場合、培養したウイルスが外に漏れる危険があるわけで、高い安全基準を満たした研究施設で行われる必要があります。今回、新型コロナウイルスが発生した武漢の海鮮市場のすぐそばには、P4という最も高い安全基準をクリアしたと言われている、武漢ウイルス研究所があります。

ウイルス抗原検査。例えば、インフルエンザのように、よく研究が進んでいるウイルスの場合、ウイルスは、蛋白と核酸の合成物ですが、このウイルスタンパクを認識する抗体が、既に開発されており、患者さんの口腔粘膜などのサンプルに存在する抗原をこの抗体が認識するかどうかでインフルエンザの診断を簡単につけることができます。この方法の利点は、この試薬キットが広く市販されており、また、診断が早いことで、(15分程度)外来や病棟で簡単にインフルエンザの診断をつけることができます。私の知る限り、この原稿を書いている時点で、新型コロナウイルス抗原に対する、抗体検査はまだ開発されていません。これが開発、市販されれば、もっと簡単急速に新型コロナウイルスの診断ができるはずです。

ウイルス抗体検査。これは、患者さんの血液の中に特定のウイルスに対する抗体ができたことを検出する検査で、患者さんの血液を採取して、急性期と治癒後との抗体のレベルを比べることで、患者さんがその特定のウイルスに感染したこと、そしてその感染が治癒したことが追認識されます。ただ、患者さんの体内に抗体ができるまでには、時間がかかりますので、急性期で、まだ抗体ができていない場合は、偽陰性となります。HIVや、ウイルス性肝炎などの慢性期の診断には、この抗体検査がよく使われます。しかし、この原稿を書いている時点で、コロナウイルスに対する抗体検査が実施されているという話は聞いていません。

PCR(Polymerase chain reaction)。これは、DNAを急速増幅することによって、理論上は、サンプルの中に特有の配列のDNAが1分子でも存在すれば、それを、何億倍、何兆倍にも増幅し、検出することができる技術で、現在、新型コロナウイルスの診断に最も広く使われています。原理上は、ウイルスが存在する場所から採取すれば、どのような検体でも検査ができます。現在では、検査の簡便さから、鼻腔粘膜や口腔粘膜からの検体の採取が広く行われているようですが、血液でも、唾液でも、机やドアノブからの検体でも、そこにコロナウイルスがあれば、理論上は検査が可能です。ただ、コロナウイルスはインフルエンザウイルスと同じくRNAウイルスで、そのままでは、PCR検査にかけることができません。それで、まず、逆転写酵素(Reverse Transcriptase)という酵素を使って、RNAをDNAに逆転写し、それを、2種類1組のプライマーという短いDNAの鎖と、DNA延長酵素(DNAPolymerase)、および原料である4種のデオキシリボ核酸の混じった溶液の中に入れ、加温と冷却を交互に繰り返すことにより、DNAの二重螺旋を解いたり(加熱)プライマーをそれぞれのDNA鎖にくっつけてそれを延長して補完的なDNA鎖を造ったり(冷却)を30数回から50回程度繰り返すことによって、2の35乗から50乗、数億個から一兆個以上のコピーのDNAを作り出し、これを読み取り機にかけて、陽性陰性を判断します。このPCR検査の鍵となる2種類1組のプライマーを作るには、このウイルスの遺伝子配列があらかじめ知られている必要があります。この新型コロナウイルスの全遺伝子配列は、2019年12月に中国の研究者から初めて報告され、その後、現在では、全世界で350種以上の異なった配列が日々更新されながら誰でもアクセスのできるドメインに報告されています(nextstrain.org)。これをもとに、今全世界で使用されているPCR検査キットは製作されているはずです。ウイルスのどの部分をプライマーで囲むかで、このPCR検査の特性が決まります。アメリカのCDCのサイトを見ますと、新型コロナウイルスの3箇所の配列をそれぞれN1、N2、N3と名付けて、そのターゲットの全てが陽性のものだけを陽性とし、その全てが陰性のものを陰性とし、1箇所だけまたは2箇所だけ陽性のものは、不確定としているようです。また、最新号の医学雑誌NEJMに掲載されたシンガポールからの報告では、N及びORF1abという2箇所の遺伝子配列をターゲットとしてPCR検査がなされています。このように、同じCOVID-19のPCR検査でも、どの遺伝子をターゲットにしているのか、複数のターゲットを同時に検査しているのか、検査のクオリテイーコントロールがどの程度厳格に行われているのかにより、陽性、陰性、不確定という試験結果がどの程度信頼できるかが決まります。昨日3月17日、米国CDCは、新型コロナウイルスの検査については、当面政府の厳格な検査基準に合格することを必要としない(検査の自由化)と発表し、これによって、米国内でPCRが広く行われるようになると発表しました。これを受けて3月21日には、Cepheidという会社が、Real Time PCRというテクノロジーを利用して、COVID-19のPCR検査を45分でできるようにし、その検査キットを次週にも出荷開始すると発表しました。

現在、全世界で行われているCOVID-19 (SARS-CoV2) のPCR検査の大部分は、新型コロナウイルスに感染しているかいないか、陽性か陰性かというだけを判断するために使われているようですが、PCRの技術は、きちんと使えば、ウイルスの全遺伝子を解読することができます。シアトル在住の、Trevor Bedford博士は、このウイルスの遺伝子ドリフトという現象に着目して、このウイルスの進化系統樹を作り上げ、このウイルスの感染の広がりをリアルタイムで検討しています(fredhutch.org)。 Bedford博士によれば、それぞれの地域で流行しているCOVID-19ウイルスの全遺伝子30,000個を解析することにより、そのウイルスが、いつ、誰によりもたらされ、誰によって広げられたかをたどっていくことができると報告しています。

同じRNAウイルスであるインフルエンザウイルスを考えてみると、毎年、少しずつ違うタイプのインフルエンザが流行ります。なぜでしょうか? これは、自然界では、RNAウイルスの複製能力はあまり正確ではなく、複製エラーを起こすからだと言われています。

 新型コロナウイルスでは、Bedford博士によると30,000箇所のうち、1年に24箇所くらいの速さで、複製エラーを起こしているそうです。これを遺伝子ドリフトと言います。ドリフトとは、さすらうという意味で、少しずつ変わっていくという意味です。ドリフトは、無作為的に起きますので、ウイルスにとっては、病原性が増すことも、減る事も、また病原性に何の変化もないこともあります。この遺伝子ドリフトは、研究者にとっては宝の宝庫で、ウイルスの伝搬をリアルタイムで追跡する道具となり得ます。しかし、この遺伝子ドリフトという現象は、ウイルスに対するワクチンを開発製作する製薬会社にとっては、厄介な問題となり得ます。莫大な開発費をかけてワクチンを作っても、それができた頃には、ウイルスはもはや変異をしており、ワクチンが効かない可能性があるからです。同じRNAウイルスであるHIVエイズに対するワクチン開発がなかなか進まないのもそのような理由があるかもしれません。ただ、エイズについては、ワクチンではなく、治療薬の開発が進んでおり、その意味では、RNAウイルスに対する人類の戦いは、徐々に進んでいると言っても良いかもしれません。また、インフルエンザウイルスにも、毎年作られるワクチンばかりでなく、タミフルなどの治療薬が開発されています。

 新型コロナウイルスについては、すでに、米国ワシントン州で、健康な人を対象に、最初のワクチン治験が始まりました。また中国からの報告で、日本の富士フィルム社の開発した、アビガンという治療薬(RNA dependent RNA polymerase inhibitor)が、偽薬に比べて有意に臨床的効果があったとの報告があり、また、米国のシアトルで新型コロナ肺炎の患者さんにレムデシビル(RNA polymerase inference, RNA延長酵素を混乱させる薬 )というお薬を人道的使用(compassionate use)という条件で使用したところ、翌日劇的に症状が改善したとの報告があり、ワクチンの開発も、治療薬の開発も日々急速に進んでいるようです。この新型コロナウイルスのパンデミックの出口が一日も早く見えてくることを望んでいます。

筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

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