心臓病治療の最前線
心臓病治療の最前線

(JNC 2020年3月号掲載)

国武漢市に2019年12月に発生した新型コロナウイルスは中国全土に広がり、この原稿を書いている2月16日の段階で、中国政府発表によると中国国内で確認された感染者数は6万8千500人、中国の外でも、691人(このうち、横浜港で停泊中のダイヤモンドプリンス号の患者356人)これ以外の日本で53人、米国内で15人(カリフォルニア州8人、イリノイ州2人、ワシントン州、ウィスコンシン州、アリゾナ州、テキサス州、マサチューセッツ州各1人ずつ。ミシガン州は、2月16日の段階で幸いなことにまだゼロです)で、そのうち中国渡航歴あるいはそれとのつながりがはっきりしているものはかなりありますが、中国との接点が不明な患者数も存在し始めており、すでに中国以外の世界のかなりの国で、このウイルスが拠点を築きつつあるとの印象があります。アメリカ政府は、中国からのこれまで400人の帰還者をチャーター便で、アメリカ国内のカリフォルニア(2)、テキサス、ネブラスカの、4つの軍事基地内の施設に収容した上で14日間隔離検疫しており、横浜のダイヤモンドプリンス号からの帰国者も、これに加わる予定のようです。現在600人以上の米国人が、これらの軍事基地で14日の隔離検疫の終了を待っているといわれています。

 私は感染症の専門家ではありませんが、私が医学校で勉強したこと、また、内科のレジデンシーで習ったことを思い出してみますと、昔は、コロナウイルスそのものは、別に新しいものでも、ヒトの健康に重要な脅威を与えるものでもありませんでした。昔のコロナウイルスはいわゆる、冬にはやる“風邪”を起こすウイルスの一つで、2−3日家で休養していれば治ってしまうというものでした。私が子供の頃、時々冬になると風邪の流行による学級閉鎖ということがありましたが、そのうちには、インフルエンザだけではなく、コロナウイルスによるものもあったのではないかと思っています。ともかく、風邪は厄介者ではありましたが(私達子供達にとっては、台風と同じで、学校が休みになるという嬉しいおまけがつきましたが)、老人や、もともと持病があったり体力が弱っている人を除けば、それによって死者が出たりというような怖い病気ではなかったと思います。それを変えたのが、2003年、中国広東省に発生したSARSと、2012年サウジアラビアから全世界に流行したMERSという二つのコロナウイルス感染症でした。これらは、強い伝染力と、高い致死率をもち、世界中に恐怖を巻き起こしました。ウイルス感染症の、疫学的な脅威は、伝染力(一人の患者が平均何人の感染を起こすことができるかを表す数字、R zero または R naughtという数字で表される)および致死率CFR(Case Fatality Rate 総死亡率を総患者数で割ったもの)で計算されますが、今回の新型コロナウイルスCOVID-19感染症については、感染が猛威を振るっている武漢市および湖北省における推定ではこれらの数字はかなり高いと思われていますが、種々の原因により、未だこれらの数字は確定できていないようです。

 1月30日、世界保健機構は、COVID-19を、PHEIC(Public Health Emergency of International Concern) 全世界的な公衆衛生上の緊急事態であると宣言しました。これを受けて、次の日1月31日にアメリカ合衆国は、過去2週間以内に湖北省を含む中国に滞在したことのある全ての外国人の入国を禁止し、この条件に該当する合衆国市民については、帰国を許可するが、その後2週間の強制的隔離観察を義務付ける法律を発効させました。この法律は、50年前、痘瘡に関する同様の措置が取られて以来、50年ぶりの措置だということで、アメリカ合衆国政府のこの病気に対する危機感が高いということがよくわかります。

 このCOVID-19は、2019年に世界で初めて起こった病気なので、誰も免疫を持っていません。ワクチンの開発は今始まったばかりなので、最も希望的な見積もりでも少なくとも数ヶ月はかかると思われていますし、治療薬も、2−3例の好結果報告がありますが、もともと治るはずの人がたまたまその薬を飲んだだけなのか、それとも本当にその薬が効いたのかは、全く不明ですので、科学的な偽薬のコントロールと比べての臨床治験が行われない限り、あるいは、実験室でこのウイルスの培養に成功し、それに対する効果が科学的に証明されない限り、まだまだ、実際の臨床で使われる段階には至っていないと考えられます。ただし、流行の震源地である武漢市湖北省では、死者も重病者も多く出ていると報告されていますので、そこで藁をもすがる思いで使われる薬の中で、もしかしたら有望なお薬が、経験的に近い将来見つかる可能性がないわけではないと思います。

 ウイルスの培養という点では、中国で最も先進的なウイルスの研究所で、最も感染性の高い病原菌を扱う厳格なP4という管理基準を満たしている武漢ウィルス研究所が今回の感染の震源地付近にあることで、様々な憶測が飛び交っていますが、“李下に冠を正さず”のことわざにすぎないことを願っています。

 私の勤務するサントジョン病院でも、また、外来患者を診察する私のオフィスでも、先週以来、COVID-19に対する、感染対策マニュアルが配られました。まだ米国での感染は先の話かなと思っていただけに少し驚きましたが、備えあれば憂いなし、対策を立てておくことは大事だと思います。世界中に旅行者があっという間に国境を超えてくる時代ですから、いつ患者さんが来られても慌てないように備えるべきでしょう。中国では、今日2月16日の段階で、医療関係者の感染者が1700人を超え、そのうち6人が死亡したと伝えられています。医療関係者は、比較的健康で、感染予防の知識もあり、手洗いやマスクの予防措置を取っていたと思われるだけに、この数字は気になります。

 これまでの報告によると、COVID-19は、他のコロナウイルスと同様に飛沫感染、つまり、咳やくしゃみ、および患者さんの触ったドアノブや手すり、テーブルに触れること、握手、キスなどを介して感染すると言われています。香港で、アパートのパイプを通じて10階下の住民に感染した可能性が報告されていますが、これは、今の所例外と思われています。また、ドイツで、症状が発生する前に他の人に感染したと思われる症例が報告されており、これが疫学的にCOVID-19の追跡および封じ込めを行うのを困難にする一因となっています。武漢市という人口1000万の交通のハブ都市で発生し、旅行者を介して中国全土に広がったという特性からか、小児や学童での発生はあまり聞こえてきません。大部分が、大人の患者のようです。一方、死亡や重症肺炎にかかるのは、高齢者や、もともと持病のある人が多いと言われており、そのほかの人については、通常の風邪と同じ症状で治癒する例が多いと言われています。

 予防に関しては、風邪の予防と同じ予防手段、例えば、手洗いをこまめにする、人混みを避ける、咳やくしゃみをしている人からは十分距離をとる、風邪やくしゃみの症状があれば出歩かない、睡眠や休養を十分に取るなどが大切だと言われています。マスクについては、医療関係者や、患者さんとの濃厚接触の可能性がある場合は、ある程度有効とされていますが、それ以外は、意見はまちまちです。ミシガンに住んでいる皆さんは、中国渡航歴がある人やその家族、濃厚接触者以外は、今の時点では、風邪症状があっても、医療機関を受診する必要はありませんし、通常の風邪に対する対処で良いと考えられます。もちろん、肺炎など重症の症状の可能性がある場合は、速かに医療機関に相談されることをお勧めします。

 COVID-19は、今感染の真っ最中なので、色々の情報がまだ流動的です。今日ここに書いたことが、近い将来間違いだったと判明する可能性は小さくありませんし、予期もしなかった新しい情報が入ってくる可能性も十分あります。ただ、その時点時点で正しいと思われる情報を時々刻々お知らせすることの重要性を鑑み、ここに上記の記事を書きました。皆さんには、日々新しい情報に注意され、正しい情報を日々入手されることをお勧めします。

筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医   日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
Roseville Office
25195 Kelly Rd
Roseville,  Michigan  48066
Tel: 586-775-4594     Fax: 586-775-4506

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