(JNC 2020年2月号掲載)
2017年のアメリカ疾病管理及び予防局の統計によると、全米の年間総死亡数は2,813,503人、10万人あたり863.8人が死亡したことになります。アメリカ人の2017年度における平均寿命は、78.6歳、それを死因別に分けて多い順に並べてみると、1位心疾患(647,457)、2位癌(599,108)、3位事故(169,936)、4位慢性呼吸器疾患(160,201)、5位脳卒中(146,383)、6位アルツハイマー病(121,404)、7位糖尿病(83,564)、8位肺炎及びインフルエンザ(55,672)、9位腎不全(50,633)、10位自殺(47,173)、であったそうです。これをよく眺めてみると、昨日は元気でピンピンしていたのに、今日はあの世に行ってしまったという、真の意味での突然死の原因になるのは、上位10位までの疾患の内では、心疾患、事故、自殺の3つに限られます。脳卒中も場合によっては、発症から死亡までの期間が短い場合もありますが、多くは、言語障害や、嚥下障害、片側の麻痺などが起きるものの、直ちに死亡に至る例は、むしろ稀で、脳卒中による突然死は少ないと考えて良いと思います。そういう訳で、今日は突然死のお話をする訳ですが、事故や自殺、溺死、窒息、中毒死、殺人などは、原因が比較的単純明快な場合が多いので、(もちろん推理小説のファンの方からはそんなに単純であるとは限らないとお叱りを受けそうですが、純粋に医学的に言えばの話です)そういう死因を除くと、原因不明の突然死の多くは、心疾患によるということになります。
では、どのような機序で、心疾患は突然死を起こすのでしょうか?
一つは心筋梗塞です。心筋梗塞は、動脈硬化病変に出来た血栓によって心臓に行く血管が突然閉塞し、下流にゆく血流が途絶え、心筋が壊死を起こすことによって起きます。これにより、激しい胸部痛が起き、息切れや冷や汗、目眩や吐き気が伴うこともあります。この心筋壊死は、致死性不整脈の原因となり、突然死を起こします。また、心筋壊死が、乳頭筋断裂や、心室壁破裂、肺水腫などを起こし、急性呼吸不全や急性循環不全を起こし、突然死を起こす事もあります。心筋壊死が広範であれば、急性心不全を起こし、それが、突然死の原因になります。
もう一つは、心筋梗塞とは独立の、致死性不整脈です。患者さんになんらかの心筋の異常がある場合、それを基にして、致死性不整脈が起きます。その原因には、虚血性心疾患をはじめとして、ブルガダ症候群や、先天性QT延長症候群、肥厚型心筋症、拡張型心筋症など、たくさんの原因疾患があります。また血中のマグネシウムやカリウムなどが欠乏すると、不整脈を起こしやすくなります。また、全く健康な心臓でも、運悪く、たまたま心電図上のあるタイミングで、機械的な衝撃(野球のバットやボールが胸にあたる、胸にパンチを受けるなど)を受けると、致死性不整脈を誘発することがあります。
もう一つは、心タンポナーデです。タンポナーデという言葉に、日本語訳がないので、そのまま使いますが、要するに、心嚢膜という、心臓を包んでいる袋に、何らかの原因で水や血液が溜まると、それが心臓を圧迫し、心臓の拡張不全を起こします。人体には、優れた適応能力があり、水や血液がゆっくり貯まれば、心嚢は次第に大きくなり、この増加した水分を受け入れることができます。しかし、水や血液が、心嚢の処理能力を超えて、急激に貯まれば、心臓を圧迫し、右心が拡張不全を起こし、全身の循環が滞り、ショックを起こします。
もう一つ大事なのが、肺塞栓症です。この病気は、疑わなければ、見逃してしまうことが多く、救急室では、決して見逃してはいけない疾患の一つに挙げられています。この病気は、足や下腹部の静脈にできた血栓が、肺に移動し、肺動脈を閉塞して起きます。症状としては、全くの無症状から、胸痛、呼吸苦、頻脈、頻拍、冷や汗、めまい、そして突然死まで広範囲のものがあります。両肺の動脈を一度に塞いでしまうと、全身の循環が即時に機能停止状態となり、ショック死を起こします。第一次イラク戦争の時、従軍したニュースキャスターがこの病気により、突然死したことを覚えておられる方もあるかもしれません。
さらに、もう一つ、大動脈瘤の破裂があります。大動脈は心臓から出てすぐの胸部大動脈と、横隔膜より下の腹部大動脈とがありますが、どちらにも動脈瘤は起きます。腹部大動脈瘤は、動脈硬化と高血圧、遺伝などの家族歴などを危険因子として、大動脈が、風船のように膨らんでくる病気です。風船を膨らませたことのある人なら誰でもよく知っているように、風船は、大きくなればなるほど、あまり圧力を必要とせず膨らみます。また、風船は大きくなればなるほど壁が薄くなり、破裂しやすくなります。腹部大動脈瘤も同じです。これに対して、胸部大動脈瘤は、マルファン症候群や、二尖弁大動脈弁症などに併発することが多く、腹部大動脈瘤とは、少し異なる点もありますが、破裂の危険は、腹部大動脈瘤と同じで、大きければ大きいほど危険ということになります。大動脈瘤は一旦破裂すれば、今でも手遅れのことが多く、突然死に至ります。破裂する前に早期に発見して手術するというのが、治療法です。世界的に有名な物理学者アルバート・アインシュタインや、日本の映画俳優石原裕次郎などの有名人がこの病気で死亡したことはよく知られています。当時は、良い治療法がありませんでした。
同じく大動脈疾患で忘れてはならないのは、大動脈解離症です。これは、三層構造の大動脈の壁が真ん中の層で別れて裂ける病気です。大動脈解離症は、大動脈瘤と併発することもありますが、大動脈瘤の併発無しに単独で発生することも稀ではありません。胸部近位大動脈解離症は直ちに手術しなければ、突然死の可能性が高いので、外科の真の救急疾患です。胸部近位大動脈解離症は、脳に行く血管や、心臓をふくめた主要な内臓に行く血管の血行を遮断する危険が高く、大動脈弁の急性不全症や、タンポナーデの危険もあり、胸部外科の緊急手術適応疾患の一つです。この疾患の場合、分秒を競って手術室に運ぶことがしばしば有ります。手術が遅れれば、死亡率は100%に近づきます。これに対して遠位大動脈解離症は、腹部大動脈などで壁が裂けている状態ですが、非外科的治療で保存的に経過観察を行う場合も多く、一般的には内科的治療の方がむしろ予後が良いということになっています(もちろん例外もあります)。
そのほか、循環器疾患ではありませんが、消化器大出血などで、急速に循環血液が失われた場合、ショックが起きます。また、非常に稀ですが、ウイルスの感染症などで急性の心筋炎が起きた場合、致死性不整脈や、高度の房室ブロック、急性心不全が起き、突然死することがあります。早期診断と、速やかな循環動態サポート、呼吸管理、場合によっては大量経静脈ステロイド投与などを速やかに行うことが、この致死率の高い病気に対処する方法です。
以上、突然死を起こす可能性のある心疾患の機序について、考察をしてみました。いずれの疾患についても、早期発見早期治療が一番大切で、おかしいなと思ったら、素人診断や、素人治療をせず、一刻も早く医療機関にかかることが、命を救い、重い後遺症を免れる唯一の道であると言っても過言ではありません。癌のように致命率の高い病気もありますが、癌の場合は、一般的にいえば、診断から治療、その帰結に、比較的長い期間がかかることが多いようです。これに比べ、突然死を起こす可能性のある心疾患は、即断即決を要する場合が多く、診断の遅れが致死率を上げてしまうことが多くあります。昔は、このような病気は、手の施しようがなく、正しい診断ができても、100%に近い致死率がありました。今は違います。多くの場合、早期診断早期治療ができれば、命を救い、後遺症を最小限にすることさえ可能となってきました。皆様、おかしいと思ったら、できるだけ早く医療機関を受診なさってください。場合によっては、救急車(911)を呼ぶ事も必要かと思います。
今日は突然死を起こす可能性の高い疾患についてお話をしました。ミシガンも寒くなってきました。皆様、お体に気をつけて元気にお過ごしください。
筆者 プロフィール:
山崎博
循環器専門医 日米両国医師免許取得
デトロイト市サントジョン病院循環器科インターベンション部長
京都大学医学部循環器科臨床教授
Eastside cardiovascular Medicine, PC
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