小説「アンクル・トムの小屋」のモデルとなった男性が移住した地にあるカナダのオンタリオ州の史跡「アンクル・トムの小屋」

女流作家 H.ストーによる有名な小説『アンクル・トムの小屋』Uncle Tom’s Cabinを読んだことのある読者は少なくないだろう。アメリカの奴隷制度の時代に物か家畜のように売買され虐待された黒人奴隷トムの数奇で薄幸な半生を描いた小説は、1851年に奴隷制廃止運動の機関誌に連載が始まるとすぐに話題を呼び、翌年に単行本が発刊され、1年で30万部販売というベストセラーとなった。アメリカの奴隷制度廃止運動に大きな影響を与えたと言われている。アメリカは奴隷解放問題を一つの引き金にして南北戦争に突入するが、そこに至る上でこの本の存在は無視できない。

物語では主人公アンクル・トムは優しい雇い主との出会いもあったものの残忍な主人の暴力の末に命を落とすが、この主人公トムのモデルとなったジョサイア・ヘンソンという男性は奴隷制が廃止されていたカナダに逃れ、そこに定住し、コミュニティーづくりや黒人の権利を確立するために貢献した。各地での講演にも走り回ったヘンソンから、奴隷時代の話を取材したストウ夫人がそれを元に執筆したのが「アンクル・トムの小屋」なのだ。

トムのモデルとなったヘンソンの生涯

ヘンソンは1789年メリーランド州で生まれ、タバコ農場で奴隷としてこき使われる中、逆境に耐えて学び、敬虔なキリスト教徒となり牧師に任命されたが、さらに過酷な南部に売られることになったのを機に、1830年、奴隷制の無いカナダへの逃亡を決行。カナダに逃れたヘンソンは、エリー湖の北側ドレスデンに根を下ろし、逃亡者達を手助けする活動をしつつ、仲間とともに200エーカーもの土地を購入して、職業訓練所や製材所、製粉所などを立ち上げ、黒人の自立支援・地位向上のために尽力した。

ヘンソンが定住したドレスデン(Dresden、Ontario)は、デトロイトの対岸カナダのウィンザーから1時間程。そこには彼の墓地もあり、史跡「アンクル・トムズ・キャビン」Uncle Tom’s Cabin Historic Siteとして、彼が後年妻と暮らした家の他、かつての教会や製材所などを保存公開している。チケット売り場もある近代的な施設 The Josiah Henson Interpretive Centre では、奴隷の歴史や状況の解説、逃亡や当地での人々の暮らしに関する多数の資料や実物を展示している。ヘンソンについてのビデオを映しているシアタールームには、名だたるアフリカ系の人々の名前や功績が列挙されている。

世界中で発行された小説『アンクル・トムの小屋』

ヘンソンが小説「アンクル・トムの小屋」のモデルになったということで、世界各国で翻訳発行された本も多数展示しており、日本語の本も保存されている。1952年に新潮文庫から刊行されたもので、題は『アンクル・トムス・ケビン』(吉田健一訳)。

史跡の話から逸れるが、日本でのこの小説の始まりは1897年から翌年にかけて『國民新聞』に連載小説として掲載され、当時の邦題は『トムの茅屋』。1907年に文庫『奴隷トム』(百島冷泉抄訳)が発刊され、『トムじいやの小屋』『アンクル・トム物語』などいくつかの訳本の後、1961年に小学館の少年少女世界名作文学全集として出版された大久保康雄訳で『アンクル・トムの小屋』の邦題が登場し、後年はこれが他の訳本にも多く採用され、ポピュラーになっている。