喧喧諤諤 ケンケンガクガク
喧喧諤諤

師走12月、本年最後の月となりました。前号で触れたプロ野球日本シリーズ北海道日本ハムファイターズの優勝に続き、米国MLBワールドシリーズでは心情的に応援していたシカゴ・カブスが1勝3敗の崖っぷちから3連勝で奇跡的な逆転優勝し、108年ぶりの栄冠を手にしました。雌雄を決する最終第7戦は正に死闘。カブスが序盤大量リードを奪い敵地でも楽勝かと思われましたが、ホームチームのクリーブランド・インディアンスも意地を見せ、終盤同点に追いつき延長戦に突入。最終的に延長10回で8-7でカブスに凱歌が上がりました。両チーム共レギュラーシーズンでは見られないような予想外のミスやハプニングが幾つかあり、「たら、れば」の話をすればどちらに勝負が転んでもおかしくない展開でしたが、最終戦だけでなくシリーズ全体を通して歴史に残る名勝負でした。ヤギの呪いを解いたのに続き、最も長かったワールドシリーズ優勝未達成年数にもピリオドを打って、シカゴの町は熱狂的なカブスファンに一般の人達も加わって、その後しばらくお祭り騒ぎだったようです。カブスのチーム関係者、ファンの皆さん、ワールドシリーズ優勝おめでとうございました!後一歩で届かず破れたインディアンスも立派な戦いぶりで恥じる事は何もありません。お疲れ様!

その直後の11月8日には運命の米国大統領選挙投票が実施され、足掛け2年にわたる長丁場の選挙戦が先月初めにようやく終わりましたが、ラグビーの試合後のように敵も味方もノーサイドでお互いの健闘を称え合い、握手して気持ち良く別れるという具合にはならず、期待外れの結果に茫然自失状態の人々、唯々疲労困憊の人々、支持した候補者の当選に酔いしれ傲慢に振舞う人々、結果が受け入れられず反発・拒絶デモに走る人々、自分や家族の将来に不安と恐れを抱く人々など各人各様の余韻と余波が今も続いています。本来ならば、破れた候補者の敗北宣言と当選候補者の勝利宣言と同時にいわゆるヒーリングプロセス(敵対関係の解消・融和回復プロセス)に入り、次期大統領を米国のトップリーダーとして認知し、国民・住民として支持し、盛り立てて行くのが常道ですが、前例を見ない今回の異例・異質な選挙の後ではそう簡単に行かないようです。

もう選挙の話は飽き飽き、コリゴリと仰る方もいらっしゃるかと思いますが、今回は「米国大統領選挙を終えて」というテーマで書き進めてみます。

本欄でも予備選当時から数回選挙戦に関したコメントを記しましたが、今回選挙では政治評論家、ニュース解説者を含むその道の専門家や一般庶民の大方の事前予想に反してトランプ候補勝利、クリントン候補敗北の結果にはほとんどの人が驚いたのではないでしょうか?私も投票日当日の開票速報を見ながらクリントン候補の得票が優勢と思われていた州でも思った程伸びず、予想以上の接戦から日付が変わる頃には鍵となるスウィング・ステートでも接戦から逆にトランプ候補有利が伝えられ、夜半過ぎ午前3時前にはトランプ候補当確の速報が流れて、驚きと落胆でその夜の安眠を奪われてしまいました。

トランプ候補のキャンペーンチームや支持派のメンバーの中でも、期待と願いはしても本当に勝利を信じて当選を予想していた人はどれだけいたでしょうか?常に強気一辺倒のトランプ候補自身も恐らく「ダメかな?」と心中密かに思っていたのではないかと想像しますが、あにはからんや(この表現は今では死語に近いですかね?)結果はトランプ候補当選とは!ひょっとすると本人も開票速報で自分が当選確実と聞いて「えっ、私が当選しちゃったの?」と一瞬狐につままれた思いだったかもしれません。また、「当選しちゃったけど、真面目に大統領の仕事をやらないといけないのかな?」と思ったかもしれません。米国民や米国在住の我々外国人、更に日本を含めた世界中の国々や地域の住民としては、もちろん真面目にやってもらわないと困りますが、果たして現在進行中の新政権メンバーの人選・任命が適材適所ではまり、来年1月の新大統領就任から順調な船出、航行となるかどうか、今後も目が離せません。

トランプ候補当確という驚きの開票速報が出た翌日のTV番組やメディア報道では、前述の評論家と専門家によるトランプ候補の勝因というよりもクリントン候補の敗因分析に議論が集中していました。皆さんもご存知のように敗因は一つだけでなく、選挙戦の展開そのもののと同様に幾つか複雑な要素が重なった結果と思われますが、私見では最大の敗因はクリントン候補の驕りと油断であったと思います。

昨年半ばの立候補宣言から予備選、本選を通してクリントン候補とクリントン陣営には「私が大統領になるのが当然」、「彼女以外に適格な候補者はいない」という過信が驕りとなり、様々な有権者の立場や状況を正確に把握仕切れなかった認識・判断の甘さが油断となり敗北に繋がったのではないかと思います。

その予兆は民主党の候補者指名予備選で若年層から熱烈な支持を得たサンダース候補者にかなり苦戦した段階で現れていましたが、幸い党指名を獲得し次なる競争相手となる共和党候補者の面々は党内分裂・内紛により挙党一致態勢を図るのが困難な小粒な乱立党内候補者と党員でも政治家でもないトランプ候補だったため、乱立候補者は脅威となる敵ではなく、またトランプ氏は政治素人の泡沫候補とはなから見下し、軽視していた大きな付けが最後で回って来た感じです。

トランプ候補が予備選の当初から有権者の多くが共有・共感する不平・不満を煽り、具体的な政策案の提示はなくとも“Make America Great Again”という極めて分かりやすく、覚えやすいスローガンと相まって瞬く間に有権者の閉塞感打破、不平・不満解消への期待感を高揚させたのとは対照的にインパクトのあるスローガンもなく有権者、特に“Forgotten People” (忘れられたまたは取り残された人々)と呼ばれる大都市圏以外の地方の田舎町、郡部の少数有権者層や懐古主義・原点回帰願望的な“White Trash”(エリートや成功者になれなかった負け犬的存在の白人グループ)有権者層の立場・状況を正確に理解・認識し、彼らの生の感情を共有・共感する優先手順を飛ばして政策論や理詰めの説得工作に走ったため、たとえそれが正論であっても新たな支持者層を得られなかったものと思われます。

会社経営にも言える事ですが、社内に何か大きな問題や新たな挑戦課題がある時に原因究明や障害となるリスク分析はもちろんとして、その問題で困っている人達、悩んでいる人達の生の声を直接聞き、自分自身が彼らの置かれている立場と状況を正確に理解し、ありのままの感情を共有・共感してから問題解決、リスク回避の方策を共に考え、計画立案・実施へと向かわないと多くの場合は挫折・失敗するのと似ています。教育・指導やトレーニングでも立場が上の人が上から目線で「ここまで上がって来い」と言うよりも、下まで降りて行って自分も一旦同じ土俵に乗り、「あそこまで一緒に上がって行こう」と共に行動するか後押ししてあげると成功しやすいのとも似ています。

今回の選挙では大統領選と並行して州知事および上院議員選も実施され、トランプ候補勝利にあやかってタナボタ的に上下院過半数議席を占める事になり、ねじれていた議会運営がかなりやり易くなる共和党もトランプ新政権の暴走を防止し、今度こそしっかりと議会運営し、実のある政策立案・実施しないと長年の共和党親派にも愛想を尽かされて、永遠に見放される恐れがあり、これがラストチャンスと言えるかも知れません。

冒頭で述べましたヒーリングプロセスの難しさは、選挙キャンペーン期間中の自由奔放なトランプ次期大統領の言動への反動が予想されるからです。散々言いたい放題、やりたい放題の言動をして米国内の分裂と混乱を招いた張本人が次期大統領に当選した途端に掌を返して「私は全国民の大統領になるので団結しよう」と呼び掛けても反対派はもちろん支持派も簡単に追従する訳がありません。また、結果的に次期大統領となる人物がキャンペーン中から(実際はそれ以前も)女性蔑視の性差別、人種・宗教差別、難民受け入れ拒否・制限、身障者侮蔑、競合候補者や反対グループへの侮蔑・中傷・脅し、他人の立場や感情を無視した言動をしても許されるなら、我々が同じ事をしてもOKなのだという論理から機会均等、平等・無差別、弱者救済、難民受け入れなど善意を建前とした理性と節操、自制心を忘れて悪意のある本音吐露、感情爆発と破壊行動に走るネオナチスや白人至上主義的なグループの行動が表面化しています。トランプ候補に投票した有権者の中には上記の点がネックとなって友人・知人や事前予想聴取時にはトランプ支持を明言せず、逆転番狂わせを起こした『隠れトランプ支持層』が少なからずいたようです。今回の選挙は家族内、友人・知人間でも意見の相違から仲違いを起こして人間関係が壊れたり、上手く行かなくなってうつ状態になった人も数パーセント出たそうで、全く人騒がせな前代未聞の選挙でした。

一方では、大都市を中心に全米各地でトランプの大統領当選、就任を認めない反対デモが頻発。当選したトランプは逆に自分に反対した有権者層の感情をしっかり受け止めて共有・共感した上で行動しないと同様の憂き目に合い、政権運営、政策実施が失敗に終わる恐れ大ですが、今まで散々他人の感情を無視して我が道を歩んで来た彼が急に軌道修正するのは性格的に難しく、またそのハチャメチャなサイコパス的言動に惹かれて投票した支持層に対して仮にもキャンペーン中に発言したメキシコとの国境にメキシコの費用負担で壁を作る、オバマケアを即刻無効化、クリントン候補をメール問題で弾劾・訴追、シリア難民・イスラム教徒の入国を制限・拒否などの目玉公約をそでにしたり骨抜きにしたりすれば、逆に支持派から反発を招きかねないため、自分で自分の首を絞めるジレンマに陥る危険性もあり内政、外交とも前途は多難です。『米国の終わり』の始まりにならぬ事を祈るばかりです。

執筆者紹介:小久保陽三

Premia Partners, LLC (プレミア・パートナーズ・エルエルシー) パートナー。主に北米進出の日系企業向け経営・人事関連コンサルタント業務に従事。慶応義塾大学経済学部卒。愛知県の自動車関連部品・工業用品メーカーに入社後、化成品営業、社長室、総合開発室、米国ニューヨークの子会社、経営企画室、製品開発部、海外事業室、デトロイトの北米事業統括会社、中西部の合弁会社、WIN Advisory Group, Inc.勤務を経て現在に至る。外国企業との合弁契約、技術導入・援助契約、海外現地法人設立・立ち上げ・運営、人事問題取扱い経験豊富。06年7月より本紙に寄稿中。JBSD個人会員。

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