ミシガン州内の高校と大学の日本語学習者を対象とした日本語スピーチコンテストが在デトロイト日本国総領事館の主催で2月27日(土)にノバイ市のシビックセンターを会場にして行なわれた。このコンテストは毎年、デトロイト日本商工会、ミシガン南西オンタリオ日米協会、ミシガン日本語教師会、国際交流基金など複数の団体の支援や協力、そしてデルタ航空の協賛を得て実施されている。事前の選考を経て、今年は高校部門7名と大学部門6名が本大会に出場し、学習の成果を披露した。

審査員の一人として同イベントに初めて参加された和田総領事は開会にあたり、まず、世界中の日本語学習者は400万人ほど、米国では11万5千人おり、前年より増えていることを伝えた。当地赴任後7カ月経ったが、ミシガン州での日本語学習に対する意欲の高さを既に見聞していると告げた。また、本イベント参加者らは何カ月も準備に費やしてきたことであろうと、その努力への称賛に重ね、教師の献身、同イベント支援者への謝辞を寄せた。言語は異文化理解のエッセンシャルであり、ツールであり、また、世界を広げ人生を豊かにし、生涯役立つものと信じていると述べ、「参加者が日米両国の懸け橋になることを願っている」との期待の言葉で結んだ。

当大会への応募資格と条件は、日本に長期滞在していないこと。よって、日本渡航の無経験者か、あるいは短期の滞在を経験した出場者たちであるにも拘らず、滑らかな話し方をする参加者が年々増えている。特に高校生は吸収力の高い時期とあって、数カ月の留学経験を通して驚異的な会話力をつけている学生もおり、滞在期間の違いがスピーチにも現れる傾向が強いと言える。一方、インターネット環境が整う昨今、幼少期から日本語のアニメを原語で視聴してきたなど、当地に居ながら吸収してきた学生も少なくない。今回に限らず、日本に一度も行ったことのない学生が優勝を飾るケースも珍しくない。作文(論文)コンクールではないため、語彙力や知識、文章構成力が高いからといって必ずしも上位入賞するとも限らない点もスピーチコンテストの難しさであり、面白さでもあると言える。

本コンテストでは規定時間内に、暗記したスピーチの発表を課せられる。語彙の豊富さと正しい使い方、話題の展開やまとまりといった作文の要素に加えて、発表の際の話し方などが総合的に評価される。

和田総領事をはじめ、JBSD文化部会ならびにJSDウィメンズクラブ、日米協会の代表が審査を務めた。

高校の部で第1位に輝いたナヒュン・アンさんは、「私には将来を決めることが一番難しい」と、将来の夢を題材に、迷いの多い思春期の高校生らしい率直で真面目な本音を語った。スピーチも滑らかで澱みが無く、その後の審査員による質問への応答も、理由も織り込んで、すらすらと長く話せるレベルであった。

大学の部の第1位となったマリアン・キャンデラーさんは、「自分の民族的背景や文化的習慣は、アイデンティティを形成するのに大切な役割を果たすと言われています。しかし、はっきりとした民族的背景や習慣がない私にとっては、このアイデンティティというのは、これまでずっと探し求めてきたものでした。」とスピーチを切り出した。家系のルーツや伝統が明白な人がいる一方で、様々な血や文化が混じった家族も少なくないアメリカの多様性、そして、そこで育つ「人種を問われても答えられない」子供の悩みを知ることができるスピーチ内容であった。大学という多様性豊かな環境で、同じような友に出会い、そして「日本語を話すことによってアイデンティティの基礎を作り始められた」とのくだりが、印象的であった。

「私にとっての『マルチカルチャー』というのは、『色々な人と交わり、相手を受け入れることができる人』という意味に変わっていました。」との言葉が表明された。(日本の英語指導のアシスタントをする)JETプログラムに応募しており、日本の子供たちに、「グローバル化する世界では、他の文化や民族背景を持つ人と交わり、その人たちを受け入れることが、どれだけ大切であるか、を伝えたい」とスピーチを結んだ。他の文化や民族背景を持つ人との関わりに不可欠な言語を習得し、マルティカルチャーを豊かにとらえている彼女のような若者の活躍に期待したい。日本語を聞き取る力が高く、明瞭な発音ができるマリアンさんに、スピーチ後に習得方法を探ってみたところ、日本の歌謡曲が好きで、インターネットでよく聞いていたとのこと。インターネットを上手に活用したいものである。

スピーチ内容の多くが、日本での経験により広がった視野や気づき、あるいは日本語学習を通じて得た思いを題材としている。言語だけではなく、日本の習慣や価値観をも学んでいる若者たちの新鮮な観点や感想を垣間見ることができるこのイベントは、聴く人々、特に日本人にとっても得るところが大きい。

以下(P7,P8)に、全参加者のスピーチ内容の要約と各部門の優勝者の原稿全文を紹介させていただく。

スピーチコンテストの後には、今回初めての試みとして、企業と学生を結ぶネットワーキングフェアが開催された、審査員も務め、このフェアをオーガナイズしたカーシャさんによれば、「日本語を学んでいる学生に、日本語を使える人は様々な企業で求められることを知って欲しい」、いわば、語学を身につける意義や貴重さを伝えることが主目的。翻訳通訳、語学教師になる以外に様々な分野・職種で 語学力は活かせ、世界を広げられることを認識して欲しいとのこと。また、企業側も日本語履修者をどう使えるか模索している実情にも寄与したいと話す。実際の求人求職活動を目的としたジョブフェアとは異なり、和やかなネットワーキングの風景が広がっていた。

原稿要約

プログラム順に氏名、学校名、題名

*H.S. : High School

「 」内は原文引用。一部平仮名を漢字に変換。

高校(ハイスクール)部門

Hannah Ackman (Stevenson H.S.)

実紅さんのホームステイ

2014年の夏、実紅という留学生のホームステイをホストした。「蛇とトカゲは好きですか」と尋ねたり、好きなバンドを聞かれて「ビートルズが大好きだ。」と答えたりした会話の内容や交流の話。「毎日楽しかったです。」

Nahyun Ahn (Troy H.S.) 優勝

ゆめをみつけるほうほう

「夢が分からないことが当たり前で、今から見つけても良いと努力すれば叶うと思います。」

*全文次ページに掲載

Elliot Boinais (Groves H.S.) 特別賞

生まれた時、家族はフランスに住んでいた。5年前に姉とフランスに旅行し、ヨーロッパの城をたくさん見た。少し、城のオタク。日本とヨーロッパの城は、丘の上にあるなど同じところもあるが違いもある。日本の城には、敵が攻撃できない格子窓や、歩くと音がする鴬張りの廊下など、おもしろい発明がある。

「松本城は私の一番好きな城です。」

Walter Davis II (Groves H.S.) 総領事賞

日本のクラスメート

5年くらい日本語を勉強している。今年私のクラスはオンラインの文通友達のプログラムKACに参加し、日本人と話すことが出来た。私たちの国の文化を紹介でき、お土産交換もした。パートナー校から、たくさんのお菓子をもらった。すごく違う。きな粉のお菓子はドッグフードの味だと思った。小魚とピーナッツのお菓子もあって、魚の頭が怖かったので誰も食べたくなかった。「日本が学びたくて流暢になりたいんです。だからKACが大好きです。」

Natalie Harshman

(Clarkston H.S.) 第3位

なぜ日本語がすき

高校で4年間日本語を勉強。日本語は一番好きな科目で、大学でも続ける。大学の後、JETプログラムで英語を教えに日本に行きたい。仕事は日本語に関与したい。日米の文化は違い、日本の文化は面白いと思う。違う文化の人との交流はとても大事。去年、千葉東高校の学生をホストした。その経験は面白くて楽しかったので、今年またホストする。この夏、修学旅行で日本に行くことになっていて、ドキドキしている。「親しい友達と新しい記憶を作り、日本語を習うのが楽しみです!」

Scott Schaefer (Groves H.S.)

おもてなし

「私は日本のおもてなしが好きです。」外国人がアメリカの家に行くとアメリカ人は「自分の家のようにしてください」と言う。日本人は一生懸命ゲストを喜ばせ、王様と同じに扱う。日本に行った友達が、皆優しかったと言った。「私はおもてなしを経験したいです。」ミシガンで日本のレストランに行ったとき、おしばりをもらった。温かく、きれいな感じで好き。父の日本人の友達は、知り合ったばかりの私に寛大だった。いつかアメリカで日本みたいなおもてなしがあったらいい。

Jenny Zhi (Troy H.S.) 第2位

昨年の自転車旅 

昨年の夏、中国の人権問題をアメリカの人々に知らせるため、ロサンゼルスからワシントンDCまで自転車で渡った。法輪功という修行は中国の政府に16年間差別されていて、多くの法輪功の子供は孤児になってしまった。私も法輪功を信じているので、孤児のことをとても心配している。だから、いろいろな国から来た25人の法輪功の子供たちと一緒に「自由へと向かう」というプロジェクトでアメリカを渡る旅をし、この問題について話した。2カ月掛かり、疲れて汚くて痛かったけど、みんなの手伝いや励ましで、多くの障害を克服して、楽しい思い出を作って、私の一番の友達になった。差別の終わりへの一歩を進んだ。「私は将来にも続けたい」

大学生部門 

James Alessandrini

(Eastern Michigan University ) 第2位

僕が大好きな困っている日本

最近日本に留学し、忘れられない友達も思い出もたくさん作れた。日本に住んで働くのもいいなあと思ったが、やっぱり無理。それは日本語の能力ではなく、「問題は働き過ぎの社会です」。残業や休みに働くことは珍しくなく、働きすぎで病気になって死んだり、仕事のストレスで自殺する場合もある。働き過ぎは他にも影響。結婚、子育てのお金がないことが少子化の一つの理由だと思う。改善するには、高齢化を利用したらいい。お年寄りにパートやボランティアで職場に戻ってきてもらえば、一人一人の仕事を減らせると思う。「僕が喜んで働けるような日本に変わってほしい」

Jamie Heywood

(Kalamazoo College) 総領事賞

同性愛者としての経験

「私は同性愛者なんです」と告げ、大学留学した日本と、アメリカでの、同性愛者としての経験を語った。日本でボーイフレンドについて聞かれて同性愛者だと答えたら、「じゃ、ガールフレンドは」と聞いてきてほっとした。スピーチクラスで話題にしたら、先生が励ましてくれた。レズビアンバーを案内してくれる人がいたり、親切だったので楽しかった。アメリカでは同性婚ができようになったが、世界中で差別がある。住めなかったり、合法的に殺される国もある。「人を性・身分・宗教・人種などで差別するのはまちがいです。私たちは本当に同じ」「人が差別されているのを見たら私を思い出して。大きな声で反対してください。」

Marian Kandler

(Eastern Michigan Universit y) 優勝

マルチカルチャーと私

多文化背景をもつ自分について

*全文次ページに掲載

Huiyi Liu (Michigan State Univ ersity)

一期一会

「日本語のことわざが面白い」「ことわざの中で四字熟語が一番好き」。好きな理由は四文字で多くを表わせられるから。一番印象的なのは「一期一会」で、それを初めて聞いたのは好きなバンドのコンサートのテーマ。「一つ一つの出会いは一生に一度で、友達と一緒に過ごした時間はもう二度と戻れない。毎日会っても一緒に過ごす時間は違う」「条件がそろわないと同じ感情はいだけない」など、その具体的な話を挙げた。

Christa Scheck

(Kalamazoo College) 第3位

直訳の問題

高校1年生で日本語の翻訳クラスを取り、日本語が大好きに。大学1年生の時には歌や小説を翻訳し、多くのことを学んだ。最も注意すべきことは直訳。正確な意味を伝えられない。まず漢字。例えば電車はTrainでありElectric Carではない。

「日本文化では、皆が知っていることは文章で言わず推測することがある。また、悪いことは言わず途中で止める」と特徴を指摘。

Ka Sheng (Kalamazoo College) 特別賞

日本の携帯電話

ガラケーの携帯電話について

日本人が使っている携帯電話と他の国のを比べ、違いがはっきり見られる、と高校生の時に思った。理由は、そのころ(*2015年)のアニメのキャラクターはガラケーを使っていたため。しかしインターネットでデータを探して、ガラケーの使用者は約20%に過ぎず、他はスマートフォン使用者であることに驚いた。2008年にはガラケーはスマートフォンの10倍くらい。1999年に日本では携帯電話でインターネットサーフィンができ、便利なソフトウェアがあったため、2007年に海外でスマートフォンが作り出されたが、ガラケーの方が便利で使いやすいと思った日本人が多く、その結果、スマートフォンを開発しなかった。201 0年、4代目のアイフォンが日本で大ヒット。そして去年、ガラケーはスマートフォンの5分の1に。キーボードの触感が素晴らしいなどの考えを持つ人がガラケーの使用者かもしれない。去年5%増えたが増加していくかは明らかではない。「ガラケーは日本文化の一つだと考える人は多いので、絶滅したらとても残念でしょう。」

高校生部門 優勝

「ゆめをかなえる ほうほう」

ナヒュン・アン

小さい頃にお姫様になりたかったです。すこし大きくなって学校に行くときにはテレビに出るアイドルになりたかったです。でも何時かから私が何が好きなのか、何に得意なのかもわからなくなてしまいました。私の周りには好きなことをやりたい人や、自分が何をしたいのかをわかってるひともいました。でも、わたしにはしょうらいをきめることがいちばんむずかしいことでわからないしつもんでした。こんなじぶんにしつぼうもしました。でもあるひとつぜんしっかりじぶんしょうらいをわかってるひとがたくさんいるかどうかかんがえました。たぶんそんなにないとおもいます。だからかんがえをかえることにしました。ひとりでなやむかわりに、みんながおなじだっとおもうことにしました。きまるときがきってたらいっしょけんめいがんばりましょう。たぶんいっぱいな人たちがしょうらいのことをなやんでるとおもいます。でもあまりネガティヴにかんがえたりかんがえすぎないようにしてほしいです。ゆめはかんがえだけではかなうものじゃないとおもいます。じぶんの夢がわからないことがあたりまえでいまからみつけてもいいとどりょくすればかなうとおもいます。(原文ママ)

大学生部門 優勝

「マルチカルチャーと私」

マリアン・キャンデラー

皆さんは、「子どものアイデンティティはどのように形成されるのか」についてかんがえられたことはありますか。

子どもにとって、自分の民族的背景や文化的習慣は、アイデンティティを形成するのに大切な役割を果たすと言われています。しかし、はっきりとした民族的背景や習慣がない私にとっては、このアイデンティティというのは、これまでずっと探し求めてきたものでした。今日は、そのお話をちょっと聞いていただければと思います。

歴史や伝統がある家庭に生まれたクラスメートを見て、うらやましく思ったことがあります。みんなは、自分がどんな人か、はっきり知っているように感じました。しかし、私は、と言えば、母国であるアメリカでも、自分が外国人のように感じました。母はいつも私に「誰かが、人種は何?と尋ねたら、『人間です。』と答えればいいのよ。」と言いました。中学校の時、母から「マルチカルチャー」という言葉を教わりました。そして、母から「私たちの祖先は世界中から来た。」と聞きました。しかし、当時の私は容易に識別ができる人種がほしかったのです。「白人」「ネイティブアメリカン」「アジア人」などのようにです。

当時、私はすごく内向的で、一人で考えるのが好きでした。人と話す代わりに、観察するのが好きでした。そのために、よくクラスメートに誤解されました。私は特定の文化や習慣やアイデンティティを持っていなかっただけではなく、人間関係を作ることもできなかったのです。私は疎外された感じがし、当時の私にとっての「マルチカルチャー」というのは、「何もない人」、「自分の国でも外国人」、「文化がない人」を意味しました。

しかし、大学入学あたりから私の中の何かが変わってきたのです。私と同じような学生の友達ができました。三学期から、長年自習していた日本語を専攻することに決めました。私は日本語を話すことによって、自分のアイデンティティの基礎を作り始められたように思います。日本語を通して、他の人と関わるすべを見つけたように感じました。文化や民族というのは、中学生や高校生の時に感じたように、疎外するものではなく、人と人をつなげるものだと、少しずつ学び始めました。私は自分を受け入れられるようになっていくと同時に、他の人も受け入れられるようになっていきました。

三回生の時に、日本への留学が決まりました。日本に着くと、不思議なぐらい日本のすべてが私を迎えてくれました。カルチャーショックなんて一度も経験しませんでした。でも、それはなぜだったのでしょうか。私ははっきり決まった人種や習慣がないため、日本の文化も人も、人一倍受け入れられる能力を持っていたのだと思います。子供の時から、私は常に色々な文化や習慣に浸っていたからです。日本での経験のおかげで、私は色々な文化や習慣を持つ人と、もっと交わりたい、という思いにかられました。子供の時に、よく無視されて、誤解された私には、他の人が誰であっても受け入れられる人になりたい、と思うようになったのです。そして、気がついてみると、私にとっての「マルチカルチャー」というのは、「色々な人と交わり、相手を受け入れることができる人」という意味に変わっていました。

今年、JETプログラムに応募した私は、これまでの体験を日本の子どもたちに伝えたいと思っています。このどんどんグローバル化する世界では、他の文化や民族背景を持つ人と交わり、その人たちを受け入れることが、どれだけ大切であるか、を伝えたいと思います。