宮城県石巻とミシガン大学の繋がり 2

IMG_3810① 復興からスタートし進展し続けるISHINOMAKI 2.0

ISHINOMAKI 2.0は、東日本大震災を経験した石巻というまちを、震災前の状況に戻すのではなく、新しいまちへとバージョンアップさせるために2011年6月に設立された。行政や既成の組織によるものではない。石巻を大津波が襲った日より、全国から多くの志ある人々が集まり、ともに未来の石巻を語り合ってきた。その語らいの中から自然発生的に生まれたプロジェクトである。メンバーには地元の若い商店主やNPO職員をはじめ、建築家、まちづくり研究者、広告クリエイター、Webディレクター、学生など様々な職能を持つ専門家が集まっており、これまでに、ジャンルに縛られない多種多様なプロジェクトを実現させてきた。名称であるISHINOMAKI 2.0の‘2.0’には「web2.0」のような双方向という意味と、「ver. 2.0」のようなバージョンアップの意味が込められている。

IMG_3842ミシガン大学日本研究センター(CJS)は昨年10月、そして今年1月末に、ISHINOMAKI 2.0の関係者を講師に迎え、一般公開の無料講演会を催した。

昨年10月には、ISHINOMAKI 2.0の代表理事である松村豪太氏を日本から迎え、講演とディスカッションが2日にわたって行なわれた。同プロジェクトに設立時から中心人物の一人として拘わってきた松村氏は、石巻市の地理や(震災前の)産業の概要、震災による被害の要点を伝えた後、プロジェクトの成り立ちから展開、今後の方向など、具体例を多数織り込みつつ解説した。講演は日本語で行なわれ、英語の通訳がつき、多数の非日本人も聴講に訪れた。

以下、概要を紹介させていただく。

石巻市(震災前の人口16万人余り)は震源地に最も近い自治体で、海岸から4km以上離れた地域まで浸水するなど、

広範囲にわたって津波に襲われ、4千人近い人が犠牲になり、家屋の被害も多く、東日本大震災で最大の被害を受けた。

それ以前は、漁業で栄え、日照時間も長いことから農業の環境にも恵まれ、豊かであったが、反面、恵まれ過ぎて付加価値を付けることを積極的にしなかったことから、経済の衰退とともに商店街などはさびれていた。震災後、地元住人たちは秩序が保たれたなかリーダーのもと協力し合い、多くのボランティアも訪れ、予想以上に早く瓦礫は片付いたが、そこで、閉鎖的、保守的な構造など、震災以前にあった問題が顕在化されてきた。

そして、冒頭で記した地元の若い商店主やNPO職員など前向きな人々が、「元に戻すのでなく、閉鎖的だった市をクリエイティブで面白い街にしよう!」「今なら変えられる」とスタートしたのがISHINOMAKI 2.0である。

「街をひらく」には、①人をひらく、②空間をひらく、③外部とうまくつながる、という3つが大事であると考えた。人をひらくためには、タレント集め、コネクションづくりから始まり、フリーマガジンの発行も企画。空間をひらくために、ダメージを受けたガレージをリフォームして多面的に使える共有の場所を手作り=DIYで築いた。ここは「IRORI(イロリ)石巻」と名付けられ、メインオフィスとして利用し、交流の場となったほか、本に関するイベントやミュージックイベントなどの会場となった。外部とのつながりについては、助けられるのではなく、パートナーとして繋がることを目指し、「IRORI石巻」をつくる際にも協力を得た、ハーマンミラー社を始め、東京工業大学、Googleなど、国内外とのパイプを持った。

前後するが、ISHINOMAKI 2.0とミシガン大学日本研究センターの繋がりは、同センターの新人職員であるブラッドさん

が、ミシガン大学の院に在学中の2014年に訪日し、ISHINOMAKI 2.0にてインターンとして活動した縁による。

松村氏は、「震災直後にビルの壁をスクリーンにした映画上映会を行なったが、周りの建物が傾いている状況だったので、行政主催ではできなかったかも知れない」と語る。外壁での映画上映はオンゴーイングの金曜映画会として定着し、ブックフェアでスタートした古本販売は常設となった。他の多くの企画が‘イベント’から‘プロジェクト”へ変化した。

延べ28万人といわれるボランティアのなか、この地に残ることを希望した人もいたので、それに対応するために、荒廃した家や使われていなかった店舗などを学生とともにDIYで改修。それはシェアハウスなど新しいスタイルを産み、余剰スペースを持て余していた住人にやる気も与え、住人とニューカマーを繋げる役も果たした。改修や斡旋の仲介は「石巻2.0不動産」という「新しい目線で持続可能な石巻再生を目指していく」とのキーワードで動き出した不動産紹介部門が担っている。

「石巻2.0不動産」のほか、出版プロジェクト「2.0出版」、あたらしい石巻を「つくる」ための学びの場「いしのまき学校」など、様々なプロジェクトが継続的に進んでいる。中でも、ISHINOMAKI 2.0の一環で「地域のものづくりの場」として2011年に誕生した「石巻工房」は、素人の人々がハーマンミラー社の技術、プロの建築家やデザイナーの協力を得て、世界でひとつのDIY家具を創るメーカーに成長。ミラノなどのショーに出展し評価を得るほどになった。地元の人々の自立運営する小さな産業として地域を活性化している。オリジナル家具やバッグの生産販売と同時に、ワークショップも実施し、ものづくりの楽しさを広める活動もしている。

また、Googleの援助によりIT環境も充実。

ISHINOMAKI 2.0の理事でもある地元出身の若者がイトナブという団体を立ち上げ、石巻の次世代を担う若者を対象に、ウェブデザインやソフトウェア開発を学ぶための拠点を設けた。イトナブは地域産業×ITという観点から雇用促進、職業訓練ができる

環境づくりを目指し、県外企業の新しい受け口・開発拠点としても機能している。

講演の最後に松村氏は「ISHINOMAKI 2.0は震災のボランティア団体ではない」と強調した。工場誘致などでしかたなく移住して来るのではなく、住みたい人がやってくるように「世界で一番面白い街を作ろう」と、新しい石巻つくる活動を続けている。

聴講者からは、元々の住民や事業主からの反発の如何や、人々のモチベーションを下げずに長く続ける難しさについての質問が寄せられ、松村氏は住人とは良い関係を築いており、メンバー内ではオープンでフラットな関係を大切にし、IとYouではなく双方向性のある‘We’の関係をつくることが大事であろうと述べた。震災から5年が経ち、他人ごとになりつつあることが課題であるとも。

震災という緊急事態とは状況が異なるが「(ISHINOMAKI 2.0の事例は)デトロイトに活かせると思うか?」との質問に対しては、日本国内では被災地の復興に限らず、例えば、過疎、若者の雇用、また大量生産vs手作りについてなど、各地から講演や相談を持ち掛けられており、それは

‘参考になるから’であるであろうと答えた。

講演翌日に日本語で行われた、松村氏を講師に迎えたディスカッションでは、石巻で運営されている復興バーのスタイルを踏襲した期間限定イベントとしての『復興バー@銀座』が東京銀座にも進出した話や、プロジェクトを独立させていく方針なども告げ、「復興支援に始まり、幸いにも知的リソースが集まってくる。石巻はきっかけ、ステージしかない。世界にのれん分けしていきたい」と今後のビジョンを述べた。また、「まち興しの行動を後押ししていきたい。義務があると思っている」と語った。

滞在中に松村氏はミシガン大学日本研究センター職員などの案内でデトロイトを見て回ったが、「持って帰りたいことがいくつもあった」とのこと。互いにヒントを得て、復興以上の街づくりに活かされることを切に期待したい。

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