日本では広島・長崎の原爆の日、終戦記念日の厳かな式典、夏の高校野球選手権大会、海外では世界陸上選手権、リトルリーグ世界大会など様々なイベントが重なった8月が過ぎて9月となり、米国現地校では新年度が始まりました。先月半ば過ぎから急に涼しくなって一気に初秋の感がありますが、過ぎ行く夏との別れを惜しみながら新たなスタートを切った生徒・学生さんたちだけでなく教職員、保護者、関係者の方々に絶大なるエールを送りましょう。9月はカレッジに続きプロフットボールのシーズン開幕。応援の対象を既に今期プレイオフ進出が絶望的な虎(デトロイト・タイガース)からライオン(デトロイト・ライオンズ)に切り替え済み。男子ゴルフでは先月のPGAチャンピオンシップで過去メジャー大会で何度もいいところまで行きながら勝てなかったオーストラリアのジェイソン・デイ選手が初の栄冠に輝きました。私は最終日の生放送を観れずニュースのハイライトシーンで知りましたが、優勝の瞬間を目撃した家内が「もらい泣きした」という程感動的なシーンでした。

先月末から始まったフェデックスカップのプレイオフ4大会の結果で彼を含めたプレーヤーの中で誰が頂点を極めるか興味津々です。テニスでは今年最後のメジャー大会であるUSオープンがスタートし、日本人として史上初めて第4シードになった錦織選手に注目。怪我無く健闘を祈るのみ。Go Kei, Go!

さて、今回のテーマは『もう一つの軽薄短小』(けいはくたんしょう)です。

昭和世代、特に戦後から昭和後半生まれの皆さんはご記憶があると思いますが、日本が高度成長真っ只中にあった1980年代前半、正確には1983年(昭和58年)に

『軽薄短小』という流行語がありました。当時のヒット商品に共通する「軽い」、「薄い」、

「短い」、「小さい」の特徴を表す言葉です。自動車、家電、OA機器、住宅・建材、産業資材、衣料品から家庭用品、日用雑貨品、文房具まで、これらの特徴を持った商品が次から次と誕生し、メイド・イン・ジャパンのプライドと共に国内だけでなく海外の市場にも広く出回りました。日本の精緻・精巧なものづくりの実力が遺憾なく発揮され、世界中に日本の誇る『匠の技』を力強く発信していた輝かしい一時代でした。

余談になりますが、その年1983年は他にも国内外で記憶に残るイベント、大事件・大事故が多々ありました。島民避難を強制した三宅島の大噴火、サハリン沖上空での当時ソ連空軍機のミサイル攻撃による大韓航空機撃墜事件、任天堂のファミリー・コンピューター(いわゆるファミコン)発売、東京生まれの私がまだ一度も行っていない東京ディズニーランド開園、など様々。ヒット曲では、同年レコード大賞曲『矢切の私』の他、『スウイート・メモリーズ』、『探偵物語』、『ギザギザハートの子守唄』、『ワインレッドの心』、『クリスマス・イブ』など今のおじさん、おばさんたちを夢中にさせた(今も?)曲の数々。また、辛抱する人の代表として使われたもう一つの流行語『おしん、家康、隆の里』もその時代を反映した言葉と言えます。(閑話休題)

昨今私が気になる事の中に『もう一つの軽薄短小』があります。軽い、薄い、短い、小さい、という特徴は同じなのですが、対象となるのは物ではなく私たちの日々の言動や生活態度、姿勢、相互の人間関係です。

すぐに思い当たる方も多いと思いますが、具体的には相手と交わす言葉や会話が軽い、家族や他人との交流・人間関係が薄い(軽いとも言えます)、相互に連絡・交流したり何か物事をじっくり考えたり辛抱・我慢出来る時間が短い、度量や志(こころざし)が小さい、などと言うことです。

古くは木石、続いて紙媒体からラジオ・テレビの電波通信・放送・報道普及時代を経て、ファクス、携帯電話、スマホ、Eメール、インターネット、ソーシャルネットワークなど今日の電子通信・放送・報道媒体に至るまで人間相互間および社会における日々の交信は驚くべき進化と変遷を遂げて来ました。今後もこの流れは続き速く大きくなることはあっても、決して途絶えることはないでしょう。

ほんの数十年前までは会う事も、話す事も、知る事もなかった、(出来なかった)遠くの人々とネット上で即座に会えたり、話したり、物事について知ったりする事が出来るようになり、間違いなく便利な世の中になりました。しかしながら、同時に他方では失われたり、目減りしてしまった事もあるようです。私たちの日頃の言動が表面的、形式的、刹那的、利己的、自己中心的になってしまい、便利になった反面、言動の重みや物事に真摯に取り組む姿勢や態度が薄れて来ているのではないでしょうか?逆に軽薄な言動、短小な考えや気遣いが罷り通っている場面に度々出くわしていないでしょうか?

遠く離れていても連絡が取れるようになったために、『一期一会』の出会いの大切さ、直接会って顔を見ながら相手の存在や反応を肌で感じながら話をしたり、行動を共にする喜びや感動が薄れたり、忘れられていないでしょうか?別れや見送りの際にも、すぐにまた携帯やメールで容易に連絡が取れるので別れの寂しさ、辛さや相手への真摯な思いや感情が湧かない、伝わらないもどかしさと物足りなさ。返事が来るか来ないか分からず居ても立ってもいられない古き良き時代のラブレターのやり取り。普段滅多に会えない遠くの家族・友人・知人との面会や恋人とのデートの待ち合わせ時に容易に連絡が取れない苛立ちや会えるまでのドキドキ感、会えた時の喜びと安堵感。会議、会食、イベントなどの際に全員参加で話やアクションが盛り上がったり、会話や笑いが絶えない興奮と喜び。マウスのクリックではなく、ゆっくり紙のページをめくりながら本を読み、作者の思いやメッセージを味わいじっくり考えたり、登場人物のキャラクターになり切った経験。携帯やスマホでの短いつぶやきやメール、テキストメッセージではなく、時間を掛けて真剣に深く考えた上で選んだ美しい日本語を使った適切な言葉と表現。ゆっくり、まったりの鈍行列車の旅。そういうものが失われたり、希薄になってしまった気がします。

今の時代、確かに物は豊かになったけれど、心は貧しくなったのではないか?便利にはなったけれど、便利さの蔭に置き忘れた大切なものがあるのではないか?

自戒を込めて大いに反省し、心を改めねばならないと思う今日この頃です。昭和世代に限らず、皆さんの『もう一つの軽薄短小』への思いは如何でしょうか?

執筆者紹介:小久保陽三

Premia Partners, LLC (プレミア・パートナーズ・エルエルシー) パートナー。主に北米進出の日系企業向け経営・人事関連コンサルタント業務に従事。慶応義塾大学経済学部卒。愛知県の自動車関連部品・工業用品メーカーに入社後、化成品営業、社長室、総合開発室、米国ニューヨークの子会社、経営企画室、製品開発部、海外事業室、デトロイトの北米事業統括会社、中西部の合弁会社、WIN Advisory Group, Inc.勤務を経て現在に至る。外国企業との合弁契約、技術導入・援助契約、海外現地法人設立・立ち上げ・運営、人事問題取扱い経験豊富。06年7月より本紙に寄稿中。JBSD個人会員。