<!--:en-->津波の犠牲になった英語指導助手の 半生をたどるドキュメンタリー上映会<!--:--><!--:ja-->津波の犠牲になった英語指導助手の 半生をたどるドキュメンタリー上映会<!--:--> 1

東日本大震災4周年の前日にあたる3月10日、在デトロイト日本国総領事館の主催、当地のJET Alumni Association (Great Lakes JET同窓会)ならびにノバイ市の協力によって“夢を生きる:テイラー・アンダーソン物語”の上映会がノバイ市図書館にて催された。

JETは「語学指導等を行う外国青年招致事業」(The Japan Exchange and Teaching Programme)の略称であるが、東日本大震災の犠牲になったテイラー・アンダーソンさん(当時24歳)は、このJETプログラムの英語指導助手として、2008年夏から2011年3月11日に起きた東日本大震災の津波で亡くなるまで、宮城県石巻市に赴任していた。地震発生時には小学校で勤務しており、彼女は校庭に避難した子どもたちを保護者に引き渡した後、自転車で帰宅。その後、津波に巻き込まれ、還らぬ人となった。

映画“夢を生きる”は、テイラー・アンダーソンの半生をたどり、日本とアメリカの架け橋となったことを伝えるドキュメンタリー映画で、監督と遺族アンダーソン一家によって世界中の数々の上映会でこの作品は発表されてきた。デトロイト周辺での上映は今回で3回目。この日の上映会には子供、学生を含め、地域の住人50 数名が参加した。

上映の前に、既に内容を把握している片岡総領事が挨拶に立ち、ミシガン州内で最大の日本コミュニティーが根付いているノバイ市で上映できる意義に触れ、ノバイ図書館およびJETAAへの謝辞に続けて、JETプログラムについて簡略に説明を加えた。そして、この映画は心を動かされると同時に勇気を与えられると称賛し、テイラーさんと、もう一人のJET 犠牲者であるモンティ・ディクソンさんに対してその貢献を偲び祈りを捧げるものであるばかりでなく、震災後も日本に残って支援し続けたJET参加者の尽力を伝えるドキュメンタリーであると伝えた。二人の命は戻らないが、今も遺志は生き続け、日米の絆を結んでいると語った。震災以降の当地の人々による寄付や支援活動に言及し感謝の言葉を述べた上で、復興はまだ半ばであり、継続支援が必要であると呼びかけた。

映画は冒頭で、テイラーさんの幼少期からの写真や家族や友人の声を通して、彼女が明るく人々に元気を与える性格で、子どもの頃から日本への強い興味が

あり、JETでの日本行は長年の夢であったことを伝える。中盤、テイラーさんが日本での暮らしを謳歌し、いかに熱心に指導にあたっていたかをJETの仲間や日本人教師の声を通して紹介。そして3月11日の震災により津波が町を襲う映像が映し出される。テイラーさんの安否確認ができずに10日あまりが過ぎて、家族に駐日米国大使館から訃報が届いた。父親とテイラーさんの恋人が日本に渡り、遺体を確認した。

石巻での生活を愛していたテイラーさんは、2011年8月にはアメリカへ帰国を予定していたが、その後も日本と関わり続けたいと願っていたという。遺族は日米の架け橋になるという彼女の想いを引継ぎ、石巻と東北地方の学生や学校、その家族の復興援助を目的として『テーラー・アンダーソンメモリアル基金』を立ち上げた。その一つである『テイラー文庫』は、テイラーさんが愛読していた本を、本棚と一緒に寄贈するというもので、贈与が実現した折には家族揃って石巻を訪れた。母親は語る、「娘は他人を優先する子だった。その夢を叶えなくては。」と。

映画を鑑賞した誰もが、夢に生きたテイラーさんのストーリーに心を動かされ、そして娘の愛した日本のために活動しているご両親と家族に対して敬服の念で一杯になったことであろう。日米双方の人々の心に訴えかけ、人々の記憶から大震災を風化させないためにも価値ある作品となっている。

上映会の申し込み、寄付などの情報は以下、テイラー・アンダーソン記念基金のホームページで(日米両国語)。

www.taylorandersonmemorialfund.org

東日本大震災4周年の前日にあたる3月10日、在デトロイト日本国総領事館の主催、当地のJET Alumni Association (Great Lakes JET同窓会)ならびにノバイ市の協力によって“夢を生きる:テイラー・アンダーソン物語”の上映会がノバイ市図書館にて催された。

JETは「語学指導等を行う外国青年招致事業」(The Japan Exchange and Teaching Programme)の略称であるが、東日本大震災の犠牲になったテイラー・アンダーソンさん(当時24歳)は、このJETプログラムの英語指導助手として、2008年夏から2011年3月11日に起きた東日本大震災の津波で亡くなるまで、宮城県石巻市に赴任していた。地震発生時には小学校で勤務しており、彼女は校庭に避難した子どもたちを保護者に引き渡した後、自転車で帰宅。その後、津波に巻き込まれ、還らぬ人となった。

映画“夢を生きる”は、テイラー・アンダーソンの半生をたどり、日本とアメリカの架け橋となったことを伝えるドキュメンタリー映画で、監督と遺族アンダーソン一家によって世界中の数々の上映会でこの作品は発表されてきた。デトロイト周辺での上映は今回で3回目。この日の上映会には子供、学生を含め、地域の住人50 数名が参加した。

上映の前に、既に内容を把握している片岡総領事が挨拶に立ち、ミシガン州内で最大の日本コミュニティーが根付いているノバイ市で上映できる意義に触れ、ノバイ図書館およびJETAAへの謝辞に続けて、JETプログラムについて簡略に説明を加えた。そして、この映画は心を動かされると同時に勇気を与えられると称賛し、テイラーさんと、もう一人のJET 犠牲者であるモンティ・ディクソンさんに対してその貢献を偲び祈りを捧げるものであるばかりでなく、震災後も日本に残って支援し続けたJET参加者の尽力を伝えるドキュメンタリーであると伝えた。二人の命は戻らないが、今も遺志は生き続け、日米の絆を結んでいると語った。震災以降の当地の人々による寄付や支援活動に言及し感謝の言葉を述べた上で、復興はまだ半ばであり、継続支援が必要であると呼びかけた。

映画は冒頭で、テイラーさんの幼少期からの写真や家族や友人の声を通して、彼女が明るく人々に元気を与える性格で、子どもの頃から日本への強い興味が

あり、JETでの日本行は長年の夢であったことを伝える。中盤、テイラーさんが日本での暮らしを謳歌し、いかに熱心に指導にあたっていたかをJETの仲間や日本人教師の声を通して紹介。そして3月11日の震災により津波が町を襲う映像が映し出される。テイラーさんの安否確認ができずに10日あまりが過ぎて、家族に駐日米国大使館から訃報が届いた。父親とテイラーさんの恋人が日本に渡り、遺体を確認した。

石巻での生活を愛していたテイラーさんは、2011年8月にはアメリカへ帰国を予定していたが、その後も日本と関わり続けたいと願っていたという。遺族は日米の架け橋になるという彼女の想いを引継ぎ、石巻と東北地方の学生や学校、その家族の復興援助を目的として『テーラー・アンダーソンメモリアル基金』を立ち上げた。その一つである『テイラー文庫』は、テイラーさんが愛読していた本を、本棚と一緒に寄贈するというもので、贈与が実現した折には家族揃って石巻を訪れた。母親は語る、「娘は他人を優先する子だった。その夢を叶えなくては。」と。

映画を鑑賞した誰もが、夢に生きたテイラーさんのストーリーに心を動かされ、そして娘の愛した日本のために活動しているご両親と家族に対して敬服の念で一杯になったことであろう。日米双方の人々の心に訴えかけ、人々の記憶から大震災を風化させないためにも価値ある作品となっている。

上映会の申し込み、寄付などの情報は以下、テイラー・アンダーソン記念基金のホームページで(日米両国語)。

www.taylorandersonmemorialfund.org

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