つい先頃夏は来ぬ!と喜んでいたのも束の間、8月に入る前から何やら肌寒い朝が続いたりしているミシガンですが、先月末『土用の丑の日』には皆さんウナギをご賞味されましたでしょうか?今年はウナギの稚魚であるシラスが豊漁で昨年まで4年連続の稚魚不足で文字通りウナギ登りしていた価格高騰も一息ついてお求めやすくなったようですね。めでたし、めでたし、と思っていたら大間違い。何と一足早く6月にニホンウナギが国際自然保護連合から絶滅危惧種として指定されレッドリスト入り。正に「好事魔多し」で、日本国内のウナギ養殖関連業者は大半を国外から調達する稚魚が輸入禁止になっては大打撃を受けるため先々の心配をし始めている由。既に漁獲制限を受けているマグロと並んでウナギも食卓から遠ざかるとなると食の楽しみが減ってしまいますね。今夏のミシガンは余り暑い日がないので、「夏バテしないからウナギも無用」とヤセ我慢も出来ますが、これからずっととなると寂しい限り。「ウ~ナ~ギ恋しあのタレ~、焦げ目香~ばし彼の皮(かのかわ)・・・」と替え歌を歌っている余裕もなくなります。

そんな戯言を言っている間に世間ではメキシコ経由で中南米から米国に流れ込んで来る大量の子供を含む不法入国者問題に加えてマレーシア航空機が内戦状態の東ウクライナで撃墜されたり、台湾で別の旅客機が悪天候で墜落したり、イスラエルとハマス間のガザ地区での紛争、西アフリカで流行のエボラ出血熱が更に感染拡大し、ついに米国人の医療およびボランティア活動関係者にも罹患者、死者が出るなど騒然としております。犠牲者のご冥福をお祈りすると共に速やかで平和的な問題解決および伝染病の拡散防止、沈静化を願うのみです。下院共和党議員団も大統領権限乱用を理由にオバマ大統領を訴えたり、弾劾しようなどと考える時間があるなら、『歴代最低の生産性』を批判されている議会を超党派でまとめ上げて、オバマ大統領が『戦後最悪の大統領』との評価を受けないように一致協力して成果を上げて欲しいものです。

さて、今回のテーマは『三木のり平:残らぬ記録、伝わらぬ名人芸』です。

皆さんは故人で三木のり平という俳優さんをご存知でしょうか?東京生まれ、本名:田沼則子(ノリコではなくタダシと読みます)。戦後まだ私が子供の頃に活躍された方なので、今はもうご存知の方は少ないかもしれません。

実は私もすっかり忘れ掛けていたくらいですが、先日たまたま知人の方から彼の生前のインタビューを複数回にわたって録音したテープをそのまま活字にしたような『のり平のパーッといきましょう』という本をお借りして読む機会がありました。懐かしい名前と顔が並ぶ写真入の本を読んでいる内に自分の子供時代の記憶とともにその時代の社会の出来事や庶民の生活風景があれこれと浮かんで、久し振りに面白い本でした。

書名からも想像出来るように、また実際に今では古典の仲間入りしている『社長シリーズ』や『駅前シリーズ』などの喜劇映画や『雲の上団子郎一座』などのコミカルな舞台に数多く出演していたため、喜劇役者、喜劇俳優としての印象が強い彼ですが、実際は新劇の役者としてスタートし、劇団の政治思想的な要素を嫌ってすぐに袂を分かったものの本心では復帰を願っていた極めてシリアスで気持ちの入った演技とアドリブに長けた名舞台役者でした。

絵心もあって海苔の佃煮で今も有名な『○○むらさき』の広告のしゃれたコピー文とユーモアたっぷりの挿絵は当時彼自身が考え描いたものです。私も大好きな広告の一つでした。

当時の(今も?)私には彼の役者・俳優としての芸の実力を理解して評価出来る能力はありませんでしたが、子供心に白粉を厚塗りした鼻の大きな顔と庶民的な着流し姿、とぼけた表情とひょうきんな仕草の舞台が強く印象に残っています。

特にやはり故人の榎本健一さん(通称エノケン)を座長とした雲の上団子郎一座はTV放送もされる人気舞台興行でエノケンさんとのやり取りやお富さんと切られの与三郎(切られ与三)で有名な玄冶店(げんやだな)をコミカルにパロッた劇中劇でののり平さんと八波むと志(故人:芸名は九九計算の8X8=六十四から)さんの絶妙の掛け合い、絡み合いは最高でした。名古屋公演ではその玄冶店の名シーンの決まり文句

「いやさ、お富~、久し振りだな~」の結びを名古屋弁の「やっとかめだナモ」とアレンジして場内が大揺れする程の大爆笑を誘ったとか。きっと舞台の役者と観客との直接肌で感じる触れあい、アドリブへの反応を何よりも好んで大切にした舞台役者であったのでしょう。

本書はインタビュー内容をそのまま活字にしたようだと書きましたが、そのためか非常に読みやすく、まるで自分がその場に居て向かいに居るのり平さんのインタビューを一緒に聞いているような感じがします。私好みのダジャレ、アドリブ的な発言もそこかしこに散りばめられており、思わず吹き出してしまったり、腹を抱えて笑ってしまう場面も何度あったことか。その一方で、先立たれた愛妻の映子さん(旧姓水町)との胸のときめきが伝わるようなラブレター交信や妻となった後に生前言い残しておいた言葉

(抜粋)「今の若い役者たちを見てていいなって思うことはね、残す方法があるっていうことだよ。ところが、僕の芸は残しておきたくても残す手段がなかった。僕がもの凄いエネルギーを発揮した時分の芸が残っていないのが心残りです。はい、正直に言います。映画は残っているかもしれないけど、そうじゃないんです。僕の芝居の最高の芸です。やっぱり「記録」ってあった方がいいって、最近、思うね。」この言葉にこそ舞台役者三木のり平として役者たる者の信条と自分自身の芸に対する確固たる自信と自負が明らかにされています。

残念ながら彼の長年積み上げた偉大な芸は記録に残らず、無形財産であるその名人芸も後世の誰にも伝わりませんでしたが、少なくとも本書は人間『タヌマタダシ』と舞台役者『三木のり平』を最も良く表した貴重な記録と言えます。

丁度今から15年前、のり平さんが亡くなられた1999年の発行ですが、本書は紛れもなく名インタビュー、名記録です。著者ではなく聞き書き役として録音テープを起こしてまとめ、本書の発行にまでこぎつけた小田豊二氏の努力に心より賛辞と謝辞を送ります。愛蔵書に加えたいところですが、知人からお借りした本は返却せねばならないため、ブックオフで中古品を購入手配しました。新書で入手は難しいですが、皆さんもご興味あれば、是非ご一読下さい。

「何はなくとも・・・」です。

執筆者紹介:小久保陽三

Premia Partners, LLC (プレミア・パートナーズ・エルエルシー) パートナー。主に北米進出の日系企業向け経営・人事関連コンサルタント業務に従事。慶応義塾大学経済学部卒。愛知県の自動車関連部品・工業用品メーカーに入社後、化成品営業、社長室、総合開発室、米国ニューヨークの子会社、経営企画室、製品開発部、海外事業室、デトロイトの北米事業統括会社、中西部の合弁会社、WIN Advisory Group, Inc.勤務を経て現在に至る。外国企業との合弁契約、技術導入・援助契約、海外現地法人設立・立ち上げ・運営、人事問題取扱い経験豊富。06年7月より本紙に寄稿中。JBSD個人会員。