<!--:en-->Michigan 2014 Japanese Language Speech Contest<!--:--><!--:ja-->ミシガン 2014日本語スピーチ・コンテスト<!--:--> 3

 ミシガン州内の高校と大学の日本語学習者を対象とした日本語スピーチコンテストが在デトロイト日本国総領事館の主催で2月8日(土)に行なわれた。事前選考を経て、今年は高校部門11名と大学部門12名が本大会に出場した。

 片山総領事は開会にあたり「日本語の学習者数が多く、喜ばしい」と切り出し、熱心に学ぶ姿勢とコンテストにチャレンジする意志を称えた。日本語を学ぶだけでなく文化も学んで欲しいと伝え、さらに言葉は相互理解のため最も大切であり、考え方も変え、有意義であると述べた。またミシガン州立大学連合日本センター(JCMU)やJETプログラム(Japan Exchange and Training Programme)などによる訪日の機会も紹介。ミシガン州には27の日本との姉妹都市があることにも触れ、参加者が日本と米国の架け橋になることを期する言葉で結んだ。総領事は、審査にも参加した。

 進行役が「日本語を普及することが本大会の主目的である」と伝え、学習意欲のさらなる向上を願う言葉でスピーチ発表に移った。

 応募資格と条件は、日本に長期滞在していないこと。よって日本渡航の無経験者か、あるいは短期滞在のみを経験した出場者たちであるにも拘らず、よりネイティブスピーカーに近い、滑らかな話し方をする参加者が年々増えている。インターネット環境が整う昨今、日本語のアニメやドラマに親しんできた者も多く、日本語に限らず母国語以外の音楽をよく聴いているという若者もいた。

 本コンテストでは規定時間内に、暗記したスピーチの発表を課せられる。語彙の豊富さと正しい使い方に加え、上手な内容の展開やまとまりなどの大切な要素の他、発表の際の程よいテンポと流暢さ、表現の豊かさを要され、さらには度胸と記憶力も試される。

 高校生部門第1位に輝いたブラブズさんのスピーチは、語彙と言い回しはシンプルながら、気持ちを分かり易くストレートに表現していた。『ありがとう』の題で、日本人の友達との出会いが自分を「考えの大きな」人間にしてくれたことへの感謝の気持ちを、朗らかな声で大変嬉しそうに話し、聴衆にも笑顔が広がった。

 大学生部門の第1位となったトロングさんは、日本に留学した時に学んだ『心象絵図』について紹介した。心象絵図とは、地域で共に生きる人々の生活の記憶を元に、土地の生活、行事、自然などを一枚の絵として表現するもので、「お年寄りに思い出話をしたくさせる作用があると実感した」とのこと。転じて、ベトナム戦争で全てを失い移民としてアメリカに渡った祖父母をもつトロングさんが、ベトナムのことを知る手立てになるであろうと、自身の身上を織り込み切々と語った。本人の願いと人々の未来への提唱が籠められ、高い関心を集めていた。

 スピーチ内容の多くが、日本での経験により広がった視野、あるいは日本語学習を通じて得た発見や思いを題材としている。日米の比較も多い。大学生の参加者にはアジア出身者が高い割合を占め、母国の事情と日・米との違いに言及した内容もあった。日本の習慣や価値観をも学ぶ当地の若者たちの新鮮な観点や多様な姿勢を垣間見ることができるこのスピーチコンテストは、聴く者たちにとっても得るところが大きい。

  以下に、全参加者のスピーチ内容の要約と各部門の優勝者の原稿全文を紹介する。

原稿要約

プログラム順に氏名、題名、学校名
「 」内は原文引用。*一部平仮名を漢字に変換。

高校(ハイスクール)部門

TIM ARVAN (総領事賞) 「日本と中国をむすぶはし」Huron High School

母親が親と共に5歳で台湾から米国に移住。中国に住んでいる祖父から、日本と戦争があったと聞き、信じられなかった。日本語を学び、二つの国の共通点をみつけ嬉しかった。両国共に食事を大切にする。政治家は時に怒りを作るが、料理人は愛情を作る。箸で結びつく。

STUART BRABBS (1位)「ありがとう 」Huron High School

今まで知り合った日本人の友だちの話。会ったから今の僕になった。日本そして世界の人と友達になりたい、世界の人のことが知りたいと思うようになった。「僕を考えの大きい人間してくれて、ありがとう」

JULLE CHAMBEERS「大学」Stevenson High School

ハイスクールを卒業したらUCLAに行くつもり。行けなければハワイ大学。どちらも良い。アニメーションを勉強し、アジア研究のクラスを取るつもり。韓国で娯楽産業につきたい。

BENJAMIN FREEDMAN (2位)「理想の詩とむずかしいじんせい」Pioneer High School

宮沢賢治の『雨にも負けず』の詩にはたくさんの“頑張ろう”がこめられ、人のために生きる理想を描いている。私が尊敬するユダヤ人の祖父と賢治の似ているところは、苦労をしても目的に向かって貫いくということ。祖父の人生は現実。現実はすべでを完璧にすることはできない。祖父のお蔭で、私の人生は幸せだ感謝している。

MARISA HOCKING「きゅうりサラダ」Utica Academy for International Studies

6年前にベジタリアンになった。日本へ行ってテンプラが出され、食べるのが怖かった。きゅうりサラダが出て良かったと思ったが、ラディッシュに見えたのはタコだった。日本食は怖いがホームステイは楽しかった。また日本へ行きたい。

JENNIFER HUANG「日本のむかしばなし」West Bloomfield High School

語りづがれている昔話の内容と好かれる理由を列挙。『ももたろう』は勇敢なので、子どもが好き。『かぐや姫』からたくさんの話ができた。

CHRISTION JUNCAJ「おりました。」Stevenson High School

「人生完璧です」家族も友達も学校もMP3プレーヤーも完璧だった。MP3プレーヤが壊れて、フォークとナイフでは直すことができず、最悪。物を大事にすることを学んだ。

ELI KNAPP (3位)「ジャメリカ人」Saline High School

日本とアメリカのライフスタイルの違いについて。日本の平均寿命は長く、健康で小食。よりよい保険がある。肥満(率)は日本では3%、アメリカでは30%。日本人は、より多くの人がタバコを吸う。「互いにアイデアを共同すれば、素晴らしい国になる」「僕は両方の良いところをもつジャメリカ人になる」

DANA KOROGODSKY「いつも日本語を勉強したいです。」West Bloomfield High School

3年前、6年生の時に日本語をクラスをとり始めて、すぐに大好きになった。平仮名、片仮名、漢字、文化が好き。もっと学びたい。日本語は特別。

CHISTINA MCNELLEN「先夏休み」Detroit Country Day

昨年の夏休みに2週間、日本でホームステイをした。家族のようだった。いっしょにしたことと、お別れにもらったギフトについて。

MY NGUYEN(特別賞)「しょう来」Stevenson High School

高校4年生。卒業後、ウエインステイト(大学)に進んで心理学を学ぶつもり。アジア文化に関心がある。日本と韓国に留学したい。日本に行きたい理由は日本語を学びたいから。韓国に行きたいのは文化がおもしろいから。

大学生部門

KATHERRINE BALLEW(特別賞)「人種差別のない世界を目指して」Kalamazoo College

甲府市の高校に留学。10カ月に5件のホストファミリーと住んで強いきずなを作ったし、友達ができたが、小さい町では人種の多様性が無く、外見が違うために特別扱いされ、辛いことが多かった。30年以上日本で生活をしているのに特別扱いされ続けているアメリカ人や、外見が西洋人なので社会に溶け込めない様子のハーフの高校生に会って、悲しくなった。特別扱いは世界の深刻な問題。それを無くす為には、ステレオタイプを知らない子供のうちに教えるのが良い。その為に、卒業後には国際交流を推進する活動をするのが私の夢。

SORA CHOI(3位)「俺は、アメリカ人が嫌いだ」Michigan State University

「俺は、アメリカ人が嫌いだ。」これは、去年の夏に参加した第65回日米学生会議(JASC)で、日本人学生が言った言葉。JASCは日米の大学生が一ヶ月の共同生活を送り、議論やイベントに参加し、両国の相互理解を深めるのが目的。長崎で平和祈念式典に参加する機会を得た。市民のアメリカへの嫌悪感は無く、大事なのは「悲劇を繰り返さないように、平和な世界を構築する努力を続けることだ」という未来志向のメッセージが伝わり、平和を願う気持ちが強くなった。意見交換で、冒頭の「俺は、アメリカ人が嫌いだ」爆発宣言があり、ショックを受けたが、壁を取り去るために過去を知ることが大切だと気づいた。「必要なのは、心の壁を取り去り、平和な未来への架け橋を作る為の、勇気ある一歩なのではないでしょうか。」

MEGAN DAVIS「世界を新しく理解した瞬間」Kalamazoo College

アニメに興味があり、小さい頃に自分から頼んでクリスマスに日本語の教科書を買ってもらった。高校で夢見た日本行が実現。行ったことはなくても本で知っているつもりだった。日本人はロボットみたいだと思っていたが、違った。日本の女の子と母親が手を繋いで道を渡る様子を見て、自分と同じだと思った。人間は同じだと気づいた。外観を超えて愛することを学んだ

LIJA GUDRAIS(2位)「日本がくれた奇跡」Eastern Michigan University

日本語の勉強を始めるまでは、何をしたいのか分からなかった。ドラマがきっかけで日本語に興味が湧き、日本語を専攻。「生まれて初めて、私の居場所を見つけた気持ちになりました。」日本に遊学し、日本の景色に何度も感動して涙が出てきた。私を最も変えたのは大阪での1年間。知らない人でもすぐに親しくなり、毎日みんなと勉強して、良く遊び、素敵な人に恋をした。辛いこともあったが、応援してくれる人がいて、恵まれた環境にいると感動。「目の前の全てに対してしっかりと向き合うことができるようになった」

ERIC HAENGEL「キーワードは「つなぐ」」University of Michigan

百人一首の一句を詠みあげてスタート。「深い意味が素晴らしい」のが好きな理由。百人一首の素晴らしさを列挙。1.美しい言葉で自然と心を描写している、2.それぞれの詩に歴史がある。3.多くの場所が今も実際にあり、その場に行って詠み人と心が繋がった。

ミシガン大学に百人一首競技クラブを立ち上げた。百人一首は、自然と心、昔と今、手とカルタ、そして日米を繋ぐこともできる。

GHIA-YIN JUAN「人見知り国家」Michigan State University

日本人はあまり進んでコミュニケーションをとらない。特に異文化背景のある知らない人に対して反応が違う。研究によれば、同一性の要求が高く、日本人にとって外人は特別。目を合わせようとしないこともある。会話をしやすくする3つのポイントは、①自然なあいさつ。②接点を見つける。③相手に興味をもち、よく聞く。文化を研究して工夫したらより良いコミュニケーションができる。

ENJOLIE KOLLEN「言語は理解への扉」Hope College

アメリカ人は他の言葉や文化をあまり勉強しないのが残念。他の国の人は英語を学んでいる。日米が良い関係を持つには、みんなが日本語を学んだらいい。

KALILA MCCOY「音楽が与える影響 ―日本と韓国の関係― 」Michigan State University

多くの韓国の音楽が日本に入っている。日本の曲ばかり聴いていたがボア(韓国人歌手)を聴いてファンになった。韓国の音楽は様々な国の人に向けて作られている。国や文化の壁がない。音楽のお蔭で人種や国の不和を超えることができる。

ALLISON TOBIN「ポケモンは大ヒット」Michigan State University

任天堂が1998年に生み出したポケモンは世界でヒットし、21歳になった今も魅了されている。は世界で2億3千万個、4兆円の売り上げを記録した要因を解析。①プレーヤーとはトレーナー関係があり、我が子のように育てる。②一人では多くゲットするのは無理で、皆と楽しめる。③切手などと同じく中毒性がある。自分はポケモンをやると優しい気持ちになる。

PATRICIA TRUONG(1位)「心象絵図(しんしょうえず)」Wayne State University

*全文を次頁に掲載。

WHITNEY YODER「日本料理との出会い」Hope College

日本料理では、魚はそのままの形で頭や骨もついている。エビも殻ごと。見たことも無いものが出てくる。キクラゲやレンコンのように、味が好きではなくても体に良いと信じて食べるようにしている。形が変でも知りたい。

YUNJIE ZHU(総領事賞)「未来の私へ」University of Michigan

経済学を学んでいる中国からの留学生自身による留学の是非について。中国では5割の卒業生が留学をする高校もあるほど留学ブーム。要因は、大学受験の厳しさ、人口に比べ大学数が少ないなど々。違う文化や習慣に接触でき、語学も堪能になり、いいことだと考えられるが、私には辛いことが多かった。寂しさが強く、生活に慣れるのも大変で、勉強をしながら身の回りのことをするのは苦労。孤独の暗闇から救ってくれたのが日本のマンガ。熱血マンガが勇気や希望を与え、友情や努力の意味を教えてくれた。世界の色々な事に関心を持ち、積極的になった。これは留学のお蔭。卒業後は中国に帰って、アメリカと日本の文化や習慣、異文化を理解する喜びを伝えたい。

受賞作品

「ありがとう」ステュアート・ブラブズ

皆さんは、どうして日本語を勉強したい、勉強しようと思いましたか。僕の場合は、ユキちゃんに会ったからです。

ユキちゃんは僕のはじめての日本人の友だちです。あれは小学校二年生の時でした。ユキちゃんは背が低くて、かみがとても黒かったです。僕の初めての日本語もユキさんが教えてくれました。黒」です。ユキさんのハムスターの名前でした。僕はユキさんに会って、初めて女の子が好きになりました。僕はユキさんが大好きでした。でも、ユキさんは四年生の時に、日本に帰ってしまいました。

中学の時にはリョウタに会いました。リョウタは英語があまり好きじゃなくて、クラスで本を読む時には、英語の本の上に日本語の本をのせて、先生が分からないように読んでいました。とにかく、面白くて元気がありました。

高校ではまた、日本人の女の子と友だちになりました。イノキ・カイさんは頭がよくて、一緒にいると、気持ちが明るくなります。僕が「イノキさん」と呼ぶと、体の小さいイノキさんは「やめて、カイと読んでよ。」といやな顔をします。

僕は時々、考えます。もし、ユキさんに会わなかったら、僕はどうなっていたでしょう。ユキさんとリョウタとカイに会ったから、僕は今の僕になりました。日本人の友だちに会ったから、僕はアメリカだけじゃなくて、日本、そして、世界の人と友達になりたい、世界の人のことが知りたいと思いました。とにかく、世界の人たちのことを考えるようになりました。

ユキさん、リョウタ、カイ、ありがとう。本当にありがとう。

僕を考え方の大きい人間にしてくれて、ありがとう。

そして、皆さん、今日、僕の日本語を聞いてくれて、ありがとうございました。

 

「心象絵図」 パトリシア・トロング

  始めまして。私はウェイン州立大学で日本語と薬学を専攻しているパトリシア・トロングと申します。今日は皆さんに、留学している時に学んだ「心象絵図」についてお話ししたいと思います。

皆さん、「心象絵図」と聞くと、どんなことが頭に浮かぶでしょうか。初めてその言葉を聞いた時、私はそれがどんな絵なのか分かりませんでした。「心象絵図」というのは、ある地域で共に生きる人々の生活の記憶を元に、ある時代に見られた土地の生活、行事、自然などを一枚の絵として表現するものです。

  去年の二月に、友達と心象絵図についてのイベントへ行きました。その時心象絵図の制作に参加した日本人のお年寄りの話を聞いてから、心象絵図の大切さが分かってきたのです。心象絵図というのはただ懐かしいものを見せるというだけでなく、お年寄りと次世代を担う若者が会話するいい機会を作るものだと思うのです。

私が見た心象絵図は滋賀県草津市にある矢倉(やぐら)地域のもので、色々なものが表現されています。例えば、季節の祭り、昔の踊り、建物、そして、人々の暮らしぶりが見られます。

このイベントで、草津市の市長が心象絵図を使って、思い出話を始めたのですが、夢中になってしまって、話がなかなか止まりませんでした。心象絵図は、お年寄りに思い出話をしたくさせる作用があるようで、市長だけでなく多くのお年寄りが次々に話し始めたのです。しかし、心象絵図を作ることの意義は、老若男女、誰もが参加できるということにあると思います。お年寄りの話を聞いて、若者が下書きを描き、お年寄りに確認してもらったりして、みんなで話し、みんなで作 る共同作業なのです。その過程でお年寄りと若者が過去を共有するということは、私が思うに、みんなの未来を作るヒントになると思うのです。

その経験から、そのようなプロジェクトを他の国でもしたらいいのではないかと思いました。というのは、わたしは、祖父母の故郷の話をもっと知りたいと思ったからです。わたしの祖父母は、ベトナム戦争で、すべてを失い、移民としてアメリカに来ました。故郷の写真もないし、故郷で一緒に暮らしていた人々とのつながりも失ってしまったし、家族の間でも故郷であった出来事について全く話さなくなりました。

わたしたち子供が小学校に入ってから、英語を習うために、家族は母国語をあまり話さなくなりました。「ベトナムにはどんな行事があったのか」とか「故郷ではどんな建物に住んでいたのか」など、疑問に思った私でしたが、言葉の壁のせいで、祖父母に聞くことが難しかったのです。しかし、祖父母の故郷の心象絵図さえあれば、言語の障壁を取り除き、言いたい事を伝わりや すくすることができます。私たちの知らない環境や生活の知識を得ることができるだけでなく、祖父母とのきずなも強くなるでしょう。

心象絵図作りは地域としてできるだけではありません。家族内でもできるでしょうし、また家族のいない若者にとっても家族を知っているお年寄りなどを通じて家族のルーツを 知る手段にもなるのではないでしょうか。地域や個人の過去の生活を知るということは、誰にとってもすばらしい事なのではないでしょうか。

ご清聴ありがとうございました。