<!--:en-->White Pine Glee Club 15th Anniversay Spring Family Concert 2013<!--:--><!--:ja-->White Pine Glee Club 15周年記念 スプリング・ファミリー・コンサート 2013<!--:--> 6

 6月2日(日)、男声合唱団ホワイトパイン・グリークラブ(以下WPGC)による“15周年記念 スプリング・ファミリー・コンサート2013”がファーミントンヒルズ市にある教会(Faith Covenant Church)で催された。

 若手メンバーである正金寺氏が進行役を務め、「毎週金曜日の練習が活力と楽しみになっている」と団員の思いを代表した形で告げた後、「15周年を家族や友人の皆様と共に祝いたい」と語りかけてスタートした。

 デトロイト地区で活動するWPGCはビジネスマンを中心とした男声コーラスグループで、コミュニティやビジネス関連のイベントに出演するなど、歌を通して文化紹介や日米交流を行なっている。日本に帰任した元メンバーたちを中心に、関東、名古屋、関西そして広島に支部が生まれ、親睦のみならず、各地で合唱を続けている。今回の15周年コンサートにあたって各支部から届いたお祝いのメッセージがプログラムに掲載され、ネットワークと絆が脈々と活発に息づいていることが窺われた。

 プログラムは伝統のオープニングスタイルとなった、Let’s Go Down in Jordanを歌いながらのWPGC入場で幕開け。斎藤会長より長年にわたる温かいサポートなどに対する感謝が述べられた後、WPGC誕生の逸話とゲストの紹介に移った。

 1988年に女声合唱団トリリアムがハレルヤコンサートのためにメンズシンガーを募集し、その時参加した男性によってWPGCの前身が生まれた。今回のコンサートにもゲスト出演したTrillium(トリリアム)について、斉藤氏は「単なるゲストではなく大切なパートナーである」と恭しく紹介した。また、別のゲスト出演者である邦楽グループ‘雅’について、「毎回のコンサートに日本の音色を加えてくれている」と感謝をこめて紹介した。

 更に、ニューヨークから駆けつけて男声合唱に加わったNYのグリークラブメンバー3人を紹介。彼等とは3年前にカーネギーホールで共に歌った間柄であり、今も交流が続いている。加えて、前会長の斉藤氏と、日本からこの日参加するために渡米中の前指揮者、白井氏に光を当て、二方の貢献と情熱なしに今のWPGCは無いと称えた。活動年数と共に人の結びつきも強く育んできたことが伝わった。

 いよいよ演奏。WPGCは、アニメ映画「千と千尋の神隠し」のエンディング曲「いつも何度でも」や、シンガーソングライター中島みゆきさんの曲「時代」など、元々は女性が歌った曲を包容力を感じさせる渋い声で披露した。合唱曲として長く愛され続けている「大地讃頌」や男声合唱組国「雨」からの曲などを豊かに歌い上げた。日本の美しい景色や独特のしとしと雨への郷愁が感じさせられた。プログラムには英語の曲も織り込まれ、レパートリーの広さが窺えた。「Let me call you sweetheart」については指揮者の柳田氏より「スウィートハートに捧げる特別な曲です」と前置きがあり、常日頃の練習やコンサートをいつも陰に日向にサポートしている奥様方へ対する思いを込めて歌い上げた。

 女声合唱団Trilliumは、卒業ソングの代表曲としてもポピュラーなJ-pop「卒業写真」では、間にメンバーの一人によるフルート演奏で「蛍の光」を挿入。また、チャールズ・チャップリンが制作、監督、そして作曲も手掛けた「ライムライト」の「テリーのテーマ」に挑戦した。年配の米人を始め多くの観客が体をスイングしながら聴く姿が見られた。3曲目の「あすという日が」は、東日本大震災の影響で開催される予定だった声楽コンテストが中止になったため、出場予定だった仙台市の中学生が復興を祈願するために演奏したことで全国的にポピュラーになった曲だが、女性らしい優しさのあふれる歌声で織り成し届けた。

 邦楽グループ『雅』はまず、琴とピアノ、フルートのコラボレーションで「Jupiter(木星)」(ホルストの惑星組曲の一曲)をアレンジした曲を演奏。壮大な宇宙世界を華麗な音の取り合わせで披露したほか、日本を代表する箏曲家・宮城道雄の名曲「瀬音」を届けた。激流を表す凄絶な表現に観客は引き込まれた。

 WPGCとTrilliumの共演による混声での「ふるさとの四季-特別編成版」で懐かしい愛唱歌で日本の情景に誘った後、最終ステージでは出演者全員が揃って「ともだちはいいもんだ」という曲を大合唱した。「みんなは一人のために一人はみんなのために」との歌詞が、仲間と集って作り上げる素晴らしさを表わしている気がしたのは私だけではないだろう。英語曲も織り込んでいるいるとはいえ、プログラムの大半が日本語の曲にも関わらず、観客の多くはアメリカ人。歌詞が理解できなくとも足を運ぶのは、人の絆と、国境を越えた音楽素晴らしさに触れ、幸せのおすそ分けに与れることが一因なのかも知れない。