<!--:en-->Letter From U.P. Michigan(1)<!--:--><!--:ja-->UPミシガンキワナー半島便り①<!--:--> 1

こんにちは、はじめまして。

 みなさんはミシガン州(俗称THE GREAT LAKES STATE)と言われたらまず何をおもいうかべるでしょうか。おそらくほとんどの方はデトロイトや五大湖だと思います。ミシガン州がUpper と Lower Peninnsula of Michigan に分かれ、ミシガン湖とヒューロン湖に架かるMackinac Bridgeでつながっているのをご存知でしたか。

 住まいは?と聞かれ、ミシガン州と答えると、デトロイトあたりですかとたびたび質問されます。私はその都度U.P. (Upper Peninnsulaの略)のHoughtonと返事をしてミシガン州が2つに分かれていることを説明することになります。

 私が住んでいるホートン(人口約7,600人)はスペリオル湖に突き出したキワナー半島の玄関の町で、マキナック橋の”Welcome to the U.P. Michigan” の掲示板をくぐってから西に車で6-7時間です。

 ホートンは、1800年代に地質調査でたびたび訪れてキワナー半島には豊かな銅があることをLower Michiganに紹介した人、Douglass Houghtonに由来します。その後、銅を採掘ブームがきて、キワナー半島の入り口ホートンから半島の突先の町Copper Harborまでの間に、Hancock、Calmet、Laurium、Lake Lndenなど、Mining Townとしての町 (総称、Copper Countryと呼ばれている) がいたるところにでき、ヨーロッパ各国から人が集まりました。当時ホートンにはミシガン工科大学の前身の学校(採掘技術)も設立されるほどでした。しかし1930年代以降には採掘ブームが去り始め、1970年代にはほとんど採掘がなくなり町は大きく変わりました。ホートンは今、ミシガン工科大学(MTU、学生数約5000人前後))の町として機械工学をはじめ、電気工学、環境工学、土木工学などの技術を学びに世界各国から人が集まっています。

 夏はウォタースポーツ、キャンプ、ハイキング、そしてISLE ROYALE国立公園への港としてにぎわっております。冬はスペリオル湖からのレイクエフェクトによる雪でスキー、スノーモビル、アイスフィシングなどウインタースポーツが楽しめます。2月はじめにMTU主催の雪祭りがあります。キャンパス内外には学生たちが作った雪像を見ることができ、U.P.各地からやウィスコンシン州からも人が訪れホートンの町はにぎやかになります。

 今後数回にわたって、今昔、四季折々のキワナー半島生活、体験談などをお知らせしたいと思います。

 どうしてホートンに? とお思いの読者もいらっしゃると思いますので、少しばかり私のことを書かせていただきます。出身地は東京都、新宿生まれの新宿育ち。ホートン出身の夫と1985年に日本でひょんな出会いで知り合い、1986年2月に結婚。8月にミネソタ州ミネアポリスに夫の学校(ミネソタ大学、Law School)のため渡米。

 1985年に(まだその頃はデート中だった)夫の弟の結婚式に出席するために、日本から初めてキワナー半島を訪れました。成田からミネアポリス、そしてそこから、6人程が乗れる自家用プロペラ機でウィスコンシン州のコーンフィールドのど真ん中に着陸し、2‐3人が降りた後ホートンハンコックに向かって離陸。自家用プロぺラ機はすごい揺れで、あとは身を任して神頼み、無事目的地に着くのを待つほかありませんでした。今はそんなことはありません。30人乗りジェット機のシカゴ行が毎日3便出ています。それでも5-6年前までは滑走路に入った野生の鹿を追い払ったり、のどかでした。今はフェンスがあり、それもなくなり ました。

 私がこちらに来た頃、日本語は手紙か電話だけ。日本人、日本語が全く無い世界でした。今はコンピューターがあり、日本のニュースを日本語で読むことができますし、日本食もネットで注文できます。あの頃からみると夢のようです。

 これからますます寒さも厳しくなります。どうか健康に十分気をつけてお過ごしください。ここ地元の人たちの挨拶は”Stay Warm!”

こんにちは、はじめまして。

 みなさんはミシガン州(俗称THE GREAT LAKES STATE)と言われたらまず何をおもいうかべるでしょうか。おそらくほとんどの方はデトロイトや五大湖だと思います。ミシガン州がUpper と Lower Peninnsula of Michigan に分かれ、ミシガン湖とヒューロン湖に架かるMackinac Bridgeでつながっているのをご存知でしたか。

 住まいは?と聞かれ、ミシガン州と答えると、デトロイトあたりですかとたびたび質問されます。私はその都度U.P. (Upper Peninnsulaの略)のHoughtonと返事をしてミシガン州が2つに分かれていることを説明することになります。

 私が住んでいるホートン(人口約7,600人)はスペリオル湖に突き出したキワナー半島の玄関の町で、マキナック橋の”Welcome to the U.P. Michigan” の掲示板をくぐってから西に車で6-7時間です。

 ホートンは、1800年代に地質調査でたびたび訪れてキワナー半島には豊かな銅があることをLower Michiganに紹介した人、Douglass Houghtonに由来します。その後、銅を採掘ブームがきて、キワナー半島の入り口ホートンから半島の突先の町Copper Harborまでの間に、Hancock、Calmet、Laurium、Lake Lndenなど、Mining Townとしての町 (総称、Copper Countryと呼ばれている) がいたるところにでき、ヨーロッパ各国から人が集まりました。当時ホートンにはミシガン工科大学の前身の学校(採掘技術)も設立されるほどでした。しかし1930年代以降には採掘ブームが去り始め、1970年代にはほとんど採掘がなくなり町は大きく変わりました。ホートンは今、ミシガン工科大学(MTU、学生数約5000人前後))の町として機械工学をはじめ、電気工学、環境工学、土木工学などの技術を学びに世界各国から人が集まっています。

 夏はウォタースポーツ、キャンプ、ハイキング、そしてISLE ROYALE国立公園への港としてにぎわっております。冬はスペリオル湖からのレイクエフェクトによる雪でスキー、スノーモビル、アイスフィシングなどウインタースポーツが楽しめます。2月はじめにMTU主催の雪祭りがあります。キャンパス内外には学生たちが作った雪像を見ることができ、U.P.各地からやウィスコンシン州からも人が訪れホートンの町はにぎやかになります。

 今後数回にわたって、今昔、四季折々のキワナー半島生活、体験談などをお知らせしたいと思います。

 どうしてホートンに? とお思いの読者もいらっしゃると思いますので、少しばかり私のことを書かせていただきます。出身地は東京都、新宿生まれの新宿育ち。ホートン出身の夫と1985年に日本でひょんな出会いで知り合い、1986年2月に結婚。8月にミネソタ州ミネアポリスに夫の学校(ミネソタ大学、Law School)のため渡米。

 1985年に(まだその頃はデート中だった)夫の弟の結婚式に出席するために、日本から初めてキワナー半島を訪れました。成田からミネアポリス、そしてそこから、6人程が乗れる自家用プロペラ機でウィスコンシン州のコーンフィールドのど真ん中に着陸し、2‐3人が降りた後ホートンハンコックに向かって離陸。自家用プロぺラ機はすごい揺れで、あとは身を任して神頼み、無事目的地に着くのを待つほかありませんでした。今はそんなことはありません。30人乗りジェット機のシカゴ行が毎日3便出ています。それでも5-6年前までは滑走路に入った野生の鹿を追い払ったり、のどかでした。今はフェンスがあり、それもなくなり ました。

 私がこちらに来た頃、日本語は手紙か電話だけ。日本人、日本語が全く無い世界でした。今はコンピューターがあり、日本のニュースを日本語で読むことができますし、日本食もネットで注文できます。あの頃からみると夢のようです。

 これからますます寒さも厳しくなります。どうか健康に十分気をつけてお過ごしください。ここ地元の人たちの挨拶は”Stay Warm!”

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