<!--:en-->NHK Visits デトロイトの「フリーアハウス」をNHK番組のクルーが取材・撮影 9" title="フリーアハウス (2)"/>

 9月15日と16日にわたって、NHK番組の取材クルーがデトロイトを訪れた。NHKでは日本の美術品を評価した外国人に焦点を当てた番組を企画し、その1回目で、明治時代に日本美術を蒐集した人物としてフェノロサとビゲロー、そしてフリーア、この3人をセットして取り上げる内容を組んでいる。文化の日(11月3日夜9時)に「中谷美紀 日本ノ宝、見ツケマシタ」と題してBSプレミアムで放映される予定だが、残念ながら現在国外での放送の予定は無いとのこと。番組のテーマは‘世界各地の国宝級の日本の名品・名宝は、なぜ海を渡ったのか?コレクターは、どのように発見し超一級品の収集を創り上げたのか?それは日本の美のどんな魅力を物語るのか?’

  デトロイトには、その3人のコレクターのうちの一人、フリーア(Charles Lang Freer、1854-1919)の旧宅が現存している。彼の数々のコレクションは、ワシントンDCのスミソニアン博物館群の一つであるフリーア美術館に移され収蔵。ホイッスラ―に代表されるアメリカ美術のほか、東洋美術、中近東美術を含み、特に東洋美術部門ではボストン美術館と並ぶ世界屈指のコレクションといわれ、日本美術としては、尾形光琳の群鶴図屏風や俵屋宗達の松島図屏風など、日本にあれば重要文化財、国宝間違いなしと評される逸品が数多く揃っている。取材クルーもデトロイトでの取材の後、ワシントンDCのフリーア美術館に向かい、コレクションをカメラに収めることになるが、それらフリーア・コレクションの発祥の地がデトロイトなのである。フリーアが設計の注文をした邸宅(通称フリーアハウス)はデトロイト美術館のすぐそばに今も取り壊されずにある。建物は残っているものの、コレクションはフリーア美術館へ収蔵されたため、ここには残っていない。また、この旧宅は、現在はWayne State Universityに属するメリル・パーマー・スキルマン研究所のオフィスとして使われており、オフィス向きに改造されたりしているため100年前の面影は薄れてしまった。しかし、邸宅の造りやドアや窓、階段、天井等はかつてのままで、フリーアの趣向を窺うことができる。また、フリーアハウスの保存・修復とフリーアの業績を世間に伝え広めることを目的とした市民団体「フリーアハウス友の会」が復元を進めており、絵画作品が飾られていた位置に実物大のレプリカを飾る等、かつての姿に近づきつつある。

 撮影の前日には下見と情報収集が数時間にわたって行われたが、フリーア研究の第一人者といわれる美術史の博士(Dr. Thomas Brunk:Wayne State University、College for Creative Studiesの教授)ならびに、フリーアハウス友の会の役員や会員数名が情報提供のために同席した。同会員でもある通訳者、同会の日本人ボランティアガイドも終始同伴。また、寄与している日米協会の代表、在デトロイト総領事館の代表も歓迎の意を籠めて訪れた。

  ここで、デトロイトに邸宅があるいきさつ、つまりフリーアの経歴と日本との関わりを簡単に説明したい。フリーアは、ニューヨーク州キングストンに生まれ、地元の鉄道会社を任されていたフランク・ヘッカーという人物の目にとまり実務経験をつんだ後、ヘッカーがインディアナ州の鉄道会社へ転職した時、ヘッカーに乞われてフリーアも転職。そして1890年、ヘッカーとフリーアは、ぺニンスラー・カー・カンパニーという貨物列車の車両を作る会社をデトロイトに創設した。鉄道産業は自動車産業が興る前のデトロイトにおける最も重要な産業部門で、競争相手の会社と合併などを経て、巨大な鉄道車両会社を作り上げ、財を成した。間もなくフリーアは40代の半ばでビジネスからリタイアし、残りの人生を美術の蒐集に捧げた。

 フリーアが日本に最初に訪れたのは1895年(明治28年)で、当時は現役の実業家であったが、その後、コレクターとして名が知れるようになって以降、1907年(明治40年)を皮切りに、1909年からは3年連続して訪日し、日本の美術品収集家や著名人との親交を深めた。

フリーアハウスにみられる日本の影響

 フリーアハウスは外見に‘日本’を感じさせる。建築様式は、クイーンアン様式の一種でシングルスタイル(シングルとは屋根板のこと)と呼ばれるものだが、直線的な屋根の線などが日本家屋を彷彿させる。更に内装には‘床の間’風なスペースがあったり、ギャラリーの窓には日本式な雨戸が備えられたりしている。数奇屋風な印象を与える回廊の手すり、引き戸の金具のデザインなどにも日本的な要素が見てとられる。全体的な雰囲気そのものから‘わびさび’に通じるものを感じさせられるのだ。NHK番組クルーも同じような感想をいだき、日本的な面影が残された部分を拾い上げて撮影を進めていた。

 フリーアハウスのプログラムディレクターを務めるウィリアム・コルバーン氏がNHK番組クルーの案内と、制作番組内でのインタビュー解説にあたり、何がオリジナルかを指摘しながら案内。特に日本と関わりのある内容を中心に説明を加えた。番組の放映目的は、日本の美を評価したフリーアがどういう人物で、どういう考えを持って収集したのかを探ろうというもの。コルバーン氏はそれに応えて、日本茶を一服する時を楽しんだことなど、フリーアが日本通であったことを伝える逸話を話し、「日本をはじめとするアジアの美意識に大きく影響を受けていることがそこここに現れている」と、窓枠のデザインが日本の障子を思わせること等、各所に見え隠れする‘日本風’な箇所を示して回った。当時のアメリカではヨーロッパ志向が大方であったのに対し、フリーアはアジアに目を向けており、美術品の愛好家であるだけでなく、空間(住居・庭)やライフスタイルにも取り入れていたという。「20世紀の風潮を先取りしていた」と、その感性を称えた。

 コルバーン氏は「日本の番組で紹介されることは大変光栄。デトロイトにこのように誇れる建造物があるという認識が広まり、それを保存・修復していることを当地の人々にももっと知ってもらえれば幸い」と熱意を籠めて語る。氏によれば、日本文化や芸術と関係のある歴史的建物として、ミシガン州ではフリーアハウスが一番にあげられ、アメリカ国内を捜してもあまり類を見ないという。「フリーアのコレクションは首都ワシントンのフリーア美術館に遺贈されてしまってフリーアハウス内には残っていませんが、フリーアの美意識や嗜好が織り込まれた建築物として貴重であり、訪れる人々にかつてここに収蔵されていた稀有の美術品のことを思い起こさせてくれる」と、その価値と、保存・修復していく価値の高さを説く。

 フリーアハウス友の会の尽力のお陰でホールや客間の絵画レプリカがほぼ揃った。現在、邸宅の修復に平行して、庭の復元プロジェクトが進められている。フリーアはデータを実に几帳面に保存する人であったそうで、庭についても設計図面があるだけなく、庭石や植木の種類までも記されたリストがあるため、それに基づいたデザインが既に出来上がっており、かつて使用されていた石と同じものを見つけるなど、‘再現’を目指して動いている。資金調達もキーだという。「デトロイトの秘宝」と称されるフリーアハウス。現在の状態でも史跡として貴重だが、復元が進んだ後の姿が楽しみな建造物である。日本にまつわる施設として注目していきたい。

 フリーアハウスは冒頭に記したように、現在はオフィスとして使われているため、通常は一般見学ができないが、フリーアハウス友の会では、定期的に各分野の専門家を招いて同ハウスやDIA(デトロイト美術館)などで講演会を企画し、ハウスの公開ツアーも合わせて行うことがある。

 情報は、フリーアハウス友の会 :
http://www.mpsi.wayne.edu/about/friends-freer.php

リソース:弘子 Lancour 氏(フリーアハウス・ボランティアガイド)寄稿による弊紙2009年10月号「デトロイトの秘宝『フリーアハウス』」及び2010年9月号「フリーアと日本美術」

 

 9月15日と16日にわたって、NHK番組の取材クルーがデトロイトを訪れた。NHKでは日本の美術品を評価した外国人に焦点を当てた番組を企画し、その1回目で、明治時代に日本美術を蒐集した人物としてフェノロサとビゲロー、そしてフリーア、この3人をセットして取り上げる内容を組んでいる。文化の日(11月3日夜9時)に「中谷美紀 日本ノ宝、見ツケマシタ」と題してBSプレミアムで放映される予定だが、残念ながら現在国外での放送の予定は無いとのこと。番組のテーマは‘世界各地の国宝級の日本の名品・名宝は、なぜ海を渡ったのか?コレクターは、どのように発見し超一級品の収集を創り上げたのか?それは日本の美のどんな魅力を物語るのか?’

  デトロイトには、その3人のコレクターのうちの一人、フリーア(Charles Lang Freer、1854-1919)の旧宅が現存している。彼の数々のコレクションは、ワシントンDCのスミソニアン博物館群の一つであるフリーア美術館に移され収蔵。ホイッスラ―に代表されるアメリカ美術のほか、東洋美術、中近東美術を含み、特に東洋美術部門ではボストン美術館と並ぶ世界屈指のコレクションといわれ、日本美術としては、尾形光琳の群鶴図屏風や俵屋宗達の松島図屏風など、日本にあれば重要文化財、国宝間違いなしと評される逸品が数多く揃っている。取材クルーもデトロイトでの取材の後、ワシントンDCのフリーア美術館に向かい、コレクションをカメラに収めることになるが、それらフリーア・コレクションの発祥の地がデトロイトなのである。フリーアが設計の注文をした邸宅(通称フリーアハウス)はデトロイト美術館のすぐそばに今も取り壊されずにある。建物は残っているものの、コレクションはフリーア美術館へ収蔵されたため、ここには残っていない。また、この旧宅は、現在はWayne State Universityに属するメリル・パーマー・スキルマン研究所のオフィスとして使われており、オフィス向きに改造されたりしているため100年前の面影は薄れてしまった。しかし、邸宅の造りやドアや窓、階段、天井等はかつてのままで、フリーアの趣向を窺うことができる。また、フリーアハウスの保存・修復とフリーアの業績を世間に伝え広めることを目的とした市民団体「フリーアハウス友の会」が復元を進めており、絵画作品が飾られていた位置に実物大のレプリカを飾る等、かつての姿に近づきつつある。

 撮影の前日には下見と情報収集が数時間にわたって行われたが、フリーア研究の第一人者といわれる美術史の博士(Dr. Thomas Brunk:Wayne State University、College for Creative Studiesの教授)ならびに、フリーアハウス友の会の役員や会員数名が情報提供のために同席した。同会員でもある通訳者、同会の日本人ボランティアガイドも終始同伴。また、寄与している日米協会の代表、在デトロイト総領事館の代表も歓迎の意を籠めて訪れた。

  ここで、デトロイトに邸宅があるいきさつ、つまりフリーアの経歴と日本との関わりを簡単に説明したい。フリーアは、ニューヨーク州キングストンに生まれ、地元の鉄道会社を任されていたフランク・ヘッカーという人物の目にとまり実務経験をつんだ後、ヘッカーがインディアナ州の鉄道会社へ転職した時、ヘッカーに乞われてフリーアも転職。そして1890年、ヘッカーとフリーアは、ぺニンスラー・カー・カンパニーという貨物列車の車両を作る会社をデトロイトに創設した。鉄道産業は自動車産業が興る前のデトロイトにおける最も重要な産業部門で、競争相手の会社と合併などを経て、巨大な鉄道車両会社を作り上げ、財を成した。間もなくフリーアは40代の半ばでビジネスからリタイアし、残りの人生を美術の蒐集に捧げた。

 フリーアが日本に最初に訪れたのは1895年(明治28年)で、当時は現役の実業家であったが、その後、コレクターとして名が知れるようになって以降、1907年(明治40年)を皮切りに、1909年からは3年連続して訪日し、日本の美術品収集家や著名人との親交を深めた。

フリーアハウスにみられる日本の影響

 フリーアハウスは外見に‘日本’を感じさせる。建築様式は、クイーンアン様式の一種でシングルスタイル(シングルとは屋根板のこと)と呼ばれるものだが、直線的な屋根の線などが日本家屋を彷彿させる。更に内装には‘床の間’風なスペースがあったり、ギャラリーの窓には日本式な雨戸が備えられたりしている。数奇屋風な印象を与える回廊の手すり、引き戸の金具のデザインなどにも日本的な要素が見てとられる。全体的な雰囲気そのものから‘わびさび’に通じるものを感じさせられるのだ。NHK番組クルーも同じような感想をいだき、日本的な面影が残された部分を拾い上げて撮影を進めていた。

 フリーアハウスのプログラムディレクターを務めるウィリアム・コルバーン氏がNHK番組クルーの案内と、制作番組内でのインタビュー解説にあたり、何がオリジナルかを指摘しながら案内。特に日本と関わりのある内容を中心に説明を加えた。番組の放映目的は、日本の美を評価したフリーアがどういう人物で、どういう考えを持って収集したのかを探ろうというもの。コルバーン氏はそれに応えて、日本茶を一服する時を楽しんだことなど、フリーアが日本通であったことを伝える逸話を話し、「日本をはじめとするアジアの美意識に大きく影響を受けていることがそこここに現れている」と、窓枠のデザインが日本の障子を思わせること等、各所に見え隠れする‘日本風’な箇所を示して回った。当時のアメリカではヨーロッパ志向が大方であったのに対し、フリーアはアジアに目を向けており、美術品の愛好家であるだけでなく、空間(住居・庭)やライフスタイルにも取り入れていたという。「20世紀の風潮を先取りしていた」と、その感性を称えた。

 コルバーン氏は「日本の番組で紹介されることは大変光栄。デトロイトにこのように誇れる建造物があるという認識が広まり、それを保存・修復していることを当地の人々にももっと知ってもらえれば幸い」と熱意を籠めて語る。氏によれば、日本文化や芸術と関係のある歴史的建物として、ミシガン州ではフリーアハウスが一番にあげられ、アメリカ国内を捜してもあまり類を見ないという。「フリーアのコレクションは首都ワシントンのフリーア美術館に遺贈されてしまってフリーアハウス内には残っていませんが、フリーアの美意識や嗜好が織り込まれた建築物として貴重であり、訪れる人々にかつてここに収蔵されていた稀有の美術品のことを思い起こさせてくれる」と、その価値と、保存・修復していく価値の高さを説く。

 フリーアハウス友の会の尽力のお陰でホールや客間の絵画レプリカがほぼ揃った。現在、邸宅の修復に平行して、庭の復元プロジェクトが進められている。フリーアはデータを実に几帳面に保存する人であったそうで、庭についても設計図面があるだけなく、庭石や植木の種類までも記されたリストがあるため、それに基づいたデザインが既に出来上がっており、かつて使用されていた石と同じものを見つけるなど、‘再現’を目指して動いている。資金調達もキーだという。「デトロイトの秘宝」と称されるフリーアハウス。現在の状態でも史跡として貴重だが、復元が進んだ後の姿が楽しみな建造物である。日本にまつわる施設として注目していきたい。

 フリーアハウスは冒頭に記したように、現在はオフィスとして使われているため、通常は一般見学ができないが、フリーアハウス友の会では、定期的に各分野の専門家を招いて同ハウスやDIA(デトロイト美術館)などで講演会を企画し、ハウスの公開ツアーも合わせて行うことがある。

 情報は、フリーアハウス友の会 :
http://www.mpsi.wayne.edu/about/friends-freer.php

リソース:弘子 Lancour 氏(フリーアハウス・ボランティアガイド)寄稿による弊紙2009年10月号「デトロイトの秘宝『フリーアハウス』」及び2010年9月号「フリーアと日本美術」

 

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