<!--:en-->East Japan Earthquake 1 year Film and Photo Exhibit Report<!--:--><!--:ja-->東日本大震災1周年イベント 上映会 / 写真展レポート<!--:--> 2

 ミシガン大学の日本研究センター(CJS)では、東日本大震災の1周年にあたって、2つの企画を催した。どちらも被災者の声を映像や写真によって表現。被災した人々は、外からは窺い知れないほどの、厳しく辛い経験を強いられたことが垣間見られた。

自主映画「相馬看花」~奪われた土地の記憶

 一つは、震災関連の映画の上映会。CJSのスタッフが日本へ赴き、何十という震災の映画を吟味した上で、「相馬看花」~奪われた土地の記憶 (2011年、松林要樹監督、111分)を選び、ミシガンでの上映を企画。上映を行なった3月11日(日)には、取材者であり制作者である松林監督を日本から招聘し、本人による作品の紹介や質疑応答の機会も設けた。

 多くの自主制作映画が津波そのものや被害を中心に撮影されている中で、松林要樹監督は、福島第一原発事故で避難生活を余儀なくされた福島県南相馬市の人々に焦点を当て、このドキュメンタリー映画を制作した。震災直後に現地に入り、1箇所の避難所で生活を共にし、人々の輪の中に徐々に浸透するなかで本音や呟きを拾っていった点が特徴。「奪われた土地の記憶」というサブタイトルにあるように、思い出を含めた人の営みを奪い取った原発事故が与えた傷について、松林氏が言葉で意見を語ることなく、事実を映し出すことで浮き彫りにしている。「津波はしかたない。自分らは原発のせいで家に戻れないんだから・・・」という嘆きの言葉や、一時帰宅を許された折に持ち出した古い写真や孫の宝物を一緒に見ながら、愛おしそうに話す姿から、やり切れなさが伝わる。

 松林監督は作品紹介の中で、原発被害の映画を作った理由を「自然さえコントロールできると思った人間の傲慢さが招いた原発について撮ろうと思った」と話した。さらに、編集しているうちに「豊かさとは何だろう」と深く考え、原子力がある時代に、若い世代だから作れるフィルムがあるはずだと思って創りあげたそうだ。今後のあり方を模索するために、悲惨な映像だけでなく、生の声も含めて事実を残しておく必要を示唆していた。「今は多種多様な方法で残せる時代だ」とも語っていた。

写真展「PhotoVoice ~ 女性のレンズを通して見た3月11日大震災」

 もう一つの企画は、被災地の女性達が地震や津波、原発事故に関する自分自身の経験を自らのカメラを通して撮影した写真の展示で、4月30日まで続く。言葉では表せないほどの破壊と喪失を経た被災女性達が、自分達の土地、海、人々、コミュニティーへの愛情に満ちた感性と目線で撮った数々の写真には、本人の言葉が添えられている。

 このPhotoVoice(フォトボイス)プロジェクトは参加型アクションという研究の試みで、ミシガン大学日本研究センター、Oxfam Japan、CIPA「フォトエイド」基金の助成を受け、日本の女性NGO「東日本大震災女性支援ネットワーク」と協働で実施されている。

 展示の初日、3月8日(木)に会場で行なわれたオープニング・レセプションにはプロジェクトを推進している吉浜美恵子教授(ミシガン大学社会福祉学部)の挨拶があり、プロジェクトの目指すところや被災の状況について説明があった。

 吉浜教授に‘フォトボイス’という形式にした理由や成果を伺った。

 今後の支援についての政策提言を目的とする調査として、被災者の声を収集するために選んだのが写真を見ながら話してもらう方法。無口で行政に対する怒りを抑えている女性達に、自分で撮った写真を持ち寄りそれを見ながら語り合ってもらうことで、徐々に言葉が収集できるのだという。湧き出た言葉が、展示されたパネル写真に添えられている。言葉にすることで社会的対応の問題点を鋭く見つめ直したり、将来へのビジョンを明確にすることができる側面もあるのだと言う。さらに、プロジェクトに拘わる中で、「言葉を伝えること、行動することで状況を変えられる」「何かをしなくちゃ」と、行動する力が生まれてくるという効果もあったそうだ。

 並んだ写真には、震災直後に多くのニュース映像で見たような津波そのものや瓦礫の山などはほとんど無く、ごく日常的に見える身の回りの物や人や景色を捉えたものが多い。添えられた文が無ければ平和でのどかな印象を受けるものさえある。しかし、見事に熟れたキュウリの写真には放射能のために収穫ができない嘆きが添えられ、仲良さそうに背を並べて座っている写真には「太ったんです」の言葉を皮切りに、3ヶ月毎日朝からお菓子のようなパンを食べ続けたことや「避難者の健康を考えている食事じゃない(中略)。与えればいい、これで役目は果たしている、そういう食事だなと思っています」などの言葉が続いている。

 未曾有の大地震が残した爪痕は深く、外から一見しただけでは内に抱えるダメージも痛みを察するのは難しく、その傷を癒すのは想像できないほど困難であることを、数々の写真と言葉は訴えている。

 避難、瓦礫撤去、ライフラインの確保といった死活問題の次のステップに、更に多くの難しい課題が山積している。前述ののような上辺だけの救済とならぬよう、被災者・被災地本位の真の復興が進むことを心から願ってやまない。そして、願うばかりでなく自分にできることを行動に起こしてこそ状況を変えられるのだと教えられた写真展でもあった。

◇写真展は2012年4月30日まで。
毎週 月~金 7 a.m. – 10 p.m. 会場は、ミシガン大学School of Social Work Building内 International Instituteギャラリー。地図: http://g.co/maps/qr2c5

(又は University of Michigan School of Social Workでネット検索ください。)

 ミシガン大学の日本研究センター(CJS)では、東日本大震災の1周年にあたって、2つの企画を催した。どちらも被災者の声を映像や写真によって表現。被災した人々は、外からは窺い知れないほどの、厳しく辛い経験を強いられたことが垣間見られた。

自主映画「相馬看花」~奪われた土地の記憶

 一つは、震災関連の映画の上映会。CJSのスタッフが日本へ赴き、何十という震災の映画を吟味した上で、「相馬看花」~奪われた土地の記憶 (2011年、松林要樹監督、111分)を選び、ミシガンでの上映を企画。上映を行なった3月11日(日)には、取材者であり制作者である松林監督を日本から招聘し、本人による作品の紹介や質疑応答の機会も設けた。

 多くの自主制作映画が津波そのものや被害を中心に撮影されている中で、松林要樹監督は、福島第一原発事故で避難生活を余儀なくされた福島県南相馬市の人々に焦点を当て、このドキュメンタリー映画を制作した。震災直後に現地に入り、1箇所の避難所で生活を共にし、人々の輪の中に徐々に浸透するなかで本音や呟きを拾っていった点が特徴。「奪われた土地の記憶」というサブタイトルにあるように、思い出を含めた人の営みを奪い取った原発事故が与えた傷について、松林氏が言葉で意見を語ることなく、事実を映し出すことで浮き彫りにしている。「津波はしかたない。自分らは原発のせいで家に戻れないんだから・・・」という嘆きの言葉や、一時帰宅を許された折に持ち出した古い写真や孫の宝物を一緒に見ながら、愛おしそうに話す姿から、やり切れなさが伝わる。

 松林監督は作品紹介の中で、原発被害の映画を作った理由を「自然さえコントロールできると思った人間の傲慢さが招いた原発について撮ろうと思った」と話した。さらに、編集しているうちに「豊かさとは何だろう」と深く考え、原子力がある時代に、若い世代だから作れるフィルムがあるはずだと思って創りあげたそうだ。今後のあり方を模索するために、悲惨な映像だけでなく、生の声も含めて事実を残しておく必要を示唆していた。「今は多種多様な方法で残せる時代だ」とも語っていた。

写真展「PhotoVoice ~ 女性のレンズを通して見た3月11日大震災」

 もう一つの企画は、被災地の女性達が地震や津波、原発事故に関する自分自身の経験を自らのカメラを通して撮影した写真の展示で、4月30日まで続く。言葉では表せないほどの破壊と喪失を経た被災女性達が、自分達の土地、海、人々、コミュニティーへの愛情に満ちた感性と目線で撮った数々の写真には、本人の言葉が添えられている。

 このPhotoVoice(フォトボイス)プロジェクトは参加型アクションという研究の試みで、ミシガン大学日本研究センター、Oxfam Japan、CIPA「フォトエイド」基金の助成を受け、日本の女性NGO「東日本大震災女性支援ネットワーク」と協働で実施されている。

 展示の初日、3月8日(木)に会場で行なわれたオープニング・レセプションにはプロジェクトを推進している吉浜美恵子教授(ミシガン大学社会福祉学部)の挨拶があり、プロジェクトの目指すところや被災の状況について説明があった。

 吉浜教授に‘フォトボイス’という形式にした理由や成果を伺った。

 今後の支援についての政策提言を目的とする調査として、被災者の声を収集するために選んだのが写真を見ながら話してもらう方法。無口で行政に対する怒りを抑えている女性達に、自分で撮った写真を持ち寄りそれを見ながら語り合ってもらうことで、徐々に言葉が収集できるのだという。湧き出た言葉が、展示されたパネル写真に添えられている。言葉にすることで社会的対応の問題点を鋭く見つめ直したり、将来へのビジョンを明確にすることができる側面もあるのだと言う。さらに、プロジェクトに拘わる中で、「言葉を伝えること、行動することで状況を変えられる」「何かをしなくちゃ」と、行動する力が生まれてくるという効果もあったそうだ。

 並んだ写真には、震災直後に多くのニュース映像で見たような津波そのものや瓦礫の山などはほとんど無く、ごく日常的に見える身の回りの物や人や景色を捉えたものが多い。添えられた文が無ければ平和でのどかな印象を受けるものさえある。しかし、見事に熟れたキュウリの写真には放射能のために収穫ができない嘆きが添えられ、仲良さそうに背を並べて座っている写真には「太ったんです」の言葉を皮切りに、3ヶ月毎日朝からお菓子のようなパンを食べ続けたことや「避難者の健康を考えている食事じゃない(中略)。与えればいい、これで役目は果たしている、そういう食事だなと思っています」などの言葉が続いている。

 未曾有の大地震が残した爪痕は深く、外から一見しただけでは内に抱えるダメージも痛みを察するのは難しく、その傷を癒すのは想像できないほど困難であることを、数々の写真と言葉は訴えている。

 避難、瓦礫撤去、ライフラインの確保といった死活問題の次のステップに、更に多くの難しい課題が山積している。前述ののような上辺だけの救済とならぬよう、被災者・被災地本位の真の復興が進むことを心から願ってやまない。そして、願うばかりでなく自分にできることを行動に起こしてこそ状況を変えられるのだと教えられた写真展でもあった。

◇写真展は2012年4月30日まで。
毎週 月~金 7 a.m. – 10 p.m. 会場は、ミシガン大学School of Social Work Building内 International Instituteギャラリー。地図: http://g.co/maps/qr2c5

(又は University of Michigan School of Social Workでネット検索ください。)

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