<!--:en-->Michigan Film ミシガン映画「Believe Again」の日本人女性監督:神原典子さん 特別インタビュー 1" title="norikokambara"/>

 日本人女性監督による映画「Believe Again」DVDの販売がAmazon.comにてスタートした。監督のみならず、撮影、脚本、音楽を担当した神原典子(Noriko M Kambara)さんがミシガン在住中にミシガンを舞台に製作した映画である。神原さんは2013年5月に催されたハリウッドの国際映画祭(International Family Film Festival)にも正式紹待された。作曲が本業であり、IT業界で働いていた経歴を持つ神原さんにとって、映画製作は異分野へのチャレンジ。「Believe Again」は、逆境に立つ人達を勇気付けたくて完成させた処女作品である。タイトル通り「自分の可能性を信じて」というメッセージを映画に織り込むと同時に、自身が異国での映画製作を実現したことで、「やる気になれば可能性はある」ことを示している。現在は日本に戻っている神原さんに、製作への思いや映画の内容についてお話を伺った。

Q:映画制作、監督という未知な道へ踏み切った原動力はどこに?

もともと幼少のころから内なる世界を何らかの形、たとえば音、映像、物語といった形で表現したいと思っていました。また、自分の活動を通じて、何かしらの形で社会貢献していきたいとも思っていました。ある時インターン先のプロデューサーに「君がやりたいのは映画監督だよ」と言われたとき、考えてみると、確かにやりたいすべての要素を含んでいて、マッチするな、と気付いたんです。それでミシガンにいる間にやれるだけやってみようと決めました。

Q映画業界に入りたいと思っているのにチャレンジする前から諦めてしまった人に出会って「もったいない」と思ったそうですが、経験がなくては飛び込みにくい世界だと感じますが。

誰でも最初は経験なんてないですから、やると自分で決めるかどうかだけだと思ってます。実は私は大学を卒業後、1ビットが何かすら知らない状態でITの会社に入ったんです。入ってから必死に勉強しました。配属された部署は、常に新しい技術を学んでそれを社内に広げていくという部署で、新しい技術が出るたび未経験の世界を模索しては学び応用する、という繰返しをしていたので、分野が変わっても、未知、経験がない、ということに対して躊躇はなかったですね。経験がないなら経験を作っていけばいいんですから。

Qご自身のそれまでのご専門はITということですが、音楽や撮影、編集などの技術、そして俳優とのコネクションはどうやって得られたのでしょうか。

幼少の頃から音楽をやっていて、就職してからは働く傍ら、音大で作曲を学んだり、シナリオライティングのスクールに通ったり、仕事の延長でコンピュータグラフィックスに手を出したり、趣味で一眼レフを触ったりしていました。そのため、個々の要素の基礎はある程度できていたんです。でも、日本から来てたった1年強。こちらに来てから通った映画学校で出逢ったメンバーは数人いましたが、俳優の知り合いなんて当然いませんでした。そこでネットのオーディションサイトに投稿して、オーディションを開催して俳優を集めました。ミシガンが映画に力を入れ始めた時で、ミシガンにそういった基盤ができていたことはとてもよかったです。

Q職を失った主人公がかつての夢を思い出し、生きる希望を見い出す話ですね。タイトルの“BELIEVEAGAIN”は「自分の可能性を信じる」ということかと察しますが、切り口はいろいろ考えられるなかで、このテーマを選んだのは何故?

 当時はリーマンショック後の大不況。特にミシガンは失業率が高く、職だけでなく希望を失っている人たちがたくさんいて、暗い気持ちがさらに暗い現実を招くように思えました。だからこの人たちを勇気づけられるような、希望につながるようなものを作りたいと思ったんです。困難な状況でも、自分で自分の可能性を閉ざさず、諦めなければ希望はあるよって。

Q映画を拝見しましたが、身近な場所や景色、地元の登場人物が多いですね。それは、ミシガンを応援するという意味があるのでしょうか。

そうですね。実は私がミシガンに来る前、日本にいた日本人の何人かは私に、ミシガン、デトロイトについて、「そんなとこ行ったっていいことない」と、犯罪、ドラッグ、危ないというイメージ、もしくは荒野のようなイメージを吹聴してきました。ところが来てみたら、すごくきれいじゃないですか。美しい街並みと自然。何もないと聞いていたけど、ショッピングモールもあちこちにあるし。思えばミシガンの映画というと、ホラーだったり、「8マイル」やその他の作品にしても、ダウンタウンの危険なイメージが強い作品ばかりです。悪く吹聴してきた人たちは実はミシガンに行ったことなんてなく、メディアの印象だけでしゃべっていたんです。だから、そうではない美しいミシガンを伝えられればとも思いました。また、日本人として和の要素も含めたくてミシガンで活躍中の五大湖太鼓センターの方々にもご協力いただきました。

Q折衝や俳優さんへの指示等、意思伝達力が必須だと思いますが、ご苦労は?

 そりゃもう、ありましたよ。言葉のハンディもある分、成果物を見せて信頼を得ていくということを繰り返していくしかありませんでした。正直、最初は、このアジア人小娘なに?と軽んじられているのをひしひしと感じましたしね。日本語での実績すらない状態でしたから、人々の信用を得ようがありません。そこでまずは最初に短い予告映像を作ることにしました。一番最初のオーディションでは、映画学校のクラスメイトだったアメリカ人年配男性にアシスタントプロデューサーとして同席してもらいました。どこの国でも言えることですが、そこそこ年配の男性が一緒だと、見た目経験がありそうに見えるため、その人には相手がある程度敬意をもって接してくれるので、だいぶやりやすくなります。

そうはいっても、撮影当日は自分が上に立たなくてはいけません。特に経験があると自負している人ほどこちらを見下してきます。撮影前は何度も逃げ出したくなりました。それでもなんとか撮り終え、出来た予告映像を見せると、私をヒヨッコ扱いしていた人たち、なんと態度がガラッと変わったではないですか。彼らはインディペンデント映画に数多く出ているので、時にはひどいクオリティのものがあるのをよく知っています。おそらく英語も不完全なアジアの小娘が作るものなんて、相当ひどいものと思っていたのでしょう。最初は疑わしい目をしていた人たちも、一緒にできて光栄だとか、これ以外にもぜひ一緒にやろうとまで言ってリスペクトしてくれるようになりました。

見下していたのに、成果物を見せたとたん態度が変わる・・・幾度もこういう経験をしました。そうしたときに、アメリカはやる気になればある意味で差別がない国だと感じます。英語に慣れてきたときさらに、見えない垣根がなくなったように思いました。ある意味日本よりも男女差年齢差を感じずに済むのではないでしょうか。

こうして、人によっては片道2時間以上かけて現場まで通って、みんな熱心に映画を作り上げるために力を注いでくれました。人手が足りない中、きつくて何度も諦めそうになったこともあります。でもそんなとき、温かい人々に励まされ、そのおかげでなんとか完成させることが出来たのです。

Q:ミシガンに住む人に伝えたいメッセージがあれば、お願いします。

 これまでアメリカ国内のいろいろな所に行って感じたことは、ミシガンは緑も多くてきれいだということです。ミシガンに住む皆さんには、そこに住める幸せを意識して、ミシガンの美しさやいいところをどんどん外に伝えていってほしいです。

また、これは全体へのメッセージですが、本当はどんな状況でも、いくつになってもチャンスは目の前に流れてくる、そのチャンスに手を出すかどうかは自分次第なんですよね。特にアメリカには何かをゼロからスタートしたとしてもやる気さえあれば実現しやすい土壌があると思います。一度きりの人生、みなさんも、思い切ってやりたいことにどんどんチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

JNC:ありがとうございました。

 「Believe Again」劇中の音楽が好評だった為、サウンドトラックも今後発売されることになっている。また、神原さんは既にミシガンを舞台にした次の映画の製作を進めているとのこと。大いに期待したい。